投稿者: karib_sotai

  • 正当に

    見直すってことは、学んできたことを改めて見直す、見直していくこともそうなのだが、それは学んできた自分自身も、改めて見直していくことなのだよ。そして先人(父)が学んできたことも、常に見直していくことだ。

    操体法の学びは、「からだが正当に使用されること」である。しかし、どうみても正当な使われ方とは思えない。なぜなら、からだの動きを学んでこなかったことが、正当に使用されていない大きな理由。又その理由は、からだの正当で適性にかなった軸が未完成のまま体幹正中にさらされているからである。

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  • 易の話

    先日、畠山が一つの易の話を、私に教えてくれた。

    それは山風蠱(さんふうこ)という易の卦(か)の初爻(しょこう)の話だ

     

    「初六(しょりく)。父の蠱(やぶれ)を幹(ただ)す。子あれば考(ちち)も咎(とがめ)なし。厲(あや)うけれど終には吉なり」と。

     

    この意味は、先人(父)が作った制度やきまり、又は定義や定説がたとえどれほど優れたものであっても、必ず時とともに弊害がでてくるものである。だから後につづく者たちは、常にその見直しをしなければならない。それができれば、途中、ちょっと危ういことがあっても、長い目でみれば、結局、吉である。それをおこたると、永遠に消えてなくなり、後悔することになる。

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  • 塩づけ

    今回のテーマは「見直し」でしたか。

    私も今、執筆中で、「勢い」余って、原稿を書き上げてしまうことがある。

    勢い余った分、修正箇所が目立つ。

    清書できる段階じゃない。一週間、そして一ヶ月、塩づけした後に再度見直す。

    一年間塩づけにしておいた後に、また見直してみる。

    その間、私自身の学習能力も磨かれているので、新たな味つけができるようになる。同じ原稿の中身が一変してしまうこともある。

    「見直し」と言えば、五十数年間学びつづけてきたことも、学びながら、見直しつづけてきたことなのかもしれない。

    見直すことで、さらに、新たな気づきと発想が生まれ、その結果、一冊の本になってしまうこともある。

    そんなくり返しのなかで、一冊、又一冊と出版が増えつづけていったようである。

    鵜呑みにし、たかをくくって、わかったつもりで、見逃してしまっていることなどは、数々あるようだ。

    なので再度の見直しは欠かせない。

    常識とされていることも、ピーンときたらホントにそうなのだろうかと、疑ってみることも大切だ。意外と学問的につついてみると、そして磨いてみる。そこには貢献できる愉しさがある

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  • 世界への貢献

    何年か前から、幼稚園に通う女の子(娘)と、今春、中学生になる少年(息子)と縁がある。

    私は、弟子のつもりで心を配っている。

    皆、どう思う?

    六十四歳年下の教え子、弟子。五十八歳年下の弟子が出現したとしたら……。

    なんと、未来は明るいことでしょう。

    まさに、世界への貢献です。

    そして、今、考えていることは、子供達にもわかり易い操体のテキスト、教科書、絵本をつくることです。

     
     

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  • 場当たり

    ふと忘れた頃に、突然前ぶれもなく、ブログが巡ってくる。

    今は四月の半ば。隣に咲く、樹齢百何十年になろうとする二本の桜の木。今年も見事に開花し、葉ざくらになってしまった。

    満開時にはメジロも飛んできて、蜜を吸っていた。ベランダから、目の前に咲く、さくらと空と雲をながめるのが、愉しみである。

    今年も定例の、春のフォーラムの開催をひかえて、スタッフの熱気がつたわってくる。キャリアを積んだ弟子も、大きく成長し、どこに出しても、見劣りしないような力を身につけてきた。

