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  •  ひかがみはマニア向け?

    今回の分科会で、岡村理事、佐伯実行委員、小松実行委員が
    膝裏谷(ひかがみ)とはなにか、操体ではどう扱うものかをテーマに発表しました。

    操体ではからだのようすをひかがみで診ます(もちろん他の見方もします)。
    橋本先生がいかにひかがみを大事にしてきたか、私たちはひかがみの宇宙を探検しているといっても過言でもありません。表現はオーバーですが…。

    今回参加された方は、実行委員に実際にひかがみをふれられたと思いますが、どのような想いを持ち帰られたでしょうか。

     
    ところで、操体では当たり前のようにひかがみが語られていますが、日常で「ひかがみ」という言葉が使われているのか、検索してみました。

    最も使われているのは武道の身体運用の用語としてです。また、アニメにでてくる女子高校生の「ひかがみ萌え」というのもあります。前者は例えば弓道で矢を射る時に「ひかがみをのばす」など、膝の裏を生かすのに使われます。
    後者は「けいおん!」のように女子高生の後ろ姿にある無防備なヒカガミにこだわりを持っているマンガ家、読者も多いです。
    あるかたのブログにヒカガミへの想いが集約されていたので紹介します。
    http://d.hatena.ne.jp/michiaki/20050811

    そうです。ひかがみにはその人が化粧等でごまかしたり、隠すことのできない部分なのです。ひとの無防備な表情がでています。100人いれば100色のひかがみ。からだも一人一人ちがうのだよと、ひかがみ氏は語っております。

    (ちなみにこれら話を夫にしたところ、実は彼も女子学生のひかがみにはこだわりがあり、お気に入りのタイプがあると判明。長いつきあいでいでも知らないこと多し)

     また、作家では松浦寿輝の「あやめ 鰈 ひかがみ」という作品もあります。

    松浦寿輝
    http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BE%BE%B1%BA%BC%F7%B5%B1

    *「あやめ 鰈 ひかがみ
    生と死の狭間のエロス。木山捷平文学賞受賞東京の片隅で、一夜のうちに起こった出来事をそれぞれ語る三つの物語。まったく独立したストーリーながら絶妙な照応関係で絡み合い、読者を夢幻の世界へと誘う。

    あやめ 鰈 ひかがみ

    あやめ 鰈 ひかがみ

    http://www.amazon.co.jp/あやめ-鰈-ひかがみ-松浦-寿輝/dp/4062122057

    松浦氏は、暗いうごめく闇の中でおきた三人の男の感覚を表現していきます。時間と空間がねじ曲がって、自分の感じたものだけが自分にとってのリアルとなる。現実と思っていることが本当のすべてなのか、そうでないのかを感じるという点で面白く読み始めました。
    私は原マスミ、佐野四郎のように夜を唄う曲が好きなので、全体のムードは良いのですが、死臭漂うその腥さ(なまぐささ)の中に悦楽を感じる程リミッターがきれていないので、途中からは厳しかったです…。

    その第三話に松浦氏はひかがみへのエロス的妄想を主題にされました。
    テーマ自体はわたしにとっては厳しいものの、私と同じ名前が登場したため「これは最後まで読め!」ということだと思い、読み切りました。

    私が目論んだように、「この本を読んだら、ひかがみをより臨床に生かせるかも!」
    そう思ったあなたにはこの本はおススメしません(爆)。
    しかし官能も宇宙の一部に含まれるとすれば、氏の詩的表現はあなたの感受性を耕すかもしれません(ただ、趣味があわないと読むこと自体厳しいかもしれませんが)。

    個人的には「老後なんてものはない」「こどもは大人を憎んでいる」といくつかの視点に興味を持ちました。息食動想の想につながりそうです。
    松浦寿輝氏は猫好きでもあるので、もう少し別の本も読むつもりです。

     
     それにしても、世の中には、意外とひかがみに注目している人がいるんですね。
    共通して言えるのは、皆さんマニアなこだわりがあるということでしょうか。普段人が気にしないであろう部分に注目する。考えと感覚を深めているようです。

    我々も、ひかがみを通してからだという宇宙を見させてもらっています。

    もちろん、エロス的目線では見ていませんから、ご安心を。

    森田珠水

  • 同窓会から宇宙

    4/14の福田実行委員のブログ「ずっと好きだったんだぜぇ」で思い出した話です。
    私も先日このCMを見て既視感を覚えたことがありました。

    それは4/4に、山崎直子さんが初のママさん宇宙飛行士としてディスカバリーで飛び立つ日、
    母校では「山崎直子さんライブ中継応援会」が開かれた日のこと。

    私も仕事が終わってバイクで駆けつけましたが、ついた時がちょうど発射10秒前。
    会場は在校生、同級生、先生&先輩方でいっぱいで、NHK取材陣の後ろからみんなの応援する姿を見ているという状態でした。
    いよいよ飛び立つときの皆の感動と興奮の表情は忘れません(そこかい!)。

     応援会が終わると、今度は集まった同級生とその場でプチ同窓会のムードに。
    女子校なので、恋心再燃などはないのですが、顔も声も20年前のままのみんなでした。
    変わっているのは、お母さんになっていたり、バリバリのキャリアだったり、人それぞれの歴史を感じましたね。
    そういえば、もう一人JAXAで働いている人もいましたね。

    しばらく懐かし〜い気分で盛り上がっていましたが、やはり、高校時代の皮膚のハリはちがうもので、「あ、なんか思い出しそう、なんだっけ、これ?」と思って思い出したのが資生堂のCMです。
    斉藤和義の曲といい、人選といい、資生堂は40代男性の心をくすぐってると思うのだけどどうなんでしょうか?

