カテゴリー: 寺本 雅一(てらもと まさかず)

  • 苦手

    以前、新潟のお土産で「渋柿の焼酎漬け」なるものをいただいたことがある。

    それがまた、今まで食べてきた柿のイメージがひっくり返る程に絶品で、

    その時の衝撃が深く記憶のなかに残っている。

     

    「渋柿」は、そのままでは、

    あの独特の渋味が強過ぎて 食べられたものではない。

     

    そんな「渋味」に立ち向かった、

    初めての人。

     

    試行錯誤と、手間ひまをかけて

    「渋」を抜く方法があることを発見し、

    処理を重ねることで、

    甘柿では味わうことのできない

    あの何とも言えない妙味にまでたどりついた。

     

    もしそういう風に向き合う人がいなければ

    未だに渋柿は「渋い柿」のまま。

    この「絶品」は隠されたまま、

    見向きもされない存在のままだったのだろう。

     

    柿の渋を抜くのと同じで、

    自分自身が「苦手」と感じていることも

    「苦み」を丁寧に処理することができれば

    何か別の感覚に化ける可能性が

    あるのかもしれない。

  • みている

    「少しくらい、いいかな。誰かが見ている訳ではないし・・。」

     

    日常のなかでの些細な誘惑。

    スッと入り込んできては、「軸」を揺さぶる囁き。

     

    安心してください。

     

    例え、誰も見ていないところでも、

    「自分自身」はちゃんと目を開けて見ています。

     

    ワタシを支えている何十兆個の細胞は

    ワタシの選択をしっかりと見届けています。

     

    「独り」ではありませんよ。

  • 思い返す

    「楽」と「快」は違う。

    楽か辛いかを問いかけることと、

    快をききわけること。

    この識別を徹底的に学ぶ。

    「臨床」において。

     

    「日常生活」はどうか。

    自分自身を振り返ってみると、

    結構、「楽」を選択している場面があるように思う。

     

    わかっているけどやめられない。

    それも一種のバランスで、

    「楽」を選択することで得られる報いを存分に味わうことをしながら、

    わかっていない「生命感覚」のことを思い返している。

  • 芽生えを育てる

    おはようございます。

    瀧澤さん一週間の投稿ありがとうございました。

    静かに、それでいて深くしみ渡るメッセージをこの一週間堪能致しました。

     

    本日から寺本の担当です。

    操体の世界観に触れて六年目。 まだ途上の身でありますが、

    今回のテーマである「プロ意識」と「プロ根性」について

    いま感じていることを一週間書いてみたいと思います。

    宜しくお願い致します。

     

    時間と空間を費やして、何かひとつのことを学んでいると、

    少なからず「気付き」のようなものを得る瞬間がある。

    「今まで見えなかったことが見えた」

    ような気持ちになる。

     

    嬉しくて、これはある種の「プロ意識?」なのかも知れないと、

    「芽生え」のようなものなのかもしれない、

    とその瞬間は感じる。

     

    数日後、先日芽吹いた「プロ意識」のことを思い出す瞬間がやってくる。

    そして、思い出すまですっかりそのことを忘れていたことに気付く。

     

    あの時の「芽生え」は、いつのまにか消えている。

    正確には、消えているというよりは

    あると思っていた場所で「枯れてしまっていた」とでも言うべきか。

     

    せっかくの芽生えに、水をやるのを忘れてしまう。

    芽生えを育て続ける、

    肝心の「プロ根性」が足りていないのだと感じる。

  • てがみがくるまえに

    童謡・唱歌で有名な「やぎさんゆうびん」を

    7日間、「臨床」の観点から覗いてみてきました。

     

    やぎさんゆうびん (はじめましてのえほん)

    やぎさんゆうびん (はじめましてのえほん)

     

     

    今回は、 しろやぎさんを「臨床を受ける人(と、からだ)」

    くろやぎさんを「臨床家」、

    として、考察を試みてきました。

     

    操体の臨床という観点は「ちょっと(いや、だいぶ)」特殊で、

    さらにつついてみると、

    他にもまだ見方・捉え方が重なるように思えてきます。

     

    例えば、

    しろやぎさんを「臨床を受けるからだ」

    くろやぎさんを「臨床を受ける人」

    として振り返ってみても面白いのです。

     

    からだからのメッセージを

    本人がちゃんと受け取れていない状態。

     

    そんなとき、からだから届いた手紙を、

    一時的に、臨床家が代行して読むこともあるかもしれません。

    また、読み方を本人に伝えることもあるかもしれません。

    そこに介入する操体の臨床家(操者)は、

    「手紙が届いてますよ」とメッセージの存在を伝える

    「ゆうびんやさん」のような立場でもあるのかもしれません。

     

    そういった臨床を続けることで、

    ただ手紙の内容が伝わるだけでなく、

    くろやぎさんのなかで、何かが動くこと、もあるかもしれません。

      

    「そろそろ、しろやぎさんから手紙が来るかもな」 と思ったり、

    「しろやぎさん、どうしているだろう、会いにいってみようかな」

    と感じるようになったら、

    「よまずにたべる」あのいつまでも続いていくかのように思われた

    「すれ違い」にも、 変化が起こってくるのではないでしょうか。

    その辺が、操体臨床の、操体臨床らしいところだと思います。

     

    さて、不思議な「操体臨床」の実際のところ、

    きけるチャンスが4月にやってきます。

    ピンときた方は、まず一度足を運んできてみてくださいね。

    お待ちしています。

     

    2017春季東京操体フォーラム4月29日(昭和の日)に開催します!

