カテゴリー: 未分類

  • α波

    四日目は、昨日のブログで脳波に触れたので、脳波の中のα波をもう少し深く調べてみたいと思います。
    操体法により一つ一つの動きから快適感覚をききわけ、ききわけた快適感覚を十分に味わっている間のからだの反応は、面白いほど様々な現象を引き起こします。その中でも多いのは、意識はハッキリ覚醒状態なのにもかかわらず、からだがリラックスしてウトウトしている状態をよく見かけるのではないでしょうか。この状態が、周波数8〜13Hzでα波の状態といえると思います。このα波ですが、調べてみると、実はいろいろ種類があるようです。一番よく知られているのは、頭の後ろの視覚野からでているα波と、それとは独立だといわれる前頭葉から出ているα波があり、独立だという根拠は、同一人物のα波でも、場所によって周期が違うからだそうです。
    同じような脳波は運動に関わる脳部位からも、聴覚に関わる脳部位からも出ていて、それらは、μ(ミュー)波、τ(タウ)波と別の名前が付けられていても、周波数的にも、機能的にも似ているそうです。
    これらの10Hz前後の脳波は、それぞれの脳部位を活動させるような、入力がないときに現れますが、ラットなどの夜行性動物には視覚野のからのアルファ波がないようです(Buzsaki氏のRhythms of the Brainより)。α波は目を閉じると現れて、目を開くとブロックされ、τも音を聞くとブロックされ、μは運動をしようとするとブロックされるそうです。つまり、どれも脳がアイドリング状態にあるときに出ているようなのです。
    Libet氏の実験では、自分が自由意志に基づいて行動を起こそうとするよりまえに、脳波で準備電位(Readiness Potential)というのが観測されるといっています。Libet氏は0.5秒前にReadiness Potentialが見え始めるということから、自由意志は自分が気づく前に既に決まっていると報告しています。(この辺りのことは明日書きます)
    μ波のパワーは運動が始まる2秒前にすでに低下し始めるそうですので、案外見意識の動きは、2秒前にはμ波から読み取れるかもしれませんね。
    視覚野のα波に関して、おもしろい仮説があります。α波の一つ一つの波が心の中の一瞬と対応しているのではないかという仮説があります。これはかなり昔からある仮説で、さまざまな実験が過去にあるようです。しかし、この理論を支持するデータもあれば、支持しないデータもあって、結果的には結論はでていないようです。
    脳波の中でも昔から知られているα波ですが、どういう仕組みでそのような振動が脳内で起きているのかは実際には解明されていないようです。
    からだは神秘的だからこそ不思議であり、また学ぶと奥が深く面白いんです。ありがとうございました。

    三浦寛 操体人生46年の集大成 ”操体マンダラ Live ONLY-ONE 46th Anniversary”は2012年7月16日(海の日)に開催致します。

    2012年秋季東京操体フォーラムは11月18日(日)津田ホールにて開催決定

  • 脳波

    昨日は子供の患者に対して、操体法により快適感覚を味わっているときに、それを見ていた親御さんのからだも変化したことをミラーニューロンから書きました。三日目の今日は、脳波から考えてみたいと思います。お付き合いよろしくお願いします。
    まず脳波とは、脳波は、神経細胞(人間の脳には約140億個存在)からなる大脳皮質の表面近くに位置する多数の樹状突起に生じたシナプス電位・後電位などの総和の電位変動を頭皮上から誘導し増幅したものだそうです。簡単にいうと、脳内で活動している電気信号が、脳が現在どれだけ覚醒状態にある、リラックス状態にある、などを「Hz」という周波数単位で表すことのできるものです。これは目にはいってくる光の量や精神状態、聞いている音や音楽によって変化してくるそうです。 また各周波数の範囲ごとに名前がつけられており「γ」「β」「α」「θ」「δ」波の5種類に分類されています。
    δ波は、周波数0.5〜3Hzで、脳波のなかでもっとも微弱な周波数と言われており、睡眠中の脳波といわれます。
    θ波は、周波数4〜7Hzで、このθ波が出ている時は、閃きや記憶力がアップするといわれているそうです。よく眠りにつくため布団に入った後などにいいアイデアが思いついたり、また夢のなかでは普段の自分よりも創造力が豊かだったりする事もありますが、この時の脳波がθ波だそうです。
    β波は、周波数14〜30Hzで、通常の覚醒状態の脳とされ、眠気を感じず何かに集中して取り組むときにむいている脳波と言えるようです。 それも創造的な作業よりは単純作業や慣れた仕事をこなすのに向いているようですが、ただしβ波はイライラしている時にも確認できるようです。
    γ波は、周波数30〜70 Hzで、脳は活発に活動していて、精神状態としてはすごく集中している状態、または恐怖を感じているときとされ、通常の覚醒状態はβ波なので、γ波はやや興奮しすぎと考えられ、長く続くのはよくないようです。
    α波は、周波数8〜13Hzで、覚醒状態ではあるがリラックス、もしくはウトウトし始めたくらいの状態とされ、完全に眠りにつくとα波は確認できなくなります。また、α波は光に同調しやすい性質を持っているとのことです。 このα波が出ている時は非常に落ち着いていて体と脳が休んでいて、自律神経は副交感神経優位になっている状態にあるようです。
    操体法で、からだに快適感覚をききわけ、快適感覚を十分に味わっている時に、脳波は覚醒状態なのに、ウトウトしている患者の姿をよく見ますが、この時の脳波は完全にα波にあることが言えると思います。
    その他に脳波の研究では、意識状態及び認識能力と脳波が関連していることが判明されており、脳は人工的な周波数や相手の脳波に同調させることができ、意識の状態を変えることができるとされています。この現象を脳波同調現象(引込現象)と言われ、特にα波において脳波同調現象が引き起こされやすいようです。
    これらの脳波の説明によって、子供の患者が快適感覚を味わっている姿を見ていた親御さんのからだも反応したことについても説明ができます。快適感覚を味わっている時の脳波がα波を示し、同じ空間にいた親御さんの脳波が同調現象によってα波になりからだが反応したことが示唆されます。質の高い快適感覚を味わっていたからこそ起きた現象だと思います。
    今日はこのあたりで・・・。ありがとうございました。