     まあそれはともかく、1日のうちに女の人生を何十人分聞く、という珍しい日でした。みんな毎日充実してここまできました、という感じで感慨深かった。
    山崎さんはその場にはもちろんいないわけですが、色んな人から見た角野ちゃん(旧姓)像が語られていました。
     高校時代の彼女とは「宇宙飛行士になりたかった」という夢を聞く程の中ではなかったけれど、1学年の人数が120人程の学校だったので、1日に1度は顔を会わせてました。
    美人で気さくで秀才で笑顔がいい、というのは今TVで見ても変わらない感じ。
    当時から落ち着いていて、かといって暗くもなく、意見ははっきり言うけど出しゃばらない。
    軸が一本通っていたのは、宇宙飛行士になる目的があったからでしょうか。

    当時も今もそうですが、昔から3分と着席していられない私には憧れの存在でした(笑)。
    地上に帰還するのが1日遅れ、上半身着物で舞っていたすみのちゃんの笑顔を見た時は高校生時代の笑顔と一緒でうれしかったですね。

     そんなこんなでひとしきりプチ同窓会を終え、体育館に残って全員で記念写真を撮り、解散となりました。

    近くで待っていたご主人と子供が迎えにきている人あり、お母さんが孫つれて舞っている人あり、再び20年の時間の流れを感じつつのさよなら。

    私の帰り支度と言えば、雨のバイク移動(在宅マッサージの日)だったため、青のでっかいカッパを着て(リュックをしょった上から着るため)、
    (今時の女子用だけど)ゴム長を装備したのでした。
    みんな久しぶりに会うってんで、カジュアルでも身ぎれいにして来ているというのに、私は魚屋のおっさんのてい。
    足下を通り過ぎる誰かの子供にじ〜〜〜っと見られ恥ずかしくなったのですが、状況を説明するのも不自然なので、そそくさと校舎を出る私…。

    霧雨の中、バイクで自宅へ向かう途中、「う〜ん、かたや宇宙に飛んでいるのにわたしゃ何やってるんだろうか?」とトホホな気持ちでした。

    しばらくして雨も上がり、風を気持ちよく感じながら軽く動診。
    肩甲骨が気持ちいいなと味わっていると(運転中の動診操法、良い子は真似しないように)、「人体は宇宙」という思いつきが湧きまして。
    でもって、時には意識が違う次元に飛んぶこともあるじゃない、なんて思ったりして。

    じゃあ、私もそんなには遠くもないことしているんじゃないかと思い、
    しかも、毎日興味のあることを求めて、人間関係も困ってないし、ご飯も食べれてるし、私もなかなか幸せな自分に気がついちゃって、鼻歌バイクでのご帰還でした。

    まあ、そうとはいえ、やはり無重力ってどんなだったのか、どうやってからだ作りしたのかなど、
    山崎さんにいろいろと聞いてみたいものです。
    日本に帰って来たらホントの同窓会をしようね、といってみんなと別れたので、再会するのが楽しみです。

    森田珠水


    こんなの乗ってます。

  • 操体を学んで2〜不可視の変化

    おはようございます。森田です。

    操体を学んで可視の変化、が昨日のブログでしたので、今日は目に見えない変化について書きます。

    ◎感覚を聞き分ける事で、自分自身の健康に予想以上に関わる事ができるのだと知った。
    「病気は突然やってくる恐ろしいもの。自分では治癒に手が出せないもの」から、「からだのバランスを保つためのからだからのおしらせ。自分自身が積極的に治療に関われるもの」へ変化した。
    逆にいえば、自分のからだに責任を持たなくてはいけないとも言える。からだに変調が起きても、他人や環境のせいにはできなくなる。
    できるだけ責任をとっても病気になったら「そこから先は神の領域(三浦綾子)」と肯定的に受け入れることができる。(人生を他のせいにしない、カッコいい女になれる?)

    ◎健康の定義が変わった。患者さんがどんなポジションをとっても、会話できない人でも、感覚をとおして臨床をすることができる。
    寝たきりのかたなどの臨床も、気持ちのよさで治りたいというからだの要求をみたすことに心血を注げばよいのだ。「私が治さないと」というエゴと不安がなくなるはずである。
    そうして肩の力が抜けると、他力で私が手を出すよりいい治療結果が出始めた。事上で不安やあきらめ、退屈、我慢を感じなくてよいのは本当に助かる。

    ◎素直に感謝できるようになる
    橋本先生は「気持ちの良さで治るんだよ」とおっしゃっていた。これを今の我々は体験し、進化(深化)させている。三浦先生の「自分と向き合う贅沢」という表現、また分科会での平直行相談役の「からだを探検することは楽しい」という言葉。
    これらは、操体を通して、お金もかからず、退屈知らずでいられ、自分を知り、生き方が変わり充実することへの足がかりである。気づきだすと、他にもいくらでも感謝できることが世の中には沢山あるのだとわかってくる。

    など。

    書きだすときりがなく、対談で伝えきれなかったことをちょっと反省しました。もし次回があるのならば、もっとズバッとコメントできるよう課題ができました。

    操体を学んでの変化という深い想いは、実行委員一人一人のあると思います。是非聞いてみたい。
    私も秋のフォーラムで刊行するVisionSに関連したことを書こうかと思ってます。

     三浦先生は「操体に出会うと人生を狂わされちゃうんだよ」とおっしゃっていました。まさに操体を体験して、考え方がひっくりかえされ、会社も人間関係をはじめとする生き方が変わってしまった人が多いです。
    しかしBig Changeでも心の調和ははかれるているので、ハッピーでバランスのとれた方へ向かいますのでご安心を。

