投稿者: karib_sotai

  • 健康医学

    操体は、「健康医学」の立場から、未病を治し、さらに健康増進を目指します。

     

  • 操者

    「操者」は治療者ではありません。

    主役は患者さんの「からだ」です。

     

  • 自力自療

    操体は、「自力自療」を旨とします。しかし、健康傾斜の大きい人に対しては、操者が付いて介助・導誘を加えます。

     

     

  • 感覚

    動かして診るものは「感覚」です。

    快か不快か。そして、快の方向に導きます。

     

  • 動診

    操体法には、視診・問診・触診に加えて「動診」というものがあり、これが他の治療法と一線を画するものです。

     

  • 操体

    ※テーマは引き続き「はじめての操体法」です。

    創始者、橋本敬三先生の哲学・生命生理観・宗教観等に基づく、健康医学の体系が「操体」であり、操体法は、その一部です。

     

  • 「はじめての操体法7 ~からだは答えを知っている~」

    本日で最終日になります。

     

     

    一週間を通じて「からだ」を強調してきたことには理由があります。

     

     

    それは私達が操体で知りたいことの答えはからだが知っているからです。

     

     

    そのからだからのメッセージを聞くために操体では作法やからだの動きを学習しています。

     

     

    そのからだからのメッセージを受け取れないとじぶんが知りたいことも見えてこないように思います。

     

     

    操体を求めてくる人達の動機は「治し方を知りたい」「健康でいるために必要なことを知りたい」という人が多いですが、それらの問いに対する答えは全てからだが知っているのです。

     

     

    「からだは答えを知っている」

     

     

    これを理解していくことが健康の維持増進、もしくは臨床の本質を理解することにおいても大事なことだと思います。

     

     

     

    一週間お付き合い頂きありがとうございました。

     

     

    明日からは半蔵さんが担当致します。

  • 「はじめての操体法6 ~点を線にしていくために~」

    操体の学び始めた当時、大きく分けて3つ学ぶことがありました。

     

     

    ひとつは橋本敬三先生が提示された哲学。

     

     

    ふたつめは操体法の臨床に必要な介助・補助。

     

     

    最後はからだの使い方のルール法則(般若身経)※現在はからだの動き。

     

     

    当時はこの3つの学びを一つ一つ頭で理解した上で実践していくような学びをしていました。

     

     

    しかしこの3つがなかなか点が線にならずに四苦八苦していました。

     

     

    現在になって思うことは当時は思考統制の中でこれらを理解することは非常に困難であるということです。

     

     

    つまり実践の中でからだが理解したことを感覚を通じてキャッチし納得していくことが操体を知る最もよい学び方であると思います。

     

     

    そのことは操体の臨床をうけた患者のその後の姿勢を見ていても重なる部分があります。

     

     

    恐らくはじめて操体を学ぶ人、臨床をうける人は指導者から受ける指導、もしくは施術の中で味わう快適感覚に対しよくわからないという人が多いと思います。

     

     

    ただ最初はわからなくてもよいんです。

     

     

    からだが動きを、そして快適感覚を素直に受け入れ味わえば本人の理解は時間の経過と共に出来るのです。

     

     

    なので、はじめての操体に必要なことはからだが受け取っていることに対して素直に受け入れることです。

  • 「はじめての操体法5 ~うつわを作っていく~」

    振り返ると操体を学問にしていくことの中で学んできたことは「からだの本来在るべきありのままの姿」と「自然な動き」を感覚を通じて学んできたように思います。

     

     

    これは操体の臨床をうける人に言うことですが

     

     

    「操体法の臨床は3つのうつわを作っています。

     

     

    ひとつは正当なからだに必要なつくり(構造)といううつわ。

     

     

    ふたつめはからだの動きに必要な呼吸をするうつわ。

     

     

    最後はからだがききわけていることをキャッチしていくための感覚といううつわ。

     

     

    この3つのうつわが出来れば命の営みも自ずとからだの要求しているものに適うようになってきます。

     

     

    これらを作っていく上で大事なのは自分の思考でからだと向き合わないこと。

     

     

    からだが私達に教えてくれることは決して本や教科書には載っていないことなので、それを自分の物差しで理解しようとすると「むずかしい」と思ってしまうのです。

     

     

    なのでからだという未知の世界を知っていくためには自分の得たことを消していく「引き算」の学びも必要なのです。

  • 「はじめての操体法4 ~からだとの信頼関係2~」

    からだとの信頼関係を築いていくことにおいて大切なことの一つは意識のステージを変えていくことです。

     

     

    例えば自身の生き方の中で意識の土台となるものが「楽」というものになると、からだもそれに応じた動きとつくり(構造)になる。

     

     

    それは時間の経過と共に歪みという形でバランスをとっているのでその許容範囲を超えた時に痛みや苦痛となる。

     

     

    それを「快」を土台にした自身の生き方に変えていくと、からだはも自然にからだが要求する動きになり、病に繋がる歪みも作らなくなる。

     

     

    つまりからだは自分の生き方、意識の持ち方を忠実に表す通信簿であるということです。

     

     

    その通信簿は呼吸で表現され、動きでも表現され、言葉でも表現されてきます。

     

     

    そしてこれらは互いに同時相関相補する関係性にあるということ。

     

     

    なので操体法における臨床ではこれらを全て診ていくことが必要です。

     

     

    逆にこのいずれかをからだが悦ぶものにしていくことでからだとの信頼関係を深めることが出来、結果的に症状、疾患は改善してきます。

     

     

    意識のステージを変えていくことも含めて現在の操体はどうすればからだが悦ぶのかを誰にでも出来る非常にシンプルな問いかけを行っています。

     

     

    とりあえずは自分と同じようにからだという意思を持った人格者の存在を認めてからだが悦ぶことを実践してみてください。