投稿者: karib_sotai

  • 2012

    11月21日って・・・考えたら秋季フォーラム前日という大切な日では有りますが、世の中ではこの冬期待?の映画、最近ガンガンCMで流れているので見た方もいらっしゃるでしょうが映画『2012』が公開されます。
    監督・脚本・総制作指揮は“インディペンデンス・ディ”や“デイ・アフター・トゥモロウ”などディザスター(天災・災害)映画の巨匠と呼ばれている“ローランド・エメリッヒ”の作品です。
    エメリッヒの作品は基本的には嫌いではなく、前述したインディペンデンス・ディもディ・アフター・トゥモロウも見ましたし、テレビでも何度も再放送され、何故かその度見ています。
    インディは宇宙人の襲来、ディ・アフタは大自然の驚異みたいな人間の力ではいかんともしがたい災害・災難に襲われ、逃げ惑い、或いは立ち向かう姿をハリウッドお得意の金にモノを言わせたこれでもかVFXで描き、最後はアメリカ万歳みたいな匂いのする映画?です。
    個人的にはインディ位の荒唐無稽な設定とウィル・スミスのお気楽な乗りが好きでは有るのですが、それはともかく今回の『2012』は“ウオッチメン”や“イーグル・アイ”などの視覚効果スタッフ結集し、最新VFXを使った作品と成っており、つい先日も予告編では異例の五分間先見せ本編映像が公開されていたので見たのですが、“VFX万歳単純野郎”の私は面白そうだなぁなどと思っておりました。
    内容的に云々するとネタバレに成りそうなので、省略しますが大型スクリーンで見てみたいものです・・・

    この映画のタイトルにもなっている“2012”とは古代マヤ人が用いた長期暦が2012年12月21日〜23日頃で終わっている 事から一部のニューエイジ思想家やオカルト好きな人々の間で『2012年人類滅亡論』として信じられているそうです・・・
    はい、これどっかで聞いた事のあるフレーズだと思いませんか・・・1999年7の月に人類滅亡って・・ノストラダムスじゃん!みたいな・・そうなんです、このマヤの予言も“ノストラダムスの予言”と共に語られる2大予言の一つなのだそうです。
    マヤ文明と言えば歴史の教科書で過去に見た記憶がボンヤリとある位で詳しくはないのですが、金属器を使わなかったという事と数学が発展していたという事しか思いつきませんが、特筆すべきがマヤ人は天体観測に非常に優れていたとの事で、精密な暦を作り出す知識を持っていたそうです。その中の一つが“長期暦(Long Count)”と呼ばれる、今回の予言の土台となっている暦のようです。
    地味にこの説に関しての本も結構出版されていて、ニューヨーク・タイムズ紙に寄稿しているローレンス・E・ジョセフ氏はその著書『2012 地球大異変』で、太陽そのものの活動が2012年に記録的なレベルで最盛期を迎えることや、地球地場の弱まりによる地磁気変移の影響、太陽系が星間のエネルギー雲に入ったことで2010年〜2020年の間に地球に大惨事が引き起こされると予測、中国の易経ヒンドゥー神学でも2012年の終末が予言されていることなどを挙げているとのこと・・・
    何か、ノストラダムスで踊らされた世代としては、俄には信じがたいと言いますか、景気が悪くなると終末論がよく出ると言いますが、そんな世相も反映しているのかもしれませんね・・・
    因みに“2012”系統の作品はこの後も大作が控えており“トランスフォーマー”シリーズで有名なマイケル・ベイ監督も2010年公開予定の『2012 The War for Souls』という作品を準備しているようです。
    当分2012年ネタで盛り上がりそうです・・・
    これらディザスター系映画を見る度にふと考えるのは、いや・・多分これは私だけではなく、他の皆さんも彼女や彼氏、旦那様や奥様とそんな事を一度は話した事があると思います。
    もし、『1週間後に地球(日本)が滅亡する!』と政府から公式発表が有ったら貴方ならどうしますか?
    条件としては・・・

    1. 隕石が地球に衝突、地球以外は逃げ場無し(宇宙はOK)
    2. 気候の大きな変化が起こり、日本より北側の国は気温の急激な変化により、人が生きられる環境では無くなる(南の国ならOK)
    3. 宇宙人の襲来により、戦う以外は生きる道は無いと言われた

    このネタはよく奥方と話した事があります、いずれも見た映画の設定なんですが、どうでしょうか?これって結構、その人の性格が出るので、真剣にディスカッションでもすると楽しいですよ・・・これって実は地球滅亡に限らず、その人が人生の土壇場に追い込まれた時にどの様な行動に出るかを見るのにとても参考になります・・・
    命がかかると人間は違うよと言う人も居ますが、人間って精神的にテンパっている時は命のやりとりとほぼ変わらない行動をするので、土壇場で尻をからげて逃げる奴か、踏ん張って立ち向かう奴かを見極める良いテストにも成りますので、それとなく彼氏・彼女に聞いてみると、結構笑えます・・・こいついざとなったら私をおいて逃げるんだ・・みたいな・・・
    最近、刺激が無いというご夫婦やら彼氏・彼女諸氏は是非、ディザスター映画で、愛を深めてはどうでしょうか?結果として本性が見えて玉砕という道もありますが、それも又、ディザスターな感じで良いのではと思います・・・
    え〜っと因みに私ら夫婦の見解としては滅亡が決定なら、敢えてジタバタせず普段と同じ生活を送り、瞬間が来るまで一緒に居ましょって話で落ち着きました・・・うふっ(=´∇`=) ニャン♪

    福田勇治

  • 歴女?歴男?

    先週の畠山先生のブログの中で他の追随を許さない歴女ぷりが炸裂していましたが、
    やはりマニアックだなぁと改めて感心していました、歴女って確かに畠山先生の様に筋金入りのベテラン?も居れば、
    俄(にわか)歴女も多数発生しており、私の様にユックリ落ち着いてその場の雰囲気や過去その場に居たであろう
    人の息づかいを感じたい人間にとっては正直“(`×´)丿ウザイ!!”っす!
    「うぁあああ、可愛いいぃい!」「きゃぁああ」などおおよそ場違いな黄色い声を発声しながらうろつく様は
    正直、(・_・)ノ■ レッドカード 出したいです・・・

    今年で言えば天地人関係の施設やら地方やらが俄仕込みの歴女軍団の勢いで“わぁああ”っと人々が殺到しているようです。
    多分、来年は高知県長崎県・京都界隈に“俄歴女”軍団が発生しそうな悪寒です・・・

    しかし、疑問に思うのが歴女は有るのに何故、“歴男(れきお)”が無いのかは不思議な限りで
    何も歴史好きは男の専売特許では無く、私の知人などは歴史に興味は皆無!という奴が大多数を占めるので、
    イマイチこのネーミングには不満です。
    今は年相応に成りましたので問題は無いのですが、若い頃に「戦国好きの幕末馬鹿」って言うだけで、若年寄と呼ばれたり
    暗い・キモイなどと言われ、肩身の狭い思いをしたものです・・・

