カテゴリー: 瀧澤 一寛(たきさわ かずひろ)

  • 〜「間に合っている」とは(3)〜

    おはようございます。
    昨日の続きです。

    「間に合っている」状態に持っていくためには
    意識して「間に合わせる」ことを学習すること。
    「間に合わせる」とは環境に順応すること。
    そして「間に合わせる」ことは消極的行為ではなく積極的行為である、
    ということを書いてきました。

    ここでもう一度「順応する」とはどういうことか
    考えたいと思います。

    環境と「交流する」ことの中に「順応する」するということが含まれている
    と昨日も書きましたが、これは「交流する」ことありきで「順応する」ことが可能に
    なるということです。
    そして、私は「順応する」とはただ「順ずる、従う」ことではなく
    「反応する」ことそのものが「順応する」ことなのではないかと考えます。

    モノやコトやヒトといた対象に対して何らかのアクションを示す、
    例えそれが賛同、反対であってもその現象に対し素直に反応する、
    その反応するというアクションが対象との交流になり、
    賛同なら賛同の応じ方、反対なら反対の応じ方で「順応」している
    のではないでしょうか。

    こう考えるようになったのも、身近にお手本があることに気づいたからです。

    それは「からだ」。

    「からだ」は刺激には刺激に対しての、接触には接触に対しての反応を示し、
    快・不快もききわけられ、決して無視しない。入ってくる情報に対し、素直に表出する。
    「からだ」は常に外部と内部とコミュニケーションをとっているのです。 

    「間に合っている」とはどういうことなんだろうかと考えた時に
    「からだ」から教えられることになるとはなんとも操体的で面白いです。

    4日目のブログで「書き続けているとテーマが浮かび上がってくる」と
    書きましたが、最近のテーマが「つながる」ということでした。

    自分と自分、自分と他人、自分と社会という「自分の内外の環境」と、
    どのようにつながっているんだろうかということを考えながら、
    今回のブログを書きました。

    ブログを「書く」というアクションと、それを「読む」というアクションが
    つながっていることを感じながら、一週間を締めたいと思います。

    一週間、読んでいただきありがとうございます。

    2014年4月27(日)
    東京操体フォーラムが開催決定!
    会場は東京千駄ヶ谷津田ホールです。

    「入眠儀式 快眠・快醒のコツのコツ」
    是非お越し下さい。

    http://www.tokyo-sotai.com/?page_id=644

  • 〜「間に合っている」とは(2)〜

    おはようございます。

    昨日は「間」と「合う」ということについての自分なりの考えを書きましたが
    今日も続けたいと思います。

    昨日の「合う」の印象に基づけば、
    「合わせる」とは対象と意識的にコミュニケーションを取っている(順応している)。
    「合っている」とは対象と意識していなくても自然にコミュニケーションが取れている(順応できている)。
    ということになります。

    そうすると、
    「合わせる」とは意識しなければいけないケースも出てくる−「話しを合わせる」など。
    「合っている」とは意識していなくても結果として自然とそうなっているケース−「からだに合っている」など。
    ということになります。

    これまでの「間」と「合う」についての考えを踏まえると
    「間に合っている」ということは
    「絶えず変化する環境に対して、意識していなくても自然に順応できている」状態なのです。

    ここで「意識していなくても順応できるのか」という疑問が湧いてきます。

    私は『「意識していなくても」という状態になるためには、あえて「意識して」学習を
    通さなければ、その状態にはたどり着けないように思います。

    「間に合わせる」ことをまず体得し、
    その後に「間に合っている」ということがわかるようになると思うのです。

    「間に合わせる」とは「意識的に、絶えず変化する環境に順応すること」ですから
    「そこそこ出来ていれば、間に合うよね」とか「こんな感じで間に合わせよう」
    といったような消極的なものではないということです。

    「絶えず変化する環境」が対象ですから、順応する範囲も変化します。
    「ここまで」という限定されたものではなく、自分の置かれた環境によって
    いくらでも変化しますので、積極的かつ自分発信の行為になるのではないでしょうか。

    明日に続きます。

    2014年4月27(日)
    東京操体フォーラムが開催決定!
    会場は東京千駄ヶ谷津田ホールです。

    「入眠儀式 快眠・快醒のコツのコツ」
    是非お越し下さい。

    http://www.tokyo-sotai.com/?page_id=644

  • 〜「間に合っている」とは(1)〜

    おはようございます。

    操体には「間に合っていればいいんだ」という教えがあります。
    生きるうえで自然法則に従い、からだが「間に合っていれば」
    健康に過ごすことができる…

    しかし、この「間に合っている」とは実際にどういう状態なのでしょうか。
    この言葉をよく咀嚼し、今の自分の学びの段階で「こういうことなんじゃないか」
    と思うことを書いていこうと思います。

