カテゴリー: 未分類

  • 姿勢を考える

    犬や猫が寝ているのを見ていて姿勢について気づいたことがある。
    犬や猫は横向きに寝ている。犬や猫の胴体は、人間とちがい、縦の方が長いから、横に寝るべきであり、人間のそれはというと横の方が長いから、縦に寝るべきである。人間の寝る姿勢は仰向きが正しい。ただし、体の不調から横向きに寝たい時もある。大抵は、違和が起こっている側を上にして横になっている。上位の側の方が血循がよいためである。また、伏臥位で寝るのは、腎臓のためにはよい。腎臓の弱りやすい人間は時々、伏臥位で寝ることを勧めたい。私は就寝前5分間の伏臥位を日課にしている。
    次に人間の立っている時の姿勢であるが、頭は重いのに、それを支える頸椎は、中央ではなく、後方にある。だから顎は年をとるにつれて前に突き出てくる。それが頸椎を歪めることになるから、つとめて顎を後方に引くことが必要になってくるのである。

    次に顎と同様、頭と胴との重量は、仙腸関節にかかってくるが、それを受け止めている股関節は、その垂直線下にはない。だから年をとるにつれて恥骨が前に突き出てくる。元々、縦に重なって狂いやすい仙腸関節がますます外れてしまうことになる。それで骨盤内の器官が、まず障害され、次に両脚が弱まり、やがて全身が歪んでくる。そこで恥骨を後ろに引くと、股関節が仙腸関節の重心線に近づき、関節が安定して、終日、立っていても外れにくくなるのである。また、年をとると股関節が外転していくから、重心が足裏の外側に移行し、両足の両外側で歩く形になる。これが歩行を困難にし、脳に悪振動を与え、肝臓も弱めてしまう。年をとると股を開いて歩く、といわれるが、ゴリラの歩き方もそうだから、頭脳が発達しないのである。
    これを防ぐには、足の親趾に力をこめることが重要になってくる。立っている時の姿勢は顎を引く、恥骨を引く、足の親趾に力をこめるということが必要不可欠であるということがわかってきた。

    また、姿勢は癖でもある。体に着いた姿勢の癖で、体が心の病気を起こすことにもなってくる。肺が堅くなると頑固になる。骨盤が曲がるとヒネクレる。肩が捻れるとカンシャクになる。頸が堅いと疑い深くなる。体の重心が前に傾くと心配性になり、後ろに傾くと傲慢になる。頸が前に出ると干渉好きになり、腰が前に出ると臆病になる。これら病気の性格を治したいならば、体についた癖を治さなければならない。からだの歪みを正すことが重要とされる所以でもある。

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  • 風が吹くと

    「風が吹くと桶屋が喜ぶ」という昔話はどこかで聞いたことがあると思う。風が吹きまくると眼に塵が入る。眼に塵が入ってそのままにしているとめくらになってしまう。めくらになると三味線をもって軒に立つ人が増える。三味線をもつ人が増えると、猫が殺される。猫が殺されると、鼠が増える。鼠が増えると、桶をかじられる。桶をかじられると、桶の注文が増えて、桶屋が喜ぶというわけである。
    これは全身一者の真理を説いた例え話である。生体は一者であり、どの一部分が破損しても、他の全体を障害する。一部分の症状は、他の全体の失調の結果であるという理を悟らせていたのだ。西洋医学はこの真理をわきまえているものが少ない。眼の病気の多くは宿便が原因だが、眼科医で宿便の注意はしない。心臓病も多くは脚の異常から起きているが、これを言う心臓医はいない。東洋医学も療法に依存している。種々の健康法にしても○○キノコだ、竹踏みだ、○○体操だ、などと称賛されては、いつのまにか忘れられていく。まるで流行ファッションのように出ては消えていくのだ。それらはすべて刺激を起因とした方法であり、ショック治という原理に基づいている。便が出にくい時に頭頂をポンポンたたくとスルリと出る。何回か繰り返すうちに、刺激が刺激でなくなる。睡眠薬も初めのうちは効くが、しだいに効かなくなってくる。人体は新しい刺激には強く反応するが、たび重なると反応しなくなって効かなくなってしまう。こういった神経系ショックは一時的なもので病気が完全に治るはずはないのである。ただ、応急処置としては役立つ方法ではあるが。
    病気の原因は生活全般の悪習慣にあり、この悪習慣を反省し、改めて欲しいという思いから息・食・動・想と環境という操体哲学を橋本先生は世に送ったのであろうか。