    毎年続いているフォーラムも、その成長と共に、私の出番はめっきり少なくなった。それでいいのだ。いつまでも私が、でしゃばりつづけていては弟子は育たない。

    ただし注文はつける。

    昨年から、ナイトセミナーの時間を設けている。フォーラム自体は17時に終わるのだが、ナイトセミナーとして、3時間延長されている。この時間は、私が自由にアレンジ、できる。つまり、すべて筋をとおした上での場当たりの即興である。

     
    2019年春季東京操体フォーラムは4月29日開催です。

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  • 改めて見直してみる(七日目)

    一週間ありがとうございました。
     
    今回は、意外にも「男性女性のあり方を見直す」とか「今までの常識を見直す」ような感じになりました。
     
    また、見直してみるとわかるのが、
     
    自分に都合がいいことは見直さず、放置しておく(笑)
    自分にとって、改善が必要なことや、疑問はしっかり見直す
     
    という傾向があるようです。
     
     
    さて、話は変わりますが、春は花粉症の季節です。
    先日ハナをグスグス言わせていた方の首を調整したところ(これは、瞬間的にやりました。私は瞬間急速脱力も得意なのです)、
    ハナがピタッと止まってびっくりしましたが・・・・・・。
     
     
    魚卵を食べないとか、ヨーグルトを食べるとか、ヤク○ト400がいいとか、色々ありますし、海老蔵がCMに出ているマスクはすごくいいそうです。
    また、薬も結構出ていますよね。
    私自身は、マスクはしませんし、目がかゆくなるので目薬と、漢方薬をもらって飲むくらいです。
    個人的には、ヤク○トの「シンバイオティクス」と、グ○コの「ビフィックス」の「腸活」がいいような気がします。
     
    毎年大変ですが、花粉症は一つの産業にもなってますよね。
     
    先日、あるテレビ番組で、イギリスのアレルギー専門家が提示した「花粉症の予防法」というのをやっていました。
     
    これが「えええ~っ?そんなんでいいの?」という。
     
    日本でもその方法を実験して検証したところ、結構よい結果が出ました。
     
    灯台もと暗しというか、何をやるかというと、ワセリンをハナの穴に塗るわけです。
     
    ワセリンというか商品名ヴァセリンって、使いかけのものが部屋のどこかに転がってたりします。
     
    なので塗ってみました。結構スースーしていい感じでした。ヴァセリン塗るくらいなら、毎日できます。
     
     
    ★試してみてどうだったか私に教えて下さい
     
    これを花粉症で悩む人に言ったところ、「ハナの穴の中に塗る」というのがツボだったようで「ハナの穴の粘膜にワセリンを塗って大丈夫なのか」(保湿剤だから大丈夫だとおもうけど)というところに反応していました。
    「ハナの入り口だけですよね」
    「あ~、私は穴の奥まで塗りました」
    「ハナの粘膜は大丈夫なんですか」
    「保湿剤だし、塗ったらスースーしましたよ」
    (ちなみに、ヴァセリンにはメントールは入っていませんが、塗ったらスースーしました)
     
     
    う~ん、ワセリンが効く?っていうところじゃなくて、ハナの穴の中に塗るってとこか。
    話が少し飛びましたが、
     
    ワセリンあるいはヴァセリンなどは、簡単に手に入るし、安いですよね。
     
    これで、花粉症が予防(予防です)できるとしたら、花粉症関連グッズや商品を出しているところは、あがったりですよね。
     
    ちなみに、面白いもので、こういう「花粉症の予防には実はヴァセリン」というのを放送すると、Twitterなどには必ず
    「ガッ○ンは、ガセをやるから気をつけろ」などというツイートが流れます。
     
    私なんぞは、「多分花粉症がヴァセリンで予防できたら困る人達がやってるのかも、と思います。
     
     
     
    見直すということ。
    それは見直しという簡単なことだけではなく、今までの常識を覆す大事件になるかもしれません。
     
     
     
    明日からは、操体界のパイオニア、道開きの猿田彦の如き、三浦寛先生です。
     
    2019年春季東京操体フォーラムは、4月29日開催です。
     
     
     

