カテゴリー: 日下和夫

  • 寄生虫感染症から身を守る

     地球上には多種多様な動物が生存している。 そういった動物の生命活動のほとんどが食糧や酸素を得ることと種族保存のための生殖活動である。 しかし、その生存活動は過酷であり、それぞれが生存に有利な場所を選んで暮らしている。 そんな中で寄生虫という生物は、自然環境の中で自由に生きることよりも、生活の場をほかの生物である植物や動物の中に求めたようだ。

     

     しかし、寄生されたほうの生物、すなわち宿主にとっては迷惑千万であり、寄生虫感染症に陥ってしまうことになる。 確かにヒトなどの宿主にとっては寄生虫の被害は甚大であり、現在も多くの人を苦しめるマラリア原虫がその典型である。 しかし、その寄生虫の感染する手段を知ることで、感染予防の知恵に転嫁でき、健康維持に役立てることができるので是非身に付けておきたい。 

     

     人間社会から寄生虫が撲滅される可能性はまったくなく、人間はこれまでも、そして未来永劫において寄生虫との共存生活を続けていくしかないのである。 寄生虫感染を恐れることは仕方がないが、過剰に恐れて生きていくのは、衣食住の生活様式を行ってゆく上での楽しみが極端に減ってしまう。 また、逆にあまりにも感染を無視する根拠のない蛮勇は、後悔しか残らない。 この世界で生きてゆくなら、何が安全に食べられるのか? どのような行為が危険なのか? というようなことを熟知して寄生虫と共存していくことこそが健全な自然のサイクルに準ずるのではないだろうか。

     

     そんな寄生虫はまるでユダヤ商人のようにしたたか者である。 ほかの生物の中で生存するという戦略は驚嘆という言葉しかない。 寄生して宿主を死なせてしまっては寄生虫自身も死んでしまうことになるので、寄生する礼儀をわきまえている。 また、寄生虫は自分の成長に併せて、次から次へ宿主を渡り歩く特技をどのように身につけたのであろうか? 進化の偶然、と言うにはあまりにも巧妙であり、誰かが詳細に計画を練り上げ、それを実行指南したのではないかと思ってしまうほど完璧な生命活動である。

     

     寄生虫感染は、ヒトからヒトへの直接感染ではなく、感染媒介のベクターや中間宿主になる動物を介することが多い。 いわば地球上の生物群で相互依存的な関係でバランスを取りつつ、幾世代にわたって生存しているのが寄生虫である。 そのような寄生虫感染が成立するためには特定の条件がある。 その条件を避けさえすれば感染しないということだ。

     

     ヒトに感染する寄生虫は、極めて限定的であり、そのヒト感染する寄生虫であっても、感染が成立するのは、特定の発育段階の寄生虫(感染形)が特定のルートを通って好適宿主に侵入した時のみである。 つまり寄生虫を過剰に恐れたり侮ったりせず、寄生虫と適切に付き合って共生するための知恵、すなわち 「知っていることがワクチン」 だと言われている。 ただ、人間にとって脅威なのは人獣共通感染だ。

     

     人獣共通感染は宿主特異性が低くヒトにも脊椎動物にも感染する。 ペットのイヌ・ネコの感染病原体は飼い主にも感染する可能性がある。 ペットと一緒に寝たり、キス等をするのは、赤痢アメーバ等の感染が懸念される。 また爬虫類等の珍しいペットは、いかなる病原体を持っているのか予測困難である。 さらに野生動物ならば100%が感染しているとみて間違いない。 野生動物との不用意な接触は厳に慎むべきである。 食品衛生についても寄生虫感染予防は重要であり、特に魚に関してはサバに寄生するアニサキスだけでなく、最近話題になっているクドア、これはヒラメ等の魚の筋肉に寄生する粘液胞子虫であり、刺身等の生で食するときには十分注意する必要がある。

     

     寄生虫もヒトと同じ真核生物からなる多細胞生物であり、地球型生命として同じ代謝の仕組みを持ち、同棲関係という空間的、機能的密接さの中で互いに切磋琢磨しながら進化してきた。 そして敵対関係もあるが共存関係もあり、その共存関係の中でも特に 「衛生仮説」 が興味深い。 それは寄生虫感染が激減してくると、寄生虫に感染していない世代がアトピー性皮膚炎や花粉症等のアレルギー性疾患が激増したというもので、この現象をどう見ればよいのだろうか?

