投稿者: karib_sotai

  •  雀鬼

    久しぶりに会った友人に「また麻雀やろうよ」何て言われました。
    そういえば以前は麻雀ばっかりやってたなぁ。
    中学生の頃から、ちょい悪が集まってジャラジャラ始めて
    20代前半の頃は、ほぼ毎日のようにやっていました。
    友人とやって、ウキウキになったり
    上司とやって、ウハウハになったり
    雀荘に行って、スッテンテンになったり ・・・ いろいろと面白いのです。

    麻雀といえば、伝説の雀鬼と呼ばれる桜井章一という方がおられます。
    裏の世界の代打ちで20年間不敗だったという方で、凄まじい能力をお持ちのようです(私、ファンなんです)。
    桜井氏の著書はよく読むのですが、以前にTV出演された時には、こんなことを言われてました。

    「俺は感性取り戻せって言ってるわけだ」

    「俺はあんまり人間から学ばないんだわ。動物とか自然とか海だとか
    そういうところに行って物事学んでくるんだけど、彼ら感じることで生きてるじゃないですか。
    で、感じることのほうが結構正解が多いんだよね」

    「考えるって、不誠実じゃないかなって思うんですよ ・・・ 考えないで、感じろってことですよ」

    「心だよね。優しさだとか愛だとかいろいろあるけど
    あんなのって結構難しいし本当の姿じゃないものだって多いと思うけど
    温かさってのはやっぱり人間を気持ちよくさせる ・・・ 温かいの1番だよ」

    何だか操体っぽいですし、臨床家にも十分通じる言葉ですよね。
    いろんなところに、いろんなヒントがあって勉強になります。

    中谷之美

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  •  コイさん

    私の自宅は窓を開ければ目の前が運動公園で、その真ん中に川が流れています。
    その川は、一昔前はハヤやヤマベがスイスイ泳ぐ清流でしたが
    今はコイとナマズに主役を奪われています。
    しかし、主役は変わっても、それはそれでOKなのです(個人的にですが)。
    特にコイなどは、ちょっと遊んでもらうには1番もってコイな魚です。

    私がその川でコイを釣る時に使う必殺の餌は、駄菓子屋などでよく売っている「ふがし」です。
    大概は練り餌やミミズなどを餌にするのですが、それじゃ面白みがないからと友人と共に
    パンやら、ソーセージやら、お菓子やら、缶詰やら、いろいろと買い込んで試してみた結果
    「ふがし」の周りの蜜を取った中身に水を含ましたものが粘りといい、程良い甘い香りといい
    絶妙だったのです。やってみるものですねぇ。

    その「ふがし」をス〜と流すと、パクッと食いつくわけですが
    コイはパワーがありますから、掛かってもなかなか上がってきません。
    底に潜ったり、横に走ったりと動きますし、手ごたえも重いし。
    無理に引っ張れば糸が切れるし、ヘタすれば竿が折れますので
    こちらも魚に合わせてクネクネ動きながら、丁度良い加減を保ちます。
    こんなやり取りをしていると、「何だか操法に似てるかも」なんて思ったりもするのです。
    何でも繋げて考えてみると面白いですね。

    中谷之美

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  •  スーパーカー

    昨日のブログでスーパーカーなんて書きましたが、当時はホントに流行ってましたよね。
    私などはその頃、ランボルギーニカウンタックの運転席に座らせてもらった時の興奮が
    今もからだに残ってるほどです。抜群の性能に加えて、流れるような美しいデザイン。
    カッコいいですよね。惚れ惚れします。

    ちょっと話がズレますが、操体も上手な方の操法を見てると惚れ惚れします。
    スーパーカーの様に流れるようで美しいのです。
    たとえば三浦先生の操法フェラーリならば、畠山先生はランボルギーニ
    岡村さんがポルシェなら、福田さん(副実行委員長)はデトマソ・パンテーラです(特に深い意味はありません)。
    私といえば ・・・ う〜ん、スバル360くらいかな(あら?大衆車じゃないのさ)。