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  • 注目の動き

    大阪に明治の森箕面国定公園というところがある。もみじの名所で、当然に紅葉を見に訪れたのであった。この公園の中には滝があり、その周辺には野生のサルが生息している。サルたちを見ていると紅葉より興味が湧いてくる。やはり人間に一番近い形をしているように思う。
    観光客から奪い取った菓子を五本の指を器用に使って食べている。ノミ取りを見ていて感心するのは、実に細かい手作業をこなしているのである。
    ふと、見るとサルの周りにいる観光客の中にサルによく似た動きをしているのがいる。どうやら中年のメタボおじさんのようだ。片手に缶ビール、片手にピーナッツを持ち、忙しく食べながら、ビールをグイッと飲んでは何か喋りまくっている。実に動作がせわしない。まったくもって落着きがない。サルよりもメタボおじさんの方がよっぽどサルらしく見えてきた。普段からこんな動作が習慣になっているのだろう。
    動作というのは、人の心を表しているものだ。茶道や華道のようなおよそ道とつくものに精進されている方なら、その美しい動作からは心の静寂もみえてこよう。動作一つとってみても、そこには思慮深さというものが感じられる。
    仮に今、頭をかこうと手を上にもっていくとしたら、決してサルのようにせわしなく、ノミをとろうとしているような動作になってはいけない。指ひとつ動かすにも無意識に動かすのではなく、頭をかこうとしているこの手の指は、ちょっと注目されている存在である。注目の的となった指はゆっくりと頭に届く。そしてゆっくりと頭皮をかくのだが、この時の心地よさを意識的に味わうのである。これが理想とされる人間の動作というものである。
    操体の動診においても、動きが速いと注意されることがあるが、速く動くと、からだの感覚をききわけにくくなるのである。スピード時代に生きる現代人にとって速く動く習慣的動作は負の産物であろうか。サルとメタボおじさんを見ていて、反省しきり。

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  • 防衛的緊張

    親しい友人と暴飲暴食をしてしまった。翌日は当然に体調不良。あたりまえである。弱ったバッタみたいにじっとしていた。まさに虫の息状態である。食べるものは口にせず、水だけ飲んで一日を過ごした。みぞおちあたりに鈍痛があり、完全な胸式呼吸であったのを覚えている。からだがつけてくる呼吸とはこういうことかと実感した。胎児のようなかっこうでひたすら癒しを求めていたように思う。いわば求心性体位で時を過ごしていたのだ。
    翌々日には快方へと向いてきたが、おもしろいことに回復してくると遠心性体位をとりたくなることに気がついた。丸まって縮こまったからだが、外方に伸びようとしてくる。いよいよ復活の時だ。上肢、下肢とも十分に伸ばしたがっているようで何か快の予感がありそうだ。予想どおり伸びた状態できもちよさをごちそうさま。

    内臓も本調子に戻り、食欲も出てきたのであるが、もう一日、臓器には特別休暇を与えることにして絶食することにした。その日、買い物に出かけたが、からだがいやに軽い気がする。誰も見ていなければスキップでもしてみたい気分だった。からだが軽いだけではない。いつもより感覚も敏感になっていた。飲食店からのおいしそうな匂いが私を誘う。内臓への特別休暇を優先にし、臭覚からの食のお誘いを辞退することとなった。
    内臓を休ませていると、感覚が鋭くなっているのがよく分かる。こんなことがあった。前方から人が近づいてくるのが私の視界に入る。段々と近づいてくる。そして最も近づいて私の横を通り過ぎてゆく。この時、からだの中で大変な事が起こっていた。自分に近づいてくるに伴ってからだが緊張してくる感覚をとらえた。最も近づいた時、からだは最高に緊張し、遠ざかっていくにつれて緊張も緩んでくるのも感覚できる。
    見知らぬ有機生命どうしが出会う時、そこには緊張がある。これは外敵に備え、からだが本来的に持っている防衛本能なのかも知れない。このことについては、格闘家である平さんの意見を聞いてみたい。
    通常意識にはないからだの緊張、内臓と感覚との関係、ますますもってからだへの興味が湧いてくる。

