投稿者: karib_sotai

  • まるごと操体③~快適感覚~

    生体のバランス制御が楽から快に変わり、運動分析から感覚分析へと操体法は進化してきました。

     

     

    一つ一つの動きをとおして「快適感覚」をからだにききわける動診・操法。

     

    「からだの動き」を表現し、からだに意識を向け、「快適感覚」の有無を確かめる。

     

    からだ主体の意識感覚の「うつわ」になっていく。

     

     

    「動きより感覚を重視する」

     

    橋本敬三医師晩年のメッセージ。

     

    快適感覚を味わい、委ねることで、生体のバランス制御にかなっていく。

     

     

    自分の思考意識以外に、からだが感じていることがあります。

     

    はじめにからだがききわけている感覚があり、わたしたちはからだに感覚をききわけていくことができます。

     

    からだに意識が向いてくると、生活空間においても、からだがききわけている快適感覚を素直にいただくことが可能となってくる。

     

    やりやすいか、やりにくいか、といった相対的な基準で判断するのではなく、「からだが悦ぶ」ことを基準にしていく。

     

    意識の方向性、意識の生かし方が変われば、「うつわ」の中に満ちることも変わってくる。

     

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  • まるごと操体②~うつわをつくる~

    感覚という「からだからのメッセージ」を受け取る「うつわ」をつくっていくこと。

     

    その「うつわ」に入ってくるメッセージの中から、「からだが悦ぶ」ことを感じとっていくこと。

     

    メッセージが意識に響いたとき、自分ごとになっていく。

     

     

    対になる動きを比較対照し、どちらの動きが楽なのか、辛いのか。

     

    本人に運動を分析させて、楽な動きを選択させていた動診・操法の時代。

     

    そこでの基準は、やりやすいか、やりにくいか、相対的な運動感覚差。

     

    相対的な基準では、相対的な「うつわ」ができあがる。

     

     

    書籍には残されていない橋本敬三医師晩年のメッセージがある。

     

    「これからは楽ではなく快」。

     

    快適感覚という「からだからのメッセージ」によって、相対的な世界から解放される。

     

     

    「からだが悦ぶ」とは、比較しない絶対的な感覚。

     

    その感覚がそれにかなう「うつわ」にしてくれる。

     

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  • まるごと操体①~実践学として~

    岡村さん、意識へ響くメッセージ集、ありがとうございました。

     

    学びの内側から「まるごと」操体にふれさせていただいている。

    そんなふうに感じられた一週間でした。

     

    今週は瀧澤が引き継ぎますので、どうぞよろしくお願い致します。

     

     

    今回のテーマは「まるごと操体」です。

     

     

    改めて「まるごと操体」として操体と向き合ってみると、まだまだその全貌は見えていない、というのが正直なところです。

     

    「まるごと操体」と向き合うことは、「いのち」や「宇宙」、「真理」といったものと向き合うことに等しい。

     

    操体創始者橋本敬三医師の生命哲学、継承している三浦寛理事長の進化し続ける操体法を、学び続ければ続けるほど、そんなふうに感じるようになりました。

     

     

    ただ、操体は臨床や生活空間で生かせる健康学であり、実践学でもあります。

     

    実際にやってみてどうなのか、やり続けてみてどうなのか。

     

    からだをとおして体感し、実践することで理解を深めていくことができる学問です。

     

     

    そして、実践をとおして理解する上で助けとなるキーワードがあります。

     

    それは「からだが悦ぶ」です。

     

    「からだが悦ぶ」ことが健康維持増進につながり、ひいてはわたしたちを生かしてくれているものにもつながっている。

     

    そのようなことを「からだからのメッセージ」としていただく学びが操体にはあります。

     

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  • まるごと「操体」⑦

    <エピソード⑯>

     

    (「食」に関して)

     

    トルストイが、

    「この世に屠殺場があるかぎり、戦場はなくならない」と、言ってるんだよな。

     

    ただ、本当に「青汁」だけで生きていける人は、いるの?

     

     

    <エピソード⑰>

     

    葛藤。

     

    その都度回答したり、悩んだりしなくてもよくなったのは、

    内心、『馬鹿じゃなかろうか』と、感情を見て、腹を立てていても、

    オレも『心を病むとこうなるんだ、こうなってしまうんだな』と。

     

    自分の中で理解できたから、患者に対する葛藤が消えていったんだ。

     

    目に見えない現象に対して、どの程度理解できてくるのかってこと。

     

     

    <エピソード⑱>

     

    人間は、非人格的立場から言えば、

     

    人間はまだ出来上がっていない。

     

    「神=カミ」からすれば、未知であり、未来なんだよ。

     

    創造的な宇宙空間の中で、まわりて巡(めぐ)っているんじゃないの。

     

    宇宙には、常に未来があって、非人格者としての今がある。

     

    過去・現在・未来っていうけれど、本当は、

    未来から現在、そして過去へと流れているんじゃないか。

     

     

    ということで、一週間のお付き合い有難うございました。

    操体の個人レッスンで書き留めた、意識へ響くメッセージ集。

     

    「まるごと操体」に、適っておりましたでしょうか?

     

    明日からは、瀧澤副実行委員長の登場です。おたのしみに!

