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  • 『運動系の力学と心身の健康』

    一週間のブログも本日が最終日となりました。橋本先生の『失われた一文』の意味を探して一週間書いて来ましたが、最終日は精神機能と運動系の関係性についての文章を見て行きたい。そしてこの文章を読み勧めながら橋本先生の『失われた一文』が前出の文章だけではないことにも気がついたので後ほど紹介したい。

    この頁では姿勢が健康に関係してくるということを様々な例を挙げながら解説している。この中で特に注目したいのが以下の文である。

    運動系の歪みは、軟組織の刺激でも矯正されて、異常感覚や内蔵機能異常の回復にも役立つのであるが、硬組織の矯正運動でも整復され得るのである。だから、医家以外に体育家の場において、健康増進への貢献がなし得るものであることを、声を大にして主張したいのである。民間の治療師は他動的暴力を用いて矯正するものが多いが、自動的無痛な合理運動をもって指導することも可能なのである。それがためには、ぜひとも私の言う「運動系の秘密原則」を理解していただきたいのである。(ちなみにこの文章は『生体の歪みを正す』から引用したものであるが、「からだの設計にミスはない」では「運動系の秘密原則」の部分が「運動系の秘密7原則」と書いてあった。この部分にも後ほど触れて行きたい。)

    この中の軟組織というのは、私達のからだを構成する結合組織から骨をのぞいた筋肉(一般的な運動器としての筋肉を指す横紋筋と内蔵や血管を構成する平滑筋)、末梢神経、血管、脂肪のことであり、硬組織とは骨のことである。上記の様に筋骨格系の歪みを矯正することで、からだに生じた異常感覚や内蔵機能の低下から引き起こされる諸症状の改善が期待出来る。これは柔道整復や鍼灸、按摩マッサージ指圧、その他民間療法の治療院が一般的になり認知されている現在においては一般的になって来た考え方であるが、明治維新以降の東洋医学が禁止され西洋医学が一辺倒であった日本の医学界においては、戦後東洋医学が一部解禁なったとはいえこの文章の書かれた昭和35年当時であればかなり異端な考え方であったに違いない。それも西洋医学の医師である橋本先生が、医師に任せっきりにするのではなく、体育家に広く健康増進への関与を訴えていると云うのは、誠に痛快な文章である。私の祖父は戦前より柔道の師範を生業としていて、戦後、柔道整復師としてほねつぎを開業した人なのだが、その祖父が「日本伝統の武道によって 体力、気力(心)を増進し世の進運に寄与しよう」という言葉を残している。もともと武道にはからだ育てという本来の体育の目的が有ったことが読み取れて興味深い。果たして私を含めた今の柔道整復師に体育家としての自覚が有るのかは甚だ疑問では有るが、柔道整復師としてのアイデンティティーを失わないためにも再確認しておきたいものである。そして橋本先生は運動器の歪みの矯正に必ずしもマッサージや指圧、カイロプラクティックなどによる徒手整復の必要性がないことを明言している。操体法は確かに臨床の場で用いられる治療法では有るが、その前提にはからだの動かし方と使い方という身体運動の法則への深い理解が必要であり、操体の臨床を通すことによって不自然なからだの使い方をしていたものが、自然法則に則ったからだの使い方を獲得して行くという為の体育と行っても間違いでは無いように感じられる。そしてそれは必ずしも臨床の場が必要な訳でもなく、健康維持増進を目的とするのであれば(症状疾患を抱える程のからだの歪みを抱えている場合は臨床家の介助が勿論必要になって来るのであるが・・・)橋本先生の残した「運動系の秘密原則」を理解することでも、日常的なからだのケアは可能になってくるということである。ではこの「運動系の秘密原則」とはなんで有ろうか。参照としてあげてある「異常感覚と運動系の歪み」を見てみよう。

    『運動系の秘密な原則』

    運動系の秘密でない原則

    1、運動作用をなす
    2、全身の支持作用をもつ
    3、中枢神経や内蔵などの重要器官の確保作用をもつ

    そして、それ以外の秘密な原則

    1、運動系は、全系統的に相関連動装置になっている
    2、局所だけを診ずに全体を診なければならない
    3、運動系の歪みは逆モーション誘導法によって矯正される
    4、逆モーション誘導法は自力自動でも可能である
    5、運動系はからだの中心である腰に集約される様に使う
    6、からだの中心に集約した動きはからだのアンバランスを調整する
    7、運動系は重心がかかった方が伸展する
    8、運動は必ず呼気もしくは呼気を止めておこなう

    以上の運動系の原則を守りながらからだを使うことでからだはより美しくより効率よく使うことが可能となり、パフォーマンスも上がるし、疲労も軽減され、故障も減るのである。福岡ソフトバンクホークスの選手達に是非実践していただきたいものである。というかホークスのトレーナー諸君操体を学びたまえ、そうすればホークスが常勝チームになることに疑いの余地はない。あと勿論アビスパ福岡もJ1への再昇格を目指すのであればトレーニングに操体を取り入れることをお勧めする。是非東京操体フォーラムもしくは一般社団法人操体指導者協会まで連絡をお待ちしている。

