ブログ

  • みたて⑥

    「右を見て、左を見て横断歩道を渡りましょう!」

     

    小学校の時に言われるのが不思議でなりませんでした。

     

    なぜなら、からだで感じればわかることでもあったし、

    左を見てから右を見たほうが自然だったからです。

     

    両方を比較して見るにも、同じじゃないですからね。

    流れている方向性、その成り立ち順序はあるのです。

     

    そして、診る手を見てその人の様々なことを診断する。

    見た手…みたて…診立て…それは手相ですね。

     

    全身の骨を写して診断する…これはX線撮影診断です。

     

    骨一個一個を取り出してみることができたなら、

    その特徴から情報を読み…骨相も診断できる。

     

    全身のバランスを見て、中心軸で左右上下の歪みを見る。

    これは、言ってみれば体相を見ているわけです

     

    ならば、足の裏さえ情報さえ読み取ることができるなら、

    そこでの診立て…つまり足診も成立できるのです。

     

    ただ、すべてそのままそこに留まっている訳ではなく、

    常に分子レベルでは循環していて変化を続けるのですから、

     

    そういう意味でも「動診」を提唱し、臨床に活かして欲しい、

    と提唱されていた橋本敬三師の「操体」の診立ては秀逸です。

     

    そして、今中心軸での左右比較したうえで、動診や操法

    通してきたことも含め、あらたまって考察を深めていく。

     

    そのような時間を超えていく、時空から次元への転換も、

    不自然ではなくかえって自然と感じるようになりました。

     

    大きな視野で診立てを通す。

    それは、宇宙の法則に適うから天然自然の法則なのであり、

    生命は、選択する学問体系から脱却していくのでしょう。

     

     

  • みたて⑤

    「診立て」を通し、それを相手にどう伝えるか。

    それは、「診立て」と同じように大切なんですよね。

     

    伝える方法も重要です。

    ならば、相手の「からだ」に、どのような言葉を選択し、

    どのようなタイミングで伝えたらいいのでしょう。

     

    私の場合は、以前、患者さんに向かいあう状態で、

    座位や仰臥位、伏臥位等とって頂いた状態において、

    「ここが”すごい”変です」とか、「ここは”おかしい”」とか、

    そのような伝え方をした時期がありました。

     

    その不自然さに、ある時ふっと気付かされるわけです。

     

    操体の哲学を学びながら、そのような表現こそおかしい。

    そして、そう捉えてしまっていたワタシ自身もおかしい。

    当然のようにそう捉えている理由もおかしいのだ…と。

     

    学び続けると、「からだ」本位に捉えなおす機会はあり、

    「からだ」の要求により指導されることも多いのです。

     

    現在は、そこに手を変え品を変え、そして「体感語」を加え、

    共有できる「からだ」も感じるように意識しています。

     

  • みたて④

    青信号?え~緑色にしか見えないのになんで青信号なの?

     私が小学生だったころ、抱いていた疑問の一つでした。

     

    ほんの少し前まで、日本人(私の祖母など)は当然のように

    緑色のことを指して「青い」と表現していたのです。

     

    これ、若い人に言えば、ホントかなぁって訝しがります。

    この一例のように、時代により表現も変化しています。

      

    時代(時間)が変わって現在、便利な世の中になりました。

     

    大概ググって調べればいいし、情報の共有という一面は、

    とてつもなく進化しましたから、その情報に同意するも、

    訝しがるのも、結局はその人次第です。

     

    それはそれで、便利なのですけれども、気付きにくい罠、

    つまり、何かしら不便な一面もあり、「からだ」に訊けば

    不自然な感じもあるような…そんな感じはあるのです。

     

    ひとつの物事、出来事の繋がりは、少し前より”思考的”で

    ”感覚的”な判断をしにくい一面もあるように想えるのです。

     

    同様に、人それぞれの考えや捉え方をするのも、以前は

    感覚的であればこそ、疑問符をつけることも少なかった。

     

    今は、自由に選択できるのに、見えない圧力もあります。

     

    シンプルさを忘れたくないものです。

    何が自然で、何が不自然なのか、それは時代を超えます。

     

    ことにこのついては、操体の基本「からだにききわける」

    という見立てを知っておけば、シンプルになります。

     

    「肌で感じる」という言葉もあるように、「からだ」の皮膚

    感覚を通して理解してみたら、「腑に落ちる」ものですよ。

     

     

  • みたて③

    「診立て」において常に意識していること。

     

    経験に頼り過ぎず、気付くコト。

     

    もう少し詳しく言葉を加えるなら、

     

    経験によって得た知識に頼り過ぎず、

    常に空間に満ちている新鮮な何かを感じるコト。

     

    さらに言葉を加えてしまうなら、

    型を学び、経験を積んで、診立ては成立します。

     

    と同時に、枠に完全にはまった自然界、

    というものがありえないように、

    天然自然の道理もまた、枠にはまることはないのです。

     

    有機物は無機物から生じている のであって、

    見えないだけで、森羅万象そのものの母であればこそ、

    形あって、形なしという診立ても成立するのです。

     

    そんなものあるか!と訝しい顔をなさった方は…残念。

    勿体ない・・・操体マンダラに参加されなかったのですね。

     

    時間は空間に解け、チャンスは前髪という諺があるように、

    「間」は、自然の流れに合った瞬間の”カン覚”で掴むもの。

     

    向かい合った相手の「からだ」に訊くのみならず、

    日々の生き方も「診立て」に必要な感覚のようですヨ。

     

  • みたて②

    臨床に最も重要なのは、「診立て」です。
     
     
    「からだ」を通し、診立てるのですから、
     
    「からだ」の要求に適う診立てを通すのに、どうしたらいいのか。
     
    どの程度まで理解して納得できているか、ということは大切ですね。
     
     
    単に覚えた知識で決めるのではなく、「臨機応変」も勘所ですから、
     
    (機に臨みて変に応ずという意味)固まらず、生命の流れに対応し、
     
    空間に満ちる変化をキャッチする意識のオキドコロが肝要なのです。
     
     
    意識していると、応変には二つのオキドコロがあります。
     
    一つは、「からだ」の”変化”に対応すること。
     
    もう一つは、「からだ」の”状況”に応じてこちらも変わること。
     
     
    「間」に合う「診立て」を通すにはどうしたらいいのでしょう?
     
