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  • 父の日

    ついに2周目に突入いたしました博多の秋穂です。

    この週末は宮城内陸地震の衝撃的なニュースで日本列島が悲しみに包まれていました。当フォーラム顧問今先生を始めこの度の震災で被災された皆様が1日も早く落ち着いた生活に戻られる事を願っております。

    5月15日の日曜日、そう今日は父の日です。
    今日は奥さんと娘をつれて奥さんの実家へ父の日参りをしてきました。この義理の父は偶然に私の操体の患者さん第一号になっていただいた人です。まだ私がフォーラム理事長三浦先生の講習会に参加して勉強させていただいていた頃お付き合いを初めて間もなかった奥さんのお宅へ初めて挨拶をしに行きました。カッチカチに緊張しつつ初めて両親との食事をしているときの事でした。

    義父「ところで秋穂君今仕事は何をしているの?」

    秋「え〜っ、今操体というものを勉強させていただいています。」

    義父「面白いね〜その歳(当時29歳)まで勉強とはたいしたもんだ。
       その操体っていうのはそんなにいいもんなのかい?」

    秋「勿論です。気持ちのよさを味わっていただく事で、からだの歪みを正して
      症状疾患を取り除くという素晴らしい未病医学です。」

    義父「最近、良く足がつるようになってしまったんだけど何とかならないかい?」

    私は足趾の操法をいくつか通させていただきました。

    義父「気持ち良いね〜。足が本当に軽くなったよありがとう。」

    無事に初対面の挨拶と初操体を終えてほっと胸を撫で下ろしていたある日、突然電話に連絡が入りました。

    奥さん「大変なのお父さんが脳梗塞で倒れて病院に入院しちゃた。
        意識は戻っているんだけど、麻痺が残っちゃうらしいの、
        本当にどうしたらいいかわからなくて・・・。」

    秋「本当にどうしたらいいんだろう・・・」

    僕は三浦先生に相談しました。

    三浦「んだなぁ、まずなるべく早くからピンセットで麻痺した所の皮膚を
       刺激してやれ。しばらくすると反射で動き出すから。
       それから、頭皮がこわばってると思うから、皮膚に渦状波だな、
       それと良〜く目を見てみろ動きが悪くなっているから。」

    早速、私は病院を訪ねて集中治療室から出たばかりの義父を見舞いました。薬が効いて意識のもうろうとしている義父に操体の先生からアドバイスを頂き出来るだけ早くリハビリを始めさせて欲しいという旨を伝えて右手をピンセットでつまみ始めました。最初はうんともすんとも反応が出ず不安を抱えながらではありましたが、「三浦先生がいわれた事だから間違いはない。」とただひたすら麻痺側の皮膚をつまみ続けました。どの位たった頃かは忘れましたが、突然義父が「お〜っ、手が勝手に動くぞ。」と陸につり上げられた魚のように右手をバタつかせ始めました。しばらくピンセットでチクチクしたあと、頭皮と瞼の硬結部に渦状波を当てて、義父がすやすやと眠りについた所で終了しました。この日からしばらく病院に通いピンセットを続けていたら同じ病室の患者さん達にも「へ〜っ、脳梗塞にはピンセットが効くんだね〜。」とちょっと勘違いされながらもみんなでチクチクしていました。後日義父が話してくれたのですが、このピンセットで刺激しているうちに麻痺して感覚すらない手が動いた事という事で、リハビリをまじめにやれば動くようになるんだと確信したのだそうで、それからは病院のリハビリも脳トレもまじめにやるようになったそうで、なによりも意識の在り方が変わったという事を本当に喜んでいただきました。本人の努力のかいもあって今では若干の握力の低下は残っていますが、好きなゴルフを楽しめる位に回復されています。それともうひとつこれは偶然だと思うのですが、倒れる前に足趾の操法をやっていた足には全く麻痺が現れなかったということで、義父は心底操体を受け入れていただき、今でも家に行くと早くやってくれといわんばかりに「いや〜操体法は本当にスゲ〜よな。」と迎え入れていただきます。

    操体の臨床は恐ろしく奥が深い(懐も深い)。皮膚へのアプローチにしても患者さんのその時の在り方によって縦横無尽に変化してくる無限の可能性を持っている。そしてその無限の可能性の探求者が橋本先生であり三浦先生なのだと思う。明治維新の立役者西郷隆盛は「西郷という男はどれだけ大きいかわからぬ。釣鐘の様な奴で、小さく叩けば小さく鳴り、大きく叩けば大きく響く。こちら次第に応ずる。得たいの知れない大人物さ。」として坂本龍馬に解釈をされているが、三浦先生も操体の質問を投げかければ初学者にはわかりやすく、熟学者にはより理解を深めるように課題を含めた回答を返してくれる。たまに博多の私の整骨院操体を学びたいといって見えられる方がおられるのですが、僕はそのような方にも「出来れば東京に行って三浦先生の講習を受けた方がいいよ。」と勧めています。それは私自身が操体を三浦先生の元で学ばせて頂いて本当に良かったと思っているからにほかなりません。フォーラムに参加されているかたで「何を質問すればいいのかしら〜。」なんて出し惜しみしている方、もったいないので是非どんどん質問してみてください。必ず良いお土産を持たせてくれると思います。

