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  • ヒーローになる、そのイマジネーション

    『イメージはうごきである』
    操体の学びのなかで、三浦寛理事長に教えて頂いたことの一つ。

    テレビで某チャレンジ番組を見ていたら、最後の締めくくりとなる局面で、
    チャレンジグループの代表として、若手俳優が代表となって選ばれていた。
    画面から見ている限りでは、かなり不安定な体勢で、かつ緊張感もあり、集中力が必要であろうその時、こんなことを言っていた。

    「僕のチャレンジを、子供達が見てくれていると思うんです。
    だから、このチャレンジを見てくれている子供達のためにも、
    そして、自分のためにも頑張りたいと思います・・・成功させます!」

    それまでの経過を見ていると、芸能界からすれば仕事なので当たり前だが、
    とにかく俺がやってやるぜ的、強いアピールばかりだったので、ふと聞いただけで、その言葉の意味は耳に残ったのだろう。

    そして彼は見事に代表チャレンジを成功させ、“見えざる何か”に感動したのだろう。
    自分では決して出来ない、演技でない感動の涙を流していた。

    実はその俳優、ウルトラマンコスモスの主役をしていたのですね。

    ちなみにその俳優の奥さんは、某人気アイドルグループの一員でした。、
    (その彼と、入籍、お目出度を一緒に発表していたのです)
    その彼女があるトーク番組に出演していたときに、
    芸能界の先輩達の中で、楽しそうに新婚生活と子育てをこんな風に語っていた。

    小さい頃から芸能界という、特殊な環境で仕事をさせて頂いてきたので、
    その時には気付かず、当たり前だと思っていたことが、本当は色々と支えられていたこと。
    そのありがたみが、本当に大切ものなのだとわかった。
    結婚とは他人と一緒に暮らすこと、出産とは自分が育てる親の立場になったこと、
    そのようなきっかけがあって、本当に恵まれていたこと。それがわかってきたんです。
    今まで気が付かなかったことに気が付いて、自分を振り返るきっかけをもらって、
    本当に毎日が楽しい、「大変でしょう」って言われるけれど本当に全然そう思わないですよ。
    ・・・と言うような内容だった。

    この若き夫婦は、日本の新しい世代を代表しているように感じる。
    次世代へ繋ぐ希望の光とは、そう遠いことではなく身近に感じていたいから。

    ほんとうにたいせつなものは、目には見えない。

    だからこそ、僕自身が見えないものから発信される意味を感じたい。
    自分にとって気分が良い、気持ちがよいものを取り入れて、一緒になって感じていたい。
    そうすれば、周りに伝わっていく。
    勝手にみんな気分がよくなってくれる。

    ちなみに、ウルトラマンは何万光年も離れた世界からやってくる宇宙人だ。
    一光年とは、一秒に30万キロも進んでいくことのできる光の速さで一年間かかる距離。

    この世の中には、見えるもので光の速さを超えるものはない。
    なぜならば光の重さとはゼロだから。
    質量が増えることで加速しにくくなるし、加速しにくくなれば必要なエネルギーは増える。
    その速さが光を追い抜く事は出来ない理由である。

    しかし将来には、
    一瞬にして光に近いスピードで、かつそれを超えることも可能に出来る。
    地球人の肉体に執着してしまえば、常識では計れないことがわかる。

    ウルトラマンのような宇宙人の世界では、それが常識ということを。

    伝えたいことのメッセージとして、ウルトラマンは他のウルトラマンに対して、
    ほんの一瞬でサインを送ることが出来る。
    それは梵字をモチーフにしたものらしいのだが、ウルトラサインという。

    わかっていることは、それを夢にしないことが僕の夢だと言うことだ。

    そしてきっと三浦寛理事長はじめ、操体を学んでいる同志は、
    そんなことさえ馬鹿にしないで聞いてくれるだろう(強制的希望?)

