カテゴリー: 畠山裕美(はたけやまひろみ)

  • 秘伝。

    秘伝と言えば「月刊秘伝」(笑)。
    東京操体フォーラムも何度か取材して掲載していただいたことがあり、相談役の平直行氏が連載を書いたりしている。柳生心眼流の島津兼治先生がフォーラムの講師としてお呼びしたご縁から、京都にご一緒したり、勉強会に来て頂いたりしている。島津先生は「月刊秘伝」の顧問なのだ。
    島津先生から聞いて「なるほど」と思ったのは、秘伝というのは、実は非常にシンプルなものなのだそうで、だから一子相伝で伝えるのだそうだ。なるほど、と思ったものである。
    5月26日、青山スパイラルホールで開催された、「連塾 本の自叙伝」には、よく「月刊秘伝」に登場される、安田登先生(お能の下掛宝生流ワキ方)がゲストとして登場され、「リア王」、ダンテの「地獄編」を能的解釈で演じられた。お能にはあまり明るくないのだが、何だか凄いというのはこういうことなんだな、と思った。お能というのは、あの世とこの世の境目の話なのである。
    春のフォーラムの打上の席で、秋のフォーラムの講義をお願いしている太田剛氏が、「能」という言葉を聞いて「なんだそりゃ」「理解不能っす」「?????」という顔の若手に、「アレはタイムマシンなんだよ」と、説明してくださっていたが、確かにタイムマシンだよな、と思った。更に26日の安田先生と松岡正剛さんの話では、能というのは「あの世」と「この世」が入り交じっているんだな、というのをまたまた感じた次第である。100回見れば面白さがわかるというが、戦国時代の武将(例えば伊達政宗公も好きだったらしい)あれはナマで見るとわけがわからなくても何だか面白くなってくるのではないだろうか。歴史好きとして、武将がたしなむ能、茶道にももう少しつっこんでみたい。
    千夜千冊より『ワキから見る能世界

    ワキから見る能世界 (生活人新書)

    ワキから見る能世界 (生活人新書)

    秘伝と言えば、私が講習をしている「足趾の操法」、これは元々足操術の先生が仙台の温古堂に出入りしており、橋本先生に伝えたらしい。橋本先生が用いておられたのは、70歳から72歳くらいまでの短い期間だった。三浦先生は当時温古堂で修業中だった。私も「足操術」を知っているが、確か宮城の先生で、棒や指、手を用いて足の裏を刺激するのである。これはとにかく痛い。橋本敬三先生も痛いので、避けていた(笑)らしいし「あれは痛い」と三浦先生もおっしゃっていた。
    橋本先生はその「足操術」を、痛くないように改良したものをやっておられたのである。当時は「ゆらす」「おとす」「もむ」の三種類だった。
    その後三浦先生が幾つか操法を加え、更にきもちのよさが増す「おさめ」を導入された。そこに私が長年研究してきた「趾廻し」を加えたものが、「足趾の操法」として、一般社団法人日本操体協会が商標登録している。

    操体法東京研究会の定例講習でも少し時間を割くが、プログラムの都合上、多くの時間を割くわけにはいかない。なので、長年やっているフォーラム実行委員でも、勉強会などでやっているのを見ると、結構自己流になっていたり、作法が守られていなかったりする(やり方も随時進化しているので、変更になっている場合もある)。いずれにせよ、これだけでも立派な臨床になるものだ。

    本当はフォーラム実行委員の皆さんにも極めて頂きたいのだが(私がたまに勉強会で見る限りでは結構自己流になっている)、ななかなかそうはいかないらしい。しかし昨年、今年と何人かはゴールデンウィークの講習に参加して、見事なブラッシュアップをしていった。

    足趾の操法は、一見すると簡単そうに見える。操体の第一分析がはたからみると簡単そうに見えるのと似たようなものだ。しかし、実際にやってみると、左右のリズムを合わせるとか、ゆったりとしたスピードで、操者の目線を一点に定めて行うことが、そんなに簡単ではないことがわかってくる。最初はそんなものである。「ゆらす、落とす、揉む」の3つの中で、一番難易度が高いのが「もむ」である。これは一見すると「回している」ように見えるのだが、そうではない。回しているのではなく、揉んでいるのである。
    私はよく「オシッコを我慢してるみたいにやるな」(失礼)と、指導することがある。これは、ちゃかちゃかちゃかちゃかっ、とまるで尿意を我慢しているような感じに見える、早いリズムで行うことで、当然ながら被験者の快感度は低い。これを防ぐにはコツがある。

    コツがあるんですよコツが。

    長年教えていて、どうにか受講生が上手くできるように伝えたい、とずっと考えてきた。と、あるとき脳裏にふっとひらめいたことがあった。これだ!と、早速師匠にお願いして、模範実技をしていただいたところ、私のひらめきは間違っていないことがわかった。その時「ああ、これが秘伝っていうことなんだ」と思った。そんなに凄い事ではなく、シンプルなことなのだ。
    また、ケチだからではないのだが(笑)、秘伝は「人を選んで教えることが大事」なことも何となくわかった。
    だから、秘伝なのだ。

  • 千葉周作。

    時代劇が好きだ。福田画伯は千葉真一先生のJAC系時代劇が好きだそうだが、私は葉村彰子系と必殺系が好きだ。この点で既に相当マニアックだが、先日「千夜千冊 遊蕩編」の1252夜「守破離の思想」を読んで  非常にインスパイアされた。「守破離」を改めて考えたのである。ここ一ヶ月の私は「守破離」を考え続けているのだ。
    できれば、上記サイトをプリントアウトしてじっくり読んでいただきたい。何かを「学ぶ」という姿勢と、弟子と師匠というものが見えてくると思う。

    その中で北辰一刀流千葉周作の「剣法秘訣」が紹介されている。
    私にとって「千葉周作」と言えば「江戸を斬るⅡ」で中谷一郎が演じていた周作である。
    中谷一郎と言えば、水戸黄門の「風車の弥七」だが「江戸を斬るⅡ」でも中谷は弥七と同じヘアスタイル(ヅラ)であった。勿論着物は弥七スタイルではなく、剣術家の格好で、確かおゆき(西郷輝彦演じる遠山の金さんの未来の奥さんで、魚屋の娘として乳母に育てられたが、実は森繁演じる水戸斉昭公の息女)が、剣術を習っていたのではなかっただろうか。

    また、私は全然知らなかったのだが、周作は「宮城県気仙村」の出身と書かれていた。気仙村とは、今の気仙沼本吉郡を含む。気仙沼と言ったら先の震災で津波被害に遭ったところだが、私の両親の出身地でもある。しかし、気仙沼近辺で「千葉周作の出身地」という話は聞いたことがない。もしそうであれば、土産物とか観光のネタになっているはずなのだが。また、もう一説では「宮城県栗原村」というのもあるらしい。こちらは偶然にも、わが師匠三浦寛先生の出身地である。聞いてみたが「聞いたことがないなぁ」という返事であった。そこで紹介されているのが、山岡荘八文庫の「千葉周作」である。早速買って読んでみた。

