コミュニケーションは、よくキャッチボールにたとえられる。
キャッチボールの基本は、相手が胸の前で構えたグローブに正確に投げ返す事だそうだ。
そこに投げ返せないのは、投球技術(言葉のスキル)に問題があるか、心に歪みがあるからブレるのだろう。
自分は正確に投げ返せているだろうか?
メールの文字を見ていると、不安になることがある。
山野真二
コミュニケーションは、よくキャッチボールにたとえられる。
キャッチボールの基本は、相手が胸の前で構えたグローブに正確に投げ返す事だそうだ。
そこに投げ返せないのは、投球技術(言葉のスキル)に問題があるか、心に歪みがあるからブレるのだろう。
自分は正確に投げ返せているだろうか?
メールの文字を見ていると、不安になることがある。
山野真二
最近は、インターネットの発達により、どの患者さんも多くの情報を持っている。こちらがびっくりする程勉強して来られる方もいらっしゃる。
しかし、そういう人は概して「幹」を持っていない。彼の頭の中には、情報がランダムに並んでいるだけだ。
人間の個性は多様である様に、病態も多様である。
彼は「そこだ」という所をピタリと指摘して欲しいのだ。
今日も、患者さん達は遍歴を続ける。
自分を丸ごとわかってくれる治療者を求めて。
それで、いいのだ。
山野真二
分科会にきてくださった皆様のアンケートを読んでみました。アンケートをとると操体業界の現状が見えてきます。
「操体はいいものと思っていても、なかなかうまく臨床に活かせない」そういった想いがアンケートから伝わってきます。私の患者さんも、「操体は他の治療法とは違っていて、からだで感動して治るのに、なんで世の中の人は知らないのでしょうか。もっとブレイクしてもいいと思う」といっていました。
橋本先生が晩年に「気持ちの良さで治るんだよ」とおっしゃっていましたが、これは確かなことです。三浦先生の言葉をお借りすれば、「イノチには気持ちの良さで治りたいという意思がある」ということですね。
これらを臨床、日常で体感すると、オーバーじゃなく「ああ、イノチってありがてえなあ。ししっ(手バナ)」って口をついてしまうのは私だけでしょうか。
しかしなぜ操体は世の中に浸透しないのか。
これは臨床家がいかに「感覚をききわけるか」ということに深く意識をおいて学び続けるかにかかっています。パターン化して同じ施術をやっていても、からだに飽きられます。これはどんな治療法でも同じだと思います。からだについて深化を続ける先生はやはり一流と呼ばれますよね。
進化、深化を止めてはいけない、これは患者さんのからだを前にしていつも思うことです。
今回の分科会は、「感覚を聞き分けることの大切さ」「感覚をききわけていただくために臨床家として必要なこと(般若身経、ひかがみ)」「操体は治療法だけではない(食について)」など、
私たち実行委員が、操体を学ぶプロセスで自分が苦労したこと、興味をもったことをより深めさせていただきました。
参加者の方々の疑問に答える事ができたのかどうか、アンケートを見直して次のフォーラムにつなげたいと思います。
書いてくださった方々、厚くお礼申し上げます。まだ用紙が手元にあって「出そうかな〜?」と迷っている方、まだまだ受け付けております。分科会はまだ始まったばかりなので、改善点等も書いていただけると次に行かせるので大変ありがたいです。どうぞよろしくお願いいたします。
きょうはこれから足趾の操法のアシスタントです。
「気持ちのよさがわからない」「なかなか感覚のききわけをしてもらえない」という臨床家にとって、足趾を極めることは多いなるステップアップにつながりますよ。味わっていただきながらさりげなく、診断、治療にもつなげているのがうふふのポイントです。
5月3、4、5日は「足趾の操法/応用編(趾回し)」。私は拘縮が強くて膝が伸ばせない患者さんにもできるので重宝しています。からだの緊張が強くて触ろうとすると悲鳴を上げる方がスーッと柔かい表情になりますし、どんなかたでも気持ちのよさは聞き分けられるのは私が証明します。
今からでも参加できると思いますので、興味のある方は問い合わせしてください。
*第3回足趾の操法集中講座
http://blog.teizan.com/index.php?blogid=453&archive=2010-1-26
では、一週間のおつきあいありがとうございました。
次回は8月28、29日京都大徳寺でのフォーラムでお会いしましょう!