    ここまで橋本先生の『失われた一文』の謎を求めて、『健康に関する四つの場』を読み直してみた。しかし、残念ながら私には何故有るはずの文章が何故記載されなかったのかを理解することはできなかった。そのかわりに今回改めてこの作業を進めて行く内に、以前この本を読んだ時には、気にしていなかった文章が改めて浮き上がって来たり、その時には私が持ち合わせていなかった知識を現在理解したことでより文章の解釈の仕方が変化したりと、私自身の学びの中では大変貴重な経験をさせていただけた様に思う。もしかしたら橋本先生は文章の中で今も生き続けていて、回数を重ねて読んで行くごとに、新しい気付きを与えてくれる。今回の私の様な疑問をもち、改めて文章を文章を読ませることを見越して、あえて文章の形態を変えたのかもしれないなどと楽しい想像も膨らんだ一週間であった。

    一週間の間お付き合いいただき誠に感謝いたしております。また次回のブログの出番までに、操体の学びを深めて行ける様に精進して行きたいと思います。では皆様アディオス!


    偶然自転車で走っている時に見かけた馬で秋穂が乗っている訳ではありません。念のため・・・

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  • 『温かい家庭の作り方』

    6日目は機能に引き続き「こころ」と「からだ」の関係性についての続編である。昨日は「やっぱりこころとからだは切り離しては考えられないものなのだ。」と云う内容であり、今日はそれに続く「それではこころとからだの調和を如何に取っていけばよいのか。」を読み進めてみたい。ここはついに問題の『消えた一文』に結び付くページである。きっと問題解決の糸口があるに違いない。

    まず読み始めてすぐに目につくのが、キリスト教や仏教を題材にした信仰のチカラ、そして橋本先生がシベリア抑留中にソ連で触れた共産主義と唯物弁証法、そして私たち日本人にはなじみ深い古事記の日本の国産みの物語が紹介してある。橋本先生は『哲学する医者』であると言っても過言ではないと思うが、その思想的・哲学的に一治療家を越えた哲学者であった。現在、操体法は病院や治療院で用いられる治療法としての『操体法』と橋本先生の治療理念や思想・哲学など生き方の自然法則をも含む『操体』に分類されている。これは操体法が一治療技術にとどまらず、人間の生き方の自然法則の学びを得るための学問であるが故である。

    橋本先生の文章自分なりに解釈してみると、日本にも古くから言い伝えや迷信、おまじないの類が数多く残っている。島根の福田先生曰く「島根では操体よりもおまじないの方が治療としてはポピュラー」なのだそうだ。今でも困った時の神頼みとばかりに受験シーズンになると学問の神様・菅原道真公を祭る太宰府天満宮には志望校絶対合格という目が血走った受験生が大挙して押し寄せてくる。そんな暇があるならば自宅で英単語のひとつでも覚えたほうが合格は近づくと思うのであるが、私も勉強していないのを棚に上げて合格を祈願した口なので人の事は笑えない。ただ太宰府天満宮の参道にある太鼓橋をカップルで渡るとそのカップルは別れるという迷信は私の経験上事実であると報告しておきたい。彼女ができた受験生諸君、調子に乗って「一緒に大宰府にお参りに行こう!」なんて言っていたら、志望校には合格しても彼女は必ず君の元を去っていくことでしょう・・・あしからず。私が肺炎のときに飲んだお不動様のお札もこの類である。プラシーボ効果と云うものも同じだとは思うが、これが私を救ってくれる魔法の薬なのだと信じられれば、何の変哲もない砂糖の塊りにも人の命を救う力が宿るのかもしれない。

    また今回のブログ2日目の『食』の回にも出てきた唯物弁証法がここでも出てきている。『万物運動の起源は、物に内在する矛盾から生じる。』ということらしい・・・? あらゆるものには相対する矛盾、陰と陽、プラスとマイナスがあり、これらが互いにプラスがマイナスに、マイナスがプラスにと流れて行くことで現象が動くということらしい。確かに水は高いところから低いところに流れるし、電気はプラスからマイナスに流れる。しかし、なぜお金は金持ちにばかりに集まって、貧乏人には寄ってこないのだろうか?お金持ちから貧しい人にお金が流れてきてもおかしくななさそうなのに・・・矛盾を感じる。

    しかし、橋本先生はこの唯物論を知った時、「ピーン」とひらめいた。これは東洋の考え方の方が、一段上等なことに気がついたのである。東洋哲学では、万物を陰と陽のふたつの異質の性質が常に流動しながら、上手くバランスを保っている。陰極まれば陽になるし、陽極まれば陰になる。落ち込んでいるから飲みに誘って、飲み始めると元気になってくるが、調子に乗って飲みすぎると気持ちが悪くなるのに似ている・・・けどたぶん違う。陰と陽は常に流動的に流れながらも上手くバランスを取っている。この調和した状態である陰陽未分の一なる存在を『太極』と呼ぶ。この太極が万物発祥の源だという。陰が女性で陽が男性、お互いが上手に相手を支え合いながら交わっていくとそこに愛が生まれる。その愛こそが万物発祥の源であるといってもも今度は間違いではなさそうである。太極は無極無限であり、陰も陽も全てを貫通する無限の存在である。そして問題の消えた一文の箇所に入る。