    それが時代が変われば“歴女”などと持て囃され、ブームに乗って俄歴女みたいな・・
    これ又マスコミやら某関係者の匂いがプンプンすると言いますか、妙に煽るなって言いたいです。

    私のいわゆる歴史好きは小学校の頃に原点があり、単純に自宅近くの山城に見つかっていないお宝が眠っている
    金銀財宝ザックザクみたいな、インディジョーンズか徳川埋蔵金かって言うアホみたいなレベルから入っていきました。
    最初はそんな不純な動機だったのが、誰が住んでいた城だったのかが気になり出し、色々と調べて行く内に気が付いたら
    “歴男”人生まっしぐらになっていました。

    先程も書いたように私の場合“歴男”と言っても時代限定のマニアなので、平安時代の事や弥生時代の事を聞かれても
    中学生以下の知識しか有りません・・・
    そんな中でも私自身がLife Workとして行っているのが、『日本全国お城巡り』です。
    残念ながら北日本に関しては中々行けておらず、今後の課題と成っておりますが、西日本・中部地方は目ぼしい所は結構足を運んでおります。

    やはりオススメは取り敢えず行っとけ!って感じで国宝指定の4名城は押さえておいて下さい。
    ご存じだとは思いますが、改めて見所も含めご紹介します・・・

    1. 松本城(長野県):1596年築城当時の姿が残ってる、何よりあの黒塗りのフォルムが美しい
    2. 姫路城(兵庫県:近世城郭の比類無き天守様式を留めている、時代劇で出て来る江戸城もどきは殆どここでロケってると言っても過言では無い天守以外も見所満載のお城マニアのディズニーランド
    3. 犬山城(愛知県)丸岡城同様に初期望楼型天守の形式を残している、とにかくこぢんまりとまとまった可愛いお城である、つい近年まで尾張藩付家老だった成瀬氏個人の所有であり、国宝で個人所有は珍しいお城でした(現在は違います)
    4. 彦根城滋賀県:1603年築城当時の姿を留めている、こちらも犬山城同様に可愛らしいコンパクトなお城です。彦根城の素晴らしい所は天守以外の櫓等が兎に角良いです。オススメは天秤櫓と廊下橋です、ここは時代劇のロケに数多く使用されているので現地に行ってみられると納得です。特に鐘の丸下から廊下橋を見上げるロケーションは感涙ものです(マニア限定ですが)

     後は現存天守のお城は是非、死ぬまでには行ってみて下さいまし。因みに現存天守とは今天守が残っているお城で
    江戸時代若しくはそれ以前に創建された物であるというのが条件のお城です。現在、日本に残っている現存天守は12城有ります・・・

    1. 弘前城青森県:唯一、行けてないです・・・
    2. 松本城(長野県):兎に角チョーお勧め、格好いいっす!軽く興奮します・・・
    3. 丸岡城福井県:こぢんまりな感じですが、雰囲気ありです
    4. 犬山城(愛知県):ここも可愛いプリティーな感じの匂いが満載城です
    5. 彦根城滋賀県:時代劇で見る機会が非常に多いロケーションなので、楽しいですよ
    6. 姫路城(兵庫県:King of Castleまさに日本の至宝とでも言うべきお城、よくぞ残ってました!Nice池田公!
    7. 松江城島根県:何度昇ったか記憶に御座いません、私に島根案内させると必ず連れて行かれる場所です・・
    8. 備中松山城岡山県:日本三大山城の一つです、駐車場から結構歩いて天守まで登ります、体力勝負です
    9. 丸亀城香川県:基本平山城で、街中にあり眺めが良いです。市内がグルッと見渡せます
    10. 伊予松山城愛媛県:ここは改修前にお邪魔してから行っていませんので、近々行きたいなぁなどと思ってます
    11. 宇和島城愛媛県:ここも、こぢんまり系ですが、幕末三賢公 伊達様(仙台絡み)のお城らしく、良いです!
    12. 高知城高知県:ここも雰囲気有りますね、城の下では朝市やってるんで、午前中に行くのがお勧めです!

    因みに私は行ってないのは弘前城のみです・・・青森行くこと無いっすねぇ・・・まぁ機会があれば行ってみたいものです。

    ここまで語っといてこんな事言うのも何ですが、私が本当に好きなのは天守が残っているお城では無く、中世城郭の花形『山城』です。
     え〜っと・・や。。山城?って総突っ込みの声が聞こえてきそうですが、私に言わせれば『山城』こそが
    戦国全盛期の城の中心であり、鉄砲の登場によりその機能を徐々に失い、苔むしてしまった悲しい歴史も有るのですが
    今でも車を走らせている時に山城跡の看板を見つけると、思わず車を停めて山に登って山頂に向けて登って行きます。
    ですから私の奥方などは旅行に行くと言うと必ず、靴はいるのか?を先ず聞きます、過去にもヒール系の靴を履いて行き
    とんでもない目に遭ったことがあるので、それ以降は必ず「靴は?靴は?」としつこい位に聞いてきます・・・
     話し戻しますが、山城の楽しさ?は何と言っても当時の人々の息づかいが聞こえてくることです。山という天然の地形を最大限に利用し要塞化していくその見事なこと、まさに一大芸術作品と言っても過言では無いです。

    見るべきポイントは幾つか有りますが、やはり『曲輪』『石垣』『空堀』『虎口』の四つ位でしょうか。
    石垣、曲輪、空堀は割に解りやすいですが、虎口は解りにくかったり、説明の看板がご親切に有ったりして嬉しいような楽しみを半分取られたような複雑な気持ちになります。

    意外に小っちゃな曲輪にこんな所で防衛機能が果たせるのかと疑問に思ったり、謎解きのような楽しさも同時にあり、400〜500年も前の世界に引き込まれる楽しさがあります。
    ですが、楽しいことばかりでなく、気を付けないと色々と怖い目にも遭いますので、充分な準備は必要だと思います。

    一度は下山する際に迷ってしまい、再度頂上付近まで上がってから下山した経験もありますので、ご用心です。
    後、マニアの方ならご存じだと思いますが織田信長の妹お市の方の旦那であった浅井長政の居城であった滋賀県小谷城跡』に登った時だったのですが

    此処は別の意味で身の危険を感じた場所でした。早い話が感じてはいけないモノを見てしまったと言いますか、此の世の方でない方が多数未だに存在する異空間でした・・・
    後にも先にも頂上から下まで一気に飛んで降りられないだろうかと、真剣に考え蒼白に成ったのはあの時が最初で最後でした。
    特に山城に関しては”霊感”の強い方はお気をつけ下さいまし、先程まで紹介した現存天守とかは中世とは言っても壮絶な戦闘により多数戦死!みたいなお城は少ないのですが、山城に至っては歴史をよく調べてから行った方が
    身のためだったりしますので要注意です。

    激戦地が山城は多いですので、有名所では『八王子城跡』何かは私は余り行きたくないです・・・
    よく考えれば数百年前に自分が立っているその場所で、壮絶な命のやりとりがあった場所ですから、安易な気持ちで登ることは失礼に当たると思い
    小谷城跡”の一件以来は塩と水を持参しつつ登るように成りました。

