投稿者: karib_sotai

  • 私のセルフケア7

    「からだの感覚をききわける」という学習により、

    自らのからだの変化を捉える閾値が変化していると感じています。

    毎日、自身のからだの変化を捉えることを意識して生活することで、今まで捉えていなかった変化に気づけるようになると感じています。これもセルフケアだと思います。

    小さな積み重ねとなる習慣が、何年か先の健康に繋がっているのだと思います。

    長寿社会の今、自らの健康にどう向き合うか?がますます大切になっています。

    一週間、ありがとうございました。

     

    明日からは瀧澤さんになります。お楽しみにお待ちください。

     

  • 私のセルフケア6

    操体法では動診という観察法があります。

    この動診で動きを観察する際に、介助、補助をし、からだの観察をします。

    この介助、補助を学び、実際に自分のからだで学んだことで、

    前回記載した「からだにききわける」とは?を実感していきました。

     

    この学習により、疲労感を感じた自らのからだにアプローチできるようになりました。

    自らのからだに感覚をききわけながら、セルフケアをしています。

    このセルフケアはからだの状態に合わせてなので、毎日決まったアプローチをするわけではありません。

    疲労や違和感を感じているからだの部位に対し、自ら感覚をききわけて、おこなっています。

     

     

     

  • 私のセルフケア5

    操体法を学び、「からだの感覚をききわける」という方法を学ぶ中で、今まで知らなかったからだの動きを体験しました。この体験により、私の肩甲骨の状態は変化しました。

     

    この変化により、肩こりや肩こりからの頭痛は、ほとんどなくなりました。

    作業や運動などで肩周辺の疲労を感じることはありますが、からだの感覚をききわけて知ったからだの動きを活用できるようになった今、疲労度を軽減するアプローチを自らできるようになったと感じています。

     

  • 私のセルフケア4

    操体法を通して学んだことに「ひかがみ」というからだの場所があります。

    ひかがみは、膝の裏を示すのですが、この部分を操体法では触診することがあります。

    ひかがみを触れて、観察することで、ひかがみだけではなく、全身を観察することを学びました。この視点を自らがもてるようになってから、足裏のアーチである土踏まずの状態の観察も大切にしています。

     

    自分の土踏まずをケアするために、竹踏みをしています。

    竹踏みをすると土踏まずのアーチを程よく刺激し、足の疲れが取れます。

    腓腹筋や足裏の毛細血管も刺激され、血液循環もよくなります。

    入浴前や就寝前に竹踏みを習慣にすることで、寒い冬も足が冷えて眠ることができないということはなくなりました。

     

    ひかがみの触診をとおして、局所の観察から全体をみる観察する大切さを学びました。

  • 私のセルフケア3

    冷えについて書いていますが、冷えの観察をするようになって重要性を感じているのは、感覚を大切にすることです。

    操体法では、一人一人のからだの感覚を大切にすることを学びます。

    この学びが「冷え」を観察する上でより役立っています。

    からだの感覚を意識する前と後では、観察している視点も変化していますので、

    観察で気付く内容もより細かいことに気付きます。

     

    冷えと入浴を例えにすると、

    入浴前と入浴後に体重を計ることで汗になった量も目視できたりします。

    私は、この量を目視し、自分自身のからだは水分を溜めやすい体質なのだとも知りました。

    毎日の日常でいかにからだと向き合えるかが健康寿命に繋がっているということを感じています。

  • 私のセルフケア2

    前回、自分の「冷え」を観察するようになったと書きました。

    日常で自分のからだの冷えを観察し、状況を把握するようになってから、からだを冷やさないためにすることを少しずつ日常に取り入れています。

    特別なことではありませんが、今まで習慣になかったことを取り入れるまでには、意識的に取り組みました。

     

    レックウォーマーやウェストウォーマーの着用、入浴は必ず湯船につかるなど、簡単な事ばかりですが、意識し取り組むことで、からだの変化を実感することが増えました。

    ウェストウォーマーを着用し始めた時に、気がついたら寝ていたという経験をしました。程よくあたたまったからだが気持ちよく、寝てしまったのでした。

     

