頑張りし過ぎるとろくなことはありません。
からだが痛くなり肌荒れがし怒りやすく不安になります。
あれやっとけばよかったと思うことは多々日々のなかにありますが、
健康であれば明日でもできる。
最近はどうしても明日までに終わらせなければならないことは、
朝早く起きて片付けるようにします。

頑張りし過ぎるとろくなことはありません。
からだが痛くなり肌荒れがし怒りやすく不安になります。
あれやっとけばよかったと思うことは多々日々のなかにありますが、
健康であれば明日でもできる。
最近はどうしても明日までに終わらせなければならないことは、
朝早く起きて片付けるようにします。

今週からブログのテーマが「操体における「頑張るな」とは」に変わります。
1週間お付き合いよろしくお願い致します。
15年くらい前は非常に仕事が楽しくて残業も家に帰ってからパソコンを開けてせっせと仕事をしていた記憶があります。
もう今ではもう夜中まで働くことはしません。
からだが眠いと判断したらなるべく寝るようにします。
疲れたと感じた時は休みます。
スケジュールをぎゅうぎゅうに詰めることもしません。
やる気がないわけではありません。
少し抑えた感じで余裕を持って仕事をしています。
極論、明日できなければ死ぬわけではありません。
そう思いながら日々を過ごしています。

創始者である橋本敬三先生は操体を健康医学として提唱し、今日まで継承され続けていますが、創近年の操体はこの枠だけに収まらないように感じています。
医学としての枠を超え、私達の身の回りにある文化、芸術、スポーツ等、全てのものに精通出来るのも「からだを主体とした感覚と動き」を重視しているからです。
「感覚と動き」
これはすごくシンプルなことですが、実に奥が深いことです。
これまでこれらに着目したものはあったと思いますが、操体の凄さは「からだ」を主体にしたところにあります。
からだを主体にすることで新たに見えてくる世界もあるのではないでしょうか?
自分のからだとの向き合い方を認識すること。
それが臨床後の患者の人生の豊かさにも繋がることを見据えて私達は操体の臨床という場に立ち会っているのです。
操体法は、実際に操体法を受け、体感、体験するとわかる部分が多いと思います。
なぜなら、感覚に注目しているからです。
感覚は、実際に体感した人が受け取ります。
どんなに説明を受けても、その経験や体験、体感がないと
言葉を言葉としてしか受け取れないからです。
これは操体法に限ったことではありませんが、言葉で理解したことを実際に理解しているか?というと勘違いしていることを理解したと誤解していることも多々あります。
それは、学びの中では起きることであり、珍しいことではありませんが、学びを自分で活かすためには、やはり誤解に気づくことが大切になります。
操体法は、体感することで、体感した人が気づいたり、受け取れることがとても多くあると思います。
一週間ありがとうございました。
明日からは瀧澤さんです。