    『そして生命現象の生物の組成を逆に考えてみるならば、生物の世界は有機の世界から生まれる。有機は無機の世界から、無機の原子は素粒子より成り、素粒子はエネルギー波動の世界より生じ、波動は陰陽二極の世界から起こる。陰陽なる性質の決定は、無限なる太極の意志である。』私たちの肉体はなんで出来ているのか、私たちのからだを燃やすと炭が残るので有機物である。しかし、そのからだも原子レベルに分別してみると無機物の集合体で出来ている。この無機質は物質の最小単位である素粒子より出来ている。素粒子同士はエネルギー波動によって引きあわされていて、このエネルギー波動は陰陽二極の世界から生まれる。そしてこの陰陽というエネルギーの決定は無限なる生命の意志によって決定されるというのである。さすがにちょっと難しい。

    『この太極は生物から見れば第7の天になっている。各世界には、ひとかわ上の世界が入り込み、また各世界には第7天の太極が普遍貫通していることになる。現象界に入り込んでいる理念も、元始無限界の理念も、同格同質のものである。』


    れは 生物を1としてみてみると 1.生物 2.有機物 3.無機物 4.素粒子 5.波動 6.陰陽 7.太極 太極は7層上の階層にある。そして 有機物は生物を作っているが、有機物は無機物から出来ているというように上下一階層に影響を及ぼす。そして無極無限の存在である太極はそのすべての階層を突き抜けて関与しており、全ての階層は優劣があるわけではなく同格同質の存在である。以前読んだ本に米国のリチャード・ガバーという医師の書いた『バイブレーショナル・メディシン』という、どうしようもないくらいに分厚い本がある。私は嘘が嫌いなので、正直に言うと、あまりにも分厚過ぎてまだ読み切ってすらいない。もうかれこれ10年くらい前に買ったのに・・・(それほど分厚いのである。)この本はホメオパシー鍼灸・気功などのエネルギーや波動を用いた医学についてまとめた本で、「波動か〜、面白そうだな。」と手に取った私の知識レベルでは到底読みこなすことが出来ないほどの上等な本である。この中にエネルギーや波動が影響を与える『周波数』の階層についての記述があった。この中でも私たちのからだは7つの階層に分類されていた。その7つの階層というのは 1「物質界」 2.「肉体/エーテル体接触面」 3.「エーテル界」 4.「アストラル界」 5.「メンタル界」 6.「コーザル界」 7.より高次の霊的エネルギー界」というように分類されている。これらの詳しい内容についてはノータッチにするが、いちばん低層が私たちの肉体である「物質界」で最も高等なのが「霊的エネルギー界」という全ての階層に関与するエネルギーであるというところは偶然にも一致するのが面白い。恐らくこれも表現の仕方は違っても『太極』を表しているに違いない。

    バイブレーショナル・メディスン―いのちを癒す「エネルギー医学」の全体像

    バイブレーショナル・メディスン―いのちを癒す「エネルギー医学」の全体像

    『現象以前の理念の人間は大生命そのもの、という縦の真理と、現象界は唯心の所現という横の真理がある。』

    私たちの潜在意識には全ての物事を具現化していく力があって、芯から良いことを思えば良いことがやってくるし、芯から悪いことを思えば悪い出来事が降りかかってくる。橋本先生は「言葉は運命のハンドル」という言葉も残してくれているが、それと同義であろう。これを毎日「ありがとう」「愛してます」という言葉を奥さんに話しかけていたら、笑顔いっぱいの明るい家庭になっていくけど、「ばかやろう」とか「寝っ転がっていないで掃除しろ」とか波動の洗い言葉を口にしていたら不幸せな家庭になってしまうということだと解釈した私は内のハニーに(我が家では奥様をこう呼んでいる。)「いつもありがとう。愛しているよ。」と話しかけてみたら、何か下心があるのではないかと、かえって怪しまれてしまった。良いこともただ気まぐれでやるのではなく、誠心誠意気持ちを込めて、口にすることが大切なようだ。

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  • 『精神的光明面の把握』

    5日目の今日はケイゾー・コードの本丸である。初日にあげた『生命現象の云々〜』という文章はこの項に書いてある文章である。この部分は主に私達を悩ませる症状疾患とこころとの関係性に注目して書かれているところであり、西洋医学の医師であった橋本先生が、東洋医学にその活躍の場を移し、操体という治療哲学に至る精神的な柱となる内容が書き残されている。永遠のティーンエイジャー、操体界のジェームス・ディーンこと秋穂一雄にとっては、中々難解な文章であるが、ケイゾー・コードを読み解くためには避けては通れぬ道である。早速読み解いてみたい。

