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  • 先日、橋本先生が昔NHKに出演した時の番組を初めて拝見させていただきました。
    今まで本や写真でしか見たことのない橋本先生が動いているのだ。
    (あたりまえのことだが)
    橋本先生の声の質、仕草、雰囲気すべてがやさしさに包まれていた。
    その番組の中では息子さんや奥様が橋本先生の診療方法が理解されていない様子が、私の妻にも操体ことをまだすべて理解していないことにリンクして共感した。
    操体法の基礎となる第一分析に関しても橋本先生は患者に非常に優しい声で対応していた。
    赤ちゃんの患者に対してのくすぐり療法も橋本先生から人柄が非常にでていた光景でした。
    番組の最初から最後まで橋本先生が話されている内容はすべて三浦先生が普段使用している言葉だったのが非常に印象的だった。
    まるで生き写しのようだ。
    何度も番組をみるたびに三浦先生の橋本先生への愛が伝わってくる。
    講義中に何度も「偉人」と称された三浦先生の意図がハッキリとわかる瞬間でした。
    かくして私も三浦先生に憧れて講義を受け、ただいま勉強中だ。
    少しでも操体の真意が他の方々に伝わればいいのだが。

  •  
    10月17日(木)有楽町交通会館の中にある三省堂へ島田先生の新刊「星籠(せいろ)の海」の発売を記念してのサイン会に参加して来ました。
    知人の紹介を受けて読み始めたのがきっかけではまってしまい、もうすでに40冊近くの作品を読んだ。
    作品はほとんどがミステリーで御手洗シリーズを始め、最近では写楽が誰かのなぞに迫った「写楽 閉じた国の幻」ものなどがある。
    書店に売っていないものはAmazonで古本を購入して読んだ。
    ミステリーだが非常に優しさが伝わる文章でその人なりが非常に出ていた。
    当日は会社を休み18時30分からスタートのサイン会に17時には書店にいた。
    思い出してみれば人生初のサイン会の出席に非常に緊張した。
    島田先生にお会いしたら何を質問したら良いかずっと考えていた。
    早く出向いたこともあり5番目に順番が回ってきた。
    本の紹介欄に島田先生はロサンジェルス在住と書いてあったので、日本で会えると思っていなかった。
    そのことを問い合わせると「あそこはもう引き上げちゃった。」と。
    「私はまだにわかファンです。」「これからも先生の作品どんどん読みます!」と伝えた。
    興奮して何を話していいかわからなかった。
    一緒に写真を撮って頂けるということでパチリ。握手も。

    作品同様、島田先生の優しさに触れた瞬間でした。
    このような人との出会いが人生を高めて行くのだなと実感しました。
    操体でもこの体験を活かして行きたいです。

    星籠の海 上

    星籠の海 上

    星籠の海 下

    星籠の海 下

  • 私はどうもメールが苦手だ。
    普段の仕事でこの内容はどうも揉めそうな案件がある場合は必ず会いに行く。
    もちろん相手の都合で会えない場合がある。
    例えば相手が海外にいる場合などがそうだ。
    最近はWebやコミュニケーションツールが発達し伝言のやり取りはできる。
    Skype(テレビ電話)は非常に便利で私は英会話の勉強などに利用している。
    しかし、本当の真意や意思などはわかりづらい時がある。
    よくメールでは気持ち半分も伝わらないと言われている。
    私の中の優先順位は 会う→電話→メール にしている。
    本社(アメリカ)の方がたまに日本へやってくる。
    メールしかやり取りしていなかった相手と実際に会って話しをするとやはり親近感が沸く。
    日本ではあまり習慣のない握手(シェイクハンド)もスキンシップの重要な要素だと思う。
    お互い個々の考えがあるのでいろんな意見があると思う。
    私もカタコトの英語でも手を交え、目を見て何とか意思を伝える。
    言葉が多少通じなくても何とかなるものだ。
    操体も究極は言葉が要らないかもしれませんね。

