投稿者: karib_sotai

  • まるごと操体⑥

    からだからのメッセージは様々あるが、

    日々身近なものとして感じられるものに、

    おなか(内臓)から受け取っている感覚が挙げられるだろう。

     

    空腹感、満腹感、お腹の重さ、軽さ、腹痛、おなかが緩い感じ、何故か分からないけどおなかが鳴っているとき、床について内臓が活動をしているのを感じるとき

     

    挙げていくと「食」に関するものが多く感じられるけれど、

    おなか(内臓)は「食」に関する場だけではないだろう。

     

    呼吸も受け取り、動き(うごき)も受け取り、精神活動も受け取り、

    空間の情報も受け取っている。

    故に、「食」以外の機会でこの内臓感覚を介したメッセージを受け取るのも面白い。

     

    息食動想 環は見えないつながりがあり、重なっている。

    重なりあっているメッセージ。

     

    まるごと操体。

     

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  • まるごと操体⑤

    以前も本ブログのリレーテーマで「健康」について取り上げられたことがある。

    この「健康」というものはわかっているようで、よくわかっていないものだ。

     

    わたしにとっての健康

    からだにとっての健康

     

    それぞれのことばからイメージする健康観はどのようなものだろうか。

     

    生活を営むなかで、身心の健康な状態というのは気付かぬうちにほどよく実現されている。

     

    わたしにとっての当たり前と

    からだにとってのあたりまえは

    どのようなものに感じられるだろうか。

     

    この間にギャップがある場合、からだにとってのあたりまえに寄与

    するためにできることはなんだろうか。

     

    まずは私にとっての当たり前をいったん置いておいて、

    からだにとってのあたりまえを知ろうとすること。

     

    ここに

    からだがおしえてくれていることがある。

    身近にひびいているメッセージがある。

     

    まるごと操体。

     

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  • まるごと操体④

    からだが当たり前のように生命活動を営んでくれているお蔭で

    わたしたちは普段の日常生活を当たり前に過ごすことができている。

     

    この当たり前が、当たり前でなくなった時に、

    自身のからだの不調や病気、健康のことなどについて感じ、考え始める。

     

    当たり前が維持されているというのは、実はとても有難い現象だ。

    そして、その当たり前の基準をどのように捉えているかに、

    その人の健康観が現れてくる。

     

    健康維持増進学がみえてくる。

    まるごと操体。

     

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  • まるごと操体③

    日常生活のなかの「当たり前」。

    その当たり前のなかに、ヒトがいきるヒントがつまっている。

    そういうことに気付き、学ぶことができるのも操体。

     

    操体では特別な道具を使うことはほとんどないと言っていい。

    (もちろん工夫次第で、道具はいかようにも用いることは可能だ)

    からだという身近な存在を介してひろがる世界。

     

    当たり前と思っていた「からだ」の営みのひとつひとつが、

    非常に特別なこととして感じられてくる。

    からだと出会う。

     

    それだけで豊かであると感じさせてくれる。

    まるごと操体。

     

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  • まるごと操体②

    日常生活は学ぶことの宝庫。

    この営みのなかにも生命活動は満ちている。

    まるごと操体。

     

    いろいろ試してみて、自身のからだからのメッセージを受け取る。

    それを第一の情報として、自身の学びの種とする。

     

    学んだことを、からだを通して学習している同志と共有していると、

    同じ様なことばがかえってくることがある。

    学んでいることが重なっていると感じることがある。

     

    小さな「気付き」が、様々なことばによって少しずつ膨らんでいく。

    それは学ぶことの熱量に繋がっていると感じさせてくれる。

     

    この熱量を支えてくれているのは、からだからいただいている

    静かなしずかなメッセージ。

     

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  • まるごと操体①

    瀧澤さん、一週間の「まるごと操体」メッセージ、ありがとうございました。

    本日から寺本が引き継いで投稿致します。

     

    ブログのテーマは引き続き「まるごと操体」です。

    よろしくお願い致します。

     

    操体を学んでいて感じるのは、この学びは『からだ』からの様々な気付きを通して行われているという実感です。

     

    例えば、健康についての有益な知識をメディアや書籍の情報から得ることができたとしても、自身のからだを通して、実際やってみてどうなのかということがうんと大事です。

     

    この「からだ」からの情報をいただいてはじめて、学ぶプロセスはすすみます。

     

    もしも操体から何かを学ぶとすれば、操体独自の有益な情報そのものだけではなく、

    その背景にある、からだから学んでいるその姿勢も、まるごと学ぶ。

     

    そういったことが今度の秋季のフォーラム「まるごと操体体験」でもお伝えできたらと思っています。

     

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  • まるごと操体⑦~自然法則~

    初日にこんなことを書きました。

     

    「まるごと操体」と向き合うことは、「いのち」や「宇宙」、「真理」といったものと向き合うことに等しい。

     

     

    健康たらしめているものは、わたしたちの意識行動だけではなく、それを支えてくれているからだや、わたしたちを生かしてくれているものがあってこそ。

     

     

    操体を学び続けていくうちに、それまでの健康のイメージが更新されてきました。

     

     

     

    学びの中で師からいただいたメッセージがあります。

     

     

    「自然法則っていうものは誰がやってもその通りになる。善人、悪人、関係なしだ。それが自然法則の法である。あとは、その応用貢献だ。そのなかから自身をつかんでいくことだ」。

     

     

    「自然法則」が何を指すのか、まだ十分な理解には及んではいませんが、実践していく中で「そうなるようになっている」と感じられたとき、自分は「自然法則」に貫かれた存在なんだ、という意識になっていきます。

