投稿者: karib_sotai

  • 「からだ」で植物を感じること②

    つい先日、久慈でも雪が降りました。

     

    散歩道の小脇も、朝には霜が降りて白くなりだしています。

     

    季節の移ろいを感じながら、春頃のことを思い出します。

     

    朝の日光を浴びてキラキラ光る足下のスギナに、よく目がいっていたこと。

     

    キラキラ光っていたのは、スギナの枝についている水滴でした。

     

    スギナの枝についている水滴は、水分調節のためにスギナ自身が水気孔から排出したもの。

     

    朝露かと思っていたものは、もともとスギナ自身が体内に取り入れていた水分だったのです。

     

    日光に反射して輝いていたのは、それまで体内にあって目に見えなかった水分が、目に見える形になって現れた生命現象の循環そのものの輝き。

     

    スギナを見て、そんなふうに感じられるのは、「からだ」に原始感覚が与えられているから。

     

    外と内がつながっているのは「からだ」も同じだと、「からだ」が原始感覚をとおして教えてくれる。

     

    「からだ」の呼吸と真摯に向き合えば、「息」という営みをとおして、「からだ」の外と内のつながりを感じさせてもくれるのです。

     

    目に見える生命現象と目に見えない生命現象はつながっている。

     

    そんなことを感じられるようになってくると、「からだ」自身の輝きは一層増してくるように思うのです。

     

    目には見えないけれど、調和を感じられたとき、美しいと思えることがある。

     

    目には見えないものにも光は訪れる、ということも植物をとおして「からだ」で納得できるのです。

     

    (つづく)

  • 「からだ」で植物を感じること①

    岡村実行委員、一週間のブログ投稿ありがとうございました。

     

    今週担当のMr.植物こと瀧澤です。テーマは引き続き「植物」で想いを繋いでまいります。

     

    一週間よろしくお願い致します。

     

     

    「からだ」が「からだの学習」をしてくれている。

     

    そんな現在進行形の操体の学び。

     

    どんなテーマであっても、「からだ」で感じたことが「ことば」になって現れてくる。

     

    文字にすれば目に見える状態になるけれど、目に見えないことも感じて学んでいけるから、自ずと感謝できることがあります。

     

    「植物」にしても、対象としての「植物」と向き合うだけでなく、「からだ」からいただく感覚の中で、はじめから「からだ」に備わっていた「植物」も現れてくる。

     

    「からだ」が「植物」を感じさせてくれるのです。

     

    地球上で共に生きている生命体は、「からだ」の中でも共に生きている。

     

    「からだ」」で共生していることを感じられると、感動と共に、つながりの中で生かされている「今の自分」が現れてくる。

     

    それは、ありのままで満たされている自分。

     

    「自分ははじめから満たされていた」ということを、「からだ」の中の「植物」は教えてくれるのです。

     

    「植物」は「愛」を伝えてくれるのです。

  • 共に進化している生物⑦

    宇宙と呼ばれる銀河系太陽系のなか、地球は存在しています。

     

    海と大地と空、その循環に様々なイノチの源である水が満ち、

    大気中にある酸素を取り込んで、植物も動物も繁栄してきて、

    いつも、いつまでも、重力のもと生物として生存しています。

     

    この世界で生き残るため、最も必要な条件とは何でしょうか。

     

    人間は動物です。

    しかし、植物的な要素は多分に混在し、動的平衡を保ちます。

    ホメオスタシス、サーカディアンリズム、バイオリズムの源、

     

    例えば、手術で取り去っても代用するべく変化する組織こそ、

    「環境」をサーチする「外臓」と呼ばれる皮膚(ファッシア)。

     

    そして動きが見えなくても、見えないなかで活動を止めない

    「内臓」消化器系、循環器系、泌尿生殖器系、脳脊髄神経系。

     

    私たちは、もっと目に見えない「からだの動き」に興味深く

    そのうごきに、流れに耳を傾け、響くものに共鳴してみると

    人間のなか、混然一体となっている「植物」のメッセージを

    受けとることができるのです。

     

    ある生物進化に興味ある人間は、このように語りました。

     

    「この世に生き残るのは、最も力の強いものでも、

     頭のいいものでもない」

    「それは、”変化”に対応できる”いきもの”なのだ」と。

     

    そういえば、橋本敬三師は、露草(ツユクサ)を大変好んで

    いたそうです。

    この雑草扱いされている「ツユクサ」は、六月~十月に朝露

    に濡れつつ、チョウチョのような真青な花を一日咲かせます。

     

    この花のメシベは、オシベの上方に立ち上がり、他の花粉を

    受けとれるように待ち望むのですが、夕暮れまでに受粉出来

    そうにない頃には首を垂れ、自らのオシベを受け入れます。

     

