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  • ひとこと

    自分の行動を振り返ると、興味を持つことが以前とは随分変わってきたと実感する。今まで気になっていたことが気にならなくなり、逆に今まで気にもとめなかったことに意識が向いている。

     

    ある時、友人から「変わったね」と言われたことがあった。

    この一言を進化と捉えるか、退化と捉えるかで、今後の展開は変わってくる。

     

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  • 予期しない出会い

    コツコツと続ける。続けるという行動を手助けしてくれるものの一つに、本の存在がある。本は日常生活の中で身近にふれることができる。さらに、自分が全く知らなかった世界を教えてくれる。私が操体を学ぶきっかけになったのも、一冊の本だった。

    からだの設計にミスはない―操体の原理

    からだの設計にミスはない―操体の原理

     

    先日、たまたま図書館で手に取りやすい場所に飾られていた本をパラパラとめくってみた。本当にたまたまだった。書店だと自分の興味のある分野にばかり目がいってしまい、おそらく見ることがなかったであろう一冊。

    アオキガハラ

    時間にして数分だった。「特別これを学んだ」と言葉にできるわけではないけれど、どこかで感じた。何かを感じている自分がいた。

    予期しない出会いに、真価への導きがあるのかもしれない。

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  • 超えた先…

    蒸し暑い中、蝉の声が聞こえる今日。夏が来た!と叫びたい気持ちです。

    海の日東京操体フォーラム理事長、三浦寛のワンマンライブが開催されます。

    操体操体法を学び50年。その三浦が1日まるごと操体を語ります。

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    言葉にとらわれず、その言葉を超えた時に、自分の向き合っているものの、真価を受け取れるのかもしれない。

     

    コツコツと拾い。

    コツコツと捨て。

    コツコツと磨き。

    コツコツと続ける。

     

    この繰り返しが真価を導くのだろう。

     

     

     

  • ほんとうの…

    今週一週間担当いたします、香です。

    よろしくお願いいたします。

     

    今回のテーマ、「シンカ」。

    最初に私の頭に浮かんできたのは「真価」だった。

    本当のねうち、価値。

    世の中では、その言葉にふさわしい評価がどのぐらいされているのだろうと考えてしまう。価値とは、何かの基準にしたがって決まる。その基準は人間が決めたものがほとんどであろう。そのものに本当という言葉は、どのぐらい真意があるのだろうか。

     

    新たな発見により、今までの常識が非常識に変わるということも起きる。

     

    現代社会は、情報が溢れている。情報を目の前に、受けとる勇気と捨てる勇気を同時に持つ必要があると日々感じる。

     

  • 呼吸の真価

     最終日のシンカについても、また別の漢字に変換して呼吸の 「真価」 とした。

     

     呼吸というものの真価が本来どれだけの力と可能性を秘めているか、それを理解するには、人体の目に見えない側面を理解する必要がある。  

     

     西洋的学問は、生物におけるからだのしくみを厳密に物質的な観点、すなわち、唯物論的な方法で説明するやり方が過去300年もの間、支配してきた。 その結果、多様な利益が生み出されたことも事実ではあるが、そうした方法は、あらゆる生体の根元的な特徴については触れることを避けたまま現在に至っている。 

     

     アメーバ―やクジラや青虫、それに人間も、この地球上に生きるすべての生物に共通したある重要な特性が存在している。 生物の物理的形態であるからだというのは必ず、目に見えない波動からなる精髄が隅々まで浸透しており、それが生命エネルギーと呼ばれているものである。 

     

     この生命エネルギーは、「粒子」 であると同時に 「波動」 であり、粒子としては流れ、波動としては広がっていくという性質をもっている。 そんな生命エネルギーは、からだの内部で規則性をもって流れており、放射状の場としてからだ全身にひろがり、さらにまわりの環境へと広がっている。 

     

     生命エネルギーの性質や効果においては、電気や磁力や、重力、それに核力などに似てはいるが、そのどれにも該当しない。 しかし、科学的方法では捉えがたいが、生命エネルギーそのものを体験するのは意外と簡単なことのようである。 体験を重ねていくうちに、生命エネルギーこそが肉体と精神と魂の本質であり、人間が健全に統合された生を送るための必要不可欠な要素であることがわかってくる。