     

    一週間ありがとうございました。

    明日からは、友松実行委員のメッセージとアプローチが届きます。

    おたのしみに。

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  • しかたがないので2

    童謡・唱歌で有名な「やぎさんゆうびん」を

    「臨床」の観点から覗いてみています。

    やぎさんゆうびん
    作詞:まど みちお 作曲:團伊玖磨

    しろやぎさんから おてがみ ついた
    くろやぎさんたら よまずに たべた
    しかたがないので おてがみ かいた
    さっきのてがみの ごようじ なあに

    くろやぎさんから おてがみ ついた
    しろやぎさんたら よまずに たべた
    しかたがないので おてがみ かいた
    さっきのてがみの ごようじ なあに

    お手紙を読まずに食べたしろやぎさん。

    「しかたがないので」しろやぎさんは、

    また手紙を書きます。

     

    しろやぎさんにとっては「2通目」の手紙。

    一方、そこに書かれているのは

    最初に伝えたかった「1通目」の内容とは

    まったく別なメッセージかもしれません。

     

    手紙を書くという、

    アプローチは一緒なようでいて、

    そこに書かれているメッセージが変化した。

    手紙を書いた「目的」が変化したからでしょうか。

     

    操体の「診立て」を学んでいるとよく出てくるキーワードに

    「火元」と「サイレン」という例えがあります。

     

    からだからのメッセージとして、

    「ここを診て欲しい」という「火元」があるのに、

    そこになかなか気付いてもらえないと、

    別な場所、ないしは「症状・疾患」という

    分かり易い「サイレン」のように

    メッセージを発信してくれます。

     

    そこでうっかり、「サイレン」の方にばかり目がいってしまうと、

    「サイレンに水ぶっかけるようなことをするな!」と

    怒られて(笑)、からだとのすれ違いは

    益々深まっていく、ばかりです。

     

    今度のフォーラムでは、現役の操体臨床家の事例発表の機会を

    たくさん用意しました。

    診立ての現場をきける、絶好のチャンスだと思います。

     

    2017年春季東京操体フォーラム開催します!

    全国から悩めるやぎさんやひつじさんが集合しています。

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  • よまずに たべた2

    童謡・唱歌で有名な「やぎさんゆうびん」を

    「臨床」の観点から覗いてみています。 

    やぎさんゆうびん
    作詞:まど みちお 作曲:團伊玖磨

    しろやぎさんから おてがみ ついた
    くろやぎさんたら よまずに たべた
    しかたがないので おてがみ かいた
    さっきのてがみの ごようじ なあに

    くろやぎさんから おてがみ ついた
    しろやぎさんたら よまずに たべた
    しかたがないので おてがみ かいた
    さっきのてがみの ごようじ なあに

    今度はくろやぎさんから手紙が届きました。

    でも、ここで不思議な現象が起こります。

     

    伝えたいことがあって、 最初に手紙を出した張本人のしろやぎさんですが、

    その相手から届いた手紙を

    読まないで、食べてしまいます。

    ムシャ、ムシャ、ムシャ。

     

    このうたの1番と2番は

    主語が入れ替わっているだけで

    使われている言葉はほとんど同じ。

     

    しろやぎさんも、くろやぎさんも

    お互いが同じようなところがあって、

    その結果、終わらないループに入り込んでしまっている、

    以前は、この童謡からそんな印象を感じていました。

     

    でも、こうやってじっくり眺めてみると、

    1番から2番への「流れ」があって、

    言葉は同じであっても、

    内容はまったく同じではない、ような気もしてきます。

     

    手紙が届いたとき、しろやぎさんは、

    くろやぎさんが手紙を「読んでいない」こと、

    「食べてしまったこと」に、

    もしかしたら気付いているのかもしれません。

     

    操体を勉強していると、

    いままで知らなかったからだのことを知る機会に遭遇します。

    「からだ」には「開いて」診せてくれているときと、

    「閉じて」診せないようにしているとき、

    もしくはそんな風に感じる現象が起こる。

    といった衝撃の事実を目の当たりにすることもあります。

     

    「からだ」は目の前の臨床家のことを、

    ちゃんと見ているようです。

    「からだ」だって、場合によっては、

    臨床家からのアプローチを受け取らずに

    ムシャムシャと食べてしまうこともあるのでしょうね。

    しろやぎさんのように。

     

    2017年春季東京操体フォーラム開催します!