    ですから私のアルバムにこの小谷城跡の写真は存在しません・・・理由はデジカメにデータが残って無いというこれ又、何とも不思議な感じの結末で
    当時を思い出しても気味が悪い唯一の経験でした。

    とは言っても未だに懲りもせず“山城跡”看板を見つけては車を放置し、山登りをしている福田でした・・・歴男万歳ぃいい!!
    PS.個人的にオススメの山城は兵庫県の『竹田城跡』岐阜県の『苗木城跡』です、この二つはわざわざに行くだけの価値は有ると思います・・・

    福田勇治

  • The 2009 秋季東京操体フォーラム

    お久しぶりでございます、出雲の住人福田でございます。今週一週間何卒、宜しくお願い致します。
    いやぁいよいよ来週に迫って参りました、気もそぞろと言いますか落ち着かないと言いますか・・
    特に今回は自身も発表という大役を戴いておりますので、尚更、挙動不審な福田です。
    しかも今回の秋季フォーラムは2Daysという事で盛り沢山の内容となっており、操体の道を志す方のみに限らず、楽しめる内容となっております。
    特に今回の目玉は二人のBIGゲストによる特別講演です。お二人共に甲乙付けがたい位のビッグネームですので、
    当然の事ながら二日通しの参加が最高です!やはりフォーラムは流れで作られていますので、一日だけとかでは良さは半分。。。
    いや・・やはり二日通して是非!操体のAtoZを体感してもらいたいと思います!

    因みに特別講師の先生は初日が柳生心眼流 竹翁舎 主催の島津兼治先生
    二日目はContemporary Artist 南画家の大家である田中稲翠先生のお二人です。
    稲翠先生に関しては私が拙いご紹介をするより、以前のブログで三浦理事長が稲翠先生との事を書いておられますので、
    そちらを参考にして戴いた方が稲翠先生の人となりが解ると思われます。

    初日に御登壇戴く島津先生に関しては実を言いますと私がここ数年の中で、お会いしたい方、お話を伺ってみたい方NO.1の方でした。
    恥ずかしながら初めて島津先生を知ったのはお馴染み?『月刊秘伝』でした。
    “最後の武人”であるとか“日本古武道最後の生き証人”とか先生に関しては呼称が大変多く、その形容のどれもが『Last Samurai』と賞賛しています。
    個人的には先生が以前、発刊された『甲冑拳法柳生心眼流を古書店やらで捜すも中々見つからず、復刊ドットコムに思わず復刊希望を出した経緯もあり・・・
    それと何と言っても、私の様な千葉真一神!的な人間にとって“柳生”と聞いただけでも敏感に反応する上に、何やら“裏柳生”に通ずる匂いも漂い、妄想半分暴走しそうです・・・

    Wikipediaによると柳生心眼流は戦国時代、羽州庄内出身の開祖羽州帯刀が神眼流を開き、これを奥州仙台の竹永隼人が学んだそうです。竹永隼人は神眼流・首座流・神道流・戸田流を学んだ後、江戸に出て柳生但馬守より柳生新陰流を学び柳生心眼流を開いたと伝えられているそうです。
    これも諸説有る様で、開祖も同じ柳生新陰流“鍵屋の辻”の仇討ちで有名な『荒木又右衛門』を開祖とする説もある様です(荒木又右衛門のお墓って島根のお隣鳥取県に有るんです)。
    ここでもキーワードは奥州仙台・・・( ̄― ̄)ニヤリッ 橋本敬三先生もヒョッとしたら何らかの形でご縁が有ったのではないかなどと、操体も源流を遡っていくと・・・更に妄想が加速しそうなので、この辺りで止めときますが、島津先生には『月刊秘伝』にも取り上げていらっしゃった、戦国期の甲冑武者の戦場での歩法とか、武人の身体の使い方など聞いてみたい事が様々有りますので楽しみ爆裂です。

    それ以外にも特にフォーラム初日の懇親会はフォーラム初日の目玉と言っても言いすぎではなく、講習の時の話とは又違った意味での各実行委員や先生方の生の声が聞ける最大のチャンスでもあります。この懇親会で操体の何たるかが解ったという方も少なくありません。
    懇親会の席だからこそ聞ける話であったりとか、懇親会だから話せる事も沢山ありますので、色々な方の考えであったり思いを吸収して戴きたいと思います。
    兎に角内容盛り沢山の2009秋季東京操体フォーラムCOUNTDOWN Weekの今週ですので、もう暫くお待ち下さい!それでは今週一週間お付き合いのほど宜しくお願い致します。

    福田勇治

  • アカシック・レコード

    いよいよ最終日となりました。東京は今週一週間雨模様でした。明日からは晴れるようですね。
    何だか今回は一週間『不思議ちゃん』になってしまいました(笑)
    自分が実際に見聞きしていること、それだけが本当なのか、たまに考えてみるのもいいものです。

    アカシック・レコード
    アカシック・レコード(Akashic Records)とは、宇宙や人類の過去から未来までの歴史全てが、データバンク的に記されているという一種の記録をさす概念。アカシャ (akasha) とはサンスクリットで「虚空」、「空間」を意味する。この概念は非常に面白いと思っている。

    ★眠れる予言者
    中谷実行委員の日記の中に出てきた、ケイシーの名前を聞いて、久しぶりにケイシー関係の本を開いてみた。丁度私がこの世界に本格的に足を踏み入れたのが、今から約20年前の事だ。その頃は手技療法に関する書籍を読み漁っていて、当時の私の本棚には夥しい数の関連書籍が並んでいた。生活を変えて引っ越しをした時にその殆どは売ってしまったのだが、大事な本は保存してある。記憶をたどると、私の『手技療法系』は、中学生の頃、父親が会社の健康保険組合の配布品で『足のゾーン・セラピー』というのを貰ってきたのも一つのきっかけだった。今でこそ「足ツボ」とか、「リフレクソロジー」という分野は確立されているが、その頃はまだそれほどポピュラーではなかった。
    今、改めて思い出したが、私がヨガとか足のゾーン・セラピーに10代始めの頃から興味を持っていたのかと言えば、なんだかあまり丈夫ではない(元気一杯ではないが、病気がちでもない)という感じだったので、色々試してみたのだと思う。また、10代の頃は精神と身体がどうもアンバランスというか、心は元気でも身体がついていかない、というような感じでもあったかもしれない。

    その『足のゾーン・セラピー』の先生は、実はケイシーの研究家であることを知ったのは、大人になってからのことだったが、そういうわけで。一時ケイシー関係の本を買い漁り、読みまくったのである

    http://tamabook.com/SPNE/shop.cgi?iframe=./shop_html/home.html&height=700

    エドガー・ケイシーとは『眠れる予言者』と言われている。予言者、あるいは心霊予言者と言ってもいいだろう。

    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%89%E3%82%AC%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%B1%E3%82%A4%E3%82%B7%E3%83%BC
    (以上wikipedia

