投稿者: karib_sotai

  • トンボと小指

    朝の日課で家の前の坂道を歩いていると、トンボを見
    かけるようなった。季節は夏から秋へ移ろっている。

    ある日、手をかざしながら空を見上げていると、一匹
    のトンボが左手の小指にとまった。

    10分の1か。センスがあるトンボだなと、なんだか
    嬉しくなった。

    自分の周囲がさらに広がったような感じがした。

  • 空と朝散歩

    最近の日課は、朝起きたら家の前の山に続く坂道を登
    りきったところで、その日の空を眺めること。

    ゆっくり歩いて、足から伝わってくる感触を感じなが
    ら、その日のからだを確かめる。

    ホッと一息つきながら空を見上げて、その空を見なが
    ら何を感じているのか確かめる。

    不思議と何かとつながっているような気がしてくる。
    自分の周囲が広がっていくような感じがしてくる。

  • ワンクッション

    香さん、一週間ありがとうございます。
    今週担当の瀧澤です。テーマは引き続き「可能性」。
    よろしくお願い致します。

    「そうかもしれないですね」

    人と話していて、口に出さなくとも、この言葉が浮か
    んでくるときは調子がいい。会話が建設的に広がって
    いくような感じがする。

    自分の言いたいことを伝える前の、このワンクッショ
    ンが身心の健康のバロメーターになっているのかもし
    れない。

  • からだへ意識を向ける

    残暑厳しいですが、本日から9月。

    7月8月は暑さと湿度でからだがしんどいなと感じることがほぼ毎日。

    しんどいという感情に意識がいくことで私はからだのむくみを意識することが多かった。

     

    連日むくみを感じているうちに

    「今日はむくんでいるな〜」程度の意識から

    しっかり観察しようと意識を変えて過ごすことにした。

    するとかなり色々な発信をからだはしているのだと体感する。

    毎日微妙にむくみ方が違う。

     

    この変化を観察し続けていると

    自分がどうしたらより快適になるのだろうかということを真剣に考える様になる。

    この思考の積み重ねが予防につながるのだろうと

    ムクミを観察しながらしみじみと感じる。

     

    自分のからだに自分が興味を持つ

    自分のからだは自分で責任を持つ

     

    この意識が

    いかに大切なものかを考えさせられる機会になった。

    症状が出ると「なんで?」と短絡的になってしまうが

    自分に向き合うチャンスをからだは発信している。

    からだの素晴らしい可能性を一つでも多く気づいていきたい。

     

     

    一週間、ありがとうございました。

    明日から操体的なからだの持ち主、瀧澤さんです。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     

  • 取扱説明書

     

    われわれは一人ひとり、それぞれ一個の脳を持って生きていますが、取扱説明書なんて、誰も読んだことがありません。恐ろしいことに、取扱説明書もなしにわれわれは日々、自分の脳を使っている。逆に言うと、いかに素晴らしい可能性に気づかないで生きているのか、と言うことでもあります。

     

    脳科学者の茂木健一郎氏の言葉です。

    脳が変わる生き方

    脳が変わる生き方

     

     自分のことは自分が一番わからない。

    自分のことは自分が一番わかっている。

     

    わかっているつもりで過ごしているけれど、

    自分というからだ、いのちのことをほとんど知らないまま、

    からだに生かされて、今、生きているのだと

    感謝の気持ちがわきました。

     

    日々、無意識に呼吸をし、当たり前に生きているけれど

    それはからだのメカニズムが常に働いているからであって、

    決して当たり前ではない。

    自分で認識していなくても、命がある。

    自分の知らないところでからだは未来への可能性を導いてくれている。

     

    生かされている命を感じる感覚が鈍らない様にしたいものです。

  • みがく

    言葉が大切と頭では理解しているものの

    行動がついていかない。

    知識にはなっているが知恵にはなっていないということだろう。

     

    私の中にある言葉を

    瞬時に思った通りの言葉の使い方にできるほど

    私の思考はクリアではない。

    この思考をクリアにしたいという欲望が湧く。

     

     

    こんなことを考えていると

    言霊と言われる所以にほんの少し触れることができた様に感じてしまう。

     

     

    私の使っている言葉が私という世界を強固なものにしている。

    強固にして、事実を見えなくしている。

     

    事実はシンプルなはずなのに。

    私の言葉の使い方で、事実は複雑になっている。

    複雑になると、可能性が広がっている様に感じるけれども

    おそらく、狭くなっている。

     

    シンプルに

    クリアに

    なればなるほど

    可能性は広がっているのだろうと思う。

     

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  • レオナール・フジタ

    藤田嗣治展が東京都美術館で開催されている。

    私は、嗣治の自画像の作品が好きなのであるが、

    この絵を見るたびに東京操体フォーラム実行委員の顔が浮かぶ。

    わかっていただける方にはわかっていただけるだろう。

     

    さて、この展覧会で目にした嗣治の言葉が印象に残っている。

     

     

    私は、世界に日本人として生きたいと願ふ、

    それはまた、世界人として日本に生きることにもなるだらうと思ふ。

     

    この想いが

    世界を導いていたのだろうと思う。

     

     

     

     

  • メルモちゃん

    からだのある場所に

    からだを自然に使うことのできるスイッチがあると学んでから

     

    見えているからだ(実際の体)のサイズよりも

    大きくなったり、小さくなったりするからだを

    知った。

     

    これは「感覚」を生かしてからだを使うことだと理解している。

     

     

    手塚治虫氏の「ふしぎなメルモ」のメルモちゃんの様になるわけではない。

    もちろん動くときには、曲げたり、伸ばしたりはしているのではあるが。

     

    しかし、大きくなったり、小さくなったりしていることは確かなのである。

     

     

    感覚でからだをキャッチすることを知ってから

    深い、深い広がりを感じ、たのしむことが増えた。

    どこまでもからだは可能性を導いてくれると思っている。

     

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  • 自然の恵み

    自分の生命に宿る力にゆだねる

     

    ただただ信頼し、ゆだねることができたら

    どんな可能性が広がるのだろう…

     

     

    ただ、ただ信頼する

    言葉で理解することができても

    なかなか体現にたどり着かない。

    つくづく感じます。

     

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  • 選択

    今日から担当します。よろしくお願いいたします。

     

    5年前に知らなかったこと、理解できなかったことを今は理解できる。

    そして、その先にさらに知らないこと、理解できないことを知る。

     

    この繰り返しの日常で感じること。

    前進していないようだけれど、少しずつ、少しずつ着実に変化している。

     

    この小さな変化、時には大きな変化に自らが気づき

    さらに前に進む選択をするのか、とどまる選択をするのか。

     

    どちらの選択をしても、先に可能性はあるのだと思う。

     

    どちらを選択するかは、自分が決めること。

    自分が決めることで可能性は見えてくるのだと強く感じている。