    千葉周作(1) (山岡荘八歴史文庫)

    千葉周作(1) (山岡荘八歴史文庫)

    千葉周作(2) (山岡荘八歴史文庫)

    千葉周作(2) (山岡荘八歴史文庫)

    こちらでは、周作の出身地は栗原になっている。血気盛んな若者時代から、江戸に出て腕を磨く様子が、周作に恋慕する三人の女性の話を絡めて進んで行く。この中で、周作は何度か立ち合いをするのだが、重要なのは技の修業のみならず、心の修養だとういうことが繰り返し描かれている。師匠が「お前のつるべは凍ったつるべだ。それでは私の井戸は汲めん」とか言われ、周作が成長するにつれ「お前は私の井戸をようやく汲めるようになったな」という「井戸」という言葉が印象的だった。

    その、千葉周作が書いた「剣法秘訣」の中に書いてあることを、松岡正剛氏が解説している。

    稽古とは何かを説いたもので、そこに「序破急の拍子を追うよりも、守破離の筋目を通すことが稽古に欠かせない」という、守破離の思想にずばり突っ込んだ興味深い説明が示されている。

    守破離といふことあり。守はまもるをいふて、その流の趣意を守ることにて、一刀流なれば下段星眼、無念流なれば平星眼にてつかひ、その流派の構へを崩さず、敵を攻め打つをいうなり。破はやぶるといふて、左様の趣意になじまず、その処を一段破り、修業すべきとのことなり。離ははなるるといふて、右守破の意味も離れ、無念無想の場にて、一段も二段も立ちたる処にて、この上なき処なり。右守破離の字義、よくよく味はひ修業肝要なり。 

    序破急は拍子であって、守破離は筋目なのだ。うーん、なるほど、これはまことに適確な言い方だった。拍子も筋目もどちらも肝要だが、筋目を知って拍子を打てばもっといい。周作はそのことに感づいていたのだ。(松岡正剛

    「理より入るは上達はやく、技より入らんするは上達おそし」(剣法秘伝より)

    おまけになるが、千葉周作道場の「入場心得」を見つけたので引用しておく。操体に接している時間はこれを守りたい(希望)と思う。

    一 禮儀を守るべし(礼儀)
    二 師言に背くべからず
    三 品行方正たるべし
    四 膽力を養生すべし(胆力 事にあたって、恐れたり、尻ごみしたりしない精神力。ものに動じない気力。きもったま)
    五 修行中は雑談喧譁すべからず
    六 人の技術を批評すべからず

    学校の体育の必須科目に、相撲か剣道か柔道が追加されるようだが、剣道を教えるにあたって、この6つの心得を指導すればいいのかもしれない。

    三浦寛 操体人生46年の集大成 ”操体マンダラ Live ONLY-ONE 46th Anniversary”は2012年7月16日(海の日)に開催致します。

    2012年秋季東京操体フォーラムは11月18日(日)津田ホールにて開催決定

  • ボストン美術館 日本美術の至宝と美術展

    畠山裕美です。今週一週間、よろしくお願い致します

    先月のことになるが、上野の国立博物館に「ボストン美術館 日本美術の至宝」を観に行ってきた(6月10日まで開催)。
    諸般の事情で知人と行ったのだがやはり美術展は一人で行くに限る。もしくは、最初一人で行って、二度目は誰かと行くのがベストなのではないか。あとは、気心が知れた親しい人と行くに限るのではと思う。今回は、諸般の事情で、年上の男性方の手を引いて鑑賞することになったのだが(はぐれると困るから、畠山サンに手を引いて欲しいというリクエストあり)。知人の知り合いの方なので、「イヤです(にっこり)」とも言えず、リクエストにお応えすることになった。
    年配の方と言えど、途中で手をぎゅっと握られるというのは落ち着かないものである(笑)。まあ、今回は敬老孝行ということにしておこう(笑)。

    最近の美術展は音声ガイドがなかなか良い。今回の音声ガイドは女優の中谷美紀嬢だったが、今回は音声ガイドを聞くという選択肢がなかった。
    阿修羅展の時は確か黒木瞳さんの音声ガイドだったが、最近の音声ガイドは非常に出来がいい。六本木ヒルズ歌川国芳展を見た時も、音声ガイドを借りたが、これもなかなかよかった。
    結局は音声ガイドなしとありの両方を試してみてもいいのではないか。音声ガイドを聞きながらアートの鑑賞をするという事自体が「一人でじっくり見たい」という姿勢の象徴みたいなものか。

    高校時代、新宿の伊勢丹で「ダリ展」があった。同級生二人と行ったのだが、私以外の二人は、素描からじっくり見るタイプだったので、好きな絵を直感で選んで鑑賞する私とは全くタイプが違い、一時間近く待つ羽目になった。モトを取るため、全部見るぞ、みたいなスタンスで、その時「あ〜あ、今度から美術展は一人で来よう」と思ったのである。

    その数年後、英国の同じ年の男性と「ジャポニズム展」を国立西洋美術館に見に行ったことがある。日本に来ている外国の方なので、やはり日本とかオリエンタルなものに興味があったのと、興味が一致したので楽しく鑑賞したのを覚えている。アートの鑑賞はやはり波動が一致すると楽しいものなのだ。結局、同じ人ともう一度見に行った。今、彼はどうしているやら何だか懐かしい話である。彼、今は何をしているんだろう(笑)。スペイン人の母とのハーフで、なかなかいいオトコだったっけ。

    一昨年、初めてヨーロッパに行った時、マドリッドプラド美術館に行った。ここの見所はベラスケスとエル・グレコ、ゴヤなどである。ベラスケスは日本に来た時見に行ったが、やはり展示の雰囲気で変わるのだなと思った。ゴヤの「着衣のマハ」は昨年日本にも来ていたが「裸体のマハ」の隣に展示されているのが面白いと思った。思ったより小さい絵だった。
    昨年マドリッドに行った際は、ソフィア王妃芸術センター(プラド美術館の向かい)で、ピカソの「ゲルニカ」を見た。やはりマドリッドに行ったからには一度は見たいと思ったのだ。
    ソフィア王妃芸術センターには、ピカソの絵が数多く展示されている。私達は普段、作品の中のほんの一部しか見る機会がないが、数を多く見ていると、ピカソが単に極端にデフォルメした絵を書いたのではない、ということが何となく分かってきた。大量にピカソの絵を見ていると「ゲルニカ」の意味が何となく伝わってくるのである。これも実際美術館に行ってみないと分からないことだ。