    三浦寛 操体人生46年の集大成 ”操体マンダラ Live ONLY-ONE 46th Anniversary”は2012年7月16日(海の日)に開催致します。

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  • ミラーニューロン

    二日目です。よろしくお願いします。

    昨日のブログの内容ではあまりに僕の農業の顔が出てしまい、本当に臨床をしているのかという声も聞こえてきそうなので、今日は臨床で面白い体験が続いたので報告したいと思います。
    僕の勤務するクリニックのリハビリテーション室では、僕の臨床する空間を仕切りで区切り、個室のようにして治療ベッドが置いてあります(佐助ゾーン)。この佐助ゾーンに患者との1対1の空間を作っていますが、小・中学生の患者の大抵の場合は、親御さんが同伴し隅の方で治療を見ています。
    僕はいつものように操体法で、患者のからだにききわけ快適感覚を味わってもらっていると、親御さんまでからだが揺れだし指先がピクピク反応しているのです。治療後の患者自身のからだが変化したのは当然なのですが、見学していた親御さんに「からだに不調をかかえていますね」と聞いてみると、「実は最近、肩甲骨周囲の痛み(肩甲上神経の痛みと考えられます)が気になっていたのですが、息子の治療も見ていたら、自分まで気持ちよく感じられ、気が付いたら肩甲骨の痛みが軽減してるんです」とビックリされていました。
    このようなことが続きましたが、これは決してプラセボ効果や気のせいではないとことが脳科学の分野ではわかりつつあるようです。
    ある報告では、頸部関節可動域制限(回旋運動)と痛みがある患者に対して、セラピスト(治療者)の動きを患者に「動きをよく見ておいてください」と言語教示し、セラピストが頸椎回旋運動を患者の前で行い見せ、患者が動きを理解したところで、回旋運動の際の目線の位置について「どの辺りをみているか」言語回答させて、頸椎回旋の動きと目線の協調性を観察してもらった結果、動きを観察していた患者の頸部関節の可動域と痛みが改善されていたとのことです。これらの機序として信迫氏らは、視覚誘導性の運動制御に特化した前運動皮質が活動し、その運動を他者が行っているのを観察する課題では、生物的運動の視覚情報処理に特化した上側頭溝領域が活動し、観察による視覚方向認知課題では、上側頭溝領域に加えて、前運動皮質が活動することを機能的赤外光イメージング装置を用いて実証したそうです。運動観察では、実際に運動を実行する際に活動する運動関連領野(前運動皮質や下頭頂葉)の神経細胞(ミラーニューロン)が、同じ運動を観察した場合にも活動するという特性があり、運動イメージにより実際の運動時と同様の大脳局在が活動するという神経学的根拠があるということです。
    この報告以外にも、Lui氏らの報告では、上肢で物体を操作する運動時と、その操作運動のイメージ想起時、そして他者による同じ操作運動の観察時における前運動皮質の脳活動を機能的核磁気共鳴画像法(fMRI)により調査しており、全条件で全運動皮質が賦活することを明らかにしています。
     Dickstein氏らは脳卒中片麻痺患者に対し、歩行イメージを6週間行い、歩行パラメータの改善のみならず膝の関節可動域にも改善があったことを報告しています。
     
    僕が今回経験したことも、患者の親御さんが視覚により操体法の臨床を視覚から快適感覚を味わっている姿見て、イメージが脳内で体験しているのと同じ反応が起こったということですから、からだの神秘的能力には本当に脱帽です。
    ありがとうございました。

    三浦寛 操体人生46年の集大成 ”操体マンダラ Live ONLY-ONE 46th Anniversary”は2012年7月16日(海の日)に開催致します。

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  • 自然の中で

    今日から一週間佐助が担当します。お付き合いよろしくお願い致します。
     
    いよいよ7月となり僕の家の周りでは、野菜の出荷が本格的にはじまっています。僕も理学療法士の顔と農業の顔を持っていますが、今年も自然の恩恵をいただきながら、一町歩(3000坪)の大地で野沢菜やレタスの出荷を家族全員でおこなっています。一町歩(3000坪)といっても僕の住む田舎では可愛らしい農家であり、専業農家になると十町歩以上(30000坪)といった大規模に農業をしています。ここまで大きく農業を展開していると、家族だけでは間に合わなく、外国の方が住み込みなどで一軒あたり数人のチカラをかりています。現代の大規模な農家では、外国の方のチカラなしでは成り立たなくなってきているのが現状であり、なる村では村民と労働に来た外国人の人口比率が夏場は、外国人の方が多くなると聞きます。この地域を車で通ると、外国に来たような錯覚を受けるぐらいです。
    外国の方のチカラを借り大規模に農家が盛り上がっているかというと、農家の年齢は高齢化が進み、後を継ぐ人がいなく農家を辞めていく家も少なくないので、農業の転換期に入っているような気がします。
    若い方は大学など進学した後に、そのまま大都市に就職し、その土地で家庭を持つというケースが多く、僕の家の周りでは二人暮らしや一人暮らしの高齢者が増え、また空き家や荒れている土地も増えている状況です。
    もともと田舎に住んでいた方が都会へ移住していく中、まだ少数ですが東京や神奈川などから、空き家や田畑を借りて農業がやりたいという方が来られるようになってきました。農業がやりたいと来られた方々と、地域の活動で一緒に話していると、「町の中にいると私たちは生きることも含め、すべてが当たり前という感覚になっていたが、農業を通して自然のチカラの大きさ偉大さに触れて、私たちはこの自然の中に生かされているということに改めて気付き、何事にも感謝の感覚が生まれた」と言われていました。
    自我の中で生活していると生かされていることに意識が向かなくても、大自然の中に包まれることで、原始感覚によって肌で感じ、無意識に生かされていることに自ら意識が向くのだと思います。からだのチカラは自然のチカラをいただいていることが多く、自然は無意識による生命の源であるからこそ、自然に触れることで感謝する心が生まれることは決して不思議なことではないと思います。からだはうまいぐあいに良く出来ているものです。
    今週は自然の中で、生かされ、活かされている田舎より情報を発信したいと思います。ありがとうございました。

