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  • 「おさまる」ために「おさめる」

    先日の春季東京操体フォーラム

    「般若身経」を講義する時間をいただきました。

     

    今回はポイントを絞り

    1.からだの使い方、動かし方にはルールがある

    2.からだの動きは分類すると八つ(自力可能な動きは六つ)

    3.般若身経は体操やストレッチとは違い、からだの使い方、

    動かし方を学習するために行う

     

    といったことを参加された方々にお伝えしました。

     

    まずはスタンダードルールがあるということを認識して

    いただきたかったのです。

     

    途中、講義の中であまり触れずにいた「感覚」の部分に対し

    三浦理事長から「ゆっくり感覚をききわけながらやる」

    という最重要ポイントをお話ししていただきました。

     

    いちばん大事な部分を省いてしまいましたが

    この最重要ポイントこそ、操体の神髄です。

     

    いくらスタンダードルールにのっとっていても

    その時点でからだにとって不快であればそれが健康維持に

    つながるのでしょうか?

     

    特にからだの事情によりアンバランスな状態でバランスをとっている

    ケースでの決めつけは危険です。

     

    不快というからだからのサインに気づかない、または無視して

    しまっては元も子もありません。

     

    「感覚をききわける」ということをおさめてこそ、初めてその営みが

    からだが要求することなのかどうかということが分かります。

     

    ルールをおさめ、「感覚をききわける」ことをおさめる。

    このプロセスを辿るとからだが要求していることは何なのか

    ということが分かってきます。

     

    そのプロセスを経て、からだが要求してくる「きもちよさ」を味わう。

     

    やるべきプロセスを「おさめる」ことで

    身心ともに健康な状態に「おさまる」のです。

     

     

    一週間ありがとうございました。

     

    明日からは異国の音をおさめる男、寺本実行委員です。

    お愉しみに。

  • 決めつけずに「おさめる」

    操体において自己最小限責任生活必須条件である

    息、食、動、想の営みとそれぞれに関わる環境が

    健康維持において大切なことは既に知られているところです。

     

    「生活の歪み」はこれらの営みのバランスが崩れることに

    よって現れてくる。だから、この四つの営みに気を付けて

    いれば、きっと健康は維持できる。

     

    ではどうやって気を付けるのか?

     

    色々な操体の本に書いてあるように

    腹式呼吸で…」、「歯の種類と本数は…」といったことを

    忠実に守っていれば良いのかというとそうではないと思っています。

     

    操体が感覚重視に移行したときから「気を付ける」は「決めつける」

    ではなくなりました。

     

    動における般若身経も身体運動の法則に従って行っていれば

    良いのかといえばそれは違うと思います。

     

    あくまでも法則という型があり、スタンダードルールに

    のっとって営んでいくというのは根底に必要ですが

    そこに「感覚する」ということをおさめていなければ

    盲目的に遂行するのみになってしまうように感じます。

     

    自己責任における営みも

    「感覚する」ということをおさめているからこそ

    自己責任たり得ると思うのです。

     

    「決めつけ」で営むことは「楽」であり

    自己責任の放棄でもあります。

     

    自己責任だからこそ、からだが要求する

    きもちよさを味わうことができるのです。

     

  • 自己責任で「おさめる」

    自己責任という言葉は重いでしょうか?

    自己責任という言葉は冷たいでしょうか?

     

    自己責任という言葉には可能性があると感じています。

     

    健康維持において私たちがやるべきこと、

    それはからだの要求に適うことをすること。

     

    からだが「おさまっていてちょうどいい」と

    感じている状態が「間に合っている」状態です。

     

    ではからだにとって「間に合っている」状態かどうかを

    判断するにはどうしたらいいのでしょうか。

     

    それは「感覚する」ことです。

     

    私たちは「感覚する」ことができるから、それがからだにとって

    どの様な影響をもたらすかがわかるのです。

     