     ただ、操体の臨床家であろうとするならば、学び続けなければならない事があります。
    患者に感覚をききわけていただき、最高の快を味わっていただくためには、施術者自身がイノチとしっかり向き合って、般若身経、息食動想+環をはじめとする橋本哲学を日々深めないことには手に入りません。

    例えば、
    今回の文化会での、三浦先生の美しい姿勢での動診操法の介助、見ていただけたでしょうか。
    これは臨床家は目に焼き付けておいた方がいいです(断言)。
    からだの使い方が理に適っており、且つ、いくつかの動診操法のポイントをクリアして初めて
    患者さんに感覚の聞き分けや味わいを充〜〜〜〜分にしていただけるかにかかっているのでです(未体験の方はぜひ一度患者として感動してみてほしい)。
    しかも、からだの使い方がきちんとできていると臨床結果が変化するだけでなく、施術者が疲れず、気持ちのよさを一緒に味わって健康になってしまうという、美味しくありがたいおまけつき!

    色んな意味で、仕事と生活は別物でなくなってきます。二つは一体なのです。努力も責任も軽くはないけれどからだで納得できるものだから続けようとやる気も出ます。24時間無駄じゃない生活、いいじゃありませんか!

    ハッピーの種はあちらこちらに落ちているのに、ゆっくり歩いていないで見落しているのです。橋本先生の「この世は極楽」とはこういうことを言うのでしょうか。ハッピーの種、気づいて拾って育てたもの勝ちですよ〜。

    と、アツくなってしまったところで、今日はこの辺で。

     

    こころの洗濯をしに立ち寄る「品川区ふるさとの浜辺」


    患者さんちの椿(八重)

    森田珠水

  • 操体を学んで

    こんばんは。 森田です。

    東京は19℃の晴天で、気持ちのよい気候でした。
    患者さんちの垣根には黄モッコウバラが輝いていたのでぱちり。

    昨日は初めての東京操体フォーラム分科会を無事終了いたしました。
    沢山の参加者の方にご来場いただき、どうもありがとうございました。
    感謝の気持ちでいっぱいです。

    三浦先生の実技も最新の施術を披露していただき、
    お客様も驚かれたのではないかとおもいます。
    (実行委員も楽しんでしまいました…)
    インパクトが強過ぎて、東京操体フォーラムの団体が怪しい団体などとは思わないでくださいましね。

    反対に会を進める点で課題はいくつもありますが、
    私たちはこれからも操体を耕し続け、橋本敬三先生の志を表現し続けて行きます。
    どうぞ我々の今後の活動にご注目ください!

    ところで私は「操体を学んで」をテーマに、友松さん、山本さんとともに対談形式で発表しました。
    話の流れに乗りながら、自分の言いたい事を話す難しさを体験。

    もちろん言いたい事を全部つぎこんでもお客様は混乱させてしまうかもしれないので、
    「気持ちのよさを聞き分ける」「ききわけた快適感覚を味わうことで治る」ことにしぼれて良かったかなと思います。

    個人的に対談で言いたかったのは、目に見える点で変化したのは

    ◎元気が底上げされた
    脈や舌を診ても変化し、風邪をひきにくく回復しやすくなった。
    ◎X脚が改善された
    からだの使い方がかわると筋肉のつき方がかわる。
    ◎婦人科系のしこりを操体(自力自動、渦状波)でコントロールしている
    病気を悪いものとせず、ありがたい「歪み間に合ってるかなゲージ(ものさし)」にしている。
    ◎バイクに長時間乗っても疲れなくなった
    柔軟性が増し、からだの使い方のルールが身についたら楽に、安全に乗れるようになりました。

    などがありました。
    他にも、「10才若く見られるようになった」とか、ツッコミ上等なポイントもありますが(汗)。

    不可視(目に見えない)な点は、
    今日のところは長いので明日に回しましょうか。

    ではではおやすみなさいませ。

    森田珠水

  • 分科会開催します!

    三浦先生よりバトン受けとりました。
    森田珠水です。
    池上本門寺は八重の桜がたわわです。
    一週間よろしくお願いします。

    三浦先生がフォーラムの一週間前にブログ担当になるということは
    私がフォーラム当日の担当になるわけです。
    ああ、今週はどんなことを書いたらよいのか、またもや悩みます。

    しかし先週の三浦先生の忙しさといったら私の何倍になるか‥その一端をきいていると何倍とか計算できないほど。

    それは先週のブログを読んでいただくとわかっていただけるかと思います。

    二十名近い人数をまとめて一つの目標にむかって率いていくにははかりしれない苦労があるのですよね‥。

    というわけで(?)、今日(4月25)日は北青山のコンフォートにて分科会が開催されます。

    いつもの東京操体フォーラムとは異なり、理事長、理事ではなく、実行委員が中心になって準備するという新しい試み。

    これが毎日顔を合わせて打ち合わせできる会社のような状況だったらもっとスムースに進んでいたかもしれませんが、そうではない。そんな中で進行されていきました。

    途中で動きやすいように役割分担がかわったり、
    理事長、理事のお力に頼ることになり、すったもんだしてようやく今日という日を迎えました。

    日頃いかにも理事と役員の方々にお任せしていたか、よくわかりました…。
    特にフォーラム事務局で全体をとりまとめ、かつ細部に渡って交渉、手続き、作業までしてくださる畠山裕美先生の大変さを肌で感じました。

