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  • 感謝 3 〜感謝報恩〜

    昨日11月27日は松下電器(現パナソニック)の創業者、「経営の神様」と呼ばれた松下幸之助(1894-1989)さんの生誕日であった。

    操体創始者橋本敬三先生(1897-1993)とほぼ同時期を生きた方である。

    十数年前、私が新社会人となったとき、松下グループでお世話になっていたことがある。

    その会社では毎朝の朝礼で、いつも会社の理念を唱和していた。

    そしてその最後の一節にこうあった。

     

    一、感謝報恩の精神

    感謝報恩の念は吾人(ごじん)に無限の悦びと活力を与うるものにして此の念深き処 如何なる艱難(かんなん)をも克服するを得 真の幸福を招来する根源となるものなり

       ーパナソニック行動基準 「私たちの遵奉すべき精神」ー
     
    当時の私には、ただ読み上げるだけで、大した理解などできなかった。

    今、思い返して読んでみると、その当時よりは言葉の深みが理解できるようになったのかと思う。
     

  • 感謝 2 〜からだとの対話〜

    操体を学ぶとともに、何度か三浦寛先生に臨床を通していただいたている。
    その中で、とても印象深い臨床があった。

    からだの感覚をききわけていたら、からだが反応し、色々な感情が湧き出てきて,
    からだで表現していた。

    過去の悔しい思い、悲しい思い、怒りなどが感じられた。

    そんな感情がからだの奥底に眠っていたとは知らなかった。

    自分の感情を抑えて他人を優先させていた為、表に出せなかった感情が奥に埋められていたようだった。

    自分では、抑え込んだことさえ忘れていても、からだは忘れていないようだった。
    また、からだが守ってくれていた、いつもからだが寄り添ってくれていたのだ、と、そう思えた。 

    からだと過去の自分に、対して申し訳なく思い、同時に感謝の念が湧いてきて、涙していた。

    施術者による他力的治療でもなく、カウンセラーが介入するカウンセリングでもなく、「私」と「からだ」を静かに対話させてくれる、奥ゆかしい臨床であった。

  • 感謝 1 〜巡礼の路〜

    今週から一週間、松浦伸考が担当いたします。

    どうぞよろしくお願いいたします。

     

    テーマは「感謝」

     

     

    スペインにカミーノ・デ・サンティアゴと言うキリスト教聖地巡礼の路がある。
    そこを約1か月かけて歩いたときのこと。
    私が歩いた距離は854㎞。1日平均約28㎞。
    スペインの大自然の中を一人、時にはそこで出会う巡礼者とともに歩く。
    その時は12kgの荷物を背負って毎日歩いていた為、足が痛み、肩が痛み、苦痛を伴った。
    ある一日の出来事。
    その日は雨。寒さと痛みと疲労とともに一人、人気のない自然の中を歩いていた。
    夕方、雨がやみ、雲が少しづつ薄らいでいた。丘の坂道を登り切り、なだらかな下り坂に差し掛かった時、雲の向こうに太陽がぼんやり光を放っていた。
    それを見たとき自然と両手を広げて、その柔らかく、ほのかに暖かい光をからだで受け取っていた。
    太陽は例え雲に隠れていようともいつも照らし、見守り、生かしてくれているのだ。
    普段なら、ただの太陽として大して気にもとめないが、その時は精神的に厳しい状態だった為、感じ方も変わっていた。
    畏敬と感謝の念が同時に湧き、生かされていることを強烈に感じた。
    この命を自分の為だけに使っていては勿体ない、世の中のために生きたい、とその時感じさせてくれた。

  • 感謝(七日目)

