投稿者: karib_sotai

  • 主人のいる空間

    島地先生が緊急入院され、サロンにはまだ出勤されていない。

    順調に回復されているようだが、入院中である。

     

    主人がいない空間がどんなものなのかは、

    私自身、師を亡くして、その空間がよくわかる。

     

    まるで火が消え、

    温もりのない更地の様な空間だ。

    呼吸の波動も温もりもない。

     

    サロンには先生が恩師と仰ぐ3人の先生方の自画像が飾られ、主人の姿を待ちかねている。そして特製のモルトもラベルは切られていない。ホテルの様な個室が与えられていても病室は病室である。健康が回復してくれば、厄介な居場所である。先生の執筆意欲は病室だろうが、自室であろうが相変わらず旺盛のようだ。回復してくるといつまでもいたい場所ではない。私も経験している。生活リズムも生活意欲も湧いてくる。

     

    今回は突発的な事態だったようだが、下手をすれば命取りになっていたかもしれず

    なんとも好運、豪運な先生だ。

    神さまが乗り移っているらしい。

    まだ十分に生きていていいんだと保証されているようなできごとでした。

     

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    マドリッドにて

     

  • 写真にうつるもの

    スペイン在住の小野田氏から

    マドリードでのセミナーの写真が送られてくる。

    その中の1枚に数十年前に撮られたと思われる白黒の写真も含まれていた。

    私が好きな撮られ方である。

    海外でセミナーをすると、様々な撮られ方をされてしまうから、注意が必要になる。

    なぜなら、撮られる角度によってあまり好かない自分の人相がバッチリ撮られるからだ。

     

    松岡先生と

    佐藤優先生と

    島地勝彦先生と

    本條流家元の本條先生と

     

    ミュージシャンの佐藤正治氏と

    ミュージシャンの巻上公一氏と

    角川出版の角川会長と

    レコード制作会社の新田和長氏と

     

    スペインセミナーで制作された相棒と

    南会津茶屋のおばあさんとの愛くるしい姿と

    中学時代から我が子のように育ててくださった藤陽子おばさんと

    アメリカ在住のグレゴリーとのふんどし姿と

     

     

    貴重である。

    思いと思い出の残る写真。

     

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  • 而身

    而身(じしん)

    先日のブログで少し記載した言葉。

    この言葉は仙台で開催された「ある集まり」に出席し、亭主の松岡正剛先生につけていただいた私の俳号である。

     

    而身(じしんー自身)

     

    この人生69年間、自身で通してきた私にとっては70歳を迎え、

    自身を而身として表現するのは、心がしまる思いがする。

    そろそろ古着を脱ぎ捨てて、新たな着物に変えてもいいのではないかと。

    新たな気持ちで人生に望む、一つの区切りにしたいと思う。

    色々な職種の一流人と面をとおし、

    会話の中に入っていくことも人生の良き肥やしとなる。

    こうした時間は人からかりても、使うことだ。

     

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    松島弯

     

     

  • けじめ

     このブログに目を通している誰とは問わず、

    自分而身(じぶんじしん)に正直に向かい合って、書き添えてみたい。

     

    今から50年前の成人式は、橋本先生と奥さまに成人を祝っていただいた。

    そして、今年、70歳を迎え、多くの皆さんに祝っていただく。

    そうした中、10月に入って、スペイン、マドリードでの4日間、30時間のセミナーを終えて、帰国した。帰国した翌朝、某倶楽部の集まりで、松岡正剛先生と佐藤優さんにお会いするため、仙台に足を向けた。

    そして、11月23日、秋季東京操体フォーラムを迎えた。

     

    この間、私は様々な気づきを与えてもらい、学んだ。

    私の日誌帳は、みるみる三冊目を超えてしまった。

    記録しておかねば、私の記憶から消えていく。

    消えていけば、思い出すことができない。

    それは実にもったいない損失である。

    その気づきが今、また新たな展開を見せてくれている。

    学んでいることに、自分而身(じぶんじしん)が問いかけて続けていることなのだから、それは而身(じしん)へのけじめだと思う。

    自分自身であり続けていく一つのけじめに、

    松岡先生からいただいた言葉のメッセージがあった。

    「而身」である。

    これで「じしん」と読むのだ。

    しっかりと身につくような而身になりたいと思う。

     

     

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    塩釜港から松島へ向かう船の中から

  • スマホデビュー

    今日から三浦が担当します。

    毎回のテーマは、私自身が思いつくままに決めているのだが

    今回はそのテーマに該当する内容がすぐには浮かんでこない。

    今日、ブログの原稿を渡す予定になっている。

    当日になっても、そのテーマらしい原稿をシクシクと書いている。

    渡すまで6時間あるようだ。

    なんとかいけるかな。と思うがね。

    私はパソコンに向かって打つことはしないから、手書きである。

    原稿用紙が必要だし、万年筆に、インクも必要だ。

    万年筆の書き味も左右する。意外と手書きは繊細なのだ。

     