    三浦先生のフォーラムへの熱い情熱をみんなにうまく促してくださっているのです(涙)。

    それに応えて実行委員、はりきって分科会をもりあげていかないといけません。

    橋本敬三先生のなしてきたこと、
    また、なさんとしてきたことをいかに我々が耕していくか。
    その成果が表現出来たらいいですね。

    森田珠水

  • 同 志

    いやぁ。。今週も長かったぁ・・毎度のことながらブログの順番が回ってくる週は妙に長く感じます。最後までお付き合いを願います・・・
    今年はNHK大河ドラマがご存じ龍馬伝ということで高知・長崎・京都は軒並み観光客が増加しているようです・・・
    私がこの様に?歴史マニアになったきっかけは以前のブログにも書いたように、司馬遼太郎先生の竜馬がゆくでした。文庫本で全八巻だったのですが、一気に読み切ってしまったのを覚えています。
    読後に感じたのは“竜馬のような生き方がしてみたい”ということでした(現在は高杉晋作の様な生き様に憧れているのですが)。
    それからというものは取り憑かれたように司馬遼作品を次々と読みました。花神」「世に棲む日日」「翔が如く」「坂の上の雲などなど、スッカリ司馬遼ファンになってしまいました。

    司馬遼作品はビジネスマンにも非常に好まれており、以前、プレジデント誌で多くの経営者・管理職の方達が好きな司馬遼作品ということで、アンケートに答えていました。

    1位 坂の上の雲
    2位 竜馬がゆく
    3位 翔ぶが如く
    4位 この国のかたち
    5位 街道をゆく

    という結果でした。やはり組織者として社会の第一線で活躍されている方達が選んだのは坂の上の雲であったり翔ぶが如くといった“組織”を題材とした作品であるのは頷ける。竜馬がゆくに関してはビジネスマンの仕事に対してのモチベーションを上げるのには最高の作品ではないだろうか。
    個人的(幕末好き)には1位「世に棲む日日」「峠」花神とかも好きですけどねぇ。。。

    司馬遼作品は人物評には、かなり偏った部分も有りますが、そのぶん魅力もあり、特にビジネスマンにとって、組織とは如何に運営すべきか!組織の中での個人の役割といった部分で特に勉強になる部分があります。

    私も今は臨床家として日々活動している訳ですが、18歳で高校を卒業し、この業界に入るまでの約18年間はサラリーマンとして、社会の波に揉まれていました。18年間の殆どを“営業職”という業種で過ごし、中小様々な企業で仕事をさせて戴いたのは今の私の宝だと思っています。
    その中で強く感じたのは「強い組織」「弱い組織」の違いでした。入社当時はどちらも同じ規模の会社であったにもかかわらず、一方は倒産、一方は株式の店頭公開をする企業にまで成長と、勤めた会社で雲泥の差が出てしまいました。
    その違いはと言えば、「リーダーの意志」「厳しさの中での成長」でした。
    伸びていく組織の共通点はリーダーをはじめ、組織内に甘えや妥協が一切ないという部分でした。

    前者の社長は信長の如く妥協ない果断の人で、平社員の時は怖い社長だなぁ位にしか思いませんでしたが、役職がついてきて、管理職になった時にその厳しさを改めて味わうこととなりました。
    平均年齢も若い会社で、社長・専務自体も私より一つ上という中で、年下の上司の下で毎日怒鳴られながら、営業したのを覚えています。
    「年齢や性別で人を判断するな!」「年上でも部下は呼び捨てで呼べ!」が口癖でもあり、それまで上司だった人を管理する立場になった時でも、ためらっていると「降格したら悔しいとか、何故、自分が部下になったかを理解さす為にも遠慮をするな!ハゲって呼んでやれ!!」と言われていました。
    「組織を管理する人間に変な優しさは要らない!!部下を正しい方向に導き、稼がせてやることがお前の役目であって、友達作りが目的ではないんだ!!勘違いするな!!」と甘い顔をするのを見るといつもそう言いながら殴られていました。
    ビジネスの基本である「報・連・相」を特に重視する社長で、どんな手柄をあげても報告や連絡がなければ、実績を一切認めず、支店長でも当月の給料半額などは当たり前でした。
    人事も朝一番で営業所の所長付けのFAXが全社に送られても、報告がないからと夕方には一般社員に降格というのも当たり前の光景でした・・・
    逆に実績を上げた社員に関しては入社歴にかかわらず昇進させ、重要なポストをどんどん与えていき、やり方を見ながら適材適所に配置をして行くやり方でした。女性社員でも月収100万以上の社員が何人もいました。
    社長は常に「俺らの目標は日本一だ!絶対!日本一になるぞ!」と管理職や一般職にも顔を合わすと大声で言っていました。
    その言葉の元、気が付けば松江市で一番、島根県で一番、中国地方、西日本と徐々にその売り上げを業界の中で着実に伸ばして行きました。
    “組織は厳しさの中にこそ磨かれ強くなる”がその会社で学んだ教訓でした。
    因みにその会社は株式の店頭公開をして、当時、社長は資産数百億の億万長者になり、島根ではじめて平成12年度の全国長者番付20位内に載る快挙となりました。総従業員数40名の時に入社していた身としては何となく嬉しい感じでした(退社時に持ち株を手放したので恩恵には与れませんでしたが。。)・・・

    一方で後者のケジメのない組織は社長が目標も明確でなければ、怒ることもなく、ニヤニヤと笑っている姿しか、記憶にありません。銀行回りが社長の仕事のような人で、ひたすら金策、仕事は現場の役職任せという人でした。
    現場の管理職も厳しさとはほど遠い、ぬるま湯状態でした。部下が実績を上げようが上げまいが、自分に火の粉がかからなければよいという感じで、ひたすら自分の生活を守る為の業務に勤しんでいる感じでした。ノウハウは教えると自分の業績に関わるからと有耶無耶にされるといった雰囲気で、共通目標などは存在せず、個人目標のみといったいわばバラバラの会社でした。
    結果として私が退社して数年でその会社は倒産し、別の会社へと吸収されてしまったようです。

    東京操体フォーラムは組織としてはいわば自営業者やそれに準ずる方達の集団です。当然雇用関係がある訳ではないので、企業とは違う訳ですが、操体を純粋に追求する人達の一つの組織です。学びとはどんな世界でも決して甘いものではなく、厳しくて当たり前、馴れ合いや妥協は後者の会社のように倒産や解散の憂き目にあうでしょう。

    これから操体を学ぼうしている人達は私達にとっては同じ学びの中にある「同志」です。楽しさは厳しさの中にあり、厳しさの中にこそ“成功”があるのだと固く信じています、いよいよ来週に迫った“東京操体フォーラム分科会ですが、そんな新たな”同志”との出会いを心待ちにしたいと思います。
    今週、一週間本当にありがとうございました。来週からは私達の素晴らしき師匠である三浦理事長の登場です、お楽しみに!