山野さん、明日からよろしくお願いします。
森田珠水
関東は久しぶりの快晴でした。
皆様ゴールデンウィーク、いかがお過ごしでしょうか。
昨日は4/25に出産した友人をお見舞いに行きました。
高校時代の同級生なので、年齢的にも大変だったはずです。
聞けば、陣痛が始まってから出産まで24時間かかり、その経験はまさに「文化部の生徒がいきなり体育会の合宿に入れられた」ようだったそうです。
苦労話は沢山あるようですが、とにかく無事にこの日を迎えてくれて安心しました。
うれしいです。
赤ちゃんはこの世に生を受けて4日目。
私はまだ「しわしわこざる」かなと思っていましたが、顔はちっちゃいのにパーツの大きい、すっきりハッキリした顔立ちの美男子(驚)。
お母さんにもお父さんにも各所が似ていますが、特に目の表情がお父さんを彷彿させます。遺伝子の不思議を感じました。
なんでも一日ごと、数時間ごとに顔も表情も変わるそうで、見ていて飽きないらしい。
出産見舞いのお約束で、足趾の操法をし脇のくすぐり(赤ちゃんは脇をくすぐるとからだが整うのです)の話をしていると、赤子がぐずりはじめました。
相方が抱っこしてゆりかごのように揺らしていると、
「ね、眠たいんだけど、誰? この人見たことない…」と言いたげに、じーっと見ながらうとうと(笑)。
かわいるぎる〜。かわいんだけど、時々眉間にしわが寄ったり、白目向いたりの変顔に3人爆笑。
笑いながらも、その微妙な表情の変化には素直に感心しました。ある表情から次の表情に移るまでの流れがゆっくりでなめらかなこと。筋繊維の、いや細胞の一つ一つがちゃんと働いているようです。微妙な動きは、からだのすみからすみへきれいに連動できているのでしょう。
思い出すのは三浦先生、畠山先生と同じ日にポートレイト撮影をしていただいた時のこと。わたしはやわらかい笑顔を表現するのに緊張しすぎて苦心したのです。プロのカメラマンのさすがの誘導で、今まで一番いい感じに撮っていただきましたけれども、この日にみた赤子の表情のこのなめらかな動き!!これができたらもっとビューチフルに写ったかもしれないのです。
赤ちゃんは動きの天才ですな〜。みている大人側もゆったりした波動が共鳴して、なんだか幸せな気分に。
私もこの頃にはこんな表情をしていたはずなのに、オトナになると何故できなくなるんでしょう。いや、顔の表号は、意識して表現しようとすればれば、きっと取り戻せるはずです。
周りの大人を見て「こんなに細かい表情筋を使っている人がいるだろうか」と考えたのですが、…いらっしゃいました! 我がフォーラム相談役の巻上公一さん!
先日の「ヴォイスの奇跡」と題したヴォイスパフォーマンスのイベントでも、トークライブで田口ランディさんに「いつも変顔している変な人」と評されてました(もちろん面白い人の意味で、そういうツッコミができるほど仲良しなのだそうです)。
確かに巻上さんは、ライブなどで「表情筋はいくつあるの?」という細かい動き(そして変顔)をされています。声帯は手足の末端(遠位)、顔の表情筋(近位)とも、からだ全てとつながっているので、隅々まで使うということは、声量も表現も向上します。
私も巻上さんのワークショップに参加していた頃は、もっと顔が柔らかく使えたことを思い出しました…。
人の表情も声も数えきれない程の表情がグラデーションであるのを気づかせてくださいます。巻上さんグラデーションさ加減を見たい、そして自分の声、顔、からだを開発したい!と思ったあなた、こちらをおススメします。
*巻上公一ヴォイスパフォーマンス講座
http://www.mothership.info/makigami.html
昨日の赤ちゃんの表情のように、ほわあ〜っと、ふわ〜っと、動けるようになりたいです。これが動診の時にできるようにすべし、とイメージを刻みました。
もちろん、普段の動きも、からだを壊さず、きっと美しく表現できるはず。
この次写真を撮られる時にどれほど向上しているのか楽しみです。
森田珠水
今回の分科会で、岡村理事、佐伯実行委員、小松実行委員が
膝裏谷(ひかがみ)とはなにか、操体ではどう扱うものかをテーマに発表しました。
操体ではからだのようすをひかがみで診ます(もちろん他の見方もします)。
橋本先生がいかにひかがみを大事にしてきたか、私たちはひかがみの宇宙を探検しているといっても過言でもありません。表現はオーバーですが…。
今回参加された方は、実行委員に実際にひかがみをふれられたと思いますが、どのような想いを持ち帰られたでしょうか。
ところで、操体では当たり前のようにひかがみが語られていますが、日常で「ひかがみ」という言葉が使われているのか、検索してみました。
