投稿者: karib_sotai

  • 音相

    はじめての方こんにちは。
    また来て下さった方、ありがとうございます。

    皆さん、初詣は済ませましたか?
    今週は、運勢上り坂らしい辻がおおくりしています。

    今日は1月8日です。
    正月も終わり、日常が始まります。

    九州では7日の夜に鬼火焚きがあり、正月の終わりを感じられます。
    竹(孟宗竹)で矢倉を組み、正月飾りなどを供えて火をつけます。
    その火にあたり、焼いた餅を食べると、一年間無病息災で過ごせるそうです。

    さて、稽古始めで三軒茶屋へ行ってきたのですが、そこで目に入ったものは、新しく張り替えられた障子と襖、そして般若心経の掛け軸でした。

    幼い頃は祖母の家で過ごす事が多く、夕方になると仏壇の前に座っていた事を今でもよく覚えています。
    ただ隣で座っていただけなので、意味までは分かりませんでしたが、中学あたりまでは諳で唱えられました。

    般若心経って最後に謎の言葉がありますよね。
    もともと音から入ったのでどれも謎と言えば謎なんですが、それにしても異質な響きです。

    陀羅尼と呼ばれるそれは、インドから中国、日本へ伝わる過程においても訳されずにきた言葉です。
    音を変えない事が大事だったわけですね。

    「声発して虚しからず、必らず物の名を表するを号して字という。名は必らず体を招く。これを実相と名づく…」(空海)

    音そのものに力があるということでしょうか。
    陀羅尼はアとウとオの音が多く使われていて、
    「ア」というのは人の気持ちを明るく大きくする。
    「ウ」というのは人の思考を促す。
    「オ」というのは目に見えないものを信じる力を養う偉大な音である。

    その組み合わせによって伝えられるものが変わってくる。
    言葉を選び、統制するというのは必要なんですね。

    この春のフォーラムのテーマは「発声」ですが、そういったことも含まれるかもしれません。
    乞うご期待。

    辻知喜

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  • 手帳

    あけましておめでとうございます!

    はじめての方こんにちは。
    また来て下さった方、ありがとうございます。

    おかげさまでこのブログも開始から一年たち、二年目に入ります。
    本年も宜しくお願い致します。

    日に新たにということであれば正月も普通の一日なのですが、
    それでもやはり気が改まりますね。

    年と共に新しくなるものの一つが手帳でしょうか。

    辻は現在、ほぼ日手帳MOLESKINEを使っています。
    フォーラムメンバーの間でもメジャーな?ほぼ日手帳はスケジュール管理に、
    (使ってない方はご連絡下さい)
    渋めのMOLESKINEは脳内整理用に活用しています。

    手帳には一番最初のページに書く事にしている言葉があります。

    故郷鹿児島には嘗て外城制度や郷中教育というものがありました。
    「薩摩は城をもって守りとなさず、人をもって城となす」
    と云われ、独特の人材作りが行われてきました。
    薩摩での島津氏最初の拠点となった出水でも代々受け継がれている教えがあります。

    それは小さい頃から耳にしていたものであり、今思えば母校にも石碑があったのですが、さほど意識しないまま過ぎていました。
    不思議にここ数年間気になる言葉です。
    故郷を離れてある程度経ち、望郷の念か或いは親になってもおかしくない年齢になってきたからなのか。
    次の世代に繋げていくことの大切さを思います。
    操体と薩摩魂(薩摩隼人の心意気)を伝えていく事を使命と感じ、日々精進して行きたいと思います。

    (ちょっと強引か・・・)
    ということで一週間はじまります。

    辻知喜

    出水兵児修養掟 いずみへこしゅうようおきて)
    出水市HPより)

    出水兵児修養掟」

    士ハ節義を嗜み申すべく候
    節義の嗜みと申すものは 口に偽りを
    言ハず 身に私を構へず 心直(こころすなお)にして
    作法乱れず 礼儀正しくして上に諂ら
    ハず 下を侮どらず 人の患難を見
    捨てず 己が約諾を違へず 甲斐々々
    しく頼母しく 苟且(かりそめ)にも下様の賎しき
    物語り悪口など話の端にも出さず 譬(たとえ)
    恥を知りて首刎ねらるゝとも 己が為す
    まじき事をせず 死すべき場を一足も
    引かず 其心鐵石の如く 又温和慈愛
    にして物の哀れを知り 人に情あるを
    以て 節義の嗜みと申すもの也