    三浦寛 操体人生46年の集大成 ”操体マンダラ Live ONLY-ONE 46th Anniversary”は2012年7月16日(海の日)に開催致します。

    2012年秋季東京操体フォーラムは11月18日(日)津田ホールにて開催決定

  • 46th Anniversary

    不思議なご縁を感じるのが、このタイトルになっている46th Anniversaryです。これは師匠である三浦先生操体とのご縁があって今年で46周年を迎えられたという意味で、来月16日海の日に、津田ホールでLive ONLY-ONE 46th Anniversaryと題して、三浦先生のワンマンライブが開催されるのです。
    不思議なご縁を感じると言うのが、46年前と言えば、私がこの世に生を受けた年だからなのです。三浦先生が操体との縁があった年に自分が生まれたなんて、何だか目に見えない縁(えにし)を感じてしまうのです。
    三浦先生が操体とご縁があった、又、私が生まれた昭和40年ってどんな年だっただろうか?とふと振り返りたくなってみました。

    昭和40年、1965年は三浦先生17歳、青春真っ只中と言ったところでしょうか。この頃の世相はどうだったかと言えば、VAN(ヴァン)のアイビー・ルックとして広まった3つボタン、細身のズボンの背広を着たしゃれたファッションを身に纏った若者たちが出現「アイビー族」と呼ばれた人々です。
    「アイビー」とは米国東部の名門私立校8校の連盟アイビー・リーグから命名されたそうです。但し、日本のアイビー族は学歴不問で、ファッションでアイビー族と呼ばれたとのこと。
    後は「テケテケテケ」で有名なベンチャーズを中心とした”エレキブーム”が起こったことです。ベンチャーズに至ってはメンバーが入れ替わったりしてはいますが、たいへんな親日家であり、いまだに毎年日本にやって来ています。日本の音楽に与えた影響たるや凄いもので、今、日本で大御所と言われているミュージシャンの殆どに影響を与えたのではないでしょうか。
    このエレキブームのお陰で、日本のギター人口が一気に増加、結果として各地にエレキ・バンドが誕生しました。しかもその翌年、ビートルズが来日したことで、その後のグループサウンドブームへと繋がっていくのです。因みにベンチャーズはその多大な貢献度に対して、2010年に旭日小綬章も叙勲されたようです。
    2009年に結成50周年を迎えたとのことなので、老いて益々盛んとはこのことでしょうねぇ・・・

    昭和40年の主な出来事としては、特に大きな事件等は見当たらないので、目に付くものをあげてみますと、2月に大塚製薬オロナミンCを発売しています。この頃は崑ちゃんがキャラクターでは無いですよねぇ・・・3月に西表島で新種の猫ではないかと思われる頭骨と毛皮を発見!命名はご存じイリオモテヤマネコトヨタがSports Carトヨタ800」を発売!今でも手入れして乗っている方がいらっしゃいますねぇ、俗に言う「ヨタハチ」です。
    日産も「シルビア」を発売してますねぇ・・・7月には日本初の報道協定がひかれた吉展ちゃん誘拐殺人事件の容疑者が逮捕されています。後はJRでみどりの窓口が出来東海道新幹線、東京〜新大阪運転開始第一回プロ野球ドラフト会議が開催されたのもこの年だそうです。因みに巨人の一位指名は悪太郎こと堀内恒夫氏だったようです。

    当時流行った歌謡曲としては、一番売れたのは美空ひばり「柔(やわら)」で、前年度の東京オリンピックも手伝って、わずか半年間で180万枚のミリオンヒットだったそうです。後はペギー葉山「学生時代」都はるみ「涙の連絡船」が共に100万枚のミリオンだったようです。その他も錚々たるメンバーで、石原裕次郎(二人の世界)、北島三郎(兄弟仁義)、越路吹雪(サン・トワ・マミー)、デューク・エーセス(女ひとり)、マヒナスターズ(愛して愛して愛しちゃったのよ)、水前寺清子(涙を抱いた渡り鳥)など若い人は知らないだろうと思われる、往年のスター達の顔ぶれが並んでおります。

    映画は興収が高い順に「007/ゴールドフィンガー」「マイ・フェア・レディ」「サウンド・オブ・ミュージックと洋画がベスト3を独占しておりました。邦画のトップが網走番外地/北海篇」と洋画との芸風の違いに吹き出しそうになりました・・・

    テレビに関して言えば、この年は私にとって思い入れの強い番組が幾つかスタートしております。私と言えば大河なので、この年の大河ドラマ太閤記でした。秀吉役は故緒形拳氏、信長役が高橋幸治氏と錚々たるメンバーです♪
    そして、あのセコムがモデルになっているドラマ、「ザ・ガードマン」がスタートしたのもこの年です。このドラマは私にとんでもないトラウマを植え付けてくれました。真夏の恐怖シリーズと称して、幽霊や怪談をテーマに番組が構成され、子供心に余りの恐ろしさに、夜に一人でトイレに行けず、母親を起こしてトイレの入り口で待ってもらうという、今考えると何てことしたんだろうと思う様なことをしておりました・・・

    そしてもう一つ、あの11PMがスタートしたのもこの年です。性春のバイブル的番組で、個人的に好きだったコーナーが“うさぎちゃん”が温泉を紹介する「秘湯の旅」が何故か好きでした。意味の無いカット満載で、頭弱そうなリポーターの女の子が、温泉の効能が書いてあるパネルを持ちながら「こ〜の〜は(効能は)」って言いながら温泉の効能を説明するのです。後は矢追純一氏がコーナーでUFO特集をやっていたのも覚えています。まぁ当時のカバーガールも今では大女優になった人や、他人と姉妹になった方など、色々いらっしゃいました。個人的に好きだったのは小栗香織でした・・・

    とまぁ、昭和40年って年を振り返ってみましたが、自分が生まれた年に何があったかなんて、当時は分かる訳も無く、改めて今回調べることで、へ〜って発見が色々とありました。
    でも冷静に考えると、私が生きてきた46年は長かった様な短かった様な気もしますが、その46年を操体と共に過ごして来られた三浦先生は凄いです。
    生きてきただけでも長いのに、誘惑の多い青年期から今に至るまで、創始者である橋本敬三師の背中を追いかけ、人生を命をかけて取り組んでいらっしゃる姿には誰も真似が出来ません。師匠とは自分自身が目指すべき頂であり、その頂に登ってみたいと思える師匠に出会えたことに、喜びを感じます。

