カテゴリー: 岡村郁生(おかむらいくお)

  • あーと、思うこと③

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    昔、この仕事に就く前はハウスメーカーで設計の仕事をしていた。

     

    たとえば建築物でも、有名な建築家の建造物は有名になっているので

    実際にその場所へ行けば、眺めることもできるし、場合によっては中

    に入ってみることさえできる。

     

    そうではなく、取り立てて有名ではなくとも、個人宅の間口から外観

    パースとして眺めたとき、一瞬で『この建物っていいなぁ』と、足を

    止め、しばらくそこで留まっていたい要求を味わう事がある。

     

    なにも豪華だからではなく、全体としてのまとまりが絶妙で、やはり

    建物も設計があるんだよなぁ、と感じたりして俯瞰するのである。

     

    橋本敬三師の語り、からだの設計にミスは無しという意味も同様。

    生活の場も、からだのアートを感じて幸せを味わう間があっていい。

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    2021年秋季フォーラム

    2021年11月23日(火)勤労感謝の日 ハイブリッド開催

    テーマ「アートと操体」

    https://www.tokyo-sotai.com/

     

  • あーと、思うこと②

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    立ち居振る舞い。

     

    歩いている時、自転車で移動している時、電車に乗っている時、車で

    止まっていた時、一瞬にして目を奪われることがある。

    何かがそこにあるだけで、フォーカスは瞬時に決まってしまう。

     

    私自身なのか、からだが欲していたもの、なのか。

    ただ、最もタイミングは一致していて、閃きの如き瞬間を見つけた、

    そんな感じに似ている。

     

    スーッと入ってくるような、言葉の選択もこれに似ている。

    仕事柄、多くの人と話をする機会がある。

     

    その中で、伝わってくる言葉に、えもいわれぬ気品を与えてくれる、

    そんな人はいる。

     

    立ち居振る舞いから違う。

    インパクトが絶大で、一瞬でうっとりしてしまうことさえある。

    そうすると瞬時に気分は変わり、とても幸せなアートを感じられる。

     

     

     

    2021年秋季フォーラム

    2021年11月23日(火)勤労感謝の日 ハイブリッド開催

    テーマ「アートと操体」

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  • あーと、思うこと①

    f:id:tokyo_sotai:20210719135416j:plain足の裏から映るもの

    石田さん、紹介いただき有難うございました。

    今週担当する岡村です、よろしくどうぞ。

     

    今回の「アート」というテーマに沿っているか疑問ですけれども、

    私的感覚で書き連ねて参りますのでよろしくお願いします。

     

     

    それは26年前に勤めていた、目黒区の整形外科での出来事でした。

    80代の女性患者さんが教えてくれたことがありまして、不思議と既に

    25年近く経つのに忘れられない。

     

    その方は毎日毎日散歩を兼ねて、目黒不動尊にお参りしているらしく

    同じ場所で毎日、押すだけのカメラで1枚スナップ写真を撮っていた。

     

    ある時、本人が驚くような目黒不動尊をバックとした神々しい写真が

    撮れていたらしく、その方曰く、「急に頭の中に写真展に出しなさい」

    と言われたような気がして、それを写真専門誌に応募したところ、そ

    の写真は、見事に写真専門誌の読者部門の特賞に選出された。

     

    話の最後にその女性は、微笑んで僕にこう語った。

    「あの写真は、お不動様が私に撮らせてくれたのよ」

     

    まぁ、当時はこの意味もさっぱりわからなかったが、今になってみる

    となんとなく、そのフィルム写真に現れていたであろう「アート」感

    を時間と空間を、超えて味わっていたりするのである。

     

     

    2021年秋季フォーラム

    2021年11月23日(火)勤労感謝の日 ハイブリッド開催

    テーマ「アートと操体」

    https://www.tokyo-sotai.com/

     

  • 左様に感謝⑦

    (つづき)

     

    歩くとき。

    左足の足を1歩目にすることがなんとなくしっくりくる。

    なんとなく歩き始めの時に倒れ込む感じを味わう。

     

    そして、自然に臍下丹田へ「重力」に合わせて踏みつけることを感覚し、

    その踏みつけた感覚に伴って、次の右足を持っていくような形で歩く。

     

    分かりやすいことは、そもそもスタートを蹴り出しにするのではなくて、

    もともと備わっている感覚からうごきの発動を味わっているかどうか。

     

    自分のからだを、重力に委ねるようにしてみる。

    前方へ歩く、もしくは走り出す流れをからだの内部エネルギーにできる

    だけ負担がかからないように使えば使うほど、左と右は感じでわかる。

     

     走るとき。

    ターンオーバーという、両方の足が切り替える状態でのフォームを見る。

     

    やり方で捉えると、ターンオーバーが早いフォームは、自然と大腰筋の

    ひきつけも常に起こっている状態になっている。

     

