投稿者: karib_sotai

  • 憶の快 その4

    映画「ボヘミアンラプソディー」を観た。

    魂を揺さぶれるようないい映画だった。

    映画の一場面でプロデューサーから6分間の長い曲はラジオでオンエアされないと反対される。

    しかし、クイーンとしてはどうしてもシングルとしてボヘミアンラプソディーを売り出したい。

    彼らが憶の快に従った結果に導かれた選択だったのだろう。

    時代を超えてもなおクイーンの人気が衰えない理由はここにあるのではないだろうか?

    www.foxmovies-jp.com

     

  • 憶の快  その3

    あけましておめでとうございます!

    今年も東京操体フォーラム実行委員会のブログよろしくお願いいたします。

     

    愉しい場所は誰でも好きだ。

    逆に不快な場所には誰も近づきたくない。

    眼に見えないが雰囲気を肌感覚で読み取っている。

    快適な場所、空間に居れば誰でもからだの状態は良くなっていくのではないだろうか?

    今年も操体フォローラムが愉しい場所でありますように。

     

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  • 憶の快 その2

    朝起きて伸びをする。

    犬も猫もそうだ。もちろん人間も。

    伸びをすると単純に気持ちいい。

    これも記憶にインプットされた快適感覚だと思う。

    快適感覚を感じることが動物も人間も一緒だ。

    今年もあと一日。

    来年も快適に過ごしたい。

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  • 憶の快 その1

    今週からブログのテーマが「憶の快」に変わります。

    1週間お付き合いよろしくお願い致します。

     

    今でも勉強と体のメンテナンスを兼ねて三浦先生の臨床を月一回受けている。

    臨床を受けている間は夢を見ない眠りに入る。

    これこそが憶の快だ。

    深い眠りではあり一瞬で眠りに落ちたことに気が付かない。

    昔、マッサージを受けていた時は例えば1時間コースのうちほとんど寝ていた勿体無いと思っていたがそれことが快の入り口だったことに気が付いた。

    憶の快を感じることができれば、

    からだは自然と治癒力が増し正常な状態へと戻っていく。

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  • 7日目

    我々は、混迷の中を生きている。

    今一度、橋本敬三の言葉に耳を傾けるべきではなかろうか?

    「世の中には、ものごとの道理のわかった立派な先生方がたくさん居られるが、多くは世に隠れている。その方々と手を取り合って良い方向へ進んで行くべきではないだろうか。」

     

    それらの考えの中には、当今の常識からすれば、非常識に思える事もあるかもしれない。
    しかし、イノベーションというものは、その様なものの中から生まれて来るのではないかと思う。

     

    日本には、そんな宝物が重層的に埋蔵されている。

  • 6日目

    『からだの設計にミスはない』

    と橋本敬三は言った。

     

    世界には様々の民族が居て、それらに属する様々の歩き方がある。

    歩きは本来、生得的なものであって、生まれた環境によって(恐らく、近くに居る大人の姿かっこうを見て真似て)勝手に身に着けたものである。

    効率の良い歩き方、というものあるが、正しい歩き方、というものはない。

    人類は、まだ進化の途中で未完成であるために腰痛になるのだ、という学者がいる。

    しかし、その観点からすれば、人類は永遠に発展途上で進化する身体を持つ生き物だと言えるのではないか?

     

    そこで、からだの使い方について考える者が現れてくる。

    武術、舞踊、ボディーワークetc、タイムテイストを経た身体技法の中には、洗練されたからだとの付き合い方が工夫されている。

     

    それぞれの立場、環境、地域、時代によって流儀がある。

    どれが正しい、というものではない。

    それぞれに独自に立っている。

    その多様性を尊重すべきである。

  • 5日目

    官に対して民

    公に対して私

     

    これらが有機的に絡み合って働く事によって、社会は円滑に動いているのだと思う。

     

    公的医療と民間医療

     

    前者は、国費を使うのだから、一つの基準を示さなければならない。その分融通がきかなくなる。

    個々人の多様なニーズに答えるには、後者の方が柔軟に対応できるし、また隙間を埋める事が出来ると思う。

  • 4日目

    現代は、色々な意味で雁字搦めの時代である。(どんな時代でも、現代人はそう感じていたに違いないが)

    私は、しばしば次のフレーズを引用する。

     

    「我々の時代は、もう既にモーツァルトの時と同じ様にはいかない。しかし、彼と同じくらい純粋に作曲する事はできる。」

    (ヨハネス ブラームス)

     

    何とか、こじ開けて前へ進まなければならない。

    時代の要求が変わっているのだから。

  • 3日目

    今は昔、 

     野口 晴哉

     野口 三千三

     増永 静人

      そして

     橋本敬三

     

    皆、冷暖自知の人だった。

    あの時代の情熱は、どこへ行ってしまったのだろう。

  • 2日目

    生死の問題は、個々人にとって切実なテーマである。

     

    しかし、よほどの人でないかぎり、人生の伏流になってしまうのがほとんどである。

    若者にとって「終活」など想像の先の他人事である。

     

    「無常迅速 生死大事」と、ブッダは言い遺した。

    時はたちまち過ぎ去るから、怠ることなく修業を完成しなさい。-凡夫にしてみれば、人生でやっておきたいことは、早めにやりなさいーという事か

     

    「死を思え」という言葉がある。

     

    有限なる人の一生を思う時、

    常識を疑う目が、再び開かれる。