投稿者: karib_sotai

  • 令和

    平成が終わった。

    私は、平成は昭和の締め括りの時代だと思っている。

     

    映画『三丁目の夕日』に描かれた様な、戦後復興から高度経済成長時代に形造られた様式やロールモデルが消え去って行った。

     

    これから、多くの若い芽が現われ、大きく伸びて行くだろう。

    私は、それらを真白な心で捉え、学んで行こうと思う。
     

  • 「改めて見直してみる ~その7~」

    一週間自身が見直していることについて好きに書いてきましたが、改めて思うことは「現在も昔も繋がっている」という意識で現在を生きていくことが大切だと感じました。

     

    常に前を見てやっていることを突っ走るのも良いですが、時に後ろを振り返り自分が歩んできた道を振り返ることも新たな気付きを得るのには必要なことです。

     

    これまで操体における私の歩みはあまり過去を振り返ることはしませんでした。

     

    しかし今回このようなテーマを頂いてから少し昔を振り返るようになり、以前わからないままにしてきたことや曖昧にしてきたことに向き合うことで、そういった自分の甘い部分の改善にも役に立ちました。

     

    このブログを読んで頂いた方も今一度自分自身と向き合っていることを見直す機会を設けて頂けたら幸いです。

     

    一週間ありがとうございました。

     

    明日からは半蔵さんの登場です。お愉しみに。

  • 「改めて見直してみる ~その6~」

    恐らく私自身の一生涯のテーマになることだと思いますが、橋本敬三先生が言われている「治すことまで関与するな」という言葉について常に考えさせられます。

     

    改めて見直してみると毎年この言葉の捉え方は少しずつ変化してきていますが、その変化の中で私自身の臨床のアプローチも少しずつ変化してきていることに気が付きました。

     

    以前は臨床の中でからだを直に触れて診て結果的に訴える症状、疾患が改善すれば良いという捉え方で臨床に望んでいましたが、現在は患者が自己責任を全うしていく手助けを臨床の中でしています。

     

    それには直接からだに触れること以外にも、言葉で指導や相談に乗ってみたり、時にはその人が生活に必要な環境作りの手助けをしてみたりもしています。

     

    こういったことをするようになり、臨床には「からだに触れる臨床」と直接触れなくても「生きる手助けが出来る臨床」があるのだと感じています。

     

    きっと橋本敬三先生が見据えていた操体の臨床の世界も患者自身が自分で自己責任を全うしていくために必要なものを気が付かせる手助けをすることを目的にしていたのだと最近は思っています。

  • 「改めて見直してみる ~その5~」

    改めて自分が記載してきたメモや日誌、または人から受け取った手紙等を読み直してみると現在の自分に必要な言葉があったりします。

     

    写真や動画に残すことも大切なことですが、書き残したものは映像と比べるとヒビキ方が何故か違うのはなぜでしょうか?

     

    橋本敬三先生も後の人達のために「書き残していく」ことの重要性を説かれていましたが、書いていくことは自分の考えや人に想いを伝えるには最も良い手段で必要なことのように思います。

     

    個人によって情報の受け取り方は異なってくるかと思いますが、私自身は携帯やメールで送られてきたものよりも手で直に書いたものの方がずっと記憶に残っていたりします。

     

    やはり自分が思っていることや感じたことはもちろんのこと、その時分からなかったことにしてもとにかく書き残していくことは大切なことです。

     

    それは後世の人達の為だけでなく、未来の自分自身の為にも必要なことだと思っています。

  • 改めて見直してみる ~その4~」

    散歩をしている時や自転車に乗っている時等にふと誰かの言った言葉を思い出すことがあります。

     

    それはまるで空から言葉が降ってきたかのように突然脳裏に蘇り、その言葉は何を伝えたかったのかを考えてみるとその時わからなかったことや見えなかったものが見えてきたりもします。

     

    これは私だけが経験していることではないと思いますが、なぜこういった現象が起こるのかを考えていると、私自身は脳の記憶以上に私達を生かしてくれているこの空間が私に語りかけてくれているからだと感じます。

     

    きっと私達が意識の中に留めきれないことを空間が「改めて見直してみなさい」と語りかけてくるという信じられない摩訶不思議なことも自分が真摯にやっていることと向き合っていればあることだと思います。

     

    これは神様からのご褒美として私自身は受け取っていますが、意外にここから得られたものは自分が知りたいことへの大きなヒントになることが多いです。

     

    作家や芸術家の人達が常にメモを持ち歩きひらめいたことをメモするのもこういったことと関係しているのかもしれませんね。

  • 「改めて見直してみる ~その3」

    先日家の掃除をしていると、父や母、昔の友人から渡された手紙が出てきました。

     

    不思議なことに当時読んで感じたことと現在読んで感じることは全く受け取るものが変わってくるのです。

     