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  • 1枚の写真

    チャンプロードという不良、ヤンキー系の
    雑誌があるんですけど。

    ぼくそこでヤンキーのカリスマと
    言われる方と対談しました。
    多分操体関係者として初の快挙かと。(笑)

    もちろん対談の内容は操体でなくて
    僕の若かった頃のお話。

    格闘家の僕には治す事じゃない
    壊すネタが実はいっぱいなのです。(笑)

    それで若い頃の写真をと言われて
    久しぶりにアルバムを見てみた。
    僕が子供の頃の写真。

    そこには両親が一緒に写っていた。

    いまの僕よりも年若い
    両親の写真は不思議な感覚の時間を
    味あわせてくれた。

    僕はいま楽しくやってるな。
    僕は自分らしく生きてるな
    本当の自分になってそれを表現する。
    その為の学びをいまだに続けて
    それが仕事にもなっている。

    凄くありがたくて
    素晴らしい時間を僕は過ごしている。

    そうなんだな、僕は何となく想う。

    親孝行って自分自身が
    なりたい自分になる事なんだな。

    親が望んで自分が嫌な
    道にいてもそれは親不孝。

    本当の自分自身になれば。
    生まれてきて良かったなって
    絶対に感じる。

    それが本当の親孝行なのかな。
    だって生まれてきて
    良かったなって感じたら。
    生んでくれて育ててくれた両親に
    本当に心からありがとうって
    感じて想えるんだから。

    いつの間にか写真の両親よりも年を取って
    写真の自分よりも大きな子供がいて。
    1枚の写真が僕に何かを教えてくれる。

    いくつになっても両親はありがたいんだな。

    今年は面白くなるな。

    面白さを感じる事を僕は学んで来たから。

    感度が大分上がってきた。

    そこには面白い事が集まってくる。

    いっぱいある面白さ

    地球には面白さがいくらでもある。

    それに気が付くと本当に面白い。

    探すんじゃないんですね。

    きっとあるものを聞き分ける事なんですね。

    操体ってものを学んでそんな事に
    気が付いたよ。

    操体って仙台なんだよ。

    面白いでしょ。

    子供の頃故郷の仙台で写した写真。

    写真の両親に何となく語りかけてみたくなった。

    1週間お付き合いありがとうございました。

    来週は2枚目の辻君です。

    平直行

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  • 夢のお話

    新年明けましておめでとうございます。

    今日は夢のお話を。

    面白い夢を見たんですよ。
    正確に言うと起きる直前に声が聞こえて、
    気がついたら目が覚めてたんです。

    何かそれを味わってると、
    面白い声が聞こえるようなきがして。

    不思議な感覚。
    その不思議で面白い感覚をお裾分けです。

    普通の人には分かりずらいかもしれない。
    でも僕には凄く心に浸み込んできた言葉。

    ここを読んでる方々には、分かりやすいかも。

    そんな風に感じる言葉です。

    その言葉は。

    「自分で自分の身体をコントロールする。」
    「それって下の下だよな。」

    そう聞こえてきたんですよ。
    不思議なんですけど、
    声だけが起きる前に聞こえたんです。

    その時には、おかしいなって感じたんです。

    自分で自分な身体を
    コントロールするって大事な事じゃないかな。

    僕はそう感じて、起きてから味わってみたんです。

    だって自分で自分の身体をコントロール
    するって大切なんじゃないのか。
    そう思って、味わってたら。

    今度は起きてる時に言葉が浮かんできた。

    自分の身体がコントロール
    しなきゃいけない状態はおかしいよ。
    自分の身体は自然にコントロールされてる。
    だから味わって任せてれば良い。
    余計な心配する分だけ、ややこしくなる。
    ややこしくしてるの自分じゃないの。