     

     人体の細胞ひとつひとつの内部には、物質をエネルギーに、エネルギーを物質に絶えず変換している双方向の精巧な変換プロセスがあり、それは目に見えない循環系によって各細胞に送られている。 

     

     呼吸は、この目に見えない循環系を動かしている生体メカニズムである。 人間が生命エネルギーを形あるものに変換するための主たる方法が呼吸であると言える。  それは呼吸をするたびに我々は原材料を集め、からだと心を形作っているのだ。

     

     呼吸による生命エネルギーの肉体化というのは、まず純粋に量的レベルで始まる。 

     呼吸の吸息で入ってくる空気は生命エネルギーに満ちており、質量になりつつある直接的なエネルギーをいちばん豊かに得ることができる源である。 吸息によって肺底にまで届く深い呼吸を続けることで、より多くのエネルギーを取り入れられ、からだと心の変容の可能性をより大きくすることができるのである。

     

     また、呼吸の質的な面においても大変重要であり、自分の呼吸をどれだけ意識するかによって、からだと心に現れるものの性格が異なってくる。 人間の存在にさまざまな側面で生命エネルギーが集結し、あるいは循環し、放射されるとき、それは常に呼吸を通して行われる。 

     

     ひとつひとつの呼吸の速さ、リズム、深さ、強さ、からだの状態、心の特徴など、これらすべてが、我々の生命の中でエネルギーがどう動き、どのような形をとるか、というような呼吸の真価を確実に左右しているのが意識的に行なう呼吸というものである。

     

     明日からは香実行委員が「シンカ」について、展開していきます。

     

     

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  • 瞑想の深化

     六日目のシンカは進化から別の漢字に変換した 「深化」 という内容で話を進めたい。

     

     私にとって深化と言えば、瞑想というものが浮かんでくる。 瞑想を深化するのは、四つの卓越した準備が必須である。 

     

     それは、まず始めに 「観察」 すること。 ただし、評価することなくして観察しなければならない。 それは身の回りにあるあらゆるものからを観察することができる。  自分をとりまくどんな機会も逃さずに観察しなければならない。 

     

     というのも問題は自分自身が何を観察するかにあるのではなく、その観察自体そのものが成長してゆくことにある。 まったくもって、あらゆるものを観察することができるはずだ。  樹々を、鳥たちを、動物たちを、人々を、往来を、自分自身の心とその往来を、自分自身の反応と他者の反応を、ありとあらゆる状況を観察のために使わなければならない。  そうすれば観察は自分の中に深く根づいてゆくことができる。

     

     二番目は、「分析」 すること。 これは観察が深く根づいてからのステップになる。  しかし、観察と分析を混同してはならない。 最初の観察はどんな分析も、どんな判断も、どんな評価もないシンプルな観察でなければならない。 その観察をしてから分析することにはいってゆく。 それから分析という細部に入ってゆくことだ、それから更に解剖することができる。

     

     そうしてから部分を見る、どうしてそれができているのかを。 というのもそれぞれの経験はとても複雑なものだから、もし自分が本当にそれを理解したいと思うならば、それをその細部に至るまで解剖しなくてはならない。 

     

    三番目は、「至福、沈黙、落着き、穏やかさ」 といったものを自分にもたらすことができるものを、頭ではなく最大限の感覚を使って、それを選ばなければならない。 

     

     そして最後の四番目は、「緊張、心配、苦悩、地獄」 というネガティブなものを自分にもたらすものを自覚してそれを放棄すること。 これら四つの準備に従うなら、本当の意味での深化した瞑想が自分の中に現れてくるだろう。

     

     

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  • 人類の進化

     進化の最後は人類にとっての進化、これは人類の使命というような大きなテーマにまで繋がってくる。 また、なぜ人間に生まれてきたのかという哲学的問題にまで及ぶのである。

     

     そもそも我々人間が存在している宇宙というのは、元々、物質というものが存在していなかった。 唯一、想念波動というか、いわゆる 「心」、つまり、霊魂だけがあったといわれている。  そのような霊魂も当初は、単一で存在していたが、そのうち色々と分化し、進化していった。 その進化の中で色んな種類の物質が創造されていったのである。 このようにして段々と次元が上がってくる。 これが進化というものだ。