    今回の「ボストン美術館」目玉、曾我蕭白(そがしょうはく)の「雲龍図」、長谷川等伯の「龍虎図屏風」は大迫力。尾形光琳伊藤若冲狩野派の名作が展示されている。これが日本のモノではないとは、何とも残念な事だ。
    明治の混乱期の廃仏毀釈で、多くの貴重な仏像が焼かれたりした。今ボストン美術館にある素晴らしい国宝級のコレクションもヘタをすれば焼かれてしまっていたのだ。今回は大規模なお里帰りなのである。
    今回は平安時代から鎌倉時代にかけての仏画が多く展示されていた。今は少々色褪せてはいるが、当時はさぞ豪華で美しい輝きを放っていたであろう、と私は夢想した。
    多分、コンピューター解析で、描かれた当時の色調を再現するのが、オリジナルと一緒に飾られるようになるのではと思う。
    今回「曼陀羅(まんだら)」と名の付く仏画が多かったのだが、調べてみると、、日本語では、重要文化財等の指定名称は「曼荼羅」に統一されているようで、要は仏の悟りの境地や聖域を描いたもの)は「曼陀羅」というらしい。

    「人体構造運動力学研究所」(所長 三浦寛先生)の壁には、巨大なマンダラが飾ってある。曼陀羅の見方はよく分からないのだが、多分金剛界曼陀羅である。絵柄からみると、日本のものではないようだ。治療に行かれる機会があったら、是非一度ご覧あれ。大迫力の曼陀羅である。

    数年前の「阿修羅展」は、最初確か4時間並んで見て、二度目は師匠を誘って行った。三度目は上野で拝顔した「薬王菩薩」「薬上菩薩」に再会したさに九州国立博物館まで見に行ったが、残念ながら薬王様、薬上様は太宰府には来なかったのである。上野とは展示方法が異なっていてこれもまたよかった。翌年、奈良に行った際、奈良の北村先生の案内で、東京操体フォーラムの同志達数人と、興福寺の宝物殿を訪れた。
    こういう見方もいいと思う。

    三浦寛 操体人生46年の集大成 ”操体マンダラ Live ONLY-ONE 46th Anniversary”は2012年7月16日(海の日)に開催致します。

    2012年秋季東京操体フォーラムは11月18日(日)津田ホールにて開催決定

  • 同士と同志

    その昔、全国大会か何かの席で、見知らぬ人に「操体をやっている同士だからいいじゃないですか」というようなことを言われたことがある。
    何か頼まれたのだろうが、その内容は殆ど覚えておらず、何やら不快感を感じたことのみ覚えている。また、江戸川区で一般向けのセミナーをやった時に参加していたある女性が、張り付いたような笑みを浮かべ「操体って、素晴らしいですね」と私に言った。
    私は少しぞっとした。その女性とはその後買い物中にも会ったのだが、その時も「操体って素晴らしいですね」と言った。
    何故ぞっとしたのかと言うと、何だか偽善くさかったからだと思う。偽善くささを私は敏感にキャッチしたのだろう。

    私がこういうことに敏感なのは、中学高校大学時代と、森茉莉森鴎外の長女・小説家、エッセイスト)の本を愛読していたからかもしれない。
    森茉莉の代表作、泉鏡花賞を取った「甘い蜜の部屋」は、私が年に一度は読み返す名著である。三島由紀夫が「あなたは、どうして男の性がわかるのですか」と言わしめた名作である。サディスティックな(少女をいたぶりたいという密かな願望を持つ)フランス人のピアノ教師や、禁欲を自ら強いている美貌のロシア青年が、モイラの身体の魅力に屈するところや、モイラに密通の相手がいることを知り、自殺する、いささか宗教的な(しかし、ベッドでは執拗)夫など、様々な登場人物が描かれている。
    この中には、美貌の少女、モイラを囲む様々な「偽善っぽい人々」が登場する。それは、尼僧服の下のでっぷりと太った堕落したシスターだったり、女中頭だったりする。
    この「森茉莉的偽善嫌い」という感覚は私を納得させるのである。

    甘い蜜の部屋 (ちくま文庫)

    甘い蜜の部屋 (ちくま文庫)

    私達東京操体フォーラム実行委員は「同志」という言葉を使っている。「こころざしや主義・主張を同じくすること。また、その人」という意味を持つ。互いに三浦寛先生のもとで操体を学び深めるという志を持っている。
    一方「同士」は「友達同士」の如く「なかま。つれ。友人。動作・性質・状態などにおいて互いに共通点をもっている人。同じ立場である者。」を指す。
    この二つは似ているようで実は違う。

    多分「講師と生徒」「師匠と弟子」くらい違うのではないだろうか。

    そもそも私は[友達だからいいじゃない」という言葉には昔から疑問を感じていた。というのは、周囲にそういう言い方をする人達がいなかったせいもある。また、何をもって「友達」とするのだろうか。

    これは私も経験したことだが、フォーラム実行委員の間でも「友達同士」の感覚でいるメンバーは「操体を師匠のもとで学ぶ同志」という意志を持って学んでいるメンバーにはついていけなくなる。そして結局は辞めていく。
    中には「破門」を言い渡された者もいるが「友達同士感覚」でいると、師匠に「破門」されるという意味が分かっていないようで「破門」を受けても、師匠と今までと同じような関係を保てると思っているような節がある。弟子であれば、師匠が破門にした者と付き合いを絶つのは当然のことではないかと思う。それがわからないのが「友達同士感覚」でもある。
    今思うと、彼らの口癖は「友達じゃない」なのだ。「操体ってみんなのものでしょ(だから勝手にやっていいんでしょ)」という言葉と、妙に似通った空気を感じる。

    残念なことだが、ある操体の大会では、いつもこのような雰囲気を感じる。
    操体ってみんなのものでしょ(だから好き勝手にやっていいんでしょ)」
    操体やるには資格はいらないんでしょ」(健康体操を教えるのだったら、資格はいらないかもしれないが、患者あるいはクライアントを診るのだったらある程度は必要である。また、運動指導にも資格が必要な時代になってきている)

    • 操体は組織をつくっちゃいけないんでしょ」(橋本先生は、「組織の長にはならないよ」と言われたのだ)
    • 操体はお金もらっちゃいけないんでしょ」(橋本先生は臨床家として、治療費をいただいていた。健康体操を教えるのだったらお金を頂かないかもしれない。しかし保健師にしても地方自治体から給与はもらっているだろう。これは実際三浦先生と私が長野で聞いたある女性の話だ。これがどこから出て来たのかナゾだが、臨床家をバカにしているとしか言いようがない)。