    最後になりましたがこの場を借りて私達操体を学ぶものの「操体の父」三浦理事長にもお礼をさせていただきたいと思います。いつもいつもご迷惑ばかりかけて申し訳ありません。少しずつでも三浦先生のような操体法指導者に近づいていこうと思いながらも、至らない事ばかりで歯がゆい思いばかりされているのではないかと思います。自分でいうのもなんですが、本当に出来の悪い教え子ですので、なるべく先生には元気で長生きしていただいて、生涯「馬鹿ちん。」と叱っていただかなければいけないようであります。私たちに操体の学び方を教えていただき本当にありがとうございます。

    秋穂一雄 

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  • 枕について 5月31日  

    今週は雨の多い1週間でした。雨に似合う花を撮りました。

    曇り空をみていると、日がなまどろんでいたい気持ちになります。
    ところで、私は眠ることが大好きです。
    布団につけば、のび太のように3秒のうちに寝息を立てています。列車の旅では、景色がのどかになる前に意識を失うので「情緒のないやつだ」と言われます。眠るネコを見ていると眠りに引き込まれます(それは普通か)。

    こんなふうに書くと不眠症の方にはうらやましがられそうですが、そんな私でも、一時不眠だった時期があり、不眠によって2次的、3次的に生じるつらさも経験しています。

    よい睡眠を得るために私が参考にしたのは精神科医の神田橋條治先生の著書と整形外科医の山田朱織先生の著書です。

    神田橋先生は、養生のコツは「気持ちが良い」を信じることだとおっしゃっています。いつでも、「気持ちがいい」という感じをつかんで、それを羅針盤にして進むことが大切だそうです。

    著書「精神科養生のコツ」には、その人その人にあった枕の作り方も載っています。タオルケットを折って巻いていく方法ですが、形や硬さ加減は「首の気持ちいい」ものをつくるといいそうです。

    山田先生は布団と枕の上に寝た状態で、後頭部、背中、臀部がバランスよく沈むような状態になるように寝具を選ぶよう勧めています。

    山田先生の病院には山田朱織枕研究所が併設され、その人にジャストフィットした枕を作ることができます。
    ここで「枕診断士」が計測、診断し、作るというわけです。

    なぜ第3者が診断するかというと、「気持ちが良い枕=自分に合った枕」とは限らないからです。間違った思い込みで枕を選ばないように、第3者が診断、処方するということですね。

    両先生の意見は操体臨床家の目線で見ると大変興味深いです。

    気持ちのよさをききわけていただく時に、「からだが要求している気持ちのよさ」と、からだ以外の要求に従った気持ちのよさ、これらを区別しないで生きることは、大きな差を生むのではないでしょうか。

    枕の選び方を通して、どんな気持ちのよさを選択していただくのか、患者さんとテーマにしていくのは楽しい学びです。腰痛、不眠など、ダイレクトに変化を体感していただくことが多いので、「環」についての話も、深く理解していただく機会になります。
    さて、1週間のおつきあいありがとうございました。
    来週からはリハビリのことはこの人にお任せ!横森さんにバトンタッチです。よろしくお願いします。
    皆さまにしあわせなねむりが訪れますように。
    おやすみなさい。

    森田珠水
    <参考文献>
    「精神科養生のコツ」神田橋條治  岩崎学術出版社 
    「枕革命」山田朱織   講談社+α文庫 

  • あるく2〜夜を愉しむ 5月30日

    家から15分ほどで多摩川の土手があり、時々夜のウォーキングを愉しんでいる。
    土手にのぼると、街灯がなくなりいきなり暗くなる。
    アスファルトの道がぼおっと浮き上がって見える。
    視覚が頼りなくなり、、一気に視覚以外の感覚がはたらきだす。
    この季節に咲く花の香り。
    さかなの跳ねる音。
    湿り気のある風が頬を撫でる感じ。
    どれもこころよい。
    目が見えないことで急に視覚以外の感覚がとぎすまされる。
    目が見える人は、80%以上を視覚で外界を認知して生きている。しかも、通りに出れば求めてもいない過剰な情報が我々を覆いつくし、我々を無駄に消耗させている。

    意識して感覚を統制しなければ、視覚以外の以外の感覚は鈍っていくばかりかもしれない。

    土手の上にのぼり町のネオンが消えた時、私はホッと安堵感を得る。

    今にして思えば、
    余計な気遣いが消え、嗅覚、聴覚、触覚が開放され、この香りが、この音が、肌触りが、
    快いのかそうでないのか、好ましいものを選択し、そうでないものにはNoというそういう自由を与えられたような気がしたのだ。
    目が見えないことで自由になれるなど、考えたことがなかった。

    川べりを更に目をつぶって30歩歩いてみる。
    少し曲がれば川に落ちるかもしれない。

    平衡感覚、風の流れ、草がかすれる音。

    先ほどまでひらひら舞っていたこうもりの姿。今の私には目をつぶると彼らを意識をすることができない。

    でも、彼らはそこにいる。夜の川の流れる上を舞っている。

    今の私が感じられること、感じられること。

    夜歩くことは、昼とは違う楽しみがある。

    森田珠水

  • ネコに学ぶ(続編)5月28日 4日目

    ネコに学ぶ、というか岩合さんに学ぶ、かも知れませんが。昨日の追記として気になったくだりをいくつか。
    ・ネコは「心の余裕」のある人が好きだ。
    ・「ネコが動いちゃったから撮れないんだ」と考えるよりも、
    「自分の動きがこうだったからネコに嫌われたんだ」という判断をしたほうが、はるかに得るものが多いはずだ。

    むむむ、どこかで聞いた話に重なりますね…。
    他にもグッとくることが書いてありましたが、ネタばらしはこの辺にしておきます。

    そしてこんな点に気をつけて今日出会ったネコを撮ってみました。
    成果やいかに!