    まぁ、何でもいいのですが、操体は楽から快という流れの中で美しさだけでなく
    性能もホントにスーパーカーと呼べるような操法に進化してきていますので
    ぜひフォーラムまでスーパーカー達を見に来て下さい。

    中谷之美

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  •  当時は ・・・

    おはようございます。
    先週の友松さんのブログで出てきたゲイラカイト。私もやりました。
    「とべ〜、とべ〜、てんまでとべ〜♪」たしかこんな感じの曲が流れたCMで
    「アメリカからやってきた凄い凧」みたいなフレーズだったと思いますが
    ホントによく揚がりました。たぶん30年以上前ですよね。

    この当時(微妙にズレてるかもしれませんが)は
    ヨーヨーが流行って、次にバンバンボール(バンバンボールでババババン)なんてのも流行って
    コーラ(ファンタ?)の瓶の蓋(王冠)の裏にはスターウォーズスーパーカーの絵柄とかあって
    デンセンマンが電線音頭を踊って ・・・ (さっぱり意味のわからない方スミマセン)。

    まぁ、懐かしい話ですが、私がこの当時によくやっていた遊びはメンコです。
    メンコも凧揚げと同じく、最近はやっているちびっ子をあまり見かけませんね。
    私がやっていたのは丸いメンコを使って、ひっくり返したり、枠から出したりして遊ぶのですが ・・・ 非常に燃えます!

    今でも当時のメンコを持っていますが、ウルトラマンに、仮面ライダーキカイダー、ライオン丸
    レインボーマン、ジャンボーグA、電人ザボーガーレッドバロンイナズマン ・・・ 
    岡村さん(実行委員長)が見たら涙を流しそうな懐かしいヒーローがいっぱいであります。

    ボロボロになってしまっているものも多いですが
    まだ新品に近いものもあって、そういうのは額に入れたりして遊んでいます。
    当時のヒーローを眺めていると何となく楽しくなったり元気になったりするんです。
    あの当時のウキウキ感が甦ってくるんでしょうかねぇ。
    これも、立派な操体ですね。

    中谷之美

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  • 写真を載せてみました。

    なんだか空ばっかりの写真になってしまいましたが、真ん中の大きな煙突がある建物が世界遺産登録申請中の旧官営富岡製糸場で上の山の方を見てもらうと、^―.こんな感じで三角の山から水平に溶岩台地が伸び極端な絶壁(約200m)になっている山が荒船山
    荒船山の横を国道246号、別名上州姫街道が走っており、そのまま西へ進むと内山峠で内山トンネルを抜けると信州長野に入り、そこからは秋になると道の両側にコスモスの咲き乱れるコスモス街道となります。
    長野といえば横森さんの出身地なので、この道の先のどこかで繋がっているのだと思います。

    コスモスといえば、去年の秋の東京操体フォーラムで会場に彩を沿えていました
    なかでも後ろのテーブルの上にぽつんと置いてあった、小さな黄色いコスモスに私は心を動かされました。あの可憐な感じがなんともいえなかった。
    食事をした後、理事長と「この可憐な感じが何か良いですね」「そうだな」と見入っていた僅かな時間がとても贅沢な時間に感じられました。

    東京操体フォーラムは手作りの良さが生きている大会だと思います。
    去年の秋に会場のまわりに大きな般若身経に基づいて動いた場合の骨格図がありましたがあれも佐伯さんが手作りしたもので、良く見ると書いたものではなく貼り絵で細かなところから丹念に仕上げられています。
    参加者への配布物の中には般若身経のイラストが入っていましたが、これも福田さんの手作りによるもので、最新の利き手の反対側の足を半歩前に出した状態でのものを、細部にまでこだわり参加者の人達に役立ててほしいとイラストにしたものです。
    また去年の秋は、質疑応答として参加者の方々の質問をボックスに入れていただきましたが、これも西田さんの手作りによる温もりあふれる、木製の質問ボックスでした。
    また、発表者のスライドなども手作りですし、操体の大前提である自然法則の応用、貢献をより良く知っていただこうとすれば、既存のものをちょっと拝借してという訳にはいかず、手間ひまかけたメイド イン 東京操体フォーラムになってきます。
    創始者、橋本敬三先生は「動く」ことに、ちゃんとした法則があることに気づき、体系づけられてこられた日々をふりかえり、先生は、「わかるまでに、長い間、苦労した」と述べている。なぜ、苦労したのか、と言う問いかけに、「先人の人達は、わかっていたにはちがいないんだけど、その事、書き残していないんだな、なんぼ苦労して、勉強したって、そういう事、気づかないから、わからないんだ、みんなが苦労するのはネ、その動きのこと、書いてないからだ」と話されていたそうです。
    操体法〜生かされし救いの生命観〜の身体運動の法則(般若身経を読む)より抜粋
    このメイド イン 東京操体フォーラムから、また新たな気づきや学びの展開が始まります。

