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  • 「空間とゆがみ」

    去年に引き続き、今月の5日、6日に福島の会津にて伝統療法カンファレンスが開催された。

     

    私は所要の為、5日だけの参加だったのだが、その短い時間の間でも本当に実りのある有意義な時間であった。

     

    様々な手技の先生達の治療との向き合い方、その先生達のお弟子さん達の姿勢、治療の内容以外にも様々なことを勉強することが出来た事。そして会津の自然に囲まれながら臨床を行う素晴らしさを体感出来た事が大きな収穫であった。

     

    そういった空間に身を置き、改めて勉強になったのは臨床における時間・空間の大切さである。

     

    施術者はいかに患者が自分と向き合うための臨床を行えるかである。雑音が入る空間はとても刺激的な波動があり思考が常に働く。いくら腕が良くても患者がカラダと素直に対話出来る空間がなければ治療効果も出ない。

     

    操体は場所を選ばない素晴らしさがあるが、空間が与えてくれる治癒力も大切だと思う。

     

    三浦先生が治療されている三軒茶屋のターミナルビルにしても、岡村実行委員の治療院にしても、何かカラダが悦ぶような空間の波動がある。

     

    そういったカラダと向き合うための空間作りも臨床の一つであり、技量の一つなのだと思う。

     

    今回の伝統療法カンファレンスが豊かな自然の中で開催されたことの意味の一つにこういった事が含まれているような気がする。

     

    おしらせ

    2015年冬季東京操体フォーラム 速報です。
    12月5日(土)6日(日)二日間開催決定

     

  • 「癖とゆがみ」

    先日のブログではカラダの自然について書いたが、ボディーの歪みとは自分の癖と密接に関係している。

     

    自分が楽だと思いカラダを動かしていても、実はボディーには歪みが生じていたりする。

     

    それは楽という感覚でカラダを使っていてはボディーに歪みを作りやすいことを意味している。

     

    つまり無意識の習慣の中に楽という感覚を植えつけてしまってはならないということであり、やはり快という感覚が生活習慣の中に感覚としてなければ、カラダも自然な状態にならないのだと思う。

     

    それは臨床においても同じで、楽という感覚の問いかけと快適感覚への問い掛けでは患者自身の生き方の意識回路も大きく変わってくる。

     

    楽の問い掛けではカラダの癖というのは中々改善することは出来ない。なぜなら楽とは自我への勝手の付く問いかけであり、そこには体を使う・動かすことにおける自然の法則という真理はないからである。

     

    私自身も癖には本当に悩まされた。それは現在私達の学びの中で重要視している骨盤の形状である。

     

    去年の秋のフォーラムでも骨盤の前湾曲の重要性は説いてきたのだが、私も無意識の習慣として骨盤が反った状態になってしまう。

     

    腰が反った状態になるとカラダには力みが生じ、歪みを作る一つの要因になる。

     

    その癖を徐々に改善出来た事で自分の思考では聞き分けられない感覚が芽生え、カラダは少しずつ自然な状態になってきているのを実感している。

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  • 「カラダにとっての自然」

    前日まで私のゆがみに対しての捉え方を書いてきたのだが、これらを書いていく中で疑問に思うことがあった。

     

    それは果たしてゆがみのないカラダが本来の自然、正常なのかということである。

     

    その定義、基準を説いている医者、施術者は私の知る限りいない。

     

    私も操体の学びの中で不自然な中の自然ということも認識し、ある程度対称にすることで後は体が治しをつけることを念頭において臨床を行っていたが、よく考えていくと本来カラダが持ち合わせる本当の「自然」の基準というのは分からない。

     

    左右上下均等になっているのが自然なのか?無意識の内に左右上下差を無くしていくことに捕らわれ臨床をしていたように思う。

     

    しかしよく考えていくと人の体の内部は左右対称ではないこと、また各パーツの役割がそれぞれ異なっていることを考えるとカラダは非対称性の中でバランスを取っていて、必ずしも左右上下対象にすることが自然ではないように思えてしかたがない。

     

    カラダの内部のように外部もまた非対称性の中のバランスというものがあり、そのバランスを上手く調和させていくことが大切なのではないだろうか?

