投稿者: karib_sotai

  • 私のセルフケア④

     健康の維持や病気の予防をするために、そのセルフケアとしてヨーガを実践している方も多いと思う。 しかし、ヨーガで体位法が発達したのは、健康や美容のためではない。 体位法の本来の目的は、良い姿勢をつくるためである。 この姿勢が間違っていると、深い禅定へ入ることができない。 その禅定に入れないと、ヨーガで求める瞑想はできないからである。

     

     ほんの僅かでもからだが歪むと、精神集中に支障がでる。 その歪みのために神経が渋滞して、完全な精神統一を妨げることになる。 インドのヨーギ(瞑想行者)たちは、現代人の想像をはるかに超えた境地を、狙っていたのである。 古代のヨーガ経典には、厳正な姿勢と呼吸とによって、圧倒されざるを得ない高い境地にはじめて到達し得る世界だと記されている。 

     

     この経典に記されている歪みのない姿勢というのは、全身の筋肉のどこにも凝りがないことである。 つまり血液循環が、完全無欠の状態であり、脳脊髄からからだの抹消に至るまでの全神経が、最高に活躍できることを言っている。

     

     ヨーガでいう 「悟り」 とは、全神経の所産であるとみたヨーギ(瞑想行者)たちは、このような姿勢を極度に大事にしたことから、ヨーガの体位法は発達してきたものである。 姿勢はこういった体位法などでも矯正されるかも知れないが、日常生活においては、寝ていても、起きていても、姿勢はいつでも随伴するものなので常平生のセルフケアの方がより大事なことと言える。

     

     姿勢のセルフケアにおいて、まず寝る姿勢に注目したい。 寝る姿勢については、「仰臥位」、すなわち仰向きに寝るのが、人間にとって自然な寝姿である。 犬や猫は横向き(側臥位)に寝ているが、それは人間と違って、竹かごのような肋骨が背骨から縦に長いから、肋骨を横にして寝るべきだ。 しかし、人間はというと、直立した背骨からその竹かごのような肋骨が横に長いので、仰向きになって寝るのが自然である。 卵でも、安定させて置くには、縦に立てるのは難しいが、横に置くのはやさしいだろう。

     

     ただし、からだの調子によっては、横向きに寝たいときもある。 こういった場合、大抵は、病患が起こっている側を、上にして横になるものだ。 上位の側の方が、からだの重さがかからないので血液循環が良いからである。 もし子どもが、片方だけを下にする癖があるとすれば、その上側に病患が起こっているものとみて間違いない。 また夫婦が共にするベッドなどでも、ときには左右の位置を交換しないと、夫婦とも一種の片輪になってしまう。 このように一方だけを下にして寝る癖がつくと、その下側を弱化することにもなる。 意識的に気をつけたいものだ。

     

     寝る姿勢ケアでもう一つ特筆したいのは、「伏臥位」 、伏せ寝のことである。 動物たちと違って直立二足歩行をする人間にとって、腎臓が弱りやすいので、腎臓のためには、就寝前のセルフケアとして、5分間はこの伏せ寝と仰臥位での腹式呼吸15分をセットにして、私は行っている。

  • 私のセルフケア③

     呼吸によるセルフケアとして 「仰臥位での腹式呼吸」 というものを昨日述べたが、今日はその詳細な内容について話してみたい。 私自身の呼吸によるセルフケアの目的は、免疫力を高めることにあると、昨日述べた。 

     

     ここでいう免疫力というのは、細菌やウイルスに効果的な抗体をつくる 「獲得免疫」 のことではない。 獲得免疫のような特定の病原体に対する強さではなく、全般的なからだの抵抗力や丈夫さをつくっている 「自然免疫」 のことである。

     

     たとえば、新型コロナウイルスの感染によって重症化する人としない人がいるこの差は、その人が持つ自然免疫の強さによって決まってくる。 日常的な風邪のひきやすさや、癌などの発症リスクを大きく左右するのもこの自然免疫の働きである。

     

     そのような自然免疫を高める条件は、リンパ液の流れをよくすることである。 リンパ液の流れが良くなると、リンパ球やマクロファージやアルブミンが体内を再循環して、異物の排除に強力に働くことができるからだ。 ではどのようにしてリンパ液の流れをよくすることができるのか? 

