カテゴリー: 岡村郁生(おかむらいくお)

  • 快癒の本質⑤

    (続き)

    「治癒」までの道標。

    それはまず、介助と補助になります。

     

    介助とは。

    患者はどう進めばいいか知らないのだから、その目的となる動きの方向

    を、指示できることです。

    「からだ」の動き、その循環を、刺激にならぬよう与え、引き出します。

     

    補助とは。

    「からだ」本来の、動きの流れを満たすことになります。

    その「からだ」の動きを促すため、その法則性にかなうためには、必要

    なことになるのです。

     

     

    この法則性とは、天然自然の摂理なのです。

     

    そして操体の臨床とは、その応用貢献の賜(たまもの)なのです。

     

                                    (続く)

  • 快癒の本質④

    (続き)

    操体の臨床では、症状や疾患別に、治すことはありません。

     

    つまり、それぞれにそれぞれのやり方がある、訳ではないのです。

     

    そこに至るまでの経過や、そこに至らぬまでの方法を理解してもらい、

    至らぬための指導を与えるため、操体の臨床家としての操者となるべく、

    師匠を通じて学び続け、実技として介助と補助を習っているのです。

     

     

    操体における臨床、それは「みちしるべ」。

     

    つまり、道標を示すことではないか、とワタシ自身は考えています。

     

                                 (続く)

  • 快癒の本質③

    (続き)

    ある時、「間=(マ)」は教えてくれました。

     

    「痛み」について考えていた時。

     

    「治すこと」を考えていた時。

     

    「治ること」を考えていた時。

     

    そんな、間を置いていた時。

     

     

     

    ふと、橋本敬三師の放言が目に留まりました。

     

    「病気はネェんだ‼って、何べん言って聞かせてもわがんねェ」

     

                               (続く)

  • 快癒の本質②

    (続き)

     

    快よく癒されると書いて「快癒」です。

    もちろん、どこかに痛みのない幸せを感じる、これは当然ですね。

     

    では単純な話、痛みが無くなれば、それで皆さんは満足なのでしょうか?

    いえいえ、それでは痛みが無いだけで、病人は取り残されてしまいます。

     

    病気や怪我を治したい。ただ、その一心で医療に救いを求める。

     

    痛みを止める要求は、当然のこと。

    ですが、それとは別に「からだ」を治すための経過はあるのです。

    「からだ」が治しているのですから、治癒のプロセスにも理由はあります。

     

    私たちは「からだ」の中の青写真を、どのように捉えているのでしょう?

     

    「からだ」は罰を与えたいわけではないのです。

     

    「治癒」の中にある感覚。

    内包された本当の感覚は、生命を統合し、調和と秩序をもたらす意味が在る。

    そう捉えてみると、「快癒」の「道すがら」に痛みも大切だと理解できる。

     

    ただただ、邪魔しない。

     

    常に、「治癒」のプロセスを助ける手段の一つでありたいから学ぶのです。

     

                               (続く)

  • 快癒の本質①

    石田実行委員、紹介有難うございます。

    今日から岡村の担当となります、一週間よろしくお願いいたします。

    今回のテーマは「治癒」ですね。

     

    そもそも、私が初めに操体を学ぶきっかけも、「痛い」ことをしない

    で治せるんだったら、その方が良いと言う単純な理由でした。

     

    「痛い」ことをしない意味について、本当に「痛い」ことが悪いこと

    なのか、と考えるきっかけになったのも「治癒」です。

    この「治癒」に、どのぐらいの臨床家がふりまされることでしょう。

     

    ただ、痛みというものは、「からだ」を考えるきっかけになります。

    ですから、「治癒」というのは、その完了形ではありません。

     

    再発の可能性がある「治癒」は「略治」と呼びますし、現時点での

    「治癒」ならば、「緩解」と呼んで識別しています。

     

    ですから、この世で一番、確かなものであるはずの自分の感じる事実

    「痛み」では、「治癒」において、最も頼りないのかもしれません。

     

    そして、病気・怪我がすっかり治る意味の「快癒」もありますから、

    改めて「からだ」を主語に変えた場合で、捉え直したいと思います。

     

