投稿者: karib_sotai

  • 「からだ」が育む感覚意識①

     

     

    目には見えないところに宿っている

     

    まるで「からだ」のまんだらのよう

     

     

    岡村さん、ありがとうございました。

     

     

    今日から担当の瀧澤です。

     

    よろしくお願い致します。

     

     

     

    「からだ」に宿る生命力を

     

    色をつけずにそのままいただく

     

     

    体調の波はあってもいい

     

     

    変化として感じ取っていけることが有難い

     

     

    日毎に感じ取っていると

     

    波の中で浮かぶブイのように

     

    ひとつの目印が在ることに気づく

     

     

    変化し続ける「からだ」からいただく絶対的な感覚

     

     

    それを基準に「からだ」に委ねていると

     

    生命にとって必要なことはそこにあると

     

    「わたしたち」の意識は更新されていく

     

     

    からだが育む感覚意識になっていく

     

     

  • 結構な健康と血行な寿命⑦

    (続き)

    ある剣道の高段者の方から、愉快な実践を教えて頂いた。

     

    「一眼。二足。三胆。四力」

                     宮本武蔵の五輪書

    今週のお付き合い、有難うございました。

     

    明日からは、瀧澤副実行委員長の登場です、お愉しみに。

  • 結構な健康と血行な寿命⑥

    (続き)

    一つに、こころの安寧こそ「健康」に繋がるでしょうね。

     

    速く終わって欲しい!

    速く治って欲しい!

    速く、はやく、ハヤク!

    「速い」スピードで走っていく。

     

    でも、その目的は何でしょう。何のために速さを求めていますか。

    そうと訊ねたら、すぐには答えられないし、迷うものです。

     

    速さそのものが目的になってしまっているだけかもしれない。

    走らないと遅れる、恐怖心を抱いている印象さえ感じる。

     

     

    速いことばかり追い求めていると、息苦しくないですか?

     

    自分は、どこに向かって、何のために、走っているのだろうか。

    これを意識することは、いつも、最低限やっておいたほうがいい。

     

    そして、愉しくしていないと、質は際限なく落ちていく。

    愉しんで出来ているかどうか、これを忘れてしまっている人が多い。

     

    愉しい感覚は、寿命を永遠に導き、すばらしさを味わう実感。

     

    ゆっくりの間。

    流れを導く。

    味わいを感じる。

     

    健康を旅人とする。

    なんで生きてるか。

    何がおもしろいのか。

     

    それを実感できる余裕。

    こころの安寧を、からだに尋ねて、味わってほしいのです。

     

                            (続く)

  • 結構な健康と血行な寿命⑤

    (続き)

     

    質と量のちがい。

     

    若い頃は、量が欲しい。

    歳を重ねると、質が欲しい。

     

    質にも、さまざまな変化はあり、違いを認識できること。

    量にも、さまざまな大小はあり、違いを認識できること。

     

    同質の協力(量)は、足し算にしかならないけれど、

    異質な協力(量)では、かけ算になるのだから。

                      (続く)

  • 結構な健康と血行な寿命④

    (続き)

    生命体なんだから、変化していくことを前提にする。

     

    今の時点は、経過に過ぎず、未来から見た現在を、常に「意識」する。

     

    それを繋げてくれる空間、その変化に即して入ってくれる「息」。

     

    脳で感覚の統合を行っていたとしても、その過程で生じている変化の

    全てを感じ取れるかどうかは、ヒトにはできない。

     

    何故なら、血流の本質である新陳代謝によって、個体差を生じるから。

    脳波とは、波ですから粒子のことは捉えきれていないのかもしれない。

     

    現象変化は、粒子と波の起こしている結果。

    流れは動的で、目に見えない本質を含んでいて、見えるモノは一部。

     

    天然の法則性を汲みつつ、からだに真摯な意識を向ける姿勢。

    それは健康に直接結びついて、変化していく、その結果こそ寿命。

     

                               (続く)

  • 結構な健康と血行な寿命③

    (続き)

    例えば。

    日本は勿論、3年以上世界中を不安に陥れている、コロナ禍。

    まだ収束していなくとも、ウィルス共存方向に舵を切りました。

     

    現時点におけるコロナワクチンは残念ながら、確実な効果ではなく、

    インフルエンザウィルスのように、タミフルのような薬もありません。

    それでも、普段の生活と自分の寿命を両立させて、共存するのです。

     

    ヒトの寿命は、遺伝子的には120歳くらいだそうです。

    イヌは、平均12歳で寿命になりますが、最高年齢は40歳だそうです。

     

    ウィルスだけでなく、細菌、真菌、植物、昆虫あらゆる生命体を含め、

    全ての生命体は、それぞれに寿命はありますから、変化して当然です。

    (ウィルスに関しては、そもそも生き物と言えるか、異論もあります)

     

    不思議に思われるかもしれませんが、細菌にも健康と寿命はあります。

    そして、ウィルスの健康と寿命について、考えてみてもいいのですよ。

     

    新型コロナウィルスは、生誕三年少し余りとなりました。

     