    同じネコです。
    すました顔より、ヘン顔のほうがその子らしくて個人的に好きです。足がハの字だし…。

    首輪はしていて、ある程度人なれしているのでしょうが、やはり遠くにいるときからずっとこちらの様子を伺っていました。近づいたり離れたり、じらされてみたり。
    うーん、何やってるんでしょうね、私(やっぱり苦笑)。

    これはカルミアというツツジの仲間。変わった形で好き。今の時期の楽しみです。

    森田珠水

  • ねこに学ぶ 5月27日 森田珠水

    昨日は私の路地&ネコ好きという話でした。
    確かに私の携帯にはアホのように猫写真がメモリーされているわけですが、
    「撮らせろ〜」
    「撫でさせろ〜」
    と、ギラギラしているらしく、猫撫で声を出すくらいではいい写真が撮れていません。

    そこで、敬愛する岩合光昭先生の「猫を撮る」をよんでみました。

    猫びより』などで活躍する岩合先生。まず初めての土地に撮影に行く時には、猫の居心地のいい場所を探すのだそうです。
    まずは町全体が見下ろせる高台に登ります。

    なぜなら、
    どこが猫の好きな入り組んだ路地なのか、車があまり通らない道路か、
    どこが日当たりが良い場所なのか、が一目瞭然だからです。
    そして、「猫を探す嗅覚、皮膚感覚を持とう」というアドバイスをいただきました。

    以下、一部引用します。

    猫は気持ちのいい場所を知っています。猫に出会いたければ、「脳みそで考えるのではなく、自分のからだでヒトとしての皮膚感覚を心がけ、自分の居心地がいい場所はどこかと考えてみよう。そうすると、そこに向かってからだが正直に動くことがある。そして、身体感覚を研ぎ澄ませる。匂いが呼び寄せることもある。」
    のだそうです。

    そして、氏は、皮膚感覚を育てる第一歩として、
    「風がどちらから吹くか、空は、気温はどうか、天気予報を見る前に自分の肌で感じてみることが皮膚感覚を育てるトレーニングになる。」
    とのこと。

    猫はずっとそうやって気持ちのよい生き方をしているということなのでしょう。ヒトもネコを追いかけると、健康になるとおっしゃっておりました。
    さらに、猫と出会って、いざ撮影するときには、いきなりがむしゃらにカメラを構えません(そりゃそうですが)。

    ここにもコツがあるようで。

    例えば、猫は人間の子供が苦手。なぜならいきなり激しい動きをするので恐怖を覚えるから。

    だれだってこちらの希望もなしに目を付けられて見張られて触ろうと近づいてきたら大迷惑。人間だったらストーカーです。

    「あなたがネコを見つけるよりも先に、ネコはあなたをしっかり見定めている、と言ったら驚くだろうか。
    (〜中略〜)ネコに限らず動物というのは、まず始めにこのヒトは安全かそうではないかということをしっかりと明確に見ている。

    このヒトは大丈夫、そうネコが判断したときに、あなたの側に近づいてくるし、写真を撮らせてくれる。」
    ということです。
    このネコを患者さんの(アタマじゃなく)からだに置き換えて読んでいただきたい。
    今までの臨床を明日から変えないと!という気分になります。
    え、なりませんか?

    まあまあ。

    もし私が道にはいつくばって野良ネコと戯れている場面に遭遇しても、

    操体臨床の研鑽を積んでいるのだろう」ということで、なまあたたかい目で見守ってやってくださいね。

    写真は近所の公園の半ノラネコ。こちらに興味はあるけど
    ちょっぴり耳が緊張しています。

    参考;岩合光昭「ネコを撮る」 朝日新書

    森田珠水

  • あるく1〜路地裏を往く 5月26日 森田 2日目

    家から仕事場までの距離は、歩いて20分。我が家周辺は、だいたい碁盤の目に舗装された道路が走っていて、その間に小さい路地が沢山あります。

    毎日ではないですが、小一時間、朝の散歩コースなどにして歩いています。手荷物はなるべくなくして。歩く歩く歩く。歩くために歩く。

    三浦先生から教わったように、

    操体としての自然体、重心安定の法則を意識して。道を曲がるためには、どっちのお尻に吐く息を通すんだっけ?
    坂道を登る時の骨盤はなるほど前彎曲だなあ。なんて思いながら。

    なるほどからだという自然法則にかなった歩き方って、「優しい」です。周りの空気に溶け込む感じがするとでもいいましょうか。

    歩行中でも、こうやって自分のからだをチェックし、ひずみがあれば立ち止まってひとりで動診操法を通してみると、その後歩き方がスムーズになるのがわかります。

    おもしろーい。

    その日一日が気持ちよく過ごせるように。運動を面倒くさがる私でも、面白ければ続くもの。

    また、ウォーキングの先生、草階氏の言葉を思い出しつつ、

    かかとで着地し、第1趾に抜けてちゃんと地面をけっているか。お臍はうえに引きあがってるか。坐骨は立てて。目線は目の高さ。腕を後ろに引いて肩甲骨を揺らすように。

    これらも、うまくできないときはやっぱりどこかに歪みがあるということですね。(詳しくは草階文恵「簡単!楽しい!キモチいい!きれいになる操体生活」を参照のこと)