     

     この宇宙には、宇宙全体が進化しなければならないという大法則が存在している。 それは立ち止まってはならない、たえず進まなければならないという法則である。 たとえば、飛行機の推進力と同じで空中で止まると下に落ちてしまう。 つまり、進化を止めると飛行機は落下して破滅してしまうことになる。

     

     そのように進化していくことで、レベルの低い想念波動が段々とハイレベルな想念波動に進化していく。 また心には、霊力というものがあるが、それが想念波動のレベルが低いから弱いとは限らない。 レベルが低くても強い霊力がある。 

     

     しかし、このような心の想念波動だけでは進化にも限界がある。 そこで、物質が必要になってくる。 元々は心の想念波動しかなかった、いわゆる霊しかなかったのである。 そして、次に物質が創られた。 だからといって物質だけあれば、心は不要なのかといえば、そうはいかないし、また、心だけで物質は不要なのかというと、そういうわけにもいかない。

     

     哲学の世界では、この世は物質だけがあればそれでいい、すなわち物質が基礎であるという思想があり、これを 「唯物論哲学」 と言い、これに対して、心こそが基礎であるというのが、「唯心論哲学」 と言っている。 これら、心と物質の論争が激しく行なわれていた時代もあったが、最近はあまり聞かなくなった。

     

     これを人間に譬えてみると、「身心一如」 の法則ということになるのだろうか。 心は身体(物質)を動かし、身体(物質)は心を支えるということだろう。 お互いに支えあって、お互いに進化していく。 そうするのが自然なあり方であり、宇宙の法則に適うことになる。 その法則から外れると、不具合なことが起こり、極限に達すれば、破滅がやってくる。 

     

     だから、その心が極限にまできて、そして、進化して物質というものができたのである。 物質というのは、縦、横、高さの三次元であると、ある宗教学者は言う。 その宗教学者が言うには、霊界は物質界の三次元よりも上だから、四次元だと。 それを聞いた世間の人もそのように同意しているようだ。 アインシュタイン相対性理論によれば、四次元というのは、三次元に時間が加わったものであるという。

     

     だがしかし、本当のことを言うと、その宗教学者の言うのとは逆であって、霊界の方が進化のレベルが低いので、物質世界が三次元であれば、霊界は二次元以下ということになる。 〇次元~一次元~二次元~三次元へと進む中で、更に小刻みに進化していく段階があるので、無数に段階が存在しているということになる。 今現在、三次元から先はまだ進化していない。

     

     宇宙の法則でいくと、自然の状態のままでも、極限がきて進化が止まってしまう。  自然界のままでも進化が止まる、そこで、人工の世界、人間の世界が創造されることになった。 そして、人間と自然が助け合いをしながら、お互いに進化をし、繁栄をしていくということになる。

     

     最初に述べた哲学的思惟である人間の使命というのは、自然界を繁栄させ、進化させることに力を尽くしながら、人間自身も努力をしながら進化をし、そして、豊かになった自然から、余った物を貰って、それを使って生きていくということ。 すなわち、自然と人間との共存共栄が可能になってくる。

     

     この宇宙にはミスというか間違いはひとつも無い、しかし、完全というものも何一つない、宇宙そのものは決して完全ではない。 すべてが完全でないから、完全というものに向かって、すべてが進化をしなければならないということになるのだろう。

     

     

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  • 直立の進化

     昨日の続きで、四日目のシンカは、直立の進化の内容をさらに深めたい。

     

     昨日、人類は直立二足になったことで、膝と股関節を曲げる必要がなくなった初めての陸上動物であり、その膝と股関節を伸ばした状態を維持するのに、大腿部後面のハムストリングと下腿部のヒラメ筋を使っていると述べた。

     

     ところで、膝と股関節を伸ばしておくには、殿筋で大腿骨を後方に引き付け、脚を支えているからこそ可能となる。 また、その殿筋を働かせているのが骨盤、正確には仙骨の角度がとても重要であり、仙骨を後傾すると殿筋は強くなり、前傾すると殿筋は弛んでしまうことになる。

     

