投稿者: karib_sotai

  • 永続する生命の価値⑦

    エネルギーを制御しようとするなら何が必要になるのだろう。

     

    まずは、基準となる軸を生じさせる必要は生まれるだろう。

    さらに、回転性を持たせることであり、これにより循環できる。

    それには、やや傾きを与えたほうが発展性もあり、継続できる。

     

    水は直線でうごくのは不自然であり、ヒトの液体成分といえば、

    血液、細胞内液、リンパ液、脳脊髄液などに蓄えられている。

     

    真っ直ぐで傾きがないのであれば別だが、そうでないのならば、

    重力のなか、太陽系の地球という惑星、地球と月の引力の関係、

    熱の特徴を考慮してみると、右螺旋回転の循環では散っていき、

    左螺旋回転の循環方向で収束、集約されていくのも自然なのだ。

     

    故に、地球上に存在する自由生命体として、自己責任は生じる。

     

    ヒトは、その行為がもたらす因果関係その結果において、真に

    人間の名に値する責任を負い、多元的に生命永続することと、

    自然法則に調和して、行為を次世代に遺していくことができる。

     

    それにはどうしたらいいのか。

    感受を学問として、変化を恐れず真理を受け継ぎ、かつ変容し、

    深化させていくことを、「からだ」で愉しめばいいのだろう。

     

    だから「一生愉しめるぞ!」と、橋本敬三師は語っておられた。

     

    さて、様々な仮説を交えて「ひびき」を滔々と連ねました。

    みなさま、一週間のお付き合い、ありがとうございます。

     

    明日からは、響き渡る馥郁の余韻、香さんの登場です!

  • 響きあう感受性と歪みの調整⑥

    血液中には赤血球が含まれて、赤血球には、鉄分が必須となっている。

     

    たった一人のヒトの毛細血管、すべてを繋げば地球を二周半できる。

     

    その中を真っ直ぐではなく、蛇行する水の流れと同様に、血管中で鉄分

    を含んだがゆえに、磁力と関わりながら螺旋状に流れ続けている。

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    では、地球の磁力はどちらに回っているのだろう。

     

    太陽の周りを公転している地球は、自転もしている。

    地球の地軸では、北極星を向いた軸方向の西から東へと回転している。

     

    その地球の周りを月が回っている(=公転)。

    月も自転し、表面と裏面を変えていても、公転と自転速度が同じなので

    いつも同じ側を見せている。

     

    天然自然の法則とは、ひずみの調整なのではないだろうか。

    では、どうして調整しなければならないのだろう。

     

    もし、自転が速すぎるなら戻す方向に力(=エネルギー)が加わり、

    自転が遅すぎるなら、速くなる方向に力が加わってしまう。

     

    それは、遥か彼方の宇宙論で終わるはずもなく、「からだ」に相関する。

     

    操体の学問では、「からだ」を通じてこれらの疑問に答えていけるのだ。

     

  • 粒子と波を加えて重力を液体で観る⑤

    ヒトの呼吸は、一分間に約18回。

    大自然の生むヒビキが如き、海岸に寄せている波のリズムとほぼ同じ。

     

    心拍(ビート&リズム)は、4:1で呼吸と同じ。

    これもまた、自然界にある比率。

     

    「音」の伝播速度は、水中において空気中の”4倍”速くなり「水」が

    「海水」になると、より一層その正確性は増す。

     

    ・・・ということは、地球の代謝と人の代謝も、共鳴しヒビキあえる。

     

    ヒトの胎児(生まれたばかりの時)は、ほぼ液体(約80%)であり、

    体内にある各器官は自然界で創りだされる形にそっくりである。

     

    ヒトの毛細血管と、木の枝幹は水の流れと同じ、”下から上”への要領で

    伸びていき発達していく様は、それを包み込む皮膚の流れに刻まれる。

     

    それもまた、空間を通じて大気(熱気と冷気)の関わり生み出すヒビキ

    つまり、風紋や雲の多元的な模様に似ているのである。

     

