映画「ボヘミアンラプソディー」を観た。
魂を揺さぶれるようないい映画だった。
映画の一場面でプロデューサーから6分間の長い曲はラジオでオンエアされないと反対される。
しかし、クイーンとしてはどうしてもシングルとしてボヘミアンラプソディーを売り出したい。
彼らが憶の快に従った結果に導かれた選択だったのだろう。
時代を超えてもなおクイーンの人気が衰えない理由はここにあるのではないだろうか?
朝起きて伸びをする。
犬も猫もそうだ。もちろん人間も。
伸びをすると単純に気持ちいい。
これも記憶にインプットされた快適感覚だと思う。
快適感覚を感じることが動物も人間も一緒だ。
今年もあと一日。
来年も快適に過ごしたい。

今週からブログのテーマが「憶の快」に変わります。
1週間お付き合いよろしくお願い致します。
今でも勉強と体のメンテナンスを兼ねて三浦先生の臨床を月一回受けている。
臨床を受けている間は夢を見ない眠りに入る。
これこそが憶の快だ。
深い眠りではあり一瞬で眠りに落ちたことに気が付かない。
昔、マッサージを受けていた時は例えば1時間コースのうちほとんど寝ていた勿体無いと思っていたがそれことが快の入り口だったことに気が付いた。
憶の快を感じることができれば、
からだは自然と治癒力が増し正常な状態へと戻っていく。

『からだの設計にミスはない』
と橋本敬三は言った。
世界には様々の民族が居て、それらに属する様々の歩き方がある。
歩きは本来、生得的なものであって、生まれた環境によって(恐らく、近くに居る大人の姿かっこうを見て真似て)勝手に身に着けたものである。
効率の良い歩き方、というものあるが、正しい歩き方、というものはない。
人類は、まだ進化の途中で未完成であるために腰痛になるのだ、という学者がいる。
しかし、その観点からすれば、人類は永遠に発展途上で進化する身体を持つ生き物だと言えるのではないか?
そこで、からだの使い方について考える者が現れてくる。
武術、舞踊、ボディーワークetc、タイムテイストを経た身体技法の中には、洗練されたからだとの付き合い方が工夫されている。
それぞれの立場、環境、地域、時代によって流儀がある。
どれが正しい、というものではない。
それぞれに独自に立っている。
その多様性を尊重すべきである。