投稿者: karib_sotai

  • 見直しの空間

    昨日の続き。

    「発声」という営みを、「動き」として見直してみている。

     

    昨年秋のフォーラムで発表の機会を得て、

    参加者の方々の意見をいただきながら

    このテーマについて初めて向き合ってみた。

     

    独りで見直しをしていた時には得られない視点や捉え方を

    このときたくさん見せていただいた。

     

    今年の春のフォーラムでも発声について発表する機会をいただいている。

    その日集まった御縁のある人とともに

    それぞれにとっての見直しの空間を味わえればいいなと感じている。

    2019年春季東京操体フォーラムは4月29日の開催です。
    テーマは2018年秋に引き続き「身体芸術と操体」です。

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  • 身近であればなおさら

    操体は、「からだ」という

    文字通り「身近」なものと

    向き合う独特な学問である。

     

    私たちが今まで

    「体」だと思っていたものが

    実は「からだ」でもあった。

     

    漢字がひらがなになっただけなのに、

    似ているようで、まるで異なって見える世界観。

    そういった出会いを与えてくれる。

     

    私事として、

    昨年からコツコツ「発声」という営みについて

    「見直す」ことを始めている。

     

    まだ始まったばかりではあるものの、

    歩き始めてみて、

    こんなにも身近に、共に生きてきた営みに関して

    まだまだ知らないことがあり、

    目を向けられていなかったことが

    あったんだという気持ちが芽生えてくる。

     

    些細な事であっても興味深く、

    身近であればなおさら、

    発見は新鮮で、いとおしい。

    2019年春季東京操体フォーラムは4月29日の開催です。
    テーマは2018年秋に引き続き「身体芸術と操体」です。

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  • 発酵を止めない

    操体は直実に進化を遂げている。

    橋本敬三先生の時代に遡って、

    その地点から現在の景色を想像することは

    果たしてできただろうか。

    そんなことを考えてみる。

     

    とても重要だと思うのは、

    この操体に起こっている「進化」が

    水たまりをぴょんと飛び越えるような、

    起こり方をしてはいないという点。

     

    寧ろたっぷりと時間をかけて、

    じっくりと検証をした結果、

    起こるべくして起こっているような気持ちにさえさせる

    変化の仕方で成り立っている。

     

    そういうことを、ここ数年傍で学ぶ機会をいただいて

    目の当たりにしてきた。

    操体は、改めて見直し続けることを通して

    学問を発酵させ続けている。

    2019年春季東京操体フォーラムは4月29日の開催です。
    テーマは2018年秋に引き続き「身体芸術と操体」です。

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  • 対話のきっかけ

    「見直す」というプロセスの中で

    行われていることは、

    紛れもなく

    自分自身との対話だと思う。

     

    そういう対話の時間と空間を欲している時、

    何か新しいものにすがる必要はない。

    きっかけは既に

    すぐそばに揃っている。

     

    2019年春季東京操体フォーラムは4月29日の開催です。
    テーマは2018年秋に引き続き「身体芸術と操体」です。

     

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  • 水をやり続ける

    過去に自分が書き残した文章、

    ひらめきの萌芽を綴ったメモ。

     

    そういったものを、また手に取ることは

    思のほか、それを生み出した本人にしかできない

    特別なことであるかもしれないと感じます。

     

    些細なことも含めて、

    「何かが生まれる」ような気がして、

    ノートや紙切れに書き残した言葉。

     

    その自分で蒔いた「種」や「芽」が

    悦ぶように「水」と「栄養」を与え続け、

    育てるという営みに近いように感じます。

     

    しかし、果たして責任をもって水をやり続けられているかどうか。

    自分にも、再び水が撒かれるのを待ち

    土の中で眠っている種がたくさん残っているような気がしてきます。

    2019年春季東京操体フォーラムは4月29日の開催です。
    テーマは2018年秋に引き続き「身体芸術と操体」です。

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  • 変化をききわける

    おはようございます。

     

    瀧澤さん一週間の投稿ありがとうございました。

    本日から寺本が担当致します。

    今回のブログテーマは引き続き『改めて見直してみる』です。

    宜しくお願い致します。

     