     

     まず、「仰臥位」、すなわち仰向けになるだけでリンパ液の流れがよくなるのである。 何故ならからだに約2ℓあるリンパ液のうち、脚と腹部で全体の80%を占めており、そのリンパ液はいったん腹部にある 「リンパ液の貯水槽」 に溜められる。 

     

     この貯水槽を 「乳糜槽(にゅうびそう)」 と言い、横隔膜の下、臍のすぐ上あたりに袋状の伸縮自在な袋が存在している。 この乳糜槽はリンパ胸管につながっており、うまくここにリンパ液を送り出すことができれば、リンパ液の流れが促進されて、静脈へと流れ込んでゆく。 

     

     ところが乳糜槽は下腹部にあることから、からだを起こした状態では重力の影響を受けて、効率よくリンパ胸管にリンパ液を流すことができない。 そこで仰向けになることで乳糜槽からリンパ液が流れ出し、その流れが促されることになる。 

     

     このリンパ液の流れをもっと勢いよく流しだすことができれば、リンパ液の流れを加速させることができる。 そのためには、その仰向けの状態で腹圧をかける、つまり、腹式呼吸を行うことで、リンパ液は勢いよく流れだすことができるのである。

     

     腹式呼吸は肺に深く息を吸い込むことで、肺の下にある横隔膜が下方に押され、腹部が膨らんでくる。 その息を今度は腹部が凹むほど吐ききることで、深い呼吸ができることになる。 これは横隔膜を下方に押し込む呼吸法なので、横隔膜の下にある乳糜槽からリンパ液の流れを促すには、とても都合のよい呼吸法と言える。 1分間に2~3呼吸を15分ほど、ただし、食後、2~3時間経ってからがよい。 それを日課としてこの呼吸法を行えば、鬼に金棒のセルフケアである。

  • 私のセルフケア②

     私自身のセルフケアの中で、絶対に外せないのが 「呼吸」 である。 人間の呼吸については特に注意しなければならないことが多くある。 私は身近にいる犬や猫が呼吸しているのを長年にわたって観察を続けてきた。 人間と犬や猫の呼吸を比較すると、大きな違いに気づく。 それは犬や猫は必ずからだ全体で呼吸していることだ。

     

     犬や猫の呼吸は、腹部全体が十分に膨らんで、そして縮んでゆく。 屋根の上で寝ている猫を見上げれば、腹全体で呼吸している動きが、少し離れたところからでも見てとれる。 人間の場合は、すぐそばへ近寄って見ても、いつ吸って、いつ吐いているのか分からない。 まして犬猫のように腹まで動いて呼吸している人は殆んどいない。 人間の呼吸がいかに浅いのかが実感できる。 

     

     人間社会においては、結婚をして引っ張り合わなければならなかったり、会社に行って揉み合わなければならなかったり、子どもができて教育しなければならなかったり、自動車を持てば保険もかけなければならなかったり、また、自分の葬式の費用まで用意しておかなければならなかったりする。 本当にイライラすることばかりである。

     

     これでは呼吸が浅くならないはずがない。 この呼吸というのは自律神経の最もよく働いているところであり、人間の感情に直結している。 心配すると浅い呼吸になり、怒ると荒い息になり、驚くと吸う息に力が入り、落胆すると吐く息に力がこもる。 賛成だと思うと息が長くなり、不賛成だと思うと息が短くなる。 泣くと肩先で息をし、笑うと腹で息をする。 

     

     このように呼吸は、人の感情を的確に表現している。 それに比べて動物たちはというと、結婚もしないし、会社にも行かないし、子どもを学校にもやらないし、保険もかけないし、また墓も立てないので、のんきな生涯である。 それゆえ動物たちは悠々と呼吸をすることができるのである。 故に天寿を全うできるのだ。