    「間に合う」という言葉は操体に限らず、日常でもよく使われています。
    そして、使い方によってニュアンスが微妙に変化します。
    例を出すと以下のとおり。

    「ふ〜、間に合った〜」と言うときは、「ぎりぎりセーフッ!」という印象。
    「これだけあれば、間に合うよね」と言うときは、「足りるよね」という印象。
    「うちは間に合ってますから」と言うときは、「不自由してませんから」という印象。

    このように、同じ「間に合う」でも感じ方が大分違います。

    そもそも「間に合う」とは「間」に「合う」こと。
    では「間」とはなんなのでしょうか。

    私は『「間」とは自分と関連している空間や時間』なのではないかと解釈しています。
    「誰かと一緒に過ごす時間」であったり、「人が集まる場所」であったり、
    はたまた「自分のからだの中」であったり…

    それらを一言で言い表せば「環境」ということになります。

    そしてこの「環境」は絶えず変化しています。
    自分の外側であれば、コミューンによって立場も変わるでしょうし、時間の過ごし方も
    変わってきます。自分の内側であれば、活動内容によって体内環境も変化します。

    ですから「間」は「絶えず変化する環境」とも言えそうです。

    次に、「合う」とはどういうことなのでしょうか。

    「合わせる」、「合っている」などの表現がありますが、
    「合わせる」は「意図的に」、「合っている」は「自然に」という印象があります。

    使い方は様々ですが、「合う」という言葉は、「対象があって、その対象と、
    自分がどう関わっているのか」を示すとこなのではないかと思います。

    つまり、「合う」とは対象とのコミュニケーション、さらにつっこむと
    「対象と順応すること」なのではないでしょうか。

    明日に続きます。

    2014年4月27(日)
    東京操体フォーラムが開催決定!
    会場は東京千駄ヶ谷津田ホールです。

    「入眠儀式 快眠・快醒のコツのコツ」
    是非お越し下さい。

    http://www.tokyo-sotai.com/?page_id=644

  • 〜記録に残す(2)〜

    おはようございます。

    昨日は「書く」という行為についての私見を書きましたが、
    最近習慣にしていることがあります。

    それは何かを感じたり、思いついたりしたらとにもかくにも
    その場でメモを取るということです。

    三浦先生に勧められて、以前から日記はつけていたのですが、夜寝る前に
    つけようとか、朝起きてからつけようと決めていても、ついつい忘れてしまったり、
    スルーしてしまったりということがありました。後でまとめてしようと思っても
    その機会が失われるとそのままになってしまうこともしばしば。

    そこで日記は日記でつけて、そのつどメモは常に携帯というやり方にしました。

    それだけではおもしろくないので、文房具もそれに合わせて変える試みをしています。
    日記をつけるときは万年筆で、メモを取るときはシャープペンで、
    レッスンや講習のときは鉛筆で、という具合で変化をもたせると
    飽きがこなくて愉しくなってきます。そうすると、道具なんかも揃えたくなって
    文房具屋にも目がいくようになりました。特に三浦先生に紹介していただいた
    銀座の伊東屋はまた行きたくなるような魅力的な空間です。

    文房具を買いに

    文房具を買いに

    仕事のときと週末の休みのときでつける腕時計を変えています。
    週末につける腕時計は機械式ですので使っていないと止まってしまいます。
    つける前に、竜頭を回し、現在時刻に合わせるのですが、日付や曜日も
    合わせますので、一週間分だとかなりの回数をまかないと、現在に追いつきません。

    まわしながらこのかなりの時間をどう過ごしたかと思い返したりしますが
    記憶だけでは取り出せません。そんなとき、一週間分のメモを読み返すと
    「こんなとき、こんなことを感じていたんだなあ」と思い出すことができます。
    しかも一週間振り返ってみると、けっこう同じ内容のことが書かれていたりして
    そのときの自分のテーマが浮かんでくるようで面白いです。

    前進するだけでなく、振り返る習慣は癖になりそうです。

    2014年4月27(日)
    東京操体フォーラムが開催決定!
    会場は東京千駄ヶ谷津田ホールです。

    「入眠儀式 快眠・快醒のコツのコツ」
    是非お越し下さい。

    http://www.tokyo-sotai.com/?page_id=644

  • 〜記録に残す(1)〜

    おはようございます。

    先日、友人に手紙を書きました。
    近況をメールで報告してきましたので、メールでも返したのですが
    祝い事でもありましたので直筆で返そうと思ったからです。