    ただ任せるそれが一番良い状態。
    身体に任せ、大自然に任せてごらん。
    それが一番高級なんだよ。

    自分の身体を自分でコントロール
    出来ないのは病気。

    病気って名前がついてないから、
    みんな気がつかないだけ。

    その分だけやっかい。

    その分だけ、分かってくると、
    貢献出来るよ。

    自然法則の応用と貢献。
    橋本先生が弟子の方々に残して、
    引継ぎを託したもの。

    何となく僕なりの形の
    光が見えてきた。

    僕には武術もあるから、
    2つを重ねると面白い。

    武術も同じ、考えた強さは、
    そのままの強さには敵わない。

    操体も同じなのかな、
    考えたものは身体そのものには敵わない。

    身体そのものにお任せする、
    それが操体の技術なのかな。

    技術で治すんじゃない。
    技術で強くなるんじゃない。

    技術はスイッチを押すもの、
    人それぞれのスイッチはそれぞれが違う。

    だから、感覚に任せて、感覚を磨く。
    そこには身体そのもの任せる事が残る。

    最後に一番高級なものが残るのかな。

    僕は何故か起きてる時にも
    夢を見たりするんです。

    将来の夢とかじゃなく、
    寝てる時に見る夢でもない。

    何となく中間のボーっとしたのが
    やって来る時があるんです。
    それって面白い時間。

    こんなお話がやってきたんです。

    人は寝てる時に夢を見る。
    そして起きてる時にも夢を見る。

    2つとも現実ではないと人は考える。
    夢が叶うって言葉が現実に存在する。

    夢は叶うんだな。
    寝てる夢は起きたら覚める。

    起きてる夢は、いつ覚めるのかな。
    起きてる時間、生きてる時間の前後。

    生まれる前と死んだ後。
    その間に見てるのが夢、
    人生も夢見たい。

    そんなお話って聞いたことがある。

    そんな事を味わってると、
    こんな声が聞こえてきたりするんです。

    「寝てる時の夢は自由自在だろ。」
    「起きてる時の夢と、寝てる時の夢も同じだよ。」
    「だからどっちも夢なんだよ。」

    僕は寝てる時の夢って
    自由自在な時がある。

    空を飛んでる、
    あっこれは夢だって寝ながら感じる。

    だから落ちない。
    どんどん空を飛べる。
    どんどん気持ちが良くなる。

    起きてる時の夢は現実だから違う。
    いやいや本当は起きてる分だけ叶えやすい。

    そんな声が聞こえてくる。

    同じように生まれてきて、暮して、
    夢を叶える人、そうじゃない人。

    そこに僕は何かを感じる。
    操体を学ぶと、息、食、動、想を学ぶ。
    全部自分に関わって、全部自分の責任。

    同じように生まれてきて、
    同じように暮してるように見えても
    この4つの違いで健康が、生き方が変わる。

    5つ目に夢を入れてみようかな。
    夢って多分自分自身の責任で
    いくらでも楽しめるもの。

    夢にも救いと報いがあるのかな。

    今年の面白い楽しみを頂いたな。

    良き1年の始まりだ。

    平直行

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  • 大晦日に想う。

    今日は大晦日

    年々時間が経つのが早くなるような感じが。(笑)

