投稿者: karib_sotai

  • 日本的あいまいさ(融通無碍)

    エビデンス、コンプライアンス、コストパフォーマンス、現代における行動文法である。

    これらの特徴は、わかりやすい、想定外に対応しにくい、パターン化する、である。

    これらを徹底すれば、社会は乾く。

    もはや戻れない戦後の昭和社会を懐古する気もないが、あの時代はまだ日本的あいまいさのバランスが取れていた。論理から見ればいいかげんだが、本質は良い加減を指向していた。

     

    今、新しくこれを求め再構築するとすれば、ダイバーシティーを認める事であろう。

    その前提として、個の確立がある。

    この個がどういうものか?

     

    私は、individualではないと思う。

    己事究明して出逢う自分であると思う。

    日本は、グローカルな国であって欲しい、と切に願う。

  • シンパシーとエンパシー

    日本は和歌に代表される情感の国である。

    意気に感ず、しかし、心は移ろう、人は心変わりする。

    だから、気持ちで動くことは時に危い。

    社会を公平にするには、ルールを細かくして、それを守らせるしかない。煩雑にはなるが、それによって個人は自由を得る。

     

     自分の言いたい事を表現できるということは、他人の事を理解できるということ

     自分が救われないと、人も救えない

     自分のためにやっていることが、人のためにも役立っている、それが一番長続きするやり方

     個(主観や自分)というものが育っていないと、人と共有できない

     

    「人の立場で考える」というが、結構難しい事だ。

     

  • Physical

    Physicalには、①物理的な、②身体の、(他に、自然の)という意味がある。

    人間のからだに携わる者として、

    「物理的な」と訳すと、人間を剛体として捉えて、運動学→バイオメカニクス、という方向に進んで行く。学問としては、おもしろい。その向こうにロボット工学がある。

    私は、個人的には「身体の」と訳したい。血の通った生身の人間の感触がある。

    ところで、身体という言葉は、明治期の造語であるという。それまでの伝統的な日本人のからだ観を表現する言葉は「身」であったそうである。

     

    身におぼえ・身の丈・身なり・身のほど・身につく・身にあまる・身のため・身をよじる・身の毛がよだつ・身も心も・身の代金・御身大切に・身につまされる・身を立てる・・・・・

     

    これらの言い回しの中に含まれる、目に見えないが確かに掴んでいる本質的なもの。

    体の奥に在る、或いは体に重なって在る、霊性を持った実体としての「からだ」、その声を聴かなければならないのだろう。

  • 正と歪、正体と歪体

    歪体というものをどう捉えるか考えてみた。

    東洋医学では、正気(真気)と邪気という言葉を使う。

    邪というものを字源から解釈すると、牙+阝で、牙は動物のキバのことであり「歯牙にもかけない」などと使われる。この牙は、くいちがいを意味する。

    この立場から身体を観ると、背骨の配列異常や関節アライメント異常、という姿が浮かび上がって来る。

    一方、邪を和語から解釈すると、音で写してシャ斜となり、ななめ、傾きを意味する。

    この立場から身体を観ると、頸や体幹の傾きや捻れという姿が浮かび上がって来る。この身体の傾きは、橈み(たわみ)とも言える。橈みは、しなりでもある。「竹刀」は、昔は「橈」と書かれたそうである。

    こうして見て来ると、歪を「ひずみ」と読めば、他力的に全身のアライメントを調整することを想起し、「ゆがみ」と読めば、自力自療の動きにより、橈みをもって矯める、となる。

    橋本先生の遺された文章を読めば、操体の草創期には、この両方の考え方が刻まれている。

  • 正しい

    ※テーマは「私のズッコケ操体クロニクル」です。

     

    正という字は、一に止むと書くというが、唯一絶対というものは、時に困ったものとなる。

     

    正常歩行という考え方があるが、これは異常歩行に対する規範、標準であり、絶対的に正しい歩行(歩容)がある訳ではない。

    歩行マニュアルを読んで歩ける様になった人がいるだろうか?誰もが生得的に発育しながら獲得した歩容のはずである。そして、それぞれに個性的である。そこに良い悪いはない。

     

    ただし、エネルギー効率の良い歩き方とか障害を起こしにくい歩き方というものはある。

    その人なりにバランスがとれていて、痛みなく歩けているのであれば、医療的介入は必要ない。

     

    患者さんから「正しい〇〇の仕方を教えて下さい。」と言われると、私は閉口する。

    橋本先生は、いつも「間に合っていればいいんだ。」と微笑んでおられる。

     

  • 「私のズッコケ操体クロニクル7 ~ありがたいものに気付いていく~」

    これまで書いてきたような自身の操体の歴史を振り返ると、学び始めた数年間の間はずっと臨床に活かせる技術の習得に意識が向いていました。

     

    それがいつからか自分がいかに健康に生活出来るか、そしてそれをどのように指導していくかに意識が変ってきたのでした。

     

    現在の私にとっての操体は「健康学」であり、「人生学」でもあります。

     

    操体の中の「操体法」のように私にとっての臨床はこれらのほんの一部分になってきたのです。

     

    そういった意識の変化の中で掴んできたことは当たり前に出来ている命の営みに対するありがたさだったと思います。

     

    今になって感じていることは「呼吸」にしても「動く」ということにおいても、それらを知れば知るほど、そのありがさを感じることが出来るということです。

     

    そしてそのありがたさを臨床の中で患者に気付かせていくことも操体の務めだと最近は強く感じています。

     

    一週間お付き合い頂きありがとうございました。

     

    明日からは半蔵さんが担当致します。

     

    お愉しみに。

  • 「私のズッコケ操体クロニクル6 ~触れない臨床の中で起こったこと~」

    呼吸の重要性とその深さは現在も私の学びのテーマとなっていることですが、触れない臨床を学び始めた当時の私はまだその深さを知る由もありませんでした。

     

    ある程度教わったことの範囲内でただ思い付きに任せて様々な問いかけをしていったのですが、果たしてそれが本当にからだの要求に適っているのか?あの時見た三浦先生のものに近づいているのか?