    19世紀後半にアメリカはケンタッキーに生まれ、1945年に亡くなっている。普段は写真屋を営む敬虔なクリスチャンだが、催眠状態に入ると、アカシック・レコードと交信することができ、様々なリーディングを残している。
    身体的な悩みに対して、解決、治療法を示したものが「フィジカル・リーディング」、人生の悩みに対して助言の「ライフ・リーディング」が残されているが、「ライフ・リーディング」とは、人間の魂は輪廻転生を繰りかえし、人生で起こる悩みや問題は、前世との因果関係を知ることによってその解決の糸口が得られるというもの。その他に、アトランティスは大西洋に存在し、高度な文明を保っていた、というような歴史的なリーディングもある。ケイシー自身の信仰からは、にわかには受け入れがたいような情報がアカシック・レコードから催眠中のケイシーを通じて語られたのである。

    ちなみに、メガネのせいかもしれませんが、うちの日下実行委員を見るとケイシーを思い出すのは私だけでしょうか(笑)

    なお、ケイシーのフィジカル・リーディングに沿った治療法を行っているところもある。興味深いのは、からだの歪みと食事と排泄、体操、心の平安(祈りや瞑想など)が語られており、操体の『息食動想』にもリンクしてくるということだ。この療法を『ケイシー・レメディ』(ケイシー療法)とも言うが、このレメディの処方は、アカシック・レコードから伝えられたものであり、ケンタッキーの田舎の信心深いクリスチャンの写真屋のアイディアではない。

    真実は、色々な伝わり方をするが、事実は一つである。
    違うけれど、同じ事を言っている。
    そんなことを思った。

    なお、日本でケイシー・レメディをされている福田高規氏は、操体法東京研究会の講習を終了した我々東京操体フォーラム実行委員の先輩である。この話を師匠、三浦寛先生から伺って

    『やっぱり不思議だ・・・・』と思った。

    新版 エドガー・ケイシーの人生を変える健康法

    新版 エドガー・ケイシーの人生を変える健康法

    なお、最後に一言書いておきたいのは、私は常に『不思議ちゃん』(横軸)の軸と、『理性ちゃん』(縦軸)の軸のバランスを取って生きたいと思っていること。
    これは『右脳ちゃん』『左脳ちゃん』とか『男』『女』と言ってもいいかもしれない。『東洋医学』と『西洋医学』もそうだし、『デジタル』と『アナログ』もそうだ。片方を切り捨てるのではなく、交わるところの存在も大切にしたいと思っている。

    それでは、一週間ありがとうございました。

    明日からは、島根の福田画伯(猫と精力剤の話では果てしなく盛り上がる??)です。よろしくお願い致します。

    なお、フォーラムへのご参加、引き続きお待ちしております。

    http://www.tokyo-sotai.com/

    畠山裕美

  • 病気はありがたいサインだ?

    自慢ではないが、もう少しで死にそうになったことがある。半日遅れたらICUで、一日遅れたらあの世行きだったというヤツである。

    今から考えてみると、それまで怪我もせず、大きな病気もせずそれなりに間に合って生きてきた。骨折したこともないし、どこか切ったこともない。それが、ある日いきなり人生初体験の入院をしたわけだが、あれはおそらく『休め』という強制ストップみたいなものだったのではないかと思う。

    というのは、死にかけた割には三週間入院しただけだったし、幸いにも最初にかかった医者(せんせい)が、入院した病院の外科部長と同級生だったお陰で、検査も入院も非常にスムースに進んだ。最新鋭の医療設備で全身チェックまでしてもらった。普通だったら鼻の穴からチューブを入れて胃液を排出するらしいのだが、これも免れた。トイレも自分で行っていいというお許しが出た。とにかくひたすら寝ていたような気がする。たっぷりの睡眠時間と人様が作ってくれる食事(笑)入浴が許可されれば、昼15時位からゆっくりバスタイムという優雅さ(笑)それまで夜型だったのを改め、朝型の生活に切りかえたが、それも収穫の一つである。

    もしも、この時ゆっくり休んでいなかったら、その後もっと大きなツケが回ってきていたかもしれないと思う。例えば本当にイノチをリセットしなければならなかったとか。

    ところで、こんな事を書いていいのかどうかなんだが(笑)

    その少し前から体調が少し良くないとは思っていたのだが、何となくある日脳裏に『六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)』が浮かんだのである。

    六条御息所:源光源氏の年上の愛人で、嫉妬から生霊となって源氏の愛人達に祟る。源氏の正室、葵の上をとり殺す場面は有名。なお、本人は自分が生霊となっていることを知らなかった。
    http://www.tnm.go.jp/jp/servlet/Con?pageId=B07&processId=02&colid=A11098
    (画は上村松園の「焔」)

    そういう愛憎劇に巻き込まれるような覚えはないのだが(笑)誰かの激しい嫉妬というか意念のようなものを感じたりしていたのは事実と言えば事実である。
    また、偶然にも入院する前『すうぱあなちゅらる』な力を持つF氏に、『最近、呪いでもかけられてません?気をつけて下さいよ』と言われたりしていたのだった。これはまたいつかお話したいと思う。

    ★まあ、人に呪いをかけると『人に呪わば穴二つ』と言う。これは陰陽師が呪詛を行う時、呪詛返しでかけた方も死ぬ可能性があるので、墓の穴を二つ用意したとか、有名な『丑の刻参り』も、自分の呪詛が成就しても、それが自分に返ってくるため、墓穴は二つ、つまり相手と自分の分を用意せよ、いう話から来ている。いずれにせよ、人を呪ったりするのはやめたほうがいいのである。

    話を戻そう。

    入院している間、幻覚と幻聴を経験した。後で看護師さんに聞いてみると、痛みを抑えるために強力な痛み止めを点滴しており、さらに両手両足に合計8本の点滴を打っていたので、そういうことも起こることがあるんですよ、と言うことだった。確かにあれだけ刺されていたらヘンになると思う。更に無意識のうちに点滴の針を抜きまくったらしく、後で看護師さんから聞くに、一晩で10回やらかしたそうだ。勿論そんなことは全然覚えていないのだが、この時見ていた夢(のようなもの)はクリアに覚えている。いや、幻覚や幻聴と書くので何やら物々しいが、ヴィジョンが見え、天の声が聞こえたと言えば聞こえはいいのだろうか(笑)

    私の場合、何か聞こえるというのは、話し声などではなく歌声だった。それも多数の声のコーラスみたいなものだ。多かったのは男性合唱団のもので、何の曲か分からないが、非常に親しみがあるものばかりだった。まるでオラトリオのような教会音楽的なものだったと思う。
    入院した次の日の早朝、、グリークラブ(平たく言えば男性合唱団)の練習をしているのかと思って目が覚めた。どこか遠くから聞こえる何とも心地良い歌声だったと記憶している。

    病院の近くにはK大があった。K大グリークラブが早朝練習をしているのかなと、うとうとしていると、看護師さんが巡回に来た。『男性コーラスが聞こえるけど、朝から練習してるんですか』と言うと、看護師さんは『そう?コーラスが聞こえたの』と答えた。
    その次の日からは聞こえなかったので、あれはやはり私にしか聞こえていなかったのだろう。看護師さんは患者のうわごとは多分聞き慣れているに違いなかった。