    からだはきもちよさを要求しています。

    からだはきもちよさが健康を維持するうえで最も大切なことだという

    ことを知っています。

     

    私たちは「感覚する」という行為を通して、実はからだからイノチの

    仕組みを教わっているのです。

     

    「感覚する」という自己責任における行為が、健康を維持し、

    日々の暮らしの中に豊かさをもたらしてくれます。

    自己責任だからこそ自分自身でそのことに気がつけるのです。

     

    知識を「おさめる」のではなく、「感覚する」ことを「おさめる」。

    誰かの声ではなく、からだの声に耳を傾ける。

     

    「おさめる」とは誰のためでもなく自分自身と向き合う

    作業だと感じています。

  • 「感覚する」ことを「おさめる」

    「感覚する」ということを怠ることは

    自己責任を放棄していることになります。

     

    自分の行為が果たしてからだの要求に適っていることなのか…

     

    橋本先生は

    「治すことまで関与するな」とおっしゃっていましたが、

    「きもちよさをききわけさせればいいんだ。きもちよさで

    治るんだからな」ともおっしゃっていました。

     

    きもちよさをききわけるプロセス。

    本当にその行為がからだにとってきもちいいものなのか、

    からだが要求しているきもちよさなのか。

     

    「感覚する」ということは自分自身のからだへの

    礼節でもあります。

     

    からだの個々の細胞が健康を維持するために

    それぞれの役目を日々おさめているように、

    私たちも「感覚する」ということを「おさめる」責任が

    あります。

     

    橋本先生が

    「これからは動きよりも感覚だ」とおっしゃってから

    操体も随分変化(進化)しました。

     

    操体にはもともと自己最小限責任生活必須条件(息、食、動、想)

    の営みが崩れると「生活の歪み」から「ボディの歪み」につながり、

    不健康に傾くという自己責任におけるプロセスがあります。

     

    「動きから感覚」に変化(進化)したことで

    「感覚する」というプロセスを自己責任において

    「おさめる」必要性が一層増してきたように思います。

  • からだへのおさめ方

    からだの個々の細胞たちが日々おさめてくれていても

    私たちが「おさめる」ことを怠ってしまうとからだは不健康に

    傾斜していきます。

     

    「おさめる」ことを怠るとはやるべきことをやらないこと。

     

    やるべきことをやるとはストイックに

    「こうしなければいけない」と思い込んで行動することでは

    ありません。

     

    健康のために「ああしよう、こうしよう」とあの手、この手で

    からだをこねくりまわすことでもありません。

     

    なぜ、医師である橋本敬三先生は

    「治すことまで関与するな」とおっしゃったのでしょうか。

     

    その言葉の意味を「おさめる」と

    自分たちが何をやるべきかがわかってきます。

     

    健康維持においてやるべきことをやるとは

    「からだが要求していることに耳を傾ける」ことです。

     

    干渉するのではなく無視しないこと。

     

    自分が主でからだが従ではないということ。

     

    からだが健康な状態に「おさまる」ために

    私たちがからだの個々の細胞たちと協力してできること。

     

    それは「感覚する」というプロセスを「おさめる」ことです。

     

  • やるべきことをおさめる

    からだの個々の細胞たちは(体内の常在菌も含めて)

    それぞれの役目を果たして一つのユニットになっています。

     

    それぞれがそれぞれの立場で主人公です。

    一位もビリッケツもありません。

    いらない存在など一つもない。

     

    よく脳はからだの司令塔とか言われますが

    それだって情報を処理して指令を出すという

    役割を担っているだけでいちばん偉いわけではありません。

     

    その指令に準じて働くものもいれば、

    独自に判断して働くもの、実は脳と同じように

    情報を処理して判断し、発信しているものもいます。

     

    この個性豊かなメンツがそれぞれの立場で

    (いい意味)で暴れることができるから

    「ONE HEART BEAT」=「一つ」になれるのです。

     

    からだの個々の細胞たちが

    日々それぞれやるべきことを「おさめる」から

    からだが全体一体となって「おさまる」。

     