    これも、先に書いた「一般の人にあまねく広める未病医学としての健康体操」として操体を捉えているのか「医師が行っていた臨床」として捉えるのかで全く違ってくることがわかる。

    今回、フォーラム開催にあたって、参加者にアンケートをとった。「医師が創案した治療法であり、自分でできる健康体操」と書いてある方が多かったが、

    医師が創案した治療法≠自分でできる健康体操

    なのである。「医師が創案した、自分でできる健康法」というように捉えられている方がおおいようだが、これは少し早とちりだ。橋本先生は、実際に操体で臨床をされていた。同時に「健康な人が病気にならないための未病医学」としても操体も残した。何度も言うが、「健康な人が病気にならないための未病医学」は顕教的に広まっているもので、「医師が創案した臨床」は、密教的に広まっている。操体を勉強する方は、この二つの区別をつけていただきたい。そうすれば、操体の「二重世界」が分かりやすいかもしれない。

    我が師は言う。「操体はオレにとっての聖職だ。それを穢されるのは我慢ならん」。私も同感である。橋本敬三先生から、在り難くお借りしているのだから。

    ただ、今は業界をじっと見ている。例えば海外にも、たった二週間操体を学んだだけで「自分は操体のヨーロッパで唯一操体を継承したものだ」と言っており、根本良一氏(根本氏は三浦先生の受講生である)が橋本敬三先生の直弟子で、自分は直系の弟子だ、と言っている輩もいる。ヨーロッパでは「操体ってオシッコ飲むヤツですか」と問われたこともある(某K療法の方々が、操体法と併用して温熱療法、飲尿を広めている)。これには驚いた。日本でもそう思っている方がいるという話を聞いたこともある。「飲む飲まないはテメエの勝手(橋本先生風)」なのだが、操体をやっている人間が「みんなそうだ」と思われるのも困りものだ。

    それを「操体はみんなのものだから、色々なことをやる人がいてもいいんじゃないですか」という方々もいるのである。これでは、まともな論議もできないというのが現状だ。

    以前「身体運動の法則」を誤って記載した本があった。それに対しても「いろいろなやり方がありますから、いいんじゃないですか」という意見があった。「橋本先生のおっしゃっている原理原則に反していてもいいのですか」と聞いたら「それはやはり困ります」とのことだった。
    こういう「操体はみんなのものだから(勝手にやっていいんじゃないですか)」ということを、どのように捉えるのか。
    勝手にやっていいのかと捉えるのか、未完成の体系を深化あるいは進化させると捉えるのか。
    操体の未来のためにも、私は後者を選びたい。

    一週間ありがとうございました。

    さて、明日は東京操体フォーラム。楽しみです。

    三浦寛 操体人生46年の集大成 "操体マンダラ Live ONLY-ONE 46th Anniversary"は2012年7月16日(海の日)に開催致します。

  • 美学。

    先日の「東京操体フォーラム実行委員勉強会」で「自分の美学とは」という話になった。「美学」というのは本来「美の本質」を探求する学問だが、なかなか捉えがたいものである。
    美学というのは、はたからみて「粋だな」というものではないかと思う。人に迷惑をかける類のものはどうなのだろう(一流のヒトは迷惑でさえ美学になるのかもしれない)。

    「欲張り」と「探求」は違う。欲張りは他者からみてみっともない。探求はそうではない。その見極めも美学ではないかと思う。
    欲張りと同義ではないが「ケチ」というのも美しくない(かといって浪費が美学とは言わない)。身なりに気を遣わないのも美しくない。
    こうやって考えると私の美学は「粋」であり、「お江戸」なのだろうかと思う。

    橋本敬三先生の考え「ボディの歪みと健康」が認められるには時間がかかった。
    シベリア抑留から帰還後、医学誌に寄稿を続けたが、全く反応がなく、昭和49年(1974年)にはあきらめて書くのをやめられた。丁度入れ違いに、現代農業から「素人向けに書け」と依頼を受け、連載したものがまとめられ、「万病を治せる妙療法」が
    出版された。その後はNHKから取材を受け、テレビでドキュメンタリーが放送され、操体は日本中に広まったのである。
    それが79歳から80歳にかけてのことだ。

  • 顕教と密教

    昨日も書いたように、操体には「顕教」のように「一般の人が生活に活かせるような広くあまねく健康に活きるための基礎」であるもの(愛好者、操体Lover向け)と、私達が三軒茶屋ターミナルビルで日曜朝早くから限られた弟子達で、三浦寛師匠の「超最先端」の操体を学んでいるのは「密教」的である。

    一般の大乗仏教顕教)が民衆に向かい広く教義を言葉や文字で説くに対し密教は極めて神秘主義的・象徴主義的な教義を教団内部の師資相承によって伝持する点に特徴がある。

    「秘密の教え」という意味の表現が用いられる理由としては、顕教が全ての信者に開かれているのに対して、灌頂の儀式を受けた者以外には示してはならないとされた点で「秘密の教え」だともされる。

    世の中の操体実践者の9割は前者であることは否めないし、それはそれでありがたいことだと思っている。健康な人が病気にならないための『未病医学』としての操体はまさにそこにある。

    しかし、いつも思うのは「愛好家」は「責任」がない。橋本先生の本を読み私淑しているにすぎないし、殆どは師資相承ではない。教室の先生と生徒という感じである。
    また、未病医学として広めるというエリアを守っていればいいのだが、操体臨床家の領域を荒らすことがある。無責任者に臨床エリアを荒らされ(操体は効かないとかよくわからないとか)てはたまったものではない。

    橋本先生は「自分は組織の長にならないよ」と言ったことが、いつの間にか「組織を作っちゃいかん」と言う話になっているし(小さい組織はゴマンとある)、「操体には資格は必要ない」という人もいるが、橋本先生は、小崎順子先生に「操体の治療をするんだったら、柔道整復師の免許を取るといい」と言われたそうだし「保健師さんに操体をひろめてもらいなさい」と、おっしゃっている。
    勿論、資格は必要ないのだが、無資格では「健康体操」や「操体法教室」での指導は可能であっても、少なからず、人様のからだを診せていただく臨床家ならば、医療系の資格や、運動指導系の資格、対人保険に加入するなど、ある程度の責任は必要なのだ。

    愛好家の方に共通しているのは「操体ってみんなのものでしょう(だから勝手にやってもかまわない)」という言葉である。これは間違いない。責任がないから、勝手に好き放題やっているのだ。責任がないから、操体を食い散らかし、飽きたらポイする。