                                  (続く)

  • 生命現象で紐解く「環境」⑦

    毎日、朝起きてから一日中に行う「環境」と「からだ」の循環。

    外から息を吸って頂いたものを、中で代謝したものを元にかえす。

     

    考えてみると、「息」「食」「動」「想」は、すべて「環境」ありきなのです。

    しかも一日に、約二万回も呼吸をしているんですからね。

     

    (つづき)

    月齢14週。

     

    唇の内側に刺激を与えると舌のうごきは現れるようになります。

    唇の内側と外側の境界線は、女性が口紅をつけるとき、どこまで塗るか考える

    とわかりやすいでしょう。

    飲み物を口の中にいれるとき、コップが触れる部分もこの境界線です。

     

    この境界線の部分感覚は鋭く、外界からの刺激にまず反応する部位なのです。

    「環境」って言葉は、境目と書くでしょう、境界線は大事な部位。

    つまり、「うごきを導く」わけで、「感覚」は「運動」を導いているのです。

     

    これは唇や舌の話ではありません。

    全てにおいての基本であり、正坐をした後うまく立てないことがありますが、

    それは、足そのものに異常があるわけではありませんよね。

    足がしびれて感覚がなくなったために、立つと言う足の機能に支障をきたして

    立ち上がる動作は出来ないわけです。

     

    つまり、感覚が運動をコントロールしているのは、本来の形なのです。

    このことは全ての基本であるため、日常における様々な随意運動に対しての、

    逆関係も考えられ、バーチャルな業界(VR)は熱心に研究されていますね。

     

     

    さて「胎内環境」は生誕後に思いっきり、胎外「環境」に移り変わります。

     

    ちなみにお腹が空いたとき、「猿」はおっぱいを一気に飲みきるそうです。

    ところが生物学実験で「ヒト」の赤ちゃんは、一定のリズムで少し飲むと少し休む。

    これは「想」の入出力を、胎外「環境」で行っているというわけです。

     

    つまり、休むと赤ちゃんを「どうしたの」と言って赤ちゃんを揺すったり、

    顔を覗きこんだりします。

    するとまた飲み出すわけですが、面白いことに、すでに人間の赤ちゃんは、

    コミニケーション欲しさに哺乳を辞める、という真実がわかっています。

     

    つまり、「食」が1番大切な行動であるにもかかわらず、ヒトの赤ちゃんは「食」を

    休んでまで、コミニケーションを欲しがるのです。

     

    この「想」に「感覚」のつながりや、人間が人間であるための基礎をつくると言う、

    最もヒトが「環境」に適応するための「原始感覚の快」は関係してくるのですね。

     

    さらに、人間は成長していきます。

    この時期に、未来を感じる人間の、人間である理由は生じてくるようです。

    自分でやりたいことを見つけ、生きる意味を紐解き、つながる力にもなる。

     

    「足るを知る」

    うまく成長させる要求を引き出すには、『何か足りない』ことも大切ですね。

    もう少し欲しい、もう足りていることを、しっかりと感じて覚えてもらう時期。

    例えば、少なめに与えたり、変わったものを与えたりして、子供がそれを欲して

    いるか欲しないか、生物的にはっきりと理解することは、何に繋がるんでしょう。

     

    この時期に特徴的なのは、「つかまり立ち」ができるようになることですです。

    この立ち上がると言う事は重力に逆らうという「感覚」を育むのです。

     

    人間は「重力」に逆らって生活できる動物そのものです。

    この重力に逆らって、調和する軸、生きる基礎の軸を作るのもこの時期なのです。

     

    まさに、「動」と「感覚」のバランス作りの大事な「環境」になります。

     

    そのあと、十ヶ月になるとあまりしゃべらない時期もあります。

    この時期は、「感覚」と「運動」のメカニズムを統合させるスタートなのだそうです。

    様々な感覚を人間の「大脳皮質」に送ることで、人間形成の基礎をつくる時期ですね。

     

    さて最終日は、随分と長くなって失礼しました。

    皆様にはお忙しい中、一週間のお付き合い頂きまして感謝です。

     

    明日からは、いよいよ瀧澤副実行委員長の「環境」ですね、お愉しみに!