    春のフォーラムは4月26日に開催されますので、どうぞ宜しくお願いいたします。

    一週間どうもありがとうございました。
    火曜日ごろから何年かぶりのカゼをひいてしまいました。
    摂生して回復してくるプロセスを感じ、味わうのもなかなかおつなもので、感謝です。
    空気が乾燥し、気温の低い日が続いていますので、お気をつけ下さい。
    来週は中谷さんです。
    来週も宜しくお願いいたします。

    友松誠

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  • 昨日の続きです。

    昨日は、それからしばらくしてゲイラカイトなる外国製の凧が出てきたというところまでで、終わりとしましたが

    このゲイラカイトが出てきた時というのは、当時の私たちにとっては黒船来航みたいな感じでした。
    それまでは、四角い凧や奴凧など竹の骨組みに紙というのが一般的で定番でしたがこれは三角形をしたビニール製で、それとなんといっても上から見られているようなあのギョロッとした目のデザイン、それまでの常識を覆すような、まさに黒船来航だった。
    それまでは、凧揚げというと正月の風物詩的な情緒があり、比較的晴れて穏やかな日が多い正月に、その風景と一体になって楽しむ感じの、何かほんわかしたムードがあったのですが、これは凧というよりもそのままカイトと呼んだ方が良いような、何か今までと違う雰囲気がありました。

    テレビのCMで見た時は、あんなもんは凧じゃねぇやいと思っていたのですが近所の大人が揚げているところをみて、ビックリしてしまった。
    畳めてあるゲイラカイトを拡げて裏に横棒を通し、凧糸を正面の正中に沿って付いているこれまた三角形をしたピラピラしたビニールのところに結びつけ、ただ凧糸を緩めていくだけでグングン真上へ揚がっていってしまう。
    今までは、誰かに凧を持っていてもらったり、どこかに立てかけておいたりしてからダッシュで走って揚げていたが、これは何もせずとも真上へグングン揚がっていく。
    風が止んできて、傾いてフラッとしてもクィクィッと引っ張れば、下のビラビラした部分をバタつかせて、またグングンと上昇していく。
    あんなものと思っていたのに実物を目の当たりにしたら、急に欲しくなってしまいました。

    近所の駄菓子屋では売ってなかったので、街のおもちゃ屋まで自転車を飛ばして買いに行きましたが、値段もこれまた高かった。
    伊藤博文の千円札を1枚持っていったら、100円玉が1枚か2枚ぐらいしか戻ってこなかった記憶がある。近所の駄菓子屋の凧の倍か3倍ぐらいの値段だったと思います。
    高っけぇな〜と思いながらも正月明けだったので、お年玉で買ってしまいました。

    家に帰って、どんなツクリをしているのだろうかと、袋から取り出して見てみると、本当にシンプルな構造で、三角形の2辺と正中にプラスチックの骨組みがあるだけ。
    今まで、四苦八苦して竹の骨組みを作っていたのに、こんなもんで?という感じだった。

    早速、小学校の校庭に行って揚げてみた。
    凧糸を結びつけると、もう飛んでいきそうな勢いだ。
    そのまま凧糸を緩めて引き出していくと、グングン上へ揚がっていく。
    引き付けも強烈で、右手の人差し指と親指の間に凧糸を挟むようなかたちで引き出していったのですが、人差し指の内側が摩擦で擦り切れてしまうような感じだった。
    それと、この当時の付属の凧糸は、円柱形の棒の上半分に凧糸が巻き付けてあり、急激に揚がっていく時、巻き付け部分を持っていると指を痛めやすかった。
    なんにしても、初めて揚げて80M付いていた凧糸があっという間になくなったしまった。
    それにしても良く揚がる、そして簡単に揚げることができる。