    ベッドの脇を見ると、花瓶にチューリップが生けてあった。Duran Duranの”Careless Memories”に出てくるチューリップと同じだ。病院の白い壁、PV(プロモーション・ビデオ)の白い背景。そんなことを思った(動画参照。丁度白いチューリップと白い壁のイメージ)。

    今になって思い起こすと、これは『内なる歌声にからだが癒された』と考えてもよいのではと想う。
    操体臨床例の中には、快適感覚と共に、『色を見せられて』からだが癒しをつけているというケースもあるからだ。『歌声を聞かされて』からだが癒しをつけるというケースもあるかもしれない。『無意識の動き』も、内なる治療者がからだに動きをつけて治しに導くと考えればいいのだ。

    ここまで書いて、先日平直行相談役から聞いた話を思い出した。平氏と先日対談した、ヨガのN先生によると、ネパールに行ってヨガをするのだそうだが、敢えて落ちたら死にそうなところとか、危険なところで行をするのだそうだ。これはどのような効果があるかと言えば、自分の身が危険にさらされると、反動で生命力のレベルが大きくアップするらしい。戦争体験者にタフで比較的ストレスに強い方々が多いのも同じなのだろうか。

    思うに、自分の身に強制ストップがかかったのは、非常にラッキーなことだったのだ。
    我慢できる位の痛みだったらそのままやり過ごし、手遅れでした、ということになっていたかもしれないが、『からだが強制ストップをかけた』お陰でしっかり休むことができ、丁度いいタイミングで生命力のレベルがアップしたのである。

    これは何とも言えない巧みな生命現象のバランスだと思う。人体というのは基本的に「間に合ってればいい」のだが、ある程度の刺激を与えないとやはり活性化しないのか?

    病気はありがたいサインだ、というのはこういう意味もあるのかもしれない。

    畠山裕美

  • 歴女・仏女 その3

    その後、午後からの仕事もあり、のんびり九博見物している時間もないので、ミュージアムショップへ直行する。阿修羅展の限定カレンダーを売っていたが、荷物を考えて断念する。

    そして九博(きゅ〜はく)名物発見。九博では、「針聞書」といって、1568年に書かれた(織田信長が摂津、つまり大阪を攻めた年)鍼治療の本を収蔵している。その本の現代版解説書が出版されているのだ。鍼治療の本と聞いて、早速手に取ってみた。

    戦国時代のハラノムシ―『針聞書』のゆかいな病魔たち

    戦国時代のハラノムシ―『針聞書』のゆかいな病魔たち

    http://www.kyuhaku.jp/collection/collection_info01.html

    当時、病気の原因は体の中に住んでいる虫が悪さをするためだと考えられていた。庚申信仰はご存じだろうか?
    陰陽五行説の庚申の日の信仰である。人間の体の中には三尸(さんし)という3匹の虫がいて、暦の庚申の日に人が寝ているうちに閻魔様のところに行き悪行を伝えると言う話があり、それをさせないために、寝ずに神仏を祭るというものである。なお、この日は男女交合をしないとか、この日結ばれてできた子供には盗人の性質があるとか、(要は、庚申の日は慎みなさいということでしょう)そのような言い伝えがある。

    赤ちゃんの「かんのむし」(疳の虫」)も、虫が悪さをするからだと言われたりする。宇津救命丸(今調べたら、400年の歴史があるらしい)の効能書きにも「かんのむし(かんむし)」と書いてある。

    この本だが、絵が何とも言えずユーモラスである。現代の「ゆる系キャラ」に通じるのではないか。画像を是非どうぞ。

    http://www.kyuhaku.jp/collection/collection_info01-2.html

    「肝積」(かんしゃく)というのは『肝臓にいる虫。酸っぱい物が好きで、油くさい物が嫌い。常に怒っているような顔の色である』
    「肝虫」(かんむし)もいる。
    「陰虫」(かげむしん)詳細説明を読むと、色が白と赤の二色なのは、精液と経血の色だからなんだそうで、取り憑かれると色情に狂う(笑)らしい。確かこの他にも色情系の虫がいたが、いずれも『治らない』とか『死ななきゃなおらない』などと書かれていた気がする。好色には治療法はないということか。確か他にも「吝嗇」(ケチ)は治らないとかそんなのもあったような気がする。

    ところで、この「針聞書」を現代版にして解説を加えた『針聞書 虫の知らせ』を買った。イラストに現代訳で説明してあるのだが、鍼灸の解説書なので、鍼の打ち方についての説明がある。面白いのは『この鍼の方法は大変難しいので、書けない』とか『この方法は直接師から習うべし』と書いてある。

    つまり

    『本を読んだだけじゃわからんよ』と言っているのである。

    操体も同じで、師匠について学ぶべきなのだと思う(そう来たか!)または、実際に教えを受けるべきなのだ。

    ところで、九博を後にした私は天満宮の参道で写真を撮ったりしながら駅に向かった。参道の途中で何故かゲゲゲの鬼太郎ショップが!!もう少しで『水木商法』に引っかかるところだった(笑)中で買い物したかったが、おそらく出られなくなるので断念、途中で梅ヶ枝餅を買って博多に戻った。

    それから仕事をして、その合間に、秋穂理事の「あきほ整骨院」を突然襲撃したりしたのだった(驚かしてごめんね!)

    皆様、福岡で操体を受けたかったら「あきほ整骨院」へどうぞ。

    その後博多にとんぼ返りし、博多駅の近くでラーメンを食べ、空港で『めんたいも(芋)』(スイートポテトに明太子が入ったモノ)、明太子プリッツなどを買って東京に帰ったのだった。

    阿修羅様、薬王様、薬上様、興福寺でお待ち下さい♪

    畠山裕美

  • 歴女・仏女 その2

    そして、すごく恥ずかしいのだが
    九州ツアーの追っかけをしてしまったわけですよわたくし(笑)

    阿修羅様の。

    実はクライアントの方と「阿修羅展」の話をしていて
    『東京から九州博物館に阿修羅展を見に行くツアーがあるらしいですよ』と聞いて
    『へえ〜、私も阿修羅展2回行ったけど、世の中には物好きがいるもんですね』

    と、答えた私も物好きじゃん!!!!