    早いようで振り返ってみると凄く沢山の出来事があった。

    1年は凄く早い

    1週間は振り返ると凄く濃密なものが残ってたりする。

    凄く楽しい日々の積み重ね

    40を過ぎて学び始めた操体そして武術

    僕に沢山のものを運んでくれる。
    学びは知識と一緒に感じる事を僕に運んでくれる。

    今朝何を書こうかなと思ったらこんな事が出てきた。

    今年の本で読んだ事が膨らんで出てきたから
    今日はそれを書こうと思います。

    人間は動物と違って文明で原始時代を生き残った。
    牙もない力も弱い人間は文明の力で生き残った。
    そうみんな思ってる。

    その本には、こう書いてあった。
    そんな事はないだろう。

    文明が出来る前にも人間と動物はいた。
    だからせいぜい木の棒切れとか石で獣と戦った筈。

    人間には現在とは違った身体操作があったのかもしれない。
    何か面白い記事だったな。

    それを読んで僕はこう感じたんです。

    きっとそんなに戦ってない。
    人間は身体能力もきっと昔は凄かったかもしれないけど。

    もっと凄いのが目、耳、口。
    獣を前にして、集団で声を出して
    それを聞いてみんなで戦う。

    動物には無理な位の的確な素早い判断で
    集団で動くそれが生き残った理由なのかな。

    僕はそう感じる。

    人間は目、耳、口が動物に比べて発達してる。
    それはよく見える聞こえると言う事じゃない。

    目で鳥を見る。
    人間だけが鳥を見て飛びたいって感じた。

    そしてそれを想って、口にした。
    そうしたら同じ事を感じた人々がいた。

    お互いにその事を喋った。
    耳で聞いて感じて、それを口にしてまた感じる。

    そして色んな事を試す。
    それを目で見て感じて、お互いに喋って感じて深め合う。

    そうやって人間は飛行機を作った。
    ライト兄弟以前にも飛行機を作ろうとした人々がいた。
    その積み重ねの結晶がライト兄弟の飛行機なんだから。

    人間の能力に目、耳、口の感度ってあるんじゃないかな。

    僕はそんな風に想う。

    感度が高いと面白い。
    身体もきっと面白い。

    目、耳、口。

    もしかしたら操体と武術にも何か面白い使い方
    が出来るんじゃないのかな。

    僕は大晦日の朝にそんな事を感じた。

    また面白い遊びのネタが年の瀬にやって来た。

    さっ今日は大掃除していつものように鍛錬して。

    いつものように過ごしてると

    一番面白い事がやってくる。

    僕はそう感じるんです。

    来年もいつもように面白くなるな。

    みなさん良いお年をお迎えください。

    明日も元旦早々お付き合いください。(笑)

    平直行

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  • 目のお話(操体って面白いですね。)

    電車に乗っていた時にこんな閃きが出てきて遊んでみたんです。
    格闘家である僕はここ数年目があんまり良くない感じ。
    やっぱり殴られてるし、首とかも痛めてるから。

    そんな風に感じて。
    本とか読んでると字がぼやける時間がある。

    あっ老眼かな。(笑)

    その日も電車で本を読んでいたら。
    午前中の強い日差しが当たってそのまま読んでたら。
    本の字がぼやけて読みにくい。

    それで閃いた事があって試してみたんです。

    何となく自分のクセを感じてみる。

    身体の観察をしてみたら中心より
    左側に本を置いて僕は読んでいる。
    そこでぼやけてる。

    よし、僕は閃きに従って試してみる。
    本の位置をずらしてみる。

    一番読みやすい位置を聞き分けてみた。
    そうすると大分右側に本は移動してきた。

    そこからが面白いんです。
    何となく読みやすい位置は効き目が右の状態。

    僕はいつも左目を効き目にしてたんです。

    それが反対の状態が読みやすい。

    それでそのまま味わって本を読んでみる。
    身体の状態はあんまり気持ち良くない。

    それでも苦しくない範囲で味わってみたんです。
    何となくやってみたい欲求を感じたから
    そのまま味わってたんです。

    そうすると面白い感じが出てきて。
    左目が大きくなったり首も一緒に広がったり。
    グルグル音を立てる感じで目が動く感覚も感じて。

    何故か目のピントが合ってきて。
    本の文字が良く見えるようになったんです。

    調度その日は操体の勉強会の日で。
    三浦先生にその事をお話したら笑顔で。

    「まっそんな事もあるだろうな。」

    ニコッとしながら答えてくれました。

    普段のクセって、少し悪戯して、他の状態にすると
    面白いのかもしれない。

    何となくやってみたい範囲で聞き分けながら
    いつもと違った事をやってみると。

    いつも使ってたクセの部分の
    変な埃みたいなものが取れるのかな。

    不思議な感じのお話。

    あの日から僕は目が良い感じなんです。
    疲れたら元に戻せるんですよ。

    操体を学んで僕は結構遊んでる。
    遊んでみると面白い発見があったりする。

    操体で遊ぶのは安全で良い。
    痛いことしないから安全に遊べる。
    気持ち良くいつでも遊べる。

    場所も関係ない。
    しかもタダだし。(笑)