    先日、関西のある方が「第一分析、第二分析、皮膚の操体など」を「本を読んでもわからない極意を伝えます」というキャッチコピーで、操体の講習をやっておられることを知った。コピーだけを見ると、どうみても三浦先生の弟子か受講生のようにみえる。しかし、今現在弟子の中で単独で第二分析第三分析(皮膚へのアプローチ)の講習をやっている者はいないし、三浦先生も知らないという。
    セミナー会社を通じてやっているようなので、早速セミナー会社に問い合わせ、この先生が一体誰に操体を習ったのか教えて下さい、と頼んだところ、ご本人からメールがあった。

    操体はみんなのものではないですか?教えるのに許可がいるのですか」というような事が書いてあった。
    教えちゃいかんとは言わないが「第一分析、第二分析」という言い方は、三浦先生が創案した名称で、第二分析、第三分析(皮膚へのアプローチ、渦状波)は先生が体系化したものである。操体は勿論開かれているが、第一分析、第二分析という言い方、第二分析を「一極微」(いちごくみ)と称するのは私達一門のみである。自分の講習に使うのだったら、一言著者に断るのが礼儀であろう。
    さらに彼女は、操体を正式に習ったことがなく、操体法教室で操体を教えており、本を読んで勉強したというのである。
    彼女は第二分析を教えていると書いてあったが、第二分析は本を読んだだけでは修得できない。それは指導している私達がよくわかるし、人様に指導できるようになるには、師匠について相当の期間修行しなければならない。どんなことを教えているのか、受講料を払って参加したいくらいでもあった。
    現に操体法東京研究会の指導者養成コースは、15ヶ月間だが、二回も三回も参加する方がいるくらいなのである。更に、彼女は第一分析、第二分析、という言い方の創案者と、第二、第三分析を体系づけたのは三浦先生だということを知らなかったのである。また、三浦先生の本をちゃんと読んでいれば「第一分析、第二分析、第三分析」という呼称は先生の命名ということも知っているはずであるのだが、知らなかったとういうのはお粗末としか言いようがない。

    操体法 生かされし救いの生命観

    操体法 生かされし救いの生命観

    わかったのは、彼女には他意や悪気はないこと、愛好家の視点から「操体はみんなのものだから、第一分析とか第二分析とか本を読んだから教えていいんだ」と思ったのである。プロだったら訴えられる可能性があることを知っているので、他人が使っている用語を丸ごと使ったりしない。

    私は早速返事を書いたところ、無知を詫びますというメールが返ってきた。
    「世のため人のため」「操体を伝えたいんです」と、愛好家の方々からよく聞く言葉が並んでいた。誰も伝えるなとかやるなとは言っていないのだが、やはり「第一分析、第二分析」という言葉を無断で使用するのは良くない。勉強もロクにしていないのに人様に教えるのは非常識であるし、何よりも三浦先生の弟子と勘違いされる。
    彼女が三浦先生のされていることと全く違ったことを指導していたら、それこそ大問題だ。
    本人に悪気がない分タチが悪いのである。というか、このような例は彼女だけではない。「操体法をやっている」という方々が、どこまで橋本哲学を理解しているのだろう。彼女の更なる学び(操体の哲学を含めて)を願ってやまない。

    橋本先生は著書の中でこのように書いておられる。

    無知ほと恐ろしい罪はないとお釈迦様はおっしゃったそうだが、寒かろうとて座布団くらいの厚さにオシメの外に綿を巻い
    てやって、背柱に折目をこしらえて赤ん坊を殺してしまった母親を見たことがある(「からだの設計にミスはない」136ページ)

    からだの設計にミスはない―操体の原理

    からだの設計にミスはない―操体の原理

    師資相承で操体を学んでいる方は、たとえ臨床をしていてもいなくても「橋本先生から操体をお借りしている」と、認識している。なので勝手に好き放題にはしない。
    お借りしているのだが「体系化されたものではないから、後進に任せる」という橋本先生の意志を継ぎ、師匠の型を学び(守って型につき)、自分の個性を磨きながら型を洗練させ(破って型へ出て)、守と破を包括し、守りながらも発展させ、師を越える(離れて型を産む)。という、守破離を踏襲しているのである。

    「本家ほどチャレンジする」という。例えば、和菓子の老舗や芸事の家元。彼らは先達のやってきたことを、愚直に守っているのではない。老舗であればあるほど、時代背景に沿って、クラシックでありながらも斬新な手法を取り入れている。だから、何代も続くのだ。ロングセラー商品にしても、マイナーチェンジをくり返している。製造法が変わらないものもあるが、それは「匠の腕」に支えられている。

    なお「愛好家」の方々はあまりフォーラムにいらっしゃらない。
    気持ちはわからないではないが「今までやってきたことが如何に的外れか知るのが怖い」のだと思う。わからないではない。自分がやってきたことが根本から揺らぐのだから。

    三浦先生は橋本先生の「きもちよさでよくなる」という呟きによって、それまでやっていた「楽な動きか辛い動きか」といういわゆる第一分析(当時はまだこの名称はない)を手放した。
    手放す事、壊すことは怖ろしいかもしれない。しかし、一度壊したものが全く役に立たないのではない。次のステップに進んだ時、別の形で戻ってくるのである。
    私自身も三浦先生に師事する際、それまでやっていた事を手放した。手放してみると、第二分析、第三分析を学ぶ過程で手放し、壊したものが丁度いい形で甦ってきたのである。
    フォーラムにお運び下さる方々にとっては、未知の楽しみが待っているはずだ。

    私達は、真剣に操体に取り組んで下さる方は、例え臨床家でなくてもWelcomeいたします。

    2012年春季東京操体フォーラム研究会は4月22日(日)東京千駄ヶ谷津田ホールで開催致します。

    三浦寛 操体人生46年の集大成 [http://www.sotai-miura.com/?p=484:title=操体マンダラ Live
    ONLY-ONE 46th Anniversary”]は2012年7月16日(海の日)に開催致します。

  •  師資相承(ししそうしょう)

    師の教えや技芸を受け継いでいくこと。また、師から弟子へ学問や技芸などを引き継いでいくこと。「師資」は師匠・先生。また、師匠と弟子。「師資しし相承あいうく」と訓読する。

    東京操体法研究会の定例講習は35年目を迎えます。多くの方々が学んでいきました。この講習は、橋本敬三先生が顧問をされていた、由緒ある講習会で、私達フォーラム実行委員は、ここで学び、学び続けているということに誇りを持っています。

    「師匠と弟子」と言うのは簡単ですが、「師匠と弟子」「講師と受講生」とではそのポジションが全く違います。

    先日の「守破離」ではないですが、「こういう試みをしてきてみると、稽古というものが茶事の稽古であれ、能仕舞の稽古であれ、編集稽古であれ、歌のお稽古であれ、必ず師弟相承にもとづいた「すがた」や「かたち」をとるべきものであろうことが、よくわかる」松岡正剛 千夜千冊「守破離の思想」1252夜より