最も使われているのは武道の身体運用の用語としてです。また、アニメにでてくる女子高校生の「ひかがみ萌え」というのもあります。前者は例えば弓道で矢を射る時に「ひかがみをのばす」など、膝の裏を生かすのに使われます。
後者は「けいおん!」のように女子高生の後ろ姿にある無防備なヒカガミにこだわりを持っているマンガ家、読者も多いです。
あるかたのブログにヒカガミへの想いが集約されていたので紹介します。
http://d.hatena.ne.jp/michiaki/20050811
そうです。ひかがみにはその人が化粧等でごまかしたり、隠すことのできない部分なのです。ひとの無防備な表情がでています。100人いれば100色のひかがみ。からだも一人一人ちがうのだよと、ひかがみ氏は語っております。
(ちなみにこれら話を夫にしたところ、実は彼も女子学生のひかがみにはこだわりがあり、お気に入りのタイプがあると判明。長いつきあいでいでも知らないこと多し)
また、作家では松浦寿輝の「あやめ 鰈 ひかがみ」という作品もあります。
*松浦寿輝
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BE%BE%B1%BA%BC%F7%B5%B1
*「あやめ 鰈 ひかがみ』
生と死の狭間のエロス。木山捷平文学賞受賞東京の片隅で、一夜のうちに起こった出来事をそれぞれ語る三つの物語。まったく独立したストーリーながら絶妙な照応関係で絡み合い、読者を夢幻の世界へと誘う。
http://www.amazon.co.jp/あやめ-鰈-ひかがみ-松浦-寿輝/dp/4062122057
松浦氏は、暗いうごめく闇の中でおきた三人の男の感覚を表現していきます。時間と空間がねじ曲がって、自分の感じたものだけが自分にとってのリアルとなる。現実と思っていることが本当のすべてなのか、そうでないのかを感じるという点で面白く読み始めました。
私は原マスミ、佐野四郎のように夜を唄う曲が好きなので、全体のムードは良いのですが、死臭漂うその腥さ(なまぐささ)の中に悦楽を感じる程リミッターがきれていないので、途中からは厳しかったです…。
その第三話に松浦氏はひかがみへのエロス的妄想を主題にされました。
テーマ自体はわたしにとっては厳しいものの、私と同じ名前が登場したため「これは最後まで読め!」ということだと思い、読み切りました。
私が目論んだように、「この本を読んだら、ひかがみをより臨床に生かせるかも!」
そう思ったあなたにはこの本はおススメしません(爆)。
しかし官能も宇宙の一部に含まれるとすれば、氏の詩的表現はあなたの感受性を耕すかもしれません(ただ、趣味があわないと読むこと自体厳しいかもしれませんが)。
個人的には「老後なんてものはない」「こどもは大人を憎んでいる」といくつかの視点に興味を持ちました。息食動想の想につながりそうです。
松浦寿輝氏は猫好きでもあるので、もう少し別の本も読むつもりです。
それにしても、世の中には、意外とひかがみに注目している人がいるんですね。
共通して言えるのは、皆さんマニアなこだわりがあるということでしょうか。普段人が気にしないであろう部分に注目する。考えと感覚を深めているようです。
我々も、ひかがみを通してからだという宇宙を見させてもらっています。
もちろん、エロス的目線では見ていませんから、ご安心を。
森田珠水
4/14の福田実行委員のブログ「ずっと好きだったんだぜぇ」で思い出した話です。
私も先日このCMを見て既視感を覚えたことがありました。
それは4/4に、山崎直子さんが初のママさん宇宙飛行士としてディスカバリーで飛び立つ日、
母校では「山崎直子さんライブ中継応援会」が開かれた日のこと。
私も仕事が終わってバイクで駆けつけましたが、ついた時がちょうど発射10秒前。
会場は在校生、同級生、先生&先輩方でいっぱいで、NHK取材陣の後ろからみんなの応援する姿を見ているという状態でした。
いよいよ飛び立つときの皆の感動と興奮の表情は忘れません(そこかい!)。
応援会が終わると、今度は集まった同級生とその場でプチ同窓会のムードに。
女子校なので、恋心再燃などはないのですが、顔も声も20年前のままのみんなでした。
変わっているのは、お母さんになっていたり、バリバリのキャリアだったり、人それぞれの歴史を感じましたね。
そういえば、もう一人JAXAで働いている人もいましたね。
しばらく懐かし〜い気分で盛り上がっていましたが、やはり、高校時代の皮膚のハリはちがうもので、「あ、なんか思い出しそう、なんだっけ、これ?」と思って思い出したのが資生堂のCMです。
斉藤和義の曲といい、人選といい、資生堂は40代男性の心をくすぐってると思うのだけどどうなんでしょうか?