    それらが整えば必要な筋肉も後からついて美しくなれそうだわい。
    うっしっし。
    心の中ではヤスジのようにほくそえんでいます。

    「おおお、結構今美しく歩けてるんじゃないの?」
    「やるじゃないあたし!」
    と自分自身を褒めちぎりながら、表向きはさわやかな笑顔で歩いております(ホントですよ!)。

    それでも最初は両足を自由に使えませんでした。右足首をこねくり回して着地していたようで、しかもかかと重心。そりゃ猫背にもX脚にもなるよな〜。膝も痛かったわけさ。いろんなことに気づきました。

    今では左右どちらの足裏も親指を利かせて歩けます。からだの線も意外と変わる。(あとは毎日やればね!飲みすぎなければね!)

    それまでは自分のからだをどう使ってよいのかわからなかったのです。頭とからだがつながってなかったということでしょうか。

    橋本先生が「一生からだで遊べるぞ」とよくおっしゃっていたそうですが、本当ですね。

    それから、この朝の散歩の楽しみは、路地と花と猫にもあります。

    30年住んだ町なのに、無意識に同じ道ばかり歩いているものです。朝のウォーキングを始めてから、通ったことのない路地がこんなにあるのかと正直驚きました。

    蒲田は住宅街で自然の少ない町だと思っていたけれど、こんなに近所に美しい花や樹を育てている人が生活してる町なんだなと、住んでいる町の見る目が変わりました。

    こうして沢山の道草を食い、行き止まりで元の道に戻ったり、遠回りしながら目的地に向かっていると、「まるで人生のようだ」とベタにしみじみする自分に出会うのもまた面白し、です。

    それから、猫との出会いも楽しみです。
    小さい時から喘息もちで猫を飼うことを禁止されていた私ですが、両親が働きに出ている時はこっそり通い猫をコタツに入れて餌付けしていました。意味ないです。

    今でも散歩中は猫レーダーのスイッチがオンになります。猫だまりを見つけると幸せな気持ちになります。

    明日は路地裏と患者さんの猫について書きます。
    では、このへんで。

    森田珠水

  • 操体に出会って 5月25日(日)。 1日目

    はじめまして、森田珠水と申します。東京都出身、30年来の蒲田っ子です。さそり座O型です。フォーラムではビデオカメラ担当させてもらってます。

    三浦先生、1週間ブログ更新お疲れ様でした。橋本先生との思い出や写真から、風呂屋でのドッキリ体験まで貴重で幅広いお話、ありがとうございました。

    私も負けずに(?)のびのび書くつもりです!みなさま、7日間お付き合いよろしくお願いいたします。

    第1日目の今日は、操体と出会い、治療者として考え方がどう変わったかを書こうとおもいます。

    私は東京大田区操体健康医療研究所(ひとり所長…)、森田珠水鍼灸治療院を開業させていただいております。
    鍼灸治療院といっても、今では操体しかやっておりませんが、そこにいたるまではちょこっと遠回りしました。

    実家は薬局ですが、薬剤師は目指さず、大学は臨床心理系のゼミを専攻しました。しかしカウンセリングで他人を治すことの大変さに圧倒され、版画と額縁の会社に数年勤め、その時バイトに来ていた指圧専門学校の学生さんの影響で再び鍼灸学校へ入学しました。

    もともと直接からだに触れる手技療法に興味があったため、卒業後、指圧中心の鍼灸マッサージ治療院で働きました。主に健康な方々を指圧している分にはそこそこ満足していただけるようでしたが、重篤な疾患の方、高齢者で寝たきり、気質的変化の大きい方を目の前にすると「私が治さなきゃいけないのに治せない」ジレンマがあり、今思うとかなり仕事に対しストレスを感じていました。

    週に2,3回そういう気持ちでお宅に通うのは精神的によろしくないですね。もちろん患者さんにはもっと迷惑です。

    患者さんが治療を受けるのは例えば1週間に1時間として。残りの時間にその人自身がどう生活するのかが健康になるには必要だと思い、リハビリや体操など、楽しく続けられるものがないだろうかと探していました。しかし、三日坊主な私の口から、人様に「筋力をつけるのに1日10回○○をしてください」とはいえません。

    そんな時に「操体道入門」(中川重雄著)を通して操体を知り、橋本哲学に興味を持ち、畠山先生のHPにたどり着いたのです。

    そうです。福田氏、草階氏と同様、私にも2人の師匠がおります。

    私も畠山先生のもとで学んでいるなか、ある時に、三軒茶屋ドトールにて、三浦先生にお会いさせていただいたのでした。私はたしか、恐れ多い心持で何を話したらいいかわからず、ちゃんと目を見て会話できなかったように思います。

    ビビリーで、心弱かった(過去形ですよ)私を叱咤激励&温かい目で見守ってくださった三浦先生、畠山先生に感謝しております。

    こうして第1分析、第2分析、第3分析の臨床とともに、創始者橋本敬三先生の、操体という実践哲学を学ぶ場に到着(?)したのでした。

    で、やっと本題ですが、操体に出会って、臨床を変えて私の中で変わったことは、一言で言うと、人間のからだってすごーい! ってことです(小学生か…)。からだと共にこころも一緒に変わっていく様子を見させていただくとこちらが感動してしまいます。