    新型コロナワクチンの予防接種は、日本成人の努力義務とされました。

    当院の接骨院患者さんは、現在、五回目の接種をされた方も多いです。

     

    その間あらゆるワクチンで駆逐されそうになり、それでも動的に変化し、

    あらゆる攻撃に耐えて生き延びるため、様々な形態を経ています。

     

    宿主であるヒトの上気道、特に上咽頭に棲み着くまで、徐々に弱毒化し、

    感染方法も飛沫感染を経て、現在はエアロゾル感染になりました。

     

    元々の新型コロナウィルスは、飛沫感染すると言われていたのです。

    それは、水分を含み5μm以上の大きさの感染体を含む粒子ですから、

    しばらくすれば床に落ちるし、せいぜい1~2メートルしか飛びません。

     

    それが現在、水分を減らすことで、より小さな感染体となり浮遊し、

    大気中の粉塵や煙と合体できる、エアロゾル感染を可能としたのです。

     

    抗生物質の乱用により、細菌の耐性が生じてくることは周知の事実。

    細菌を抑えるのに、細菌も健康寿命を維持することを行っています。

    有名なMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)もその一つですよね。

     

    「健康」と「寿命」について考えてみるとき、ヒトから離れた視点で、

    俯瞰して捉えてみることも大切なのではないか、そう思っています。

     

    そうなればこそ、WHO憲章の「健康の定義」は不変では成り立たない。

    「からだ」を介してのメッセージでは、そのように感じます。

     

                              (続く)

  • 結構な健康と血行な寿命②

    (続き)

    健康の定義を「公益社団法人日本WHO」から引用してみましょう。

     

    「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、

     肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、

     すべてが満たされた状態にあること」(1947年制定)

     

    どうでしょう、健康の定義は良く考えられていると思いませんか?

     

    この健康の定義について、1998年に改訂しようとする案がありました。

    「spiritual(霊的)とdynamic(動的)」を加えた健康の定義にしよう

    じゃないか、とこの提案をしたのはEMRO(東地中海地域事務局)です。

     

    アラビアでは、ギリシア・ローマに由来する医学理論を体系的に整理し、

    長くヨーロッパにおいて、医学の教科書として使われていたのです。

     

    そのようなイスラム医学の伝統にのっとり、文化的かつ宗教的な背景に

    基づいた上での、健康観を提案したものと考えられているそうです。

     

    しかし、各国との本会議の結果、この案は正式にならず見送られました。

     

     

    ただ「霊的」と「動的」の言葉二つ、2023年の今となって考えてみると、

    とても大切な繋がりを示していたのではないか、と思えるんですよね。

     

                              (続く)

     

     

     

  • 結構な健康と血行な寿命①

    今週担当するのは岡村です、よろしくお願いします。

    テーマは「健康と寿命」。

     

    では、早速ですが皆様にとって、「健康」とはどのようなもの?

    興味があったので、患者さん達にも尋ねてみました。

     

    Sさん「普段どおりってことですかね」

     

    Tさん「人との御縁かしら。それが健康につながってるのよ」

     

    Jさん「からだを正しく動かすってことですね、間違えるからおかしくなる」

     

    Nさん「からだのどこも不自由なく動く事かな、ヘンな所あるとわかるから」

     

    Hさん「血行が良いこと。特に脳、変化のこと考えてると駄目ね」

     

    Kさん「自分のコトを、自分で出来ること」

     

    Mさん「普通に生活できること、どこでも歩けること」

     

    Nさん「リア充なヒト、特に不満が無いってことで」

     

    Dさん「楽しめることがあって、それによって喜ばれることがあること」

     

    Oさん「全ての事が関係して、それを知ることに繋がってるのでは」

     

    協力頂いた方々には、すぐに答えられない方も多かったです。

    改めて「健康とは、なんですか」と聞かれることもありませんからね。

     

    では、このブログを見て頂いている方に質問です。

     

    「あなたにとって、健康とは」さてさて、如何でしょうか?

     

                            (続く)

     

     

     

  • 健康と寿命 その7

    量子力学の世界では時間は存在しないそうです。

    時間は人間が生活するのに都合がいいので決めたルールだとしたら?

    若返りは存在しない。

    老化は止められない。

    それは今まで出来なかっただけで可能になったら?

    今、目に見えない粒子の状態もあることが確認できました。

    近い将来、今までは人類が考えもしなかったことが常識になるかもしれません。

    大きく言い過ぎかもしれませんが、操体はそのような非常識を考えてます。

    一週間お付き合いいただきありがとうございました。

    来週からは岡村さんが引継ぎます。

    どうぞよろしくお願いいたします。

  • 健康と寿命 その6

     

    平均寿命と健康寿命の差がない方がいいですよね?

    男女差の差はあるにしても10年間も不自由な状態で、

    生きていくということが考えていくと本当につらいです。

    この差を今後どのように縮めることのヒントが操体や操体法にあると思います。

    自己免疫力を高められいろいろなからだのケアができれば長生きしても幸せです。