     ここでひとつ誤解を説いておきたい。 筋の機能解剖などが書かれた本には、大腿四頭筋は 「膝を伸ばす作用」 があり、ハムストリングは 「膝を曲げる作用」 がある、と書かれている。 それについては、実際に少し膝を曲げて立ってみると、確かに大腿四頭筋を使っているのがわかる。 しかし、そこから膝を伸ばしていき、伸びきったところでは、前面の大腿四頭筋は弛んで働かなくなり、その代わりに、後面のハムストリングが働くようになってくる感覚がつかめるはずである。

     

     このように大腿四頭筋からハムストリングや大殿筋の働きに移ることで、拇趾の付け根にある拇趾球が大地にしっかりと押しつけられているのが実感できる。 実を言うと、このとき働いているのがヒラメ筋であり、この筋肉が働いていると、ハムストリングは膝を伸ばす筋肉に変わる。 逆にこのヒラメ筋が働いていなければ、ハムストリングは膝を曲げる筋肉になってしまう。

     

     さて、直立二足の形態において、運動生理学によると、自然な膝の伸展角度といわれているのは五度までとされているが、その五度を超えると、膝が後方に反った状態になってしまう。 こうした状態にすると、ハムストリングやヒラメ筋を働かせているのではなく、膝の後ろの靭帯や関節包に寄りかかった状態になってしまう。 

     

     この直立姿勢を側面から見ると、膝側面の中心線が外踝よりも後ろに位置している。 これが、俗に 「反張膝」 と呼ばれているものだ。 この反張膝というのは、膝の組織上ストレスのかかった状態になっており、膝の前面に痛みを伴う原因にもなる。 歩くことが少なくなった文明人では、このような立ち方をしている人が非常に多い。

     

     こういった直立二足の立ち方について、現代人は本来あるべき人類の進化からみれば、退行しているようにしか思えない。 人類として進化した自然な直立二足を具体的に言うと、膝の力を少し弛めて立つことにより、膝は曲げるのではなく、自然に僅かに曲がってくる。 それは大腿部後面において、少し緊張気味に膝を支えた状態となり、膝蓋は少し上方へ向いてくる。 これこそ自然な直立二足というものである。 

     

    明日に続く

     

     

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  • 直立二足への進化

     昨日に続いて、三日目のテーマは 「直立二足への進化」 とした。

     

     生命の始まりである海洋生物から地上に上がり、四足歩行動物の時代を経て、二足歩行の人類へと進化してきたものであると、生物学の本には記されている。 人類は大後頭孔の位置が頭蓋の底面に移動したから二足歩行するようになったのか、二足歩行するようになったから大後頭孔が頭蓋の底面に移動したのか、それは、ダーウィンの進化論に委ねるが、 大後頭孔の位置の変化は人類にとって最も大きな革新であった。

     

     さらに、人類は頭蓋骨の形状を変え、前頭葉を大きく変化させ、頭脳を発達させていったのである。 また、人類の直立二足では地上の重力による体重が、垂直に伸びた下肢から直接足底に伝わってくる。 それを和らげるために 「土踏まず」 が発達し、三六〇万年前までには人類は完全な直立二足歩行を習得していたと考えられている。

     

     人類は三六〇万年も前にすでに二足歩行を始めていたのではあるが、それは何も人類だけの専売特許ではない。 チンパンジーやテナガザルやカンガルーなども二本足で歩いたり、飛び跳ねたりしている。 このように人類以外にも二本足で立ったり歩いたりすることができる動物がいるのも事実である。 

     

     では人類の二足歩行とどこが違うのか、それは単なる二足歩行ではなく、人類は直立二足歩行であるということだ。 この直立というのは、膝や股関節が曲がることなく、下肢が垂直に下方に伸びていなければならない。 その垂直に伸びた脚の上に、直立した上半身がつながっている。

     

    人類は直立二足になったことで、膝と股関節を曲げる必要がなくなった初めての陸上動物である。 しかし四足歩行動物が頭部を前方に突き出し、常に筋肉を働かせて頭をひっぱり挙げていなければならないのと同じように、人類の場合も脚の筋肉を使って膝と股関節を伸ばしておかなければならなくなった。 

     

