「楽」と「快」は違う。
楽か辛いかを問いかけることと、
快をききわけること。
この識別を徹底的に学ぶ。
「臨床」において。
「日常生活」はどうか。
自分自身を振り返ってみると、
結構、「楽」を選択している場面があるように思う。
わかっているけどやめられない。
それも一種のバランスで、
「楽」を選択することで得られる報いを存分に味わうことをしながら、
わかっていない「生命感覚」のことを思い返している。
「楽」と「快」は違う。
楽か辛いかを問いかけることと、
快をききわけること。
この識別を徹底的に学ぶ。
「臨床」において。
「日常生活」はどうか。
自分自身を振り返ってみると、
結構、「楽」を選択している場面があるように思う。
わかっているけどやめられない。
それも一種のバランスで、
「楽」を選択することで得られる報いを存分に味わうことをしながら、
わかっていない「生命感覚」のことを思い返している。
おはようございます。
瀧澤さん一週間の投稿ありがとうございました。
静かに、それでいて深くしみ渡るメッセージをこの一週間堪能致しました。
本日から寺本の担当です。
操体の世界観に触れて六年目。 まだ途上の身でありますが、
今回のテーマである「プロ意識」と「プロ根性」について
いま感じていることを一週間書いてみたいと思います。
宜しくお願い致します。
時間と空間を費やして、何かひとつのことを学んでいると、
少なからず「気付き」のようなものを得る瞬間がある。
「今まで見えなかったことが見えた」
ような気持ちになる。
嬉しくて、これはある種の「プロ意識?」なのかも知れないと、
「芽生え」のようなものなのかもしれない、
とその瞬間は感じる。
数日後、先日芽吹いた「プロ意識」のことを思い出す瞬間がやってくる。
そして、思い出すまですっかりそのことを忘れていたことに気付く。
あの時の「芽生え」は、いつのまにか消えている。
正確には、消えているというよりは
あると思っていた場所で「枯れてしまっていた」とでも言うべきか。
せっかくの芽生えに、水をやるのを忘れてしまう。
芽生えを育て続ける、
肝心の「プロ根性」が足りていないのだと感じる。
からだの動き、動診、ボディの歪み、快適感覚、
皮膚……
操体の歴史は、盲点と死角に対する挑戦の歴史。
まかり通った一般常識に、ちょっと待ったをかける
創始者と直弟子のプロ意識とプロ根性。
ある種、カウンターカルチャーのような存在。
でも、勉強すればするほど、本来こっちの方が主流
なんじゃないかと思えてくるのが面白いところです。
そんな学びだからこそ、プロ意識とプロ根性の塊の
ような方々とのご縁があります。
一週間ありがとうございます。
明日からは、そんなご縁の一人、寺本実行委員です。
よろしくお願い致します。
筋、信念、美学、生き方、プライド、拘り、頑固……
オリジナル、唯一無二、独りよがり、意固地……
何にせよ、勘違いしないでいられるのは、
師匠と同志のお陰です。
「はい」
素直に言えるこの言葉が、
いつでも進む方向を修正してくれます。
開業していようが、臨床していようが、
プロとして大事なこと、なんではないでしょうか。
香さん
一週間ありがとうございます。
香さんの放つプロ意識とプロ根性の芳香が、
ふんわりと、ここ岩手にも伝わってきました。
今週は瀧澤が担当致します。
よろしくお願い致します。
「お金をいただいているからプロ」
これだとプロとしてはまだ半分。
人様のからだに関わるようになってから、
そんなふうに思えるようになりました。
自分自身が納得していないことや、
ルーティンワークを繰り返していても、
からだは見向きもしてくれない。
だからありがたいんです。
そもそも「お金をいただいているからプロ」じゃ、
自分自身が納得できない。
だから愉しいんです。
残り半分を埋める意識と根性が、
お金以上のものをもたらしてくれます。
知らないこと
未知のことに
遭遇した時
どんな行動ができるか
どんな行動をとるか
この行動を意識的・意図的に取れるのが
プロフェッショナルのように
思います
一週間ありがとうございました。
明日からは瀧澤実行委員です。