  • 「出会い」は重要ですね。
    ふとしたこと、思いがけないことで意気投合することがよくあります。
    みなさん程ではないですが、私はパッと見た瞬間から
    「この人とは仲良くなれる」「この人は面白い!」と興味が沸く場合があります。
    以前バスケットボールをしていてたまたま練習場であった見知らぬ人。
    その人とすぐに意気投合し友達なった。
    好きでもないチームの野球試合に無理やり連れて行った野球場で彼は今の奥さんと出会い結婚した。
    間接的にその彼は私と出会わなければ今の奥さんと結婚できなかった。
    同じ波長、同じ志を持っている方は引かれ合う。
    ジョジョ的にいえば、同じスタンド使いは引かれ合う。(知らない方はあしからず。)
    今、三浦先生の下で学ばせていただけるのも何かのご縁。
    大切にしたいです。

  • 私は営業なので多少なりとは身なりに気を使っている。
    初めて出会う人、極端に言えば初めて電話する人はなるべく紳士に対応しようと心掛けている。
    人の中身は性格だと言われる方がいらっしゃるが、私はそれだけとは思わない。
    人は視覚から入る情報で瞬時にいろんなことを判断していると思う。
    以前「人は見た目が9割」という本を読んだが、まさにその通りだと思う。
    私は既婚者であるが独身女性に「好みのタイプは?」と聞くと、
    大抵の方が「普通の人なら」「どんな人でも」「性格が良ければ」と答えが返ってくる。
    そこで私は意地悪に「不潔な人は?」「服装がだらしない人は?」と聞くと必ずその人たちの答えは「NO!」だ。
    正確重視と言いながらもやはり人は目から入ってくる情報でかなりのことを判断している。
    私は患者として治療を受けている時、三浦先生は診て頂きたいところをズバリ指摘してくれる。
    神眼?などと思ったが、三浦先生に尋ねると「空間でわかる」との答え。
    三浦先生に習う前に何度も聞いた。
    「これは三浦先生しかできない技なのか?」、答えは「ちゃんと勉強すれば誰でもできる!」
    だが、そんな簡単に会得できる技術でないことは今十分理解しているつもりです。

    人は見た目が9割 (新潮新書)

    人は見た目が9割 (新潮新書)

  • 私が面白いと思う話と面白くない話は決まっているような気がします。
    単純に言えばそこにリアリティがあるか無いかではないでしょうか?
    話し手の体験談であれば非常に興味深い話でありますが、話し手が誰かに聞いた話であれば「へぇー」とか「ほー」としか返事が出来ない場合が多いです。
    また、おしゃべりである人が興味深い話をいつもしているかと思えばそうでもないケースが多々あります。

    患者としてお会いした時の三浦先生との話ですが、治療後に何かとべらべらと語られず間の静けさがあり私が興味のあることだけを非常に丁寧に答えて頂けた。
    私は現在、一介のサラリーマン(営業)であるが営業はよくしゃべることが得意?重要?だと思われる方が多くと思いますがそれは違うと考えます。
    よく例えられるのが医者と患者の関係。
    営業は医者となり、お客様である患者の病状(要望、不満点、改善点)を聞かせていただく、もしくは探ることだと思っています。
    そのことで相手の状況を知り意見や提案をしていく。

    通常のマッサージでは「からだ」の問いかけへはせずに、お客様のどこが痛い、気になる箇所を要望に合わせるだけ。
    操体の場合はそれを「からだ」に聞きわけるようにするから面白い。

    営業にもこれといったマニュアルはない。
    しかし、作法はある。
    操体と営業を結びつけてしまうのは私だけなのだろうか?