    小さい時から、治療の空気の中にいたはずなのに、からだという自然(無意識)にはこんな力があったのか!という驚き。これは、筋力の有無、年齢、とは、あまり関係がなく感じられます。

    施術者=治療者だった時には、「自然治癒力」の言葉を何度も口にしていたのに、その力がどんなものか感じられていなかったです。

    みんなちゃんと治る力ってもってるのですよね。当たり前なことなのに…。 気づくのに遠回りしたようです。

    今まで「治してやろう」って思ってた自分が恥ずかしくなりました。自然治癒力を充分に発揮させたいなら、からだにお任せしたらいいじゃないの。今なら、そう言えます。

    そのへんが操体に出会って、意識が変わったところじゃないでしょうか。ほかにももっとありますが、それはこれからおいおい書いていきます。

    春の東京操体フォームが終了してまだ3週間しかたっておりませんが、すでに遠い過去のようです。2日間にわたり、6人の方が「なぜ操体を選んだか」について語ってくださいました。実行委員それぞれの経緯は異なるのに、
    こうして同時期に操体を学ばせていただけているのも、ありがたい橋本先生のお導きでしょうか。

    学ぶということにおいて、今が一番楽しく充実しています。からだという自然法則を学ぶことに感謝できる日が来るなんて予想もしてなかったですよ。

    私自身も元気になって、エネルギーが上がってきてるのがわかります。自分で脈をみても違うのですよ。

     
    うーん、ありがてえ。 ししっ(手鼻)。

    森田珠水(もりたたまみ)

  • 進化と退化

    いやぁ・・一週間長かった様な短かった様な、微妙な感じはありますが、今回の順番は本日が最後となります、最後まで暖かく見守って下さい。

    変わる、変化するというのはとんでもない痛みを伴います。サナギから成虫である蝶に変わる際の苦痛たるや、人間では想像できないくらい、時にはその痛みに耐えられなくて死んでしまうサナギもいる位だそうです。これは人間も同じで、人間が自分自身を変えようとする時には大きな痛みと苦しみを伴います。もっと明るい性格になりたい!とか禁煙するぞ!とか何でもそうなのですが、変化とは今まであったモノを変えていく訳ですから、痛みを伴うのは当然といえば当然です。

    この変化とよく似ているのが『進化』ですが、人間が人間たる理由はこの“進化”に有ると思います。空が飛べたらいいのに・・・と思うからこそ飛行機ができ、月には本当にウサギが居るのだろうか?と思ったから
    こそ月へ人間が行く事が出来たのだと思います。今のままで良い、それ以上求めない、これほど簡単な事はありません。又、そう考えた時点で人としての成長や人類の進化は止まり、退化へと向かっていくのだと思います。

    私は現在、操体をプロとして、臨床家として追求しています。
    そう、自身の生活を懸け、人生を懸け日々過ごしています。ですから、毎日が真剣勝負であり、甘えや妥協の許されぬシビアな世界に身を置いて操体が完全な人生のパーツの一部となっています。

    私は最初、この操体を捉えた時は失礼な話しですが、初日にも書いたように、それまでやっていた整体とミックスして美味しいとこ取りをしようと思っていました。整体で補えない所を操体で補おう、単に操体操体法の部分にのみ魅力を感じ、こんな時にはこの操法、こんな場合はこの操法などと、今考えると“症状疾患別”に診ないのが操体の特長だ!などと言いながらも、自身はシッカリと症状疾患別にクライアントを診ていました。

    当初はいわゆる痛い方から痛くない方へ、苦から楽へ二者択一で、脱力もたわめてスパッと力を抜く瞬間脱力を行う、従来の“第一分析”のみの操法を行い、殆ど問題もなくそれなりに結果も出ていました。
    「楽勝じゃん!」正直言って、今迄整体で苦労していた各症状が短期間で解消出来るので、臨床結果としての効果の高さから、操体に引き込まれて行きました。
    と同時に臨床家として慢心と言いましょうか、俺ってやるじゃん!みたいな、完全な驕り高ぶった臨床家に成っていました。

    しかし、やはり世の中には神様が居るものです。この頃ほぼ同時期に2つの自分にとって衝撃的な事件が起き、自身の臨床家としての立ち位置を根本的に見直す事件が有りました。

    その一つが二日連続で“急性腰痛”いわゆる“ギックリ腰”のクライアントを診ることと成った時でした。
    手も足も出ないとはこの事でした。先ず、仰臥位になれない、伏臥位にもなれない、ただ目の前で苦痛に顔を歪め「いたぁい・・痛いぃ」と唸るだけのクライアントを前に、何の確信も無くオロオロとし、殆ど何もすることも出来ずに、「氷で冷やしといて下さい・・・」と言って、余りの惨めさに代金ももらわずに帰りました。そんな状態で次の日も同じような急性腰痛のクライアントを診ることとなり、悪いことに、昨日よりも更に状態の悪い方で、当然の事ながら前日にKOされボロボロの私にどうすることも出来ずに、アホみたいに「氷で冷やしといて下さい・・・」と「最悪やぁ・・」流石に超ポジティヴ1200 %の私でも落ち込みました・・・
    しかも最悪なことに操体でも駄目なことがあるんだぁ」などと操体の所為(せい)にして自分に矢を向けることはありませんでした。

