カテゴリー: 寺本 雅一(てらもと まさかず)

  • 空間を与える

    モノゴトに向き合うためには

    ただ向き合うだけではなかなかうまくいかないように、最近感じている。

     

    これは単に時間の長さの問題ではないように思う。

    短くても、良質の時間を過ごすことはできる。

     

    例えば、普段の仕事や生活の流れのままに

    何か別の大切なことに向き合おうとしても

    うまく集中できない。

     

    自分自身の為に時間をつくっているつもりでも

    そのなかで流れている時間は通常と同じままである。

     

    そんな時は時間ではなく、「空間」を自分自身に与えてみる。

    え?

    「空間」を与えるってどういうこと??

     

    興味があったらズルい野次馬根性で覗きに来てくださいね。

    空間を味わうにはうってつけの機会です。

    2018年秋季フォーラムはまもなく開催されます。

     

    テーマは「身体芸術と操体」です。

    日時:2018年11月23日(金)
    時間:9時45分開場 10時00分〜18時00分
    会場:ルーテル市ヶ谷センター会議室 
    東京都新宿区市谷砂土原町1-1  http://www.l-i-c.com/

    参加費用 10,000円(事前申込みのみ。当日受付は致しません)

    事前申し込み受付は11月20日(火)本日までとなります。

    お申込フォーム

  • 常識から生まれた非常識

    「非常識」といっても一括りにはできないように思います。

     

    常識と正反対のものを、敢えて選択した結果の非常識があれば、

    常識をとことん精査した結果、「あれ?」と疑問を持ち

    今までの常識を見直すことで非常識が生まれることもあるように思います。

     

    操体」はそもそも「非常識」なところから

    その一歩を踏み出しているところがありますが、

    それまでに至る経緯において、

    創始者自身も常識との葛藤の中で生まれた疑問を咀嚼しながら、

    結果的に非常識なことに未来を見据えたのだと思います。

     

    ただ物珍しいことに目を向けて、味見することは誰にでもできますが、

    とことん味わってみて、新しい一歩を踏み出すことは

    誰にでもできる事ではないことです。

     

    操体の息吹きを生で感じたい方は是非。

    2018年秋季フォーラムまもなく開催します。

    テーマは「身体芸術と操体」です。

    日時:2018年11月23日(金)
    時間:9時45分開場 10時00分〜18時00分
    会場:ルーテル市ヶ谷センター会議室 
    東京都新宿区市谷砂土原町1-1  http://www.l-i-c.com/

    参加費用 10,000円(事前申込みのみ。当日受付は致しません)

    事前申し込み受付は11月20日(火)までとなります。

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  • 大きな器

    おはようございます。

    瀧澤さんのウサギのエピソード、大好きです。

    一週間ありがとうございました。

    本日から寺本が担当します。

    テーマは引き続き「常識を疑う目」です。

    宜しくお願いします。

     

    疑う前にまず

    身につけることすら容易ではないもの。

    「常識」に対してはそんな印象を感じています。

    最低限、身につけると言ったって、それなりの時間を要するでしょう。

     

    一方で、「正しい」と思って身につけていたことのなかにも

    年月を重ねて検討した結果、

    修正の必要が現れてくるようなことがあることもあります。

     すると昨日までの「常識」が、今日から「非常識」に変化してしまう。

     

    簡単なことではありませんが、

    「常識」も見渡しながら、「非常識」なことも見通せる。

    尚且つ、その間を行ったり来たりできる

    器の大きい目を育てることは必要なことだと思います。

     

     

    ※「目」を育てるにはうってつけの機会。

    2018年秋季フォーラムまもなく開催します。

    テーマは「身体芸術と操体」です。

    日時:2018年11月23日(金)
    時間:9時45分開場 10時00分〜18時00分
    会場:ルーテル市ヶ谷センター会議室 
    東京都新宿区市谷砂土原町1-1  http://www.l-i-c.com/

    参加費用 10,000円(事前申込みのみ。当日受付は致しません)

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  • 可能性を味わうように

    昨日に引き続き、

    「味わう」ということに最近興味がある。

     

    私自身を振り返ってみるとき、

    いかに常日頃、味わうことなく生活しているか、

    ということに気付かされる。

     

    例えば、大好きな定食屋さんに行って

    先週も食べた好物のものを食べていても、

    本質的には、その経験で味わえる感覚は先週食べたときとは同じではない。

     

    でも、同じではないことに意識を向けることは

    意外と忘れられていて、

    前回と同じ経験をしているような錯覚を体験しているように感じる。

    言い方を変えれば、前回と同じ道筋は見えているが、

    可能性は閉じてしまっているようなものだと思う。

     