     

    自然なカラダの定義が無い以上、私達は何を自然として捉えれば良いのか?

     

    その架け橋となるのが「軸」である。歪みのある不自然に見えるものも心とカラダに軸がしっかり立っていれば、自ずとカラダは自然な状態にバランスを取ってくる。

     

    それには心と体、命が要求している自然を感覚を聞き分けることが大切になってくる。

     

    カラダにとっての自然とは自分の頭の思考ではなく、目には見えないカラダの内部感覚の中に答えはある。

     

    橋本先生は当時からこういったことに着目したからこそ、感覚を重視し、「治すことまで関与するな、カラダに任せなさい」と説いたのだろう。

     

    こういった橋本先生のコトバからも目に見える現象(カラダ)と目に見えない潜象(心や空間など)のバランスを診ていかなければならない。

     

    そのように捉えていくと人が完全なる体(構造)の自然を定義し、それに捉われる必要はなく、臨床においても歪みを全て改善する必要もないのである。

     

     

     

    全てはカラダに任せること。私達はそれを手助けすればよいのだと思う。

     

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  • 「ゆがみと治癒力」

    なぜカラダと心は歪むのか?ボディーが歪むという現象とは命の営み(息・食・動・想)、つまり己の「生き方」に対する一つの通知表のようなもので、今までそれは自己責任を怠った一つの「報い」として今までは捉えてきた。

     

    症状・疾患を抱える患者はその報いに対して自分でどうにも出来なくなると医者や手技療法に頼りにする。それに対し医者や臨床家はその症状・疾患を治すために様々な技法、手段を用いて治療するのだが、その報いの一つの対価として痛みを与える。

     

    痛みを与えることで患者の思考には「二度と痛い思いはしたくない」という思いから自分の生活習慣を見つめ直し、命の営みを正すこともあるが、一度痛みや苦痛が無くなると歪みは普段の生活の中でまた元に戻ってしまう。つまり痛みという報いの対価では歪みの元となるものが改善されないのである。

     

    その元となる原因が改善されなければ、同じ痛みを何度も味わうことなり、それが蓄積されていくと一生涯痛みと付き合う事となる。

     

    そのようにならない為にも、自分で好き勝手生きてきた患者自身の生き方、意識、心の「ゆがみ」を正していく必要がある。

     

    では救いの対価とは何なのかを考えていくと、それはカラダの治癒力なのだと思う。

     

    カラダに備わっている治癒力は歪みと陰陽対極のものであり、カラダが歪むのと同様にその分、カラダには治癒力という救いが備わっているのである。

     

    こういった捉え方をしていくと臨床とはカラダの歪みという現象だけを診るのではなく、患者自身の生き方という目には見えない潜象も診ていく必要があり、それを命の要求に適う様に変えていくことがカラダを診させて頂く者の務めなのだと思う。

     

    生き方を変えていくには、まず命の営みを含めた意識を変えていくことが必要になり、まずは患者に命の営みにおける「自己責任」と向き合わせることがとても大切になってくる。

     

    カラダは治るように設計されている。それはカラダに備わっている治癒力であり、そういった救いの生命観の有難さに気付かせることが、これからの臨床家にはとても大切なのではないだろうか。

     

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  • 「ゆがみ」の有難さ

    おはようございます。今週から一週間よろしくお願い致します。

     

    今回のテーマは「ゆがみ」。

     

    ゆがみと聞くと大抵の人はイメージとして何か悪いもの、あってはならないもの、正しくしていかなければならないもの、あってはならないというイメージがあるように思える。

     

    臨床家も「歪み」に対し、改善しなければならない、あってはならない天敵のようなものとして捉えている人がほとんどである。

     

    実際に私達、操体の臨床家も「症状・疾患を持った患者は必ずボディーに歪みがある」と創始者である橋本先生のコトバからボディーの歪みを正すことを目的にした臨床の問い掛けを行っているのだが、果たして体が示してくれる歪みとは悪いものなのか、本当に全て改善すべきものなのかと疑問に思う。

     

    歪みとは程度の差があれ、生命体には必ず存在しているものであり、一生涯お付き合いしていかなければならないものである。どんな健康体の人であれ、カラダに歪みのない人はまずいない。

     

    それはカラダだけでなく、心という目には見えないものにも同様に存在し、その目に見えるものと見えないもののバランスを計っているものの結果の一つが歪みのように思える。

     

    そういった一生お付き合いをしていくものを悪い物として捉えるのは少しナンセンスのような気がしてならない。

     

    カラダの歪みにしても、心の歪みにしても、歪みが存在しているからこそ「生かされている」有難さを実感出来るのではないだろうか?