    人の縁(えにし)は必然であり、偶然は存在しません。その貴重な縁を自らスルリと手から離してしまう人もいます。相手から切られる縁は仕方ないとしても、自ら切る縁はよっぽどの深い考えが無ければ、無謀です。
    精密な神の設計図に狂いは無く、出会うべくして出会い、意味の無い出会いなど、図面には無いのです。時には反発することもあるでしょう、時に迷うときもあるかもしれません。
    ですが、そのどれもが神からの試練なのです。その試練に挫け、縁を自ら切ってしまえば、人生の設計図は大きく変わり、その後の人生は迷い多き人生となるでしょう。
    先ずは受け入れる、飲み込む、そして深呼吸をして考える、人生の設計にミスは無いのです。人は人に活かし活かされる、この人を繋ぐ大切な命のリレーを私も私の人生をかけ取り組んで行きたいと思います。
    私の46周年は後、35年位あります・・・生きているんだろうかと一抹の不安を覚えつつも、師匠の様な46周年が迎えられる様に精進したいと思います。一週間ありがとうございました。来週からは我らが師匠、三浦先生の登場です。お楽しみに!

    三浦寛 操体人生46年の集大成 ”操体マンダラ Live ONLY-ONE 46th Anniversary”は2012年7月16日(海の日)に開催致します。

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  • 一日一食生活

    以前のBlogにも書いたのですが、私は「食研究」を自分自身のテーマとしておりまして、自分にとってのベストな食事、食生活とは何なのかを若い頃より自らの身体を通して検証しております。
    20代前半から中盤は身体作りに熱中し、ウエイトトレーニングで身体を作り上げるのを取り憑かれる様にやっていました。週三回のトレーニングとトレーニング後のプロティン摂取など、この頃はサプリメントを何も考えず摂ったのを覚えています。プロティン、VC、VE、VB群、ミネラル系などありとあらゆる栄養素をこれでもかとサプリメントにより摂取していました。
    そのお陰である程度の身体を作り上げることが出来ましたが、如何せんサプリメントが高額なため、最後はプロティンだけを必死で摂っていました。
    ですが、仕事の関係で運動そのものが出来なくなり、必然的にプロティン生活も終了しました。

    その後やってみたのが、徹底した油抜き生活でした。タンパク質は鶏のササミか胸肉のみ。脂身も自分で取りながら、蒸して調理をしていました。卵に至っては黄身を捨てて、白身だけを白身焼きにしてタンパク質摂取していました。
    徹底した食事管理で、カロリーと栄養素をどう組み合わせるのがベストなのかを考え、当時は頭で食事をしておりました。これは余りにもストイックにやり過ぎてノイローゼ一歩手前になり、その反動で開き直りすぎてとんでもリバウンド状態になってしましました・・・

    そんな状態の時に出会ったのが、酵素断食」でした。私は性格上、適度に食べるとか、バランスよく食べるといった中途半端なことが一番苦手です。やるなら0か100の人なので、“断食”と言う響きは私にとってはとても心地よい響きでした。もっとも、完全断食では仕事をしている身の上で、とても出来ないと思っていましたが、この酵素断食」に関しては、一日の固形物で摂取するエネルギーを酵素という形で、液体で摂取することで、身体への負荷を軽減することが目的でした。そこで、善は急げで早速、酵素作りから取りかかりました。
    この手作り酵素は基本、自然にあるものが材料なので、いつでも出来るというわけではありません。春と秋の年二回しか仕込むことが出来ないのです。春であれば、4月から6月の中旬位迄でしょうか。春の野草が勢いよく出てきている頃までが仕込み頃です。作り方は至って簡単!仕込む量だけ野草を採集します。私は大体、5Kg位を毎回仕込んでいました。採取した野草を水洗いし、1〜2Cm角位に切り、手早く漬け物樽に入れ、それにプラス白砂糖を加えていきます。砂糖の量は材料の1.1倍です。それを毎日、手で混ぜます。それをひたすら1週間から10日間行い、最後にこし布に材料を入れて、水を出し切ります。
    出た液体を一升瓶などに入れて、日陰で保存します。1mlが4Kcalなので、1500Kcal摂取するなら375mlの酵素を飲めば、一日の活動に必要な糖質は摂れるので、その酵素断食を10日間行いました。
    それを当時、3ヶ月に1度の割合でやっていたので、当時は本当に体調が良かったのを覚えています。

    断食の次にマイブームになったのが先日まで行っていた、“純・日本食生活”でした。特に米をシッカリ食べようと、ご飯の量を今までの倍以上に増やし、おかずを質素に、一日三食キッチリと食べていました。
    この日本食生活は二年弱行いましたが、やはり重量Overになってきましたので、何かマニア心を擽るものは無いだろうかと、つらつらと考えていました。

    その時、師匠である三浦先生が私の身体を見つつ、ボソッと「福田も一日一食かな・・・」おっしゃいました。軽く聞き流しそうでしたが、今までの数々の食のチャレンジの中で、最も体調が良かったのが、やはり“断食”生活だったことにふと気付きました。これこそ神の啓示かも・・・
    我々の世代はたくさん食べないと身体が持たないと言われて育ってきた世代なので、スタミナを付けるには肉!とか、しんどくても食べないと駄目だ!と食べることが健康の証みたいな、食べること信仰の呪縛が強い中で、食べないことの効用が、中々理解出来ませんでした。

