操体を学びはじめてから五十四年。
この継続力も免疫力。

皆んなが三茶に足を運べない状態が続く中、春のフォーラム、月々の勉強会、塾SOTAI、海の日の「操体マンダラ」と、あらゆる奥の手を使って、実行できたことも、免疫力を養う励みであり、免疫力につながったことだと思う。
あきらめてしまうことだけは避けたい、それが私の本心。
こんなこと、いつまでもやっていられるかよ、と思う。
気もちも本音。それも一つの免疫力。

今までも、色々な人と操体を通じてお付き合いがありました。
その中でも、操体の勉強が長く続いている人には共通点があります。
「操体を損得勘定で考えていない」のです。
ある方が「(何事も)一人前になるには、桃栗三年柿八年で、十一年」と言っていました。
これは、確かだと思います。
損得勘定で考えると
「二年勉強すれば独立開業して稼げるかな」と、思うので「十一年」と聞くと「え?そんなにかかるの?」と驚きます。
なお、十一年しなきゃ開業できないというわけではなく、その道のプロになるなら、それくらいの覚悟は必要だよということです。念のため。
例えば鍼灸師や柔道整復師にせよ、三年は学校に通うのですから、そうでない場合は、それなりにかかるはずです。
20年位前、三浦先生の講習に参加しているのは、鍼灸師や柔道整復師などの有資格者が殆どでした。実際に免許を持っていて、開業しているので、東洋医学や整形外科的な基礎知識はある。患者さんも診ている。そういう方が参加していたのです。
三浦先生は50年以上、半蔵さんや岡村さんは20年以上、三浦先生の講習や個人レッスンや勉強会に参加しています。友松さんや日下さんも相当長いです(更に言えば、この方々は、操体の勉強の前に、国家資格を持っていたり、専門的な仕事をしていたりと、すでにその道のプロでした)。
この方たちは、操体を損得勘定で考えているのではなく、好きで、勉強したいから、勉強しているのです。
これが、原始感覚です。
好きか、嫌いか(快か不快か)。
正しいか、正しくないか。損か得か、でモノゴトを考えて生きると、苦しくなります。
昔から、手技療法や職人とかアート系の世界で言われるのが「何年でメシが食えるようになりますか」と聞く奴は成功しない(やりとげられない)ということですが、これは確かです。
操体は、損得勘定で勉強しないことです。
損得で考えるのならば、世の中には、テクニックで上手い商売をしている人はゴマンといますので、そういう人のところに行けばいいし、短期間で操体のテクニックを教えてくれるところもあります(ほぼ第一分析ですが)。
また、操体の勉強が辛くなる人がいます。
私も何人か見てきましたが、辛くなるのは、自分が期待していたよりも、操体の習得には気長な姿勢が必要だからです。
操体の勉強が辛いのなら、やめてもいいんです。
辛いのは、自分を偽っているからです。
操体が好きなのではなく、操体を覚えるとトクしそうだから、とか、治療家は感謝されそうだからとか「損得」「正しい正しくない」あるいは「他者の評価」という理由で、操体を選んでいるからです。
なんか知らんけど、好き。
この辺りが、免疫力にも関係あるな、と私は睨んでいます。

一週間ありがとうございました。
明日からは三浦寛先生です。
逆に「ああ、免疫力が下がるよね」という時もあります。
このご時世ですから、イヤなことや面倒くさいこと、本当は行きたくないのに行っているところなどは「コロナ」のせいで「行けません」ということができます。言い訳としてはまっとうですし、文句の言いようがありません。
それはそれでいいとしましょう。
しかし、それをダシに使われると免疫力が下がります(笑)。
例えば、予約が入っていて「家族が(コロナが危ないから)行くのを許してくれませんので行けません」という連絡が、当日入ります。
そりゃ仕方ないな、と思うのですが、その後、ついうっかりSNSとかでその人が
「家族みんなでお出かけしました!○○が美味しかったです!」
みたいな投稿を見てしまうと(見なきゃよかった)、
やっぱりちょっとがっくり来るし、免疫力が下がりますよね(苦笑)。
しかしまあ、人それぞれ色々な事情があります。
その人が、何を大事にしていて、何を切り捨てるかは自由ですから。
それは仕方ありません。
また、コロナ禍以降、連絡がとれない方もいます。
多分、コロナ禍を機に、操体とは離れてしまったのかもしれませんし、他の理由があるのかもしれません。
それも、その方の生き方だからです。
それはそれでいいと思うし、それが免疫力にも繋がってきます。
私自身ですが、操体歴は26年ですが、三浦先生の門下に入って18年になります。
私は入門した当時、既に操体で開業しており、講習もやっていました。
そもそも、三浦先生の講習に参加するために、それまでのパートナーシップを解消(つまり、三浦先生の講習に参加するのは許さない、と言われたので)まあ、色々な理由もあるのですが。
覚悟を決めて離婚したわけです(笑)。
真似しろって言ってるわけではありませんよ勿論。
私がヘンに決まってるからです(笑)
そんなことするヤツ他にいませんから(笑)
というのは、私が操体を勉強したいと思ったのは、三浦先生の本を読んだからですし、最初に操体をならった先生が、三浦先生の受講生の筋だったこともあります。
今思うと、すごい根性だな!と自分でも思います。
そういえば、入院した際(あと一日遅かったらICUと言われた)、歩けるようになって外出許可が出た時、病院から講習に出てました(真似しなくていいです笑)。
その後はお陰様で、操体の勉強を地道に続けています。
あれ?私ってこんなに操体と生きてるんだな、と書いていたら、免疫力が上がってきたような気がします。

