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  • 〜心魅かれるスタイル、それは生き方6〜

    高いブランドものに身を包まなくても
    おしゃれだな、と感じる人がいる。

    億万長者にならなくても
    豊かな生活をしているな、と感じる人がいる。

    声高に「俺はこうだ」と叫ばなくても
    自分の使命を全うしているな、と感じる人がいる。

    公私を区別して息抜きしなくても
    全部ひっくるめて愉しんでいるな、と感じる人がいる。

    そんな人たちを見ると、「何となくかっこいい」と感じてしまうのです。

    「かっこつけよう」と意識していなくても、自然とにじみでてくる
    「かっこよさ」。

    きっと、「自分自身」と「我」のバランスが取れているんだな。

    18歳の三浦理事長も、颯爽と自転車に乗る橋本先生を見て、
    そう感じたのかもしれない。

    明日に続きます。

  • 〜心魅かれるスタイル、それは生き方5〜

    今日は、お酒の話を少々。

    今年の初めに京都市を皮切りにいくつかの都市で
    「日本酒乾杯条例」なるものが制定され、ちょっとした話題に
    挙がりましたが、全国的には乾杯はビールで!という方のほうが、
    まだまだ一般的なようです。

    この条例の意図するところは、
    「日本酒の消費量低迷の改善」、
    「日本酒をきっかけに伝統産業や日本文化の見直しを促す」
    なんだそうですが、お酒の好き嫌いは別として、日本文化を
    嗜むきっかけになればという思いには賛同できますね。
    単に日本酒好きというだけなのかもしれませんが(笑)

    そんな日本酒にもいくつか種類がありますが、
    米と米麹と水のみで作られるものを「純米酒」と呼びます。
    この純米酒、市場には日本酒全体の一割程度しか出回っていません。
    原料がシンプルなだけに出来上がった後に味の調整ができず、
    とってもシビアな酒造りが必要なんです。
    (いいものを作るには時間も手間も技術もかかる。臨床も一緒…)

    地元の秋田にはこのシビアな酒造りを自分のスタイルとして貫く蔵元が
    います。さらに原材料の米と水は蔵の半径5キロ以内のものを使うという
    徹底ぶり。それゆえに米が不作だったりすると、酒造りにも影響が出て
    売上が落ちるなんてことも…

    しかし、蔵の強者はそれでも自分のスタイルは崩しません。それでいて
    生活は確保できている。この辺は橋本先生と通ずる部分がありますね。
    著書には、毎月の支払いを不安に感じる橋本先生に息子さんが
    「おやじ、それでいいんだよ。とにかく墜落しないんだから、地上最大の
    ショーじゃないか」とおっしゃったとあります。

    自分のやりたいスタイルを通しつつもちゃんとご飯も食べていける。
    綱渡り的なところもありますが、この絶妙なバランス感覚にも
    心が魅かれるのです。

    明日に続きます。

  • 〜心魅かれるスタイル、それは生き方4〜

    柔道といえば三浦理事長も柔道三段の猛者であります。
    しかし、そのたたずまいは武張ったところはなく、柔らかさの中に
    研ぎ澄まされた刃を静かに隠し持っている…そんな感じが致します。

    そんな三浦理事長と重なって見えてしまうのが
    三船十段の愛称で親しまれている三船久蔵先生(1883〜1965)です。

    三船先生は岩手県久慈市出身(じぇじぇじぇで有名なあの町です)の柔道家です。
    町中にはイメージキャラクターのあまりんちゃんに負けないくらい、三船十段
    関連のものが目につき、駅から車を約10分ほど走らせると三船十段記念館が
    ありまして、過去何度か訪れたことがあります。

    初めて三船先生を知ったのは小学生の頃。
    道徳の授業(今もあるのかしら)で教科書をパラパラめくっていたら
    三船先生の話が載っていました。
    うる覚えですが、題材は確か空気投げだったと思います。

    空気投げ(別名:隅落し)とは三船先生が開発された技で自らの体さばきと
    相手力を利用して投げてしまう技です。技の仕組みに関しては色々な方が
    解説されていますが、ネット動画を見ると(記念館でも閲覧できます)
    非常に軽やかで力みがなく相手のわずかな動きを道着を掴んでいる
    自身の手の皮膚感覚でキャッチしている、そんな印象を受けます。