  • 本日から1週間、石田が担当させていただきます。
    よろしくお願い致します。

    私は暇さえあれば本を読む習慣があります。
    本当の隙間の時間、例えば電車の移動、トイレの中。
    読む本は大抵が小説でミステリーが多いです。
    なぜ、ミステリーが好きかというとそこには先の読めない展開が待っているからです。

    話は変わりますが、最初に患者として三浦先生に治療をして頂いた時に当時の私は最悪のからだの状態でした。
    当時の私は仕事の合間に週に1度、ひどい時は週に2度足裏マッサージ、鍼などへ行っていました。
    マッサージや鍼が終わった後その場ではからだの調子が良くなった気がしますが、下手をすれば2時間後にはまたマッサージに行きたいと思う要求がありました。
    強い刺激を求め何度も通いましたが、一向に痛みや違和感が改善されません。
    むしろ治療時間と回数の要求が増すばかりでした。
    母の勧めで三浦先生を紹介していただき何度か訪問するようになりました。
    当時の私は今では考えられませんが「まずは先生に治してもらおう」という考えで自分の生活態度やからだのメンテナンスに関してすべて無頓着でした。

    通い始めて1ヶ月後、母に文句を言いました。
    「全く痛みが改善されない。肩こりも治らない。」と。
    今、考えると大変恥ずかしい、また三浦先生に失礼な発言ですが当時の私はそうでした。
    母からはもう少し我慢して通ってみては?と言われ、その後も通ってみました。
    不思議なことに2ヶ月後くらいしてから首、肩への痛みの意識がなくなり始めました。

    その後、なぜ痛みが改善したか?肩や首への負担が減ったか?訳がわかりませんでした。
    治療後、三浦先生に何度もいろいろ話しを伺っても一向に自分が納得のいく回答が得られません。
    が、結果としてからだが改善されている事実には変わりがありません。

    現在、このような縁があって三浦先生にご指導いただいております。

    私にとって操体との出会いはまさに長編ミステリーを読んでいるかの如く、未知で難解。
    しかし、学ぶことに寄って少しではありますが操体に触れることが出来ているのかなと感じる今日この頃であります。

  • 僕とコンプレックスと操体と 6

    私が操体と知り合う遥か前、私が治療家ではなくミュージシャンを夢見ていた時期があった。その頃の私にとってのアイドルは今回のブログの初日に取り上げたポールマッカートニーとともにビートルズの中心メンバーであったジョンレノンだった。

    僕が初めてジョンレノンの曲を聴いたのは中学校1年の英語の授業中に彼の『imagine』聴かせてもらった時だった。それまで英語の曲なんて聴いた事無かった私は、その時に突然大人になった様な不思議な感じがしたのを覚えている。熱しやすくて冷めやすい福岡県民の典型の様な私はすぐに近所のレコード屋で彼の自伝映画『imagine』のサウンドトラックのカセットテープを買ってひたすら聴いていた。

    『imagine』『(just like)StartingOver』『MindGames』『Women』『jealousGuy』etc.

    その頃には、すでに彼はニューヨークでマークチャップマンという狂人の銃撃により帰らぬ人となっていた。卵から孵ったばかりのヒヨコが初めて見たものを親だと認識するように、彼の音楽、彼の思想、彼の生き方にあこがれ、彼のように唄い、彼のように重い、彼のように生きたいと思っていた。

    彼の音楽の持っている独特な思想・哲学にとにかく憧れた。彼は愛と平和を音楽と云う形で世界中に発信された。彼の想いが行動となり、世界中の人々の共感を呼び起こし、死後33年を経過しても未だに彼のメッセージが世界中のテレビやラジオから聞こえてくると云う事はそれだけ世界中に浸透していると云う事になるのだろう。

    私はミュージシャンを夢見る学生からいつのまにか治療家の道を歩き始めて操体との御縁を頂いた。操体の思想の中にも、世界中の人に対しての愛、平和への願い、健康で幸福な社会創造の可能性を感じる。操体を通して何事もバランスが大切なのだと云う事を学ばせていただいているので、多少は性格の偏りも正されて来たかもしれない。しかし重心が未だ安定しないのか、左足の魚の目は中々消えてくれない。更なる精進が必要だ。