    そして、もう一つの事件は紹介者の方からの一言でした。
    私の施術院は紹介100 %の施術院です、タウンページや宣伝も行っていませんので、飛び込みで来るクライアントはほぼ0%であり、人から人への口づてが“生命線”であり、逆に言いますと紹介が無ければ成立しない仕事でもあります。そんな中で、ある日、何度か慢性腰痛の症状で来ていただいていた女性の紹介者の方から電話があり、言いにくそうに話しを始められました。
    「福田くん、言いにくいんだけど、○○ちゃん取りあえず、もう来られないって言ってるから、ゴメンけど予約はキャンセルして」正直、何で?だろうって感じでした。思い当たる節もなく、良くなっている筈なのにどうして?って言うのが本音で、思わず紹介者の彼女に「どうして?かなぁ、何か聞いてる?」って聞き返すと、「う〜ん・・怒らない?」って言われるので「怒らないから、言ってよ」って言うと、彼女も覚悟を決めた様で。「あのね、彼女が言っていたのは、操体はその日は良いけど後ですぐ元に戻るって・・」そしてトドメの一言、「○○ちゃん結局、福田くんの所に行く前から行っていた整体院に又、行ってるんだって・・・」兎に角ショック_^2で立ち直れるのだろうか・・・と思える位に凹みました。

    その様な悶々とした気分で操体を臨床で行う難しさを感じている時に、大きな気付きに成ったのが、『第二分析』と現在の私の臨床においても中心となっている、『第三分析』でした。
    臨床家である以上は結果を出さなければなりません。私は最初にも書いた様に趣味健康体操操体を追求している訳ではありませんので、クライアントは待ったなし!
    結果を求めて来られる訳ですから、それに対してハッキリとした答えを出さなければ、廃業の道が待っています。

    『福田よぉ、気持ち良さで治るんだよ』『カラダにききわけろぉ、頭で考えるなぁ!』『一つ一つの動きをよぉく カラダにききわけろぉ 無駄にすんなぁ』三浦先生畠山先生から色んな言葉をもらいました。

    そうなんです、臨床家が待った無し、多種多様な症状を抱えて駆け込んでくる、クライアントを相手に現場で操体を行う際に必要なのは固定的縛りの多い、“二者択一”『第一分析』では無く、どの様な状態でも対応可能な『第二分析』や更に臨床効果の高い『第三分析』でないと間に合わないのです。

    我々にとって神様の様な存在で、どんな諸症状でも一発で治していたというイメージのある橋本先生でさえ、実際の臨床現場では頭を抱え、試行錯誤の中に模索をされていたそうです。
    “快適感覚”のききわけこそが臨床の真髄であり、『気持ち良さで治るんだよ』と言う橋本敬三先生の言葉を借りれば、快適感覚をカラダの芯からとろける程に味わうことが出来れば自ずと結果は後から付いてくる。そんな確信へと変わっていきました。

    それからはどうすればクライアントが快のききわけが出来るのかを真剣に考える様になりました。見方が変わることで接し方も変わり、少しずつ結果が出てくる様になりました。
    “二者択一”の操法では間に合わなかった臨床が“快適感覚”のききわけをする様になってから、明らかに臨床に変化が出て来ました。
    “二者択一”操法では無かった『快適感覚を味わう』クライアントが増えてきました。

    物事に“静”“動”が存在するのであれば、正に第二分析は“動”の操体の魅力であり、快適感覚をききわけカラダの中心を操り、末端から末端への動きがつけてくるその気持ち良さにカラダを委ね味わう、人間の意識下においての最高の快適感覚の味わいと言えると思います。

    そして、究極の快とでも言うべき“静”操体である『第三分析』は臨床家にとっては欠かすことの出来ない最高の武器と成り得るのです。
    私が操体臨床での最初の壁であった急性腰痛などの“一次分析”が不可能な状態、その上“二次分析”すらままならない疾病を抱えたクライアントに対してのアプローチとして、その解決方法はこの『第三分析』にありました。

    橋本敬三先生もその著作の中で、運動系の定義を述べておられ、その一説に『骨格を基礎として、骨を被う骨膜、骨膜に付着する腱、筋肉、筋膜、関節内容及びそれを被包し固める嚢、靱帯と、これらの運動に伴って動く軟部組織の一切であって、その機能は運動作用、支持作用、保護作用を営むもの』と定義づけられています。
    人間が心身共に弱り、意識感覚での動きをカラダ自身が拒もうとしている時に、“一次分析”或いは“二次分析”で問いかけても、正常なききわけが難しいことがあるのです。
    正確には動きの中で、感覚をききわける作業すら苦痛とカラダが感じ、感覚をシャット・ダウンしてしまう事があり、こうなるともはや、“無意識”に問いかける、人間の本質部分に問いかけるより方法がないのです。

    この人間の無意識部分に問いかけ、ききわけてもらうのが『第三分析』であり、私が打ちのめされた“急性腰痛”などの通常の姿勢がとることすら出来ない人へのアプローチが可能となるのです。
    先程の橋本先生がおっしゃっている運動系の定義の中でもあった様に、骨膜や筋膜もさることながら、『軟部組織』も含めた一切が運動系である事からも、『皮膚』に問いかける、『第三分析』が臨床家にとっては大きな宝と成ってきます。

    『第三分析』に関しては“第一分析”のような姿勢の縛りもなく、クライアントが一番安楽に思う姿勢でのアプローチが可能となることから、“急性腰痛”などで側臥位の様な形で寝ている状態でのアプローチも何ら問題がなく、クライアントの姿勢における苦痛も最小限に抑えることが出来、皮膚の走向を確認しつつ、後はカラダがつけてくる感覚をききわけるだけです。