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  • 神秘かな自力自療

    自力自療を別の角度から見てみたい。橋本先生の言葉に「治療など下の下」だと言うのがある。そして三浦先生の臨床を見ていて感じたことがある。操者というのは自分の周波数の波動を流しているということである。それもある決まった周波数を流しているのである。この波動に共鳴してやって来ているのが我々であり、そしてその波動が自分を助けられると思って患者さんらがやって来るのだろうと思う。操者が与える波動のエネルギーに浸り、その波動から自身の波動を上げることによって治癒へと導いてゆく、そんな流れが見えてくる。
    操者が誰かを治療しているというよりは、操者が示している波動に患者自身の波動を合わせることによって治癒への道を示していることである。結果として自分自身で自分を治療するということになる。
    こんな出来事はとてもハプニングだとは思えない。臨床の始まりにおいて、すでに信頼関係が存在しており、治癒すべくして、時間の流れのどこかで互いの約束があったのかも知れない。

    病というものは肉体の本能が、健康を回復しようとする尊い努力にほかならない。病気をして熱が出るのは、高熱によって害菌を掃滅する姿であり、発汗によって菌毒を排泄する働きである。痛みがあるのは、痛みによって、血液を患部に寄せ集め、病根を清掃している尊い相である。嘔吐や下痢をするのも毒物を一時も早く排出しようとするありがたい活動である、というように、およそどんな病気であっても、正常な健康を早く回復しようとする働きがないものはない。これが理解できると我々はまず、病気に感謝せざるをえない。
    「病気よ、ありがとう」と心で思えるようになった時、病気の半分は、その時点で治っているといってよい。逆に病気を悪いもの、と思いこむと、それだけで自律神経が弱ってしまい、内臓の働きが落ちて、余計に病を大きくしてしまうことになりかねない。病気の症状によって治療の方法を誤らなく教えてくれていることを、あらためて問い直したい。

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  • 五官の五感④

    今週は兵庫県から日下が担当します。

    前回ブログで眼・耳・鼻・舌と続けた最後は身です。身は皮膚感覚について話してみたい。

    まず、皮膚を理解してみると、皮膚には殺菌力があり、皿の上に置いた菌はいつまでも元気でいるが、皮膚につけておくと数十分で死滅する。皮膚は外菌を防ぐだけではなく、外傷から護る働きもしている。皮膚脂腺から油を出し、体表一面を頑丈に保っている。また、からだの末端は重要な場所であるので爪を生やし、頭部においては脳・神経中枢部としての最重要箇所なので毛髪で防衛しているのである。体温調節も皮膚機能が独占している。ほかにも肺機能のような呼吸作用もあり、腎臓のような排泄作用もこなしている。

    皮膚は外部にあり、容易に触ることができる。その刺激が内部に伝達されて血のめぐりをよくすることは誰でもご存じのことと思う。日光浴、風浴、水浴、摩擦、湿布、膏薬、あるいは吸玉、鍼灸、電気等みな皮膚による血循の法である。いわば皮膚刺激法である。
    操体では皮膚の接触が刺激であってはならないと教える。皮膚そのものが感覚受容器であり、横紋筋系とは関与しない皮膚の動きがあるという。そして意識にないからだの情報が浮かび上がってくるのだと。つまり、皮膚の無意識に問いかけるとは運動痛や運動制限の不快がないと言っているのだ。画期的な真実を目の当たりにして、皮膚に対する興味がますます深まっていく内奥の自分を感じているこの頃である。