    さて、本テーマですが、私自身にとってはなんだか耳の痛い内容で、

    昔から苦手としている事のひとつでした。

     

    「改めて見直してみる」。

    こういう作業から距離を置いているところがあります。

     

    「どうせ、見返してみたって最初と同じでしょ」

    と、こんな風に考えてしまってなかなか見直すことをしない。

     

    けれど最近、「では実際にやってみるとどうなのか」

    と行動を伴って体験してみると、先の考えとは違って

    どうも「同じ」ではないことに少しずつ気付き始めています。

     

    頭では同じだと決めつけていても、

    実際には何かが変化している。

    そのギャップをききわけることに繋がっているのだと感じています。

     

    2019年春季東京操体フォーラムは4月29日の開催です。
    テーマは2018年秋に引き続き「身体芸術と操体」です

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  • あらためて今⑦

    最近、ようやくスタートラインに立っているような
    そんな感じがしています。

    立つと言っても、足に限った話ではないんですが、
    事実、からだも「立っている」。

    2日目にも書きましたが、ずっとからだを動かす
    ことが大好きでした。

    学生の頃も、フリーターの頃も、鍼灸マッサージの
    学校に通っていた頃も、就職してからも、ずっと
    興味を持ち続けていました。

    そして、今もこのテーマを持ち続けることができて
    います。

    「動く」ということを改めて見直してみる。

    「立っている」という実感と共に、これから先も
    ずっと持ち続けていたいテーマす。

    一週間ありがとうございます。

    寺本さん、明日から一週間よろしくお願い致します!

    2019年春季東京操体フォーラムは4月29日の開催です。
    テーマは2018年秋に引き続き「身体芸術と操体」です

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  • あらためて今⑥

    けっこう無意識にやっていることが多いなかで、
    改めて意識を向けると意識できることもある。

    気づかないうちに、からだがやってくれている
    ことでも、「感じる」ことはできる。

    無意識と意識はスパッと切れているんじゃなくて、
    両方ともちゃんとつなげることができる。

    「からだの動き」を感じる中で、こんなふうには
    思えるようになってきました。

    感じて、思って、その次はその根拠が欲しくなって
    くるんですが、こじつけちゃうこともあります。

    そこで、もう一回「感じる」ところに戻るように
    しています。

     

    不思議と、そんなに焦って答えを求めなくてもいい
    のかなと思えるようになるんですよね。

    2019年春季東京操体フォーラムは4月29日の開催です。
    テーマは2018年秋に引き続き「身体芸術と操体」です

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  • あらためて今⑤

    昨日のつづきになりますが、

    操体を勉強し始めた頃、師匠から「オマエは何故
    呼吸をしているんだと思う?」と尋ねられ、

    (えっ? 呼吸しないと死んじゃうから?)と
    思っていたら、

    「この空間が呼吸しているからだよ」という予想
    をはるかに超えた答えがやってきて、

    (えっ?)と思いつつも、「はい」と受け取った
    記憶があります。

    当時はよく分からなかったですが、昨日のブログ
    に書いたように、空間によって自然とそういう
    呼吸になるのなら、空間抜きに考える方が不自然
    なのかなと思うようになりました。

    2019年春季東京操体フォーラムは4月29日の開催です。
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  • あらためて今④

    意識とか無意識について考え出すと、今の僕では
    深みにはまってしまいそうなので、

    意識=気づいている
    無意識=気づいていない

    くらいの感じで話を進めたいと思います。

    気づくとふかーく息を吸っていることがあります。

    臨床中の空間とか、ターミナル(空港じゃないです
    よ)の空間とか。

    面白いのは、「さあ、今から息を吸うぞ」という感じ
    ではなくて、呼吸に意識を向けた時には、もうふかー
    く息を吸っている。

    その空間の中で自然とそうなったのなら、最初にふか
    ーく息を吸いたくなったのはいったい誰なんだ?

    2019年春季東京操体フォーラムは4月29日の開催です。
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