    目を閉じて感覚をききわけていると、青・赤・オレンジ・紫などなどの多種多様な色が見られたり、光が見えて来たり、無意識にカラダが動きをつけてきて、痛みがあって動くこともままならない人が、動き出したりと、カラダが治しをつけてくる時の奇跡的瞬間を『第三分析』では目の当たりにすることが出来ます。

    なんと人間のカラダとは精密且つ緻密に出来ているのかと驚かされることばかりです。
    この『第三分析』の様に真に快適感覚を味わうと、そこには“時間軸”を超えた時空が存在し、時としてクライアントは自分が寝ている場所や、何をしていたのかすら忘れてしまうこともあるのです。
    先程まで仕事の愚痴をブツブツと言っていた方が、急にイビキをかいて寝始め15分位経った時に何事もなかったかの様に寝始める時に話していた会話の続きから普通に喋り始め、本人は『いやぁ・・・気持ち良くて寝そうですねぇ・・・』などと先程まで寝ていた事など全然解らない風で見ている方としては複雑な感じで楽しいです。

    しかも、この『第三分析』の大きな特長としては“即効性”もさることながら、“遅効性”とでも言うべき面白い効果も同時にあります。
    施術当日はそれほどまでにビックリするほどの効果は感じられないと言って帰られた方が2〜3日後にビックリして電話してこられ、『手が挙がる様になったよぉ!』とか『痺れが無くなった!』など、施術後にジワジワと効果が現れてきて、他の方に「あら、痛いって言わないねぇ」などと言われて「そう言えば痛くないや・・」などと人に言われて気付くなど、以前言われた、その時は良いけど後から悪くなると言われた部分が、『第三分析』においては解消出来、カラダは人間の都合でカラダを治したり悪くしたりしないんだなぁというのを改めて知ることが出来ました。

    “早く痛みをとって欲しい!”と思っているのはカラダの要求ではなく、クライアント本人の考えであることの方が圧倒的に多いので、最近ではあえてクライアントの話は聞いて聞かない様にし、カラダそのものと向き合うことに心がけています。以前の私であれば、施術後に『未だ背中が痛いんですが・・・』とか『腰が重い様な気が・・』などと言われると、慌てて『じゃぁ、もう一回仰向けで寝ましょうか・・』などと言って、クライアントのリクエストに応えていたのですが、『第三分析』の“遅効性”が今では解りますので、自信を持って『大丈夫!今そうでも必ず2〜3日で楽に成りますから、心配しないで』『気持ちは解りますが、治すのは私じゃなくカラダ様ですからね』って笑顔で言える様になりました。

    それからというものは臨床にもゆとりがもてる様になり、どの様な疾患を抱えた方が来られても気分的には楽に成りました。

    橋本敬三先生は草葉の陰で我々『臨床家』をどの様な思いで見ているのか、たまに考える事があります。
    “進化”とは今あるものをより良く変えていく事に繋がり、“退化”とは今あるものにひたすらしがみつき変化を恐れる心である様な気がします。

    操体にも進化していかなければ成らないものと、誰がなんと言おうとも守り継承していくべきものがあります。例えば、守り継承していくべきものとしては『息食動想』のような基本的理念やベースになる考え方、『般若身経』にみられる重心安定の法則重心移動の法則などカラダの使い方における基本的部分などです。ですから、「いやぁ。。。僕はこの方がやりやすいので側屈は重心の位置は変えよう」とか「この方が捻転しやすいので、変えて良いですよぉ」など勝手に自分の体型だとか変な理屈で変更してはならないものです。だって『般若身経』ですよ!わざわざ橋本先生が般若身経などともじって命名された意味を考えれば、どんなに大事なものかは明確だと思います。これを理屈の通らない自己都合で変えるなどお経の改ざんに他なりませんので、大変な冒涜となります。

    一方で“進化”していかないと、いけない部分も有ります。
    それが橋本先生が必死な思いで発展させてこられた、『操体臨床』だと思います。
    橋本先生が色々なご苦労の中から人体の妙といいますか、治っていくプロセスを体型づけていかれた“操体法”は橋本先生がご高齢になられ自らのカラダの自由が効かなくなるまで追求し続けられたのが臨床の現場でした。
    我々、橋本先生からバトンを託されたものとしては橋本先生が作り上げようとしていた臨床における操体を“退化”させないという事は大きなテーマとなります。
    操体を退化させてしまい、昔から有る健康法です、などと括られる事は臨床家としての魂が許しません!

    今後、より広い目で見た操体が廃れることなく、昔から有る“健康法”という枠ではなく、最新の臨床法であり、これからの手技療法のスタンダードに成っていける様な“進化”を遂げていかなければ成らないと思っています。
    そのためにも今あるものに満足せず、『快適感覚』への更なる探求と、精進を行っていきたいと強く思っています。

    東京操体フォーラムはある意味、とっても先進的、挑戦的な集団でもあり、現状に満足せず、より良い臨床を求め、橋本敬三の意志を胸に、お互いが切磋琢磨をしています。
    この今は小さな流れが、少しずつ下流に流れていく頃には、必ず大きなムーブメントと成って一石を投じられる存在に成っていけると確信しています。
    今後もその一石と成っていける様に私も日々、楽しみ精進していきたいと思います。

    今週、一週間お付き合いいただきありがとうございました。
    来週からはお待ちかね、我らが三浦寛先生の順番です、どの様な話しがあるのか今から楽しみです。宜しくお願い致します。

    一臨床家 福田勇治

  • そうたい?そうたい!たいそう?