     人類が膝と股関節を伸ばした状態を維持するために必要とされる筋肉は、大腿部後面のハムストリングと下腿部のヒラメ筋である。 ところが、人類が直立二足歩行に至るまで、四足歩行の時代が長く続いていたこともあって、膝や股関節が四足動物の後ろ足と同じように屈曲しやすい習性も今なお引き継いでいる。 そこで、膝や股関節を伸ばしておくために、人類はこれら脚のハムストリングやヒラメ筋を使って維持するようになったのである。 

     

     ハムストリングは、大腿骨の後面の深部にあり、インナーマッスルといわれていて、弛んだヒップを持ち上げる効果もある。 だが、文明時代の昨今にあっては、大腿骨前面の大腿四頭筋を使って立っている人を多く見かける。 この大腿四頭筋を使って直立二足を維持していると、セルライトの原因にもなりやすく、またO脚になる確率もひじょうに高くなる。 

     

     膝が屈曲すると、両膝の距離が離れていくのは生理的に自然なことであるが、実はこれこそがO脚の根本原因なのである。 これをからだの土台は足だからというので、整体療術家のなかには、とんでもない方法でそれを治そうとする人もいる。 

     

     直立二足という人類の原点に戻れば、下肢と上半身のバランスが取れれば、膝と股関節は自然に伸びて、O脚は解消するものである。 特に上半身の前方に片寄った狂ったバランスを是正するのに、操体では骨盤の前湾曲を誘導している。 すると、臀部が後方へ向き、上体のバランスを後方へ移動することができて、ハムストリングやヒラメ筋の支えとなることができる。

     

    明日に続く

     

     

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  • 四足動物の進化

     昨日の続きとして、二日目は 「四足動物の進化」 をテーマにした。

     

     水中から上がって四足歩行をし始めた頃の中間的存在ともいえるワニなどの両生類が進化して、地上だけに棲むトカゲのような爬虫類が生まれてきたものと思われる。 しかし、両生類のワニやトカゲなどの爬虫類の特徴は、四肢を体の外側へ張り出す形態をとっており、足で大地を踏ん張って歩く、いわばガニ股で歩いている。

     

     それが、同じ四足動物であっても、哺乳動物になると、四肢の付け根を回転させるようにして、胴体の下に引き込む形態に進化してきた。 ただし、前肢と後肢においては、回転方向が反対になるので、いわゆる肘と膝に見立てることができる部位は逆方向に屈曲するようになった。

     

     そうすることで、胴体の重心移動に対応しやすく、体を支えるための好都合な四肢のつくりになったのである。 構造的にいうと、四足哺乳動物の頭部は前方に突き出ているので、バランスの関係上、前肢の上に体の重心がくる。 そのため前肢はまっすぐに伸びた支点となり、後肢はというと、股関節と膝を最初から屈曲させて、運動性能を高めるために、瞬発力をためた状態を常に維持しているという格好になった。

     

     現在、地上で暮らす人類以外の多くの動物は、四足歩行形式をとっている。 地上では水中と違い、多分な重力がかかってくるのだが、その重力に対抗するための四足歩行というのは、ある意味で一つの完成された形態だといえる。 

     

     そんな四足歩行をする動物の頭部は前方に突き出す形態をとっている。 しかし、突き出した頭の重量は、筋肉を常に働かせてひっぱり挙げていなければならない。 そのために、四足歩行動物は突き出た頭部を持ち上げるための筋肉を、とてもよく発達させている。

     

     そのような四足歩行動物の頭部の構造は、頭蓋と頸椎をつなげるための大後頭孔という穴の位置が頭蓋骨の後方にあることだ。 頭蓋の後方に穴があるというのは、頸椎が頭蓋の後方から水平に延びていることになるが、これが最も重要な四足歩行動物の特徴である。

     

     頭蓋の後方に大後頭孔がある四足歩行動物に対して、二足歩行動物である人類は、この大後頭孔の穴が頭蓋骨の下方、底面にあいているのがその最大の違いである。 それは頭蓋から頸椎が垂直に下方に延びているということになる。 

     

     頭蓋から真下に垂直に頸椎が出ているというのは、その下に続く胸椎から腰椎へと人類のからだは垂直に立っている構造体であるということだ。 つまり、人類が二足歩行動物であるというのを論理的に言うとするなら、頭蓋の大後頭孔の穴の位置でそれが証明できるのである。

     

    明日に続く

     

     

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