投稿者: karib_sotai

  • 表裏「いったい」について①

    石田実行委員から受け継いで一週間、岡村が担当です。

     

    「おもて」と「うら」。

    その言葉を「息」で、ゆっくりと、ゆっくりと味わっている。

    味わいのなか、ワタシ自身に「からだ」がつぶやいた言葉。

     

    おまえさんに、五十年以上も付着していたモノ。

    日々の睡眠で落としているか、目覚めているのか、と。

     

    さてさて、どちらが「うら」でどちらが「おもて」なのだろう。

    日々「間」に合うのは、起きている時間か、眠っている時間か。

     

    「からだ」の大好物、睡眠の落ちる目前の「間」も至高の快。

    ワタシ自身に50年以上も付着していた、様々なモノゴトの整理。

     

     

    睡眠中に描きたくなる景色もある。

    それを「からだ」が、求めてくる感覚に馴染む恍惚の人となる。

     

    睡眠はどんな人間も絶やさず、それはとても「からだ」優しい。

     

    何かを眺めるでもなく、会話もせず、目的もなく、ただ感じる。

     

     

    何もしないことが退屈であるとすれば、それは普通になる。

    そして、そこには人工的な美しさが存在していない。

     

    睡眠の間を「うら」とすれば、美しい「おもて」があるのだ。

    ならばそれは、両極に位置するもので、しかも紙一重。

     

    天国と地獄は、美しい睡眠を通して感じている。

    人生の実は、表か裏か両極に位置しうる「間」にある。

     

  • うらおもて その7

    皆様は呼吸をするとき呼気と吸気どちらを優先させてますか?

    そんなこと考えながら呼吸はしていない!という方が大半なのではないでしょうか?

    最近の操体法では吸気に着目しています

    呼気がおもてであれば吸気はうらです。

    うらの吸気に真実が隠されている気がします

    皆様も自分のからだと向き合う時に

    うらである吸気を意識していただければと思います

     

    一週間お付き合いいただきありがとうございました

    来週からは岡村さんが引継ぎます

    どうぞよろしくお願いいたします

  • うらおもて その6

    常識とは一体何でしょうか?

    そんなの当たり前だ!と言われることが通説だと皆さんが信じてる

    おもてのことが実はそのうらのことが正しいことはないでしょうか?

    人から聞いたから情報を常識だと思っていたけど、

    そのうらの非常識が真実なことはないでしょうか?

    私は普段の仕事が営業なのでどうしてもその人がおもてに出さない

    うらの真実の顔を確認してしまいます

    人が見せる無意識の行動に真実が隠されていると思っています

  • うらおもて その5

    よく裏をかくというと予想外の行動に出て相手を出し抜くことを示しますが

    その行動こそ本当の自分の姿なのではないでしょうか?

    根本的にそのような行動こそが本当に自分のやりたいことのような気がします

    自分自身のからだはうらをかかずにおもてがキレイにみえるようにしたいです

  • うらおもて その4

    最近、ふるまい(英語ではbehavior)が非常に気になります

    おもてである発言や行動はしっかりしていても

    うらである人が見ていない時の動作、ふるまいがダメな人は信用できません。

    誰に見られても恥ずかしくない動作や動き。

    そのことで本当の印象をアップさせるのではないでしょうか?

  • うらおもて その3

    からだのおもてであるお腹や顔を見ることは多いですが、

    うらである背中や後頭部はなかなか自分では見ることができません

    おもてばかり気にしてうらは注意がいかないものです

    たまにはうらのことを考えてみるのもいいのでは?

  • うらおもて その2

    からだの不調は痛みとなっておもてに出てきますが、

    根本的は原因はからだの内部であるうら側にあることが大半です

    火事の原因である消防士は出火している火元を消さない鎮火しません

    操体法ではそれと同様に操者は火元にアプローチします

  • うらおもて その1

    今週からブログのテーマが「うらおもて」に変わります

    1週間お付き合いよろしくお願い致します

     

    最近、個人的にTwitterをよくやってます

    Twitterは顔出しする人が多くなく、

    ほとんど人がどのような顔かわかりません

    その人たちのTwitterでのおもての顔と、

    本質的なうらの顔はなかなかわかりません

    しかし、うらの顔こそ本質である自分をさらけ出しているようです

    おもてに出るものからもそれが見え隠れてしています

    痛みの原因もそれに近いものだと考えます

     

     

  • 紅葉 2(山 7日目)

    詩人 吉野 弘さんにステキな作品があります。

     

    紅葉(黄葉)清談

    物の本によれば
    上代にはモミチと発音し
    「黄葉」の漢字をあてていたが
    平安時代以後、モミヂと濁音化し
    「紅葉」の漢字をあてるようにもなった ― と。
    なお、モミチ、モミヂの発音は
    「色を揉み出すこと」から来たものか
    と記した本もある。

     

    ところで、或る日私は、秋の渓谷で
    紅(黄)葉真盛りの樹木たちに、ふと尋ねたのだ。

    錦繡にも譬えられるこの鮮やかな色彩が
    樹木ご自身には見えているでしょうか?と。

    ご懸念には及ばず ― と樹木たちから即答があり
    人間には察知できない視覚を私たちは具えていて
    自前で染めた装いの出来映えを楽しんでいます
    信じていただけるならお信じ下さい ― とのこと。

  • 山 6日目

    法隆寺宮大工 西岡常一棟梁 は、

    「わたしに何か話せゆうても、木のことと建物のことしか話しませんで。」

    と仰いますが、その言葉には含蓄があります。

     

    「環境とか育ち方が木の性質を決めてしまうです。それを証明する例が、日本の吉野杉を台湾に植えてる話ですな。ヒノキの伐採したあとに日本から持っていったスギを植えているんです。日本の行政時代からやってますので、今はこれぐらい(直径20cmぐらい)になってます。これを伐ってみるとわかりますが、まるで吉野杉とは違ってます。吉野から種を持って行っても全然別のものになってしまうんです。

    土地によって木の性質が決まってくるんです。間違いありません。
    それから言うんでしょうな、「木を知るには土を知れ」と。」

     

    「人間は、クレマ(気候・風土)の産物である」という言葉があります。
    生育環境が大事ということです。