    この事実は、高望みをしてダメなら保険をかけて受粉するの

    だな、と考えてしまいそうですけれど、それは早計です。

     

    そうでなく「植物」は賢く、用心深いのです。

    循環には新たな変化が必要、それには受け継ぐものも必要。

     

    だからこそ、生命の流れを慎重に受け継ぎ、丁寧に生き抜く

    ことで、四~五億年も繋いでいる、そのように感じるのです。

     

    身近な植物の本質は「変化」に柔軟なこと。

     

     

    操体の学問も、受け継ぐ意志と、柔軟な変化を取り込むこと

    で「共生」して「進化」していく大切さを「愛」とする。

    このように捉えつつ、学び続けていきたいと想っております。

     

    それでは皆様、一週間のお付き合いに感謝いたします。

     

    明日からは、Mr植物。滝澤副実行委員長にバトンを委ねます

    ので、お愉しみに!

     

     

  • 共に進化している生物⑥

    トマトが小さい頃は嫌いで、今では大好物の野菜になりました。

     

    のトマト、南アメリカのアンデス山脈の高地が原産地なのだそうで、

    現在は日本やヨーロッパでトマトを多くの人々が愛しています。

    ですから「赤くなればお医者さんが青くなる」とは、日本であれば柿

    なんですけれど、ヨーロッパではトマトなのだそうです。

    ところでこのトマト、潜在的な能力として「水耕栽培」の温室で発揮

    されると私たちの知っているトマトではなくなるのですね。

     

    北海道恵庭市のえこりん村では、ギネス記録のトマトの木があります。

    驚くほど成長している「トマトの木」では、トマトの1株は樹木であり、

    花を咲かせ実をつけると、1株でなんと12,000個もの果実を実らせます。

    このようなトマトは、特別な品種でもなく、特別な栄養が与えられる

    わけでもなく、与えられた「環境」で変化しているのです。

    適切な光や温度が与えられ、十分成長できる能力は潜在的にあると

    たら、プランターで育てたこともある家庭菜園のトマトは、本当の能

    力を生かしきっていないのでしょう。

    環境が整えば秘められし能力を発揮する。

    これは「植物」の特徴なのだと知ると「操体」は余計に面白いのです。

     

    それでは、逆に大きくなれないのは植物たちがストレスを受けている

    からではないでしょうか。

    モノを言わず植物は、何事もなく過ごしている日々の中で、実は多く

    のストレスを感じているんではないでしょうか。

     

    しかしその植物たちは、文句を言うことなく、どんな条件でも与えら

    れた「環境」で工夫を凝らし、生きているのです。

    これはまさに、「植物」は私たちにそれが生きていくことなのだよ、

    と教えてくれるようです。

     

    よく病気の原因として「ストレスが原因ですね」とは医師が伝えるこ

    とも多くなり、当然のようにストレスは病気の原因になっています。

     

    かし、人間の中にも動物的な要素と植物的な要素はあるのです。

     

    それは、横紋筋系骨格系と、皮膚体壁内臓系として混然一体となり、

    植物的な要素は「環境」にそんなに多くのことを求めなくてもいい、

    ただ生きていけるだけで多くを望まなくてもいいと、私たちに感覚

    を通すことで味わいなさいと、そう伝えているような気がします。

     

    ほんの少しの不便を我慢すれば、自分の欲望を少し抑えれば、多

    の不満や不平が少なくなり、自分の力の限りを尽くして生きていく。

     

    基準となる軸をどこに立てているのか。

    それにより、植物的な幸せは満たされてくるように感じるのです。

     

    「操体」も、植物の本質を習う学問として、今改めて必要なのです。

  • 共に進化している生物⑤

    昔から、お祭りや神社での金魚掬いが大好きでした。

    金魚をとってくると、簡単なツボのようなものに入れ、餌をあげるの

    ですが、何故かそのうち「植物」を一緒に入れてあげたくなります。

     

    そこで、よく買っていたのが布袋葵(ホテイアオイ)です。

    この花は、たった1日しか咲かず24時間以内にしおれてしまうのです。

    ほぼ、八月から九月ごろまで花を咲かせていても見逃してしまいます。

     

    面白いことに、基本的にこのホテイアオイは、小さな金魚鉢と一緒に

    浮かべられていると、それほど大きくならないけれど、いったん川や

    池に浮かべ育って野生化すると、とてつもない繁殖力を発揮します。

     

    まぁ驚くことに2メートル以上の背丈に成長し、どんどん増えていき

    しまいには根や葉で隅々まで塞いでしまい、取り除くのが厄介になる

    人間にとっては、困った植物になるそうです。

    では、なぜ金魚と一緒に入れてある水槽の中で栽培されているときは、

    それほど大きくならないのでしょうか。

     

    それは「環境」です。

     