    操体を編集して「分けて」みましょう。

    一つは、一般の方が生活の中に操体を活かすような指導。多くの方が、操体を健康体操として捉えているのはこのカテゴリーです。
    もう一つは、私達のように、専門家として操体の臨床を行い、専門家を育成する指導。操体の専門家は一般の愛好家よりはるかに少ないのが特徴です。

    丁度見つけました。Wikipediaの「密教」のところです。

    一般の大乗仏教顕教)が民衆に向かい広く教義を言葉や文字で説くに対し、密教は極めて神秘主義的・象徴主義的な教義を教団内部の師資相承によって伝持する点に特徴がある。

    「秘密の教え」という意味の表現が用いられる理由としては、顕教が全ての信者に開かれているのに対して、灌頂の儀式を受けた者以外には示してはならないとされた点で「秘密の教え」だともされる。

    何だか操体にもあてはまるような気がします。
    同じ操体でも、一般の方向けに広く分かりやすくその原理を説く。専門家が師資相承によって(師匠が認めない限り、弟子がいくら相承したと言っても認められません)限られた弟子にその真髄を伝える。

    一般の操体愛好家の皆さんから見たら、私達は「秘密主義者」に見えるのかもしれません(笑)。ちゃんと入門して、勉強して、段階を踏んで認められれば、秘伝を受けられるんですけどね。

    さて、今回東京操体フォーラム研究会では「第一分析」の実技指導を行います。

    橋本敬三先生の時代には、「第一分析、第二分析、第三分析」という言葉はありませんでした。これはフォーラム理事長、三浦寛の命名によります。

    ★「第2分析」を、操体法東京研究会及び、一般社団法人日本操体指導者協会の講習以外で教えていたりしたら、それは「?」です。100%ニセモノです。他では教えていないし、第二分析を単独で教えている弟子はいませんから。

    第1分析というのは「楽か辛いか」を二者択一の運動分析で分析する方法で、橋本敬三先生の時代のやり方です。

    ちなみに、橋本先生の本には「書き下ろし」がありません。連載をまとめたものや、随筆をまとめたものです。「操体法の実際」は、橋本先生の著書ではありません。あくまで監修です。私も経験がありますが、監修、というのは「格上げ」のための名前貸しです。橋本先生は当時80歳を越しておられたので、多分「いいよいいよ」と名前を貸したのではないかというのが私の推理です。

    また「万病を治せる妙療法」は、恐らく一番売れている操体関係の本ですが、橋本先生が「楽(な動き)と快適感覚は違う」と断言される前のものです。「現代農業」という農業専門誌に連載されたものをまとめたものです。橋本先生もこの時はまだ「楽」と「快」の違いが曖昧だったようです。表記にも楽ときもちよさの混同が見られます。先生ご自身も後に「あれは間違っている」とおっしゃっているのです。
    つまり、「楽な動き」から「快適感覚」に変化しているのです。

    というか、口では「きもちよく〜」と言いながら、実は「楽な動き」をとおしていたのではないかと。また、よく読んでみると「きもちよく動けばいい」という表記はありますが、「きもちよさを比較対照せよ」とはどこにも書いていないのです。
    橋本先生の時代にも「きもちよさ」という動診・操法がありました。

    これは、前屈の動診ですが、後屈と比較対照はしていません。たまに「前屈と後屈、やりやすいほうをやる」と言っている場合がありますが、人体の構造上、人間は前屈のほうがやりやすいのは当たり前です。これは解剖学的に考えてもわかるのですが、
    「前屈と後屈を比較する」というナンセンスが、未だ操体の世界ではまかり通っています。
    写真の動診は、被験者が前屈していますが、相当の確率で、きもちよさを味わうことができます。「一つ一つの動きに快適感覚をききわけ、味わう」という、その後の第二分析の源流とも言えるでしょう。

    第一分析が悪いとはいいませんが、第二分析、第三分析の「質の高い次元を越えたきもちよさ」を味わってしまうと、もう戻れません。「知る悲しみ」と、島地勝彦氏も書いておられますが、一度質の高いものに接してしまうと、戻れなくなってしまうのです。

    知る悲しみ やっぱり男は死ぬまでロマンティックな愚か者

    知る悲しみ やっぱり男は死ぬまでロマンティックな愚か者

    しかし、身体運動の法則(からだの使い方、動かし方)に則って行うという、操体の作法の点では基本中の基本です。今回、第一分析の指導をしようと思ったのは、あまりにも操体が野放し状態になっていることに、危機感を感じたせいもあります。

    第1分析でも、進化バージョン(介助法、言葉の誘導を含む)をご紹介する予定です。第一分析、第二分析にかかわらず、共通しているのは「操者のからだの使い方」「適切な介助法」「適切な言葉の誘導」「脱力に導く話法」脱力後の適切な支え、が必要です。実際に被験者を相手にすると分かりますが、被験者は操者の言葉の誘導通りに動くとともに、言葉の誘導を誤るとまったく違った動きをしたりします。つまり、ベストな誘導語があります。

    「脱力してくれない」「動いてくれない」「感覚をききわけてくれない」というのは、殆ど操者の誘導語に問題があります。これらを解決すれば、動診操法をスムースにすすめることができるのです。

    ■仏法に於ては正法が混乱をしないやうに相承の道を立て明らかにされてあるのであります。それで此の相承とは相ひ承けるといふことで師の道をその通り承け継ぐことであります。それで此れを師資相承と申します。既に師の道を承け継ぐのでありますから必らず師の証明がなければなりません。弟子が勝手に承継したといってもそれは相承ではないのであります。
    また世間では仏書を読んで悟ったといって師弟といふことを考へない人がありますが、それは仏法の正しい道ではないのであります。昔経巻相承といふことをいって法華経を読んで仏法を相承したと主張した顕本法華宗の祖である日什といふ人がありますが、此れは自分勝手にいふことで法華経の中には日什といふ人に相承したといふ証明はないのであります。仏法に於ては師資相承がなければいけないのであります。また信心相承などといって信心を以て相承したなどといふ人がありますが、信心は仏法の基盤でありますが、相承はその上に於ける仏法の承継の問題であります。
    (第65世『日淳上人全集』1442)より
    仏教の「師資相承」を説明したもの。

    いつの世も、勝手に継承したという弟子や、本を読めば師匠はいらないとか、信心を以て受け継いだ(操体だったら、操体が好きだから受け継いだ、みたいな)という人がいたようです。