    なぜならば、
    操体法の創始者、橋本敬三師の意思・言霊をあれほどまでにかみ砕きながら、
    フォーラムの際、私たちに惜しげもなく披露してくれるのです。

    その学びの姿とは、僕からすれば”三茶のウルトラマン”として貫禄十分であり、
    そのルックスでさえ”ウルトラの父”を彷彿させてしまう。

    さしずめ僕は今のところ、
    その左足に鎖をぶら下げているアストラかな?(マニアックですいません)
    操体を学びながら、その鎖を少しずつ短く、薄くしているような感じです。
    ちなみにその鎖とは、肉体に執着することで生じるしがらみとか、
    本当は無いものをあると思ったりする自我の欲とか、
    それ自体に意味を持たせてしまっている僕の心ですね。

    僕の言っていることが、何言っているのか良くわからない?
    それならば、
    この春に行われる、東京操体フォーラムの分科会の懇親会でお話ししましょう。
    お後が宜しいようで・・・。

    それでは、今までも明日もありがとうございます。

    岡村郁生

  • 一富士、二鷹、三茄子、そして4着物?

    皆様、あけましておめでとうございます。
    本年も東京操体フォーラムをよろしくお願いいたします。
    福岡から秋穂理事の命を受けてバトンを引き継いだ、茅ヶ崎の”空想でっか”龍こと岡村郁生です。
    一週間よろしくお願いいたします。

    さて、初夢は皆さんごらんになりましたか?
    私は昨年に引き続いて、何故か?
    「三浦理事長と愉快な仲間達」みたいな夢ばっかり見ています。

    初夢の中では、何故か?美術の先生をしている三浦先生が、
    いろんな方々に指導しながら熱血先生をしていました。
    厳しく忙しく教え子達の質問に答えながら、とうとう私のところへまわってくるのです。
    そこで、何を言われたかと言えば・・・、

    「お前の描いていることはわかる。お前自身が面白ければ構わないと思っているかもしれないが、
     それではお前らしくないことに、いい加減気がついたらどうだ?」
    ・・・と言うようなことを、昔のサムライのようなドキッとする眼力で言われる始末。
    それならば、
    ムキになって思った通りのことをおこなうと、
      「ウン、それで良いんだよ!」
    と言うようなことを言われるのです。アア・・なんともリアル!これが初夢とは!!

    以前、仙台の今昭宏顧問から温古堂での修業時代のお話で、
    温古堂にある掛け軸をみて、橋本敬三師に質問してみると大きな声で「何でも良いからやってみろ〜」
    と言われて、今先生はその掛け軸に急いで書き足したら・・・、
    ニコニコしながら橋本敬三師は、「それで良いんだよ」とおっしゃった、それがこんな感じのお話でしたね。

    本当に昨年からなのですが、
    何故か?夢をよく見るようになりました。
    カラーで、周りにいる人物がほとんど顔見知りばかりなんですよね。
    ただ一つだけ、不思議なことがあります。

    夢の中の僕は、ほとんど自分の声を出さないのです。
    言うならば、映画を見ている感じなのですネ。

    本年も東京操体フォーラムの一員として恥ずかしくないように、(自分自身の活動はともかく)
    しっかり発信できるお年玉や、打ち上げ花火をあげてみます。

    それでは、一週間よろしくお願いします。

    年の初め、この時期ならではのお楽しみといえば・・・、
    初詣、おせち料理、福袋、そして着物?
    新春のテレビを見ていてもわかるように、お正月らしさの演出にお正月は着物があります。
    元々日本にあるものでありながら、いつまでも新鮮な感じがあります。

    (着物(きもの)は、日本語では以下のものをさす。以前は著物とも書かれた。身につける衣服一般を指す。
     洋服に対し、古くから日本で着用されてきた衣服としての和服(和装)を指す・・・ウィキペディアより)

    着物に限らず、伝統的なものとは本来、
    このように色々な応用が利いて、しかも充分に実用的でありながら機能的なんですネ。
    そして何よりもお洒落!これは個人的にも外せません。

    それというのも僕の父親は、
    私が学童期から思春期まで呉服関係の仕事を自営業でしていたのです。
    ですから、反物とか着物とかは意外に身近なものでした。