    操体って言葉を我々は日常のように日々口にしております。多分、口にしない日は1年間の中で無いと思われます。

    ですが、私が開業をしているここ、島根県においては操体?そうたい?体操?などなど、操体に関しては正に空白地帯・・私も開業して5年が来ますが、操体と解っていて来院された方は僅か2名だけです・・・
    ですが、その内のお一方は子供の頃に仙台に住んでいて、操体を体験した事があるという話しで
    した。

    恐る恐る誰に操体をうけたのかを聞いてみると、な・・何と創始者 橋本敬三その人だったのです。年齢的にもまさかとは思ったのですが、その方が子供の頃に体調を崩し、どこか病院で診てもらわなきゃって時におばあちゃんにあたる方に、「翁(おんころ)先生に診てもらうと良い」と言われ、品のあるお爺ちゃんにカラダを診てもらったのだそうです。

    何をやられたのかまでは覚えていないそうですが、たった一つ覚えているのが、やはり手なんだそうです。フワッと包まれる様なあったかくて柔らかくて、何とも言えず心地良いのだそうです。これって今回の春期東京操体フォーラム今美代子さんも同じ事を話しておられましたね・・
    その感触はそれから数十年経った今でもハッキリと覚えていると、熱く語って帰られました。

    まぁ、そんな操体空白地帯の島根ではありますが、唯一私が住む宍道町(シジミで有名です)では60歳以上の、特にご婦人方には耳馴染みであり、私は“体操のお兄さん”ならぬ操体のお兄さん”なのです。

    と言いますのも宍道町では60歳以上の介護認定を受けていない方々を対象に「転倒予防教室」と題して、幾らかの年会費を払えば“ソフト・エアロ”、“3B体操”、そして操体法の全て、若しくはチョイスして受講が出来るというシステムになっており、私がその中の操体法の担当となっているのです。

    “88健康館(はちはちけんこうかん)”と言う名称がついているホールで教室を行っているのですが、最初は60歳以上という事で、大丈夫かなぁなどと一抹の不安を覚えつつも、成るようにしか成らないという私の生き方なので、特に深くも考えずスタートしました。

    何だかんだで、今年で3年目になるのですが、最初に先ずビックリしたのは戦中・戦前生まれの方達のポテンシャルの高さでした。大丈夫かなぁなんて失礼な話しで、元気も元気、重心安定の法則や重心移動の法則も今では様になってきて、「せんせ、そーで ねじーやつは足のどこにどげすーだったかいねぇ?(先生、それで捻転は足のどこにどうするんでしたっけ?)」などと島根県以外の人が聞くとカタカナで書いてあると外国語の様な感じに見えるかも知れませんが、普通な会話です・・・
    今ではお姉様方も般若身経の動きも様になってくるようになりました。

    今、参加していただいているお姉様達はとても調子が良い様で、元気に畑に出たり、グランドゴルフやゲートボールで各地を転戦しているとのことで、「せんせのお陰ですよぉ」などと言われると、お世辞だと解っていても嬉しくなるものです。

    今の日本が長寿国だと言われているのはこの戦中・戦前生まれの方までで、戦後世代は間違いなく短命になると言われているのが、よく解ります。「戦時中は何でも食べたよぉ、食べるものが本当に無くて、松の皮を剥いで食べた事もあったよ」などと、今なら考えられないような話しもしてもらえます。食べられない、飢餓という経験をした人間の強さをこの年代の方達からは感じます。

    以前フォーラムでも話しましたが、短命化の大きな原因は『食生活』にあると思います。戦前までは栄養を“営養”という表記をしていたと、命は食は営むモノであり、決して栄えるものでは無いと思います。

    昔から一汁一菜が一番の健康の秘訣と言われますが、これも全て身土不二の考え方に基づき、自身が歩いていける距離で採れたモノを旬のタイミングで食べるという、一昔前では当たり前だったことが、逆に現在では難しくなっている。

    外国からホームステイで日本に来た外国の方から、日本はとっても可笑しい國だと、ホストの家庭の方に言われたそうです。
    その理由は何で毎食、多国籍料理の様な食事になるのか不思議だという問いだったそうです。朝食を見ると、パンと味噌汁と中華風の料理みたいな、あまりにも統一性のない食事にビックリしたそうです。
    その様な食べ合わせをしていれば具合が悪くなるのはごく自然の事だと思います。

    話しがドンドン脇に逸れるので元に戻しますが、教室に来るお姉様方は話しを聞いてみると、やはり昔ながらの日本の食卓といった食事をなさっていました。一つの素材で沢山の料理を作るのが腕だ!とお姉様方は胸を張っておっしゃいます。茄子が沢山出来れば、煮染め・焼く・浅漬け・味噌で和えるなどなど、一つの素材で多種多様な料理が作れると、「今の若いもんわぁ(今の若い人は)」と豪快に笑う姿がナイスです。話しが止まらないお姉様方なので、以上で切りますが・・・
    その様なお姉様方に囲まれ操体教室は今日も進んでいきます。

    PS 今月から松江市のこじゃれたスポットで一般の方達向けの操体教室』が始まります。今迄の60歳以上限定の呪縛から、若い方達も対象となって来ましたので、これまたギャップを楽しみたいと思います。

    操体のお兄さん 福田勇治