私は、紙の本も読みますが、最近は電子本(Kindleが多い)を読んでいます。
読書は、色々な意味で免疫力をアップさせますし、読書は私の生活には欠かせないものです。
世の中には「紙じゃなきゃダメだ」という人もいますが、私は「人間、年をとったら電子本だ」と言っています。
勿論、電子本になっていないのは、紙の本で読みます。
理由はいくつかありますが、
・マンガはかさばる&場所をとるので、電子本が良い
私のように「あ〜っ!これ持ってたのに買っちゃった!」みたいなことは回避できます。というのは「お客様は○月○日にこの本を買いました」的に知らせてくれるから。
・Kindle(Amazonの電子本専用のリーダー)のPaperwhiteという端末は、読書専用にできています。なんと、眼が疲れないのです。質感が紙に近く、また、ページをめくる感じも紙本に近いものがあります。
一番の理由は、文字サイズを自由に設定できること。
軽いし、目に優しい。
それこそ、先入観などを持たずに試していただきたいと思います。
しかし、たまには普通?の本を読みますが、文庫本などは、さすがに字が細かくて読みにくくなってきました。私はド近眼なので、「オトナのおめめ」になるのは同年代の視力のいい人に比べると全然遅いのですが、「いやついにきたか」みたいな感じです。
と言っても、私は元々がド近眼&コンタクトなので、コンタクトレンズをした上で、1.0か1.5のリーディンググラスをかけただけでも「おおっ」と驚く程細かい文字がクリアに見えます。1.5だと強すぎるくらいですね。

そして、やはり100均で売ってるのは何だかイヤだったので(ちゃんと見えるけど)きちんと測って買いました。
実行委員の岡村先生も「100均で買ったのを使う自分がイヤです」と言っていましたが、そのとおりです。あと、安いと思うとすぐ紛失しちゃいますよね。
その昔「100均でパンツ売ってる!」と喜んでいた人(♂)がいたので、「もし彼女が100均で売ってるブラパンだったらどうだ」と聞いたら「それはイヤだ」というので、「なんだと?自分は100均のパンツでよくても、彼女はダメとは!たわけ者め!」「だから、100均でパンツ売ってるからといって、喜んではいけないのだ」と、説教をこいたことを思い出しました。。
これも不思議ですが、ちゃんと測って作ったほうがクラクラしたりします(笑)
周囲にきいてみたら「ちゃんと作ったヤツのほうがくらくらする」という人が多くて不思議でした。
なお、補足しておくと、私は100均は大好きです。
たまにめちゃめちゃ便利なものとか売ってますよね。
自分で言うのもヘンですが、好きなことは長続きするタイプです。
操体がこれだけ続いているのも、好きなんでしょうね。
畠山は幼少時から仏像と人体図間が好きな妙な子でした(今でも好きです)。
親が期待するようなことは全てパス(笑)して今に至りますが、数年前、遂に念願かなって、国際東京仏教塾に入塾、私よりもはるかに仏教マニアなお兄さん、お姉さんと一緒に、仏弟子としての修業を積みました。
うちの親は、仏教塾から届いた「入塾通知」の封筒を見た時、変な宗教に入ったのか?!と、焦っていました(笑)。
まあ、積んだといっても別に永平寺に2年いたとか、そんなすごいのではありません。
そして、曹洞宗で戒名を頂き、得度を受けて、在家得度者として本格的に仏弟子となりました。
ちなみに私に戒名を授けて下さった中野東禅先生は「在家得度はプチ出家」と言っておられます。
プチ出家入門―少しだけ捨てて楽に生きる方法 (日本語) 単行本 – 2006/7/1
中野 東禅 (著)
「ちょっと坐禅でもやってみるか」というのも、立派な動機。そういうところから、入るのでもいいんです。
さて、タイトルに戻りますが、お経って、読んでいると気分がよくなってきます。これは本当に不思議です。確かに朝、きもちよくお経が読めると、本当に気持ちがいいものです。
お経すごいぜ!
私は毎朝時間があれば、ワンセット?読経していますが、最初は声がでなくても、うまく読めなくても、だんだん慣れてきます。
曹洞宗は結構作法に厳しいのですが、例えば経本の持ち方なども決まっています。「型や作法は面倒で縛られているみたい」という人もいますが、操体と同じで「型や作法があるから、自由になれる」ということも感じます。
私の人生にとって、猫はなくてはならない存在です。
まさに No Cat, No Life! なのです。
それは何故かと聞かれれば「癒し」に通じるからとしか言いようがありません。
そして
コロナ禍で、保護猫の引き取り手が増えているそうです。
https://forbesjapan.com/articles/detail/35718/2/1/1
https://forbesjapan.com/articles/detail/35720
猫は、ネズミから経典を守るため、仏教と共に日本にやってきました。
猫は「ネズミをとる」ために飼われていたのです。
犬は昔「番犬」として飼われていたのが殆どでした。
今はちょっと違いますよね。
実益的な関係よりも、存在によって癒されるという関係になってきたんです。
そして、家から一歩でると「濃厚接触してはいけません」と言われます。
多分世の中には、ハグでエネルギーを得ている人もいると思うのですが、そういう場合、今の世の中は、本当に大変です。
こういうとき、もふっとしたのを「よいしょ」と抱っこし(抱っこされたほうは、たまに「やめてー」とか「はなしてー」と、抵抗したりしますが)においを嗅いだりすると、とっても心が安らぐというわけです。
猫は、いいにおいがします。
あと、仲がよい猫なら、しぶしぶですが、肉球を触らせてくれます。
この「肉球をぷにぷにする」というのも、心が安らぎます(人間は安らぐけど、猫はどうでしょう)。
猫は、すごいセラピストなのです。
そして私は今日も「猫ちゃんたちのご飯代をかせぐぞ~!」と気合いを入れるのです。