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    「拍=BEAT」は、「時間」の流れにおける”二点間の間”の長さ。

    「拍」を規則正しく強弱をつけて刻み流していると、「拍子」を生む。

     

    「水」の”祖系運動”は、”蛇行”であり直線ではないのだから、

    蛇行していない水の流れは、自然のヒビキと共鳴できていないのだ。

     

    現象化とは何か。

    此の世に存在するすべての個体は、一度は必ず、液体を経過している。

    固体化するものはすべて、プロセスとしてヒビキを感受しているのだ。

     

     

     

     

     

     

     

  • 太陽光と同じビートを刻む④

    あの太陽光も含めて波形であり、粒子のビートを刻んでいるのですね。

     

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    植物は太陽の光エネルギーを利用して、大気中の二酸化炭素と水から、

    酸素と糖類を作りだす作用を持っています。

     

    アデノシン三リン酸(=ATP)の活動エネルギーを生み出すヒトも、電

    子伝達系という回路で、一個の陽子&一個の電子で成り立った、安定し

    た分子構造の「水素」を、栄養素から引き離し、ミトコンドリアの膜に

    ある内側と外側に電位差を常に生みだしていかなければ、生命活動は成

    り立たないのです。

     

    実は、この水素分子を引き離す仕事を「太陽光」が関与しているのです。

     

    つまり、太陽光を浴びることでミトコンドリアはヒビキを得て活性化し、

    生命活動に必要なエネルギーを生み出しているのですよね。

     

    さて、この天然自然の働きに関わっている、・・・ヒビキ合い(=愛)。

    ワタシ自身は、操体の学問でも大いに体感し、味わっているような、

    相関性によって波形を生み出しているのではないか、と想うのです。

  • 死者と他者の主義③

    あるドイツの哲学者は語っている。

    「汝の行為のもたらす因果的結果が、

     地球上で真に人間の名に値する生命が永続することと、

     折り合うように行為せよ」

     

    私、親、子という識別を必要としているのは左脳的解釈であり、

    生物学的に言えば、子も孫も「己」であり、それら全ての「己」

    としての利益が大きくなるような、利己主義を創造してみたい。

     

    負の遺産を次世代に遺し、好きなものを選び、自分だけ満足し、

    お得とか、好き嫌いだけで識別して自己責任を負わないような、

    高齢者が増えてしまうなど、今考えてみても末恐ろしい。

     

    あなたの体の設計に、ミスはない (SNB49)

    あなたの体の設計に、ミスはない (SNB49)

     

     

     あなたの体の設計に、ミスはない (SNB49)

    好きなことをやって生きる自己実現、大いに結構・・ではない。

    ヒビキを得ても、自分家族のみ、好きなモノだけ食い散らかし、

    挙句の果てに中毒を起こして、吐いたり下したりしている。

     

    今の利己主義では、自分のみ長生きを享受して次世代に厳しい。

     

    永続すること。

    これこそ次世代に遺す、生物の価値なのではないだろうか。

     

    広い利己主義。

    現存する結果が全てでなく、プロセスの一部であるという価値。

    一事が万事、何事にもつながっているヒビキ。

     

    所有のみでは納まらない、他者との関わりも良好であり、死者と

    なっても継承される、これこそ生命の本質なのではないだろうか。

     

  • 多世界解釈と平面的な世界②

    多次元世界、コペンハーゲン解釈のような一見奇怪な物理学も、

    三次元だけの、見えている世界から逸脱した感覚を識別すれば、

    滑稽とか妄想の類として一笑に付すことはできなくなるだろう。 

     

    想像力を働かせて仮説を立てて検証して、実際に行動してみる。

    からだに響いていることを信じて、アマウツシのヒビキを得る。

     

    自然界の営みを人間の欲望で理解を続ける時代は終わっている。

    文明が進むにしたがって、人間は自然を征服する野心を抱いた。

     

    それは、重力に逆らうことであり、風圧や水圧に抗うような、

    自然の美とはかけ離れ、やがてバベルの塔の如き崩壊を起こす。

     