     

     

    健康法というやり方を越えて、自然法則に貫かれた健康学として、そこに根づいているものを「からだからのメッセージ」として受け取っていけるのが操体。

     

    普段当たり前のようにやっていることを、からだの正当な使い方にかなっていくように、立ち方にはじまる日常動作を見直していくことが、そのまま「からだからのメッセージ」を受け取る「うつわ」づくりなっていく。

     

     

     

    最後に、「まるごと操体」にふれる学びの中から、教えていただいていること。

     

     

    「うつわ」に入ってくるメッセージの中から、「からだが悦ぶ」ことを素直に感じとっていくと、その中には感謝の素が入っている。

     

     

     

    健康学の中心には感謝がある。

     

     

     

    一週間ありがとうございました。

     

    明日からは寺本実行委員の「まるごと操体」です。

     

    どうぞ、おたのしみに。

     

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  • まるごと操体⑥~不可視~

    それぞれの営みの中で、はじめに位置する息。

     

    この空間から空気をいただくいということにおいては、選択の余地がないほど、環境そのものをいただいているといってもいい。

     

    操体は呼吸の生かし方もそれぞれの分析法において変化している。

     

     

    楽に問いかけた運動分析においては呼気を生かし、快に問いかけた感覚分析においては自然呼吸を生かす。

     

    運動優位、感覚優位では呼吸の生かし方も変化する。

     

     

    さらに、息と意識によって、その場にいない相手(からだ)との臨床が可能となることも学んでいる。

     

    にわかには信じられないことも、不可視なものに意識を向けていくことで現象化してくる。

     

    当たり前のように営んでいる呼吸も、この空間との循環において、生命全体で共有していると捉えれば、「からだ」の範囲はさらに広がってくる。

     

    目に見える肉体現象の中にだけ「快」があるのではなく、わたしたちは内部感覚の範囲を越え、呼吸をとおして、からだがききわけている空間の変化さえも「快」としていただくことができる。

     

    からだがききわけている空間の変化や感覚が意識となっていく。

     

     

    空気が在ることの有り難さ。

     

    吸気が入ることの有り難さ。

     

    吸気が抜けていくことの有り難さ。

     

     

    自分ごととからだごとは、空間との循環へと重なっていく。

     

     

    不可視なるものにも、可視なるものにもつながり、重なっていくのが操体の健康学。

     

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  • まるごと操体⑤~ふれる~

    日々の営みの中で他人に代わってもらうことのできない自己最小限責任生活として、操体では息、食、動、想の営み、環境との関わりを重視してきました。

     

     

    それぞれの営みは同時相関相補性でつながっていて、この営みをどう営んでいくかということが、日々の生活の中で健康維持増進のために自分でできること。

     

     

    臨床だけでなく、それぞれの営みにおいても快適感覚をからだにききわけ、生かしていくことができる。

     

    健康維持増進は自分ごとであり、からだごと。

     

    操体の健康学では、臨床においても、生活空間においても、からだと自分がつながってくる。

     

     

    また、快適感覚以外にも、わたしたちは様々な感覚をからだからいただいています。

     

     

    操体を学ぶきっかけになった三浦理事長の第三分析(皮膚へのアプローチ)。

     

    動診・操法を行えなくても、皮膚に問いかけていくことで可能となる操体法。

     

    はじめて皮膚にふれる臨床を受けたとき、今まで体感することのなかった感覚、動き、呼吸、意識などの変化を味わう。

     

    感じていたのは、快とも不快とも判別できない、からだがききわけている「変化」そのもの。

     

     

    今にすれば、皮膚にふれることで、からだがききわけている内部感覚の変化をまるごと受け取る「うつわ」になっていたのだと思います。

     

     

    快や不快も含めた内部感覚の変化をまるごと「からだからのメッセージ」として受け取っていくとき、感じ取れる「感覚」の範囲も、感じ取っている「感覚」の生かし方も変化してくる。

     

     

    息も感覚そのものとして、食も感覚そのものとして、動も感覚そのものとして、想も感覚そのものとして、ふれている生かす力の環境から、からだと共にいただいている。

     

    自分の意識制御だけではない、「からだ」ごとあっての営み。

     

     

    からだと自分が重なってくる。

     

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  • まるごと操体④~ゆっくり~

    楽に問いかけた運動分析と、快に問いかけた感覚分析の違いには、意識の生かし方も含まれる。

     

    からだに感覚をききわけるためには、からだに意識を向けていく。

     

    思考意識から意識感覚へ。

     

    そこで重要なことは、「ゆっくり」動きを表現すること。

     

     

    からだがききわけているリズムがあり、からだがききわけている間(マ)がある。

     

    「ゆっくり」動きを表現することで、そのリズムや間(マ)において、からだがききわけている快適感覚の有無をからだにききわけることができる。

     

     

    生活空間においても、からだは様々なメッセージをわたしたちに届けてくれている。

     

    生活リズムの中では見過ごしがちな「からだからのメッセージ」を、「ゆっくり」というエッセンスによって受け取り、からだがききわけている感覚を共有していく。

     

    「ゆっくり」とは、ただゆっくり動くということではなく、からだのリズムや間(マ)と重なっていくこと。

     

     

    わたしたちを生かしてくれている環境をからだと共に感じ、

     

    からだと共に息を営み、

     

    からだと共に食を営み、

     

    からだと共に動を営み、

     

    からだと共に想を営む。

     

     

    「ゆっくり」と「からだが悦ぶ」ことを感じとり、日々の営みが健康維持増進につながっていく。

     

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