    この中にこころがからだに影響を及ぼした症例がいくつかあげられている。精神病を煩い痛みに対して鈍くなっている患者が痛みが強く難治であるはずのひょう疽(ひょうそ、四肢の末端に黄色ブドウ球菌が感染して引き起こされる病気で蜂窩織炎という診断名がつく。)が無痛のうちにケロッと治ってしまった話や単身赴任中の夫が帰宅するごとに赤ん坊が下痢をすると言いう話。心労を伴うマネージャー病として消化器系に潰瘍を作りやすいという話が例としてあげられている。私も以前蜂窩織炎の痛みが出ている方のお話を聞いたことがあるが、その方も仕事上ストレスが強くなる時期に限って蜂窩織炎の痛みが強くなるのだというお話をされていた。フムフム。そういえば中間管理職の人で「胃の調子が悪いんです・・・」と訴えられる方多いもんな〜。そういえば私も最近胃の調子が悪くて脂っ濃いものがあまり食べれなくなって来ている気がするのですが、これはもしかして年のせいってヤツですか?あと子供を持つ父親として特に気になるのがパパが帰宅すると発症する子供の下痢の話です。橋本先生の文中ではその方の奥様がご主人の帰宅を非常に興奮した状態でお迎えされることが原因で子供のからだに異変が起きてしまったケースだと云うことだ。そういえばうちの子も私が東京に行っている時に限って熱を出しているかも・・・はっ!もしや・・・ひとのからだと云うものは本当に興味深いものである。これも聞いた話なのであるが、ある人が膝が痛いと言っては様々な病院にかかって治療をしても一向に良くなる気配がないので、とある霊媒師の所に見せに行ったら、以前自宅で労働力として飼っていた馬が念仏をほしがっているという話をされたということで、家に帰って熱心に念仏を唱えたら、なんと何をやっても治らなかった膝の痛みが軽快したのだという。『馬の耳に念仏』と云うのはもしかしたらこういうことかもしれないと云う笑い話であるが、症状が本当に軽減しているのだから笑えない話でもある。私達の仕事もうかうかしていられない。

    文中『精神身体医学はこれからもっと開発されていくであろうけれども、執着する心、失いたくない心、災害が増すのではないかというような恐怖心とか、憎しみの心などは、たしかに或る影響を与える様に思われる。』この辺りに関して非常に繊細だった私は今、考えてみると「あ〜、これ心身症の一種だよね。」という病気にいくつか心当たりがある。小学校一年生の時に福岡の田舎から街に出て来た時に、肺炎をこじらせて生死の境を彷徨っていたのが、田舎から取り寄せたお不動様のお札を飲んだら治ったり、毎年プールの授業中に立っていられない様な強いめまいや立ちくらみに襲われて、授業をボイコットせざるおえなくなってしまったり、夏休みの最後の日になると必ず強度の腹痛に襲われたりと中々親を困らせた少年時代を送って来た。自分がこの年になって当時の自分自身を振り返ってみた時に、生活や学校環境の変化への不適応や、小さい頃川で溺れた記憶、そして多すぎる夏休みの宿題(?)が如何に私のこころとからだに影響を及ぼしたのかが理解出来る様になって来た。さらにその経験があるからこそ、こころが作り出すからだのトラブルに対して非常に現実的に受け止めることができる様になっている。恐らく親は8月31日になるたびに「また今年もやってきた・・・」と内心思っていたであろうが、当時の少年Aくんにとっては宇宙人に内蔵をえぐり取られたのではないかと云う様な強い痛みを実際に感じていたし、暑い夏の日に水着に着替えてプールに来るまでは良いのだけれど、いざ水に入って泳ごうとすると立っていられない程の目眩に襲われ、本当に立っていられなくなってしまっていた。これを仮病という言葉ひとつで片付けられるのは心外であるが、今になって冷静に考えてみると単なる仮病以外の何物でもない。そんな多感な少年時代を過ごして今はどうかと云えば、橋本哲学に触れすっかり吞気ものになってきたのか、今はプールに入ろうが、何かの締め切りを過ぎてしまおうが、体調を崩すことは全くなくなりました。むしろプールや海は大好きです。未だに泳ぐのは苦手なのですが・・・水着は特に大好物である。こんな大人になるつもりはなかったのですが(苦笑)

    日本の夏と云えば、TUBEとサザンとあきほダネ。

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  • 『環境に適応する感覚の鍛錬』

    今週一週間のブログ本日折り返し地点に立ったのですが、未だケイゾー・コードの謎解きまではいたらず着地点の検討すらついていませんが、本日も昨日に引き続き『健康に関する四つの場』を読み解いて行きたいと思います。誰が言ったかは知りませんが、『操体は感覚の医学である』という言葉を耳にした事がある。事実操体の臨床では、患者さんのからだに気持ちよいと云う感覚、快適感覚をききわけて味わって行く事で操法を通して参ります。感覚のききわけが通らなければ、それこそ手も足も出ないだるまさん状態に陥ってしまうということです。この感覚のききわけですが、からだにききわけた貰うのか、頭でききわけて貰うのかでその意味合いは随分変わって来てしまいます。あたまでききわけるということは、その人の知識や欲で判断するということであり、どうしても損得勘定や一般の常識にとらわれてしまい、物事の本質と云うものがぼかされてしまいます。しかしからだには損得勘定や一般常識などどこ吹く風、気持ちよければ良いと、気持ち悪ければ悪いと明確に方向性を示してくれます。この様に書くと「では普段からからだにききわけて生活すれば良いのではないか。」と疑問にもたれるかもしれません。でもみんなが日常的にからだの要求に従って生活する事が出来ていれば、こんなに医療費で国の財政がパンクしそうになんてなっていないはずです。何故からだではなく頭で判断してしまうのでしょうか。橋本先生の文章の中に次の様な一文があります。