    なので、走行時の膝も完全に伸びきらない状態で、地面から離れた後は

    すぐに膝を折りたたむような流れで、繋がってターンオーバーしていく、

    と、このような指導方法は理に適っているかもしれない。

     

    そうすると、体幹正中の中軸上に重力は落ちていることにならない。

    「ひだり」と「みぎ」の意識感覚を生かす特徴としては、1本の線上を走

    るのではなく、やや揺れた感じの1本の線をまたぐような足跡になる。

     

    体幹と両足の感覚の差を生かして走る、自然法則の応用貢献と成立させる

    には、もう少し、いや多くの研究と検証は必要になるだろうと思いつつ。

     

     

    それでは、一週間お付き合いいただきまして感謝いたします。

    明日からは、お待ちかね、日下さんの担当です。お愉しみに!

     

     

     

    「操体マンダラ」は2021年7月22日(木)海の日に開催します。

  • 左様に感謝⑥

    (つづき)

     物事の捉え方として、「要素還元主義」があります。

     これは、対象となるものの「時間と空間」を切り刻み、すべてを一瞬

    の出来事として分析するのが特徴なんですね。

     しかし、この要素還元主義では捉えられないこともあるのです。

    例えの1つに、交通渋滞の発生や、フォークボールが落ちていく様子も

    これで理解するのは難しくなるそうです。

     一瞬が絶対だと思えば、現象自体の全体像を丸ごと把握できないこと

    もありますよね。

     

    ですから、そのようなものの一つに、「ひだり」と「みぎ」

    の働きには、螺旋で常に揺らぐような感覚的な差があると捉えてみる、

    そうすると面白いのではないでしょうか。

     

    例えば、「ひだり」は生じているエネルギーに親和性(解放)が高く、

    「みぎ」は、生じたエネルギーを維持延長(模倣)しやすい、と。

     

                              (つづく)

     

    「操体マンダラ」は2021年7月22日(木)海の日に開催します。

  • 左様に感謝⑤

    (続き)

     

    昔、マラソン選手でフランク・ショーターという、アメリカの選手が

    活躍していました。

    この選手はトップクラスの選手だったので、よく来日して走っていて、

    過去の琵琶湖のマラソン大会でも優勝しているのです。

     

    ところが普通の優勝ではなく、なんと、途中で便意を催してしまい、

    試合の途中で用便を足しているうちに、二人抜かれてしまったのに、

    また追い抜いてダントツ独走で優勝しているんですよね。

     

    なんとまあ、感覚に素直で素晴らしい選手なのでしょう。

    このショーター選手は試合後のインタビューで、これまた名言を残

    しているんです。

     

    それは、「レース競技に勝つことにおいて障害はいろいろあるが、

    ウンコをすることも競技の一部でありその一つなんです」と語って

    いるのです。

     

    ショーター選手は、また名言というか、不思議で素敵なエピソード

    もあって、驚くことに「私はひだり足で走る」とも語っています。

     

    両足で走るのに、なぜひだり足なんだろう?と思いませんか。

     感覚において、もしかしたら彼は走る時、アクセントとしての意識

    を保つことで、ひだりの力は右より進みやすいことを認識した上で、

    感覚論で「ひだり足で走る」ことを、意識したのではと思うんです。

                              (つづく)

     

     

    「操体マンダラ」は2021年7月22日(木)海の日に開催します。

  • 左様に感謝④

    (続き)

     

    競技スポーツの世界は「運動」のプロフェッショナルが集まります。

     

    自分の身体の中にあって使える力と、自分の身体の外にあって使える

    力を巧みに絡ませると、自分の外にある力が自分を動かしてくれる。

     

    このような言葉で、オリンピックのスピードスケート金メダルの清水

    選手はこんなことを語っていました。

     

    ワタシ自身も、力は入れるのではなく、力をうごかすものと考えます。

    海に行って、湘南海岸で波乗りをしていると良く理解できるのですが、

    ボードの上で力を入れるのではなく、与えられている力をうごかす。

     

    このような使い方をすると、やはりターン(方向転換)も加速もよく

    減速も無理することはなく、ボードから落ちずに気持ちが良いのです。

     

    逆に言うと、自分の中にある力まかせに方向を変えたり、けることを

    識したらスピードはかえって伸びないのですが、清水選手と比べる

    のもおこがましいとは言え、大自然の力の何を使い、何を活かすのか。

     

    秘密は「ヒダリ」と「ミギ」の違いをコッソリ理解している故の言葉

    であるように思えてならないのですよ。

                             (つづく)

     

    「操体マンダラ」は2021年7月22日(木)海の日に開催します。

  • 左様に感謝③

    (つづき)

    本当に嫌がると、子供の場合は九割以上、ひだりに顔を向けると、

    ベテラン小児科の先生は語っていました。

     

    また、「足の働きと子供の成長」の著者、近藤四郎氏は(京都大学

    霊長類研究所の初代所長を務めた方です)こんな指摘をしています。

     