    操体の面白さを、また見つけちゃいました。

    平直行

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  • 年賀状

    今年は年賀状を手書きで出してみた。
    毎年印刷して、それに一言添えて出す。
    それがここ数年というか10年以上そうやってきた。

    最近は住所まで印刷して年賀状は出せる。
    まあ便利な世の中。

    今年は何となく手で書いてみようかな。
    そう考えて。

    何となく考えたというか。

    何となく浮かんできた。

    操体を学ぶと色んな事を学ぶ。
    色んな事を感じる機会に恵まれる。

    だからかな、僕は今年何となく年賀状は手で書いてみよう。
    そんな風に感じたから。
    実際に書いてみて味わってみた。

    これが何か良い感じなんです。
    いつもはギリギリで出してる年賀状は11月から書き始めた。

    名前と住所を書く。
    久しぶりの顔が浮かんだり。
    あっこんなとこに住んでるんだ。

    これは良い味わいの時間。
    何となく字を書くことで想いが大きくなるのかな。

    年賀状の決まり文句とかも書く。
    ご健康とご多幸をお祈りします。
    こんな感じで書いてみる。

    何となく普段使わない言葉だから始めは照れくさい。
    それでも何となく書いてみた。

    そうしてると面白い変化がやって来る。
    名前と住所を書いて、
    ご健康とご多幸をお祈りする気分で字を書くと。

    凄く気持ちが良いんですよ。

    ホンの少しだけでもその人の事を想う。
    年賀状だけの関係になってる昔の友達。
    1年のホンの少しだけの時間でも、想いを馳せる。

    凄く懐かしい一瞬を感じながら。

    それぞれの顔を思い浮かべながら
    ご健康とご多幸を祈り。
    それを文字にして表すと。

    不思議な感覚になってきて
    その感覚を少しだけ味わう面白い時間。

    年賀状を書き終わる頃にはもう年の瀬。
    書き終わった年賀状をポストに投函したら。

    なんとなく良い後味を感じて。
    なんとなく良い1年だったなって
    感じて家に帰る道のり。

    そんな年末は始めてだったな。
    そんな道のりは始めてだったな。

    操体は色んな事を僕に教えてくれて感じさせてくれるんです。

    平直行

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  • 操体を学ぶと。

    佐伯さんからバトンを受けた 平直行です。
    年末年始のこの時期1週間お付き合いください。

    早い物で来年の2月で操体を学び始めて5年になります。

    感想は 面白くて凄いな。
    簡単すぎますか。

    本当にそうなんですよね。

    操体を学ぶと本当に日々が豊かになるんです。
    身体が元気に楽しく、それだけじゃないんですよ。
    もっと沢山の楽しさを僕は頂いてるんです。

    操体を学ぶと、痛みはありがたいサインだなって感じます。

    痛みがないとそのままほっといて、もっと酷い事になっちゃう。
    だから痛みはありがたいサインなんですね。

    操体を学ぶと痛みがあれば
    その他に気持ち良さもあるって分かるんです。

    その気持ち良さを聞き分けると。
    気持ち良さに従って身体を任せれば。
    身体は元の元気に戻っていく。

    痛みがあるからそれ以上悪くならないし、
    そのサインを感じたら気持ち良さのサインもあるから
    身体は元気になる。

    これって凄い面白いんです。
    それが分かってくるとありがたいなって感じます。

    そうやって日々を過ごしてると面白い事に気が付くんです。

    もしかしたら身体の事だけじゃないな。

    生きるって身体を動かす事でもあるから。
    身体を使って過ごす日々の暮らしも同じかな。
    僕はそんな風に感じて面白いんです。

    先日大事件があったんです。

    武術界の大先生に失礼をしてしまいまして、
    もう普通ならパニック状態になる位の
    ミスをしてしまったんです。

    ホンの一瞬焦って(笑)