    金魚鉢では、ごくわずかの金魚の餌の残り、金魚の排泄物ぐらいしか

    養分が含まれのないためであり、それに対して、大きな川や池や湖は

    一般家庭が出していた生活排水が大量に流れ込み、窒素や隣など大量

    に流れ込んでいるため、多くの養分を取り込むことができるのです。

     

    私たちは幼少期より努力をすること自体、とても大切と教えられます。

    より自分の能力を大きく強く、広く発揮したいと思うようになります。

    このことは、当然のように感じられているかもしれません。

     

    しかし、能力が十分に発揮できないような「環境」であったとしても

    そこでめげることなく、精一杯生き抜くこと。

     

    布袋葵は「置かれた場所で咲きなさい」という努力をするだけでいい。

    しかし、いつの日か、自分の能力が発揮できる環境に変わった日には、

    その能力を爆発させるための努力を忘れてはいない。

     

    その為に与えられた「環境」で生き、日々努力を惜しまず愉しむこと。

    世の中で威張らなくても繁茂するコツ、そんな植物を想うのです。

  • 共に進化している生物④

    昔、植物辞典で「ラフレシア」と言う名前の、東南アジアのスマトラ

    島を原産地とする、世界一大きな花を咲かせる植物を見て、驚いたこ

    とがあります。

    このラフレシアをもとに、あの「仮面ライダー」の怪人も登場したの

    で、余計にインパクトが強かったのかもしれないですね。

     

    この「ラフレシア」、もう一つの大きな特徴は、その香りなんです。

    そもそもお花の香りは、私たちにとって心地良く感じられるものです

    けれど、ラフレシアの香りは、臭いようです。

     

    その臭さは尋常ではなく、腐った肉の匂いとか、長時間はいた靴下の

    匂いが混じるらしく、嗅いだ途端に「クサい!」と感じるようです。

     

    では、なぜそのような臭さなのか。

    多くの植物は。蜂やチョウチョを呼び寄せるために、甘い香りや美し

    き色を持っていますね。

     

    一般的に、「色気で惑わす」と書くと、良い印象を持ちませんけれど

    花は基本的に色気で虫を呼び寄せて、生存競争を繰り広げているので、

    ラフレシアは、あえて過酷な競争に参加しないことにしたのです。

     

    蜂やチョウチョではなく、ハエを誘うための香に変えたんですよね。

    人間社会でも、いわゆる変わった人とは、少し色眼鏡で見られるよう

    なところがあり、少しとっつきにくいところはあるかもしれませんが、

    のことで、目指しているものを争うことなく手に入れられる。

     

    いわゆる過当競争に関わらないようにすることも、必要なのであれば

    世の中の競争原理に、同調圧力を飄々と抜け、型が同じであること等、

    何もなく、イノチの要求感覚に順応すればいいのです。

     

    ラフレシアだけではありません。

    植物はみな全て「足るを知る」という生命の営みを実践しています。

     

    そこには、人間の欲望渦巻く環境に順応して競走し、みんなと同じよ

    うに目立たず、変わっていないことを選択する理由を、「からだ」は、

    原始感覚は要求しているか、本当にそうか、と想念に問いかけます。

  • 共に進化している生物③

    見えないからこそ、見える部分にイメージすることは大切。
     
    定年後、畑仕事を趣味にしている人と話をしていてこんな話を伺った。
     
    「大根を収穫するときには、しっかりと腰をかがめて、引き抜く動作
     をするのにコツがあって、知らないで収穫するのは大変だよ」と。
    どのように大変なのかと言えば、大根は葉っぱの向きを見て、頭の部
    の向きがどちらに向いているのか。
     
    このコツをしっかりと見極めることこそ大切で、大根の頭を引き抜く
    ときに、その頭の方向に向けて引っこ抜くのがコツ。
     
    そうすれば、スルリと根っこまで綺麗に気持ちよく引き抜けるようで、
    それを知らずに、逆向きで頭の向きを少し考えず引き抜こうとすると
    途中で大根は折れてしまうことが多いのだと言う。
     
    頭の向きが、ほんの少しだけ傾くだけで下の方まできれいにつながる。
     
    捻れがあるからこそ、軽く動きが伝わっただけで引き抜けるのに対し、
    その流れや支点、ベクトルの方向を考えずに引き抜くと、途中で折
    てしまったり、引き抜く本人には三倍くらいの力が必要なのだと言う。
     
    このようなことを聞いたときに、操体を学んで来ているワタシ自身の
    内臓の感覚として、もっと云えば、呼吸を通じた波動の共鳴を感じた。
     
    もし、植物の意識感覚から言葉を発するのなら、頭と言う物の位置が
    どのようになっているのか、原始感覚で受けとることは大切だろう。
     
    熱エネルギーにしても運動として循環している。
     
    この流れに逆らうことは不自然となり、この世界に循環している不変
    のエネルギーを「愛」と想定するなら、これを「からだ」の原始感覚
    で認識すること。
     
    これは、橋本敬三師の語り「救い」が成立する真理の要素である。

  • 共に進化している生物②

    昨日のブログに、緑色をしている葉っぱの真実を書いたので、今回は

    そのことについてもう少し、噛み砕いて書いてみたい。

     