    皮膚に関して、ある患者さんが来院したときの事。89歳になるおばあちゃんである。若い頃、姑さん同居していた苦労を知っているので嫁や孫たちと同居しないで一人暮らしをしているそうだ。毎日病院通いをしていて、週に2回は治療院でマッサージをしてもらっている。それが日課だと言っていた。
    そんなある時、孫娘さんが地方ミニコミ誌に出している当院のCMを見て、おばあちゃんに勧めたのがきっかけでやってきたのが始まりであった。孫娘に付き添われながら、歩くのがやっとのことであったのを覚えている。毎週通っているマッサージは、やってもらっているときは気持がいいのだが、しばらく経つと腫れやアザになり、時には発熱などが起こるそうだ。それを心配した孫娘さんが連れて来たのであるが、背丈は1m60?あるそうで昔なら、かなり大柄な女性だったと思う。今は痩せていて細いのに、手足に少し浮腫みがある。
    初回時は、動くのがとっても辛そうだったので、楽な姿勢の仰臥膝1/2屈曲位から足関節の皮膚の走行感覚をききわけてもらうことにした。驚いた! 皮膚のしわがすごい! するめのように伸びる。逆に動かすとあまり伸びない。非常にわかりやすい。感覚を聞いてみると絵にかいたような返答。とてもきもちがいいと言う。どのようにきもちがいいのか、つっこんで聞いてみた。とてもいい感じだと。きもちがよくていい感じなの?とさらに聞き返すと、とてもいい感じなのでしばらくこのままにしていて欲しいと言うのである。十分納得するまで味わって下さいねと私。しばらくすると小さな寝息が、ああ、寝てしまったか。まあいいかと思ってそのまま見ていたら寝息が止んでいる。それどころか胸の呼吸の膨らみが見られない。むむっ! おいおい、こんなところでお迎えを呼ぶなよ!! 一瞬ビビってしまった私。よお〜くみると1分間に2〜3回しか呼吸していない。顔の相が変わっていた。すごく美人だと思えてきた。
    そんなこんなで初回の臨床を終えて、おばあちゃんが一言「今までやってもらった中で一番、具合がええ」と。妙にうれしくなった。その後、マッサージ通いは止めて私のところに来ていただくようになった。
    おばあちゃんは、しわくちゃなので人前で手を出すのが恥ずかしいと言っていたのを思い出す。
    肉体というのは美しい。絵画や彫刻の対象になるのもうなずけることである。肉体そのものが美しい。若くても年老いても何も変わりはない。若さにはそれなりの美しさがある。そして老年にもそれなりの美しさがある。若い肉体はより元気に満ちている。年老いた肉体はより賢さに満ちている。どの年代にもそれなりの年に合った美しさがある。なにもそれを比べる必要などありはしない。おばあちゃんの皮膚の走行感覚がいいのは年老いた肉体の賢さにほかならないものと思っている。
    自分自身の肉体に関するとてもいい感じというのは、自分自身をより健康に、より全体にしてくれるに違いない。

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  • 無邪気で愛すべき父

    突き放して客観視できれば私達の父は、実にユニークで愛すべき人物だった。天衣無縫とは父のことを指すのだろうか。

    毎日曜日、必ずどこかに連れて行ってくれた頃、まだアルコールに溺れていなたかった・・・
    一番楽しいはずの一家団欒、のんだくれの父の説教が始まる。いつ終わるかわからない果てしなく続く父の説教。なぜか私が最後まで逃げられず正座をして聞く羽目になる。

    自由奔放になった父は、空を見たくなると道の真ん中であろうとところかまわずひっくり返り、空を眺めている。(話には聞いていたが、一度遭遇した私は見てはいけないものをみてしまったようで直視できず逃げ帰った覚えがある。)

    自然をこよなく愛し、小さな命も大切にし蚊も殺せなかった父、そしてゴキブリをも友とした父。
    結婚と同時に姓が変わった父、俺は養子なんだと豪語していたが実は絶えてしまった祖母の旧姓を継いだのだ。だから男の子が是非欲しかったのだろう。

    子煩悩で子供達をこよなく愛した父!素面(シラフ)のときはシャイで自分の子供達の愛し方がとても下手で、お酒を呑むと飲み過ぎて父流のやり方で愛し過ぎ?嫌われ孤独になる、そんな繰り返しだった。

    一番救われたのが、母から父の悪口を聞かなかったこと、つまり両親は仲がよかったと感じられたことだ。

    父と、逃げずに面と向き合い、受け入れることが出来るようになったのはつい最近のことだ。一言で表現すれば器の大きな人物、つまりなんでも入っている・・・・・まるで般若身経のような人だった。
    こんなユニークな父の娘でよかった、ありがとうと感謝の気持ちでいっぱいだ。遅蒔きながらこんな心境になれたことをうれしく思う。

    鵜原増満

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  • シモンの先輩の話

    2008年東京操体フォーラムも「今せんせ&三浦先生のライブトーク」で無事終了いたしました。ありがとうございました。次回は4月の予定です。お楽しみに!
    今週は秋色濃くなりつつある東京の鵜原が担当いたします。よろしくお付き合いの程お願い申し上げます。

    ペットショップにかわいい犬や猫がいます。半額などと書いてあると違和感を覚え悲しくなります。人身売買という言葉が頭をよぎります。人間はなんて身勝手なんだ、みな同じ命ではないか!と思うのです。