    しかし、何かが足りない。
    これはカイト遊びなのだと区別してしまえば、それで良いのかもしれないが。
    今まで、いろいろ工夫しながら手作りした凧が揚がった時の喜びや、揚げているときも風の状態によって糸目を束ねる位置を調整したりとか、うまく揚がらなかった時は尻尾を余分につけたり、位置や長さを調整したりして自然の状況と調和し、より良く揚がる様に工夫していく面白さや楽しさを味わったことがあれば、なんの工夫なしでも高く揚がってしまうことに対して、なにか物足りなさみたいなものを感じてしまう。
    誰でも簡単にすぐに高く揚がるということは、慣れてくるといい加減にやっていても高く揚がるということにも繋がってきて、次第に夢中になれなくなってきてしまう。
    自分の場合、スゴイな〜と飛びついたのも早かったが、飽きるのも早かったように思う。
    プラモデルでも部品から一つ一つ組み立てていくから面白いし、完成品にも愛着が湧くのだけど、いきなり完成品を買ってもらっても、面白くないですよね。

    やはり、そこまでいくプロセスも重要で試行錯誤しながらワクワクしたりドキドキしたりの中に新たな発見、気づきや学び、面白さ、楽しさがあり、それが一つのことを達成した後でも他の事柄でも十分に活かされてくるのだと思います。

    創始者、橋本敬三先生は「操体はおもしろいぞ、一生たのしめるからな」と話しておられたそうです。

    それと、去年の秋の東京操体フォーラムでの質疑応答についての実行委員による回答が昨日から掲載されておりますのでクリックしてみてください。

    友松誠

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  • 凧揚げの思い出。

    最近、凧揚げをしている光景を見なくなったなぁと感じる。
    自分の子供の頃は、正月過ぎのこの頃はよく凧揚げをして遊んでいたと思う。

    近所の駄菓子屋に行けば凧が売っていたが、自分でも作っていた記憶がある。
    庭の隅っこに落ちている竹を小刀で割っていき、骨組み用に一本一本細長い竹ひごを作って、それを重ねたり縛ったりして骨組みを作り、骨組みに障子紙を張ってという感じで見よう見まねで作っていたが、これがなかなか上手くいかない。
    小学校低学年の自分としてはバランスとか全然考えずに、売っている凧と同じ様なのを作って、それが頑丈だったらもっと高く上がるのではと考えてしまっていたので、頑張って作ったのに、自分で作った凧はなかなか思い通りに揚がってくれなかった。
    こういう手作りの遊び道具や工作を作らせたら、もの凄く上手い人もいて、手際も良く
    自分なら何日もかかって完成させるものを、みるみるうちに仕上げてしまう人もいた。
    これが本当によく揚がる。

    いつだったか、小学校3年生ぐらいの冬休みの日に通学路を歩いていると、田んぼの畦に腰掛けて凧揚げをしている3人組がいた。
    真ん中が学年が3つ上の人で、右隣が同級生、左隣が1つ下の子。
    同級生に「なにやってんだぃ?」と聞くと「凧揚げてんだぃ」とこちらに一瞬だけ顔を向け、後は空だけをじっと見つめている。
    近寄って見て見ると、同級生と1つ下の子も凧を持ってきているが、田んぼの畦に置いてある凧には糸がついておらず、3つ上の人が揚げている凧だけが遥か遠くに小さく見える。
    四角い形で字も絵も書いてない手作りのシンプルな凧で、真ん中に一本だけ尻尾がある。