    僕はお気楽に、こんな事を考えてました。

    あーやっちゃったな、これはまずいぞ。

    ウシシこれだけ困った事があるって事は。

    きっと上手く行く道筋があるって事だな。
    これは面白いぞ、良いなこれは。

    こんな変な感覚は、僕の中で当たり前になって来てるんです。

    困った事の道の、違った道を見つければ凄い良い事が来る。

    困った事は良い事を教えてくれる、運んでくれる。
    ありがたいサインなんです。

    操体を学んで僕はこんな事も覚えちゃいました。

    まずは困った状況から逃げないで味わう。
    そうしてると見えてくるんです、気持ちの良い道筋が。
    焦って動かない、じっくりと聞き分けながら行動する。

    操体みたいなんですよ、身体を使って生きてるんだから
    同じように僕は味わいながら聞き分ける事が
    面白いって感じるようになってきたんです。

    結局、その先生は笑顔で接してくださって。
    許してくれるどころか、色んな武術の
    お話を聞かせてくださって。

    凄いコツを僕に教えてくださったんです。

    多分普通には教えて頂けないような事を
    僕は何故か教えて頂いて。

    来年は先生の所にお邪魔させていただく事になったんです。

    凄く優しく僕に接してくれて。
    僕は凄く嬉しくありがたい気分でした。

    何でも困った事は起きない、それが生まれてきた意味。
    僕は操体を学んでそんな事を学んでます。

    普通は困るような事も僕にとってはありがたいサイン。

    それ以上やらないで注意して、味わってみれば
    必ず良い道を教えてくれる。

    だから何かあればそこには良い道、素敵な道が待ってる。

    そんな風に心から思えるように、
    操体を学んで変わってきたんです。

    生まれてきたって凄くありがたいな。
    そう感じて日々を過ごす。

    こんな時間って凄く楽しくて面白い時間ですよね。

    凄く楽しくて面白い時間の過ごし方を
    僕は操体を学んで頂いたんです。

    操体って施術だけだともったいない。
    施術だけを学んでも施術は上手く出来ない。

    僕はそんな風に感じます。

    1週間お気楽な僕のお気楽な文章にお付き合いください。

    平直行

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  • 操体庵ゆかいや物語(17)

             操体庵ゆかいや物語(17)
                 受験
                           佐伯惟弘

    私が初めてカルチャーショックを受けたのは、中学校2年、両親と弟、4人で高知県にいった時。

    私は、四国の愛媛生まれ。
    瀬戸内海に面した愛媛は温暖な気候で、喋り方もおっとりしています。

    「おまえ、なんしよ〜んぞ。そんなことしたら、いくまいが〜。」

    と、ゆっくり忠告します。

    「ほ〜かの〜。」

    ゆっくり答えます。

    まあ〜こんな会話に慣れていた純朴な中学生が、険しい四国山脈石鎚山は西日本で一番高い山)を背に、広大な太平洋を見渡す高知市へ。

    そこで、聞く初めての土佐弁。元気なおばさんが大声で、荒々しくしかも早口で、、、、何を言っているのかよく分かりません。
    ただ、呆然と突っ立っていた私。

    帰路の車の中で、全く会話が出来なかったことを良く覚えています。

    二番目のカルチャーショック。
    今週のブログ初日(主将の一言)で紹介した、松山東高等学校。

    私は、田舎の中学校では、1,2番の成績。まあ〜優等生のつもりでした。
    ところが、県内有数の進学校に入学して驚きました。頭脳の質が全く違うのです!!!

    遊びながら、余り勉強しないのに優秀な成績を修める人種と、学問を楽しむ人種の集合体でした。

    私は、そのどちらにも当てはまらない人種であることを骨の髄まで知らされ、彼らと競争することが無意味だと諦観してしまいました。
    今考えると、自分の器を知るありがたいカルチャーショックだと感謝しています。

    そこで取った対策は、勉強放棄(赤点を取らない程度の勉強)と、クラブ活動を満喫すること。

    そのため、高校3年間は、この世の春。楽しくて仕方がありませんでした。

    (野球部同期の似顔絵)

    悩み事が全くない人生、、、、悩んでいる人をみると、

    「何で、悩むことがあるんじゃろ?こんなに人生楽しいのに!」

    と不思議に思っていました。実に軽薄!

    他人が受験勉強をしているので、「そうか、オレもせにゃいかん」とただ流されるままに受験。
    何とか東京の私立大学に入学しますが、選んだ学部が経営学部。
    私に全く縁のない世界でした。
    このころから、少しずつ、人生について考えるようになり、人並みの悩みも持つことができるようになってきました。

    その後、紆余曲折あり(この時のエピソードも結構面白いのですが、、、今回は省略)、結局、筑波大学芸術専門学群を目指すことにしたのです。

    ところが、勉強はさっぱり。
    絶対的な自信を持っていたデッサン力も目を覆うばかりの実力。

    そこで、2年の浪人生活を決意してしまいます。
    そして、あれだけ楽しい高校生活を送ったのだから、ストイックな生活を送ってみたいという、妙なバランス感覚が生まれてきました。

    それからというものは、年間スケジュール、月間スケジュール、毎日のスケジュールを作り、5教科とデッサンの勉強に励むことになりました。

    何故か、成績もデッサン力も必ず向上するという自信があり、不安は全くありませんでした。

    デッサン力は、半年程たってから突然、学科は2年目の夏からは、悠々の合格ラインになりました。

    そして、合格。めでたし、めでたし、、、まあ〜よくある話です。

    今思うと、最も現実的な“行もどき”のようなものが出来た時期と言えます。
    特に最後の1年を「誰とも会わない」時期と決め、自分だけの時間を大切にすることができました。これも、家族の支えがあってこそ、、、ホントに感謝しています。