    まあ、夏の終わり、仕事で日帰りで博多に行く用事があったのだが(無理矢理作ったいう説あり)、午前中はフリーだったので(いや、無理矢理フリーにした?!)博多から地下鉄で天神に向かい、朝9時半には、太宰府天満宮の参道に降り立っていたわたくし(笑)

    太宰府は高校の修学旅行以来である。始発で羽田を発てば朝9時半には太宰府に着くのだ。
    帰りに梅ヶ枝餅でも買っていこうと参道を歩み、突き当たりを左に曲がると天満宮があった。早速お参りし、いろいろ祈願。
    おみくじを買おうと思ったが、小銭を切らしていて断念する。
    しかし、どうしても『管公』というと、『陰陽師』(原作は夢枕獏氏)コミック版の、岡野玲子氏描くところの『管公』を思い出してしまう。どうもあのイメージが(笑)

    陰陽師 (13) (Jets comics)

    陰陽師 (13) (Jets comics)

    実際に、太宰府天満宮というのは、墓所がそのまま神社になっているところで、管公が祟らないように、お祀りして霊をなぐさめたところなのだ。境内を突っ切って目指す九州博物館に行こうと思ったのだが、どうやら道を間違えて山の中に入りそうになったので、慌てて来た道を戻る。もう一度境内を通ってやっと九州博物館へ行く道がわかった。

    夏の終わりとは言えまだまだ暑いので、日傘をさしなおかつサングラスをかけ、道をしばらく歩むと、山のど真ん中に巨大なエスカレータの入り口が見えた。これが『九州博物館(きゅ〜はく)』への道だ。長いエスカレータで上がって行き、幻想的な歩く歩道を進んでゆくと、目の前に視界が開け、巨大な近代的建造物が現れた。

    入り口でチケットを買い、ロッカーに荷物を預け(博物館、美術館見物の基本)

    いざ出陣!

    実は、阿修羅様にも会いたかったのだが、薬王様、薬上様にも会いたかったのだ!

    http://www.kohfukuji.com/property/cultural/113.html

    エスカレータを上がって展示フロアに着く。ふっふっふ〜。三度目だよ阿修羅様。

    上野と違って、九州博物館の天井は少し低い。従って、展示方法も上野とは違っていて興味深かった。展示方法によってこんなにイメージが違うとは。特に八部衆像(阿修羅様もこの一員)の展示方法は、上野よりも見やすかった。上野では、阿修羅様は360度の丸いステージに立っておられたが、他の八部衆は背面が壁についており、真後ろから拝観できなかったのである。これは十大弟子像も同じ。ハコの関係で上野より展示数が少ないのは仕方あるまい。

    阿修羅様は九州でも女子に群れられていた!
    小学生が多かったけど。

    上野よりも小さめのステージで、距離は近い。もう気の済むまで拝顔(笑)

    しかし、天井が低いのが気になる。この低さでは、薬上様、薬王様が入らないではないか!どこか天井高いのか?九博??

    結局、気になったとおり、九州には薬王様、薬上様はいらっしゃっていなかった。残念。

    KISSのジャパン・ツアーで九州に行ったらエース・フレーリーが来てなかったと同じ位残念だった(例えがマニアっくですいません)。
    もしくは水戸黄門を九州で観たら、かげろうお銀の入浴シーンがなかった!それくらい残念だったと思って頂ければよろしい。と、少しがっかりした私だったが、そこは頭を切り換えて

    興福寺で待っててね♪』
    いずれにせよ、私が興福寺に行くぞ!と決意を固めたのは言うまでもない。

    日本には国立博物館が4つある。東京、奈良、京都は美術系。一番新しい九博は唯一の歴史系博物館なのだ。

    その後、折角の歴史系国立博物館に来たのだからと他の展示物も見ることにした。なんと、今回の阿修羅展に合わせて、阿修羅像製作当時の色調復元像もあった。地色は赤。なかなか派手である。阿修羅展終了後も展示されているのだろうか。

    しかし、九博は面白い。テーマを歴史に絞り、大陸との交流をはじめ、古代の歴史に力を入れている。
    古代の、呪術に使ったと言われる石具や、個人コレクションであるアジアの呪術人形、遣唐使船に積まれていた貢ぎ物の模型やら、
    古代日本史が好きだったら一日いても飽きないだろう。
    その中に、石で作った用途不明のモノがあった。石でできた20センチくらいの円柱で「何に使ったか不明」と書かれていた。
    それが何本も(10本くらい)ならんでそそりたっているのである。なんだか面白い。

    う〜む。

    私には、リアルサイズの「かなまら様」に見えた(爆)

    (以下自粛)

    つづく

    畠山裕美

  • 歴女・仏女 その1

    最近、歴史好きな女子をして『歴女』、仏像好きな女子を『仏女』と言うらしい。
    元祖歴女、元祖仏女?としては嬉しい限りである。

    ちなみに、うちの屋号、「TEI-ZAN操体医科学研究所」はもともと「貞山療術院」「操体プラクティショナー TEI-ZAN」と変わって
    来ているが「貞山」とは、伊達政宗公の諡号(しごう、おくりな:貴人の死後に奉る、生前の事績への評価に基づく名)から戴いている。
    勿論、私が仙台に赴く際には、瑞鳳殿(政宗公の墓所)にお参りするのである。

    瑞鳳殿の天女。

    そもそも私が日本史に興味を持ったのは、小学校二年生の時に読んだ、少年少女版の『義経記』である。もしくはその前に読んだ『一休宗純』(つまり、一休さん)の伝記だったかもしれない。
    4歳の頃から児童図書館に通っていた私は、児童図書館の本を殆ど読み尽くしていた。しかし、『義経記』は、どうも7歳か8歳の誕生日に買って貰ったような記憶がある。どうやら、自分で選んで買ったようなのだ。もしかしたら、母方は源氏系だからという話を聞いたからかもしれない。

    小学校三年生の夏、千葉市の真ん中にあったマンモス小学校から、千葉市習志野市の境目、今の幕張メッセからもう少し陸地に入ったあたりに引っ越した。当時千葉市の沿岸(稲毛、検見川、幕張辺り)は小学校が雨後の竹の子のように立ち、小学校には毎日転校生がやってくる、という有様だった。
    この学校の図書室には、この新設校のガラガラの図書室を埋めるためか、誰かが寄贈した『日本古典文学全集』と、『江戸川乱歩全集』などがあった。当時から日焼けなどはしたくなく(笑)ドッヂボールなど体育系が大嫌いだった私は読書三昧の日々を過ごした。この頃から歴史が好きだったのだが、日本史が好きだと神社仏閣にも興味が湧く。

    中学に上がって、仲の良い同級生にMという子がいた。三歳年上のお兄さんの影響でSFを読んでいた。私はSFはどうも苦手だったが、彼女が当時熱狂していた、光瀬龍の『百億の昼と千億の夜(画は萩尾望都)』に出てくる、阿修羅王(作品中では中性的な美少女として
    描かれている)で、興福寺の阿修羅像の存在を知った。おそらく、萩尾望都氏も興福寺の阿修羅像を頭に置いて作画したと思われるが、非常に阿修羅像に惹かれたのである。丁度12歳あたりから、私の

    歴女・仏女人生
    ・ロックンロール洋楽人生&洋画&英語人生
    ・ヨガはじめボディワーク人生
    ・幼児期から続く読書人生

    は、ブレイクするのである(その後も余り変わってないんですが)。
    共学の近所の市立中学に行った小学校の同級生達は、色気づいていたようだが、私は私立の女子校に行ったため(お陰様で10年間、女の園で過ごしました。はい)はそんなしがらみ?とは無縁で、思う存分趣味に打ち込めたのである。

