投稿者: karib_sotai

  • ウミ(2)

    人間は服を着ているが、からだを着ている。

    ベネチア。白い巨象、とも呼ばれるリアルト橋。

  • ウミ(1)

    人間生きている間は種まきだ。

     

  • 易には海は登場しない(7)

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    易は8つの象徴の組み合わせと、陰陽からなる6つの爻の組み合わせを基本に読みときますが、8つの象徴は「乾兌離震巽坎艮坤」(けんだりしんそんかんごんこん)といって「天沢火雷風水山地」のことを指します。
     
    また、易経を読んでいてもわかるのですが、易の発祥の地には、海がなかったので、「海」という象徴が登場しないのです。
     
    「水」と「沢」はあるのにね。
     
    そこから欽明14年(西暦553年)に、易は中国から日本に伝来してから、日本国内で独自の発達を遂げて現在に至ります。もともと易は極めて自由(型は必要ですが、マスターすれば型から離れることもできます。操体もそうですね)なものなので、海に囲まれた日本でも柔軟に対応できたのかもしれません。
     
    橋本敬三先生は「日本は大陸の吹きだまりで、いろいろなものが大陸からふきよせられてくる」と書いていらっしゃいます(からだの設計にミスはない)
    大陸の吹きだまりになって、色々なものが集まったのも、日本の地理的な条件ですが、そこには海の存在も欠かせないことがわかります。
     
     
    1週間ありがとうございました。
     
    明日からは三浦寛先生の担当です。
     

    イスタンブール。
     
  • 海に落ちる(6)

    松島(仙台)で撮った写真。

    気仙沼ネタが続きますが、私が子供の頃(高校1年くらいまで)は、夏休みは1週間くらい気仙沼で過ごしていました。

    パターンとしては、お盆の1週間位前から母と私と妹の三人で先に気仙沼に行き、父が仕事を終えて追ってやってくる。
    朝は早起きして、何故か私はいつも父と魚市場に行って(伯父が勤めていたので普通に入っていた)サカナを見るのが日課でした。
     
    大島の海水浴場に行くと、端っこの潮だまりにウニとか転がっています。
    伯父達はサカナ関係者なので、ウニをとってナイフで開けて、食べられるようにしてくれました。
    これ、浜で食べると密漁になるんだそうですが、海の中なら大丈夫なんだそうで、子ども達は海の中で立ったまま、むいたばかりのウニを塩水につけて食べていました。
    こういうウニを子供の頃に食べちゃうとねえ(笑)
     
    そういえば、数年前、○天で「気仙沼のむいてあるけど活きているウニ」というのみつけて買ったことがあります。
    ウニってそのままだと内臓とかくっついているんですが(食べるのは卵巣です)、このウニは、卵巣だけ残ってすぐ食べられるんですが、活きて動いてました。
    一体どうなってるんでしょう。。ナゾです。
     
    そして、親戚と一緒に、近くの川(ほぼ海)に釣りに行くわけですが、何故か私はよく川に落ちていました。
    溺れたりするわけではないのですが、足を滑らせて落ちるのです。
    それも、かなりの頻度で落ちていました。
     
    今思うと、何かに引っ張られていたのではと思います。
    海に引きずり込まれなくて良かった。。
     
    また、潮だまりにもよく落ちていました(ナゾ)。
    落ちると言っても、浅瀬ですから、気がつくと尻もちをついているとかそんな程度なんですけどね。
     
    未だにナゾです。
     
     
  • 海と災害(5)

    2011年の震災時の津浪では、気仙沼の親戚の家が結構流されました。
    鹿折唐桑(ししおりからくわ)駅の前に、津波で船が流されて打ち上げられた有名な写真がありますが
     
    丁度伯父の家の近くでした。
    最初、伯父の家と打ち上げられた船の関係が全く結びつきませんでした。
     
    伯父夫婦は車で避難して無事でしたが、結局は娘(私の従姉妹)がいる仙台に越しました。
    一方、別の叔父は、南三陸町の、いわゆる「津波アパート」に住んでおり、こちらは津波でも流されず、屋上に避難してヘリで救助されました。
     
    この叔父夫婦も一旦は息子(私の従兄弟)がいる名古屋に越しましたが、食べるものも違うわ、友達もいないわで、多少不便であろうが、息子達とは別々に暮らすことになろうが、残りの人生は好きなところで過ごしたい、ということで、結局は住み慣れた宮城県登米市の仮設住宅に戻ることになりました。
     
    このことは、河北新報(宮城地方紙)にも載ったのですが、私はこの話を聞いて
    「損得」や「正しい・正しくない」ではなく「快・不快」で登米の仮設住宅に住むことを決めた叔父夫婦をちょっと「エライ」と思いました。
     
    普通なら「年寄り夫婦なんだから、不便な仮設よりも息子夫婦と孫を一緒に余生を」とか、考えるところですよね。
  • 深海魚(4)