    しかし、なぜ今の時期に、30年以上前の受験時代のことを書いているか?というと、、、、、私、、、、、今年54才、3年後に国家試験を受ける身になってしまったからです。

    操体とは、ご存じの通り「自然法則の応用・貢献」。

    つまり、自然法則という神の知恵を有難く戴き、その知恵を正しく伝えることで、人類の幸せ、平和に貢献する使命を持つ教えであります。

    具体的には快か不快かという原始感覚を羅針盤とし、快の方向にからだを委ねることで、からだの歪みを正し、しいては生活習慣、生き方をも正していくという教えであります。

    つまり、施術者はあくまで指導者であり、治療するのは、被験者のからだということになります。ですから、操体の施術者は、「治療者という肩書き」を実際には必要としません。

    しかし、操体の教えを実践し、被験者のからだが良くなっていく事実を目の当たりにすると、操体の理念を知らない人には、単なる治療者と映ります。

    そこで、「治療者という肩書き」が便宜上、都合が良いということに、、、、まあ〜理屈をこねれば、こうなります。

    そんな訳で、来年の4月から都内の専門学校・鍼灸科に入学するため、長年住み慣れた京都の山奥・美山町から、東京のど真ん中・世田谷区世田谷に引っ越すことになりました。

    カルチャーショックには随分なれてきた私ですが、生活するとなると、多少のショックはあると思います。
    もっとも、元々怠慢な私にとって、カルチャーショックは、お尻に火を付ける良い起爆剤なのかもしれませんが、、、、、

    今回は、30数年前の受験生活と、ひと味違った3年間になると思います。まあ〜「行」だと思い楽しみながら過ごすつもりです。

    ただ、今まで施術を受けておられたクライアントの方々との別れを本当に心苦しく思います。

    同門で、西宮在住の日下和夫先生に、しっかりとバトンタッチをし、クライアントの方々が、施術継続可能になるよう努力致しております。

    また、3月下旬には下記の住所になります。

    屋号:操体庵ゆかいや
    東京都世田谷区世田谷3−16−4 忍田荘106ケイタイ:09069387759

    午後2時〜9時まで、出張操体をします。
    施術料:5000円(但し、交通費1000円以上の場合、交通費を戴きます)

    次回のブログでは、医療専門学校の様子を「操体庵ゆかいや物語」の東京編としてお伝えしようと思います。お楽しみに!

    1週間のおつきあい誠に有り難うございました。
    来週からは、おまちかね平直行相談役の登場です。
    年末年始をはさんでの大忙し。お楽しみに!!

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  • ボクの「とうちゃん」

             ボクの「とうちゃん」
                           佐伯惟弘

    今日は、12月10日(文章を書くのが遅い私は、早めに書いています)、父・佐伯清明の誕生日です。生きておれば、80才。
    12年前の5月10日にあっけなく亡くなりました。
    余りにも早すぎる死、、、、、、

    ここまで書いて、全く言葉が出なくなりました、、、というより、様々な父への思いが渦のように浮かび上がっては消えていくため、まとまりません。

    きっと、12月10日は静かに父の霊を感じ入るだけで良いのだと思います。

    ですから、、、今日は、ただ浮かび上がったイメージや言葉をなるべく忠実に残していくだけにしましょう。

    私は父のことを、中学まで「とうちゃん」と呼んでいました。高校になって家を出て下宿生活をしたため、「おやじ」と呼ぶ機会を失い、今でも遺影にしゃべり掛けるときは、「とうちゃん」です。

    「とうちゃん」とうちゃんが、あちらの世界に行くとき、あいさつに来てくれたんよねえ。

    丁度、マギー(前の妻)と布団で愛撫をしている時、
    突然、空虚な時空がからだを突き抜けたことを今でもはっきり覚えとるよ。
    その瞬間、マギーが泣き出し、ボクはその意味することを、はっきり理解し、このことを言葉にしてはいけないとお互い悟った。