    しかし、最近、医師である南雲吉則氏も著書「空腹が人を健康にする」の中でも一日一食の効用を様々謳っています。
    日本人が一日三食キチッと食べられる様になったのは戦後になってからだと言います。逆に生活習慣病がこれだけ増加したのも、戦後になってからで、この飽食との因果関係は無視することが出来ません。
    著書の中で南雲氏もお腹がグーッと鳴ることは、人間の中の若返り遺伝子でもあるサーチュイン遺伝子が活性化しているときだから、喜びなさい、お腹が鳴るから即食べるのでは無く、暫くは若返っているなぁという感覚を楽しみなさいと言っています。
    このお腹が鳴る現象は私も臨床の中でバロメーターにしており、足趾の操法をとおしているときなどに、クライアントのお腹が「グ〜ッ・・グ〜ッ」と本人の意思とは関係なく鳴り出すことがあります。
    「スイマセン・・お腹が空いているわけではないのに・・スイマセン」と申し訳なさそうに謝るクライアントに、身体が喜んでいる証拠ですから、良いことなんですよと言いつつも、南雲氏の言葉を借りれば、快を感じた身体がサーチュイン遺伝子を活性化させているところであって、免疫力とか抵抗力が高まっているところだということなんですねぇ。

    因みにこの「一日一食生活」を始めて未だ一ヶ月ほどですが、感想としては非情に快適ってことでしょうか。一番の変化はお肌がツルツルになったことです。
    自分で触っても気持ちいい位ツルツルになっているので、化粧でもしたら、さぞノリが良いだろうなと・・・
    それと朝と昼に食事をしないということは、その時間が空くということなので、本を読んだり、今まで無かった時間が出来たことも新たな発見です。
    後、不思議と夜更かしが辛くなってきて、23:00が限界になってきたことです。今迄、夜ガラス福ちゃんと言われる位、遅くまでゴソゴソしていた私が信じられないほど、早く寝て、早く起きているのです。
    朝は5:00位に目が覚めるので、目覚ましがいらなくなりました。
    体重に関しては一ヶ月で約5Kg程落ちました。お陰で着られなくなっていたTシャツが着られる様になったり、Gパンが入る様になったりと、ボツボツ目に見える結果も出てきています。
    後ビックリしたのは、一日一食なのに、排便はシッカリとあることです。しかも驚いたことに、ちょっと尾籠な話で恐縮ですが、便の色がとっても明るい色に変わったことでしょうか。今迄も便秘になることは無かったのですが、赤ちゃんのウンチの様な綺麗な色に変わっていてビックリです。

    まぁ、この食生活はこのまま継続していければと思っています。今迄様々な健康法や食事法を試してきましたが、出来ればこれで終着駅になればいいなと思っています。これからもBlogなどを通じで、途中結果をご報告出来ればと思っております。その内、腹筋が仮面ライダーの様になると思われます♪

    「空腹」が人を健康にする

    「空腹」が人を健康にする

    三浦寛 操体人生46年の集大成 ”操体マンダラ Live ONLY-ONE 46th Anniversary”は2012年7月16日(海の日)に開催致します。

    2012年秋季東京操体フォーラムは11月18日(日)津田ホールにて開催決定

  • 石見グランフォンド2012

    昨年の6月から野球の補助トレーニングにと思い立ち、膝に負担がかかりにくいという理由から、自転車に乗る様になりました。
    車種としてはクロスバイクを選択し、フォーラムでも岡村実行委員長がクロスバイク乗りだということですが、世の中のブームに乗っかる形で“バイク乗り”になっちゃいました。
    バイクにも色々種類があり、一般的にはドロップハンドルの「ロードバイク」がよく乗られており、ロング・ライドにも疲れにくく、快適なのがロードの特徴でしょうか。
    後はスタントや悪路を走るのに適しているBMXもありますが、長距離を走るのには向いていません。

    で、私が敢えて選択したのは初心者からいきなりロードもこっぱずかしく、いつまで続くかも分からない物に数十万も投資するのもどうかと思い、真ん中を取ってクロスバイクにしたのです。今考えれば最初っからロードにしときゃ良かったのですが、ここはそれ、男のショーも無い意地といいますか、トコトン乗り倒したろと思い、今に至っております。
    仕事の関係もあり中々、毎日乗るというわけにもいかず、殆どがSunday Rideで、普段走らない分、週末は大体100Km位を走る様にしています。
    私が住んでいる宍道町は幸いなことにバイク乗りにとっては最高の立地条件で、10分も走れば激坂Rideや湖畔Ride、山あり海ありと、コース選択には困りません。ご近所には先輩Rider方もいるので、お誘いを受けて走ったりと、すっかりエコな出雲人になっております。

    約一年間走ってみて気が付いたのは、思っている以上にストレス解消になっていることです。ランニングをしていた時は、ランニング中に後何キロかなぁとか、様々なことを思い巡らしながら走るので、割とストレスになったりするのですが、ことバイクに関しては私みたいな素人でも平地で約30Km前後のスピードで走ると、心地よい緊張感があります。下りになると50Km位のスピードが出ますので、気を抜けないのです。よそ見をしていたり、ボーッとしていると、思わぬ大事故に繋がったりもしますので、常にバイクだけに集中出来るので、無になると言いますか、頭を空っぽにして集中出来るので、心地よいリフレッシュになるのです。長距離を乗っているとお股が痛くなったりと、オマケもありますが、スッカリ虜になってしまったようです。

    そんな私にご近所の先輩Riderから、大会があるから出てみないか?とお誘いを受けました。その方も大会に出場したことは無いとのことで、まぁ、そんなにしんどくないそうですから出ましょうよ。とのお誘いに特に断る理由も見つからず、いいっすよ!と気軽に返事をしました。
    それが、今回のタイトルにもなっている、先月行われた、島根県世界遺産石見銀山周辺を舞台とした「石見グランフォンド2012」という大会でした。
    山陰のサイクリストでこの大会を知らない人は居ない位の大イベントです。今年も東京や九州から多数の参加者になり、610名の参加者だったようです。
    私も詳細を知らずに返事をしたものの、コース等が気になって、YouTubeでコース確認をしてみて唖然・・・私は完走出来るのだろうかと大きな不安に苛まれながらも、ペダル回せばとりあえず前には進むだろうと、いつもながらの脳天気振りで当日を迎えました。
    やや肌寒いながらも雨が降ることは無いとの予報なので、良い一日になれば良いなと思いつつスタートしました。因みにこの大会はコースが三種類あり、最長がとんでもない山岳地帯を激走する石見山塊往還200Kmコース三瓶カットコース190Km、そして私がエントリーしたショートコース140Kmの3コースです。途中までは全員が一緒なコースを走りますので、普段はそんなに人が居ないだろうと思われる町の中を、派手なジャージを着た人々がたくさん走っているのは、かなり奇妙な光景だろうと思いつつ走っておりました。
    すると、沿道の方々が旗を振ったり、手を振りつつ「がんばれ〜」と声をかけてくれるのは何だか、こっぱずかしさと同時に、踏み込む足に力が入るのが分かりました。毎年恒例の行事なので、地元の人はよく分かっていて、沿道に出て応援をしてくれるのです、しみじみ応援って力もらえるなぁと感じつつ、走りました。