    一方で、操体の臨床を継続して受けている方から

    「今日はまた、この間と違う感じでしたね」

    というような感想をいただくことがある。

     

    最初のうちは、そのことをあまり気にしていなかったが

    こういった本人の気づきは、自身の感覚のスイッチがONになっている

    ひとつの証拠なのではないかと思う。

    また、新しい道筋が発見された、その気付きでもあるのではないか。 

     

    からだを通して、

    その時にしか経験できない感じを味わえる。

    言わば感覚の可能性にタッチしている

    この操体の臨床には、操体ならではの面白さがある。

     

    一週間ありがとうございました。

    明日からは、いつも新鮮な息吹を感じさせてくれます

    友松実行委員の登場です。

    おたのしみに。

  • 山の上のコーヒー

    単純に好きというのもあるが

    仕事柄、常日頃コーヒーが欠かせないものとなっている。

    補給するのはもっぱらインスタントものだ。

     

    日に何杯も口にするなかで

    ふと、「山の上で飲むインスタントコーヒーは格別だったなぁ」

    と思い出す。

    これは大学で探検部に属して、山歩きなどしていたときの記憶だ。

     

    それにしても山の上だと何であんなに旨いのか、本当に不思議で仕方がない。

    空気がおいしいから、喉が渇いていたから、状況的にレアだから

    などそこに理由を挙げようとすればきりはないが、

    結構大切な理由のひとつに

    アタマでコーヒーを飲んでいるか、

    からだでコーヒーを味わっているか

    の違いもあるかもしれない、と思い至った。

     

    山道を歩いていると、次第に

    普段は働いていない「感覚」が優位になってくる。

     

    インスタントコーヒー自体に変わりはない。

    変化しているのは、口にしているこちら側なのではないか、

    と感じつつ、今日はコーヒーを味わってみた。

  • 奪わないために

    自分の事であればまだしも、

    自分以外の存在について

    その「可能性」を奪ってしまっているようなことが

    自分は結構多いなと感じる。

     

    そういったことに直面するなかで

    可能性を奪うような

    「余計な事をしない」ようにする為に

    どうすればいいのか。

     

    もしかしたら自分はこの操体から

    そういうことを学んでいるのではないかと思う。

  • 可能性に逆らわない

    臨床のことから少し世界は離れるが

    夜毎、うちのニホンヤモリの「ご飯」を求めて

    狩りに出かけていると、時折不思議な出来事に遭遇する。

     

    ターゲットとなるクモが見せてくれることなのだが、

    捕獲容器で捕まえようとすると

    「絶対に捕まってなるものか」と言わんばかりに

    逃げ足の速いものがいる。

     

    「狩り」の最初のうちはそういった獲物も捕まえようと躍起になっていたが

    いつしかこの手のクモは深追いしても捕まらないか、

    捕まえても、次の獲物をとるときに取り逃がすか

    もしくは、捕まえても何か後味の良くない感じが残ると気が付いたので

    最近では深追いはしないことにしている。

     

    かと思えば、捕獲容器を近づけただけで

    ポンっと自ら容器に飛び込んでくるクモもいる。

     

    何だか不思議な現象を見せられているようで、

    目に見えない天然自然の流れに少し触れているように感じる。

     

    そしてその流れのようなものを感じたのなら

    逆らうのはよした方がいい、ということか、

    と教えられているような気持ちになる。

  • 可能性に委ねる

    「治すことまで関与するな」

    昨日に引き続き、これも創始者から未だに問いかけられ続けている

    名言だと思います。

     

    何を言わんとしているのか。

    操体の臨床家を目指す人間は、この言霊を咀嚼し続けながら

    では、成すべきことは何なのか、

    受け取るということを続けながら、

    「委ねる」ということの意味を学習しているではないかと思います。

  • 可能性を見据える

    「やるやらねえはテメエの勝手」。

    操体創始者の姿勢が滲み出ている言葉だと思います。

     

    一見すると、冷たく突き放しているようにも思えますが、

    寧ろ、相手の可能性を見据えているからこそ伝えられる

    「指導者」の言葉なのだと感じます。

  • 可能性と向き合う

    昨日のブログ、身体運動から身体芸術へ。

    「芸術」という言葉も

    特別な営みではなく、何だか身近に感じられてきますね。

     

    瀧澤さん一週間ありがとうございました。

    本日から寺本が一週間担当致します。

    テーマは引き続き「可能性」です。

    宜しくお願いします。

     

    「可能性」という言葉を聞くと、

    ちょっと後ろめたい気持ちになることがあります。

     

    いつも「やれるか、やれないか」のことばかり。

     

    肝心な、「やるか、やらないか」のことを

    あんまり考えられていないからかもしれません。