    自営業であればお客さんの都合次第でもあり、
    小さい頃の日曜日といえば「今日もドライブに連れてってやるゾ〜」と言う父と一緒に、
    お客さんの家を車で伺ったり、公民館でイベントをやったりするのに付いていくのです。

    その時は車で一人待っているので、その頃から僕は空想するようになりました。
    しばらくポカ〜ンとしていると、色々なものが遊んでくれるように感じてきます。
    例えば、
    ボールペンが僕を乗せてロケットになって自由自在にワープしてみたり、
    車のシートは机になって、そこらにある色々な動物と戯れてみたりするのです。

    エッ・・それは一歩間違うと危ないって?
    マァそうかもしれませんけれど、実際に目に見えていることだけでは遊べませんよ。
    毎回、車の中で長いときは二時間くらい待っているわけですから。

    何でもそうですが、愉しむにはコツがあると思います。

    形あるものだけで遊んでいては勿体ない。
    目に“見えていることだけ”で遊んでいては飽きてしまう。
    そこにあるものを、
    “与えられた遊び方”で遊んでいても、いずれ飽きてしまう。
    自由であれば、底知れず愉しめる。
    そうなんです、見えない世界とは意外と・・身近なのかもしれません。

    臨床そのものも同じで、
    いつでも同じことを繰り返しているとすれば、
    それは仕事ではなく、作業になってくるのでしょう。

    基本があって応用がある。
    その基本を成長させていけるのが操体の学びでもあります。
    そう考えてみると、
    “からだ”を診せて頂く臨床そのものが応用であって、その基本単位とは、イノチにあります。

    イノチという最小単位にして感じ取れば、相当なものが含まれています。

    その理由となる大切なこと、それは自分のことを学んでいるのです。

    そういえば僕自身、小さい頃からよく言われましたね。
    「勉強してもしなくても良い、だけど困るのは自分自身なんだぞ」・・・と。
    そう!思い出しましたよ、三十年ぶりに(笑)
    空想も大好きな僕は、車の中で学校の宿題もしていましたね。

    まあ、そういうわけで・・飽きずに学び続けられることは、大切なのです。

    それでは皆様の本年の本気に、アタックチャーンス!!
    ありがとうございます。

    岡村郁生

  • 夢は大きく太平洋ぜよ!

    正月も二日目ともなるとおせち料理にも飽きてきて、そろそろカレーが食べたくなってきた福岡の秋穂です。今回は年末年始をまたぐという大役を仰せつかって1週間ブログを書かせていただきました。毎回ブログを書き終わった後に、「もっとOOしておけばよかった・・・」とか、「あんなこと書くんじゃなかった・・・」とかとにかく思い返すと恥ずかしいことばかりですが、それも私の人間性と割り切って本日7日目もバシバシ書かせていただきます。