    最初のエイドステーションで、地元産の蕎麦を食べ満足しつつ、いよいよ本格的なヒルクライムへと向かいました。
    6〜8%クラスの激坂を延々と上り続けるコースがこの大会の特徴だそうで、そんなこと一言も聞いていなかった私は何度も心が折れそうになりながらも、う〜だまされた・・う〜だまされたと念仏を唱える様に恨み辛みの言葉を吐きつつ、一番軽いギアでひたすらハムスターの様にペダルをこぎ続けました。
    坂の途中で大の字になって休憩している人々を見ると、降りて歩ければどれだけ楽だろうか・・休もうか・・イヤイヤ!男としてのプライドがぁ!などと自問自答を繰り返しつつ、ひたすら坂を登り続けると、頂上付近にメッセージボードを持った大会関係者が、「8%クラスの坂はここで終わりです」と書かれた看板を出していました。
    地獄に仏、距離的には後、半分位残っていましたが、何だかゴールした位に安堵しました。
    しかし、そんな安堵も束の間、前半の激坂で体力を奪われた身体はちょっとした坂でもヒーヒー言いながら後半も、こぐこととなりました。
    一緒に走っていたご近所様にも、このコース考えた担当は絶対サドだよ!鬼!悪魔!と最後までぼやきつつ、ゴールしました。最後あたりは疲れもピークで黙々とこいでいたら、割と早くゴールした様でした。
    会場で最後のチェックをした際に、「来年もお待ちしてます♪」と受付嬢に言われましたが、私の顔は確実に引きつっていました・・・正直、二度と勘弁・・

    と、それから一ヶ月経った今では、坂を探して自転車を走らせています。苦しいこともあったけど、今聞かれたら走ってみようかなぁという気持ちになっているから不思議です。
    来年は今年よりも楽に走りたいな、楽に走れる様な身体を作って行こうかなと前向きな気持ちになっている自分に、コース設計はサドだけど、参加しようとする私らは明らかにマゾだなと妙に納得した私でした・・・

    三浦寛 操体人生46年の集大成 ”操体マンダラ Live ONLY-ONE 46th Anniversary”は2012年7月16日(海の日)に開催致します。

    2012年秋季東京操体フォーラムは11月18日(日)津田ホールにて開催決定

  • The Walking Dead

    毎回恒例、最近はまっているものシリーズ?ですが、毎度の事ながら海外ドラマシリーズから、「The Walking Dead」です。
    ウオーキング・デッドと聞いて分かった方は、結構なホラー好きですなぁ。。
    タイトルから言えばそのまま、死んだ人が歩くゾンビドラマです。
    私は昔からホラー大好きで、特にスプラッター・ホラーと言われるB級作品が私の心をくすぐってしょーがありませんでした。そんな中でも神作品Night of the living Deadから始まり、「ゾンビ」「死霊のえじきといったジョージ・A・ロメロ監督の三部作にまんまとはまり、特に「ゾンビ」は私の中では衝撃的作品でした。内容はともかく、特殊メーキャップに衝撃を覚え、若かりし頃の一時期、真剣に特殊メーキャップ・アーチストを目指そうと思った時期もありました。
    このゾンビでの特殊メーキャップ・アーチストが人体破壊系アーチストの神こと、トム・サヴィーニ氏でした。ジョージ・A・ロメロ監督にはトムがセットという位に一時期のハリウッド特殊メーキャップに、残酷描写アーチストとして一大センセーションを起こしました。
    この特殊メーキャップにも色々と芸風があって、ディック・スミス氏の様に、「ゴッドファーザー」のマーロン・ブランドへのメイクなど、シリアスな映画のイメージを壊さない芸術的繊細なアーチストや、リック・ベイカーやスタン・ウインストンの様にマイケル・ジャクソンのPVやSF的要素も含めた創造的なメイクを施すアーチストもいます。

    しかし!そんなアーチストと一線を画すのがトム・サヴィーニ大先生なのです。芸術を微塵も感じさせない、ひたすら“血!血!血”と胴体はちょん切れるわ、顔面吹っ飛ぶわ、内臓飛び出しのオンパレード。まともに見ていると、当分肉料理は食べられません。まぁ、今に至るゾンビの社会的認知はジョージとトムの功績と言っても良いでしょう。

    このままだと、またまた話が脇道に逸れていくので、元に戻しますと、私が現在ハマリ中の「The Walking Dead」もゾンビ満載の物語なのです。
    但し、私が愛してやまないトム先生とは芸風の違った、ゾンビストーリーとなっております。最初は単純にゾンビが大量に出てくる際物ストーリーかと思いつつ見ておりましたら、設定が妙にリアルで気が付けば、思いっきりはまっていました・・・保安官である主人公のリックが職務中に拳銃で撃たれ、昏睡状態の長い眠りから醒めると、世界は大きく変わっていた・・・とまぁこんな感じの出だしだったのですが、街中に溢れるゾンビ達と戦いながらも、別れ別れになった妻と息子を探しながら、生き残った人間の仲間達と安住の地を求めて旅をするゾンビ・ロードムービーといった感じでしょうか。
    面白さの一つは人の描き方です。法律も常識も無くなった世の中で、必死に正義を貫こうとする主人公に対し、生き残るために非情に生きることを是としたかつての同僚など、男女問わずその都度の生きるための選択が、誰が正しいのか?思わず考えずにはいられません。正常な精神状態で無くなった時に何を基準に物事を考えるのか?など、自分だったらどうするだろうか?を思いつつ見ております。