    3つ上の人は笑いながらやっているが見ている同級生と1つ下の子は真剣そのもので
    どんぐり眼になって凧が横に傾こうものなら「ぅあ〜 ぁあ〜 落っちゃう 落っちゃう」
    態勢を立て直すと「おぉ〜〜 危ねぇ危ねぇ」と一喜一憂しながら、はしゃいでいる。
    そのうち2人の凧糸を足しても足りないぐらいに遠くまで揚がっていき、3つ上の人が
    ポケットから小銭を出し「凧糸かってきてくれるかぃ」と同級生に言うと、同級生は役に立てることが嬉しいのか「ハイッ」と学校では、したことがないような綺麗な返事をして
    タッタッタッタ〜と一目散に凄いスピードで駄菓子屋まで駈けていってしまった。
    (いつもは豆腐一丁おつかいに行くのもぶーたれるくせに)
    この当時、駄菓子屋で売っていた凧糸は一束だいたい30mぐらいだったと思うが、3つつなげているわけだから80メートル以上はもう揚がっている。
    そのうち私の同級生が凧糸を買って帰ってきて、その分もつなげると100メートル以上になってきた。
    凧はどんどん小さくなっていき、その分ちびっ子達の歓声は大きくなり自然とギャラリーも一人また一人と3つ上の人の同級生や私の同級生、もっと下の子達も加わって10人ぐらいのちびっ子集団が出来てきた。
    その集団が凧が傾いたりする度「ぅあ〜 おぉ〜」と大騒ぎ。
    そうこうしていると、また凧糸がたりなくなってきた。
    「また凧糸買ってきますか〜?」と私の同級生。
    「そうだな〜今度は2つ買ってきてもらうかな。・・・記録に挑戦してみるべぇかな〜」
    「おお〜〜」歓声とも雄たけびともとれる声があがる。みんなワクワクだ。
    そして買ってきた一つ目の凧糸をむすび、束を少しずつゆるめていくと、さらに凧は遠く小さくなっていき、目を凝らしていないとすぐ見失ってしまう程で,途中から見ている人には、指差して教えても確認できないぐらいになってきた。
    凧糸もこのくらいの長さになってくると、大きく放物線を描くようになってきて、まるで空から大きなすべり台が降りてきているようだ。
    揚げている人も糸の感触をたよりに真剣そのものだ。
    まわりのギャラリーも口数を少なめにして食い入るようにして空を見つめている。
    しかし、それからしばらくして、揚げている人が突然「アッ!」と声をあげた。
    「なに?」「なに?」「どうした?」「どうした?」「切れっちゃったんかぃ〜?」
    [あ〜〜ぁ 飛ばされっちゃったよう。]
    目を凝らして見てみても、もうどこにも見当たらない。
    「あ〜〜〜ぁ」みんなしてへナヘナヘナ〜。みんなの緊張の糸も切れてしまった。
    「でも凄かったよな〜」「俺ぁ あんなん始めて見たよ〜」「いや〜 良く揚がってたな〜」
    ギャラリーも思い思いの感想を口にして、一人また一人とバラけて帰っていってしまった。

    結局、最初の4人が残り、揚げてた3つ上の人が余った凧糸と最後の凧糸を手繰って二人に返し、棒切れに今までの凧糸を手繰って巻きつけている。
    凧を揚げていた時は夢中でどんどん長くしていたが、凧が飛んでいってしまい、残った糸を手繰って巻きつける作業というのはなんだか地味で寂しく、つわものどもが夢のあとという感じさえあった。
    陽も傾きかけて一段と冷え込んできていたが、自分達も木の枝に引っかかっている糸を落としたりして手繰って巻きつけるのを手伝った。
    巻きつけ終わった糸は随分と大きな糸だまになっていた。
    (私が思っていた以上の長さで揚がっていたのかもしれない。)
    「こんなデッカイ糸だまができちゃったでぇ・・・・・綿あめ!」
    「?・・・・・・?」
    みんなで顔を見合わせてから「ワッハッハッハッハ〜」
    「俺ぁ ギャートルズ(はじめ人間)に出てくるデッケェ肉に見えたな〜」
    「ワッハッハッハッハ〜」
    「俺ぁ〜」と近くにあった棒を刀にみたて、その棒を糸だまで軽くたたきながら
    「ポン、ポン、ポン、おぬしもワルよの〜。ちょっとデカすぎるか〜? ちょっと重てぇ」
    「ワッハッハッハッハ〜」
    「じゃあ これを使って何か、やってみるんな〜」
    「じゃあ から揚げ」
    「ワッハッハッハ そんなんダメさ〜 さっきギャートルズの肉が出てたんべ〜?」
    「じゃあ・・・・・ ♪あのこ〜どこにいるのやら〜♪」
    (糸だまをマイクにみたてて五木ひろしの真似、相当照れている)
    「ワッハッハッハッハッハ〜」
    「じゃあ・・・・・ まあ”〜そのお〜〜」(田中角栄の真似)
    「ワッハッハッハッ だからマイクにするのは、さっきやってたろ〜?」
    「ワッハッハッハッハッハ〜」
    なんでも楽しくなってきてしまう。
    気持ちが沈んできても、ちょっとしたことで楽しい方向へ舵をきって向かう。
    それが自然に出来ていたあの頃、遊びの中からそれを学んでいたのかもしれない。