     

    それを踏まえ、私の「ゆがみ」に対する捉え方はカラダと心の声、またはメッセージという有難いものとして捉えている。

     

    その声を聞くことでもっと「自分自身と向き合いなさい」と言われている気がする。

     

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  • なのかめ。ボクとシモン兄ちゃん

    ボクとシモン兄ちゃんがのってる本があります。
    ねーちゃんのねこともだちのねこさんのしゃしんものってます。

     

    ねこの肉球診断BOOK―東洋医学的体調チェックとツボマッサージ

    ねこの肉球診断BOOK―東洋医学的体調チェックとツボマッサージ

     

     

    ボクはちいさいときから
    カリカリをたべているので、
    カリカリいがいのものはあまりたべません。

    シュークリームとあんこはすきです。

     

    シモン兄ちゃんは、
    にんげんのたべるものもいっぱいたべます。

     

    おさしみとか、とりのささみとか、
    くろいのりもたべます。

     

    さきいかもたべます

     

    このまえは、おとーたまが食べていた
    かぼちゃのにものを
    ひときれ
    たべちゃいました。

    デザートなんだって。

     

    シモン兄ちゃんは
    カリカリはすきなのしかたべません。

     

    でも、よくカリカリを吐いてます。

     

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    シモン兄ちゃんは、おおきくてかっこいいです。

     

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      いっしゅうかんありがとうございました。

    あしたからはヒロユキ兄ちゃんのとうばんです。

     

     

     

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  • むいかめ。パンダ銭湯。

    おとーたまが絵本を買ってきました。

     

    ボクに見せてくれました。

     

    「パンダ銭湯」というほんです。

     

    パンダがおふろにはいるのですが、
    おふろにはいるとき、くろいもようを脱いじゃうんです。

     

    あ、ひみつだった。

     

    パンダ銭湯

    パンダ銭湯

     

     

    ボクも「ねこせんとう」に行ったら
    もようがぬげるかな?

     

    シモン兄ちゃんにきいたら

    「しらない」だって。

     

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  • いつかめ。にゃ。

    ボク、にゃーって鳴けなかったんだけど、

    このまえ、

    おとーたまとあそんでいたら、ついついこうふんして

    「な−」

    「きゃー」

    「にゃ」

     

    て、鳴けました。

     

    でも、まだ「にゃー」じゃなくて
    「にゃ」です。」

     

    れんしゅうです。

     

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  • よっかめ。にょろぞう

    ボク、小十郎です。

    でも、お兄ちゃんにくらえべるとチビなので
    「ちびちゃん」ってよばれてます。

     

    たまに「にょろぞう」っていわれます。

     

    ボクが
    ムーミンっていうおはなしにでてくる
    「ニョロニョロ」っていういきものみたいににょろにょろしてるからなんだって。

     

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  • みっかめ。おまつり

     ボクは、はちがつで、
    おうちにきてさんねんになったんだそうです。

     

    このまえ、いつもはしずかなおうちのまわりで
    おとがきこえました。

     

    たいことか、鐘とかがなっています。

    「ちびちゃん、おまつりだよ」

    と、ねーちゃんが抱っこして
    そとに連れて行ってくれました。

     

    ボクはおとがこわくて
    「やめて〜、おうちにかえる〜」ってあばれました。

    ねーちゃんにねこきっくをくらわせました。

     

    さんかしょくらいひっかきました。

     

    「わかったわかった」

    「ちびちゃんは、おんもがこわいんだね」

     

     

    おうちにかえって、

    ごはんをたべました。

     

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