    感謝は、「する」と「される」という二つの形があります。
     
    自分が感謝されたいから、感謝されるような行動を取る。
     
    これは、本末転倒な感じもしないではありません。
     
    「感謝されたいから、やる」という行動には、なんだかちょっと「偽善っぽいモノ」を
    感じたりするのは私だけでしょうか。
     
    昨日も書きましたが
    「自分がやったことは正しくて感謝されることだから、
    アナタもやるべきだ」
    という強要も、なんだかヘンです。
     
    操体の施術が終わった後に「ありがとうございました。楽になりました」という
    言葉をいただくと
     
    「アナタのからだが自分でよくなってるんですよ」とか
    「からだってすごいよね~」
     
    というのは、どう考えても、からだが持つ力のすごさのほうが上だから。
     
    そうなると、生まれてからあの世に行くまでずっと働いている心臓とか
    呼吸器に「感謝」したくなりますよね。
     
    持病にせよ「一病息災」といって、健康だったら気がつかないような、
    体調の変化に注意を向けさせてくれることだったりします。
     
    逆に、感謝するのは、いくら感謝しても減るもんではありません。
     
     
    一週間ありがとうございました。
     
    明日からは松浦伸考さんの担当です。
     
    畠山裕美
     

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  • 感謝(六日目)

    何かで読んだ話ですが、災害時に、自分の私財を投げ打って被災者を助けた人がいたんだそうです。
     
    すごいですよね。
     
    ということで、その方が講演に呼ばれたそうなんですが、その方は聴衆に向かって
    「何故あなた達も、私財を投げ打って援助をしなかったのですか」と言ったのだそうです。
     
    オチがあって、その方、二度と講演には呼ばれなくなったんだそうです。
     
    確かに凄いことをなさったわけですが、それを他者に強要するのは、やはりちょっと違います。
     
    感謝を人に強要するのも同じです。
     

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  • 感謝(五日目)

    一番感謝を伝えなければいけない人に、感謝を伝え忘れていませんか、と初日に書きました。

     

    書いていながら「まさに自分じゃ!」と、自分にもツッコミを入れていました

    猫の話で恐縮ですが、

    今年の7月に18歳で大往生した、三浦先生の猫、シモン君、初対面の時、アタマを殴られました(実話)。

     

    最初は「誰じゃボケ!」みたいな感じだったのですが、流石にお世話係として長年過ごしていると、親しくなってくるもので、私が撫でると、お返しに舐めてくれるので(律儀)す。

    それも「そんなに舐めなくても」という位、手を舐めてくれるわけです。

     

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    ★「漢(おとこ)だぜ!」なありし日のシモン兄ちゃん。かっこいいです。

     

    せっかく舐めてくれている(猫が舐めてくれるというのは、信頼の証なのです)ので、これはありがたいと、「舐めてくれてありがとう」と、お礼を言うようにしました。

     

    ちなみに、猫とか犬に限らず、ペットがいると、私達は「動物に話しかけるヘンな人」になりますが、

    昨年発売になった本です。ワタシの友人が編集しています。ワタシの猫も出てきます。

     

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    「うちに来てくれてありがとう」と、帯に書いてあります。

    そうなんです。これも感謝なんです。

    あ〜、ホントに私のところに来てくれてありがとう。

  • 感謝(四日目)

    「何か相手にしてもらったこと」ではなく、自然の出来事とか、嬉しい巡り会いとか、そんな時。

     

    それも感謝ですよね。

     

    そう言うとき、思わず両手を合掌するとか、両手を組むというのは「体現」する感謝です。

     

    これは「感動」ということでもあるかもしれません

    私が最近、感謝レベルで感動したのは、松島円通院の紅葉のライトアップでした。
    (11月19日まででした)

     

    www.entuuin.or.jp

    全国操体バランス運動研究会に行った際に寄ったのですが、池に映った紅葉の美しさと言ったら、もう「ありがたや」レベルでした。

     

    「こんな凄いものを見せていただいて、ありがとうございます」という感じです。

     

    写真を撮ったあと、池の後ろにあるご本尊様に手を合わせました。

     

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    池に映った紅葉。

     

     

  • 感謝(三日目)

    「感謝」とは、ざっくり説明すると

     

    何か相手にしてもらったことでありがたいと心が強く動き、それを言葉にして伝えること

    なのだそうです。

     

    つまり「心の中で『ありがとう、感謝してます』」というのは、厳密には感謝ではないということです。

     

    「言葉に出して、説明すること」

    が必要なのです。

    普段、職場とか講習とか勉強会とかでは、感謝の念を互いに伝えても、本当に親しい人には、口に出して感謝の意を伝えるのを、なんとなくいいかげんにすることがありませんか?