    ついに始まりますNHK大河ドラマ龍馬伝』竜馬役を福山雅治が演じるとあって、「男前過ぎる。」とか「年をとりすぎている。」とか賛否両論ありますが、個人的には待ちに待ってた『龍馬伝』ということでものすごく楽しみにしております。坂本竜馬の配役に関しては、つい先日最終回を迎えた『JIN』では内野聖陽が実に男臭い竜馬を演じ、その少し前の大河ドラマ篤姫』では、玉木宏が少々優男風な竜馬を演じておりました。また遡れば江口洋介市川染五郎ダウンタウンの浜田など数々の竜馬像が生まれました。坂本竜馬という人間はあまりにも魅力的で、中々こと人こそ坂本竜馬というベストなキャスティングは難しいのではないでしょうか。ちなみに私のいちおしの坂本竜馬は(必ずブーイングを受けるのですが)福岡が生んだ迷俳優、海援隊武田鉄矢さんその人です。ちなみに今放送中の某携帯電話会社のコマーシャルでも龍馬好きのおじさん役で出演していますし今回の『龍馬伝』でも勝海舟役で思いっきり出演しているあたりはお見事としか言いようがありません。自他共に求める龍馬フリークで、あまりにも好き過ぎて、自ら原作を書き漫画家小山ゆうさんに漫画を書いていただいて『お〜い、竜馬』という漫画も作っているし、自ら原案、脚本、主演として『幕末青春グラフティー坂本竜馬』というテレビドラマまでやってしまっているのであるから、竜馬ファンとしては超一流です。坂本竜馬好きについてはエッセイ集『母に捧げるバラード』の中にこんなエピソードが記されてある。まだ、超無名のフォークグループ『海援隊』の一員でしかなかった武田鉄矢が、博多の屋台で音楽仲間たちとの飲んでいる席でこんな話をします。将来音楽で売れて有名になったなら、坂本竜馬の映画を作る、大勢の音楽仲間が出演して、BGMにビートルズが流れるような映画を作る。その夢を実現したのが『幕末青春グラフティー坂本竜馬』だったのです。「思いは現実化する」といいますか、「好きこそ物の上手なれ」といいますか、本当に言葉は運命のハンドルを握っているのだな〜と思うエピソードです。そんな私も武田鉄矢さんの演じる坂本龍馬を観ながら、坂本龍馬という人間に興味を持ち、いつの間にやら坂本龍馬をこよなく愛する人間の一員になりました。鳥のヒナが最初に見たものを親と思いこむように、本物の坂本龍馬像以前に武田鉄矢の竜馬像がすり込まれてしまっているので、これはこの先も消えることのないイメージなのでしょう。でも今回は福山雅治の作り出す新しい坂本龍馬像に期待して一年間楽しみたいと思います。今年は東京操体フォーラムも分科会や関西地方での開催など、これまでとは異なるまったく新しいプロジェクトを計画しております。坂本龍馬にあやかり世界中に操体の魅力と、快適感覚の持つ無限のエネルギーを発信できるような『世界の東京操体フォーラム』に成長していきたいものです。では今年も一年間よろしくお願い致します。

    今日まで一週間本当にありがとうございました。明日からは鵜原さんが体調不良のため、急遽一週間繰り上がって我等が東京操体フォーラム実行委員長、みんなの憧れの治療家ナンバーワン、茅ヶ崎のファイヤードラゴン岡村郁生実行委員長の登場です。

    秋穂一雄

  • 初詣

    東京操体フォーラム実行委員リレーブログをご覧の皆様、新年あけましておめでとうございます。昨年中は誠にありがとうございました。思い返すと昨年は東京操体フォーラムも千葉県市川市の行徳ゴールドジムでの『臨床家による操体法セミナー』も始まりコレまで以上に充実した一年を送らせて頂きました。本年も昨年以上に質の高い操体の情報を発信していく事が出来るように努力していきますのでどうぞ宜しくお願いいたします。
    それでは新年最初のブログも引き続き福岡の秋穂が努めさせていただきます。

    我が家の平成22年の元旦はコレまでのお正月とはちょっと変わったお正月となりました。初めて自宅でお正月を迎えようと言う事になったのです。今までは私の実家にて年を越す事が多く、中々自宅でお正月をゆっくり過ごすと云う事がありませんでした。でも今年はおせち料理やお雑煮も自分たちで用意して整骨院の仲間達を自宅に迎え、手作りのお正月を過ごしてみました。初物づくしで中々上手に行かない事も多かったのですが、とても楽しい時間を過ごす事が出来ました。そして、初詣は今年はETC割引を有効活用させていただき、宮崎県の高千穂に行って来ました。日本神話に神々の国として残されているだけあって、本当に厳かで都市近郊の「何万人参拝しました。」というお宮参りとは違ったゆったりとした初詣となりました。