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  • 改めて見直してみた(六日目)

    私のもっぱらのストレス解消法は、一人で映画館で映画を観ることです。
    映画は昔から好きで、高校生の頃は、名画座で相当観てました。
    エンドロールもしっかり見て、最後の「映倫」のマークを観ないと見おわった気がしません。最近はエンドロール後にも映像があるのも結構あります。

     

     

    ああやって人の名前がずらずらっと出るのを見ていると「ああ、映画って沢山の人が協力してできるんだなあ」となんだか感動するんです。
     
     
    4月17日には「ボヘミアン・ラプソディー」のDVDやブルーレイが出ます。
    イギリスでは、映画のダウンロード販売数が記録を塗りかえたそうです。
     
     
    というわけで、私はアメリカで「ボ・ラプ」が再度ヒットしたきっかけとなった映画「ウェインズ・ワールド」を見直してみました(見直すってそういうことかよ!と突っ込まないでくださいね)。
     
     
    そしてもう一つ。大昔に見た「サスペリア」が、リメイクされて帰ってきました。
    昔のはバレエ学校。今回はコンテンポラリー・ダンスの舞踊団。
     
     
    クラシックも映画館で観た記憶がありますが、リメイク版は慌てて駆け込みで観ました。
     
    これは、今年のベスト3に入ります。
    あまりに面白かったので「別冊映画秘宝」の「サスペリア特集」を買ってしまいました。
    主演のダコタ・ジョンソンは、なんとヒッチコックの「鳥」に出ていた、ティッピ・ヘドレンを祖母、メラニー・グリフィスの娘です。
     
     
     
    好きな映画は何度見直しても、新しい発見があります。
     
    映画と同じで、操体の基礎理論や、どうやって進化してきたのか、と言う話を聞くのは、あるいは人に伝えるのは、いつも新しい発見と見直しがあります(やっとおさまった)。
     
     
    2019年春季東京操体フォーラムは4月29日開催です。
     

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  • 改めて見直してみる(五日目)

    改めて見直してみる、というのはとても大事だなと痛感した一件。
     
    私は最近おにぎりに凝っています。忙しい時とかにもいいですし、この前は、上野公園の博物館に行った際、庭のベンチでお昼にしたり。
     
    ちょっと前までは「おにぎりは手で握らないと心がこもってない」という人がいたりしました。
     
    まあ、気持ちはわからないでもないですが、握ってすぐ食べるお鮨とは違って、持ち歩いたりするんですから、傷んだりしても困ります。
     
    というわけで、お店などでは手袋をしていますが、家で握る場合はラップを使います。
    こうすれば、熱いご飯に触れずに済むし、ご飯に直接触れずに済むというわけです。
    握る人は、熱くないし、清潔に握ることができます。
     
    「おにぎりは手で握らないと愛情がこもってない」という人(再出)ですが、握る人も人間です。うっかり包丁で指切っちゃったりすることもあります。絆創膏をはりながらもご飯を作ったりするわけですよ。
     
    それでも「手で握らないとダメ」という人は、それでいいんですが、それってまるで
    「コンドームは絶対しない」という人のような気がするのですが(笑)。
    似てませんか(笑)
     
    えっと、何の話でしたっけ?
    ラップでおにぎり、っていうのは一つの見直しだなということです。
     
     
    もう一つ。
    私は某スーパーのオリジナルブランドのピザに凝ってます。
    クラストが薄めのほうが好きなのです。
    薄いので、切れていません。丸のままです。焼いてから、やはり切らないとピザを食べた気にならないので、切ります。しかし、まな板が汚れるし包丁も汚れるし、密林さんでピザカッターを買おうかと、マジ考えました。
     