    そんなこんなでいつの間にか音楽ではなく、操体の治療家として生きる事が自分自身の目標となっている。そして操体を学び実践して行く事こそが自分自身の理想とする人間像に近づくためのプロセスだと感じている。勿論、操体の治療家としてもまだまだ未熟で、理想の人間像からはほど遠く、ジョンレノンが願う理想的な世界まで到達するのは当分時間がかかりそうだ。だからといってどんなに急いでみてもウサギとカメのウサギには成れそうにないから、これからも一歩一歩カメのように歩きつづけてみようと思っている。

    橋本先生、三浦先生、東京操体フォーラムを通じて操体の学びを共有させていただいた皆様、貴重な時間を与えてくださり本当に感謝いたしております。明日からは岩吉実行委員の出番です。それでは張り切ってどうぞ!

  • 僕とコンプレックスと操体と 5

    「はぁ〜、やっぱり僕は操体に救われていたんだな〜」と最近特に感じる。柔道整復師としてのアイデンティティが確立されないまま治療家としての道を歩き始めた時に、操体法と出会う事が出来た事は何物にも代え難い貴重な体験だった。勿論、最初は手技療法の治療技術として興味を持った操体法が、東京操体療法研究会そして東京操体フォーラムでの学びを通じて、私達人間が気持ちよく生きて行く為に欠かす事の出来ない自然法則であることを知った。初めて三浦理事長と話をさせていただいた時に教えていただいた「操体は治療技術を学ぶ為のものではなく、正しく生きる為の自然法則の学びの場だ。」と云う言葉は私の治療家としての姿勢を180度ひっくり返すくらいのインパクトを持っていた。

    この世界は全てバランス現象で出来ている。呼吸・食事・運動・精神のバランス、これらのインプットとアウトプットが円滑に機能していれば健康体を維持出来るが、行ったんこのバランスが崩れてしまうと、歪体化したからだは症状疾患を引き起こす引き金となる。さらにこれらの最小限責任生活のバランスが崩れると、それらを活かしている環境との折り合いも悪くなる。勿論その全てがパーフェクトでないと行けない訳は無い。歪体化し症状疾患が発生したとしても、『息・食・動・想』の内のひとつでも取り上げて変化して行けばその他のバランスも自ずととれてくる。例えば治療法としての操体法はこの中でも『動』に対してアプローチして行く事により、からだを包括的に変化させる事が可能になる。このバランス現象の舵取りは快適感覚である。気持ち良いという感覚を方位磁石にして進んで行く事で道を踏み外すリスクは回避する事が出来る。

    『快・不快』興味深いのはいかなる現象においても必ずこれらの感覚が存在すると云う事。いくら気持ちが良い事でもやりすぎてしまうと気持ちが悪くなってしまうし、またその逆も充分あり得る。仮に最大圧痛点を押さえてみると、その痛みに反応して逃避運動を起こす。この逃避運動こそが整復コースである。確かにおいしいお料理を頂くのは快感覚を内在しているが、食べ過ぎてしまうとお腹を壊してしまう。またそれとは逆に食事を絶ってみることは一見すると栄養価がはいってこないため不快な感覚を伴うものかもしれないが、適切な環境での断食はストレスを軽減されるし、内蔵機能の低下を上昇させ結果的にからだにとっては快の方向性である事がわかる。コインに表裏があるように、万物に陰陽の性質があるように、我々には快と不快が存在する。

  • 僕とコンプレックスと操体と 4

    餅はやっぱり餅屋で買う必要性がある。
    そもそもこの諺は餅は餅屋で買うのが一番良いと云う事で専門性の重要性を説いているものだ。いくら素人が器用に餅をついてみても結局餅屋が付くような餅にはならないはずである。しかし現実を見てみるとどうであろう。お正月準備として餅屋で餅を買った事があるのだろうか。そもそも餅屋というお店を見た事を或る人がどの位いるのだろう。福岡の近郊に元々お豆屋さんだった為に屋号が『ハトマメ屋』というシュークリームが有名なお菓子屋さんがある。もしかしたら元々餅屋だったところが、洋菓子屋さんになって今では餅を売っていなかったり、餅だけでは経営が困窮しコンビニエンスストア事業転換している餅屋もあるに違いない。