  • 真菌感染症を防ぐ暮らし方

     我々の身の回りにあるものはバスルームやキッチンのような水回りの高温多湿の状況下では、真菌の一種であるカビが発生する。 食物にもカビが生えるし、同じく真菌の一種である酵母菌によって発酵するかも知れない。 当然、ヒトのからだも真菌に感染していろんな症状を引き起こすことになる。 このように我々の住むあらゆる環境に真菌が蔓延しており、その真菌から逃れることはできず、否が応でも真菌とともに暮らさざるを得ないことを理解する必要がある。

     

     ヒトのからだがカビ菌や酵母に感染して症状が出ると、真菌感染症が成立する。 真菌感染症は多種多様で、いんきん・たむしや水虫のように皮膚表面に感染する浅在性皮膚真菌症もあれば、クリプトコッカスのように深在性真菌症もある。 感染経路もヒト、動物、空気、土壌、衣服、スリッパ等からヒトへ感染することが知られている。 こういった経路からヒトのからだには真菌が常在菌的に元々感染している可能性もあり、それが長期間症状を呈したり、宿主の免疫不全状態において感染が顕在化する場合もある。

     

     特にカビについては生命力が強くて、湿度と僅かな栄養のみでどこにでも生える。 そのうえ、カビはそこらじゅうに散在している。 ヒトの湿った皮膚はカビにとって絶好の生え場所であり、真菌感染するのは至極当然のことである。 ただヒトはカビが皮膚に付着してもそれが定着する前にシャワーで洗い流したり、免疫力で抵抗するから真菌感染症にまで至らないのだ。 ところが、免疫不全状態に陥ったらカビが増殖して日和見感染症になる可能性もある。

     

     真菌は間違いなく感染症を誘因するものであり、生活空間全体が真菌で汚染されている状況といえる。 そしてこの感染を防ぐワクチンは存在しないので、ウイルスや細菌感染対策とは事情が異なる。 また、寄生虫感染の公衆衛生対策をそのまま利用できるわけでもない。 ではどのような衛生対策が考えられるのであろうか?

     

     まず考えたいのは、屋内で靴を脱ぐ日本人の生活習慣だ。 すなわち、真菌の中でも白癬菌感染の予防である。 屋内では靴を脱いで上がることの良い点としては、靴に付着したバイ菌を含んだ土が屋内に持ち込まれるのを防止できるという長所がある。 しかしその反面、水虫という足白癬の感染拡大を増長させるという大きな短所もある。 たとえば公共の場所でスリッパを共用するというのは確実に白癬菌感染の機会を増やしてしまう。 さらに家庭内では素足で歩く習慣があるが、高温多湿な気候環境の日本では畳や床を介して足白癬の蔓延につながっている可能性もある。 

     

     そこで皮膚を清潔に保つ日常の生活習慣を見直したい。 皮膚表面に感染する足白癬の感染を防ぐ最も有効な手段は、皮膚を清潔に保つこと以外ほかにない。 風呂に入ってシャボンで足の皮膚をよく洗い、その日の汚れをその日のうちに洗い流すことである。 足白癬の感染経路は、感染者から直接に、また間接に白癬菌が運ばれることになる。 

     

     日本では足白癬の患者数が非常に多いため、スリッパを共有することや銭湯の浴場出入口のマット、それにプールの床を素足で歩くことは自分の足が白癬菌に汚染される確率がとても高い。 こういった菌が付着した状況が多湿環境で長く続くと感染が成立し、白癬症となる可能性が極めて高くなる。

     

     操体臨床家の立場から言うと、患者の足白癬病変部に直接触れた場合には、早めに洗浄することが求められる。 特に操体では足趾の操法という施術を施療するが、私は足趾操法の施療の都度、早めの手洗いを励行している。 また昨今の感染環境における臨床では、サージカル・マスクではなくN95マスクを私は使用しており、これは院内感染防止と同じ考え方をしたものだ。

     

      日常の暮らし方として、毎日足を清潔に保ち、乾燥状態を保つことは、白癬菌が付着しても感染を成立させないために最も有効な手段である。

  • ウイルス感染と免疫力

     昨日は細菌感染に特定した内容だったので、今日はウイルス感染について述べてみる。 

     