     

     人間は生理学上、最低でも125歳まで生きられるというのに、ほとんどの人がその半分位あたから病気になって、健康寿命を続けることができない。 そして大半が100歳を待たずしてくたばってしまう。 しかし、今さら頭脳が発達してしまった人間に、動物たちのような生き方を奨励するわけにもいかない。 

     

     そうなってくると、どうしても呼吸法を習得して、心配とか怒りの感情を平安な感情に変える必然性が生まれてくる。 そのようなセルフケアのテクニックとして私は、座位で行うのではなく、「仰臥位での腹式呼吸」 を実践している。 しかし、この仰臥位での腹式呼吸による本当のねらいは免疫力を高めることにあり、単なる肺呼吸に伴って行われるガス交換に止まらない。 その内容については明日につなげたい。

  • 私のセルフケア➀

     今回は 「セルフケア」 という動物の本能とも言えるテーマだ。 私個人のセルフケアに入る前に、人間のセルフケアそのものの必要性について触れてみたい。 

     

     野生動物は殆んど病気をすることがないのに、人間ばかりが病気に苦しんでいる。 同じ地球上に棲む動物であるのに、まことに不公平なことではないだろうか。 これにはきっと何か理由があるに違いない。 主に人類だけが病気になるなんて、とてもじゃないが納得できない?

     

     ライオンは強靭な牙を得て、キリンは長い頸を得て、鳥は大空へ飛び立つ翼を得て、人間はというと、頭脳というものを得ることができた。 そしてその頭脳が 「文明」 を誕生させ、野生の動物界からは大きな距離をつくることになった。 このような文明の進歩は確かに人類の暮らしを豊かにさせたように見える。 

     

     しかし、その文明は同時に人間が病気に苦しむ素因であることも事実である。 人類は頭脳を得て直立二足歩行によって、からだの中心である 「腰」 が歪んでくる。 人類が直立するようになってから、60万年も経った。 しかしながら人類の先祖が、魚やトカゲや野生の哺乳動物であったのはその何千倍も長い期間だった。 時系列の流れから言うと、人類が直立するようになったのは、つい最近の出来事なのである。

     

     人類が抱え込む病気の悲劇は、ちょうどこの時期から始まったようだ。 人類の脊柱と骨盤の仕組みは本来、構造力学的に、直立二足歩行するようにはできていない。 馬や牛のように、四足歩行するのに最も安定する脊柱と骨盤の構造になっている。 もし、家屋をそのまま横倒しにしたら、梁が柱の役目を担うことになり、建物を支えることができなくなって崩れてしまう。

     

     人類の背骨も、元々は梁の役目として設計されている。 その梁が柱にされたのであるから、梁であった柱はその役目を担うことに無理がある。 文化生活に慣れ親しんだ人間の背骨を背後から眺めると、大抵は左右にS字弯曲となっているのが見てとれる。 そしてその85%は、骨盤の左側が上がり、右側が下がっている。 その理由は、過剰な右利き手にもかかわらず、左足に重心が移動していないからだ。

     

     野生動物で人間のような背骨の歪みを目にすることはまずない。 食卓においても、背骨の曲がった魚を見たことは未だかって一度もない。 背骨の歪みが起こると、脊椎骨の変位によりその中を走る脊髄神経が圧迫されて動物としての活動が鈍ってしまうことになり、体内を巡る血液循環を阻害することになる。 このように疾病原因の一つは間違いなく背骨の歪みである。

     

     我々が人類であり続ける限り、背骨の矯正に日頃から努力しなければ、必ず病気を発症させてしまうことになる。 もし、この努力をするのが嫌だというのなら、野生動物と同じように四つん這いになって歩けばよい。 歪んだ背骨の矯正という、こういった努力こそが 「セルフケア」 と言われるものであり、文化的生活をおくる人間にとって必須の健康を維持するための条件なのである。  