    どんなに科学技術が進んでも、自然から離れては存在できない。

    それは人と人の関わり一つでさえ、自然と同じになっている。

     

    自分の都合の良いものだけを身の回りに集め、また相手の都合の

    良い面だけを見て、自分から見える世界を構築するなら・・・、

     

    そんな世界は薄っぺらで平面的な世界となってしまいうだろうし、

    そんな世界に取り込まれた自分自身も、非常に薄っぺらく空虚な

    識別された世界でしか、モノコトナリを味わえなくなってしまう。

     

    最大の自然破壊とは、自然の一部であり、天然の法則の産物である

    自分自身の自己責任を放棄してしまうことなのだと、私自身は想う。

     

     

     

     

  • 多元的な外向力と内向力①

    今週のブログを担当する岡村です。

    一週間のお付き合い、どうぞよろしくお願いいたします。

     

    今回のテーマは「ひびき」です。

    このテーマを聞いたとき、ふとライディーンを思い出しました。

    (古代ムー帝国から伝説と共に遺されたライディーン。

     この操縦には、選ばれた「ひびき洸」のみ許されている。

     ちなみにYMOの名曲「ライディーン」はここから命名)

     

    f:id:tokyo_sotai:20180608234708j:plain(目線を利かせ左前半身で構える勇者)

     

    とまあ、それはさておき、毎日「からだ」にひびいてくるものといえば、

    地球から足の裏へ伝わってくる、ひびきともいえる重力を介した振動。

     

    この地球上に生まれ、四つ這いを介して立ち上がり、毎日何千回と地球と

    地面とコンタクトして、ヒトはこのヒビキに対応し、それに耐えうる構造

    と仕組みを継承している多元的存在として誕生し、現在に至っている。

     

    安定する存在、それは、重力をそのまま大地に伝える存在なのである。

    不安定な存在、それは、多用な外向力・内向力が働く状況であっても、

    常に機敏にその力に対応して調整し、バランスの取れる存在になる。

     

    過去~未来を紡ぐ、現在に至るまで繋がったヒト。

     

    その「からだ」という生命現象は、様々な選択が生んだ偶然の産物なのか、

    自然の根源から必然を受け、一元的存在より響くモノを感受できるのか。

     

    一人ひとりの自己責任分担を、生涯アートとして表現することも愉しむ。

    これはホントかウソか、ホントだから有り難い事と想えるかどうか・・・。

     

    これらに、宇宙もヒビキ、「からだ」からのメッセージも”ヒビキ”あう。

     

     

     

  • ひびき その7

    この前久しぶりに耳鼻科に行った。

    医者からの説明を図を見せていただきビックリした。

    鼻の奥の構造はこんなに広がっているのかと。

    なるほど!それじゃ呼吸をする時にこんなに「ひびき」があるわけだ!

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    アステラス製薬のHPより

     

     

    一週間お付き合いいただきありがとうございました。

    来週からは岡村さんが引継ぎます。

    どうぞよろしくお願いいたします。

  • ひびき その6

    何を言っても聞かない、ひびかない人が中にはいる。

    だけどその人たちのからだですら操法を行えば、必ずからだに「ひびき」がある。

    非常にシンプルだ。

    本人は自覚がない。何とも感じない。かつての私のそうだった。

    鐘を鳴らした波動のように。

     

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  • ひびき その5

    音楽を聴いているとたまに「ひびき」のある言葉に出会います。

    以前にも書きましたが私の大好きなミスターチルドレンの「進化論」という曲のフレーズで

     

    ♪変わらないものがあるとするならば、みな変わっていくということかな?

     

    という歌詞があります。

    人の気持ちやからだの変化は常に起こっていること。

    性格が変わらないと思っている方は変える意思がないということにも気づきました。

    操体を日々勉強していくこと。からだは衰えるだけではなく進化していくこと。

    日々「ひびき」あうことに出会うことがなによりではないでしょうか?

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