     

    そんな葛藤と向き合う日々が続いていたのですが、それも次第に「この方向性で間違いない」と思える臨床の機会に巡り合えたのでした。

     

    それは2年位前だったと思いますが、2,3回診たことのあるリュウマチ持ちの患者から遠隔での治療を依頼されたことがきっかけになったのです。

     

    その患者にはそれまでの臨床の中で様々なアプローチをしましたが、何をしても「何をされているのかよくわからない」ということを言われていたので依頼自体にも驚きがありました。

     

    しかし当時の私は触れないということを患者のからだが望んでいると思い、触れない臨床を引き受けることにしたのでした。

     

    その時に私が問いかけた内容は割愛致しますが、結果的にその後の実際に触れる臨床の中できもちよさを聞き分け、自然にそれを口にするようにもなったのでした。

     

    こういった経験が出来たことでそれからの私の臨床、そして学びの中でも「呼吸」というものを大切にすることが出来たのだと思っています。

  • 「私のズッコケ操体クロニクル5~呼吸との向き合い方~」

    私がちゃんとした形で三浦先生の触れない臨床を目にしたのは昭和女子大学で開催されたフォーラムが初めてでした。

     

    私達、実行委員はともかく一般参加者からすれば信じられない光景だったと思います。

     

    ただ確かにモデルになった女性も変化した実感がある。

     

    それがちゃんと臨床として成立していることに驚きと感動がありましたが、ただそれを遠い世界のものとしては当時の私は捉えていなかったように思います。

     

    もしかすると先日書いたような臨床の中でのきもちよさの共有が理解出来ていなければ自分が出来るものではないと思ったのかもしれません。

     

    しかしそんな臨床もこの学びで得られたことをものにしていれば可能になるという確かな自信と確信があったのでした。

     

    それから暫くし、私にもそれを実践する機会が得られたことで、また臨床に対する捉え方が変化していったのでした。

     

    その変化で掴んだことは、からだを通じてきもちよさを共有するための呼吸のやり方(通し方)です。

     

    それまで呼吸に関しては自身のからだの中での関わりという捉え方でしたが、それがからだだけでなく、自分以外のものとの繋がりを意識するようになったのでした。

  • 「私のズッコケ操体クロニクル4 ~正当なからだの使い方の中で~」

    昨日の続きになりますが、皮膚の学びの中で操者と被験者の「快の共有」をつかんだことで、動きを行う臨床の際にも同じ意識感覚で取り組むことにしました。

     

    その意識を第一に臨床に望んだことで大きく変わったことは、からだを主体にした臨床の組み立てが出来るようになってきたこと、そして臨床の中で自身のからだが大きく変化してきたことでした。

     

    そんな変化の中で臨床そのものとの向き合い方も気が軽くなったことも覚えています。

     

    それまでの自分の臨床の向き合い方は「やったらやった分だけ良くなる」という感じが心のどこかにあり、患者のからだの為に常に気を張っていたように思います。

     

    それが次第に臨床も自分の意識が変わったことで、自身のからだが臨床の空間を愉しみにし、癒しの場として望んでくれるようにも感じました。

     

    そういった意識とからだの感覚的な変化の中でわかったことは操者が正当なからだの使い方が出来なければ、きもちよさを、そして感覚を共有することは出来ないということでした。

     

    つまり般若身経の習得が出来なければ、患者に指導することはもちろん、実際に患者が動いて感覚を聞き分けることは出来ないということがわかったのでした。

     

    そんな操体の片鱗が垣間見えた時の感動は今でも忘れられません。

     

    この気付きは私にとってかけがえのない財産となり、それからの私は般若身経の習得と正当なからだの使い方の中での感覚の学習に軸にしていったのでした。

     

    そしてそれと並行し、次のステージである空間を介した臨床の学びに足を踏み入れたのです。

     

     

     

     

  • 「私のズッコケ操体クロニクル3 ~介助・補助の練習の中で見えてきたこと~」

    「患者が動けないのは操者が悪い」

     

    当時のこの三浦先生の言葉と向き合いながら、講習だけでなく、実際の臨床でも実践出来る動診の介助、補助を身に付けることを一つの目標にし、心機一転この学びと向き合おうと決心したのが3~4年経った時でした。

     

    介助の手の使い方をお風呂の中でもイメージ出来る位にいつもそのことばかり意識を向けていたように思います。

     

    畠山先生からいつも「三浦先生になったつもりで」という助言も力になり、実践でも出来るかなという手応えを感じ始めた時に、身近な人達を相手に練習を兼ねた臨床に望むようにもなりました。

     

    しかし自分の望んだ結果が出なかったことの方が多く、失敗の理由と解決策もずっと分からない中、講習では次のステージである「皮膚の操法」に移行しました。

     

    動きに対するもやもやした感じがぬぐえない中で、皮膚の学びは最初すんなり入っていけませんでしたが、この学びの中で掴んだことが後に動きの介助・補助の理解に繋がっていったことは鮮明に覚えています。

     

    そこで掴んだことは動きに対するアプローチの中で自分に足りなかったものとそれまでの学びの中で掴んできた点を線にしてくれたように思います。

     

    その足りなかったものの一つは臨床の中で「きもちよさの共有する」ことでした。