    明日からは私自身のセルフケアに入っていきたい。

  • それ、セルフケアなの?⑦

    ブロックとブロックの間にある継ぎ目、畳の縁、廊下の金属部分を

    踏まないように徹底する理由を思い出す、小学校高学年の頃でした。

    なぜ、こんなことをしているのだろう、そう思いつつやめられない。

     

    反省はするけれども、後悔をせずに生きていきたい。

    そう願っていてようやく実行できるようになった頃、意味のないこと

    に自分を縛り付けていた理由も納得し、その強迫観念も消えました。

     

    なにしろ小さい頃、祖母に悪いことをしていて見つかってしまうと、

    すぐに「お天道様が見ているのよ」と叱られました。

     今でこそわかることは、この「お天道様は見ている」意味ですね。

    それも、目に見えなくとも意識できているかどうか、と捉えること。

     

    結果至高主義ではなくて、経過を大切に生きていくこと。

    生まれ逝くなるまでのプロセス、絶えず肯定しながら生きるように。

     

    お天道様は、とてつもない力として存在している。

    その存在を意識すると、ワタシ自身のような人間も謙虚になれる。

    お借りして大切に育む「からだ」を通し、大きな力を持つのも可能。

     

    このことを感じる理由、全てにおいて操体の学びは繋がるのです。

    わかったことは、「生かされて生きている」その実感にあります。

     

    お天道様に恥じぬよう、学問として操体につながるように生きること。

    この宣誓は、私自身にとっては最高のセルフケアなのです。

     

     それでは、一週間のお付き合いどうも有難うございました。

     

    明日からは、日下さんの登場です。お愉しみに!

     

     

  • それ、セルフケアなの?⑥

    唐突ではありますが、DNAから「転写・翻訳」を経てタンパク質合成

    される過程のことを「セントラルドグマ」といいます。

     

    これは、すべての生物に共有する基本原理です。

    ワタシ自身もこの仕組みの上で生かされていて、この地球上に住む生物

    と共通の祖先を持つ証になるのです。

     

    分子生物学で最大の成果を言うのなら、生物は皆平等なこの事実です。

    単細胞生物も多細胞生物も、複雑な機能を持っていても、全て生物共通

    の基本原理に基づいている真理はここにあります。

     

    多細胞生物といえど、細胞一つ一つの協調性が極めて大切であり、その

    ためには情報の伝達は必須なのです。 

    東洋医学ではここに経絡を相応させました。

    その実態は未だ解明されなくとも、細胞間の情報伝達通路のようなもの、

    として捉えれば、目に見えなくとも非常に有効な説なのです。

     

    それにしても、うねうねうごくアメーバが如く、くねくねとうごく精子。

    では、ミトコンドリアはどんなうごきなのか、気になりませんか。

    人間の細胞内に「ミトコンドリア」がたくさん含まれています。

    今は細胞内器官でも、昔は人間と関係のない独立した微生物でした。

     

    もともと酸素は、物質を酸化していく毒物ですから、こうして生きて

    いられるのも、生体には毒である酸素をミトコンドリアが体内にあり

    エネルギーに変換しているからですよね。

     

    もう一つ不思議なこと。

    ワタシ自身の遺伝子の中にあるミトコンドリアの遺伝子は、もともと

    母親の細胞内にあったもので、父親のミトコンドリアは、1個もない。

     

    ある意味、父親よりも母親の情報を基にして生きていると言えますね。

    母性愛と言う言葉はあっても、父性愛とは辞書に載っていませんから。

    不思議なホントの母心を感じたいと、そう願ったりするわけです。

     

    不思議といえば、「息」をしていること。

    この空気という「間」こそ大自然のおっかさんではないでしょうか。

    いつでもどこでも、そこかしこにあり、今も包んで守ってくれます。

     