    自分としては、この日揚げていた凧の作り方を教えてもらおうと思っていたのに
    すっかり忘れてしまっていた。
    結局その後はその人も中学に上がって一緒に遊ぶこともなくなり、あの凧の作り方は
    わからず仕舞いになってしまった。

    それからしばらくして、ゲイラカイトなる外国製の凧が出てきた。
    あの三角形をした、目玉の絵が書いてあるやつだ。

    なんだか長い文章になってきてしまったので
    ここから先は明日に回そうと思います。

    友松誠

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  • スケートの思い出。

    子供の時のことですが私が小学校の時は、冬になると体育の授業はいつもスケートでした。

    学校の裏庭に教室2つ分くらいのスケートリンクがあり、スケートリンクといっても裏庭にコンクリートを敷いてその上に水を撒き、まわりをかき氷の様な氷で田んぼの畦のように固めただけのシンプルな青空スケートリンクで、この時期になると学校先生や用務員さん、世話役の大人が夜中の3時頃に交代でバケツの水撒きをして少しずつ氷が厚くなって完成する手作りのありがたいスケートリンクでもありました。

    この時期に洗車とかホースで水を出す作業をしていると、あの時のスケートリンクのことをふっと思い出すのですが、あのスケートリンクの氷はホースで水を撒くと氷に段差が出来てしまうのでバケツで一回一回水を撒いていると当時、体育の先生から聞き、小学生の私はそんな面倒な事しなくてもホースから水を出しておけばいいじゃないかと思っていましたが、今になって思えばホースを使ってしまえば、端から水を入れるにせよ、上から散水式に水を撒くにせよ、温度差や時間の都合、圧によりどうしても段差やムラができてしまい、滑っていて危ないので一回一回バシャー、バシャーと水平にバケツで撒いていたと理解することができ、今になって感謝の念がジワ〜と湧いてきます。
    最近、なんだかこんなふうに、その時は別段気に留まらず理解しようともしなかったことが、ふっと思い出されて今では理解が出来て、ありがたみがわかって一人でジーンとすることが多くなったように感じます。
    操体を学んでいる中でも、その時見落としていることや、その時ピンとこなかった御師匠の言葉、心配りなど何年か経った頃にふっと思い出して、ありがたみでジーンと感動している自分がきっと居るのだろうなぁと思います。

    スケートの授業といっても遊びの延長のようなもので、みんなそれぞれおもいおもいに滑って止まる、滑って止まるを繰り返していました。
    もっとも、滑って止まると普通にできるようになったのは自分の場合5、6年生になってからで、低学年の頃は立っては転び、前に進んでは転びでズボンはいつも氷がつきっぱなしで尻はビショビショ、膝は破けてつぎはぎだらけという感じでしたが、それでも3年生頃にはなんとなくコツがつかめてきて片足ずつ体重を乗せながら、それなりに滑れるようになったと思います。
    それなりに滑れるようになってきてスピードも出るようになったら、今度は止まり方がうまくいかない。
    横向きになりながらザーッとカッコよく止まりたいのですが、そうはいかず、ザッ ドテッとか、ザッ ゴロンといつも転がってしまう。
    結局いつまでたってもビッショビショのつぎはぎだらけ。
    上級生の止まる姿を見ていると止まる時に氷のしぶきがブワァーとあがり格好良く止まっている。中には片足立ちで氷のしぶきをあげて止まっている人もいる。
    よしっ俺もと、力めば力むほど、ブレーキはかからずもっと勢いよくドッテン ズザ〜。
    そのうちヤケになってライダーキック状態(仮面ライダーの必殺技)。全然ダメ。
    それでも、4年生か5年生頃には低学年の時の上級生がやっていた片足立ちで氷のしぶきをブワァーとあげて止まるようなことも出来るようになっていた。