     

    ところで、私もスマホデビューである(iPhone)

    ここひと月、携帯電話を持たず快適に過ごしていたが

    いつまでもという訳にはいかなくなった。

    弟子たちがいろいろ機能するように工夫を凝らせてくれた。

    私は今、少しずつではあるが、早くスマホになれるように努めている。

     

    橋本先生の時代に携帯電話とかスマホが登場していたら

    先生の玩具になっていただろうね。

     

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    マドリッド、小野田茂先生の「日西指圧学院」の前で。

    先生はオモチャがわりにされていただろう。

     

     

  • “Think different”(見方を変える、発想を変える)

    「常識を疑う」というテーマで一週間書いてきました。

     

    ここで思い出すのが、Appleの1997年のCMです。

    “Think different”

     

    今や、ガラケー(ガラパゴス携帯。フィーチャーフォン)を使っている人よりも、スマートフォンを使っている人のほうが圧倒的に多いですが、最初に登場したのが、AppleのiPhoneです。

    アメリカでは2007年6月29日(初代)。日本では一年遅れて2008年7月11日(初代ではなく3G)にsoftbankから発売されました(私も一時SoftBankでiPhone、docomoでガラケーと二台持ちをしていましたが、docomoでもiPhoneが使えるようになったので、docomoに変えました)

    くやしいですが(笑)、こいつがないと仕事になりません。

    最近のところでは、ロシア語しか話せないお母さん(70代)と息子さん(息子さんは脳梗塞のリハビリで日本に来ており、お母さんはアテンド)が、三浦先生の治療を受けに来た際、ロシア語しか話せないお母さんが、突如iPhoneを取りだして「Google翻訳」のアプリに向かって何か話し、会話が通じた、なんていう話もあります。

    これも”Think different” から生まれたもの。

     

    これを訳すと、ナニワの企業のおっさんみたいに「他人と同じことやったらアカン」みたいになるのかも。

     

    スティーブ・ジョブズの伝記を読むと、本当に破天荒だったようですが、そういうところから、新しいものが生まれるんだよな、と思います。

     

    私は1994年からのゴリゴリのMac派ですが、Appleが好きなのは、”Think different”というところがあるからかもしれません。

     

    “Think different” (The Crazy Ones)

    Here’s to the crazy ones. The misfits. The rebels. The troublemakers. The round pegs in the square holes. The ones who see things differently. They’re not fond of rules. And they have no respect for the status quo. You can quote them, disagree with them, glorify or vilify them. About the only thing you can’t do is ignore them. Because they change things. They push the human race forward. While some may see them as the crazy ones, we see genius. Because the people who are crazy enough to think they can change the world, are the ones who do.

    クレージーな人たちがいる
    はみ出し者、反逆者、厄介者と呼ばれる人達
    四角い穴に 丸い杭を打ち込む様に
    物事をまるで違う目で見る人達
    彼らは規則を嫌う 彼らは現状を肯定しない
    彼らの言葉に心を打たれる人がいる
    反対する人も 賞賛する人も けなす人もいる
    しかし 彼らを無視することは誰にも出来ない
    何故なら、彼らは物事を変えたからだ
    彼らは人間を前進させた
    彼らはクレージーと言われるが 私たちは天才だと思う
    自分が世界を変えられると本気で信じる人達こそが
    本当に世界を変えているのだから


    アップルCM「Think Different.」(声:スティーブ・ジョブズ)[日本語字幕]

    一週間ありがとうございました。

    明日からは、操体において”Think different”を貫くわれらが師匠、三浦寛先生です。

     

    ★2019年春季東京操体フォーラムは、2019年4月29日に開催致します。詳細は追ってお知らせ致します。

     

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  • Resistance から Assistanceへ

    今年の10月18日から21日まで、マドリッドの日西指圧学院の小野田先生のご尽力で、操体のセミナーを行うことができた。
    参加者の殆どは、指圧を勉強しているセラピストだ。

     

    今回、先方から提示されたプログラムを見ると
    「抵抗」
    「患者と対話する」

    と、書かれていた。

     

    私は三浦先生と相談し、Resistance を Assistance(介助補助)に変更した。

    また、「患者と対話する」を「患者のからだと対話する」に変更した。

     

    この二つは「D1’(ディーワン・ダッシュ)」以降の操体の大きな特徴だ。

    第一分析では「抵抗をかける」という。

     

    また「からだのうごきと自分のうごきはちがう」と明言したのは、三浦先生だ。

    さて、マドリッドに集まった受講生に「患者ではなく、患者のからだと対話する」ということを伝えた。

     

