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  • アプローチとメッセージ その3(接触)

    現在、講習を受けておりますが人に触れる難しさについて痛感しております。人のからだに触れる、触ることは非常に緊張します。緊張していると即座に相手に伝わってしまいます。とは言え大胆に触れることも違うような気がします。どうしても雑になってしまいます。雑にならずに丁寧にかつ自信を持って接することができれば、半分はその被験者の信頼を得たことになると思います。

    操体に限らず、人に触れることのアプローチが上手にできれば、そのからだへ善いメッセージが伝わるようです。

     2017春季東京操体フォーラム速報!

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  • アプローチとメッセージ その2(小道)

    アプローチには「小道」という意味があるそうです。私の小道は三浦先生との出会いでした。初めから操体を習う気もなく、ただの患者でした。それが今ではこのブログを書くことになるとは。私は器用なタイプではありません。どんくさいです。ですがこの長い小道をゆっくりですが確実に進みたいと思います。

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  • アプローチとメッセージ その1(営業)

    本日から私、石田が一週間担当させていただきます。

    本日からお題が「アプローチとメッセージ」に変わります。

    よろしくお願い致します。

     

    私はいつも営業で外回りをしています。今回のお題のアプローチとメッセージはまさに私がいつも行っている営業活動のようです。まずは興味あるお客様へ訪問し製品を説明、ニーズをつかみ提案する。その一連の作業を毎日展開しています。営業にはこれといったマニュアルがないように思います。マニュアルがない分、応用力や機転をきかせてお客様に提案しない限り私たちの製品は選ばれないと思います。どのように選ばれるかお客様に対していろいろなメッセージを送らなければなりません。そのメッセージがお客様に伝わったときに初めてただ単に販売だけの域を超えたお客様との信頼関係が築けると考えます。

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  • 邪「MA」

    臨床の中で、操体を勉強してきて本当によかったなと

    思う瞬間。

     

    それは「意識飛び」。

     

    症状や疾患を治そう、治そうと躍起になっていた頃に

    は想像すらできなかった現象。

     

    ストンと落ちる、からだの眠り。

    その間にからだが治しつけてくれるなんて。

     

    意識が飛んで戻ってくるまでの間は、誰にも邪魔され

    ない間。相手が治療家であっても、本人であっても。

     

     

    来てくれた方には良くなってほしいと思う臨床家の性

    とどう向き合っていこうかと悩んでいましたが、その

    答えの一つがこれだと思っています。

     

    焦れば焦るほど手を加えたくなりますが、邪魔しない

    というのも選択肢の一つです。

     

     

    「治療師になるなよ」

     

    いつか師匠にいただいた言葉です。

  • 気づく

    空間・間という字、

    実際の空間やイメージの空間に

    意識をおくようにすると、みえてくる景色が確実に変化してきます。

     

    主張の強いもの

    派手なもの

    興味のあるものに

    意識が無意識に働きすぎている日々があることにきづかされます。

     

    意識の向かなかったところに、

    意識をおく、光を当てることは、

    豊かな気づきを与えてくれる無限大の間につながるのだと思います。

     

    明日からは、からだのMAを活かしている瀧澤副実行委員です。

    一週間、ありがとうございました。

     

     

     

  • 乳歯から永久歯

    今朝、小学生の前歯がない子を見かけました。ちょうど乳歯から永久歯の生え変わる時なんだなあと思いながら見ていると、友達とニコニコ楽しそうに話をしていました。

    その表情を見て、「愛くるしいなあ」と感じました。

     

    その時、中年のおじさまで前歯が無い人を見た時のことを思い出しました。「この人、前歯どうしたんだろう」と感じたように記憶しています。

     

    「前歯がない」という現実は同じなのに、私はこれだけ違った見方を無意識にしているのだと実感しました。

     

    歯のあいだにも気づきが隠れていました。

     

  • いってきます

    今朝、太陽が昇るのを眺めていたら、ふと「行って参ります」と自宅を出る時に言葉にするけれど、この言葉って誰に向かって言っているのだろうと、なぜだか不思議に思いました。

    「行ってきます」「いってらしゃい」

    「行って参ります」「いってらっしゃい」

     

    習慣で何気なく口にしている言葉。

    それに家族が「いってらっしゃい」と答えてくれる日々があります。

    今までやり取りをしていて、初めて疑問に感じました。

    少し調べてみたのですが、

     

    「行ってきます」は「行って、来ます」つまり行って帰ってくるということで

    「行ってらっしゃい」は「行って、来て」つまり行って戻って来てねということだと書いてありました。

    互いを思いやる言葉かけであるということを再認識し、特別驚くことはありませんが、ただ習慣で口にしているのと、相手への思いやりと意識して口にするのでは、その言葉のMAには、違いがあると思います。

     

    さらに、「行ってきます」と「行って参ります」は同じ意味で使われていますが、違いがあるというようなことが書いてあるものもありました。

    「参」には、「出会いの中で尊ぶべき物事を学び、向上して帰ります」という精神的な意味合いが含まれているということのようです。

    こう捉えると、見送っている家族に言っているようで、自分自信に言い聞かせるために言葉にしているようにも感じます。

     

    橋本敬三氏は、「言葉は人生のハンドル」とおっしゃったとのことですが、身近に使われている言葉、身近に使える言葉だからこそ、大切に大切にしなければならないのだと思います。

     

  • なぜ生きるのか

     

     昨年のちょうど今頃、師匠にこの一冊を紹介されました。

    その時、読み始める前に、まず「どうせ死ぬのになぜ生きるのか」を一週間ぐらい毎日自分なりに考えてから、読み始めるようにと言われたことを思い出しました。

     

    生 死

    死 生 

    このあいだには、何があるのだろう。

    私たちの人生?生活?それとも・・・

     

    今東光大僧正は、「人生は冥土までの暇つぶし」とおっしゃっていたようです。

    極道辻説法 (集英社文庫)

    極道辻説法 (集英社文庫)

     

     

    どう考えるかで時間のMAは、自由自在に変化するのだと思います。

  • 木枯らし

    だいぶ寒くなりましたが、少し前は紅葉している木々がとても綺麗でした。

     

    なぜ美しいのか?と思いながら、しばらく見ていると、葉と葉はぎゅうぎゅうに枝についているのではなく、あいだが空いています。

    そのあいだには、枝や、他の木が入り込む空間が空いています。

    そこに、風が通ったり、光が差し込んだりしています。

    時々、小鳥が羽を休めていたりもします。

     

    空いているということは、「ない」ということではないのだなと納得している自分がいました。

     

     

  • 床の間

    最近の住宅は和室がない建物も増え、床の間がないことも多いようですが、旅先の旅館で、床の間を目にすると豊かさを感じます。

     

    華や掛け軸も美しいのですが、その床が掛け軸や華によって、より際立っていることです。華が主になっているようだけれども、実はそのまわりの間が主になっているのです。

    この空間のエネルギーには、いつも魅了されます。

     

     

    話は変わりますが、先日、「古都」という映画を見てきました。川端康成の名作「古都」を映画化したものです。

    京都で呉服店を営む家族のお話ですが、着物や茶道などを観ながら、美しいなあと心が豊かになりました。

     

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