     

     

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  • まるごと「操体」⑥

    <エピソード⑬>

     

    水の中の気付き。

     

    愛は直線でとおる。

     

    感謝、ありがとうは、末広がりでとおる。

     

    全体一体の円、数珠。

     

     

    <エピソード⑭>

     

    生命は生命相、水分としての構成にも命(いのち)があり、

    命(いのち)があるから言葉に反応するんだろう。

     

    言葉は命(いのち)から始まっている。

     

    自分から離れたとしても、生きている言葉に対して呼吸が反応している。

     

    そもそも、空間そのものが命(いのち)なんだから、

     

    空間も、言葉も、呼吸も、全てつながっている。

     

     

    <エピソード⑮>

     

    全体一体、一つの調和でつながっていく。

     

    骨盤の器の中に、肩甲骨を中に収めるという意識感覚を持つ。

     

    肩甲骨を下げる、骨盤を下げるという意識を持たせると、

    腰が伸びてくる。

     

    これが、腰が基軸となる理由である。

     

    そうすると「捻転」は「側屈」となる。

     

     

     

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  • まるごと「操体」⑤

    <エピソード⑩>

     

    石の上にも3年。

     

    一万時間は1つのことを学ぶ。後は辞めないことである。

     

    学ぶことをやめないことだよ。

     

    学び続けているのであれば、必ず試されている時期が来る。

     

    これは、必ず来る。

     

    来た時に、うかうか乗るなよ。

     

    乗ってしまえば、先は見えなくなるんだよ。

     

     

    <エピソード⑪>

     

    自然法則への背反。

     

    欲は命(いのち)とつながっていられなくなる。

     

    断ち切れしやすいのは、自我の欲。

     

    代が変わっても、理(ことわり)に適うのであれば、

    つながっていることができるけれども、

    適っていなければ切れる。

     

     

    <エピソード⑫>

     

    分離。

     

    理性はなぜあるのか。

     

    欲とは引き離す事だから、優劣をつけることだよな。

     

    大切なのは、できるだけ本質に帰る生き方を、

    これからは目標としていくことなんじゃないの。

     

     

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  • まるごと「操体」④

    <エピソード⑦>

     

    「救い」=「太極の意志」

     

    生かさせてくれている命(いのち)に対して、

    意識を向けなさい。

     

    もともと、そのような身分からなる命(いのち)なんだから。

     

     

    <エピソード⑧>

     

    無量の法とは、全てに生かされている方のこと。

     

    自然法則とは、太極の真理につながっているからね。

     

    橋本敬三先生の自然法則が、わかりにくいのであれば、

    「道元」を読んでみたらいい。

     

     

    <エピソード⑨>

     

    生かされている、という生と死をくくっている生き方。

     

    自分の生死を括って生きていく生き方、これは無量の法。

     

    この中で学ぶこと。

     

    これは、橋本敬三先生が全うした凄さとなっている。

     

    意外と自分の人生は、なにか自分の言葉で決めているんだから。

     

     

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  • まるごと「操体」③

    <エピソード⑤>

     

    自分ができる臨床とは、次元を超えていく臨床にある。

     

    不可視な現象とは、次元を越えようということである。

     

    操体の学びは、

    可視と不可視の現象のものを反発し合う傾向があっても、

    両方入って生かすことができる。

     

    「花は心、種は枝」。

     

     

    <エピソード⑥>

     

    普通、上にあるものは下から見上げるだろう。

     

    人はこのようなプロセスで積み上げていく。

     

    ただ、ぶっ飛んでいれば、

    下から上でなく、上から下へ流していくようにする。

     

    臨床は下から上流そうとするんじゃなくて、

    直接、上から下へ流していくんだ。

     

    それも、患者の「からだ」の状況に応じて下ろしていくと言うこと。

     

    いきなり下ろすのではなく、どこで流れていないのか。

    それを考えていくこと。

     

    ぶっ飛んだ診断。ぶっ飛んだ臨床。

    わかっている人間はこういった臨床ができる。

     

     

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  • まるごと「操体」②

    <エピソード③>

     

    あのね。

    やっていることが繋げて、繋がっているのかな、ということなんだよ。

     

    命(いのち)、あの世、橋本敬三先生とね、

    つながっていることを感じ取れるか、どうかなのだよ。

     

    あの世とこの世はつながっているのだけれど、

    自分の中で境界線を作っているだけの事なのだな、とわかった。

     

     

    <エピソード④>

     

    とてつもない哲学を持った、橋本敬三先生と言う正師。

     

    これを伝えていくには、とても1人では手に生えない。

     

    橋本敬三の生命論と言うのは、本当に途轍もないのである。

     

    自己責任。

     

    自分が、少しずつ学んでいかなければならない。

     

    そのような事は、どんなに大変なことか。

     

    まぁ、つながっていればね。

     

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  • まるごと「操体」①

    今週からブログのテーマは「まるごと操体」になりまして、

    一週間担当する岡村です、よろしくどうぞ。

     

    早速ですが、「操体」の個人レッスンを私自身学び直してみると、

    三浦理事長から習っていた記録より、印象的な言葉をいただいていたので、

    これを「まるごと操体」としてみます。

     

    <エピソード①>

     

    成熟と熟成は違う。

     

    成熟とは、もう食べられる状態だが、

     

    熟成とは、食べたら必ずおいしいと言う状態である。

     

    熟成からしてみれば、成熟とはまだ青いのである。

     

    青春でいられることが熟成である。

     

     

    <エピソード②>

     

    操体っていうのはこういうものですか、と聞かれたら。

     

    「いや、こういうものですよ、ここが違うのですよ」と言えること。

     

    道理が通じるからわかることであって、

     

    何も相手を批判する必要は無い。

     

     

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