      ウイルスはゲノム核酸とタンパク質等から成る20~300nmほどの大きさの粒子である。 宿主の生体細胞内でゲノム核酸を複製し、必要なタンパク質を合成して粒子を再生産する(ウイルスの複製、増殖)。 

     

      ヒトがウイルス感染によって病気を起こすまでの段階は次の三つのステップがある

      ウイルスと出会う  

      ウイルスが宿主に侵入して標的組織・臓器に移動する  

      ウイルスが標的組織で増殖して組織を障害する(発病)

     

     感染はヒトがウイルスとの出会いから始まるが、これを感染経路と呼び、以下の四つに分類している

      経口感染(水・食物感染、母乳感染)

      気道感染(飛沫感染、空気感染)

      性行為感染・血液感染(輸血・母子感染)

      動物(蚊・ダニ)媒介感染 、感染動物の咬傷感染

     ウイルスとこれらの感染経路の組み合わせが正しい時に限って感染が成立し病気が起こる。

     

     ヒトが生まれて初めてウイルス感染すると自然免疫が稼働し、次いで最終的に獲得免疫系がウイルスを排除する仕組みになっている(一時応答)。 この時に誕生した活性化リンパ球の一部が体内で生存し続ける。 これが免疫学的記憶で、この長期に生存する細胞をメモリー細胞と呼んでいる。 抗体を産生する形質細胞(B細胞)は一般的には数週間で死滅するが、一部は骨髄の中で長寿命な形質細胞として生存し続ける。 そして、同じウイルスが再び侵入してきた場合は、このメモリーリンパ球と長寿命形質細胞が迅速に活動し、効率的にウイルスを排除する(二次応答)。 このしくみを免疫機序という。

     

     近年の日本で深刻な問題となっているウイルスは、ノロウイルスロタウイルスである。 ほかにもアデノウイルスやアストロウイルス等が原因となっている。 ノロウイルスは特に冬に多く流行し、カキ等の海産物を介して感染する。 ノロウイルスの感染力と発症力は、まな板や床やテーブル等に長期に持続して感染が広がりやすい特徴がある。 世界で発症する腸炎の最大原因でもあり、日本では食中毒の7割がノロウイルスを原因とするものだ。

     

     ノロウイルスでは通常用いる石鹸や消毒薬(アルコール系等)では死滅せず、まな板や床やテーブル等は希釈した次亜塩素酸(ハイター等)を用いて処理する必要がある。 また、血液型がO型だと発症しやすく、B型はかかりにくいという報告が示されている。 これは血液型の抗原によりウイルスの吸着のされやすさに差があるためであり、このことは血液型占いとは何ら関係なく、稀有な例外と言えよう。

     

     ノロウイルスにおいては、ヒトに何度でも感染し、ワクチンも治療薬も存在しない。 処置の対応が非常に難しいウイルスである。 ロタウイルについては、小児に多い腸炎の原因ウイルスで、ノロウイルスよりも重症化しやすいが、免疫ができるので大人はかかりにくい感染症である。 日本では5歳までにほとんどの小児が感染、罹患する病気であるが、経口ワクチンで予防可能である。

     

     現在話題になっている新型コロナウイルスについては、まだよく解っていないことが多く、コメントは差し控えることとしたい。 ただ新型コロナウイルスにおいても共通して言えることは、ウイルスが侵入して感染しても免疫力が強いと感染症にまで至らないが、弱いと、発症してしまう。 うじ虫でも生きている猫にはつかないが、死んだとたんに湧き出してくる。 ヒトでも生きている細胞には発症しないが、死の細胞ではウイルスも活動が活発になるためである。 やはり免疫力を高めるということに尽きるのだろう。

  • 細菌感染と免疫力

      感染に対する免疫力が強い弱いというのはどのように違うのだろうか? まず 「感染」 の意味は、細菌やウイルス等の微生物がヒトなどの宿主に侵入することであり、その微生物が定着して増殖することで引き起こされる疾患を 「感染症」 と言っている。 しかし、微生物が宿主に侵入しただけで増殖しない場合は、感染症とは言えず、感染が成立したものではない。

     

     宿主(ヒト)は微生物が体内に侵入した時に、これを認識して排除しようとするのであるが、それを生体防御機構、すなわち免疫系がその役目を担っている。 この時に感染しても発症しない場合は免疫力が強く、感染したあと発症してしまうのは免疫力が弱いからだと言える。 そして、微生物においても当然ながら宿主の免疫機序から逃れるようにして、宿主の中での生存をかけた対抗策を図ることになる。