    そのヒント、そのきっかけ、その第一歩を踏み出す日といえば!
     
    そうです!
     
    待ちに待った操体マンダラ当日がやってきました。

    三浦寛理事長による「操体まみれ」の一日です。

    2017年7月17日(月) 海の日(今日ですよ!)

    会場 ルーテル市ヶ谷センターにて2017操体マンダラ開催!

     
     
    操体の深化を感じ、最新の「診立て」が公開されるかもしれません!
    皆さん、ルーテルの市ヶ谷の会場お会いしましょう。
    乞うご期待!!
     
     
     
     
     
     
     
  • みたて①

    今週一週間、操体フォーラムブログの担当をする岡村です。

    どうぞよろしくお願いいたします。

     

    さて、早速ですが今回のテーマは「みたて」です。

     

    例えば、自分に合う洋服を買いたいときに、ウインドーショッピング。

    お店の中に入って、実際に見ながら触れて、身に着けて選び決めること。

    ウン、これはよくありますねぇ。

     

    私も気に入った店に行きますと、店員さんの着こなしや、雰囲気を感じて、

    似合いそうな服を見立ててもらい、納得した上で選んで買いますからね。

    そう。これは、自分の身に着けるものを「見立て」てもらったわけです。

     

    この場合、自分では絶対買わないだろうなぁという服を見立ててもらい、

    実際に身に着けてみた時、「これはこれでアリだな!」と思うと感激です。

     

    自分でもいつも買うような、無難なものを見繕って持ってきてもらうより、

    これはちょっとどうかなぁ?と思ってしまうような服を提案してくれると、

    本当にプロという見立てはあるんだなぁ…と勉強になります。

     

    *今日の一言:「人のきもちがいいところがわかるのがプロよ」 

                           =橋本敬三=         

     

    今年も操体マンダラの季節がやってきました。

    三浦寛による「操体まみれ」の一日です。

    2017年7月17日(月) 海の日

    会場 ルーテル市ヶ谷センター

    2017操体マンダラ開催!

     

  • ミタテ その7

    人々は他人を「見立て」していろんなことを言います。

    私もその一人です。

    しかし私自身もいろんな人に「見立てられている」のです。

    なんだがわからないけど、あの人は非常に興味があると思われたいです。

    人から興味を持たれなくなった時点で、私は生きている存在価値がなくなるような気がします。

    指摘やお叱りを拒否することなく、いつまでも言われる側にいたいです。

    そのことで人は少しずつ改善していくものだと考えています。

    f:id:tokyo_sotai:20170708071652j:plain

    一週間お付き合いいただきありがとうございました。

     

    今年も操体マンダラの季節がやってきました。

    三浦寛による「操体まみれ」の一日です。

    2017年7月17日(月) 海の日

    会場 ルーテル市ヶ谷センター

    2017操体マンダラ開催!

     

     

  • ミタテ その6

     

    いろんな人がいます。

    絵が上手い人、足が速い人、穏やかな人、エネルギシュな人。

    人はそれぞれいいところと悪いところ両方持ち合わせていると思います。

    悪い点ばかり見ているといい面が気付かない。なるべくその人のいい面を「見立てる」ようにしています。

    その人がおかしい行動を取ったら性善説で考えたいと思っています。

    f:id:tokyo_sotai:20170708071247j:plain

    今年も操体マンダラの季節がやってきました。

    三浦寛による「操体まみれ」の一日です。

    2017年7月17日(月) 海の日

    会場 ルーテル市ヶ谷センター

    2017操体マンダラ開催!

  • ミタテ その5

    営業中はいつもお客様のいろいろな「ミタテ」をしています。

    この方は何興味があるのか?

    機器を選ぶポイントは何か?

    購入機器は何でもいいのか?

    自分の要求を満たしていて価格が安ければいいのか?

    機器を購入することでどんな心配をしているのか?

    いろんなハテナを解決することにより人は安心しその人もしくはその会社に決定しようと考えています。

    操体の場合、いろんなハテナは思考ではなくカラダが要求してきます。

    無意識のカラダの要求にいかに答えるか?がカギになります。f:id:tokyo_sotai:20170702082622j:plain

    今年も操体マンダラの季節がやってきました。

    三浦寛による「操体まみれ」の一日です。

    2017年7月17日(月) 海の日

    会場 ルーテル市ヶ谷センター

    2017操体マンダラ開催!

     

  • ミタテ その4

    私は本屋に行くのが好きだ。

    営業中に少し時間が空くと必ずその場所の本屋を覘くようにしている。

    ただ単に本のタイトルを見るのも好きだし、今どんな本が売れているのだろうと「ミタテ」するのが好きだ。

    本を実際に購入するとき最近はハズレ本を買わなくなった。

    タイトルを見てこの本は自分にとって本当に興味あるものなのか?

    買う前からわかる気がする。

    これも好きならではなせる業かな?f:id:tokyo_sotai:20170702082249j:plain

    今年も操体マンダラの季節がやってきました。

    三浦寛による「操体まみれ」の一日です。

    2017年7月17日(月) 海の日

    会場 ルーテル市ヶ谷センター

    2017操体マンダラ開催!