    最近、新宿伊勢丹にある島地勝彦先生プロデュースの
    「サロン・ド・シマジ」に三浦先生、畠山先生に何度か連れていって
    いただきました。そのときシマジ先生の著書を持っていたこともあり
    (素敵な偶然です)、サインをしていただきました。
    「迷ったら、二つとも買え!」には「ロマンティックな浪費から文化は生まれる」、
    「異端力のススメ」には「今日の異端は明日の正統」という名言を
    書いてくださったのです。
    きれいな青色のインクの万年筆でサラサラっと走り書きする姿は、
    男の私から見ても惚れ惚れしてしまいます。

    迷ったら、二つとも買え! シマジ流 無駄遣いのススメ (朝日新書)

    迷ったら、二つとも買え! シマジ流 無駄遣いのススメ (朝日新書)

    異端力のススメ―破天荒でセクシーな凄いこいつら (光文社文庫)

    異端力のススメ―破天荒でセクシーな凄いこいつら (光文社文庫)

    「書く」という行為は書道をしていたこともあり、私にとって馴染み深いのですが
    改めて今回感じたのは、「書く」と記録に残るということです。

    名言は(名言でなくとも自分の心に残るものは)、それを受け取った人の
    記憶に残ります。しかし、それでは忘れてしまうこともあるだろうし、
    その人一代限りのこと。
    それが、「書く」という行為で記録に残れば、いつでも見返すことが出来ますし、
    後世にも伝えられます。

    この実行委員ブログに関しても記録として残っているから振り返ることが出来ます。
    今回で私のブログも五巡目となりますが、昔のブログを振り返って今に至ると、
    その時々で感じていることが変化していることがわかります。

    操体の教えも橋本先生、三浦先生が資料として残してくれているからこそ、
    後に続く人たちが学ぶことができますし、その中から変化してきていることを
    知ることが出来ます。

    「書く」という行為を積極的に取り入れようと感じる今日この頃です。

    2014年4月27(日)
    東京操体フォーラムが開催決定!
    会場は東京千駄ヶ谷津田ホールです。

    「入眠儀式 快眠・快醒のコツのコツ」
    是非お越し下さい。

    http://www.tokyo-sotai.com/?page_id=644

  • 〜舌は口ほどにものを言う?〜

    おはようございます。

    今日は朝の習慣を少し。

    毎朝目覚めると、洗面所に行って、顔を洗うのですが
    その前にやることがあります。
    それは「舌チェック」。

    舌はからだの状態を現します。東洋医学には
    舌を診ることでその人の体質や、今のからだの状態を把握し、
    治療方針を決める「舌診」という診断方法があります。
    たとえば舌の縁がデコボコしていれば「エネルギーが不足しているな」
    とか、舌の表面に白く苔(舌苔)がついていれば「余分な水分が
    からだに溜まっているな」とか判断できるわけです。

    最近はエチケットとして舌磨き(口臭の原因が舌苔にあるとのことで)が
    普及してきていますが、以前に中医学を教えていただいた先生は
    「治療前に舌を磨いてくる人がいるから診断しづらいこともあるよね」と
    おっしゃっていました。それだけに舌はからだの状態を現すのです。

    私の場合、「食」とうまく向き合えているときは舌チェックをしても
    きれいなのですが、食べすぎ、飲みすぎになると途端にデコボコが強まったり
    苔が厚くなったりするので、舌が「食」のバロメーターになっています。

    先日、知り合いのご婦人(九十四歳)にお会いしたとき
    おやつの話しになりました。
    その方は「おいしいおやつを食べると胃が満足するの」
    とおっしゃっていましたが、「胃が満足するの」という
    フレーズにセンスを感じました。からだからの情報をそのまま
    からだから受け取ったというニュアンスに感じられたので、
    「この方は、からだと上手に向き合っていらっしゃる」と思えたのです。

    話しは舌に戻りますが、
    サービス業という手前、私も舌磨きはします。
    やっていて感じること、それは胃が疲れているとき(食べすぎ、飲みすぎ)は
    「オエッ」となりやすいなということです(汚くてすいません)。
    もともとからだの働きで異物が口腔内に入ってきたときは
    飲み込まないように吐き出す「嘔吐反射」が起こるものなのですが、
    胃が今の状態を情報として発信し、反射という反応で
    「今は食べ物を入れなくてもいいよ」と教えてくれているようにも思えます。

