操体では動診(どうしん)という動かして診る方法がありますが、
操者のアプローチ方法が変化すれば、動診で診るものも変化します。
つまり、D1とD2では動診をとおして診ているものが変化します。
変化すると書いていますが、共通してみているものもあります。
しかしD3、D4、D5とアプローチによっては動診を通して全く違う視点でからだを観察していることもあります。
操体には 「渦状波」 という皮膚へアプローチする操法がある。 これは操体操法の手法の一つであり、患者に軽く触れるだけでからだのヒーリングプロセスを大きく加速することができる。 そっと軽く触れるだけで痛みや炎症も軽減し、筋骨格系が整えられていく操法のことである。
この渦状波を活用するためには特に呼吸と意識などを学ぶ必要がある。 そんな意識と肉体が合流する地点は量子レベルにあり、そこは、呼吸を通して意識と肉体にアクセスすることができる偉大な交流点になっている。 その肉体には37兆もの細胞が体内に摂取された酸素や食べ物を消化・吸収し、二酸化炭素や老廃物を排出している。 しかし、それらの細胞は再生や自己ヒーリングも行なっており、毎日が繁忙な時間を送っていることに感謝したい。
操体の臨床において、心身症的な患者や動きを八方に塞いでしまう急性の腰痛などは、皮膚に問いかけることでからだの治癒力はより本質的になる。 皮膚感覚というものは意識に上って来ない、いわば無意識のからだの本音に問いかけることであり、その無意識の中に疾患を治す本質がある。 それは筋肉が関与しないからだの動き、つまり、表現が生まれてくる。 そのようなメソッドを操体では渦状波と呼んでいる。
最後に臨床家の立場から述べておきたいことがある。 それは臨床において、呼吸と意識のテクニックを入れていなければ、操者が、患者が持つ低い生命エネルギーの波動レベルへ下がってしまい、操者が自身の生命エネルギーを使い果たして疲れきってしまう可能性が高くなる。 故に操者は高い共鳴レベルを維持することを学ばなければならないことをつけ加えておきたい。
明日からは、三瓶実行委員が担当します。 お愉しみに!
操体では、「からだの感覚をききわける」 ということをすでに述べたが、患者自身が治療者であるなら、その感覚診断も患者自身でしなければならない。 疾患を持ったからだは、横紋筋系に収縮異常があると述べたが、そういったボディの歪みは視診や触診という診断法によって、その 「構造」 において確認できる。
そして、もう一つの診断法がボディを動かして診るという操体特有の診断法である 「動診」 といわれるものであり、「構造」 と 「動き」 という、この二つを併せて操体では、「構造運動力学」 と称している。 その動診での形態観察は操者の技量であり、この動診の診方、通し方がわかっていれば、患者を快感覚へと誘導できるのである。
操体の動診では、からだの動きを単なる動きとして表現するのではなく、意識で表現させる。 つまり、意識でからだの動きを操る気持ちで表現させることにより、次にからだの中心である腰で表現させて、局所の動きが全身の動きに変化してくるのである。 しかし、その動きよりもさらに感覚を重視することが必要である。
そのからだの動きという表現とともに在るのは 「感覚」 すなわち感じることである。 この感じるというのは、「たった今、この瞬間を感じる」 ことであり、患者はそれだけに専念しなければならない。 そして 「表現」 が肉体の末端に生じるのに対して、「感覚」 はからだの中心に生じ、たえず意識の影響を受けている。 要するに感覚をききわけさせるために 「動き」 という手段を使っているのである。
操体の臨床における操者は、呼吸と意識のテクニックを学んで両手の波動を非常に高い周波数に高めている。 そして患者のある部位に触れると、まるで同調した回路のように患者のからだが操者の手に共鳴して同期化していくことになる。 これは快適感覚を誘導するために必要な前段階でもあり、触診といえども治癒的な生命エネルギーを操者から患者へと共振している。
そして、互いのエネルギーを高め合いながら交流し、伝達させる普遍的な特性を持つ波動なのである。 つまり、同じ波長と周波数を持つ振動波形が互いに影響を及ぼし合って起こる現象は、すべての生命体に表れることになる。 これは生命体の力学と肉体の波動エネルギーである快適感覚の理論を理解する現象として見逃せない触診手法である。
また、操体の特徴を表わす言葉として 「自力自療」 というのがあるが、これも操体を誤解することにその対象となる言葉だ。 この言葉の意味は患者自身が治療者の立場であるということから生まれた言葉である。 そして、疾患をもっている患者こそが治療者であると先に述べたが、疾患とは既にからだが癒しのプロセスにあることを意味しており、操者の波動に患者の生命エネルギーがからだに合わせて同期化することから、自力で治療が可能となるものである。
そういった疾患を持ったからだは、必ず横紋筋系に収縮異常を見出せるものだ。 その収縮異常はボディの 「構造」 と 「動き」 に出ることとなるが、これが即ちボディの歪みであり、そのような筋収縮を解き放つプロセスの一つの方向が 「快感覚」 に向かうことである。
そして、その快適感覚に委ねることにより 「きもちよさ」 を味わうことができる。 この中では疾患エネルギーが非常に心地よく穏やかに解放されていくのを見ることができる。 それは肉体的緊張をからだの動きという形で 「表現」 することで、その表現は肉体の末端である顔や手足に生じ、収縮したエネルギーを消費するひとつの方法でもある。 これが操体における 「操法」 といわれるものだ。
操体では施術者と患者の関係を明確にしておく必要があるとしている。 まず、治療者は誰なのか、ということを最初に理解しておかなければならない。 これは極めて重要なことであり、しっかりと区別することがその前提条件である。
そういった操体における治療者は、患者自身であるということが快適感覚とともに最大の特徴でもある。 では施術者の立場はどのようになっているのか。 施術者は治療者である患者自身が快を味わうことができるように誘導する、いわば 「指南役」 ともいえるものだ。 だから、経験豊かな指南役を求めるのが賢明である。
操体の施術者である快を誘導する指南役は、通常、「操者」 と呼ばれることが多いが、患者に寄りそう付き添え人という役柄から 「シッター」 や 「ヘルパー」 と呼ばれることもある。 事実、患者への操者が行なう誘導は 「介助」、「補助」 という言葉を使っている。
施術者と患者の関係でもうひとつ知っておかなければならないことがある。 それは、患者と操者という二人の生命エネルギーが、臨床において共鳴して同期化しながら異なる周波数が振動すると、低い方の波動が上昇する場合と、高い方の波動が下降する場合、または両方が中間地点で同調する場合のいずれかの現象が生まれることになる。