    もう2年になると思います。横浜からつれてきた野良猫ちゃんを飼っていました。シモン君の先輩です。テニスコートにいたので名前をラブとつけました(テニスのスコアで0をloveといいます。)引越先の家では1年間全然外に出せずラブは生きていました。ところが、寄りによってある寒い寒い日に脱走してしまいました。余程家の中にいるのが苦痛だったのでしょうか?これからどんどん寒くなり本物の冬がやってきます。どうやって生きていくのだろう?と気が気でなく、懸命に探しましたが見つかりません。そんなある日、ラブが夢に出てきてくれました。窓の外に座っていた彼女が私と目をあわせるとこう言っているようでした、(安心して、私は元気に生きているから!)と。
    きっと良い居場所を見つけたに違いないと思えるようになりその日から探すのを止めました。
    数ヶ月前通勤途中でラブによ〜く似た猫にあい呼びかけてみたところ、鳴き声が少し違っていました。耳の記憶は確かだと思います。よく似たと書きましたが私の目の記憶は実にあやふやで正確にこういう特徴だったと覚えていないことに気づかされました。しかし臆病な性格と右頬のこけ具合(大きなおできが膿んで大量の膿が出たため右頬がへこんでしまった)でラブと断定?しました。近くに住んでいる人に可愛がられているようです。
    公園があり木々が生い茂り自然に恵まれたとても良いところです。さすが猫・・・気持ち良いところをみつけるのが上手だと感心しました。どこにいてもいい、気持ちよく幸せに生きられるよう祈っています。

    鵜原増満

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  • あきほくんのちょっと良か話。

    ついさっき実際に起こったお話です。

    この日のお昼休みあきほくんは腰痛で院に来る事が出来ないおじいさんの
    お家に往診に行く予定が入っておりました。

    このおじいさんは1年程前夜中にトイレで倒れてしまいました。
    それからは腰が痛くて上手に立ち上がる事が出来なくなってしまっていたのです。
    それからというものあきほくんはたまにおじいさんのうちへ行っては
    お話し相手をしながら、足を揉んであげたり、腰をさすってあげたりしていました。

    ところが先週末位から急にお話をすることも困難になってしまいました。
    おじいさんの補聴器が故障してしまい声がほとんど聞こえなくなってしまったのです。

    あきほくんはこの前の火曜日におじいさんのうちに往診にいって
    本当に元気をなくしてしまい口もきいてくれなくなったおじいさんの治療をしてきました。

    その時におばあさんから聞いた話によるとおじいさんは
    日中は腰が痛いと言ってはベットにうずくまって過ごしたかと思えば
    突然夜中に起きだしたかと思うと「早く逃げんといかん!」
    と言っては家中を逃げ惑ったりと痴呆の症状がかなり進んでしまっているということでした。

    金曜日のお昼、あきほくんはとても気分が落ち込んでいました。
    このおじいさんの弱ってしまった姿を見なければならない。
    元気だった頃のおじいさんの様子を知っているだけに
    弱っていくおじいさんになんのお手伝いも出来ないのではないか
    と自分自身の無力さに本当にあきれかえっていました。

    その日は打ち合わせのために三浦理事長のところへ電話をかける用事がありました。

    トゥルルルル、トゥルルル ガチャン
    「あっ、もしもし三浦ですが・・・お〜秋穂か〜どうした。」

    あきほくんはおじいさんのことは何もふれずに用件を告げて
    理事長のお話をあれこれと聞かせていただいていました。
    そのお話は勿論操体についてフォーラムで見せてくれる
    あのエネルギーそのままに、電話越しに熱い講義を聞かせていただきました。

    その中であきほくんはとても気になる言葉を見つける事ができました。

    「人間は自分がやったことは必ず自分に帰ってくるんだ。
     良い行いをすれば良い事としてかえってくるし
     間違った行いをすれば、いつかどこかで罰が当たってしまうんだ。
     それはしょうがないんじゃナイ?自然法則に反してるんだからね。
     どうせやるなら自然法則に則ってやるべきだと思うけどな〜。」

    これがおじいさんの話と何が関係あるのかはよくわからなかったのですが
    あきほくんは何故か「カッキーン!」と操体スイッチがオンになりました。

    「おじいさんのからだのために僕が出来る事だけでもやらせてもらおう!」

    お礼もそこそこにあきほくんはおじいさんのうちへ向かいました。
    チャイムを鳴らして、うちに入るやいなやおばあさんが話しかけてきました。

    「先生ありがとうございます。この前、先生にやってもらった後から
     急に元気になっちゃって、自分でベットの上で運動してみたり、
     トイレや食事も自分で起き上がってするようになったんですよ。」