    写真は高千穂の少し熊本よりにある日の本弊社立神社です。天孫降臨に縁のある神社で、最近では世界一新しいパワースポットとしても注目されているみたいです。

    秋穂一雄

  • 捨てること

    福岡は雪の大晦日お迎えております。私の整骨院の近くにある博多の台所『柳橋連合市場』でもお正月準備の買い物客でにぎわっていました。秋穂家もいとりでも多く福の神を呼び込もうと今日は大掃除をしました。朝から家中を引っ掻き回しながらの大騒動こんな事なら早くからやっておけば良かったと思いながら、来年も大晦日の大掃除わ繰り返されるのかもしれません。大掃除と言えば、毎年のように、「いつの間にこんなにものが増えたのだろう?」と思う程、収納しきれなくなった洋服やらおもちゃやらの行き場を探して家の中をさまよい歩いています。掃除好きの知人に上手な掃除の仕方を訪ねてみると必ず返ってくる答えが「掃除はまず入らないものを捨てる事でしょう。」です。しかし、良く言えばものを大切にする。普通に言うとどケチなな私に取ってはかなり難位度の高いテクニックです。

    前回、三浦寛理事長の元で操体法を学ぶ事になった秋穂くんは初めての講習会に出席しました。その受講者には現在もフォーラムの同志として共に学び続けている佐伯さんや鵜原さんも参加されていました。この操体法東京研究会に参加されている受講生の皆さんの経歴は本当に様々で、ご存知佐伯さんは海外でも活躍されていたアーティストだし、鵜原さんのように主婦の方もおられれば、この間まで会社勤めだった方もいる。本当に面白い人たちの集まりでした。その講習の中で、三浦先生が言われた言葉がある。「何かを学ぼうとする人間は、過去を捨てる事によって新しいものを得るのです。」どうしても私のようなケチンボな人間は今まで築き上げたものを失うのが怖くて、新しいものを受け入れられなくなってしまっています。でも三浦先生はこうも言われました。「そこで手放したものは、未来永劫失ってしまうのでは無く、新しいものを受け入れた上で、より一層の輝きを持って返って来るんだよ。」この話に感動した私は、間もなく勤務していた整骨院を退職し、本格的に操体法を学ぶ事になったのでした。

    しかし、今になって思うのですがこの話は、少なくても私に取っては真実だったように思えます。それから3年半は治療院の仕事を一切辞めアルバイトと操体法の勉強という限り無く現場から遠い生活を営んでいたのですが、その生活から一転整骨院を開業してみて驚きました。3年半のブランクどころか以前勤務していた時とは比べ物にならないくらいに、仕事が面白くなっていたのです。診断の見立てが変わったと云う事もあるでしょうが、患者さんとの向きあいかた、患者さんのからだとのつきあい方が格段に変化していたようにも思えます。古きを捨てて新しきを知る。橋本敬三先生の温古堂の名付け親になったという「温故知新」も「過去を捨てて、新しいものを得る」のも結果的には同じことなのかな?大掃除しながらそんな事を考えていました。

    でも、古くなったものでも、また何かの時に使うんじゃないかと思うとなかなか捨てられないんですよね〜コレが・・・

    では今から除夜の鐘を突きにいってきます。

    秋穂一雄

  • 博多ラーメン

    折り返し地点を過ぎて四日目のブログとなりました。フルマラソンで言うなら21キロを過ぎたあたりだと思います。勿論私は走ったことがないのでわかりませんが、この辺が佐助実行委員の云うドーパミンの分泌が抑制されて来る時期なのかもしれません。気を引き締めて務めさせていただきます。