    最近では入浴時にからだが冷えていると、入浴直後にからだの表面はお湯で温かいが、からだの中が冷たいと感じる事もあります。しばらく入浴していると、その差はなくなります。この感覚を感じるようになり知ったことは、入浴をしてもからだがあたたまっていないこともあったということでした。

    以前は冬時期の入浴で入浴直後であるにもかかわらず、寒くて震えていたことを思い出しました。当時はこれが当たり前になっていたので「冷え」について無頓着だったといえます。

    この状況を観察することで、その後に抱えることになる不調を事前に防ぐことにつながると感じています。

     

     

  • 私のセルフケア

    今日から7日間担当します、香です。よろしくお願いいたします。

     

    「私のセルフケア」が今回のテーマになっていますので、日々を振り返りながら書いてみたいと思います。

     

    今から十数年前、冷えや冷え性について考えるようになりました。

    それ以前は、自分のからだが冷えているとか、冷えていないということを考えたこともありませんでした。

    「冷え」について考えるきっかけになったのは、「私、冷え性なんだよね」という友人との会話の一言で、特別な理由ともいえぬことでした。

    友人との何気ない会話を通して、私は「私は冷えてる?冷えていない?」と頭の中で考えたのでした。

    その時は、その程度で終わってしまい、自分の状態がどうだったのかをその後追求するまでにはいたりませんでした。

     

    それから数年後、ひどく疲労を感じることが増えていました。

    この時も友人との会話で、私自身が疲労感が感じることが増えたと友人に話したところ、友人から「からだが冷えているから、冷え性を治した方がいいよ」とアドバイスされました。

    アドバイスに、冷えている?と疑問を感じている私がいました。

    私自身、からだが冷えているという認識はありませんでした。

    この出来事から、冷えとはどのような状態なのかを自分のからだを通して観察するようになりました。

     

    冷えを自分が認識できるまで、しばらくかかりました。

    特別なことではないのですが、自分の「冷え」という状態を認識したことに、私自身は新鮮な驚きがありました。

     

    セルフケアをするためには、自分の状態や状況を自分で把握することが非常に大切だと学んだ出来事でもありました。

     

     

     

     

     

     

     

     

  • 私のセルフケア⑦

     最終日は 「食」 についてのセルフケアである。 食と云っても食べることではなく、「断食」 というセルケアのことだ。 断食をする目的は、宿便の排除につきる。 健康体といわれる人でも、快便が毎日あるという人であっても、一般的な社会生活をしている人なら、例外なく宿便を持っている。

     

     先にも述べたが人間の寿命は、生理学上、125歳であるとわかっていても、その半分ぐらいから病患に陥り、健康寿命を続けられなくなる。 その理由のひとつは、宿便の仕業であるとみてよい。 この宿便というのは、腸壁に付着して一向に動こうとしない便のことである。

     

     また腸の内壁に内出血があると、黒ずんでくるので、黒便とも言っている。 この黒便が腐敗して毒素をつくり、それが吸収されて全身に回ることになる。 すると、この毒素が脳に弱点があれば、脳の病気が発症し、心臓に弱点があると、心臓病になる。 このように宿便が関与しない病気はまずない。 そこで断食を行なって腸を浄化すると、必ず、いずれの病気も好転する。

     

     腸の内容物が肛門に向かって移動するのは、腸自身の蠕動運動によるものである。 しかし、このシステムはトコロテン方式ではない。 先にある内容物が肛門に向かって便として出て行ってから、次の内容物がやって来る、というのが自然なサイクルである。 先の便がまだ出ていないのに、次の内容物を押し詰めると、ますます押し詰まりがひどくなって、糞づまりの腸になってしまう。 すると、その自己中毒によって、腸蠕動も弱まり、栄養の吸収も落ちてくる。 これでは病気にならないはずがない。 そこで断食をすると、次の腸内容物の押しかけがなくなって、腸の機能が回復してくる。

     