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    ” data-en-clipboard=”true”>「海の中であんな大きなサカナに遭遇したらどうしよう」と、勝手にドキドキしていました。
    ” data-en-clipboard=”true”>上の階の爬虫類コーナーも大好きで(ヘビとか結構好き)上野動物園と言ったら、パンダよりも水族館だったのでした。。
    ” data-en-clipboard=”true”>さて
    ” data-en-clipboard=”true”>師匠の仕事にお供して沼津のほうまで行ったことがあります。
     
    丁度テレビか何かで師匠はチェックしていたのだと思いますが、
    『沼津には深海魚の水族館がある』という情報でした。
    師匠、水族館と魚市場はフットワークが軽いのです。
     
    「行くぞ」
    「はいっ」
    「沼津深海水族館」です。
     
     
    ちなみに私はシーラカンスが大好きです。
     
    3歳か4歳の頃、私が愛読していたのは「こども百科」の「人体」と、魚類図鑑と植物図鑑だったようです。
    4歳の頃から児童図書館で本を借りていた私ですが、「人体」と「魚類」はかなりピンポイントだったようで、かなり読み込んでいた記憶があります。
    まあ、その頃から魚類と人体は好きだったっていうことですね。
     
    そこで見たシーラカンスの絵はショッキングでした。普通のサカナとはあきらかに構造が違うし、目が大きいし、生きた化石って一体なんだ?みたいな。
    長じて、マダガスカルの深海で泳ぐシーラカンスの映像を観た時は感動で倒れるかと思いました。
     
    話を元に戻しますが、沼津のここには、シーラカンスの冷凍標本があるのです。
     
    シーラカンスに行き着く前に、珍しい蛸とか、見たこともないくらい大きいタカアシガニとか、深海魚好きにはたまらないお魚さん達がたくさんいるのですが、冷凍のシーラカンスの標本の前に立った時は感動のあまり鼻血が出るかと思いました。
     

    冷凍シーラカンス。
     
     
    深海と言えば、以前半蔵さんから国立博物館で開催された「深海展」も行きましたっけ。
     
    NHKがダイオウイカが泳ぐ姿を撮影したというあの映像です。あれはコーフンしましたね。
     
    水族館ネタですと、伊勢に受講生の結婚式に呼ばれてで行った際(師匠と寛幸実行委員と行った)、鳥羽の水族館にも行きました。
    (何だか水族館ばかり行ってる気がしますが)
     
     
    ここは規模が大きく、展示数も多く
    「ああ、満足した」という感じです。近場の「真珠島」にも行ったような。寛幸実行委員と遊覧船にも乗ったっけ。
    そして「海女さんショー」も見たような記憶があります。
     
    なお、私はエビが大好きなのですが、伊勢では、エビフライが開きになっていてびっくりしました。
    最初「巨大なエビフライだな」と思ったのですが、巨大というか、開きになっているから大きいんですね。
    この時ほどエビをたらふく食べたことはなかったような。。。
     
    今現在、なかなか旅行にも行けませんが、早く水族館巡りをしたいものです。
     
     
  • 海とサカナ(3)

    世の中、たまに人のマウント取るのが好きな人っていますよね。
    数ヶ月前、私は正体を隠して(笑)あるところに行っていたのですが、そこで知り合った女性が何だか人のマウントを取りたがる人で、私が何かの拍子に「ギョギョ」と言ったら
     
    「あ~ら、ギョギョ、なんて久しぶりに聞いたわ~」というので、
     
    「昨日も『ギョギョッとサカナスター』でサカナ君が言ってたけど?????」と、言い返してやりました(大人げない)。
     
    この方、黙りました。
     
     
    三浦先生と私の共通点の1つに「サカナが好きである」というところがあります。
    師匠、博多時代魚売りの行商のおじさんの手伝いをしていたとか、小さい頃は水産関係の仕事も考えていたそうです(操体の臨床家になって下さってよかったですね)。
     
    松岡正剛先生のイベントが博多であった時、丁度三浦先生も福岡で同窓会があり、一緒に博多に行ったことがあります(相談役新部さんと出会ったのもこの時です)。
    松岡先生と三浦先生のツーショットを撮ったことを良く覚えています。
    それはさておき、福岡の郊外に「マリンワールド海の中道」という水族館があります。
    福岡に行った際はかなりの頻度でここに行くのですが、大水槽のサメっぽいサカナが凄いんです。
    なんだかグレーっぽい大きいのがわらわらっといて、他の水族館の大水槽とはちょっと違った迫力があります。
    しばらく行ってないので、また行きたいなあと。
     
    もう一つ。仕事で何度か師匠と大阪に行きましたが、その度に、私が大阪の兄いと呼んでいる(今は松山在住)A兄が、天保山の「海遊館」に連れて行ってくれました。一度は「夜の水族館」にも行きましたが、水族館好きにとっては「夜の水族館」って夢じゃないですか。
     
     
    こちらはご存知の通り、ジンベイザメがいます。大水槽も華やかです。確か高級魚のクエがたくさん泳いでいたのを思い出しました。
  • 海(2)

    私は品川区戸越で生まれました。2歳まで戸越にいて、当時は大井町線にのって二子玉のグラウンドによく行っていたそうです。
    この頃から三茶近辺に縁があったのかと思うと何だか笑えます。
     