    通訳を担当してくれたTさん(スペイン生まれの日本とスペインのハーフ)が、少し青い顔をしてやってきた。

    「みんな、患者じゃなくて、患者のからだと対話する、という意味が理解できないみたい」

    三浦先生は「わかるさ」。

     

    三日目の午後、ある女性を被験者とした。頸椎の左側、C3の横突起あたりに強い圧痛硬結がある。
    数年前に追突されてムチ打ちをやっている。

     

    その時行った動診は、非常に静かなもので、膝二分の一屈曲位をとらせ、操者が被験者の座骨辺りを支え、「右側のお尻を、右側の踵に向かってゆっくり押し込んでごらん」というものだった。

     

    ふわっと押し込むにつれて、被験者のからだがゆっくり動き、からだの無意識の動きが発動したのである。

     

    はたから見ていても、その動きが、本人の意志ではないことがわかる。

     

    翌日Tさんが「みんなショックだったみたい」と三浦先生と私に言った。

     

    自分の動きではなく、からだの動きを見たからだ。

     

    中には、感受性が強いのか、倒れてしまった女性もいた。

     

    どうしたら、こういうことができるのか、という質問に対し、三浦先生は「みんなできることだ。僕しかできないことは教えない」とおっしゃった

    。

    私は「三浦先生みたいに、患者さんのからだと仲良くすることができれば、できるようになりますよ」と言っておいた。
    (事実である)

    「テクニックよりも、操者自身のからだの使い方、動かし方と、患者さんのからだと仲良くする方法が大事です」

    テクニックではない、というのも「非常識」と言えば非常識だと思う。

     

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    上野の国立科学博物館の特別展示。いろんな発明をする人がいるもんです。

     

     

     

     

     

     

  • みえんけれどもおるんだよ

    先日のフォーラムで、三浦先生が、実行委員の香(こう)さんが、患者として初めて来院した時の話をした。

     

    これは仲間内では結構有名な話なのだが、震災後、彼女は色々な治療を受けた。
    そこで「壊される」という経験をした。

     

    三浦先生のところに初診で訪れた際、彼女は「触れないで治療して欲しい」と言った(そうである)。

     

    三浦先生は「ついにそういう(触れない)臨床をやる時が来たか」という感じで、今までやってきたことを「仕様修正」して治療にあたった。

     

    「からだ」は触れなくとも反応した。

     

    最近でこそ「気功はインチキだ」という人はあまりいないが、20年くらい前は、「見えないものはインチキである」という人が結構いた。

     

    見えないもの、というとまず私が思い出すのは「妖怪」の類である。

     

    私は子供の頃から、「ゲゲゲの鬼太郎」とか、水木しげる先生ものが好きだったのだ。
    今、第六シーズンをテレビでやっている。私はテレビは見ないが、dTVで見ている。
    エンディングのテーマで「みえんけれどもおるんだよ」という歌が流れる。


    【ゲゲゲの鬼太郎6期ED3】見えんけれども おるんだよ

     

    高度成長の時代は「モノ」の時代だった。
    見えないものはみえないし、そんなの存在しない。

     

    しかし、1990年代の終わり頃から、精神世界や目に見えない世界を語る人が増え始めた。

    そして、地下鉄サリン事件後は、世の中からスピリチュアル的なものが消えた。

     

    しかし、また「目に見えない世界」「心の世界」がもどって来つつある。

     

    さて、触れずに患者のからだが反応し、治癒に至るというこの常識を疑うようなこと。
    それが、操体法の第三分析である。

     

    常識をくつがえしているのは、第五分析だが、第五分析については、三浦先生にお譲りしようと思う。

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    上野。国立科学博物館。科学も常識を疑うことによって発展した。

     

  • 世の中、常識がどんどん変わってます

    私の亡父は赤坂にある某テレビ局で、朝ワイドのディレクターをしていた。

     

    辛いカレーが好きだったので、お昼は会社の近くにある店(昼はランチを出して、夜はバー)でしょっちゅうカレーを食べていたそうだ。

     

    そしてある日、いつもランチでカレーを食べるお店に、夜になってからふらりと立ち寄ってみると、昼間カレーを出してくれるマスターが、着物を着た「ママ」になっていたのだそうだ。

    父はゲイバーにランチカレーを食べに行っていたのである(笑)。
    気に入るととことん通うタチなので、相当通ったらしい。

     

    また、松原留美子(元祖ニューハーフ)が映画「蔵の中」に出た時も、取材などをして「男だけどとてもキレイだ」などと、割とゲイやオカマさんには理解がある?父だった
    (芸能界は昔から多いですよね)。

     