    その後更に私の歴女・仏女人生にハッパをかけたのは、山岸涼子氏の『日出処の天子』である。これを読み、梅原猛氏の『隠された十字架』(法隆寺のナゾ)を読み、おまけに父の会社の同僚だった井沢元彦氏(当時TBS報道部勤務)が、『猿丸幻視行』で、江戸川乱歩賞を受賞し、サイン入りの本を貰ってきたものだから、更に日本史にはまったのである。なお、父親は池波正太郎藤沢周平ファンで、我が家には山のように本があった。

    日出処の天子 (第1巻) (白泉社文庫)

    日出処の天子 (第1巻) (白泉社文庫)

    隠された十字架―法隆寺論 (新潮文庫)

    隠された十字架―法隆寺論 (新潮文庫)

    新装版 猿丸幻視行 (講談社文庫)

    新装版 猿丸幻視行 (講談社文庫)

    話は前後するが、中学の修学旅行は『奈良・京都』だった。同級生は『つまんない』と言っていたが、私はそんなことはなかった。
    京都で食べた精進料理は美味しかった。大徳寺の泉仙で鉄鉢料理をいただいたのを覚えている。同級生は『不味い』と言っていたが、そんなことはなかった(笑)。フォーラム実行委員、山本氏がやはり修学旅行で京都で胡麻豆腐を食べて『ウマイなぁ〜』と思ったと書いておられたが、私も『美味しいなぁ』と言って食べたクチだった。

    お寺巡りはもうウハウハである。歴・仏仲間とガイドブック片手にお寺巡りと仏像拝観は楽しかった。そして、奈良も楽しかった。

    正倉院とか、大仏殿とか、法隆寺とか、もうサイコーである。そして、興福寺でついに阿修羅像に遭遇したのだった。

    『やられた・・・。美しい・・・』
    この時の阿修羅像の印象は、夏目雅子だ、という感じ。
    西遊記』で、初代三蔵法師を演じた彼女はまさに品性のある中性的な美しさをたたえていた。

    そして時は流れて(笑)、私はその間、ビックリハウスとか宝島とか、みうらじゅんの「見仏記」とか読みながらも、洋楽と読書は続け、何故か手技療法の道を志し、操体を生涯の学びとして選んだのである。

    興福寺は仏様のお住まいをリフォームするらしく、その建設費を稼ぐため(?)約50年以上ぶりにジャパン・ツアーを行うことになった。東京公演は、国立博物館を皮切りに2009年4月末から7月まで。もう、驚く程の大盛況であった。という私は2回も行ってしまったのだが(笑)最初に行った時は3時間待ちだった。やっと中に入ると、中央の円形ステージに阿修羅像が立っており、周囲を女性(主におばちゃん)が取り囲んでいた。

    『イケメンだわ〜』とかいう声が聞こえてきたので

    『イケメンじゃないつ〜の』『黙って拝観せい』とか思ったが勿論黙っていた(笑)

    この時、私のココロの中には『昨日今日の阿修羅様ファンじゃないんだぜ〜ベイビィ』というフレーズが浮かんでいた。

    中学の時、私の歴史・仏像趣味を笑った同級生がいた。普通の女子中学生だったら『みんなに合わせなくちゃ!』と秘密を隠したり(自分の特殊な趣味や技能を隠すって、少女マンガでよくあるネタですね)するのかもしれないが、私の場合そういうのは全く気にならなかったので(笑)、笑うヤツは笑っとけ、ワタシの趣味に口出すな、という調子であった。

    おそらく、当時の同級生も私の趣味を笑ったことなど忘れて、阿修羅展に行ったに違いない。

    そして、阿修羅様もよかったのだが、私が思い切りハートをわしづかみにされたのは、この薬王菩薩様、薬上菩薩様だった。

    http://www.kohfukuji.com/property/cultural/113.html

    一目惚れというヤツである。お二人とも3メートル60センチの大きな菩薩様で、側屈の法則に適った、優美な立ち姿は今にも動き出しそうであり、実際、私のココロの中では、まとっておられる衣が風にたなびき、半眼のまぶたが軽く動き、印を結ばれているその手が軽く
    動いたような気がしていた。
    後で説明書きを読んだら、
    『兄弟の菩薩で、ともに良薬を人々に与え、心と身の病気をなおしたと言われます』と書いてあった。これは、私のお仕事(操体)とも深い繋がりのある菩薩様ではないか。この時は本当に「ぞわっ」としたのである。

    つづく

    畠山裕美

  • Ever After

    They lived happily ever after. : それからずっと幸せに暮らしましたとさ。
    というのはおとぎ話の決まり文句である。

    私が好きな映画に、「Ever After」というのがある。

    主演は4歳の時「E.T」で主人公エリオットの妹役で天才子役として注目された、ドリュー・バリモア
    しかし、その後私生活が荒み、9歳で飲酒、10歳でマリファナ、12歳でコカインと大変なBad Girlぶりだったのだが、20代後半の本作あたりから、いい作品に恵まれ、見事にカムバックした次第である。
    最近の代表作は、「チャーリーズ・エンジェル」「チャーリーズ・エンジェル フルスロットル」など。最近は一時期の荒みぶりが想像できない位美しく、米『People』の『モスト・ビューティフル・ピープル2007』で第1位に選ばれた。

    話を戻すと、この作品はいわゆる「シンデレラ」の話である。シンデレラと言えば、誰もが知っているとおり、継母と異母姉妹に苛められ、下女同然に扱われていた貴族の娘、シンデレラを可哀想に思った魔法使いのお婆さんにカボチャの馬車とドレス、ネズミの御者を用意してもらい、舞踏会にガラスの靴を履いていくのだが、12時になったら魔法が解けてしまう・・というハッピーエンドの話だ。

    この話の原型は古くはギリシャ時代からあり、日本でも「粟福・米福」のようにモチーフが似た話がある。世界中にある、「ものがたり」の原型でもある。

    『物語』については、この辺が詳しい。

    知の編集工学 (朝日文庫)

    知の編集工学 (朝日文庫)

    全脳思考

    全脳思考

    この映画は、最初にグリム兄弟が宮廷に呼ばれ、の陛下と呼ばれる貴婦人(ジャンヌ・モロー)が、曾祖母であるフランスの王妃の物語として聞かせる、という風に始まる。この話を軸に、フランスに来ていたレオナルド・ダ・ヴィンチが出てきたり(そんなのアリかい、というのは抜きにして)なかなか楽しめる。風景や衣装も素敵だが、ただそれだけではない。

    そこに秘められているのは、シンデレラは単に気立てが良くて、運良く玉の輿にのった女の子ではなく、「実行の人」だったという力強いメッセージなのだ。容姿や優しさだけではなく、勇気と機転と実行力である。

    私は年に1度くらいこの映画を一人で見る。見た後は何故かふつふつと元気が湧いてくるのだ。ドリュー・バリモア演ずるダニエル・デ・バードラック(パンチでぶん殴るとか、川に飛び込んじゃうとか)のアクションも痛快だ。
    秋の夜長にいかがだろう。

    http://movies.foxjapan.com/everafter/

    なお、意地悪な継母役は、『アダムス・ファミリー』のモーティシア役のアンジェリカ・ヒューストンがいい味を出している。王子様は全然目立たない(笑い)

    もう一つお勧めは

    コヨーテ・アグリー 特別編集版 [DVD]