    血の滲む様な稽古の積み重ねがあっての境地でしょうが、動の中に静があるような
    技の数々は、はて、どこかで見たような…

    そうなんです。三浦理事長が講習会などで、動診、操法の手本を
    示して下さるときのあの感じ…
    お二方とも動と静両方を兼ね備えたとってもまあるい、まあるい感じなんです。

    ちなみに三船先生は柔道という動的なものを研究するために、
    書道や将棋という静的なものも研究されたというバランス感覚の持ち主。
    三浦理事長は学生時代美術部だったと伺ったことがありましたが、
    このへんの感性が達人たらしめるのでしょうか…

    明日につづきます。

  • 〜心魅かれるスタイル、それは生き方3〜

    もう一人、このようなバランス感覚の持ち主を挙げるとするならば
    東天の獅子夢枕獏著)に登場する、嘉納治五郎先生です。

    東天の獅子〈第1巻〉天の巻・嘉納流柔術

    東天の獅子〈第1巻〉天の巻・嘉納流柔術

    ご存知の方もいらっしゃると思いますが、
    嘉納先生は実在した人物で(1860〜1938)、明治期に柔道を創始されました。

    この小説の中では、いかに柔道を創始し、発展させていったかが
    その他の登場人物も含め、熱っぽく語られています。

    本格的に柔道を学んだことはないですが、武道、格闘技に
    いそしんでいた時期もありまして(あまちゃんでしたが)、この手の話しは大好物なのです。

    その中で嘉納先生のバランス感覚を良くあらわしている一節を挙げます。

    「知的好奇心−
     これは、嘉納治五郎という人間を読み解いてゆく時に、重要なキーワード
     となるだろう。もうひとつには、天性とも言うべきバランス感覚がある。
     あることに偏ろうとしないこと。(中略)和と洋。東と西。幼少時より、
     漢書を学びながら、それと並行して英語を学んでいる。精神と肉体。
     文と武。日本の最高学府の最新の教育を受けながら、日本古来の柔術
     学ぶ感性。」

    そして、その感性を持って、
    柔術の技術、奥義、これを“理”をもって読み解いてゆき、自らの肉体を
     実験台として、古流の技を体系だてていったものが、柔道の技となって
     いったのである。」

    うーん、このあたりが橋本先生と重なってきます。
    対になるものを調和させる能力、根底に流れる原理を発見する能力、
    そしてその原動力が知的好奇心(野次馬根性)…

    自発的パターンによる情報収集、インプットにとどめることなく、
    アウトプットまで持っていく。
    つまりリテラシーが相当高かったことは想像に難くないと思います。

    橋本先生は明治30年生まれ。その時嘉納先生は39歳。
    東洋の文化に西洋の文化が流れ込んできた明治という大転換期に
    このような偉人達を輩出した事実は興味深いですね。  

    明日につづきます。

  • 〜心魅かれるスタイル、それは生き方2〜

    人間切羽詰った状態になると、冷静さを欠いて
    どう行動したら良いか、わからなくなったりするものです。
    ましてや、今まで勉強してきたことが、臨床で通用しない…
    冷や汗かくわ、胃はキリキリするわと散々味わってきましたが、
    当時の橋本先生はどうだったのでしょうか。

    著書には「私のような医者に見切りをつけた患者たちの動きを眺めていると、
    相当に非医者たる民間治療師や漢方医に流れていることがわかって、
    私は貧弱な現代医療に何かプラスするものがあるかもしれないと触手を
    伸ばしてみ始めたんです。」と書かれています。

    悲観的な状況において、そこから光明を見出すような物事の捉え方。
    藁をも掴む思いだったでしょうが、世間の動きに着目し、即行動。
    しかも、えらぶることなく、非医者的立場の民間療法師から素直に
    教えを請う…

    現在においても、手技療法や民間療法に懐疑的な医師はけっこう
    いらっしゃるくらいですから、当時の橋本先生の一連の行動を
    支えた精神的バランス感覚には驚かされます。

    たらればを言ってもしょうがないですが、もしもこの時、
    民間療法に目を向けず、現代医学のみで奮闘されていたら
    操体は誕生していなかったかもしれません(汗)

    さらに、現代医療とは違う医療体系を持つ民間療法を研究され、そこから
    東西医学の架け橋ともなる運動系に着目され、症状が改善されるのは
    「運動系の歪みの是正である」という原理原則を発見されました。

    藁をも掴む思いで、自分を救うほどのものを掴めた時、
    強烈なインパクトで傾倒し過ぎてしまうこともありますが、
    橋本先生は医者という立場、現代医学的な捉え方を持ち合わせたまま
    うまく民間医療(東洋医学)を取り入れ、エッセンスを抽出し、操体に昇華されました。