今年の4月から、毎朝体温を測っています。
最初はバレットジャーナル(ノート)につけていましたが、途中から、はたと気がつき、iPhoneの「ヘルスケア」にも記録することにしました。
デジタルとアナログ、両方に記録をつけているという次第です。
https://www.apple.com/jp/ios/health/
これは何がいいかというと、グラフ化してくれるのと、平均がわかることです。いわゆる「見える化」ですが、見えるとよく分かるし、続くようになります。
また、今回の10万円で、AppleWatchを買いました。
アメリカで買えば、心電図も記録できるのですが、日本では心電図計測機に関する法律があるので、心電図は測れません。心拍数は測れます。
また、睡眠の質などを記録することもできます。
まあ、元々欲しかったのですが、健康管理を理由に導入しました。
転倒して数分間動かなかったら、指定の人にアラームが届いたりもします。
これは「楽しいガジェット」というよりも、健康管理を大義名分にして買うといいかなと。
中には「離れて暮らす親につけさせている」という人もいるようです。
面白いのは、ずっと座りっぱなしだと「1分間立って歩きましょう」とか、根を詰めて呼吸が浅くなっていると「深呼吸しましょう」と、教えてくれることです。
先日、フォーラムの実行委員の会議で、Yさんから電話が来た際、iPhoneではなく、Apple Watchで電話を受けていたら、横で見ていた岡村さんが「ウルトラ警備隊だ!」と言っていました(Apple Watchを持っている人同士で、トランシーバーアプリが使えます)。
AppleWatchを電話として使うには、セルラーモデルを契約し、iPhoneとリンクさせて使います。残念ながら着信音は選べませんが、驚く程便利です。
ワークアウトというアプリもあるので、自分で自発的に運動する自信がない人は、アプリに手伝ってもらうのも手です。
こんにちは。畠山裕美です。一週間よろしくお願い致します。
今回のブログのテーマ「この時代の暮らし方・私の免疫力アップ法」です。
実はこのテーマを提案したのは私ですが、東京操体フォーラム実行委員が、どのようにこの時代を、操体的に工夫しているのか、ということをご紹介しようと思ったからです。
いままでの実行委員の執筆を見ても「心の持ちよう」が大事なんだなという感じがします。
私は元々テレビは見ないのですが(誰かが見ていたらまあ、見るという感じです)、たまに見ると、本当に気が滅入るようなことしかやっていません。
家族はワイドショー的なものを終日見ているので「やめたら」というのですが、何かと理由をつけて見ています。まあ、これも個人の選択なので、仕方有りません。
というわけで、もっぱらAmazonプライムとか、Netflixとか、Disney+とかのお世話になるわけです。
私の場合は「鬼滅」と「鬼灯の冷徹」を繰り返し観るとか、アベンジャーズを時系列順に見直すとか、自分の気分が晴れるものを選んでいました。目の前の現実を観ないのかと言われそうですが、テレビのニュースやワイドショーの報道が、全て正しいとは限りません(報道は、かなり規制されています)。
若い人はテレビではなく、ネットのニュースを見ているので、比較的冷静に見えます。
怖いのは、テレビばかりみていて「テレビで言っていることは正しい」「お上の言っていることにウソがあるわけがない」という世代です。
今回の都知事選も、テレビに一番出た人が勝った、という感じがします。私は前回も現都知事には入れませんでした。
テレビしか観ない人は、多分「女帝」とか読まないのではないかと思っています。
それは「本は眼が疲れるから」とか、そんな理由です。それで本は読まないのに、テレビは観るのです(あ、文句になりましたね)。
ワイドショーは観ない
何かあったら反対意見もチェックする
というのが、心理的環境を守る一つの手だと思っています。