    交わる瞬間に感じる事は、その仕組みを皮膚と内臓と脳で感じること。

    感覚を学ぶこと自体こそ、生涯を懸けるセルフケアになっていますね。

     

     

  • それ、セルフケアなの?⑤

    皆さんは、どんなときに衰えを感じるのでしょう。

    え、老衰?そんなものはワタシから言わせたら個体差でしょうね。

    耳が遠いのも要注意です。眼もアレも自律神経毛細管内の血流改善です。

     

    普段柔らかく、必要に応じて硬くできるからこそ、自然な現象ですよね。

    頭も固いし耳も硬いでは困ります。まず皮膚にアソビを満たしましょう。

     

    昔から、四十腰、五十肩、六十膝とはよく言ったものです。

    腰のツボと言えば、命の門と書いて「命門」、志の室と書いて「志室」。

    いや、東洋医学の経穴は、納得できる名称を付ける経穴も多くあります。

     

     昔、東洋医学の勉強をしても「腎」の概念は興味をそそりましたね。

    「先天の精」と「後天の精」の間には、個体差の秘密も含まれています。

     

    例えば、二千年ほど前の書物に、「腎は骨と耳を司る」と記されています。

    トラブルにより「腎が衰えれば骨がもろく耳が聞こえなくなる」わけです。 

     

    腎臓は骨の成分カルシウムも、腸で吸収され活性型vitaminDが必要ですし、 

    腎臓の機能として、毛細血管の渦巻き「糸球体」が機能単位として存在し、

    螺旋の器官を「血管条」と言うのですけれど、これとほぼ同じ構造を持つ

    「血管条」は、耳の中にも存在して「濾過・分泌」に作用するそうです。

     

    耳がよく聞こえるには、内耳と外耳と中耳のバランス現象と、周囲の血液を

    新鮮な酸素で循環していることに加え、その「血管条」の働きで、内リンパ

    を産生して、リンパ液を分泌することも関係していたわけです。

     

    この意味は、腎臓と内耳に、ほとんど同じ構造物が存在する訳なのですから、

    薬剤の副作用であっても、薬剤の作用も、顕著にここに現れるのです。

    つまり、腎臓に毒性を持つ薬剤は、ほぼ内耳に毒性を持ってしまうのです。

     

    東洋医学では、なぜそのような事実を知らず、現代になってわかること

    を、既に理解できて記していたのでしょうか。

     

    目に見えていない、さまざまな働きを感じとる。

    瞬間に感じる違和感を忘れず、想像を創造にを巡らせ、学ぶことも私の

    セルフケアに繋がっています。

     

  • それ、セルフケアなの?④

    いまだに、誕生日のお祝いで年齢の蝋燭を吹き消すイベントが大好きです。

    「息」をいのちに掛けて、意味を実感する大切な味わいごと。

     

    それはともかく、大正昭和時代の初期にかけて活躍された「澤田健」と言う

    天才的な鍼灸師がいらっしゃいまして、その伝記のお話。

     

    「鍼灸古道を唯一の達人として奇験神治、その妙を極め、 その名声、天下

     に喧伝さるに至る。故にその治を請う者、上は大臣大将より、下は一庶民

     に至る」と、このようにあります。

     

    とても古典を研究された理論家であると同時に、超一流の臨床家でしたので

    名言や放言も多いのですが、「言うは知らず、知るは言わず」と豪語され、

    自らの著書は一切記しませんでした。

     

    なので沢田先生の臨床に常用された経穴(ツボ)も、不思議な取穴をされて

    「澤田流〇〇穴」と名付けられた特効穴も多いのです。

     

    そして対称に使わない経穴として、右手(神門穴)と左手(陽池穴)だけは

    非対称なのですけれど、操体を学んでいると理解できたこの経穴の真価は、

    とてつもなく大事だったのだなぁ、と理解できた現在こそ、学問の妙味です。

     

    結婚しようとしまいと精ある限り、永遠に右手は女房で左手は愛人ですから。 

    東洋医学の神髄、診断即治ではありませんが、「即」実践あるのみ。

     