    あの太陽の光を、可視光エネルギーとして「波長」で分類してみる。

     

    それは、植物が行っている光合成の素でもあり、日中に酸素を供給す

    る源でもあり、動物もその恩恵を吸収して化学反応を起こしている。

     

    光合成とミトコンドリアは、酸素を受け取ることによってそれぞれに、

    葉緑素とATPを作り出し、生命の維持および成長して次世代へ繋げる。

     

    植物の光合成で、必要なのは「クロロフィル」と「カロテン」であり、

    その主役であるクロロフィルは、緑色の波長をほとんど使わない。

    可視光とは、視力による波長という太陽光のエネルギーそのもの。

     

    だからこそ、動物や人間も植物の養分を食することで、その源を体内

    に取り入れる、つまり感覚を通じて栄養化するのことになる。

     

    ここで重要なのは、見えにくいものが見えるという価値である。

     

    エネルギーの分布は、長い赤の770nm波長から、短い紫の380nm迄

    であるが、そうするとエネルギーの波長からしても、可視光として

    確認しやすいのは、間にある色彩、「緑の550~490nm」となる。

     

    「植物」がもし、利己的な考えを持っているなら、速く成長し繁茂

    を続けることのできる色彩、それは「黒色」。

     

    葉っぱの色は、本当は「黒色こ」そベストな解、全ての可視光エネ

    ルギーを余すことなく吸収しやすいのだから。

     

    植物はその選択をあえて選択せず、緑の波長を、わざわざ反射して

    動物に与えるということを、進化の最中でもかたくなに守っている。

     

    それは、共生し共存すること。

    共鳴し、共感を可能とすること。

    「共有感覚」の真実は、植物の「葉っぱ」の色彩を見ると解る。

     

    真理とは愛。呼吸を通して感覚すること。

    これも共有できるのだ、と学んで実践して進化をしてきたから解る。

     

    もし、植物の葉っぱが黒色になっていたらと、イメージしてほしい。

     

    「うる星やつらの面堂終太郎」ではないが、多分私自身耐えきれず、

    『ワ~ン!暗いよ~狭いよ~怖いよ~』と叫んでしまうだろうなぁ。

     

                              

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

  • 共に進化している生物①

    石田さんから引き継ぎました岡村郁生です。

    今回のテーマは「植物」、操体を学び続け想いのままに繋げて参りま

    すので、一週間よろしくお願いいたします。

     

    まず初めに。

    操体を学ぶなか「食」において、身近な植物を知らず、感動したこと。

    それは「葉っぱの色は、なぜ緑色なのか」を理解できた事にあります。

     

    このことを調べ、植物に詳しい方に聞いてみると、この答えが多い。

    「それは、クロロフィルが緑色を反射しているから」

     

    その答えでは、さらなる疑問が残ってしまう。

    『では、全ての太陽エネルギーを吸収したほうがいいのではないか?』

     

    そう、全ての波長エネルギーを最も効率よく吸収するのであれば、

    植物の「葉っぱ」が黒くなれば、余すことなく太陽の光を受けとるのだから。

     

    しかし実際の「植物」は、何故かそのように進化してこなかったのであり、

    太陽光エネルギーの(ワタシ自身は、お天道様の温もりと言いたい)最も

    ”可視光の強い波長”である緑の部分を、吸収せずに反射しているのだ。

     

    言わば、植物は「GIVE&GIVE」そのもの。

    愛を理解し、愛を紡ぎ、愛の真理を知っている。

     

    生物の連鎖、エネルギーの循環となる生命観を、やかましく言うことも

    なく、ただコツコツと実践しているのです。

     

    それは「共生進化生物」なのであり、生命体の本質「からだ」を通して

    みると、いつも、いつまでも、共に生きる愛を、語りかけているのです。

     

    葉っぱの真実を認識し、感動し感激し、感謝の波動を受け取れたのです。

     

                                 (続く)

     

     

     

  • 植物 その7

    植物は何も言わないけど様子をみることで元気か元気でないかがわかります。

    枯れ葉は植物体内の毒を外に出すために朽ちていき、

    また新しい葉っぱを作るようです。

    人間も体内溜まった毒素を外に排出しないと状態が悪化していきます。

    循環が良ければ健康になるようです。

     

    一週間お付き合いいただきありがとうございました。

    来週からは岡村さんが引継ぎます。

    どうぞよろしくお願いいたします。