    どちらかに固執することなく、上手くバランスをとりながら、新たなものを
    創造された姿は、あたかも左右の翼を大きくはばたかせて空を舞う
    鳥のようです。片方だけでは飛べませんからね。
    このあたりのバランス感覚がとても素敵だなと感じるんです。

    東と西や右と左などなど、とかく優劣をつけがちな世の中ですが
    このような精神は是非持ち合わせていたいものです。

    明日につづきます。

  • 〜心魅かれるスタイル、それは生き方1〜

    今週担当の瀧澤です。よろしくお願いします。

    さてさて、右脳と左脳ではないですが(関係あるかも)
    物事の捉え方というのにもバランスって必要なんじゃないかなあ
    と感じる今日この頃です。

    たまに極端に吹っ切れてしまって、我が道を行くなんて人もいて
    それはそれで魅力があったりもするんですが、
    それよりも、相反することや、対峙していることを
    うまく咀嚼して一つのものを生み出す人に心魅かれます。

    その代表格として三浦理事長の師匠である橋本敬三先生が真っ先に挙がります。

    明治に生まれ、大正を経て医師となり、その後は臨床医として活躍されますが
    当初は来院された方の症状に対して全くのお手上げ状態。
    著書にも「基礎医学もほんの初歩からいきなり民間臨床に飛び込んだのだから、
    ほんとに無茶な話しです。」と書かれています。

    からだの設計にミスはない―操体の原理

    からだの設計にミスはない―操体の原理

    しかし、橋本先生は持ち前のずるい野次馬根性で東洋医学を代表とする
    民間医療に目を向け、操体の礎を築いて下さることになるのですが、
    このあたりのくだりは、もう何度も紹介されているので割愛します。

    ここで、橋本先生に心魅かれるのは
    ・世間の動向を把握されていた(患者さんの動向)
    ・東西医学を融合させて新たな持論を展開されている

    という点なんですが…

    明日につづきます。

  • からだとことば

    操体臨床への道しるべ」 付録 橋本敬三先生の生命観より

    言葉によって運命が変わってくる。
    運命を変えるほど言葉には力がある、
    その力を昔から言霊といったのである。

     からだと言葉の関係を考えていると、
    話をしている相手の会話の内容よりも、
    からだの変化に意識がいき、
    会話の内容に興味がなくなってしまうことが
    あります。
    そのからだを観察していると、話をしていることと
    からだが訴えていることに相違があり、チグハグだな〜
    と感じることがあります。
    そこで、意識を会話の内容に戻してみると、
    そこには、世間体や欲や、執着する心が
    存在しているように感じます。

     その心から解放されると、安らぎを得る事が
    できるのになあ。と思いながら、からだの観察を
    たのしんでいます。

    一週間担当させていただきました、香です。
    ありがとうございました。

  • 知る 深さ

    操体臨床への道しるべ―快適感覚に導く診断と操法

    操体臨床への道しるべ―快適感覚に導く診断と操法

     三浦理事長の著書、「操体臨床への道しるべ」のあとがきに、
    以下のことが書いてあります。

     動きを「流れ」として捉え、連動を「流れの循環」として
    捉えてみたのです。すると、不思議なことに、流れの循環として
    動き•連動を再認識すると、非常にわかりやすくなるのです。

     理にかなった連動は”流れの循環”となり、
    それが深い、深い、
    美しさになるのだなと
    あらためて感じています。

  • 第九

     

     仕事の関係で、クラッシック音楽を聞く機会があります。
    声楽の方たちの声は、普段の会話もよく通るなあ〜と感じます。
    昨日のブログにも書きましたが、相手に”伝わることば”になるための
    条件として、声の大きさ、トーン、話す速度も非常に大切だと
    思います。

     不快を与えない話し方、そして、伝わることばかけを日々、
    身につけていきたいと思います。

  • ことば

     相手をことばで誘導し、動診や操法を行なっていると、
    ことばの大切さが身にしみます。相手(からだ)に”伝わることば”と
    ”伝わらないことば”があるのだと気づかされます。

     伝わった時のからだからの返事は、昨日のブログにも書きましたが、
    深い、深い、美しさがあります。

     普段の生活の中で繰り広げられる会話を振り返ってみても、
    ”伝わることば”と”伝わらないことば”があると思います。
    相手に伝わることばを、意識し、選択する事で、相手からのことばにも
    変化があるのではないかと思います。