まあそれはともかく、1日のうちに女の人生を何十人分聞く、という珍しい日でした。みんな毎日充実してここまできました、という感じで感慨深かった。
山崎さんはその場にはもちろんいないわけですが、色んな人から見た角野ちゃん(旧姓)像が語られていました。
高校時代の彼女とは「宇宙飛行士になりたかった」という夢を聞く程の中ではなかったけれど、1学年の人数が120人程の学校だったので、1日に1度は顔を会わせてました。
美人で気さくで秀才で笑顔がいい、というのは今TVで見ても変わらない感じ。
当時から落ち着いていて、かといって暗くもなく、意見ははっきり言うけど出しゃばらない。
軸が一本通っていたのは、宇宙飛行士になる目的があったからでしょうか。
当時も今もそうですが、昔から3分と着席していられない私には憧れの存在でした(笑)。
地上に帰還するのが1日遅れ、上半身着物で舞っていたすみのちゃんの笑顔を見た時は高校生時代の笑顔と一緒でうれしかったですね。
そんなこんなでひとしきりプチ同窓会を終え、体育館に残って全員で記念写真を撮り、解散となりました。
近くで待っていたご主人と子供が迎えにきている人あり、お母さんが孫つれて舞っている人あり、再び20年の時間の流れを感じつつのさよなら。
私の帰り支度と言えば、雨のバイク移動(在宅マッサージの日)だったため、青のでっかいカッパを着て(リュックをしょった上から着るため)、
(今時の女子用だけど)ゴム長を装備したのでした。
みんな久しぶりに会うってんで、カジュアルでも身ぎれいにして来ているというのに、私は魚屋のおっさんのてい。
足下を通り過ぎる誰かの子供にじ〜〜〜っと見られ恥ずかしくなったのですが、状況を説明するのも不自然なので、そそくさと校舎を出る私…。
霧雨の中、バイクで自宅へ向かう途中、「う〜ん、かたや宇宙に飛んでいるのにわたしゃ何やってるんだろうか?」とトホホな気持ちでした。
しばらくして雨も上がり、風を気持ちよく感じながら軽く動診。
肩甲骨が気持ちいいなと味わっていると(運転中の動診操法、良い子は真似しないように)、「人体は宇宙」という思いつきが湧きまして。
でもって、時には意識が違う次元に飛んぶこともあるじゃない、なんて思ったりして。
じゃあ、私もそんなには遠くもないことしているんじゃないかと思い、
しかも、毎日興味のあることを求めて、人間関係も困ってないし、ご飯も食べれてるし、私もなかなか幸せな自分に気がついちゃって、鼻歌バイクでのご帰還でした。
まあ、そうとはいえ、やはり無重力ってどんなだったのか、どうやってからだ作りしたのかなど、
山崎さんにいろいろと聞いてみたいものです。
日本に帰って来たらホントの同窓会をしようね、といってみんなと別れたので、再会するのが楽しみです。
森田珠水
おはようございます。森田です。
操体を学んで可視の変化、が昨日のブログでしたので、今日は目に見えない変化について書きます。
◎感覚を聞き分ける事で、自分自身の健康に予想以上に関わる事ができるのだと知った。
「病気は突然やってくる恐ろしいもの。自分では治癒に手が出せないもの」から、「からだのバランスを保つためのからだからのおしらせ。自分自身が積極的に治療に関われるもの」へ変化した。
逆にいえば、自分のからだに責任を持たなくてはいけないとも言える。からだに変調が起きても、他人や環境のせいにはできなくなる。
できるだけ責任をとっても病気になったら「そこから先は神の領域(三浦綾子)」と肯定的に受け入れることができる。(人生を他のせいにしない、カッコいい女になれる?)