    『何でも我儘気儘(わがままきまま)で育ったお坊ちゃんでは、社会に立って,その荒波を切り抜け、困難に打ち克つという立派な指導者にはなれないことは、衆目の認めるところである。それは感情を意志によってコントロールして理性にかなわせることができないので、つい言葉や行動に破錠を来すことになるからである。』

    実に耳の痛い言葉である。私達東京操体フォーラム実行委員のメンバーは理事長の厚意により、毎月第2日曜日に実行委員勉強会を受講させていただいている。丁度私のブログの初日がその日曜日でした。その中で三浦理事長から「お前達には意地でも上達したいという意気込みが感じられない。」という叱責の言葉を頂いた。「世の中には様々な仕事があり、その道のプロフェッショナルの人々は大勢おられるが、その中でも特に秀でたプロフェッショナルの方々は、本当に幾多の困難を乗り越えてその地位に立っておられるのだ。師匠から教わったことができなければ、仕事をさせてもらえないばかりか、手や足や強烈な指導が与えられることもあるだろう。勿論それに耐えきれずに夢半ばで諦めてしまうものも少なくはないだろう。その様な環境を乗り越えられたものだけが真のプロフェッショナルとなりえるのだ。」その指導のあとにこの橋本先生の文章を読むことになったのは決して偶然ではないのかもしれません。今操体を学ぶ私達は橋本先生や三浦理事長が築いたもの、形にしたものをただ学んでいるに過ぎません。しかし、同時にそこで得た気づきを後世に伝えて行かなければならない責任があることも自覚しなければなりません。同じ伝えると云っても今得た知識や技術だけを形だけ伝えて行くのでは意味はなく、先人がこつこつと困難を乗り越えながら積み上げて来たものに、更に磨きをかけ輝きを増して行かなければ、あとに伝える価値がなくなってしまいます。というよりも過去の偉功を有り難く貰ってくれる様なご時世ではありません。今生きて一歩ずつ前に進んでいるものしか光り輝かないのです。操体と云う光の玉を只の石ころに落としてしまうか、更に美しい宝石へと磨き上げて行くかは、これからの私達の生き方にかかって来るのです。

    話が脱線してしまったので戻します。何故、頭で判断してしまう癖がついてしまっているのか。これは私達が小さい頃から学んで来た学習システムの影響が出て来ているのではないでしょうか。私達は小学校に通い始めてから当然の様に学校で勉強して、試験で良い点数を取って、良い学校へ進学すれば、良い会社へ就職することができる。頭が良いということが、生きて行くことでの必要条件になっていた気がします。勿論スポーツもするし、その他いろいろな習い事はするし、友達と遊ぶこともやってはいました。しかし、からだで覚えることよりも頭で覚えることの方が、何かと評価が高いのです。そのような状態で何十年も生きて来たらまず頭で良く吟味して答えを導きだそうと云う癖が付いてしまうのも無理はありません。このように書いている私自身も当然の様に頭であれこれ思考して、身動きが取れなくなることも多々あります。そしてそんな状態に危機感を持っているからこそ、操体を通じてからだにききわけると云う感覚のクリーニングの重要性を痛感しているのです。

    豊かな生活と引き換えに、私達が失ったのは健康なからだと原始感覚?

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  • 謎は益々深まるばかり

    前文に続いては『生命を支える栄養の合理的摂取』というタイトルで、食の自然法則について書かれています。

    「時間(季節)と空間(地域)の弁証法的約束に則った食養を積めば智・徳・体ともに健全な発達をすると言う。」

    ここで取り上げられている弁証論というのは、橋本先生がシベリア抑留時代に触れたと云う唯物弁証論の事だと考えられます。ありとあらゆる物事を陰と陽、プラスとマイナスという相対する性質に分け、陰陽の両面を含んだものを陰陽未分の一なる太極という調和した状態であると解釈してあるようです。ここで取り上げられている食に関しての言葉は大きく分けて三つ、1つは『最高の人間の食は逃げるものを捕らえて食わないこと』つまり動物性の食事を慎み、植物性の食事を心がけなさいということ。そしてもう1つは『人間一日の往復歩行が可能な距離を半径とする圏内の地域に育つ植物をとる』一日で往復どのくらい歩く事が出来るのでしょうか・・・恐らく私が生まれてこのかた一番長く歩いたのが、東京新宿駅京王線の最終電車を乗り過ごしてしまい。調布市飛田給という駅まで歩いたときだと思うのですが、この時夜道を延々歩いてやっとの思いでたどり着いたのですが、今GoogleMapで調べてみたら総距離17,8キロ 所要時間3時間41分 思った程歩いていないということに気がつきました。あの時は東京行ったばっかりで右も左もわからないし、お酒を飲んでほろ酔い気分で軽く千鳥足だし、電車に乗り遅れた精神的な落胆も含めて相当な重圧を感じていたに違いありません。そんな私の過去は良いとして、とにかく人間そんな長い距離を食料を求めて歩き回らないよということが理解していただければ良いと思います。そして最後は、『しかもその時節に応じた植物食をとる事が食の原則ではあるまいか。』旬のものを食べる。初物は縁起が良いだけではなくて健康にも良いのですね。ただ最近ではビニールハウスや品種改良によってどの季節でもスーパーの野菜売り場にはありとあらゆる野菜や果物が並んでいるので旬の野菜を知ること自体が難しくなって来ています。それどころか最近は野菜を畑で育てるのではなく工場の中で水耕栽培で作った野菜まで出て来ているということです。とうとう野菜まで工業製品になってしまいました。しかし身土不二という言葉もありますが、自分自身のからだと、自分が生まれ育った土地の土と云うものは切っても切れない関係でその土地で健康に育った食べものが自分自身のからだを養ってくれる一番の栄養なのです。しかし都会に住んでいると中々徒歩圏内で穫れた野菜を手に入れるということ自体が難しいご時世です。まずはベランダでプランター農業等を始めてみるのも良いかもしれませんね。自分の手で育てた野菜をほんの少しでも食卓に並べてみたら食べものに対しての感謝の気持ちもきっと強く感じられる事ではないでしょうか。先週の佐助さんの様なライフスタイルは都会暮らしの私達(とはいっても私の自宅の近くには田畑は結構ありますが・・・)にとってとても贅沢な環境と呼べるのかもしれません。