    福田勇治

  • スポーツ選手考

    先週、またもや悲しいニュースが届いた。。読売巨人軍木村拓也コーチ(37歳)クモ膜下出血でお亡くなりになりました。
    未だ37歳という早すぎる死に、ショックを受けた方もたくさん居ただろうと思います。
    皮肉なことに木村コーチがお亡くなりになってから、若い方達からの病院への脳ドックの申し込みが急増したそうです。

    巨人の一軍コーチということは、一般社会で言えば大手企業の中間管理職的存在であり、
    ましてや今年一年目のコーチということであれば、半端じゃないストレスがかかっていたのではないかと思われます。
    しかも、あの業界は「勝てば官軍負ければただの野球馬鹿」という世界ですので、リーグ優勝当たり前、
    日本一が与えられた目標の巨人というチームでは尚更、プレッシャーのかかり方は半端じゃなかったと思います。
    ご冥福をお祈りしたいと思います。。

    ところで、日本にプロスポーツ選手と呼ばれる人達がどれ位居ると思いますか?
    自称ではなく一応、公的に認められている?であろうと思われる、財団法人日本プロスポーツ協会なるものに登録されている団体からその人数を考えてみると。

    1. 財団法人日本相撲協会(700名強)
    2. 社団法人日本野球機構(約750名)
    3. 社団法人日本プロゴルフ協会(毎年上位50名がトーナメントプレイヤーとして合格)
    4. 社団法人日本女子プロゴルフ協会(毎年上位20名がトーナメントプレイヤーとして合格)
    5. 社団法人日本プロサッカーリーグ(約1,000名弱)
    6. 日本プロボクシング協会(約3,000名前後)
    7. 社団法人日本プロボウリング協会(男女計約1,000名)
    8. 有限責任中間法人日本ダンス議会(会員数約3,500名)
    9. 株式会社日本レースプロモーション(不明)
    10. 新日本キックボクシング協会(不明)
    11. 日本中央競馬会(約170名前後)
    12. 地方競馬全国協会
    13. 財団法人JKA(競輪)(約3,700名)
    14. 財団法人JKA(オートレース)(約1,000名)
    15. 財団法人日本モーターボート競走会(約1,500名位)

    多すぎてあくまでもこれはざっくりとした数字でしかないので、詳細はお調べ下さい。
    ざっと財団に加入しているだけでも、17,000人弱の方々プロスポーツ選手としてスポーツを職業として選択している計算となります。
    実際はこれに非財団系や自称プロという人々も入れていけば、もっと多い数字にはなるのでしょうが・・・

    その中でも一般的に知られているプロ野球選手で考えると、12球団の中でも年俸総金額が多い、
    ご存じ読売ジャイアンツを例にすると平成21年末での支配下登録選手数が73名球団年俸総額 約49億円
    最高年俸 イ・スンヨプ選手6億円最低年俸240万円平均年俸 約7千万円平均年齢26.5歳です。
    このうち年俸1億円を越えている選手は投手7名捕手1名内野手2名外野手3名です。
    ですから夢の1億円プレイヤーは巨人で13名だということです。

    平均年俸だけ見ると高給取りのように見えますが、あくまでも平均ですので、最低年俸である240万円の選手でも
    6億円の選手と割れば、金額は上がりますから、実際、高給取りの選手はどのプロスポーツでも一握りでしかありません。

    華やかな部分だけが取りざたされるプロスポーツ界ですが、実際は一年ごとに訪れる契約更改に怯える日々であったり、
    どんなに素晴らしい選手でも怪我をしてしまえばお払い箱になってしまう明日の見えない道を歩いています。

    スポーツ選手はプロアマ問わず、真剣に日々競技に取り組んでいます。個人的にはもう少し、
    オリンピックを含めたアマチュア・スポーツ界に手を差し伸べても良いのではと思います。


    野球やサッカーなどメジャーな競技であればプロまでの道筋がありますし、最近はプロへの門戸を広げるようにとの配慮
    (当然それだけではないですが)で野球であれば育成選手制度”などというものも出来てきて、最低年俸の240万円から
    巨人の山口選手の様に1億円プレイヤーになるような選手もいますし。。。
    今では各地に独立リーグなども誕生し、地方からプロ野球へという門戸も広がってきています。
    Jリーグに関しても地方密着型リーグ等の誕生によりアマチュアからプロへの門戸がより身近に感じられるようになってきました。

    それに比べいわゆるマイナー・スポーツであるが故に大変な競技も山ほどあり、オリンピックの代表選手であるにもかかわらず
    練習よりも、食べる為に仕事を優先にしなければならない選手の方が多数を占めています。
    一方で現在の不景気な状況下にあっても、先日の冬期オリンピックスピードスケート代表加藤条治長島圭一郎選手
    所属企業である長野県諏訪市日本電産サンキョー株式会社の様に金メダルなら2,000万円銀1,000万円銅600万円といった
    破格の報奨金を支払う企業もある訳で、JOC等からの報奨金も合わせると臨時ボーナスとしてはモチベーションも上がると思います。