    東京操体フォーラムの実行委員の中では、私、寺本君、三浦寛幸君の三人が、スポーツプログラマーの資格を持っている。

    最近では、スポーツの指導時にも「LGBTの方向けの指導」などを考慮しているらしい。

    渋谷区は同性カップルにパートナーシップ証明書を交付するようになった。

    東京オリンピックにしても、LGBTを公表している選手が海外からやってくるだろう。

     

    ちなみに、同性愛やトランスジェンダーに対して、異常な嫌悪感を抱く人がいる。

    これは「同族嫌悪」に近いことが知られている。心の底では憧れがあるのだが、それを認めたくないために「嫌悪感」で武装しているのだろう。

     

    私の知っているあるオジサンは、「美輪さんが大嫌い」と言っていた。
    私にとっては、嫌いということは、いつも意識しているのだから、好きなのとあまり変わりないのだと思った。

    そういえば、先日「ボヘミアン・ラプソディー」を見た。
    私はオンタイムでQUEENを聞いているし、QUEENがアメリカでビッグヒットを出した時も覚えている。

    大ヒット曲が入っている「News of the World」もオンタイムで買っている。
    フレディ・マーキュリーが突然、ヴィレッジ・ピープルのような「ゲイ・スタイル」になった時のことも覚えている。

     

    劇中で、フレディが婚約者に、自分はバイセクシャルであると告げるシーンがある(実際は、限りなくゲイに近いバイセクシャルだったそうだ)。
    フレディと仲が良かったエルトン・ジョンは、同性パートナーと2014年に結婚している。

     

    世界はどんどん変わっているのだ。

     

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    音楽がとにかく素晴らしいです。映画館で観て欲しい

     

  • アクセント

    私の両親は宮城の気仙沼生まれです。親戚の多くが仙台近郊に住んでいます(震災後、子どもを頼って関西に行った伯父叔母もいましたが、やはり宮城がいいと、仮設住宅住まいに戻りました)。

     

    両親の親戚一同で(名古屋に転勤している従兄弟はいますが)、一番西に住んでいるのが、神奈川の平塚の伯母で、その次が都内に住んでいる我が家です。

    というわけで、全く西にご縁がなかったのです。

     

    中学の修学旅行は奈良京都でしたが、その次に奈良京都に行ったのは、25年以上後(笑)
    大阪に初めて降り立ったのは、なんと30代半ば(松岡正剛先生のイベント)でした。

     

    また、九州は高校の修学旅行で行ったきりでしたが、友人がいたり、松岡正剛先生関係のイベントがあったり、また、三浦先生の高校の同窓会(先生は東福岡高校です)があったりで、結構行っています。

     

    奈良京都大阪も、その後はご縁ができて、結構行ったりしています。

    さて、前置きが長くなりましたが、私はT大の駒場の研究所に週一で通っています。
    というのは、会社員時代の上司が特任教授をやっており、会議やカンファレンスの運営などを(今、フォーラムの運営ができるのも、元々やっていたからです)手伝って、と言われ、お手伝いしていたわけです。

     

    一時は、シンポジウムに松岡正剛先生、森美術館の南條史生館長をお呼びしたりしました(ランチの後、松岡先生を喫煙所にご案内したのは素敵な思い出です笑)。

     

    元上司が特任教授を辞めてからも、「手伝って」というお話があり、シンポジウムとか会議のセッティングとかそんなことをお手伝いしています。

     

    まあ、それはどうでもいいのですが、現在、ある研究室の机を借りて居候しています。
    そこの秘書の方は、関西の方なのですが、今年の夏くらいから、私のことを「関西風」に呼ぶようになったのです。

     

    はたけやまさん↓ 江戸風は「さん」がさがります。「はたけやま」もアクセントをつけずに、フラットに読みます。

     

    ところが、関西風は「はたけやまさん↑」となります。やま、にアクセントがついて、さん、が上がるのです。

     

    私は半世紀以上生きてきて、こんな呼び方をされたのは初めてでした(笑)

     

    親や師匠、周囲にも聞いてみましたが「絶対しっくりこないしヘンだ」と言われました。
    私もなんだかヘンな感じがしました。

     

    なお、ここはT大なので、「東京風に呼んで下さい」とお願いしたところ「間違えて関西風で呼んじゃうと失礼だから、ヒロミさん、って呼んでいいですか」と聞かれたので、いいですよと答えています。

     

    で「操体」も関西の人は「そうたい」(博多弁の「そうたい」と同じ発音」と発音するんですね。

     

    そして「操体法」ですが、橋本敬三先生は「sotaiho」と、フラットに発音なさっています。

    三浦先生や私も同じです。

     

    ところが関西の方は「soutai-hou」oとuにアクセントを置きます。
    「そ↑おたい↓ほう↑」という感じです。

     

    これは、関西のイントネーションでは常識なのでしょうが、イマイチしっくり来ません。

     

    やはり、自分の常識が他者の常識ではないことを思い知るのでした。

     

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    上野。トーハク