    最初はゾンビドラマと思って見ていたら、途中から何だか以前見たことがある様な錯覚にとらわれました。よくよく考えてみると、一昨年、WOWWOWで日本初放送された、アメリカのテレビドラマ「The Pacific(ザ・パシフィック)」と重なる部分が多々あり、何だか妙に考えさせられることとなりました。
    このドラマはスティーヴン・スピルバーグが映画プライベート・ライアンテレビドラマ“バンド・オブ・ブラザーズ”の二作品で欧州戦線を描き、最後に太平洋戦線を描いたのが、この「The Pacific」でした。
    アメリカ側から見た太平洋戦線ということで、当初から興味を持って見ておりました。ガダルカナル戦線、硫黄島、沖縄といった激戦地を転戦して行く主人公達が徐々に心を蝕んでいく様子が物語を通して描かれ、最初は恐ろしくて引き金を引くのもためらっていた若い兵士が、戦線を重ねる度にまるで、物を処理するが如く引き金を引いていく様は、アメリカ・日本どちらから見ても、戦場の狂気を充分に描かれた作品だと思いました。

    「The Walking Dead」でも最初は元々人間だったであろう人々に銃口を向けるのをためらっていた人々が、仲間を殺され、自身が生きていくためにと理由付けてゾンビの頭を打ち抜いていく様は、何だか「The Pacific」での日本兵と対峙したときのアメリカの若い兵士の姿とダブるところがあり、妙に考えさせられました。
    自分の身内がゾンビに噛まれれば、数時間後にはゾンビになってしまう。生き残るためには頭を打ち抜かなければならない。この究極の選択・・・元は人間だから治るかもしれないと納屋にゾンビを監禁して、殺さないという選択をする人々や、こんな世の中には生きていたくないと、自ら死を選ぶ人など、ゾンビドラマでありながらも、現在の先が見えない混沌とした世の中を暗示しているかの様な描き方に、見る人を引き込む魅力があります。

    個人的に家族愛を前面に押し出す今のアメリカ映画には余り共感出来ませんが、ことテレビドラマに関しては秀逸なものが多く、日本の様に見栄えが良いだけのタレントを使って喜んでいるドラマとは違い、中身も予算もふんだんに使われ、視聴率が悪ければバッサリと切るのも制作側を含め、緊張感があり、それがより質の良い番組製作へと繋がっているのだと思います。
    まあ、「The Walking Dead」に関してはグロ系NGと言われる方も是非、見て下さい。そして、自分ならの選択肢を考えてみても面白いと思います。

    三浦寛 操体人生46年の集大成 ”操体マンダラ Live ONLY-ONE 46th Anniversary”は2012年7月16日(海の日)に開催致します。

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  • こだわり

    人にはそれぞれこだわりがあり、特に物に関してはど〜しても抑えきれない衝動に駆られる事があります。綺麗に言えば「コレクター」私流に言えば「物欲大王」ってとこでしょうか。両師匠に関して言えば、三浦先生は治療所を見れば分かる様にジャンルを問わず、美術品・芸術品のコレクターですし、畠山先生もかなりコアなトロールビーズ・コレクターです。
    私に至っては両師匠には比べるのも恥ずかしながら、数十年に渉っての「おまけコレクター」です。
    早い話がまんまと企業側の販促戦略に引っかかっている、いい年こいたおっさんという絵ではありますが・・・物としては殆どが缶コーヒーのおまけ、清涼飲料水系のおまけなど、コンビニなどに立ち寄った際についつい手が伸びてしまい、気が付くと私の中の“物欲大王”が騒ぎ出し、気が付いたら物によっては大人買い、悪癖に嫁からは冷たい視線を浴びつつもコツコツと収集致しております・・・
    但し、個人的にはポリシーがあり、何でもかんでも集めているわけではなく、ジャンルとしては「Super Car系」「007系」「戦国系」位でしょうか。

    私位の年代は小学生の頃に池沢さとし(現在改名されて早人師)先生の洗礼を受けた世代。いわゆる第一期スーパーカー・ブームです。
    当時、週刊少年ジャンプで連載されていた池沢先生のサーキットの狼がバイブルであり、国道沿いに住んでいた当時は一日中カメラを持って、写真を撮りまくっていました。未だにその感覚は抜けず、すれ違う車を見ながら、叫んでいる私を生暖かい目で嫁は見ています・・・
    「007」と言えばジェームズ・ボンドですが、私以外にも畠山先生もジェームズマニアですので、深くは突っ込みませんが、007に関しての最大の魅力は私はやはり、「ボンドカー」です。
    分からない方のために補足しますと、ジェームズ・ボンドは毎回、ユニークな武器を使って敵と戦うのですが、その代表が様々な装備を持った「ボンドカー」なのです。イギリスらしく、アストン系、ロータス系からドイツ系のBMWなどなど、そのどれもが魅力のある車ばかりです。日本車も日本が舞台になった007は二度死ぬの中で幻の名車トヨタ2000GTが登場しています。厳密にはボンドカーではないのですが、私の中では未だに日本車の中では一番好きな一台です。個人的にボンドカーNO1は「007私を愛したスパイロータス・エスプリ”ですかねぇ・・・劇中で海に潜っていく様は当時衝撃的で、そんな車が欲しいと意味も無く思ったものでした。
    その余りのはまりっぷりに「007ゴールデンアイで登場したBMW Z3を色も劇中と同じものを、勢いで購入しました。しかし、ツーシーターの上にFRで家族全員乗れない、雪国の島根には合わない車で、圧倒的家族のブーイングの中で、数年乗って欲しいという方がいたので売ってしまいました。
    そ〜考えるとMy Collectionの殆どが車なんだということが判明しました(笑)