    「言わなくてもそんなの分かってるだろ」

     

    という気持ちや、あまりに慣れてしまっていて、それが当然のようになっていて、「感謝の言葉」さえ言わない。

     

    もしかすると、感謝の言葉を伝えないまま、今生では会えなくなるかもしれない。

     

    なんていうことを考えると、やっぱり言える時に伝えなくちゃ!と思いませんか?

     

    「オトコは黙って○○ビール」とか言ってる場合じゃないし、

    「ワタシのことなら、言わなくてもわかるでしょ」とか言ってる場合ではありません。

     

    感謝は表現してこその感謝なのです。

     

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    松島円通院の紅葉ライトアップ。石塔へのプロジェクション・マッピングです。

  • 感謝(二日目)

    以前同じ職場に勤めていて、ご主人の都合で、
    日本海側の県に越していった友人がいます。

     

    私は彼女と、こっそり?「死にかけた人クラブ」というのをつくっていました。

     

    二人とも「一歩間違えたらICU で、運が悪かったらあの世行き」という経験をしたことがあるからです。

    幸いにも彼女も私も無事??に生還しましたが、無事に帰ってきたということは、ホントにありがたいことだよね、と話し合ったことがあります。

     

    生かされているなんていうのは、こういう体験でもしないと「なるほどな〜」と、腑に落ちないのかもしれません。

     

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  • 感謝(初日)

    こんにちは。畠山裕美です。
    一週間よろしくお願い致します。

     

    今回のテーマは「感謝」ということです。

     

    何度か人に話したことがあるので、聞いたことがある方もいるかもしれませんが、現代の世の中にも通じるというか、人間の心の闇とか、明るいもの、美しいものに対しての頑なというか、そんなことを考えさせられるエピソードです。

     

    私が三浦先生に操体を習う前、一番最初に操体を習ったC先生という方がいます。
    その方が、私ともう一人、仮にBさんとしましょう。

     

    私とBさんに向かって言いました。

     

    「私、気がついたんですよ。橋本敬三先生の本と、三浦先生の本に書いてあることは、愛と感謝なんです」

     

    私は、もともと「操体法治療室」の後半(三浦先生のパート)を読んで、操体をやろうと決めていたクチですし、橋本敬三先生の「拈華微笑」(からだの設計にミスはない 76ページ)「釈迦の話を聞いて、一人だけにっこり笑った男(摩訶迦葉。釈迦の十大弟子の一人)」の話も何だか好きだったし、救いと報いの話も、結局「救われた」という話なので、確かに「愛と感謝かも」と思ったのです。

     

    が、Bさんは突然怒り出し、C先生に食ってかかりました。

    あまりにも凄い勢いだったので、私は止めましたが、それどころではありませんでした。

     

    何故「操体創始者と、とその直弟子の本に『愛と感謝』がある」ことが、怒りに繋がるのでしょう。

     

    当時は、何故Bさんがあれほど怒ったのかよく分かりませんでしたし、その後縁を切ってしまったのですが、たまに「愛と感謝」という言葉を聞くと、Bさんは何故あれほど怒ったのだろう、と思ったりするわけです。

    と、時が流れ、ある本を読んでいて「あ、なるほど」と思ったことがありました。

     

    一つの説は「愛と感謝」という言葉に過剰反応していた。つまり「愛と感謝」に飢えていたのではないかということです。

     

    もう一つは、最近の話ですが「特定の遺伝子」の中に「人に同情されると怒りが湧き起こる」というのがあるそうで、それが「愛と感謝」という言葉を聞いて発動したのかもしれません。

     

    もう一つは「愛と感謝」を聞いて「偽善」に思えてしまう、何かの理由があったのでしょう。

     

    いずれにせよ、愛と感謝という言葉を聞いて激怒するというのは不思議なことですが、そんなこともあるのです。

     

     

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