    スポーツ選手歌手俳優・女優などなどあげるとキリがないですが、人には持って生まれたものがあります。
    2m近い長身を持つスポーツ選手は神から選ばれた領域にいる人だと思いますし、こればかりは努力をしてなれるものでもありません。
    遺伝も含め人の意志を離れたところにいる人達です。これを生かすも殺すも本人次第ですので、
    素晴らしい出会いを祈るだけですが、プロアマ問わずオリンピック出場が可能な人材はまさに“人財”であり、
    可能な限りの援助等をするべきだと思います。


    国やマスコミをあげて散々持ち上げ、煽っておいて、オリンピック等が終われば潮が引くようにほったらかしといった
    余りの扱いに、憤りを感じずにはいられません。競技のバックボーンすら理解せず、服装が常識違いと一方的に人格までを叩いてみたり・・・
    中には「オリンピックに出るような人達だけを特別扱いするのはおかしい!」などと声高に言う人達もいますが、
    その一人の存在に数千万人の人達が歓喜し、勇気をもらうなんて、誰でも出来ないことであり、
    まさしく選ばれた人だからこそ出来ることであり、それに対し援助補助することは得はあっても損は無いと思います。

    国の施策としても訳の判らない○○公団とかに貴重な税金を年間数十億円も突っ込む位なら、
    この様な一国の代表として国を背負って戦う戦士達にこそ税金を投入してもらいたいと節に願います。
    民○党の「何で二番じゃ駄目なんですか!?」などとKYな発言をするとんちんかん事業仕分けをする位なら、
    「何で一番を目指さないんですか!」と言って数十億円の補助金を強化費に拠出する方がよっぽど支持率上がりますぜ・・・
    何だかどんどん毒吐き状況になって来ましたので、これ以上突っ込みませんが。。

    一流大学を卒業し、大手企業に就職した人だけが笑える社会ではなく、勉強は出来ないがスポーツでは誰にも負けない!
    オリンピックに出て金メダルを取って一生の補償を手に入れてやる!!みたいな話しがあった方が、
    夢があると思いますよ!「金を惜しむな!人財を惜しめ!」だう!

    福田勇治

  • 江戸しぐさに学ぶ

    どうだろう、最近日本人が少しずつ壊れはじめているように感じて仕方が無い。

    • 「小便かかった」で会社員に重傷負わせ五千円強奪、容疑の二人組逮捕
    • 女子中学生に因縁付け土下座強要・・・28歳男「お姫様抱っこさせろ!」
    • 「自転車に乗ったまま挨拶」と集団暴行 容疑で少年四人逮捕
    • 「何見てるんや!」言いがかり 駐車場で現金26万円奪われる
    • 「乳首が傷ついた!」出会い系で知り合った男性を恐喝 30歳女を逮捕

    ってタイトルだけ見ると、吹き出しそうなものばかりですが、全てここ最近に起きた事件の見出しです・・・
    男女問わず呆れかえる内容なのですが、これが日本の現状かと思うと何だか寂しい限りです。
    これら一連の記事の共通項は「不寛容」「稚拙さ」だと思います。昨今、世の中全体がピリピリしたような妙な緊張感があり、特に私の様な田舎者が都内を歩いていると尚更、強く感じます。
    電車に乗っても、以前より遅延が多くなっており、理由を聞くと人身事故によるものが圧倒的に多いと・・・自殺数もここ数年増え続けている。

    景気が悪く先が見えない現状の中で、過敏に自分の身を守るという防衛反応が働いているというのも
    このピリピリ感の原因の一つかもしれません。
    信じられるものは自分しかない!自分以外は全て敵である!この様な感覚が無意識のうちに誰をも寄せ付けない
    不寛容な要素を作っているのではと思います。

    セーフティー・ゾーンの範囲がどんどん狭まってきていて、半径2m以内は他人を近づけない的
    オーラを醸し出している人もたくさん居て、危なくてショーがないです。。
    人混みの中で肩が触れても、何も言わないで歩いて行く人や、ごめんなさいってこちらが言っても
    知らぬ存ぜぬで不機嫌そうに歩いて行く人など、反応は大概が無関心です。
    たまにお互いが同じタイミングでスイマセンって言おうものなら、何だかそれだけで暖かい気分になり、笑顔が思わず出たりします。

    先日、NHKだったかテレビ局は忘れましたが、江戸しぐさなるものを広めているNPO法人 江戸しぐさの越川禮子氏(多分)が出演され、江戸しぐさとは何たるかを実演を交え、説明されていました。
    そもそも江戸しぐさなるものは、江戸商人のリーダー達が築き上げたリーダー行動哲学とでも言うべき行動規範で、良く考えられた「人間関係円滑コミュニケーション法」です。

    「江戸しぐさ」完全理解―「思いやり」に、こんにちは

    「江戸しぐさ」完全理解―「思いやり」に、こんにちは

    その中に先程のスイマセンにピッタリのしぐさがあったので紹介を・・・
    「肩引き」というしぐさだそうですが、これは当時の江戸の路地裏は細くて縦横に路地がたくさんあり、
    当時左側通行であった江戸では、狭い道ですれ違う際に、お互いタイミング良く右肩を引いて、
    ぶつからない様に歩いたのだそうです。更に狭い道になると「カニ歩き」と言ったお互いが完全に顔を見合わす形ですれ違ったそうです。
    何だか粋ですねぇえ。。すれ違う際には多分、お互いニッコリ笑ったりもしたのでしょうねぇ・・・