    大きく成長しすぎてしまった我が家のサニーレタス。でも太陽の恵みに感謝!

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  • ケイゾー・コード

    昨日に引き続き福岡のミステリーハンター秋穂が2日目のブログをお送りいたします。

    前出の文章はその部分だけ取り上げてみると、有機やら無機やら素粒子やらと科学の話かな?と思える様な内容ですが、これは操体法創始者の橋本敬三先生が人間が健康に生きて行くために欠かす事の出来ない呼吸『息』食事『食』身体運動『動』精神活動『想』という最小限責任生活についてまとめた『健康に関する四つの場』と云う文章の中に書いてあるものです。今回のミステリーを解き明かすためには、前出の文章だけを眺めていても答えを導きだすのは難しいでしょう。まずはこの『健康に関する四つの場』という文章を良く理解して文章の中に在るキーワードを紡いで行くと云う作業が必要になります。これはレオナルド・ダヴィンチの絵画の中からキリスト教の闇を紐解いて行ったダヴィンチ・コードに匹敵する謎解きです。云うなればケイゾー・コードです。

    それでは早速、前文から見てみます。ここでは私達が求める健康な状態を手に入れるために必要な事が総括して書かれています。橋本先生は「健全なる精神は健全なる身体に宿る」というヨーロッパの諺を引用して私達の精神と肉体は切り離して考えられるものではなく、自然理念が具現化したものが肉体であって、肉体は理念の映像です。つまり今、私達が抱えている肉体のトラブルというのも、私達の生き方が具現化したものであり、そのからだのトラブルだけにスポットライトを当ててみても、それはからだの表面を眺めているに過ぎないのであう。ここに書かれている文章でとても気になる文章がありました。

    教育には智育、体育、徳育とあるのだと聞いている。学校はその教育の次元のうちの大きな道場であるのだろう。

    この中の体育は健全なからだ作りということ。そして聞き慣れない智育とは天然の法則を学び知る事、その法則に敬虔に順応して生きる事が徳育ということなのだ。私も6.3.312年間に渡って学校教育の中で学んできましたが、操体の中で説かれるような天然自然の法則など一度として耳にした事はありませんでした。確かに私が操体を学び始めて身に付いた事は、症状・疾患の治療法や永遠のイノチを手に入れるための健康法等ではなく、この宇宙に生命として生きるために必要な自然法則を学び、そこで得た学びをもって世の中に広く応用貢献して行きたいと云う意志なのかもしれない。

    しかし、この全文を読むだけではミステリーの謎を解く鍵は読み取れませんでした。明日はもう少し読み進めてみるとしましょう。

    わんぱくでも良い、たくましく育って欲しい。

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  • 7月に入って早々大ニュースが新聞紙面を賑わせました。

    ヒッグス粒子ほぼ確認 万物の質量の起源 宇宙成立の解明に道』

    いや〜、本当に素晴らしい。これで私の頭を悩ませていた問題が解消されます。
    ところでこのヒッグス粒子って何ですか?加藤茶のくしゃみギャグの事ですか?

    だいたい私の知らない事は、東京操体フォーラム副実行委員長である島根の福田氏に小学校低学年レベルの秋穂の頭でも理解出来る様に良く噛み砕いて教えていただくのですが、今回残念ながらまだご教授いただいていておりません。ということで勿論今回のブログのネタに使えないな・・・と諦めていたところに光明が差し込んで参りました。

    「そういえば操体法創始者の橋本敬三先生も素粒子について著書の中で書いていた文章があったな。」

    私は早速、操体のバイブル「からだの設計にミスはない」を冒頭から読み直してみました。ところが巻末まで目を通してみても一向に私が探している一文が見当たりません。見当たらないといいますか、素粒子と言う言葉は出て来るのですが私が記憶していた内容と少し違うのです。そこの文章をピックアップしてみます。

    『からだの設計にミスはない』柏樹社 145頁5行目

    生命現象の生物の組成を逆に考えてみるならば、生物の世界は有機の世界から生まれる。有機は無機の世界から、無機の原子は素粒子より成り、素粒子はエネルギー波動の世界より生じ、波動は陰陽二極の世界から起こる。陰陽なる性質の決定は、無限なる太極の意志である。