    操体流といえば「ウソかホントかヤッテミロ」ですから、セルフケアに生かし

    先天の精と後天の精を味わいつつ、「息」実践の日々を味わっています。

     

  • それ、セルフケアなの?③

    一日に何回、自分自身と向き合っているのでしょうか。

    心に向き合い、からだに向き合い、意識に向き合う等々。

     

     ワタシ自身は、上から下まで鏡に皮膚を眺めるのが大好きです。

    見た目を気にする事はとても大切なことだと感じています。

     

    からだの状態を、顔から頭髪、臍から陰部、全体のシルエット。

    『今日も朝から元気だな、ここではないどこかへ、いっておくか』

    最も大事にしているのは、「からだ」から受け取る波動感ですね。

     

    皮膚と毛穴の清浄を保ち、皮毛もフサフサすることも、若還ること

    に繋がるように感じています。

    頭髪には「ジヒドロテストステロン」に「テストステロン」を変換

    する還元酵素があります。

     

    この還元酵素の活性が高ければ「ジヒドロテストステロン」の濃度

    が高くなり、結果として脱毛につながります。

    現実の頭皮は現実逃避でなく、皮膚を叩くのは今では禁物なのです。

     

    男性脱毛症は遺伝よりも環境要因のウェイトが高いと言われてます。

    お風呂では頭と陰部を丁寧に、叩くのではなく優しくいたわります。

    下のケアも上のケアも、皮膚のアソビを十分に満たすことです。

     

    そして、日々の趣味である嗜好品も節度を持ち、早寝早起きします。

    睡眠は「息」も「無意識」に繋がっていますから、最近は睡眠が最高

    の贅沢のように思えています。

     

    セルフケアも崩れ始めではなく、日々状態を良好に保つことですよね。

     

  • それ、セルフケアなの?②

    日々のストレスは避けられません。

    ストレスは無くすものではなく、速やかに解消するもの。

     

    鬱々悶々としてきたら、上から下へ、下から上への息抜き。

    ここではないどこかへ、とりあえずいってスッキリします。

     

    真冬でも湘南の海に浮かぶ倖せ。

    東に富士と伊豆の山、西に江ノ島越しの三浦半島を眺める。

     

    遙か昔から変化しない、雰囲気のある場所へ溶け込む至福。

    海水に直接、皮膚を交わっている快を味わう。(寒いけど)

     

    ただ割と寒さに弱い方なので、就寝には気を配っています。

    できるだけ化繊でない下着を身につけ、(素っ裸でもOK)

    頚はゆるいネックウォーマーと分厚いシルクの靴下を履きます。

     そして、湯たんぽを布団の中に入れて眠りにつける。

    寒い時はもう最高の「快」を感じるご褒美、極上の贅沢です。

     

    冬といえば、二千年前の東洋医学の書物「素問」によれば、人間

    の陽の気も陰の気も、人体の蔵である神に収め漏れないよう閉じ、

    ジっとする季節と言う意味になるようです。

     

    そういえば、我が家で飼っているリクガメも、冬眠してエネルギー

    の発散を防いでいますね。

     とは言え、人間の私もそのようにしているわけにもいきませんし、

    寒さも強すぎると気力負けするので、お風呂も汗をかかないように

    温もりをタップリ感じること、そのまま保温上手に。

     

    食事も温かくそして塩分を控えつつ、たまには骨を砕いて入れて、

    その髄を煮込んで作るスープはとても滋味溢れ、染みこむ感覚も

    舌の極楽、腹も極楽と、塩梅も良いですね。

     

    韓国人であった祖父の影響もあり、鶏の骨ごと煮込んで朝鮮人参を

    一緒に米と見るサムゲタンは大好物ですし、外食時には(今は難し)

    アッツアツの豚骨ラーメンも冬には良いですね。

     

    「からだ」もポカポカだと、「息」を吸うのも吐くのも倖せです。