     

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  • 生命現象で紐解く「環境」⑥

    (つづき)

    「環境」は環境でも、生まれてくる前、胎児の「胎内環境」は面白いのです。

     

    食べたり飲んだりすることは「操体」で「食」と関係しています。

    生物の「食」進化を考えてみると、胎児がどのように口腔機能を獲得しているか

    は、非常に興味深いものとなります。

     

    まず、月齢8週の時期。

    口(唇)に何らかの刺激が加わると、頸部と体幹の「同側性屈曲」を起こします。

    わかりやすく言うと、その刺激のあった方向へ首と体を曲げるようになるのです。

    このような、生物が早い時期に獲得する機能は、生命にとって重要なものである、と

    意味しているわけですね。

     

    頸部や体感の「同側性屈曲」のうごきは、大人になったり、高齢になったりしても、

    すべての動作の基本となります。

     

    ウソかホントか試しにやってみてください。

    首を動かさずに水を飲んでみようとすると、かなり困難なことがわかります。

    そして、首を全く動かすことなく椅子から立ち上がることもまず難しい。

    このようなことを考えると、頸がうごくことで、「からだ」はスムーズに動作として

    行われていることもわかるはずです。

     

     

    月齢12週位。

    この頃ようやく、唇そして舌はつくられます。

    この唇や舌を刺激すると瞬間的に唇を閉じることができるようになります。

     

    この、閉じることは別に大したことでは無いように思うかもしれません。

    ところがギッチョンチョン!実は閉じるから飲み込むことができるのですよ。

     

    口を開けたままつばを飲み込むことができるでしょうか。

    どうですか、口を閉じてないとうまく飲み込めないのです。

    このとき、舌はどこに触れているでしょうか。

    口蓋、つまり上顎に接しているのです。

     

    こう考えると、口が閉じることは舌を安定する、「呼吸」も安定する。

    橋本敬三師の哲学にある、生まれながらにして「救い」は成るわけです。

    「食」と「息」一つとっても、大切な「からだ」の「胎内環境」なんですよ。

     

                                   (続く)

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  • 生命現象で紐解く「環境」⑤

    (つづき)

    「呼吸」は、「環境」との状況下で生じる「生命現象」そのものです。

    そしてヒトの「からだ」には、毛細血管が張り巡らされているわけです。

    これは、本当に小さく、微弱で微小な「内圧の変化」にも鋭く、変化します。

     

    ここで、皆さんも普段の「呼吸」を「生命現象」として、感じてみませんか。

    イメージを用いて、毛細血管になったつもりで「からだ」の内部の「呼吸」を、

    細やかに「意識」「目線」「感覚」を向けていくのです。

     

    生命現象は、こんなにシンプルなイメージでも、認識できることがあります。

     

     

    認識できないことは現代の医学でも、解明されていないことのほうが多いのです。

    循環が悪くなって、栄養状態が悪くなって、そこから様々な機能障害を起こす事は

    証明されていても、なぜ循環や神経系が圧迫されたり「内圧の変化」は生じるのか。

     

    この内圧の疑問を「臨床物理学」として学問化される事は、いまだ無いわけです。

     

    「環境」のもと、根底における原理原則は、自然環境が作り出しているのです。

    宇宙から月、地球の大地を貫通して、空間さえも貫通する生命現象はあるのです。

     

    空気の中、巡っているエネルギーのようなものがあるならば、

    自然の原理として成立できる条件こそ、重力を紐解ける「臨床物理学」もある。

     

    橋本先生は「原始感覚」、三浦理事長は「原始感覚の快」を追究しています。

     

    この環境のもと、「呼吸」との関わり合いで「原始感覚」に至っていく要素があり、

    より深めてみることで「快」の要因もあるとしたら、愉しさは集約するわけです。

     

                                   (続く)

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  • 生命現象で紐解く「環境」④

    (つづき)