    また、舌の動きが硬いときは、自分の思っていることを口に出せない
    ことが多いと感じます。舌だけではなく顎周りや、顔の表情が硬くなっている
    ときにもそうです。「構音」に関わってくる部位ですので、
    機能的な観点からも言えますが考えすぎたり、
    深刻になるとこの傾向が強まるなと実感しますので、
    精神面が多分に関わっているようにも思えます。

    口腔内は「食」からの影響だけでなく、精神活動における「想」の影響も
    受ける場所。

    口の中を見てみれば、心の中まで見えてくる
    そんな場所なのかもしれません。

    2014年4月27(日)
    東京操体フォーラムが開催決定!
    会場は東京千駄ヶ谷津田ホールです。

    「入眠儀式 快眠・快醒のコツのコツ」
    是非お越し下さい。

    http://www.tokyo-sotai.com/?page_id=644

  • 〜基本の置き所〜

    今日から担当の瀧澤です。
    一週間よろしくお願いします。

    香さんのブログからは春の香りが漂っていましたね。
    季節の巡りは早いものですが、私の住んでいる地域にも
    桜が咲き始め、三十二回目の春を謳歌しています。

    飲んで、食べて、騒いでのお花見からはだいぶ遠ざかって
    いますが、散歩や移動の車中から見るだけでも、
    「花時」が味わえます。

    今日は食の話を少し。

    先日「うかたま」という雑誌を購入しました。
    農文協出版の季刊誌で食に関する雑誌なのですが
    今回は睡眠特集が組まれており、その中に掲載されている
    畠山先生の記事を読む為でした。
    今度の春季操体フォーラムは睡眠がテーマ。
    それに関連する内容ですので、未読の方には是非お勧めします。

    その他の記事で目を引いたのは
    「鍋でご飯を炊く」、「出汁を自分でとる」というもの。
    いままでは、炊飯ジャーや粉末だしを使い、初めてのことで
    上手く出来るものかしらと思っていましたが、
    やってみると意外と簡単に出来ました。
    たまにおこげが「こげ」になってしまうこともありますが
    それもまた味。
    家族がいますが、訳あって只今単身赴任状態ですので
    あれやこれやと試しています。

    今はほとんど自炊ですが、外食もしますし、コンビニも利用します。
    特に「食」に強いこだわりはありませんが、自分の基本を
    どこに置くかは考えます。

    諸先輩方もブログの中で、糖質制限や一日一食などを自分の
    からだを通して体感され、それを貴重な体験記として語ってくれていますが、
    私の場合も自分のからだを通して納得した体感を自分の基本に
    置いています。
    そうすると、私の基本は「からだの状態」や「置かれた環境」に
    合わせて食べることになります。
    バランスよく栄養を摂ろうという意識よりも、バランスよく「食」と
    向き合おうという意識です。

    十年以上前になりますが、学生時代を含めスポーツをしていた
    頃は身体を作る為とはいえ、一日五食や高たんぱく食などに走っており、
    ご飯を作ってくれていた母にはかなり迷惑な話だったでしょう。

    「食」はその人の思想や生き方が反映されやすく、
    こだわりが強すぎたり、ストイックになりすぎたりすると
    誰かと一緒に食事が取れなくなる、または家族内で食が
    分断されてしまうというケースが出てきます。

    バランスよく「食」と向き合うということは、自分のからだと
    向き合うことと自分を取り巻く環境と向き合うことの両方が
    不可欠だと思います。

    人間の根っこにある欲でもあり、生き方が反映されるものでもある「食」。
    奥が深いですよね。

    2014年4月27(日)
    東京操体フォーラムが開催決定!
    会場は東京千駄ヶ谷津田ホールです。

    「入眠儀式 快眠・快醒のコツのコツ」
    是非お越し下さい。

    http://www.tokyo-sotai.com/?page_id=644

  • 〜心魅かれるスタイル、それは生き方7〜

    先日、職場で治療院の内装を頼まれました。
    といっても、大掛かりなものではなく、
    どんな風にコーディネートするかというレベルなんですが。

    集合住宅の一室でしたので、ベッド一床のみ。
    フローリングで洋間っぽいんですが、隣の部屋とは
    襖でつながってたり、クローゼットではなく押入れだったりと
    ところどころ、レトロな感じが…

    襖の替わりに、新に引き戸を買おうか、ロールカーテンにしようか
    などと考えていたんですが、襖自体は他の壁と一緒のクロスが
    貼られていたので、これを活かせないものかと閃いたのが、
    襖の木枠を取り替えるという案でした。
    (既存のは漆艶で黒っぽく見えるもので、浮いてしまってたんです)

    これは業者に頼まずとも独りでできるものかしらと
    調べると、これがけっこう自分でやってる方々がいらっしゃる!