    ミーン、ミン、ミン、ミン畠山常任理事との出会いから半年くらい経った夏の日、当時私が勤務していた整骨院の同僚の女性にデートに誘われた。誘い文句は「海外で操体法の治療院をされている先生の講習会があるんだけど一緒にいかない。」デートのお誘いかと思ったら、ただの勉強会のお誘いでした。しかし、3日目のブログで操体魂に火がついた秋穂にはデートの誘いよりも嬉しい朗報でした。勿論二つ返事でOK!当日喜びいさんで会場に向かいました。会場は東京、早稲田大学でした。待ち合わせ場所に到着すると2~30人位の人達が集まっていた。圧倒的に女性が多い。現代日本においてはどうやら操体の世界も女性が強くなってきているのであろうか。いや、古代女性は太陽だったと云う位だから昔っから強かったのでしょう。そんな女性ばかりの集まりだから、嫌でも男性陣は目立つ。主催者でもある最近になってダイアグラム操体という本を出版されたバンクーバーの嘉陽先生、早稲田の石井先生、現在バンクーバーにて操体カナダを開業されてある小崎先生、そして・・・ひとり部屋の隅にドカッと腰をおろした眼光の鋭い織田信長似の男性が一人。見た目では何をやっている人なのか全くわからないのですが、この集りに参加されているということは、操体をやっている臨床家の方だろう。それが解っていても何となく近寄りがたい独特な雰囲気が漂っていたので、あまり近づかないようにと少し距離を置いて坐っていた。この講習会自体は、ダイアグラム操体の発表会で、ダイアグラムという嘉陽先生が独自に考案された操体の地図を使って操体をやってみましょうという内容でした。一通り嘉陽先生の坐学の講義が終わったころ、参加者のうちのおひとりが、女の子を連れて嘉陽先生の元へ近づいてきた。「この子耳が悪いのですが一度診ては頂けないでしょうか?」との申し出があり、突如嘉陽先生の操体法の実演の時間になりました。東京操体フォーラムの際でもそうなのですが、講義を聞いて基礎をしっかりと身につけることは勿論一番大切なのですが、このような実際の臨床を見て、その先生が何を診ているのか、何を感じているのかを間近で見られることは本当に価値があります。嘉陽先生はダイアグラムに基づいて動診と操法を行っていきました。橋本先生の著書の中にも紹介されてあった比較対象の動診と操法でした。一通りその女の子をモデルに操法を通した後、参加者全員で実技の練習をやることになりました。二人づつペアになって横に並んで先ほどの講義の内容に忠実に動診を通して行きました。「両膝を右に倒すのと、左に倒すのではどちらが楽ですか?」「では右の方に倒せるところまで倒して1,2,3ストン!」「先ほどと比べてください先程より動きやすくなってますか?」とこんな具合に動診と操法の練習をしていました。いや参加者全員と書きましたが間違いです。ひとつのペアだけは全く違った事をやっていました。いつの間にか私達の隣にいた、先程の眼光鋭き織田信長さんと先程のモデルの女の子のペアです。織田信長さんは仰臥位の女の子の頭上に坐り、何やら指先で頸部を触診しているようだった。「痛い!」一瞬女の子の表情が歪んだ。織田信長さんは周りには聞こえない位の小さな声で「そのままくつろいでね〜」と語りかけていた。その意外なほどやさしい言葉かけに不意を突かれそのまま目が離せずにいた。一体何をやっているのだろう・・・頚部に触れた手はその後も全く動かさずにたまにぼそぼそ女の子に語りかけていた。女の子はまるで子守唄でも聞かされているかのような柔らかい表情で今にも眠りにつきそうな雰囲気であった。もしかしたら本当に眠っていたのかもしれません。織田信長さんはその後もほとんどポジションを変えずに実技の練習中ずっと女の子の頚部に手を当てていました。結局この男性は実技の練習をしないまま講習の時間は終わりを告げた。いやこの男性だけではありません、この男性の奇怪な行動に目を奪われていた私達のペアもほとんど実技の練習ができませんでした。私は講習の後、居ても立ってもいられなくなりこの男性に話しかけてみました。「実技の練習中やられていたことは何なのですか?」すると男性は「あれはね渦状波といって、あの子の皮膚に快適感覚をききわけさせていたんだよ。」と教えてくれたが、その頃の無知な私にはそれが何を言っているのか良くはわかりませんでしたがとにかく特別な何かをやっていることだけはわかりました。ここまで書けばこのブログを読まれている皆さんはお気づきだと思いますが、その時にもらった名刺には『操体スーパーバイザー三浦寛』と名前が入っていました。この講習の後参加者の皆さんたちと近くの喫茶店で親睦会が開催されました。私は少しでも織田信長さん改め三浦先生の話を聞きたくて近くに席を陣取り、操体についてのお話をあれやらこれやら聞かせていただきました。人間のからだは快に従いたいと云う要求があるということ。楽はあくまでも楽であり快とは違うということ。操体の臨床はからだにききわけた快敵感覚を味わうことによって通すべきだということ。どれをとっても私にとって初めて耳にする言葉ばかりでした。ひたすら感動する私に三浦理事長は言いました。「臨床家はみんな技術やテクニックの良いところばかりを盗もうとしているが、操体の本質って云うのは技術やテクニックではなく、自然法則にしたがった正しい生き方の方向性なんだよ。お前も操体を学ぶのだったらそこを忘れないようにな。」この時秋穂一雄の歴史が動き出しました。今まで操体の本質を知りたくて福岡から上京し、解決されないままのもやもやが一気に吹き飛ばされるほどの衝撃でした。僕が橋本敬三先生の著書の中で感じていたのは、操体の技術やテクニックではなく、その操体の持つ生命観であり、息食動想、環境という人間全てを網羅した操体哲学なのです。私の操体メーターは完全にレットゾーンに突入しいまや噴火寸前でした。この親睦会を解散した後、三浦先生の「ラーメンでも食うか!」との鶴の一声で私達は博多ラーメンの店に入りました。「俺もガキの頃博多に住んでいたんだ。飛んだ悪がきでな〜」ラーメンをすすりながらそんな昔話までトッピングしてもらいました。一緒にラーメン屋さんに入った女性の参加者の方が言っていました。「三浦先生って外見は迫力あって怖そうに見えるけど本当は凄く優しい人なのよ。」私はその次の年度から操体法東京研究会へ参加させていただき現在に至っています。今になってこの女性の言っていた本当は凄く優しいという意味は良く解るのですが、第一印象が強烈過ぎたせいなのか、先生に「秋穂!」と呼ばれると今でもビシッ!と背筋が伸びます。操体の世界ではこれを秋穂反射と呼んでいます。