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  • 編集と操体

    熱海の夜、松岡正剛さんや、他の参加者の方々に「操体とはなんぞや」ということを説明する機会に恵まれました。松岡さんに「『操体』を説明するのは『編集』を説明するくらいやっかいです」と伝えたところ「なるほど」とおっしゃっていました。
    私が「ISIS編集学校」に入った時、人に説明するのにとても手間がかかりました。コピーライターの学校に行っているのかとか、赤鉛筆をもって校正をしているのかとか、シナリオの勉強でもしているのかとか。

    操体」を説明するのも手間がかかります。編集稽古同様実際に受けてみれば何だか「体感」できるのですが。親指を2本出して(浪越徳治郎先生のポーズ)「マッサージですか?」(いやそれは指圧のポーズじゃ)とか「整体ですか」と、私達東京操体フォーラム実行委員はうんざりするほど聞かれているはずなのです。

    この日も「操体と整体はどう違うんですか」と何人かの方に聞かれました。編集稽古に正解がないように、操体にも正解はありません。ないというか、相手によって説明を変えていくのです。

    • 仙台の橋本敬三という医師が創案し、臨床で用いていたもの
    • その中の一部が「健康体操」として広がっていること
    • 愛好家(アマチュア)が多く、臨床(治療)ができるプロは少ないこと

    というバックグラウンドから話すこともあります。

    皆さん、からだが歪むのは良くないことだというのはご存じですよね。良くないことは知っているのに、何故歪むのか、ということを皆さん説明できないんですが、操体は「ボディの歪み」に注目します。人間には「呼吸、食事、身体活動、精神活動」という、他人には代わってもらえない営みがあります。これを「息食動想」と呼んでいます。この営みのバランスがとれていれば、健康な生活が送れます。この営みは独立したものではなく、お互いに補い合って連動しています。
    「同時相関相補連動性」といいます。
    呼吸の専門家がおり、食養の専門家がおり、身体運動の専門家がおり、心の専門家がいますが、操体はこの4つをまとめて面倒をみるというわけです。
    この4つの営みには、それぞれ法則(ルール)があります。そのルールを守らないと、ボディに歪みが生じます。
    西洋医学は胃にピロリ菌がいるから胃が悪くなる、と言いますが、操体は全く逆の順番で病気を捉えています。
    自分で責任を取る(自己責任)の4つの営みのバランスが崩れると、歪みが生じ、それが段階を踏んで「何となく変だ」という不定愁訴の状態から、段階を踏んで「胃が痛い」「調べたら胃潰瘍だった」というように、機能破壊、器質破壊と進んでいきます。

    操体では、ボディの歪みを正すことによって、二次的に症状疾患を改善させます。
    なので、操体には「○○に効く操法」などのような考え方がないのです。

    ボディの歪みを正すには?
    そのために私達は「動かして診る」という、操体独特の診断分析法を用います。動かした時の感覚、例えば「楽でなんともない」「こちらは辛いけど、こちらは楽です」「この動きはきもちいいです」など、感覚に対する感受性は様々ですが「感覚は本人にしかわからない」のです。そして、操体は「きもちよさを味わうと、ボディの歪みが正される」という特徴があります。

    しかし、現在多くの人達が「原始感覚」(快か不快かききわける能力)が鈍っています。からだは本来きもちよく治りたいのですが、考えすぎて(アタマを使いすぎて)原始感覚が鈍っているため「快適感覚」をききわける力が弱っているのです。その、鈍っている「原始感覚」を呼び覚ますお手伝いをしているのが、私達操体指導者なのです。
    これは、操体では「病気になる順番と治る順番」という視点から説明したものです。
    操体は様々な角度から物事を語れます。これも「編集」。

    2012年春季東京操体フォーラム研究会は4月22日(日)東京千駄ヶ谷津田ホールで開催致します。

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  • 編集

    松岡正剛氏は、先々週秋穂さんが書いていた「編集学校」の校長でもあります。秋穂さんが参加したワークショップは「九州参座」と言って「ISIS編集学校」の体験講座のようなもの。
    12年前、私はこの「ISIS編集学校」の第2期に参加しました。入ったといっても、通学制の学校ではなく、ネットを用いた発展途中の新しい試みで、生徒も師範代も手探りの状態でした。ルールやシステムを作りながら、現在の形になっているようです。
    なお、先生を師範代と呼びます。当時は師範代をまとめるのが師範、さらにその上が大師範、教頭先生がいて、校長が松岡さんでした。私の頃は「生徒」だった記憶があるのですが、今は「学衆」と呼んでいるようです。

    さて、私が「ISIS編集学校」に入ったのは、別に「編集」を勉強したいとか、エディターになりたいとかそんなことは全くなく、使っていたインターネットのプロバイダのイベントで「編集工学研究所を見学する」という
    イベントに参加したのがきっかけです。何せ「松岡正剛」という名前も知らなかったわけですから(笑)。

    編集工学研究所は、赤坂の坂の上にあります。赤坂の紀尾井坂の上の会社に勤めた経験があり、父が赤坂のTBS(旧社屋時代。父は新社屋を見ることなく祖神の里へ帰りました)に勤めていたこともあり、馴染み深い街だったのですが、編集工学研究所があるのは、今まで行ったことがない赤坂でした。
    日本で最初にマンションを建てたのは力道山だそうですが、その「リキマンション」の向かいです。

    私達見学者一行は、確かポストイットに「朝起きてから今までにやったこと」を書いたような気がします。それから、そのポストイットを並べ替えて行きます。例えば「朝食」と「昼食」は同じ組に入れ、「本を読む」「新聞を読む」は同じ組に入れて行きます。何をしているのかと言うと、情報を集めて、グループ分けする、並べ替えているのです。情報は単に集めるだけではないのです。確か「情報って、集めるだけじゃないんだなぁ」と、興味を抱いたのです。

    もう一つ興味を引いたのは「守」「破」という日本独自の学びのプロセスが使われていたことです。
    守破離の思想

    守破離とは、物事を習得する上での段階を表しています。
     
    能の世阿弥が「花伝書」で伝えていると思っていましたが、実は「花伝書」には「守破離」という言葉は記載されておらず「序破急」が説かれています。これは「守破離」の考え方の原型だそうです。「守破離」という言葉は、不白流茶道開祖の川上不白(江戸時代中期・後期の茶匠)が記した『不白筆記』(一七九四年)に見られ、茶道の修行段階を教えたものであったのが、転じて日本の諸武芸に於いても修行の段階を説明する言葉として使われたとのこと。

    『不白筆記』にはこのように書かれています。
    「弟子ニ教ルハ守、弟子ハ守ヲ習尽シ能成候ヘバ、オノズト自身ヨリ破ル。離ハこの二つヲ合して離れて、しかも二つを守ルコトナリ」
    師が守を教え、弟子がこれを破り、両者がこれを離れてあらたに合わせあう。離というのは、弟子が自分勝手にするのではなく、守と破を含みつつ守りつつ、離れるということなのです。そして第一段階の「守」の学びをいかに修めるかが重要で、初学時に良き師匠に出会うことも大切なポイントです。
    当時、私はすでに操体の講習(プロ向け)をやっていましたが、基本をやりたがらず、早く操法だけを覚えたいという受講生も多かったので「守破離」という言葉が気になっていたのです。