    確かに素粒子という言葉は読み取れるが、何となく物足りない・・・そこで今度は創元社の『生体の歪みを正す』で同じ文章を探してみる。するとそこには私の探し求めていた一文が確かに存在したのです。

    『生体の歪みを正す』創元社 285頁5行目

    生命現象の生物の組成を逆に考えてみるならば、生物の世界は有機の世界から生まれる。有機は無機の世界から、無機の原子は素粒子より成り、素粒子はエネルギー波動の世界より生じ、波動は陰陽二極の世界から起こる。陰陽なる性質の決定は、無限なる太極の意志であり、この太極は生物から見れば第7の天になっている。各世界には、ひとかわ上の世界が入り込み、また各世界には第7天の太極が普遍貫通していることになる。現象界に入り込んでいる理念も、元始無限界の理念も、同格同質のものである。

    橋本先生の著書はその多くが『日本医事新報』を始め我々にもなじみの在る『医道の日本』などの機関誌に掲載された文章を再編集されて書籍として販売されているので、今回の様な同じ文章が、複数の書籍に掲載している事は珍しくありません。では何故この一文は上記の様に書き換えられて掲載されたのでしょうか。編集者の見落としか・・・いや、それはプロの編集者がそのような見落としをする訳がありません。しかもそれぞれの書籍が刊行された時期を考慮してみると『からだの設計にミスはない』1978年10月10日発行(おっ!体育の日だ。)そして『生体の歪みを正す』は1987年5月25日発行と9年ものブランクがある。1987年と言えば橋本先生は81歳でまだ現役バリバリで臨床を行っていたはずなので、本の校正にも目を通されているに違いありません。だとしたら、この一文は作為的に改編されたと考える方が理屈がとおります。何故、この部分を省いたのか・・・謎は深まるばかりである。


    今年も山笠のシーズンがやって来ました。写真は飾り山の1つ。
    仙台と言えば橋本先生と伊達政宗。ガンバレ仙台ということで
    独眼竜正宗がモチーフになっていました。

    三浦寛 操体人生46年の集大成 ”操体マンダラ Live ONLY-ONE 46th Anniversary”は2012年7月16日(海の日)に開催致します。

    2012年秋季東京操体フォーラムは11月18日(日)津田ホールにて開催決定

  • 最終日です。よろしくお願いします。
    操体の創始者である橋本敬三先生は、85歳のある日(1982年)「きもちのよさをききわければいいんだ。きもちのよさで治るんだからな」と、三浦理事長に言われたそうです。この「きもちよさでからだは治る」というシンプルな言葉のなかには、深い大きな真理が隠れているはずです。からだの反応や現象には神秘的な感じを受けることが多くありますが、一つ一つの学びを深めていくことで、操体の真理を追究することに繋がれば、自己の人生のなかでの営みを学ぶわけですから、きっと自分を魅力的な意識へと成長できるかなと思い、学ぶ姿勢を大切にしていきたいと思っています。

    脳内での快のききわけについて、報告を紹介したいと思います。
    快の予測に関与する部位としては左前頭前野の活動が活発に働き、不快の予測に関与する部位は右前頭前野、前部帯状回の活動が活発に働くという報告があります。また他の報告では、光トポグラフィーと呼ばれる計測装置を使い、脳表面の血流を調べた結果、強い不快感は左右の前頭前野の腹側の血流が増し、強い快感情は左の前頭前野の背側の血流が減ることが報告されていて、快と左脳に関係があることが示唆されます。
    快と不快の判断については、情動に関係する扁桃体が関係することを、猿の脳を利用した実験を小野氏が発表しています。これによって、快・不快が直接的に情動と関係することがわかります。
    扁桃体で「快」と判断されると、エンドルフィン、セロトニンGABAドーパミンアセチルコリンなど、脳内に様々な神経伝達物質が産生されます。これが身体に変化をもたらすわけです。なぜこのように何種類もの神経伝達物質が産生されるかと言うと、「快」と言っても、「快」にもいろいろな種類があるからです。例えば「快」の中でも、安心感ではセロトニン、高揚感ではドーパミン、快感ではエンドルフィン、禅をやった時のように静謐さではGABAが分泌され、これらに伴い、副交感神経優位状態になるとアセチルコリンが分泌されるそうです。だいたいは複数同時に出ることが多いようです。これによって脳内の血流量が増加したり、神経伝達速度の向上などの変化が現れるため、集中力など様々な知的能力の向上が発現し、更に涙や筋肉の弛緩(リラックス)など身体にも影響が出てきます。
    操体法では、からだに快の有無を確認し、味わいたい要求感覚の有無の確認をおこないます。これは「快」の種類の選択によって、治癒能力のある「快」をからだに選択していただくのに大切なのです。
    「きもちよさでからだは治る」というシンプルな言葉のなかには、からだにとってとても複雑な反応が起きているわけですから、操体を臨床としてやっていくには、一つ一つ学びを深めていく日々の精進が必要なのだと思います。
    一週間お付き合いありがとうございました。