    更にもう一つ、人混みで良くある光景ですが、特に女性の方のようにハイヒールなどの高い靴を履いている際に
    ウッカリ他人の足を踏んづけてしまうということがあると思うのですが。
    ここで登場するのが「うかつあやまり」と言うのだそうですが、人混みで足を踏まれた際に、江戸では踏まれても先に謝れと言ったそうです。

    けんか腰になってトラブルを起こしたくないという意味があり、それプラス「自分がうかうかしていたから、足を踏まれた」
    という危機管理が出来ていなかった自分に対しての自戒の意味もあったそうです。
    外国では「私の足が大きくてごめんなさい」という台詞もあるのだそうです。

    むむむ。。。どうですかぁ・・何だか聞いているだけでホンワカしてくるような気分になりますが、実践は結構難しいと思われますが、
    ギスギス・ツンケンとして生きるよりは、よっぽど心豊かに生きられるような気もします。
    ちょんまげをして明日から生活は出来ませんが、先人の知恵とでもいうべき“日本人らしさ”を取り戻し、
    ほんの少しだけクスリと笑える毎日を送ろうではありませんか。。

    福田勇治

  • ずっと好きだったんだぜぇ

    多分、誰しも人生の中で一度は、ミョーに耳について離れないフレーズだとか歌だとかがあったと思います。
    私も古くは小学校時代の担任が算数の時間に直角三角形って言うフレーズが何故だか必ず、
    「直角〜↗」って発声する部分でいつも声が裏返る先生や、高校時代の原動機教科(工業高校だったもので)の先生の
    ディーゼルエンジンと言うべき発音が昔ながらの、ジーゼルエンジンとしつこく言っていた某先生など今思い出しても笑ってしまう。
    そんな中でも特に耳につくのはやはり歌ではないだろうか、フレーズが気になって気になってしょうがない!とか、
    歌う気もないのに気が付くと取り憑かれたように口ずさんでいたりなど・・・歌はMagicである。

    特にCMソングはその影響が大で、昨年のヒット曲の殆どがいわゆるタイアップと曲が大半を占めており、
    サビだけをしつこく聞かされていると悲しいかな覚えてしまったりと、まんまと企業戦略に乗っかってしまっている自分がいる訳です。

    特に家内はCMソングにツボがあるようで、家内の口ずさむCMソングにイラッとしたり突っ込んだりと、
    過去にも数々のやり取りがありました。

    そのバトルの最初は原田知世がヘンテコな渦巻き状のワンピースを着て、20年位前にエアコンのCMで歌っていた
    「回る回るよスクロール♪とっても速くて力がつよぃい♪弱いエアコンはいりませぇん〜」と言う間抜けな歌?でした。
    特に最後のフレーズが音程が微妙にフラッとするので余計にイラッとするのですが、今でも音程に関しては家内と意見が合わず、
    未だに二人で「弱いエアコンはいりませぇえ〜んん♪」などと音程比べをしたりしています・・・

    その家内の第二弾は中尾ミエ紅茶のTESS(テス)と言う商品のCMソングを数十年前に歌っていて、それが
    「あなたも私も紅茶っちゃぁ♪紅茶っちゃぁのTESSなのよぉ♪」ってこれ又、微妙な音程ソングとして夫婦の間ではブームでした・・・余談ですがこの曲は以前、今は知りませんが、オリックスバファローズの応援歌にあったようです・・・
    共通は数日間はぼーっとしている時にふと口ずさんでしまっていると言うことです。

    そんな私が最近、よく口ずさんでいるのが斉藤和義「ずっと好きだった」という曲です。
    今、割にガンガンCMで流れているので耳にされた方もいるのではと思います。
    「ずっと好きだったったんだぜぇ♪」ってフレーズの曲です。

    斉藤和義自体も結構好きだというのもあるんですが、寧ろ出演者にインパクトがあるというのも今回ツボに入った原因であろうと思います。
    このCMは資生堂「IN&ON」って化粧品のCMなのですが、出演者はほぼ我々がお世話になった世代?と言いますか、
    細目で見ると未だいけるかな?などと一人つぶやいてはおりますが・・・

    薬丸(石川)秀美(43歳)伊藤つかさ(43歳)荻野目洋子(41歳)河合その子(44歳)の四人が出演しており、
    おニャンコやら少女人形やらダンシング&ジタバタ薬丸など、懐かしさ満点の顔触れです。
    自分の若かりし頃をフィードバックして妙に懐かしいなぁと思いつつも、時は残酷なりと思ってしまいました。

    この感覚って数年前にも味わったなぁと思ったら、42歳の本厄の同窓会の時でした。
    しょっちゅう会っている同窓生もいれば、数十年振りに会った同窓生もいて、驚きと感激で怒濤の数時間でした。

    一番ビックリしたのは外見上の変化でした。これは男女共に感じました。
    キレイに頭が禿げ上がって親父さん来てるんだと真剣に思った同級生や、○○ちゃん所のお母さん、
    変わんないなぁと思ったら本人だったとか・・・
    中には逆にあんなキレイな子居たっけ?って思っていたら、全然クラスで目立たない存在の子だったのに、
    べっぴんさんに成っていたりと、まぁ楽しませてもらいました。
    中には同窓会の度に名前が変わっている強者も居て、新しい名前を覚えるのが面倒で旧姓で呼んでいる子など、
    顔は明らかにおっさん・おばさんなのに、気持ちだけは中学校時代に戻って大笑いをした記憶があります。