    しかし、焼き上がったピザを見ていて「さて切るか」と思った時
     
    「おお!キッチンハサミで切ればいいじゃん!」と思いつきました(すでにそんなことはやっている、という人はごめんなさい)。
     
     
    ハサミで切れば、まな板も汚れず包丁も汚れません。
    気持ち的には包丁を洗うよりも、キッチンハサミを洗うほうが気持ちがラクです。
     
     
     

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    これが証拠?写真です。キッチンハサミ万歳。
     
     
    こういう道具の使い方などは、「もっと便利に使うには」などの見直しと、創意工夫なんだろうなと思います。
     
     
     
    2019年春季東京操体フォーラムは4月29日の開催です。
     

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  • 改めて見直してみる(四日目)

    再度言います。
     
    山風蠱の初爻(初六)
    「父の蠱を幹す。子あれば考咎なし。厲うけれども終に吉」
    ちちの こを かんす。こあれば ちち とがなし。あやうけれども ついに きち。
     
    先人の作った制度やきまりというものは、それがたとえどれほど優れたものであっても、必ず時とともに弊害が出てくるものなのさ。
    これは先人が悪いというわけではなく、制度というものの持つ本質と考えなければいけないのだね。
    だから後に続く者達は、常にその見直しをしなければいけない。
    それが出来れば、途中、ちょっと危ういことがあっても、長い目で見れば吉さ。
     
    ★つまり、先代から受け継いだ間違いを後に続く者がが正すこと。それを正してくれれば、先代も咎められることはない、ということ。
     
    見直して、時代と環境に適ったものに進化させていくことが、我々後から続く者の役目です。
     
    2019年春季東京操体フォーラムは4月29日開催です。
     

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  • 改めて見直してみる(三日目)

    三日目です。
     
    私が三年間に渡って易を習った(日本易道学校@創立昭和13年)福永利貞先生が、易の入門書を出版されました。
    Kindle(電子本)ですが、先輩が後輩にやさしく伝授する、後輩が質問する、というつくりになっています。
     

     

    易 その不思議と魅力 その方法

    易 その不思議と魅力 その方法

     

     

     
    この本では、普通の見方(得卦と之卦)だけではなく、易をタロットのスプレッドのように展開する技法も紹介されています。
     
    それはさておき、この本(電子本なので、iPhoneで見ていました)をぱらぱらっとめくっていると、ある卦が目に入りました。
     
     
    山風蠱(さんぷうこ)です。これは、お皿の上に果物が乗っているけれど、下の方が腐って虫が湧いている、というイメージです。
    また、山は「少男(若い男)」風は「長女(いわゆる熟女?)」の意味がありますので、年上の女と若い男の関係を示すこともあります。
     
     
    が、これを読むと
    「蠱は、元いに亨る。大川を渡るに利ろし。甲に先立つこと三日。甲に後るること三日」とあります。
     
    以下は、福永先生の意訳です
     
    物事や制度は、放っておくと必ず綻び、退廃してくものなのだよ。
    だから必ず、時折見直しや大きな改革をしなければならないのさ。
    それがきちんとできれば、大きく困るような事態にはならないさ。
     
    そして山風蠱の初爻(初六)
    「父の蠱を幹す。子あれば考咎なし。厲うけれども終に吉」
    ちちの こを かんす。こあれば ちち とがなし。あやうけれども ついに きち。
     
    先人の作った制度やきまりというものは、それがたとえどれほど優れたものであっても、必ず時とともに弊害が出てくるものなのさ。
    これは先人が悪いというわけではなく、制度というものの持つ本質と考えなければいけないのだね。
    だから後に続く者達は、常にその見直しをしなければいけない。
    それが出来れば、途中、ちょっと危ういことがあっても、長い目で見れば吉さ。
     
    ★つまり、先代から受け継いだ間違いを子が正すこと。子がそれを正してくれれば、先代も咎められることはない、ということです。
     
    これは、今の操体の状況とも言えますね。
     
     
    2019年春季東京操体フォーラムは4月29日開催です。
     

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