    うまく止まれるようになった時のことは今でも良く覚えている。
    なぜ良く覚えているかといったら、それまで何年も出来なかったことが一日で出来るようになったからかもしれないが、その時の天気やまわりの木々の風に揺れる感じまで良く覚えている。
    この前日に体育を教えている先生にスケート靴の歯を研いでもらったら、これがガッチガチにエッジがきいてしまい、今までのようにライダーキック状態でブレーキをかけていたら変な転び方をして、捻挫でもしてしまうような感じだったので、しばらくはスピードを出さず、ゆっくりとそしてブレーキをかけるときもスキーのボーゲンのように歯をハの字にしてゆっくり静かにブレーキをかけていた。
    それから歯のハの字を右足の方を余分に利かせることで左にカーブしながらブレーキが上手くかかる事が感じられるようになってきた。
    「あれっ?何だか出来てきた こんなんでよかったんだ〜」と小学生の自分は素直に喜び、うれしくて同じ事を何度も何度も繰り返して遊んでいた。
    休みの日だったので一日中やっていたら帰る頃には、右足をヒョイと持ち上げて左足だけでブレーキをかけ、氷しぶきをあげて止まることも出来てきた。楽しい、楽しい。 
    一緒にいた友達が「あれ〜 まこっちゃんかぃ?」と不思議そうに声をかけてきた。
    まこっちゃんとは自分の当時のあだ名だが、いつものジャンパーとつぎはぎだらけのズボン、毛糸の帽子をかぶっている、ドッテン ズザ〜のまこっちゃんが、片足で氷しぶきをあげて止まっているのだから不思議がるのも無理はない「オ〜ゥ そうだよ〜」と得意げな小学生の私。

     
    この頃のことを思い出すと、うまくできなかった頃は、一気に出来るようになろうという意識だけが先走り、結局長い間うまくできなかったように思う。
    不自然な欲を取り払い、少しずつ積み上げていけば、ちょっとしたことから理に適う方向へ導かれ、そこには快があり劇的変化があるのかもしれない。

    昨日は新年会があり、先生はじめ同志の皆様と楽しい時を過ごさせていただきました。
    寿司をいただいたのですが、スーパーなどで売っている機械で握った寿司は食べ進むにつれて、醤油を受ける皿にご飯粒が残ったり、箸で食べていると醤油をつけるときに崩れたりする時もありますが、さすが職人さんが握った寿司はそのようなことはなく適度な固さで、それでいて口の中に入れたときにパラリとほどけるという絶妙な加減でありました。
    長年少しずつ積み上げた精進の末、このような絶妙な加減になるのだろうなと思いながらありがたくいただきました。
    おいしかった。
    ありがとうございました。

    友松 誠。

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  • おはようございます。

    おはようございます。

    雪も降り、冷えますね。
    私の住んでいる地域は、金曜日の朝に降り3センチぐらい積もった後は霙に変わり、夕方までには溶けてしまいましたが、大雪や強風に見舞われている地域の人は色々と大変でしょうが、自然災害にはくれぐれも注意していただきたいと思います。