     ヨーガの浄化法の中にも断食法が存在する。 しかし、それは病気を治すためのものではない。 断食によって頭脳が、極度に明晰になって、自然の摂理が手に取るようにわかり、瞑想に深く入って行けるからである。 だから、病気治しに断食法を実践するのは、本来的には邪道であるが、真実への方便と心得て行なうのは良いことだと思う。

     

     私が行なう断食は、水だけを飲んで行なう 「本断食」 を実践している。 しかし、家庭断食であることから 「三日間断食」 を実行している。 三日間までだったら、多少の反応があるにしても、誰でも実行できる期間なので、社会生活を続けながら、家庭に居ながらできるものである。

     

     ただし、三日断食であっても、断食後の復食期は、やはり断食期間と同じ三日間をかけて、重湯、粥、軽食、というように漸増食の厳戒を踏まなければならない。 断食を始めるのも同じように漸減食の期間をおかなければならない。 本断食の日数の前後に同じ日数の漸減食漸増食をおくことになる。 このようなセルフケアとしての断食を私は年に4回行なっている。 つまり、春夏秋冬の季節に溜まった毒を各季節の終わり頃に、ほぼ3カ月に1度のペースで三日断食を実行している。 断食の効果は、歴然と現れてくるので、必然的に 「健康」 が実感できるようになる。

     

    明日からは香さんのセルケアです。 お愉しみに!

  • 私のセルフケア⑥

     昨日までは姿勢のセルフケアであったが、今日は、からだの動きのセルフケアに入っていきたい。 動きというのは筋肉のことである。 その筋肉のセルフケアとして話を進めたい。 これについては、肩と頸の力を抜くことと、腹部の 丹田に力を込めること、そして肛門を内に締める こと、の三つが私の行なう動きのセルフケアである。

     

     「肩と頸の力を抜く」 のは、心臓からの血流が、堅い肩と頸に妨げられることになってしまい、頭脳への血液循環が落ちるのを防ぐためである。 試しに少し肩を上げ下げしてしてから頸をまわし、肩と頸の力を抜いてみたら、頭脳は鮮やかになり、眼も甦ることが解るはずだ。 人間は頭を使い、手も動かすことで当然、頸も肩も凝ってくる。 その必然性を自覚して、こまめに、肩と頸の力を抜いて柔らげるようにすることが、このセルフケアの秘訣でもある。

     

     次に腹部の 「丹田に力を込める」 というのは、いろんな意義が含まれている。 これによって、腹筋力をつけて仙腸関節の亜脱臼を防止することができるのだ。 この腹部というのは、直立する人間の 「鬼門」 でもあるがゆえに、静脈血は腸部に鬱積することになる。 これは人間が持つ病患の大きな原因の一つでもあるので、腹部の丹田である下丹田の丹田力を修練することは、人間である以上、必須のセルフケアである。

     

     下丹田はまた、心の重心になっている。 この下丹田に力がこもっていることによって、全身の神経系が統合され、それはそのまま精神統一が可能となり、からだ全体が快調に動くことができるのである。 このように丹田力ができることで、全身の筋肉もうまく結合されて、正確にして敏捷な力が湧いてくる。 先に述べた頸と肩の力を抜くことは、必然的に丹田力をも増すことができるのである。 心の重心である下丹田が不安定だと、揺らぐことになるのは何も卵ばかりではない。

     

     からだの動きのセルフケアの三つめは、「肛門を内に締める」 ことである。 これは、丹田力をつくる絶対条件である。 下丹田に力を込めても、肛門が緩んでいたのでは、穴の開いた風船と同じで、そこから丹田力が漏れてしまう。 この理解のない者が、肛門締めをしないで、腹筋トレーニングなどによって丹田力を訓練したために、痔になってしまうこともある。

     

     肛門締めはまた、大腸を直接刺激することで、排泄力が高まるだけでなく、脳の血液循環も高めて、理性も、感性も、よく働くようになる。 肛門をしめているうちは死ぬことはない、というのは、それが脳中枢を刺激しているからである。

     