    それにしても、「とうちゃん」絶妙のタイミングで来てくれたよね、、、、あの状態でないとお互いが悟ることは出来なかったもの。

    「とうちゃんはのう、ホントは船乗りになりたかったんよ。世界中、色々なとこへ行けて、良かろがえ〜。」

    庭にある池の水を抜いて、鯉を穫ってるとき、「とうちゃん」は、ニコニコしながら喋ってくれたよね。
    泥まみれになって、ついつい本音が出たんじゃねえ。
    丁度、ボクが10才ころのことじゃった。ボクはよう覚えとる。

    「とうちゃん」の実家は、佐伯家より古い神社の野口家。その7人兄弟の末っ子じゃったけん、ホントは船乗りになれたかもしれん。
    けど、うちのばあちゃんが、目を付けて5人姉妹の長女のかあちゃんとお見合いさせられたんよなあ。
    20才で三つ編みのお下げ髪、おでこにニキビのかあちゃん。
    実は、一目惚れしたんじゃろ!

    ボクは聞いたことがある、
    お宮の5人姉妹は美人で評判だったということを。

    かあちゃんは、テレビを見とる時、ボーと、顎をつき出す癖がある。それをボクがからこうたら、(からかうと)

    「ひろむ、何言よんぞ、かあちゃんは、ワシの嫁ぞ!
    かあちゃんは、ギリシャ彫刻みたいな顔しとるじゃろが。あれで、算数もようでけるんぞ。」

    真顔で、ボクに言うてたなあ。
    かあちゃんは、嬉しそうにニコニコしとった。

    「結婚したとき、おとうさんは、カラスと生活しよったんよ。面白い人じゃと思った。そしてな、カラスが死んだとき、ポロポロ涙を流して、、、優しい人じゃと思うたわい。」

    かあちゃんが、ボクにそっと教えてくれたんよ。

    ボクは、「とうちゃん」と、日曜日の朝、鳥を見るのが一番好きじゃった。
    「とうちゃん」は紺色の着物に下駄を履いて、腕組みをしてた。
    ボクも腕組みをして、「とうちゃん」の真似。

    ジュウシマツの家族が嬉しそうに寄り添ってお喋りばっかりしてた。

    セキセイインコは、ルーシーショウのルーシーみたいに、ギャーギャー言うてうるさいし、、、

    カナリヤはこちらの様子を伺いながら、突然、オペラ歌手になるし、、、、

    あのまま、ずーとずーと「とうちゃん」と一緒にいたかった。

    「とうちゃん」のお通夜の日、ボクは枕元にズーとおったんよ。
    突然、

    「あの〜、お話して宜しいですか。」

    と若い男性が話し掛けてきた。

    「我々は、清明会という会を月に一度もって、教育について語っているんです。
    清明先生が校長の頃、ホントに楽しかった。
    先生は、
    “何でも、思ったことを一所懸命やってみろ。その前に、ワシに内容を話してくれ、結果は気にするな、責任は全てワシが取る。”
    とおっしゃってくれました。だから、ノビノビと思いっきりやれました。」

    男性は、静かに淡々とまるで、ボクが清明先生であるかのように語ってくれたんよ。

    「とうちゃん」は清明先生いうて、慕われとったんじゃね。

    お葬式のときは、800人もの人が来てくれたんよ。
    そして、みんながみんな、「とうちゃん」の突然の死を悲しんどった。

    かあちゃんが、野口のおばちゃんを見たとき、今まで堪(こら)えとった涙が堰を切ったようにあふれ出し、震えながら、

    清明さんは、佐伯に来てくれて、本当に一所懸命にやってくれました。佐伯を実家のように思って、尽くしてくれました。ホントにホントにありがとうございました。」

    精一杯、かあちゃんの本心を伝えよったよ。

    「とうちゃん」見事な生き様を、ありがとう。ボクは「とうちゃん」を誇りに思う。

    けど、手帳に書き込んだ退院後の沢山のスケジュール。何一つ出来ないまま、この世から去るなんて、心残りじゃったろう。

    「とうちゃん」ボクが、代わりにしてあげる。
    一所懸命生きて、「とうちゃん」の代わりをしてあげる。
    じゃけん、心配せんといて。そして、ボクをしっかり見守っててや。
    ボクが「とうちゃん」とゆっくりお酒を飲み交わすまで、見守っててや。

    そして、ボクが、もう一度生まれてくるときは、絶対「とうちゃん」とかあちゃんの子供になるけんな。

    ええじゃろう?ボクの「とうちゃん」

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