     

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  • さっきのてがみ

    童謡・唱歌で有名な「やぎさんゆうびん」を

    「臨床」の観点から覗いてみています。

     

    やぎさんゆうびん
    作詞:まど みちお 作曲:團伊玖磨

    しろやぎさんから おてがみ ついた
    くろやぎさんたら よまずに たべた
    しかたがないので おてがみ かいた
    さっきのてがみの ごようじ なあに


    くろやぎさんから おてがみ ついた
    しろやぎさんたら よまずに たべた
    しかたがないので おてがみ かいた
    さっきのてがみの ごようじ なあに

     くろやぎさんはムシャムシャと手紙を食べてから

    しかたがないので、しろやぎさんに手紙を書きます。

    そこに書かれたメッセージの内容は

     

    さっきのてがみの ごようじ なあに

     

    です。

    ここで、ひとつ発見があります。

     

    くろやぎさんは、先ほど自分が食べてしまったものが

    「手紙」だと知っていました。

    そこに何らかのメッセージが記されていることを感じながらも

    「読まず」に、「食べた」。

     

    ・衝動的につい食べてしまった。

    ・手紙を読むのが面倒だった。

    ・その手紙の内容を見ることに抵抗があった。

     

    他にもたくさん理由は考えられますし、

    理由は色々あるのだと思います。

     

    もし、理由のひとつに

    「読みたかったけど、手紙の読み方がわからなかった」

    というものがあるとしたら

    それは大きな葛藤だと思います。

     

    でも、この「葛藤」は、すごくよくわかります。

     臨床の世界に重ね合わせてみると、

     

    からだから何らかの「メッセージ」が届いているらしい、

    でも何がメッセージなのか、

    その読み方も正直なところわからない。 

     

    では、

    このメッセージをまずしっかりと受け取るために、

    どんなアプローチができるのだろうか。

     

    操体が目をそらさずに、寧ろ光を当てているのは、

    まさにこの、手紙の「読み方」。

    その為に必要なアプローチの方法なのだと思えてきます。

     

    2017年春季東京操体フォーラム開催します!

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  • しかたがないので おてがみ かいた

    童謡・唱歌で有名な「やぎさんゆうびん」を

    「臨床」の観点から覗いてみています。

    やぎさんゆうびん
    作詞:まど みちお 作曲:團伊玖磨

    しろやぎさんから おてがみ ついた
    くろやぎさんたら よまずに たべた
    しかたがないので おてがみ かいた
    さっきのてがみの ごようじ なあに


    くろやぎさんから おてがみ ついた
    しろやぎさんたら よまずに たべた
    しかたがないので おてがみ かいた
    さっきのてがみの ごようじ なあに

     

    てがみをたべてから、

    くろやぎさんは、何を想うでしょう。

     

    うたの中では、次の言葉に移るまで

    ほとんど一呼吸の間もありません。

     

    ちょっと調子が上がって

    『し〜かたが ないので お〜てがみ か〜いた』

     

    と、ここで、くろやぎさんは「アプローチ」を始めます。

     

    始めるのですが、

    その「一手」に移るにあたって、

    「しかたがないので」という言葉が

    さりげなく生まれているところに

    まどみちお先生の凄さ、深みを感じます。

     

    メッセージを食べてしまってから、

    手がかりを見失って、

    最終的に「しかたがないので」

    という心境に着地するまでの間。

     

    「からだ」を前にして、

    くろやぎさんのような状況に

    直面した経験のある臨床家の方も、

    もしかしたらいるのではないでしょうか。  

     

    2017年春季東京操体フォーラム開催します!

     

    f:id:tokyo_sotai:20130817150223j:plain

  • よまずに たべた

    童謡・唱歌で有名な「やぎさんゆうびん」を

    「臨床」の観点から覗いてみています。

     

    やぎさんゆうびん

    作詞:まど みちお 作曲:團伊玖磨 

    しろやぎさんから おてがみ ついた

    くろやぎさんたら よまずに たべた

    しかたがないので おてがみ かいた

    さっきのてがみの ごようじ なあに

     

    くろやぎさんから おてがみ ついた

    しろやぎさんたら よまずに たべた

    しかたがないので おてがみ かいた

    さっきのてがみの ごようじ なあに

     

     

    やぎさんゆうびん (はじめましてのえほん)

    やぎさんゆうびん (はじめましてのえほん)

     

     

    しろやぎさんから「手紙」が届きます。

    その手紙を「読まない」くろやぎさん。

    「読まない」で、机の上に置いておくならまだしも

    ムシャムシャと、食べてしまうところが、なんとも面白いです。

    手紙はくろやぎさんの胃のなかへと消えてしまいます。

     

    こういうことは「臨床」の中でも

    起こっていること、のように思います。

    特に、操体をかじったことのある方だったら

    あるイメージが浮かんで来るのではないでしょうか。

     

    例えば、

    しろやぎさんを「臨床を受ける人(とその人のからだ)」

    くろやぎさんを「臨床家」 に置き換えてみると、

    からだからメッセージ(手紙)が届いているのに

    それを診逃してしまう(読まない)臨床家の姿に重なってみえてきます。

     

    そして、残念なことに、

    そのすれ違いは、からだからのメッセージを、

    消し去ってしまう(食べる)流れにつながっていることに、

    とても似ているように思います。

     

    2017年春季東京操体フォーラム開催します!

     

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