    近藤氏によれば、子供を観察していて興味深いのは、赤ん坊は立ち

    上がる前のハイハイは、だいたい左足から始まるのだそうで、次に

    左手、それから右手、最後に右足と言う順序になる。

     

    この一連の運びとは興味深いことに、哺乳類のみならず原則として

    爬虫類や、両生類にも見られる「からだのうごき」らしいのです。

     

    人間の赤ん坊は、立ち上がり、歩き始めるようになり、ハイハイを

    (四つ這い)を「うごき」の学習とする過程は脳の発達に重要です。

     

    しつこいようですが、原則的に「ひだり」足からみぎ手みぎ足から

    「ひだり」手という順序になるこの運びは、足の親趾で蹴り出す事。

     

    これこそ大人になる過程において、大脳を発達させる鍵になんです。

    保育園の子供でも、四つ這いで「ヒダリ」足から始まりのミギの足

    の母趾で蹴り出す運びができていないと、ことばを話すのは遅い。

     

    親指で蹴り出すことを教えると、言葉の発生も繋がってくるのだと、

    研究されて語っているベテランの園長もいます。

     

    そう考えると、我々人類の祖先を肯定して、自然(じねん)の中で

    遡っていくと、私たちもなぜ?「ひだり」足から歩き始めたのか、

    検証して観察できる時代は遠くないように想うのです。

                              (つづく)

     

     

    「操体マンダラ」は2021年7月22日(木)海の日に開催します。

  • 左様に感謝②

    (続き)

     

    自然(しぜん)という読み方は、近代的な読み方です。

    過去の日本では、とろろかけ御飯にするあの自然薯(じねんじょ)、

    に残っているように、自然(じねん)と呼んでいたそうです。

     

    もともとあるモノを生かす、ということ。

    否定ではなく、肯定から捉えていくことは、操体的な考えなんです。

     

    そういえば、赤ん坊が生まれたばかりの時に、赤ん坊の聞こえている

    その空間も、その周囲にいる全てのものを一体として感じるそうです。

     

    赤ん坊は両手利きですから、左脳も右脳も同じように扱える状態。

     

    しかし、左半身は大人になるにつれて、ほとんどの人が不得手となり、

    右半身は大人になってもほとんどの人が使えていますよね。

     

    徐々に、右脳よりも左脳優位で成長するほうが都合が良いんですよ。

    それを踏まえて考えてみると、ひだり半身は、ゆったりとした、逆に

    言えば、呑気(のんき)で慎重な仕事をするのは得意なのです。

     

    右半身は早い仕事、言い換えると、慌てると雑になってしまうような

    ことをするのが得意(学習効果によって差は生じる)。

     

    このように、ひだりとみぎで働きが違うんだなぁと、「からだ」を通

    して理解することもできるんですよね。

     

                              (つづく)

     

    「操体マンダラ」は2021年7月22日(木)海の日に開催します。

  • 左様に感謝①

    今週のブログを担当する、茅ヶ崎在住の岡村です。

    テーマは「ひだり」 で、どうぞよろしくお願いします。

     

    調べてみると日本語の熟語や用法で、「左」には、位の低いものに

    相応させる意味で用いることが多いようです。

     

    ですから、「右に倣え」という言葉、位の高い人に合わせて動け、

    という、軍隊の隊列からきている説もあります。

     

    閑話休題。

    太陽系銀河にある地球のお話。

    この自転や公転も、北半球を基準にしてみると左回りとなっています。

     大きな低気圧が生じる時も、北半球を基準に台風は左回りに生じます。

    常時生じている変化は、不安定とも言えるけれど、何かの安定感や上

    方へ移動するときに、「ひだり」の回転性を持ちます。

     

    これは自然法則としての意味合いも感じませんか?

    実際の体感として、下に押し込むのは右廻し、上に引き上げるのは左。

    このように回るのは自然で、逆に廻すと不自然な感じがします。

     何故でしょう?

     

    手足をうごかして競技するスポーツを考えてみましょう。

    これらは全部左回りでできていますよね。

    陸上の各種トラック競技も、ハンマー投げもなぜかそうなっています。

    過去から夏の風物詩になっていた、町内で行われていた子供や大人が

    混じって愉しむ、あの盆踊りも左に回っていました。

    メリーゴーランドのような、子供が好む乗り物も安定の左回りです。

     

    空間を効率化する螺旋階段の場合も、普通は左回りに設計されます。

    これを不規則に右回りを入れると、人間は不安定な感覚を生じます。

    例えば、オバケ屋敷のたぐいや、ジェットコースターなどですね。

     

    「左様です」という言葉は、肯定している意味を持ちます。

    もともとは、左様(さよう)ではなく、自然の然(しかり)と書き、

    然様(さよう)としていたらしいんですよね。

     

                              (続く)

     

     

    「操体マンダラ」は2021年7月22日(木)海の日に開催します。