◎健康の定義が変わった。患者さんがどんなポジションをとっても、会話できない人でも、感覚をとおして臨床をすることができる。
寝たきりのかたなどの臨床も、気持ちのよさで治りたいというからだの要求をみたすことに心血を注げばよいのだ。「私が治さないと」というエゴと不安がなくなるはずである。
そうして肩の力が抜けると、他力で私が手を出すよりいい治療結果が出始めた。事上で不安やあきらめ、退屈、我慢を感じなくてよいのは本当に助かる。
◎素直に感謝できるようになる
橋本先生は「気持ちの良さで治るんだよ」とおっしゃっていた。これを今の我々は体験し、進化(深化)させている。三浦先生の「自分と向き合う贅沢」という表現、また分科会での平直行相談役の「からだを探検することは楽しい」という言葉。
これらは、操体を通して、お金もかからず、退屈知らずでいられ、自分を知り、生き方が変わり充実することへの足がかりである。気づきだすと、他にもいくらでも感謝できることが世の中には沢山あるのだとわかってくる。
など。
書きだすときりがなく、対談で伝えきれなかったことをちょっと反省しました。もし次回があるのならば、もっとズバッとコメントできるよう課題ができました。
操体を学んでの変化という深い想いは、実行委員一人一人のあると思います。是非聞いてみたい。
私も秋のフォーラムで刊行するVisionSに関連したことを書こうかと思ってます。
三浦先生は「操体に出会うと人生を狂わされちゃうんだよ」とおっしゃっていました。まさに操体を体験して、考え方がひっくりかえされ、会社も人間関係をはじめとする生き方が変わってしまった人が多いです。
しかしBig Changeでも心の調和ははかれるているので、ハッピーでバランスのとれた方へ向かいますのでご安心を。
ただ、操体の臨床家であろうとするならば、学び続けなければならない事があります。
患者に感覚をききわけていただき、最高の快を味わっていただくためには、施術者自身がイノチとしっかり向き合って、般若身経、息食動想+環をはじめとする橋本哲学を日々深めないことには手に入りません。
例えば、
今回の文化会での、三浦先生の美しい姿勢での動診操法の介助、見ていただけたでしょうか。
これは臨床家は目に焼き付けておいた方がいいです(断言)。
からだの使い方が理に適っており、且つ、いくつかの動診操法のポイントをクリアして初めて
患者さんに感覚の聞き分けや味わいを充〜〜〜〜分にしていただけるかにかかっているのでです(未体験の方はぜひ一度患者として感動してみてほしい)。
しかも、からだの使い方がきちんとできていると臨床結果が変化するだけでなく、施術者が疲れず、気持ちのよさを一緒に味わって健康になってしまうという、美味しくありがたいおまけつき!
色んな意味で、仕事と生活は別物でなくなってきます。二つは一体なのです。努力も責任も軽くはないけれどからだで納得できるものだから続けようとやる気も出ます。24時間無駄じゃない生活、いいじゃありませんか!
ハッピーの種はあちらこちらに落ちているのに、ゆっくり歩いていないで見落しているのです。橋本先生の「この世は極楽」とはこういうことを言うのでしょうか。ハッピーの種、気づいて拾って育てたもの勝ちですよ〜。
と、アツくなってしまったところで、今日はこの辺で。

こころの洗濯をしに立ち寄る「品川区ふるさとの浜辺」
森田珠水
こんばんは。 森田です。
東京は19℃の晴天で、気持ちのよい気候でした。
患者さんちの垣根には黄モッコウバラが輝いていたのでぱちり。

昨日は初めての東京操体フォーラム分科会を無事終了いたしました。
沢山の参加者の方にご来場いただき、どうもありがとうございました。
感謝の気持ちでいっぱいです。
三浦先生の実技も最新の施術を披露していただき、
お客様も驚かれたのではないかとおもいます。
(実行委員も楽しんでしまいました…)
インパクトが強過ぎて、東京操体フォーラムの団体が怪しい団体などとは思わないでくださいましね。
反対に会を進める点で課題はいくつもありますが、
私たちはこれからも操体を耕し続け、橋本敬三先生の志を表現し続けて行きます。
どうぞ我々の今後の活動にご注目ください!
ところで私は「操体を学んで」をテーマに、友松さん、山本さんとともに対談形式で発表しました。
話の流れに乗りながら、自分の言いたい事を話す難しさを体験。
もちろん言いたい事を全部つぎこんでもお客様は混乱させてしまうかもしれないので、
「気持ちのよさを聞き分ける」「ききわけた快適感覚を味わうことで治る」ことにしぼれて良かったかなと思います。
個人的に対談で言いたかったのは、目に見える点で変化したのは
◎元気が底上げされた
脈や舌を診ても変化し、風邪をひきにくく回復しやすくなった。
◎X脚が改善された
からだの使い方がかわると筋肉のつき方がかわる。
◎婦人科系のしこりを操体(自力自動、渦状波)でコントロールしている
病気を悪いものとせず、ありがたい「歪み間に合ってるかなゲージ(ものさし)」にしている。
◎バイクに長時間乗っても疲れなくなった
柔軟性が増し、からだの使い方のルールが身についたら楽に、安全に乗れるようになりました。
などがありました。
他にも、「10才若く見られるようになった」とか、ツッコミ上等なポイントもありますが(汗)。
不可視(目に見えない)な点は、
今日のところは長いので明日に回しましょうか。
ではではおやすみなさいませ。
森田珠水