    あの時、両親が私に伝えたかったことが当時理解出来なかったことが現在になってみると分かるのも私が両親の言葉を胸に生きてきたからだと思っています。

     

    それは当たり前のことのように思いますが、なかなか出来ないことであの言葉がなければもしかすると私は操体の門を叩いていなかったかもしれません。

     

     このようなことを感じながら自身と操体との繋がりを見直してみると、人と人との繋がりも学問にしていくことにおいて非常に大切なことだと思えます。

     

    これは技術やテクニックを継承していくことよりも遥かに大切なことで、現在も昔も「意志」と「意思」を通じて繋がっていくことが自分が一生涯学んでいくことにおける秘訣なのではないでしょうか

     

    三浦先生が橋本敬三先生の弟子として師が成し得なかったことを成そうとしているのも、その一つ一つのメッセージを大切にし想いを紡いてきたからだと思います。

     

     

     

     

     

  • 「改めて見直してみる ~その2~」

    昨日私がフォーラムでのテーマについて少し触れましたが、その一つとしているのが「自然法則とは一体何なのか?」を追求していくことです。

     

    橋本敬三先生も著書でこの壮大なテーマについては記載していますが、改めて見直してみると、当時橋本敬三先生が見据えていた自然法則というものが少しずつですが見えてきたように感じています。

     

    それはとてもムズカシイように思えて、実にシンプル。でも奥が深い。

     

    一つ一つ頭で理解することが出来なくても感覚的にキャッチすることが出来、誰にでも出来る。

     

    普段日常の中で当たり前のように私達が触れている。だけどそれに気が付くことが出来ない。

     

    実はそんなものが自然法則であり、地球と神が私達に与えてくれたもののように思います。

  • 「改めて見直してみる ~その1~」

    三浦先生、一週間ありがとうございました。

     

    今週から一週間三浦寛幸が担当致します。お付き合い下さい。

     

    今回のテーマは「改めて見直してみる」です。

     

    先月29日に春季東京フォーラムが開催されましたが、振り返ると私はこのフォーラムは20回以上参加しています。

     

    これだけ参加していると他のことでは飽きがきてしまうかもしれませんが、不思議なことにそういったことはなく、いつも新鮮な気持ちで望むことが出来ています。

     

    常にこういった気持ちで臨めるのも私自身がいつもフォーラムを通じてテーマにしていることのヒントがフォーラムで聞けて、結果的には自分の人生をより豊かにするものへと繋がっていくからだと思います。

     

    このように感じるのは私だけではなく、参加者全員が感じていたことではないでしょうか?

     

    こういったことを感じたフォーラムを今一度改めて見つめ直していくと、操体とこのフォーラムは人生を学び、生命の哲学を学ぶ場であるように感じています。

  • ヒラメキ

    誰も手をつけず、気づいてこなかったことに注目しつづけ、四年、五年の歳月が流れてしまった。参考文献になるものは、今まで学びつづけてきた、私の学習の中の記録である。

    それでも今まで書きつづけてきた内容は数百ページにも及ぶものになった。これから先、どうなるのか。明日、また原稿が書けるのか。原稿一枚、一枚書き上げていくことは、これから先並大抵のことでは、上がってこないのではないだろうか。近頃はいつもそんなことを考え、思っている。しかし、ありがたいもので五年間も費ぎ込んでいると、かなり、学習能力を身につけているようである。当初から見れば質量共に向上している。学習能力が上がってくると、広角的にも、そのテーマに肉づけできるようなヒラメキも生まれてくるのも事実である。今、皮膚の角層がはがれ、新たな角層が生まれているような心境である。もう少し、ねばってみようか。

     

     

    f:id:tokyo_sotai:20190424155432j:plain

     

  • 厚みを加えて

    五年ほど前から、あるテーマにむけての執筆が今なおつづいている。

    その間、千枚以上の原稿が清書され、何百ページにもとじられている。

    しかし、終わった訳ではなく、今もなお、執筆が加速し、新たな展開を見せつけてくるのだ。

    だからといって、何枚もの原稿を一度に仕上げられる訳でもない。近頃は「サーカスの綱渡り」のようだ。そろそろ種切れになってしまうのか。もう書けなくなってしまうのかと思ったりする。

    私は、毎朝、何らかのメッセージを受けとっている。日誌をつけているなかに、そのヒントが短い言葉でおりてくる。運ばれてくる。その日、限定のメッセージである。その短い言葉から、新たな発想の展開が生まれ、そのテーマは、厚みを加え、成長していく、ようである。だからこそ、これで「いい」と容易に妥協しないことだ。私の手元から離れていくまでは、これで「いい」と決めつけるな。いくら見直しても、これで「いい」ってことはない。だから見直すんだ。この世間も妥協のない世界。変化を生みだす、世界である。

    f:id:tokyo_sotai:20190424155211j:plain