(続き)
「ホスピスに入院してるからに出張に来てくれないか?」
操体&操体法を学びつつ、臨床をしているワタシに向かって、
本人から直接、頼まれたときがありました。
当時のワタシにとって、少し心の重くなるお願いでしたから、
三浦理事長に相談してアドバイスを頂きました。
「御縁があるということは、行ってあげればいいんじゃない」
何を一体、支えているのだろう。
操体法はシンプルです。
とりあえずやってみること。
やってみて続けていくこと。
やって、感じていけばいいってこと。
(続く)
(続き)
「ホスピスに入院してるからに出張に来てくれないか?」
操体&操体法を学びつつ、臨床をしているワタシに向かって、
本人から直接、頼まれたときがありました。
当時のワタシにとって、少し心の重くなるお願いでしたから、
三浦理事長に相談してアドバイスを頂きました。
「御縁があるということは、行ってあげればいいんじゃない」
何を一体、支えているのだろう。
操体法はシンプルです。
とりあえずやってみること。
やってみて続けていくこと。
やって、感じていけばいいってこと。
(続く)
(続き)
終末期医療に携わる、ベテラン医師の方が教えてくれました。
「医学的に意味がなくても、患者に何かをしてあげたいと言う
想いから来る行動は、立派な医療です。
この想いが医療として確立し、形になったのが緩和ケアです。
QOL(=生命の質)の改善というと伝わりにくいですが、
その方の幸せや、想いをなるべく考え医療を提供するのです」
世の中には、治らない(完治しない)病態変化も数多くあります。
治らないのに、何を一体、支えているのでしょう。
操体法はシンプルです。
すべてに、わけ(ワケ)があるってこと。
すべてに、わかって欲しいことがあるってこと。
「からだ」と向き合い、感じることを受けとること。
それを、ゆっくり、丁寧に、自分の意識に記していくこと。
(続く)
(続き)
ある医師の方が教えてくれました。
「臨床医の仕事の基本は、2千年前から何も変わらない。
話を聞き、一緒に考える。
人間の苦しみと無念を引き受ける」
このような臨床に向かう考え方は、とても「からだ」に響きました。
ワタシだけではなく、「からだ」に響いたのです。
三浦理事長は「操体」&「操体法」の基本を丁寧に指導してくれます。
今でも、何かに支えられているかのように、三軒茶屋に向かうワタシ。
そう、操体法はシンプルです。
本来の生命、
いのちの力を忘れがちな、
慌ただしい日常の時間に、
静かに、ゆっくりと、「間(=マ)」を取り戻す。
そのきっかけにしていくこと。
(続く)
(続き)
臨床経験の年数だけは、今年で31年になりました。
按摩する、指圧する、マッサージする。
鍼を打つ、灸を据える。
整復する。
それでも昨日書いたように、一体、何を支えているのか明確に出来ません。
そんなことを年頭に置きながら、三浦理事長に尋ねています。
見て聴いて頂いて、語り合う操体&操体法を味わっています。
では今日の、操体法はシンプル。
「からだ」のメッセージをききわけること。
「からだ」のうごきを受け、感じとること。
「からだ」で変わっていく自分を意識していくこと。
(続く)
バトンを受けとってブログを担当する岡村です。
一週間、どうぞ宜しくお願いします。
地域の人々を支えるため、茅ヶ崎の湘南ライフタウンで鍼灸接骨院を
開業して今年で25年になります。
紆余曲折在っての25年とは言うものの、一体、何を支えにして今まで
「操体」&「操体法」を学んできているのでしょう。
そんな自分への問い掛けを掴みたくて、24年三軒茶屋に通っています。
今回は「はじめての操体」と言うことを念願におきながら考えつつ、
ふと浮かんできた、の操体&操体法の初学者に向けたアドバイスを、
書き綴ってみたいと思います。
では早速。
操体法はシンプル。
「からだ」の仕組みを、
「からだ」の使い方を、
出来る限り、理解すること。
(続く)
その後、週一回程度通った方がいいということで
約1か月言われたままに通い続けました。
1か月経っても全く肩や首の痛みが改善しません。
母にクレームの電話を入れました。
あの先生はただ触っているだけで何もしない。
揉んでもくれない。
本当に改善するのか?
かなり母に愚痴ったのを覚えてます。
母からは先生にもう一度相談してみたら?と言われたので相談しました。
結局、どこにもすがるところがなかったので通い続けました。
それは突然やってきました。
今までの痛みが消えていたのです。
わけがわからりません。
ただ触っていただけ。
なんで改善したいのか?
その理由が知りたくて操体を学ぶことを決心しました。
一週間お付き合いいただきありがとうございました。
来週からは岡村さんが引継ぎます。
どうぞよろしくお願いいたします。
待ちに待った治療が始まる。
これですぐに痛みから解放されると思っていました。
三浦先生はどんなことをするんだろうと観察していると、
足を揉んだり、腕を揉んだりすることはありませんでした。
膝を曲げた状態で仰向けになり、ただ触っているだけ。
そのうちに揉んだりするのではと淡い期待も虚しく、
いろんな場所をただ触っているだけ。
どのくらいの時間触っているんだろう?
と思いながら時間を数えていたら寝てました。
それが何回繰り返したあと、三浦先生は終わったとも私に告げてくれません。
ほったらかしの状態です。
終わったのかな?と思い聞くと終わったと告げられました。
ん?ただ触っていただけでは?
そう疑問に思いながらその日は帰りました。
つづく
母からの紹介で三浦先生へところへ訪問することになりました。
場所は三軒茶屋。
母からはわかりにくい場所にあり、看板もないようなところ。
一室で治療をしてくれるということでした。
何かにすがる思いで電話をかけて予約を取りました。
訪問してみるとそこはカオスでした。
絵や芸術品がその部屋を埋め尽くし猫もいる。
治療場所はどこか?と思わせるくらいその部屋にはいろんなものが置いてありました。
つづく
今思い起こせば本当に無茶苦茶な生活をしていたのは間違えないです。
しかし、当時は全くそのことに気がついてませんでした。
私のからだは人よりも丈夫で多少無理しても大丈夫と思ってました。
マッサージなどを通っている時も自己責任というよりは、
他人任せという意味で通っていたのを覚えてます。
いろんな本を読んではどこかに名医がいて治してくれる。
そんな矢先に私の母から三浦先生の存在を知ったのです。
つづく
当時の生活は本当に酷いもんでした。
いやもっと若い時からかなり無理してました。
20代半ばから30代前半は昼間の仕事以外に夜ファミレスでバイトをしてました。
睡眠時間は3時間程度。
常に眠い状態で昼間は生活し、週末はグレイシー柔術とバスケットボール。
ほとんどからだを休める暇がありません。
30代前半から転職して夜のバイトはやめましたが、
その代わりに夜遅くまでというか夜中まで働いてました。
慢性的な寝不足でよく運転中に睡魔が襲いました。
よくこの年まで事故もせずに生きて来られたと思います。
つづく