    最後の「戦国系」は説明する必要は無いとは思いますが、基本、戦国と銘打ったものは殆ど手を出したと思います(笑)フィギュア、兜コレクション、刀剣コレクションなどなど、収集しました。特に思い入れが強かったコレクションが、ごく一部マニアの間で評判だった、今は亡きデル・プラド・ジャパン」“戦国覇王”シリーズです。2002年〜2003年の間に毎週木曜日、怒濤の全75巻が発売されました。このシリーズの凄いところは、他では作らないであろうと思われる、マニアック武将のフィギュアがあったところでした。津軽為信や稲葉良通なんて、地元の人には恐縮ですが、誰が買うのか?と疑問に思ったりもしました。値段も一冊、\1,750とお高く、あ!一冊といいました様に、この商品は一応、書籍扱いでして、読み物が毎号ついており、専用バインダーもあったのですが、殆ど読むこともなく、押し入れに今でも潜んでいます・・・
    しかし、今なら絶対!\2,000近くも払ってあんな作りの甘い(爆)フィギュアは買わないのになぁと、過去の勉強に呆れる始末です・・・

    収集癖はともかくも、「こだわり」って人生において大事な気がします。しかも、バランスを持った”こだわり”でしょうか。こだわりもこだわり過ぎると人間が固くなりますが、私個人は”こだわり”が無い奴は信じません。
    こだわりとは“愛”であり、そのものを慈しむ心だと思っています。
    愛があるからこそ妥協しない、飽くなき追求があり、自分の理想を追求する姿にこそ美学を感じるのが、こだわりではないでしょうか?
    それは仕事や生き方、全てに繋がるものだと思います。
    と、この様に熱く語っても所詮マニアックコレクターの言葉は嫁の呆れ顔に消されてしまいますが・・・

    三浦寛 操体人生46年の集大成 ”操体マンダラ Live ONLY-ONE 46th Anniversary”は2012年7月16日(海の日)に開催致します。

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  • 祇園精舎の鐘の声

    祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」お馴染み平家物語の一節ですが、現在視聴率10%前後をウロウロしているNHK大河をうたっている様にも感じ、何とも盛者必衰の理をあらわしています。

    NHK大河一般人ウオッチャーとしては、昨年よりも酷い大河は無いだろうと見ておりましたら、ど〜やら一般的にはウケが余り宜しくない様で、視聴率も過去最低の花の乱へと一歩ずつ確実に近づいているようです。
    ただ個人的に今回の大河を考えると、私はある意味NHKに拍手を送ってあげたいと思っております。ある意味とは、視聴率がとれる番組を考えれば昨年の様に戦国時代を取り上げれば、内容さえ悪くなければ、そこそこの視聴率はとれるのです。そこを敢えて視聴率の一番取りにくい時代をチョイスした、そのドンキホーテ的チャレンジャー精神に拍手を送りたいと思っているのです。
    ただ、その割に初っぱなから画面が汚いやら、暗い!登場人物の相関関係がわかりにくい!など外野から文句を言われると、慌てて途中から画面を明るくしたり、見苦しい位にテロップを増やしたりと、すぐ腰砕けになり最初の意気込みはどうしたのかとガッカリしました・・・
    ど〜せ、視聴率など関係なくふんだんに予算を使えるNHKなら、最後まで初志貫徹で、汚い画面は演出だ!カメラの性能も良くなってんだよ!とか、相関関係が分からないなら自分で勉強して日曜20:00を待て!位の高飛車振りを発揮しても良いのではと思います。
    そもそも、万人に気に入られる番組なんてスパイスの効いてない料理と同じで、旨みも何も無い当たり障りの無い無難なものでしかないのですから。
    所詮、今大河ドラマを見る人々は、度重なる裏切りにも屈しない、よっぽどの懲りないマニアか年配層だけなのですから、思い切ってマニアックに攻めた方がよっぽど共感されると思うんですけどねぇ・・・

    そもそも、NHK大河には毎回テーマがあって、時代を反映したテーマで大河は構成されていると言うのですが、今の時代に何故?清盛と疑問に思い、今回のテーマを調べてみましたら「一族の絆を描く平安のゴッドファーザーだそうです・・・
    ああ。。。又、絆かと3.11以降、日本全国“絆”が大安売りとなっており、言わんとしていることは分かりますが、清盛の歩んで来た人生と現代日本人が求めている“絆”をリンクさせようと思うことにそもそも無理があると思うのですが・・・何でもかんでも絆と言えば視聴者の共感を得られるであろうという考え方に薄っぺらさを感じてしまいます。

    但し!最初にも言った様に、私個人的には今年の大河は結構喜んで観ています。何故なら、自分のよく知らない、興味の無かった時代を再度、検証することが出来たからです。
    大河のドラマとしての出来はともかくも、当時の武士の位置付けや貴族方との関係や時代背景など、平安期は全く興味の無かった私が少なからずも、勉強してみようかと思った事に対しては、さすがNHKと感じました。
    大河の内容を鵜呑みに出来ないからこそ、自分で調べ、納得し、時代背景や人物相関が分かると、更に突っ込んで調べてみるといった、ここ数年の戦国BIGスリーが主人公だった大河に比べ、俄然!見る気と向学意欲が違うのです!
    昨年の様に馴染みがある時代だと、余りの惨さにテレビに向かって真剣に突っ込んだり、途中から耐えきれなくなり観るのを断念するなど、一般大河ウオッチャーとしてあるまじき行為へと走ってしまうのです。
    そう考えれば、今回の平清盛はまさに私にとっては未知の世界!新たな歴史の扉が開かれたということです。
    何でもそうですが新しいものに触れ、発見することはまさに智の要求を満たすことでもあり、「智の快」とでも言うべき素晴らしき発見です。私は両師匠ほど読書はしませんが、本を読み、映画を観ることで様々な疑似体験が出来るのも「智の快」であり、我々が心の豊かさを得るために必須だと思います。
    時代はあくせくし、心の安寧を求めることは日々難しくなっています。心因性の疾病が増加し、様々な症例として存在するのも事実です。このちょっとした「智の快」の中に心の闇や、埋めることの出来ない隙間を埋めてくれるヒントがあるのではと思います。
    話がまたもや大きく逸れましたが、大河ドラマも見方によっては心が豊かになるのだなぁという壮大なお話でした・・・足りないモノは補填しながら観る、それが昨今の大河ウオッチャーのお作法なのです・・・

    三浦寛 操体人生46年の集大成 ”操体マンダラ Live ONLY-ONE 46th Anniversary”は2012年7月16日(海の日)に開催致します。

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