    操体の講習にも「守破離」は必要だと思っていました。こうして、私は「ISIS編集学校」の「守」を学び始めたのでした。

    2012年春季東京操体フォーラム研究会は4月22日(日)東京千駄ヶ谷津田ホールで開催致します。

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  • 春爛漫

    春爛漫。今週一週間は畠山が担当致します。どうぞ宜しくお願い致します。

    今年の3月中旬熱海某所で開催された「未詳倶楽部」という集まりに参加してきました。
    これは松岡正剛氏が亭主役の「和」のテイストたっぷりの粋な大人の遊びの会です。私は10年前に入会していたのですが、土日に休みがとれず、今回なんと10年ぶりに参加することができました。
    参加している方々は、和の文化レベルの高い方ばかりです。華道、茶道、能、日本の芸能などにも造詣が深いのです。私も歴史や武術系は結構詳しいのですが(本当は武士もお茶、お華、能はたしなむんですけど)、自分が如何に普段「体育会系」的に暮らしているか驚くばかりです。

    多分、参加されている女性の95%は着付けができる方々です。全然自慢になりませんが、私は着付けができません(汗)。また、着付けをお願いしても、バスタオルをぐるぐる巻かれるとか、腹布団を入れるとか、それだけでげっそりしてしまうのです(パーティとかでよくチャイナドレスを着るのはこのためです)。かといって、そのような方々との接触を避けていると、山猿になってしまいます(笑)。

    この集まりは、いつも素晴らしいゲストを迎えます。そして、そのゲストが誰だか当日まで分からないのです。
    今回のゲストは、三味線演奏家で作曲家、本條流家元の本條秀太郎師匠でした。余程の邦楽ファンでなければ「その人誰よ」と思われるでしょうが

    監修、民謡指導、三味線指導など
    春日局(1984年、NHK大河ドラマ
    花へんろ(1985年NHKドラマ人間模様)
    翔ぶが如く(1990年、NHK大河ドラマ
    八代将軍吉宗(1995年、NHK大河ドラマ
    毛利元就(1997年、NHK大河ドラマ
    元禄繚乱(1999年、NHK大河ドラマ
    新選組!(2004年、NHK大河ドラマ
    風林火山(2007年、NHK大河ドラマ
    篤姫(2008年、NHK大河ドラマ
    天地人(2009年、NHK大河ドラマ
    坂の上の雲(2009年、NHKスペシャルドラマ)
    龍馬伝(2010年、NHK大河ドラマ

    というように、大河ドラマでの三味線指導には欠かせない方なのです。「龍馬伝」で、福山雅治に三味線の稽古をつけたのも本條師匠なのです。

    長くなりましたが、その後本條」師匠の三味線で生の「端唄」を体験しました。邦楽には余り詳しくないのですが、「長唄」に対するのが「端唄」なのだそうです。

    「小唄は爪弾きであるのに対して端唄は撥を使う。また、節回しも若干の相違があり、うた沢に比べてサラリとうたうのを特徴とする。 鼓や笛といった鳴り物付きで唄われることが多い。」
    江戸吉原の粋を歌った端唄を沢山聞かせていただきましたが、演奏の合間に本條師匠が「江戸豆知識」のようなお話をしてくださいます。
    吉原には船で行く人も多かったそうです。また、普通は船頭さんが一人なのですが、早く吉原に行きたい人(笑)のために、船頭さんが二人や三人で早漕ぎした船があったとか、格子を覗くだけで冷やかす客の話とか、吉原には元々女芸者がおり、彼女達は身売りをするのではなく芸を売っていて、それが後に幇間(太鼓持ち)になったとか。吉原モノの映画やドラマで布団部屋が出て来ますが、江戸時代には「布団」というのはあくまで「敷き布団」であり、掛け布団ではなく、かい巻きを着て寝ていたとか。これは吉原ではないですが、深川芸者は男物の羽織を着て、一年中足袋を履かず、男言葉を使っていたとか、江戸っ子は濁った言葉を使わなかったとか、今では東京でも「七味唐辛子」と言いますが、「七味唐辛子」というのは上方の呼び方で、江戸では「七色(なないろ)唐辛子」と呼んでいたとか、江戸マニアにとっては目が輝くようなお話でした。

    端唄の中で「客が遊女に振られ、明け方まで布団の中で寝たふりをしており、やっと来たと思ったら、行灯に油を入れに来た廓の男衆だった」というのがありました。私は丁度数日前に「廓源氏(3)」を読んだばかりだったので、客を取るのを拒否して折檻されるお女郎さんとか、見せしめにされる花魁とか「どろどろ系」の吉原モノを読んでいたので「遊女が客を振ってもだいじょぶなのか?」と思いました。

    廓源氏 (3) (まんがグリム童話)

    廓源氏 (3) (まんがグリム童話)

    夕食の席は大広間で、くじ引きで席を決めるのですが、私は大当たりで松岡さんの隣(笑)。「遊女がお客を振ってもいいんですか?」という質問をしてみました。松岡さんは「それはね、粋に振ればいいんだよ。そうすれば客は文句を言えないんだよ」と、答えて下さいました。
    なるほどねぇ。

    未詳倶楽部に入ると、俳号を頂けるのですが、私は10年前に頂き損ねていたので、今回頂けることになりました。私はペンネームというか、雅号をもっているので、その話をしたり、好きなコトとか色々話をしているうちに、私はAppleが大好きで、スティーブ・ジョブズが来日した時、基調講演を聴きにいった位マニアだという話をしたら
    「そうだ、ジョブズの子供にしよう」と、さらさらと筆で「序萃」(じょすい)と書いて下さいました。俳句も詠まないのに俳号をいただいていいのだろうか、いや、これから詠もう。

    橋本敬三先生はある日、若き日の三浦先生に「治療所にばかりこもっていると脳みそがくさるぞ」とおっしゃったそうです。
    私達はともすれば、狭い世界に籠もりがちです。そういう時は、全くジャンルの違う人達、それも自分よりもレベルの高い方達と遊ぶと世界が広がるのです。

    あと「1万時間の法則」というのがあり、何かに1万時間以上費やしている方々は、ジャンルは違っても共通の「何か」を共有できます。例えば、華道の先生や、武術の先生、アーティストの方々と話をしてもある「何か」を共有することができるのです。

    2012年春季東京操体フォーラム研究会は4月22日(日)東京千駄ヶ谷津田ホールで開催致します。

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