     下丹田は心の重心であると、先に述べたが、その心はからだを支配し、また、からだは心を支配する、という法則がある。 心で笑うと、顔の筋肉もすぐ笑う。 これは一瞬にして、大脳、間脳、中脳、小脳、延髄、脊髄を介して、運動神経が働き、筋肉が動かされたからである。 顔に火の粉が飛んで熱いと感じたのは、知覚神経を通して、大脳にまで伝達されたものである。 このように運動神経と知覚神経は、心とからだとの中間にあって、心とからだをつないでいるものだ。

  • 私のセルフケア⑤

     昨日からの続きで、寝る姿勢のセルフケアとして、もうひとつは姿勢そのものではないが、寝る時の 「枕」 についても、セルフケアの一環として述べておきたい。 本来、枕は頭ではなく、頸を置くためのものである。 自分の薬指を半径とした半円の堅い枕(丸太や孟宗竹の一節で加工できる)、これを木枕と呼んでおり、この木枕を就寝時には使用する。 頸に当てた木枕で寝ている間に、頸椎が矯正されることになるが、慣れるまでは、多少の努力が必要である。 私の患者さんにおいては、眼のかすみや鼻のつまりが、この木枕を使用することでだけで治っている。

     

     人間は、一日24時間のうち、三分の一の八時間は睡眠に当てているが、寝る姿勢ケアはまだある。 それは、睡眠時にからだを委ねるスポット、すなわち寝床も重要なポイントになる。 軟らかすぎるスプリングコイルが入ったようなベッドに寝ると、脊髄に歪みをつくってしまい、腎臓を害うことになる。 また睡眠中に行なわれる自然良能作用も十分に働くことができない。

     

     就寝時の理想的なベッドというのは、フローリングの上に、毛布1枚を敷いたものであるが、馴れるまでは少々寝にくいと思う。 しかし、1カ月もすれば、必ずその良さがわかってくるだろう。 このようにして寝ていると、睡眠中に脊椎の副脱臼が矯正され、また腎臓も強化され、睡眠時間も短縮されることになる。 スプリングコイルが入っている軟らかいベッドが、どんなに血液循環を妨げるのかというのは、板のベッド習慣のある私が、ホテル等のスプリングコイルのベッドに寝た折、いつも思い知らされる。

     

     次に立位の姿勢についても、考えてみたい。 立ち姿というのは、顎を引く ことと 恥骨を引くことと、足の拇趾に力をこめる ことが、立位での私のセルフケアである。 頭は重いのに、それを支える頸椎は、側面の中央より後方にある。 それが原因で顎は、年齢を経るに従って前方に突き出てくることになるが、それは頸椎を歪めることになるので、私が行なうセルフケアでは、自身で気がつけば意識的に 「顎を後方に引く」 ようにしている。

     

     それから 「恥骨を引く」 というのも、顎と同じように重力の問題である。 頭と胴の重量は、仙腸関節にかかってくるが、それを受け止めている股関節は、その垂直線下にはない。 それ故、年齢を経るにつれて恥骨が前に突き出てくることになる。 すると、直立のために狂いやすい仙腸関節が、ますます外れていき、骨盤内の器官がまず傷害され、次に両脚が弱まり、やがて全身が歪んでくる。 そこでも私は、気がつけば意識的に恥骨を後ろに引くようにしている。 そうすることで股関節が仙腸関節の重心線に近づき、関節が安定して、終日立ち働いても外れにくくなる。

     

     立位でのセルケアの最後は、 「足の拇趾に力をこめる」 ことである。 これは、年齢とともに股関節が外転していくのを防ぐために行なうものだ。 これも気がつけば意識的に行なう私のケアである。 年を重ねると、重心が足裏の外側に移行して、両足の両外側で歩く形になり、歩行を困難にするだけでなく、脳に悪振動を与え、肝臓をも弱めることになる。 よく年寄りが股を開いて歩くと言われているのはこのことだ。 ゴリラもこのような歩き方をしているから、いつまで経っても頭脳が発達しないのである。