    コヨーテ・アグリー 特別編集版 [DVD]

    これも元気が出る(笑)というか、これも「実行しなきゃ、始まらないよね」というお話。そして、意志を持って実行する人には、仲間が現れ、未来が開けるという話。

    やらずに『あの時やればよかった』と、後悔するよりも、やって試して糧にすればいい。
    『迷ったらやれ』というのは本当なのだ。

    フォーラムも、操体の勉強もね(笑)

    そういえば、後で気がついたのだが、紹介した二つの映画に、脇役で出ている女優がいる。両方の映画の役とも、主人公を力づける友人の役である。Melanie Lynskey (メラニー・リンスキー)という味のある個性派である

    畠山裕美

  • 目に見えないもの。

    お久しぶりです。畠山裕美です。

    11月に入り、フォーラムも間近になってきました。フォーラム実行委員はすでに「気もそぞろ」。皆様のお越しをお待ちしております。操体は生きているもの。その生きている波動を是非感じていただきたいと思います。東京操体フォーラム

    先々週の中谷実行委員のブログでは、眠れる予言者、エドガー・ケイシーの話、橋本敬三先生の死生観など、目に見えない世界についてのお話がありました。皆さんは『目に見えない世界』についてどうお考えですか?

    私は昔から『目に見えない世界』に深い親しみがあり、『あるもの』として認識していました。
    私の実家は、両親が地方から東京に出てきて結婚し、品川区戸越に居を構え、そして私が生まれたという次第です。私は長女なので、親子三人で戸越のアパートに住んでおり、家に仏壇があるわけでも、神棚があるわけでもなく『カミサマ』とか『仏様』には全く縁のない家庭で育ったわけです。

    2歳の時、千葉市の団地に引っ越しました。今で言う、千葉市稲毛区です。この辺りは今、モノレールが走っていたり、動物公園があったりしますが、私が子供の頃は、森を切り崩して建てた新興の団地で、団地の回りは森とか山ばかりでした。起伏が激しい土地で、沼もいくつかあり、よく父に連れられ、舗装されていない道を歩いて沼に行き、緑に濁った水面を見て怖がったりした記憶があります。
    そんな幼児期に住んでいた団地の間取りといえば、小さな洗面所の向かいに、お風呂があり、その間に短い廊下があり、突き当たりにトイレがありました。お風呂場の戸は、普段は開けっ放しにしてありました。夜、トイレに行く時はお風呂場(わずか1メートル位の距離)の横を通って、トイレの電気をつけなければなりません。その時いやでも気になるのは、真っ暗なお風呂場でした。明るい時のお風呂は楽しいものでしたが、電気が消えていると何か別の空間のようでした。
    これは3歳か4歳の時だと思いますが、夜にトイレに起きた私は、普段は絶対見ないはずのお風呂場に何故か目をやってしまったのですが、そこで見たのは、暗い中で更に暗い、ブラックホールのような穴でした。子供心に驚きましたが、その穴の中には、何だかまばたきをする巨大な目のようなものがいました。

    ・・・・・。

    こんな事書いてもいいんでしょうか(笑)

    この前後、自分が怖かったのかどうなのかさっぱり覚えていないのですが。おそらく、誰かにこの話をしてはいけないのではないか、という事は分かっていたような気がします。

    私の場合、いわゆる『霊感が強い』とは少し違うような気がします。また、世の中にはカンが強すぎて『悪い気』を貰ってしまうという方もいるようですが、そんなことはありません。『霊感がつよくて、もらっちゃいやすいの』というのとは、違うのです。もらわないのです。何故かそれが可能なのです。

    まあ、これは臨床家としては非常に有利なことなので、ラッキーだと思っています。

    とは言っても、中学の林間学校で浅間山で集合写真を撮ったら、よりによって私の肩に、あるはずのない腕が何本も出ているようなこともありました。これは担任の先生が霊能者に観て貰ったところ、『女子中学生が沢山いるので、浅間山の噴火でなくなった浮遊霊が嬉しくなって出てきただけなので、心配はいらない』という結果でした(汗)。

    私自身、そんなに見るとか遭遇することはないのですが、中学高校と仲良しだったTちゃんの家に私が遊びに行くと、『音』が止む、ということはありました。Tちゃんの家は神道の教祖様の家系だったのですが、何故かラップ音が非常に鳴る家で、Tちゃんと妹のKちゃんは、その音の主に『ハニー・エンジェル』」という可愛らしい?名前をつけていた位です。私は結構Tちゃんの家に泊まりに行ったりして遊んでいましたが、何故か私が遊びに行くと、『ハニー・エンジェル』は音を立てないのです(笑)『あなたが来ると、どこかに逃げちゃう』と言われました。
    この手の話はいくらでもあります(笑)未確認飛行物体の話なんかもありますしね。

    このような経験を積んでいくうちに、『最初からそんなことはない、そんなことがあるはずない、と思うから驚いたりするんだ』ということが分かってきました。そして、『すうぱあなちゅらる(超自然現象)』を頭ごなしに否定したり、『そんなもの、あるわけない』と、怒りをあらわにする人達というのは、実は、未知に遭遇して、知らない事を付きつけられ怯えているのではないか?と言うことに気がつきました。

    ヨガ、瞑想、幻想文学(大学の専攻)、カバラ密教、禅、外気功エドガー・ケイシーなどに触れ(途中17歳の時、操体に出会っているのですが、その時は時期早急だったのかスルーしています)、操体の門を叩いたわけです。まあ、自分でも笑っちゃいますが、何だか目に見えないものばっかりじゃないですか(笑)
    気功も最近は「普通」に存在していますが、昔は『インチキだ』と言われたりした時期もあったんです。

    あ、あと一番すごかった経験は、23歳の時のOOB(Out of body: 幽体離脱現象)ですね。この話をすると、絶対に

    『寝ぼけたんじゃない』

    『夢じゃない?』

    という方がいますけどね。まあ、こればかりは体験してみないと何とも言えませんね。その後、OOBの関連資料を読むと、音が聞こえないとか、何かで繋がっているとか、からだの存在を意識すると、からだに引き戻されるとか、相似点があったのは事実です。まあ、信じない人は信じないと思うし、それは個人の考え方にもよるのでそれぞれにお任せします。

    そういえば

    何時だったか忘れましたが、ある人とその場にいない人(仮にAさんとしましょう)の話をしていて、ある人は『あの人(Aさん)って小さい頃から目に見えない事に興味があったんですって。信じられる?』と、明らかに軽蔑と微かな怒りが混じった口調で私に言ったのですが、私は返答に困りました(笑)

    その場は『そ、そうなんですか。へえええええええ〜っ』と、空虚な返事をするしかありませんでした。

    如何ですか?目に見えないもの。
    そういえば、星の王子様も「大切なものは目に見えない」と言っていました。そういえば「経絡」も「経穴」も目に見えません。「きもち」や「感覚」も目に見えませんが、確かに存在してあるものです。

    目に見えないものって大事なのです。きっと。

    それでは一週間お付き合いよろしくお願い致します

    畠山裕美