触れてみれば、全てが意味のある存在である
触れてみれば、全てが必然の存在である
開催案内 | 2023年秋季東京操体フォーラム | Tokyo Sotai Forum





おはようございます。
よく、自然に触れてリフレッシュするという。
その自然とは、大抵は緑があって舗装されていない道路があって、ちょうど里山のような風景が思い起こされると思う。
確かに、そうしたところは空気も澄んでいて、美味く、それだけでもリフレッシュした気分になる。
データ的にも、森林浴や森林の中を散歩したりすることで、ストレスホルモンとして知られるコルチゾールが減少したり、交感神経活動や血圧、心拍数も落ち着かせてリラックスさせるとか、ナチュラルキラー細胞が増加して、免疫力が高まるといった効果が認められているという。
確かに、そうした効果も感じられる。
しかし、森林浴をしている時の呼吸を、からだの求める呼吸にしてみたりとか、散歩する時もからだ本来の動きに合わせる様な歩き方にしてみた方が、もっと効果的なのではと思う。
また、呼吸も含めからだの正当な使い方を識り、都会に居ながらも、それを生活習慣に取り入れる事で、ストレスの軽減は可能だと思う。
里山の方に出かけて、森林や生きた土や空気に触れるのも良いと思う。
そこには自然の理に沿って生きる生きものや、その生の循環で生じたものがあるから。
そうなると、人間も不自然な生き方によって生じてしまったストレスを解消する為に、里山の方に出かけるという前に、自然の理に沿った生き方をしてストレスをためないようにする事の方が先決のように思える。
そのうえで、自然の理に沿って生きるものたちに触れた方が、より親しみも湧くし、より効果的なのではと思う。

一週間のお付き合い、ありがとうございました。
来週は畠山裕美先生の担当となります。
どうぞ、おたのしみに。
友松 誠。
おはようございます。
最近、スキンシップという言葉をあまり聞かなくなったと思う。
それだけ、ここ3,4年続いたコロナ禍の影響は大きいと感じる。
コロナ禍中での、握手をはじめとした肌と肌の触れ合う機会の減少、それに反比例するように増加、普及したテレワーク。
テレワークといえば、コロナ禍の最中に何度か利用させていただいた。
しかし、どうも苦手であり、終わった後どっと疲れるのを感じた。
片道3時間以上かけて行き来する必要もなく、楽なのだが何故か疲れる。
これも同じ空間を共有していないが為だろうか?
慣れてないせいもあったろうが、ダイレクトにモニター越しの顔があると、どうも落ち着かない。
それに対して、同じ空間を共有し、いい塩梅の距離と間(マ)があると、その間を介した触れ合いみたいな安心感を感じる。
間(マ)を介した触れ合い、これも一種のスキンシップなのではないだろうか。
テレワークは、確かに便利であり、効率的でもある。
しかし、便利さや効率ばかり求めて、触れ合いというものが少なくなってくると、何かおかしくなってくる感じもする。
袖触れ合うも他生の縁と言うではないか。
同じ空間を共有できるというのも、有難い縁であり、便利さや効率を求めるあまり、自分からその有難さを放棄するのは勿体無い事なのではと思う。