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  • アトラス

    六日目です。よろしくお願いします。
    今回のブログは脳内の現象について多く書いていますが、脳がある頭は非常に重たいのです。例えば体重10kgの幼児で1.0kg〜1.3kg、体重50kgの大人で5.0〜6.5kgというように、頭の重さはおよそ体重の10%〜13%と言われています。こんなに重い重量が頭から常にかかっているわけですから、からだが知らずのうちに歪むのもうなずけます。
    この重い頭部と頸椎が環椎後頭関節という関節で連結しています。頸椎は第一頸椎から第七頸椎があり、第一頸椎を環椎、第二頸椎を軸椎ともいい、この間で環軸関節を構成しています。第一頸椎は環椎と呼ばれる他にも、アトラスと呼ばれることがあります。
    アトラスとはギリシア神話に出てくるあの「アトラース」です。
    アトラース(古典ギリシア語:Ἄτλας:Atlās)は、ギリシア神話に登場する神。日本語では長母音を省略してアトラスともいう。巨躯を持って知られ、両腕と頭で天の蒼穹を支えるとされる。名前は「支える者」・「耐える者」・「歯向かう者」を意味する古印欧語に由来する。(Wikipediaより)
    アトラース(Wikipediaより)
    ギリシア神話に出てくるアトラースのように、重い頭部を第一頸椎が支えているわけですから、第一頸椎をアトラスとはうまく言ったものだと思います。
    この第一頸椎の支えを壊してしまうということは死を意味することになります。第一頸椎は延髄レベルにあります。延髄は呼吸、血管運動、心臓、内臓機能などの生命活動を維持する為の重要な中枢があるために、第一頸髄損傷は自発呼吸が不能となってしまいます。
    赤色で示す領域が延髄(Wikipediaより)
    このように大切な部位である第一頸椎ですが、環椎後頭関節と環軸関節を構成しているわけですから、必然的に環椎後頭関節と環軸関節の使い方・動き方も大切となります。からだの使い方・動かし方が不自然であれば、延髄の影響により自律神経に大きな問題が現れるのは必至だと思います。
    からだには理に適った使い方・動かし方があります。理に適ったからだの使い方・動かし方では、特定の関節のみに大きく負担がかかるということはありません。この正しいからだの動かし方と使い方をまとめたものが操体の身体運動の法則なのです。身体運動の法則によって日常のからだの使い方や動き方が正しく自然体になっていくわけですから、治療にも予防にも働きます。来院される患者の多くは、からだの使い方や動かし方が不自然なのです。
    ぜひ皆さんに身体運動の法則を正しく理解し、日常に役立てていただきたいとともに、指導する側にも身体運動の法則の学びを深めていただきたいものです。(もちろん僕も精進します)
    今日はこのあたりで・・・ありがとうございました。

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  • 受動意識仮説

    慶應義塾大学理工学部の前野隆司教授が説かれているものに「受動意識仮説」というものがあります。受動意識仮説とは脳科学分野の学説であり、判断などの意識は、脳が作り出した受動的反応をただ自覚しているだけという説があります。
    昨日のブログで、自分が自由意志に基づいて行動を起こそうとする0.5秒前に、脳波で準備電位(Readiness Potential)というのが観測されることに触れましたが、五日目の今日はこの辺りの内容をもう少し書きたいと思います。
    意識が「動かそう」と意図する指令より、無意識に指の筋肉を動かそうとする準備電位指令の方が0.5秒も前に働くということは、意識が判断を下す司令塔となる前に、意識でからだに0.5秒先に出す指令を先読みし、脳内ではすでに準備されているということになります。体が動くまでの時間が0.5秒必要ですので、この0.5秒の時間を埋めるための無意識の反応により、脳内の活動がとても大切なのだと思います。
    その他の報告のなかでは、0.5秒前より早い2秒前には運動準備が始まることを報告しています。ハンガリーブダペスト工科経済大学では、Laszlo Laufer氏とBottyan Nemeth氏が、ゲーム中のプレイヤーの動きに関して興味深い実験結果を発表しています。実験では、操作しているプレイヤーの心拍数、皮膚コンダクタンス(電気伝導度)、および脳の電気活動を計測し、プレイヤーが実際に操作を行なう2秒前に、皮膚コンダクタンスからそれを予測できることを発見しています。
    脳波のμ波のパワーは運動が始まる2秒前にすでに低下していることからも、意志による動きより2秒前から無意識の反応が起こることが示唆されます。
    脳からの指令(意識)でからだが動く前に、予備動作として無意識のからだの反応が起こることを書きましたが、現在はこの無意識の動きが体験・経験(練習などによる)による反応なのかどうか議論されているようです。
    僕は無意識を鍛えるということは、からだの感覚である原始感覚を磨くことで可能だと思います。しかし、現在多くの人達が「原始感覚」(快か不快かききわける能力)が鈍っているような気がします。感覚をききわけることも考えるというように、あたまで考えすぎているため、結果的に原始感覚が鈍っているのではないでしょうか。これでは、からだの治癒能力も、からだの無意識の準備や反応も遅くなる可能性が考えられます。鈍っている原始感覚を呼び覚ますお手伝いが操体法の臨床では可能なのだと思います。
    今日はこの辺りで・・・ありがとうございました。

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