    2歳で越したのが千葉市の団地で、8歳の時、同じ千葉市内の幕張に引っ越しました。
     
    この団地は、園生貝塚の近くにあり、貝殻と赤い土器を拾ったのを覚えています。
    また、山を切り崩して作った団地なので、沼がありました。父がよく沼まで散歩に連れて行ってくれたのと沼でザリガニを釣ったことを思い出します。
     
    数年前東京国際仏教塾のイベントで近くに行きましたが、当時の面影はあまりなく、団地ってこんなに小さかったっけ?みたいな。。
     
    この時、千葉市の埋め立て側は新築ラッシュで、小学校がバンバン建てられ、うちのような核家族がどんどん引っ越してきて、毎日転校生が入ってくるような、そんなところでした。
    今でこそ幕張メッセとかすごい建物が建っていますが、当時は海浜幕張どころか、幕張本郷の駅もなく、電車に乗るにはバスで津田沼まで出なければならなかったのでした。
    そして、勿論幕張メッセなどはまだ存在せず、現在の国道14号線のすぐ横が海岸線だったのです。
     
    学校も埋め立て地の上に立っていたので、校庭を掘り返すと面白い石が沢山出てきました。
    また、体育と言っても確かまだ体育館ができていなかった記憶があり、体育の時間に海岸に行ったりしました。
    そして、丁度羽田から飛び立ったり降りたりする飛行機の航路の真下だったので、海と飛行機を毎日見ていました。
     
    海の側に住んでいるという実感はあまりなかったのですが、海はいつも側にあったんだなと思います。
     
    今は西葛西ですが、距離的には幕張から50キロ東京に移動しただけで、やっぱり海の側です。側と言っても、歩くと30分かかりますが、バスや車ならあっという間に臨海公園です。
     
     
  • 海と思い出(1)

    友松さん、1週間ありがとうございました。
    今日から1週間、畠山裕美が担当致します。
     
    今回のテーマ「海」ですが、こちらも私の発案になります。
     
    わたくし、元々先祖代々?海系の人間です。日焼けが嫌いで泳ぎがヘタクソなくせに、断然海が好きです。
    畠山家(気仙沼)の先祖は、元々廻船問屋をやっていたんですが、明治のチリ津波で全部失い、その後畠山家はサラリーマンとなった・・・
    んだそうです。実際は役所とか電電公社(当時)が多かったですけどね。
     
    親戚も船乗りとか魚市場とか農林水産省の水産とか、海関係が殆どです。
     
    いや待てよ。私の場合、海が好きというよりも、船と魚が好きなのか??
     
    ちなみに、手塚治虫先生の「トリトン」(アニメでは「海のトリトン」でしたが、原作は「青いトリトン」は、子供の頃かなり夢中になって観てましたっけ。。。
     
    さて。
     
    実行委員ブログですが、元々私が「ISIS編集学校」で「編集工学」を勉強していたり(岡村実行委員も編集学校「守」を卒門していますし、実はフォー0ラムの相談役は、編集工学研究所やISIS編集学校関係であったりもします)、またこれは昔の話で今はいない人ですが、例えば日本語が全くなってない実行委員がいたりしたので、文章の練習を兼ねて始めました。
     
    なお、私は最近でも「これは文法的におかしい」とか「敬語が間違ってる」と、指摘するので嫌がる人もいるかと思いますが、それはご容赦下さい。
     
    まず、インターネットメディアは、普通というか、原稿用紙に書いたりするのとは、若干違います。
     
    原稿用紙や本は、文頭を一文字下げますが、ブログなどでは、読みにくいので文頭を一文字下げる代わりに、改行します。
     
    最近では、パソコンよりもスマホで読む人の方が多いので、より短文が読みやすいと言われますし、二行から三行改行する場合もあります。
     
    私とて、全く改行のない文章がずらずらっと連なっていたら、読む気が失せるので、改行には気をつけています。
     
    あれ?海の話じゃなくなりましたが、明日もよろしくお願いします。
     
     
  • テーマ「海」・・・7

    おはようございます。

     

    海は地球の表面の70%を占めているという。

    数字でみても、海は広い。

     

    しかし、この数字は地球の表面積に対する海の割合であり、質量となると地球に対しての海水の割合は0.02%くらいになってしまうという。

     

    陸で生活を営む小さな私たちからすれば、海はとても大きな存在だが、それでも貴重な存在なのだと感じさせられる。

     

    46億年前に誕生したという地球。
    その地球が、大気とともに何億年もかけて海をつくり、成分をより良く調和させながら、ずっと保ち続けてくれている水分。

    その御蔭で、様々な生物の繫栄につながった。

    勿論、私たち80億人も恩恵を受けているし、地球の無償の愛というか、地球と生物の結びというか、その0.02%が無ければ生存すらしていないであろう。

     

    目に映る大海原は、無尽蔵のようにも見えるが、汚したり無駄に出来ない貴重なもの。

    70%でもあるが、0.02%でもある。

     

    一週間のお付き合い、ありがとうございました。
    来週は畠山裕美先生の担当となります。
    どうぞ、おたのしみに。

    友松 誠。