    写真はその時食べたラーメン屋のラーメンではなく、博多ラーメンの老舗、長浜にある元祖長浜屋のラーメンです。ラーメン一杯400円、替え玉50円は破格です。

    秋穂一雄

  • 五里霧中

    冬将軍が猛威をふるっている福岡の秋穂です。3日目のブログもお付き合いをお願いいたします。年末も押し迫ったこの時期になると年賀状づくりや大掃除、お正月準備など身辺が俄然慌ただしくなってきます。南国福岡でもこの時期にはお決まりのように初雪が舞い、本格的な冬の到来を知らせてくれます。(今年は確か12月中旬に2日間ほど降っていました。)時期になると思い出す童話があります。『かさじぞう』です。日本昔話でもよく知られているお話なので、皆さんご存じだと思いますので内容については触れませんが、この物語の中で、貧しいおじいさんが売れ残った笠を6体のお地蔵さんにかぶせてあげるのですが、売れ残った笠は5つしかなく、最後の一体には自分がかぶっていた手拭いをかぶせてあげるという場面があります。私的にこの手拭いをかぶせてあげるというおじいさんの行為って何とも操体的なアプローチなのではないかと思えてこころがじわ~んと温まってきます。まさに渦状波を受けている時のような身もこころもとろける温かさを感じます。おじいさんが他の5体のお地蔵さんにかぶせてあげた笠は、どちらかと言えば治療技術や知識、風雪に耐えているお地蔵さんを守ってあげたいという思いは感じますが、それはそこに笠があったからこそ出来た親切です。しかし、このおじいさんが6体目のお地蔵さんにかぶせてあげた手拭いはそのおじいさんの人格そのものなのではないでしょうか、本当に何も無いおじいさんがやむにやまれずかぶせてあげた手拭い、このお地蔵さんはおじいさんのかぶせてくれた手拭いのぬくもりを通じてこのおじいさんの熱い生命の持つぬくもりに包まれ癒されたに違いありません。おじいさんに贈り物をしようといった主導者は絶対手拭いのお地蔵さんに間違いありません。私もこのおじいさんのような治療家になりたいと思います。