    からだの個々の細胞たちの

    「やるべきことをやる」=「おさめる」というプロセスに

    支えられて、私たちの健康は成り立っている。

     

    いかに健康寿命を延ばすことができるかが課題の昨今。

     

    まずはこのプロセスに目を向けて、からだに感謝したら、

    次は一人一人がやるべきことをやる番です。

  • 「おさまっている」ってちょうどいい

    春のエネルギーが“皐月のそよ風”に乗って

    届いてまいりました。

     

    エネルギー補充し、今週は瀧澤が担当致します。

    よろしくお願い致します。

     

    先日、2015年春季東京操体フォーラムを開催致しました。

    ご参加頂いた皆様、本当にありがとうございました。

     

    引き続き、7月20日(月)には操体マンダラ

    12月6日(日)には秋季東京操体フォーラムの開催を予定

    しておりますので、皆様のお越しを心よりお待ちしております。

     

    さて、今回のブログテーマは「おさめる」ですが

    「ああ、これはおさまっているな」と感じたのが

    先日のフォーラムです。

     

    実行委員はフォーラムに向けてテーマを練り、準備期間を設け、

    当日はそれぞれの立場で参加された方々と空間を共有しました。

    個性的なメンバーが個性を活かしながら一つのユニットとして

    機能していたように感じました。

     

    橋本先生は「間に合っていればいいんだ」とおっしゃっていましたが

    「間に合う」と「おさまる」は似ているんじゃないかなと思います。

     

    間に合っている状態も、

    おさまっている状態も、

    なんだかとっても塩梅がいい。

    ちょうどいいんです。

     

    そして、

    「間に合う」ためには「間に合わせる」プロセスがあって

    「おさまる」ためには「おさめる」プロセスがある。

     

    このプロセスがからだにとっても自分自身にとっても

    大切な時間の使い方なんだと改めて感じています。

     

     

     

  • 春のエネルギー7

    5月になり、若葉もだんだんと、みどり色が濃くなってきました。

    自然の中で感じる、色のコントラストが美しいです。

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    今回のテーマ、おさめ。

    「おさめ」というテーマをいただき、7日間、私の感じることを書いた。テーマがあることで、「おさめ」ということばとともに7日間過ごすことができた。

    「おさめ」がどういうことなのかを問いかけ、答えを求める。

    向き合う時間には豊かさがあった。

    求めていることそのものを知る、得ることも喜びだが、求めている時間にも喜びがある。

    「おさめ」への問いはこの後も続くが、問いかけが続くことに感謝し、学びを修めていきたいと思う。

     

    一週間、担当いたしました。ありがとうございました。

    明日からは、エネルギッシュな瀧澤実行委員がお届けいたします。

  • 春のエネルギー6

    静寂な中、鳥の鳴き声が響いています。

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    今回のテーマ、おさめ。

    「おさめ」とは、現象や現状を直接的にあらわすというよりも、「感覚を言葉として、現象として表現するためにうまれた、響きなのかもしれない。」と。今朝、鳥の声を聞きながら、思った。

    これは私のおもいつきだが、なんだか、私のなかに納まった。

  • 春のエネルギー5 2015年春季東京操体フォーラム

    昨日、2015年春季東京操体フォーラムを無事に終えることができました。

    ご参加くださいました皆様、ありがとうございます。

    心よりお礼を申し上げます。

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    今回のテーマ、おさめ。

    昨日は、私自身、「からだをとおして感じる」をたのしんだ1日。1日、丸ごとおさまった、そんな感覚をあじわった。そして、今日を迎え、また今日が始まることに、喜びを感じている。

    からだをとおして、ご縁をいただき、お会いすることのできる「いのち」に感謝の気持ちが湧き上がる。

    ありがとうございます。

    「おさめ」の先は、終わりではなく、あらたな「おさめ」に向かうエネルギーが湧き上がってくる。

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