    先日のブログにも書いた通り、私の家は祖父の代からの家業として整骨院を営んでいる。そもそも整骨院を開業する柔道整復師とはどのような資格なのかを簡単にまとめておきたい。柔道整復師とは厚生労働省もしくは文部科学省が指定した養成施設において3年以上の専門的な学習を修めた上で、国家試験を合格して厚生労働大臣が与える柔道整復師免許を受けた者であり、その業務範囲は骨折・脱臼の応急処置と、打撲・捻挫・挫傷の施術となっている。(骨折・脱臼への治療は医師の診断と同意が必要になっている。)いわばこの様な柔道整復術を施す為の施設が整骨院である。

    確かに私の祖父の時代、そして父がまだ開業してしばらくの間は、このような正統派整骨院が当たり前のように活躍出来ていた。餅屋が餅を売る事で生計がたっていたのである。ところが私が資格を取った平成8年ころにはすでに餅屋が餅を売るだけでは少々生きづらくなってしまっていたのである。その原因としては整形外科医の増加、労働環境の変化、整骨院数の増加、柔道整復師の能力低下など様々な要因が考えられる。最近では餅屋が餅を売るだけでは全くお話しにならず、団子やまんじゅうはもちろんの事、ケーキやクッキー、果てはキャットフードまで取り扱わなければならなかったり、変わり種では餅屋だけでは食べて行けないから居酒屋や運転代行業を営んでいますと云う強者まで出現している。もはや整骨業界の万国びっくりショー状態である。先週の佐助氏のブログの中で民間療法家の問題が取り上げてあったが、国家試験所持者の中でもこのような状態にあるというのが同業者としてお恥ずかしい限りである。餅屋が餅の味で勝負出来なくなってしまっているのである。

    資格をとったばかりの20代前半の私はあまり賢い方ではなかったが、本来とても素直で正直者なので、この餅を売れない餅屋であることにえも言われぬ矛盾を感じていた。学校ではとにかく骨折・脱臼の整復こそ、柔整師の美学という教育をされて来たので、いざ臨床の場に出て来てみたら何も出来る事が無かった。そこで溺れるものはわらをもつかむで必死に手を伸ばし掴んだものが橋本先生の『論想集 生体の歪みを正す』だった。それから18年たった現在更に私達柔道整復師を取り巻く環境は変化し、養成校の乱立と、それによって引き起こされる柔道整復師の技能低下、いまやその評価亡くなった祖父達先人がひっくり返るような有様だ。勿論そのような逆境にあっても、真摯に柔道整復術に向き合い、現在でも素晴らしい知識と技術を習得されてある先生もおられる。そのような先生方には本当に頭が下がる。私には出来なかったが、素晴らしい柔道整復術を未来につなげていただきたいと思う。

    また柔整業界としてもうひとつ大きな変化が始まっている。柔道整復師の介護業界への進出である。餅屋が棟上げ専用のイベント企画会社を始めたようなものだろうか。柔道整復師は看護士や理学療法士と同じく機能訓練指導員として介護施設等で日常生活を営むにあたって失われてしまった身体機能の改善及びその機能低下予防の訓練を指導することが出来るようになった。柔道整復師の方から予防医学に近づいて来てくれたのである。まだ不勉強なものでこの活動がどのようなものか理解出来てはいないのであるが、操体法の持っている予防医学としてのスキルが活かされるのであればとても興味深い活動であると思う。ここまで書いて来て猛烈な睡魔に襲われてしまったので、この先は明日のブログに続く。