私たちには視覚というとても優れた機能があります。
みえることで本当に様々なことを知り、感じ、考えることができることには
感謝しかありません。しかし、みえることにとらわれ過ぎて、見落としをしていることがあることを忘れてはならないなとも感じています。
あえて見ないことで得ることもあるのだろうと思います。
触れることを学び始めてから、つくづくと感じています。
感覚を磨く方法も一方向ではなく
多方向から磨く必要があるのだと思います。
からだを動かして磨く感覚は、多くの気づきがあります。
私たちには視覚というとても優れた機能があります。
みえることで本当に様々なことを知り、感じ、考えることができることには
感謝しかありません。しかし、みえることにとらわれ過ぎて、見落としをしていることがあることを忘れてはならないなとも感じています。
あえて見ないことで得ることもあるのだろうと思います。
触れることを学び始めてから、つくづくと感じています。
感覚を磨く方法も一方向ではなく
多方向から磨く必要があるのだと思います。
からだを動かして磨く感覚は、多くの気づきがあります。
受け取るって簡単なようで難しいなと感じます。
なぜなら、全く私が認識していないものは、受け取れないと気づいたからです。
ヒトも
モノも
コトも
私の前にやってきているのに
私はなんのそのでスルーしていることがどれだけあるのだろうと。
もちろん、意図的に受け取らないということもあるとは思います。
その中で一番スルーしていることは、私というからだから発せられるメッセージだと実感します。からだは私が意識しなくても当たり前のように呼吸をし、新陳代謝をし、毎日黙々といのちをつないでいます。その中でからだは何を発しているのだろうか。日常の中でメッセージに一つでも多く受け取れるようにしたいなと思います。
受け取れるようになるためには感覚と感性を磨き続ける以外にはなさそうです。
私のからだを通して、からだを動かして、感覚と感性をあじわい、体感し続けて行きたいと思います。
今日から香が一週間担当します。よろしくお願いいたします。
動診(どうしん)を学んでいくと、体感して学ぶことの凄さを実感します。
からだを通して感じる感覚には様々な表情があると思います。
様々な表情という表現が適切かどうかはわかりませんが
自分のからだと向きあうと本当に多くの反応を知らせてくれます。
感じる力に磨きがかかっていくようです。
ふと、からだは様々な反応をしていたのに
私はどれだけからだ(反応)を無視してきたのだろうと。
からだに意識を向けることを知ったからこそ思うことですが
日常の中で置き去りしがちな、からだ。
置き去りにしても、日々淡々と働き続けるからだのありがたさと
かみしめています。
朝起きて伸びをする。
犬も猫もそうだ。もちろん人間も。
伸びをすると単純に気持ちいい。
これも記憶にインプットされた快適感覚だと思う。
快適感覚を感じることが動物も人間も一緒だ。
今年もあと一日。
来年も快適に過ごしたい。