    では、前置きが長くなってしまいましたが昨日のブログで3日目に続くと書いてしまいましたので今回も若き秋穂の操体との自伝的恋愛小説を見てやってください。秋穂自身書きながら改めて操体への想いを再発見して新鮮な感覚を味わっています。なんだかカウンセリングを受けているみたいな妙な感じです。

    最初の操体の講習会が終わてしばらく経っても、私はまだ何をすれば良いのかわからないまま、ただ一日一日を坦々と過ごしていました。地元福岡に帰るのでもなく、東京で新たな行動を起こすのでもなく、勤務していた整骨院の業務に追われながら日々が過ぎてました。そんなある日のこと私の部屋に最新の家電がやってきました。当時発売したてのApple社のI−bookです。初めて手にしたパソコンで早速インターネットを使って『操体法』と検索してみました。確か操体法公式ホームページに辿り着いたように記憶しています。そして操体法実施施設の中からホームページのある治療院を覗いてみた。良く作り込まれたホームページで、作成者の操体にかける想いがひしと伝わってくる。ここの先生なら何か私の迷いを取り去るヒントをくれるかも知れない。私は早速、ホームページ上から操体法の申込をして、約束の日時に西葛西行きの東西線の電車に飛び乗った。嬉し恥ずかしの初操体体験なのである。無意識のうちに鼻歌唄うやらスキップ踏むやら、どこからみても悩みなどなさそうな能天気さ加減で西葛西の駅に降り立った。そこから歩いて数分のマンションの一室にその療術院はあった。『貞山療術院』現在の操体医科学研究所TEI-ZANそうその時に開いたホームページは東京操体フォーラム常任理事の畠山先生の治療院だったのだ。操体界のゴット姉ちゃんとの御縁であった。私は施療室に通され、カウンセリングシートに名前やらなんやらを記入し、カウンセリングが始まった。今も昔も変わらず年齢不詳の美人治療家(お世辞)畠山裕美先生は非常に淡々と私のからだの様子を聞いたあと「ではまず足の操法」から入っていきますね。」と私を施療ベッドに横になるように促すと、私の足の指一本一本を丁寧に揉み始めた。愛想は恐ろしく悪いのに、とても暖かく柔らかい手であった(様な気がする)。講習を受けてはみても全く操体の治療を受けたことのなかった私にとっては全てが新鮮で全てが鮮烈なインパクトとして私のからだを突きぬけて行った。実際に初めて足関節の背屈の操法を受けた時などは、脱力した際に激しい雷が脊柱を頭の方に駆け上っていくような感覚を覚えた。とにかく驚きの連続の内に1時間ほどの施術は終わった。しかし、その後にさらに驚くべき光景が広がっていた。施術時間より長い操体談義、丁度この直前に伝説の全国バランス研究会東京大会が開催されていて、畠山先生がバラ研に参加した感想や東京近郊の操体の指導者の現状、そしてバラ研東京大会の実行委員長であった三浦寛先生の偉大さ、とにかくもう私は施術を受けに来たのではなくて、講習を受けに来ていたのだと錯覚されるほどの内容で僕の知的好奇心をくすぐってくれた。私はすこぶる爽快な面持ちで来る時の2倍の声で鼻歌を唄い、2倍の歩幅でスキップして帰った。この時畠山先生の熱き操体に活を入れられた私の操体は少しづつ熱を持ち始めていました。この操体の話をし始めたら熱くなりすぎる畠山常任理事の性格は今も健在で、たまには聞いている周囲がハラハラする位に白熱することも少なくないのですが、この操体を愛する熱き心には本当に頭が下がります。丁度この頃から僕の周りの操体環境が変化してきました。それでは次回4日目は、運命の出会い?その時歴史は動いた!をお送りします。

    秋穂一雄

    かさじぞう(こどものとも絵本)

    かさじぞう(こどものとも絵本)

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