    このブログの記事は、土曜日に書いていますが、日本海側が大雪に見舞われているためかこちらも今日は、いつものからっ風以上の強風が吹いており、いつもは西側の窓になのですが、今日は北側の窓にドーンと突風がぶつかってきています。
    明日、明後日は成人式を予定している地域の方々もいると思いますが、路面の凍結も予想されますので十分に注意してください。
    新成人の方々の中には羽織袴、振袖などの和装で出かける人も多いと思います。
    せっかく足袋を履き、草履を履くのですから、足の親指側、足心を意識して、重心を安定させ、きらびやかな晴れ着を、転んで汚さないようにしてほしいと思います。
    そして足心で踏み出す一歩を、新しい門出の一歩としていただきたいと思います。
    また仕事などの都合で成人式に行けない人(私もそうでした)も心は錦でいてほしいと思います。

    今、土曜日の夜なのですが、朝起きた時は雪の降ったあと特有の空気の澄みかたで、遠方に見える山々の輪郭もクッキリして、うっすらとまだ少しだけ雪が残っている姿が幻想的でとても綺麗でした。
    写真に撮って載せようと思ったのですが、デジカメのバッテリーを充電しているうちに忘れてしまい、昼食後に思い出して撮ろうと思ったら、山々の雪は溶け、強風で朝の風景は一変してしまっていました。

    なんだか初日から、あたふたしていますが
    一週間どうぞ宜しくお願いします。

    友松 誠。

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  • 禅と脳

    初めましての方、こんにちは。
    また来て下さった方、ありがとうございます。

    先月の事になるのですが、久々に図書館に出掛けました。

    いや、本は好きなんですよ、実は。
    思えば、今の場所に住むのに、この図書館はポイント高かったのです。
    またちゃんと通えるようにせねば、と思います。新年だし。

    ということで、本日は一冊紹介します。

    タイトルは「禅と脳」。

    以前何冊か借りたうちの一冊で、その時は期限のため読まないまま返したのですが、やはり気になってまた借りてみました。

    禅の生活が脳に与える影響についてセロトニンを主なキーワードに対談されているのですが、それはともかく、操体を学ぶ人間にとってはなるほどと思う発言が随所にあります。

    少し引用してみます。

    風流
    私という存在は、「揺らぐ存在」なんだ
    瞑想
    言語機能は休ませながら、空間認識を司る機能、これは盛んに使うんです。
    中心点と輪郭の線に均等に意識を分散するんです。
    揺るがせにする。集中と拡散が同時に。
    縁が自由に波立っているから、中心点は静かでいられるという、それが仏教でいう「不動心」というものなんですね。
    中心がぶれないから自由に動けるということなんです。動くからこそ軸が静かだというのが「不動」ということですね。
    歩行瞑想ですとか、あるいは体を動かしながらの瞑想とかがあるわけです。中略。私が動かそうと思っているわけじゃないんです。中略。体の内部感覚をできるだけ精緻に感じようとしているわけです。ただし言語化しない。
    体がそれを要求しているんですから、体のいうことを聞けばいいんですよ。
    憶う・思う・想う・懐う
    瞑想中やっていいのは、「感じる」ことと「味わう」ことなんです。「思う・考える」ということはしてはいけない。その対象が自分の体の動きだったり、呼吸そのものだったりということなんですね。
    禅というのは「回帰する」という考え方が非常に強いんですよ。
    弱くて柔らかいということが最終的に強いということなんだという考え方があります。
    思考というのは、今ここから過去に遡るわけですよ。「思う・考える」ということは、材料は常に過去なんですよ。「感じる・味わう」ということは「今ここにいる」ことですよね。そこにはじつは時間がないんですよ。
    「空」というのは、「生命が流動そのものである」という認識なんですよ。過去のものでも、未来であっても、思考の対象にする限りは「色」なんです。「色」にとらわれるというのは、要するに脳の言語機能が働いているんでしょう。
    いうことを聞く言葉と、聞かない言葉があるんです。私たちの聞き易い言葉というのは別なんです。
    お経をインドの言葉で読むと明らかなんですけど、現在完了形なんです。自分の声が自分の脳に与える影響というのは、すごいものがあると思います。

    ちょっと多かったかな。
    個人的に気になったのは「今ここ」の部分です。
    去年のVisionSでも少し触れたのですが大事にしたい言葉です。

    興味があれば読んでみて下さい。

    来週は群馬から友松さんです。
    余談ですが、今日の高校サッカー準決勝は鹿児島VS群馬です。

    辻知喜

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