    安心したのはその当時好きだった子は変わらずにべっぴんさんだったことでしょうか・・・
    久々にきゅん!ってなりました。。(=^_^;=) デヘデヘ

    但し、年の取り方と言いますか、昨今の風潮には結構戴けないなぁと思うことも多々あり、
    某テレビ局の魔女の何ちゃらって番組があるのですが、戸籍年齢がそこそこ行っている方達が、
    私こんなに若いのよぉ!みたいな感じで、20代位の女の子が着るような服を着て無理矢理若見せしている光景は、イタイというか
    ちょっと戴けないと思って見ています・・というよりすぐチャンネル変えるんですけど。。

    勘違いしているのは、若く見えるからその女性が素敵と思う男性は居ないってことですね。
    50歳の方が20代の服着ていたら頭大丈夫?って思いますし、逆に20代前半の子がブランド物のバッグを持っているのも、
    似合いませんしねぇ。。
    40代には40代の方にしか出せない魅力がありますし、50代・60代の方でも私らから見ても格好良いなぁとか、
    素敵だなぁと思う女性はたくさんいらっしゃいます。
    魅力ある女性・男性とは自分が何者かを知った上で、自身の良さを充分に出し、コーディネート出来る人のことを言うのではないかと思います。

    一つの道をきわめた人から出る独特のオーラは凄味を感じますし、存在そのものがブランドになるのだなぁと、
    先日、実行委員である京都の小松氏の知人の方で、韓流スター御用達プロカメラマンの方に著者近影用写真の撮影会をお願いしました。
    三浦理事長畠山先生小松氏辻氏山本氏に私と参加したのですが、その時のカメラマンの方が言われたのが、
    「さすが、三浦先生は違いますねぇ。。」「最初の一枚目でもう、終わってるんですよ」
    「一枚で止めちゃうと何なので、後も撮りましたけど、本当に最初の一枚目で決まってました。。」
    要は最初に一枚撮った時の姿に全てが集約されていて、有無を言わせぬ凄味が其処にあったということのようです・・・

    むむむ。。さすがです・・私、何枚撮ったか覚えてないです・・・

    福田勇治

  • 虫が騒ぐ

    毎回のことなのでいい加減呆れられているのではと不安に思いつつも、懲りずに私の中で静かに
    ブームとなっているものを話したいと思います・・・
    私は自分で言うのも何ですが、ゴリラのような見かけに似合わず、細かい作業が大好きな人でして、
    チマチマと物作りに勤しむこと多々あり、家内にも半分冷たい目で見られています。
    そんな冷たい家内の目や、邪魔だよと言いたげな小太郎の視線を浴びつつも、居間のテーブルの大半を私の工作キットが独占しております。

    という訳で現在のマイブームはと申しますと、ペーパークラフトです・・・
    は?というブーイングを一心に浴びている私でございますが、馬鹿にするなかれ結構はまります。
    海外のサイトやら何やらいっぱいあるのですが、私のお勧めはCanonのペーパークラフトのサイトです。
    ジャンルが多いのと、一つ一つの完成度が高いというのが理由です。
    何のことはなく、昨日つぶやいたTwitterの戦国大好き系のフォローしている方の情報で、
    ペーパークラフトでお城を作ったとの記述を読み、完成写真を見てその完成度の高さに驚嘆し、Canonのサイトを覗いたのがきっかけでした。
    「姫路城・大阪城・熊本城」など城マニアの私にとっては手をつけずには居られなくなり、
    早速、熊本城の築城に着手しました。

    液体のりとカッター、はさみさえあれば出来るようでしたので、軽い気持ちではじめたのですが、
    まぁあ大変なこと、大変なこと。。思った以上に築城が難航し、人柱でもやらなきゃ駄目かと思う位に、難しいものでした。
    しっかりと設計がされているが故に、いい加減に切ったり、折ったりしていると少しずつズレが生じてくるのです。
    気が付けば六割方組み上がった熊本城は落城寸前の姿となっており、屋根はズレ壁は隙間が空いて
    とんでもないことになっているやらで、加藤清正が生きていらっしゃれば真空飛び膝蹴りを食らうような完成度となっておりました・・・

    ここで冷静になって、今回の築城の問題点を挙げてみました・・・
    先ずは(1)液体のりを甘くみていた(2)谷線やら山線やら折り方の精度に問題がある
    (3)初心者に熊本城は厳しかったと、この三点が挙げられました。。

    そこで生まれた改善点としては、液体のりに関しては乾燥した際に、ノリをタップリ付けていると反りなど変形が生まれやすくなるので、

    出来るだけ薄く伸ばすようにする。谷線やらの線に関しては書けなくなったボールペンで点線を絵取って折りやすく細工をする。

    そして三番目は熊本城を廃城とし、新たに姫路城を建造するという抜本的な解決でした。
    これらの反省を踏まえ、早速、姫路城建造へと着手致しました。
    サイズが熊本城よりも大きいことと、それまでの失敗があったので、割とすんなり築城が進み、
    着手から一週間で姫路城が完成致しました・・・

    え〜っと、今日初めて、このブログを見た方が「こいつ、そーとー暇人じゃん!」って思われるのも癪(しゃく)なので言っときますが、
    これをチマチマ作っていた先月は一応、クライアントをみさせてもらった人数、及び売上も過去最高で、
    私的にはとんでもなく忙しい一ヶ月でした・・・
    自分自身で分析するに、忙しくなって精神のバランスをとるのにどうやら私はこういうチマチマした作業が
    無になれてストレス発散になるようです。。

    人それぞれバランスの取り方があるのだと理解して戴けるとありがたいと感じております・・・

    因みに次に狙っているのが更に本格的な株式会社ウッディジョーという木製の模型等を製造販売している会社があり、
    そこのレーザーカット加工の日本の名城シリーズを狙っております・・・
    え〜っとこれ以上書くと実行委員を辞めろと言われそうですので、これ位にしておきたいと思います・・・
    皆様も心豊かになる趣味をどうぞ・・・

    福田勇治