    「環境」における生存競争は、常に法則性があるようです。

    ここで生き残るものが勝つ、生き残れるか生き残れないかも、その一つ。

     

    「説得術 講談社現代新書 増原良彦」より

    気象大学教授でもある、著者の増原氏は語っています。

     

    「説得は”われわれ意識”の形成活動である。

     説得の究極の目的は、「われわれの共通の見解」をつくりだすことである。

     

     このように捉えてみれば、人間が社会的な存在である以上、他者といがみ合う

     のは必然なのだろうか。それでもどうにかして、平和的な解決策を共有できる

     理性をヒトであれば考えたい」

     

     

    この広い地球上には、4000メートル以上の高地環境で生活する人達もいます。

    ところが、ワタシも含めて平地環境にいると、毎日、朝から晩まで、思いっきり空気を吸いながら、『ああ嬉しいナ、有り難いなぁ』とも、案外思っていませんよね。

     

    この空気中の環境に順応して生きていくこと。

     

    スウェーデン語で、海上でのバランスを取るという意味で「トリム」といいます。

    状況に間に合うように、最も適切なポジションに位置して、軸を安定させ続けることを「トリミング」しているといいますが、これも「原始感覚の快」あってのこと。

     

    そして「環境」と調和するために、ワタシ達も大地の上、空気が充満している中、この人間の「からだ」と「うごき」のトリミングを成していくこと。

     

    これに関して大切な事は、最も止めることの難しい「呼吸」でしょう。

    「呼吸」を通じて、天然自然の流れに沿う感覚はシンプルです。

     

    これこそ、「環境」の最中に状況に調和して、トリミングしている感覚です。

     

    ワタシ自身、サーフィンは人生の指標となりましたので、一言申し上げます。

    好きなことをして、していることを追いかけて、それに向けてしっかりと進めば

    それが現実となる。何回やってもいい気分になれるから、先を考えなくて済む。

     

                                  (続く)

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  • 生命現象で紐解く「環境」③

    (つづき)

    原始感覚の快は「からだ」が感じているのです。

     

    環境が変化しても「からだ」は常に、生命現象の状況を感じています。

    これは、天然自然の大法則ですから、時代が変わっても変わりません。

     

    実際、大昔の人が残した書物を今読んでみても、現代に通用していること、

    何にも違和感のないことも、かなりありますよね。

    (勿論、同時に今では疑問に感じることもあります)。

     

    そこで、世紀が変わっても読み継がれる書物のメッセージ性を紐解けば、

    普遍性があり再現性も高いことは、その書物内容が本質的であるからです。

     

    そうでなかった思想や書物は淘汰されて、失われていくのが自然でしょう。

    普遍性のある本質的な考え方や行動とは、結局はシンプルなんですよね。

     

     

    閑話休題。

    ある患者さんと話していたときのことです。

     

    その人は「コロナが背景にあるだろうけど、このところ、隠れていた本質が

    露呈するようなことが世界中で巻き起こっているんじゃないかなあ。

    それを乗り越えたときに、新しい世界が構築されるような気がする」

    と、語っていたのは印象に残りました。

     

    時代の最先端に目ざとく、いち早く流行を取り入れタイミングよく便乗すれば、

    その都度利益を得ることも可能ですが、それは、あくまで時の流れに乗る能力

    に長けているだけです。

    「環境」との相関性で本質的かどうかについては、別問題と思うんですよね。

     

    それに、「環境」としての地球温暖化が進んでしまっても、

    赤道直下や南極北極などでない限り、地球のなか日本には四季があります。

    変わらず繰り返されることも、根本的な住処環境には、変わりありません。

     

    一雨ごと春~初夏へと向かって、季節はちゃんと移り変わっていきますよね。

    そんな中、いろいろあって、世界は劇的な「環境」のリストラを起こしていく。

    「環境」をシンプル化して、その後にどんな世界・社会が生まれるのか。

     

    操体を学んでいて想うのは、本質的な生命現象を続けつつ、今できる目標と、

    それに向かう継続的な行動を続け、変化を感じることが大切だと想うのです。

                            

                                     (続く)

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