    早速トンカン、トンカンと木枠を外して、柱の色と同系色の素材のもの
    に変更。他のインテリアも合わせて用意し、統一感のある空間になりました。

    今はDIY(自分で作ろう!)が人気なようですが、確かにやり方が
    分かれば、自分でもやってみようかなって気になりますね。
    中には家まで自分で作ってしまう方もいらっしゃいますが、そこまで
    いかずとも、「ここまでは自分でできるんだ」、「ここからはプロの仕事だな」
    と分かるだけでも愉しいんじゃないかと思います。

    からだのケアに関しても、「ここから先はプロに任せなきゃ」の手前で
    自分で調整できたらいいですよね。自分のからだと向き合いながら、
    「息」、「食」、「動」、「想」を通して、
    自分の体質や、生活パターン、嗜好や好き嫌い、そしてそれらの許容範囲
    を把握して、健康に生き、愉しむ。
    許容範囲を超してしまったら、素直にプロに手伝ってもらい、
    また自分を振り返る。ゼロにするより、そんな自分を受け入れる。

    ゴッドハンドで一瞬のうちに、痛みをとってしまうような臨床よりも、
    自分のからだと向き合うきっかけを作る臨生。こっちのスタイルのほうが
    かっこいい。

    カナヅチやノコギリで奮闘しながら、そんなことを感じていたのでした。

    一週間ありがとうございます。

    明日からは寺本さんです。よろしくお願いします!

  • 〜心魅かれるスタイル、それは生き方6〜

    高いブランドものに身を包まなくても
    おしゃれだな、と感じる人がいる。

    億万長者にならなくても
    豊かな生活をしているな、と感じる人がいる。

    声高に「俺はこうだ」と叫ばなくても
    自分の使命を全うしているな、と感じる人がいる。

    公私を区別して息抜きしなくても
    全部ひっくるめて愉しんでいるな、と感じる人がいる。

    そんな人たちを見ると、「何となくかっこいい」と感じてしまうのです。

    「かっこつけよう」と意識していなくても、自然とにじみでてくる
    「かっこよさ」。

    きっと、「自分自身」と「我」のバランスが取れているんだな。

    18歳の三浦理事長も、颯爽と自転車に乗る橋本先生を見て、
    そう感じたのかもしれない。

    明日に続きます。

  • 〜心魅かれるスタイル、それは生き方5〜

    今日は、お酒の話を少々。

    今年の初めに京都市を皮切りにいくつかの都市で
    「日本酒乾杯条例」なるものが制定され、ちょっとした話題に
    挙がりましたが、全国的には乾杯はビールで!という方のほうが、
    まだまだ一般的なようです。

    この条例の意図するところは、
    「日本酒の消費量低迷の改善」、
    「日本酒をきっかけに伝統産業や日本文化の見直しを促す」
    なんだそうですが、お酒の好き嫌いは別として、日本文化を
    嗜むきっかけになればという思いには賛同できますね。
    単に日本酒好きというだけなのかもしれませんが(笑)

    そんな日本酒にもいくつか種類がありますが、
    米と米麹と水のみで作られるものを「純米酒」と呼びます。
    この純米酒、市場には日本酒全体の一割程度しか出回っていません。
    原料がシンプルなだけに出来上がった後に味の調整ができず、
    とってもシビアな酒造りが必要なんです。
    (いいものを作るには時間も手間も技術もかかる。臨床も一緒…)

    地元の秋田にはこのシビアな酒造りを自分のスタイルとして貫く蔵元が
    います。さらに原材料の米と水は蔵の半径5キロ以内のものを使うという
    徹底ぶり。それゆえに米が不作だったりすると、酒造りにも影響が出て
    売上が落ちるなんてことも…

    しかし、蔵の強者はそれでも自分のスタイルは崩しません。それでいて
    生活は確保できている。この辺は橋本先生と通ずる部分がありますね。
    著書には、毎月の支払いを不安に感じる橋本先生に息子さんが
    「おやじ、それでいいんだよ。とにかく墜落しないんだから、地上最大の
    ショーじゃないか」とおっしゃったとあります。

    自分のやりたいスタイルを通しつつもちゃんとご飯も食べていける。
    綱渡り的なところもありますが、この絶妙なバランス感覚にも
    心が魅かれるのです。

    明日に続きます。