    世の中出来すぎた話というのもたまにはあるようです。

    補聴器は未だ壊れたままで本来ほとんど聞こえないはずの耳も
    良〜く注意して話しかけると聞き取ってくれている様子です。
    何よりもとてもよく話してくれています。
    自分が中国に戦争に行っていた時の話や、最近見た夢の話。
    何十回と聞かせられて耳にタコが出来ている話ばかりではありあすが、
    元気な声で話をしてくれる事が本当に何より嬉しくてたまりませんでした。

    この日もやっぱり何も特別な事せず(というか出来ませんので)話を聞きながら
    足を揉んだり、背中をさすったりしていました。

    本当に自分がやろうと思った行動が、おじいさんのからの変化を介して
    あきほくんの元に素晴らしい結果として帰って来てくれたのです。
    本当に偶然としか言いようが無いのだけれど本当に行動が結果を変える。
    自分の行動は回り回って自分に帰ってくるんだと、
    今日は本当に素晴らしい勉強をさせていただきました。
    あんまりびっくりしすぎてひいていた風邪もすっかり吹き飛んでしまったようです。

    あっ!しまった「1週間で理解る!秋季東京操体フォーラム」のこと
    すっかり忘れてしまっていた・・・次回につづく

    秋穂一雄

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  • 「はっ、はっ、ハックション」

    私の住んでいる福岡の街も遅ればせながら、秋の深まりとともに朝晩が冷え込んできて不覚にも風邪をひいてしまいました。
    風邪をひいていると云えばここ最近新聞やニュース番組で毎日のようにお目にかかる「世界同時株安!!」「世界恐慌へ突入か!?」という経済の風邪はずいぶんこじれてしまっているようですね。僕なんかは本当に経済事情に疎くて何が不景気なのかすらよくわからず、バナナダイエットのあおりで大好物のバナナが店頭からなくなってしまった事の方が大事件に思えるのですが、実際にかなり大きな損失も出ているようなのであんまり悠長にもしていられないのも事実の様です。そんな事を考えながら橋本先生の論想集「生体の歪みを正す」をめくっておりましたらこんな文章が目に飛び込んで参りました。「一切の業障海は、皆妄想より生ず。若し懺悔せんと欲せば、端座して実相を思え。衆罪は霜露の如く、慧日能く消滅す。」この世の中に起こる全ての事物は自分自身の思考が具現化したものだから、普段から善い思いで過ごしていれば必ず不吉な事は消え去り、明るい明日がやってくると言った所でしょうか。今回のこの経済の混乱も僕たちの欲が作り出した欲望の影みたいなものなのでしょう。橋本先生のバルの戒め「欲張るな」「威張るな」「頑張るな」と云う事を守っておけば、こんな事にはならなかったのかもしれませんね。世界が平和で健やかなる発展の道を歩んでいける事を祈ります。

    それでは今回の「1週間で理解る!秋季東京操体フォーラム」は実行委員による自力自動の操体法指導を予習してみましょう。そもそも操体法自力自療の臨床スタイルと云うものが特徴のひとつではありますが、これは操者の介助・抵抗がなされた上で自力で動いて感覚をききわけるということであり。いつでも、どこでも、ひとりでできるという意味とイコールではありません。それをふまえた上で、あえて介助抵抗を与えない状況で言葉の誘導のみで感覚をききわけ操法を通そうという素晴らしいプログラムです。介助抵抗を与えない操法といえば橋本先生の著書の中(論想集「生体の歪みを正す」26頁から)にも書いてある「コマ運動」「四つん這い運動」「尻振り運動」のようなものが思い起こされるのですが、今回は一体どのような動診で感覚をききわけていくのでしょうか。発表者が臨床経験の豊富な岡村実行委員長と前回のフォーラムでは気持ちのよい歩き方についての発表をされた草階実行委員という操体界の大助・花子とも言える実力派のおふたりですからますます期待が膨らみます。草階実行委員は今月号の「からだにいいこと」という美容&健康雑誌に操体法のエクササイズを紹介されているという事ですので、その辺にもヒントが隠されているのかもしれません。操体の臨床と日常の生活の間のからだのケアとして操体法だからこそ可能な快適感覚を味わう事の出来るエクササイズを見せていただきたいものです。

    秋穂一雄

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