     

     今日は微生物の中で細菌感染に特定して話を進めようと思う。 そもそも免疫系の働きについて生体は、どのように自己と非自己を区別して免疫反応を起こすのかという疑問である。 たとえば臓器移植の時に拒絶反応が起きるが、これも免疫機序によるものであり、生体が細菌を排除する機構と同じような免疫反応が起きている。 

     

     しかし、自分の臓器に対しては拒絶反応が起きない。 これは自己自分の臓器と非自己他人の臓器や微生物を区別して認識する機構を生体は持っているからだ。 そして、細菌や他人の臓器等の非自己に対してだけ攻撃、排除するメカニズムが働いている。 しかし、細菌の方もやられっぱなしではない、宿主の免疫機序から逃れるための免疫回避機構が備わっている。 それは毒素をはじめとしたさまざまな物質を作り、宿主の組織や細胞を破壊したり、免疫能を抑制したりするための対抗手段である。 

     

     ヒトのからだは皮膚や粘膜によって外界から隔てられており、細菌等の外敵の侵入を防いでいる。 皮膚は角化層に覆われていて、物理的障害となって細菌感染を防御しているので、皮膚への感染は本来、外傷等の防御機構の破綻がなければ起きない。 ところが粘膜については水分に富み、細菌の生育には好環境であるが、消化管等では常在細菌叢を形成しており、この常在細菌叢は外来性の細菌の定着を防いで、定着しても増殖を抑制する働きをしている。

     

     皮膚感染は本来、外傷等の防御機構の破綻がない限り起きないのは、皮膚には殺菌力があるからだ。 紙の上に置いたバイ菌はなかなか死なず、いつまでも元気にしているが、皮膚にバイ菌をつけておくと、数十分で死滅する。 このように皮膚は外菌を防ぐばかりでなく、外傷から身を守る働きもある、常に脂腺から油を出して、体表一面を強靭にし、毛髪や爪を生やして防御もしている。 また体温調節も皮膚の独占機能である。 他にも肺のような呼吸作用や腎臓のような排泄作用にも余念がないのが本来の皮膚だ。 そして皮膚は心臓と同じように働き者であり、24時間不眠不休の勤労愛好者でもある。

     

     ところが、野生動物と比較して、ヒトは家に住み、衣服を身に着けたりしているので、現代人では強健な皮膚を持ち得なくなってしまった。 皮膚は免疫力のうち自然免疫の部類に入るが、健康な生活を維持するためには皮膚の免疫力をアップする必要がある。 その皮膚の免疫力アップ法とは、

     

      摩擦法 ・・・ 皮膚をさする体温調節力を高める

      日光浴法 ・・・ 日光にさらす骨を強くする = 日光 → ビタミンD → カルシ

                ウム → 骨

      水浴法 ・・・ 水に浸す汗腺を開けて毒物を排出する

      風浴法 ・・・ 全身の皮膚面を新鮮な空気にあてる副毛細血管の造成

     

    この時代の暮らし方としてはこれら四つの皮膚浴を日頃の習慣とするのが望ましい。 これは私の免疫力アップ法でもある。

  • 感染症と日常生活

     昨日は感染症についてコメントしたが、その感染症を警戒するあまり、ヒトにとってバイ菌やウイルスが毒だ、というので過剰にそれらを殺すことばかり考えるようになってしまった。 そうすると、抗菌・除菌・殺菌ということに専念して力を注ぐことになる。 しかし、バイ菌たちも やられてたまるかということになり、必然的に強くなって変身し、対抗してくる。

     

     たとえば、大腸菌は、私の子どもの頃には殆ど病原性はないものと知らされていた。 ところが、今やO157という恐ろしい大腸菌に変化してしまった。 腸炎を起こした患者にその菌を殺す抗生物質を飲ませると、病原菌は一応、死ぬことになるが、なかには抗生物質から何とか逃れ、生き残った大腸菌も存在する。 その生き残りの大腸菌に対して、死にゆく大腸菌が今わの際に、俺はこれで死ぬ けれども俺の仇をこれで取ってくれ!」 と言って、ベラ毒素 という毒素を生き残った大腸菌に渡すのだ。 この毒素はヒトを腎不全にして死に至らしめることになる。 このように強力なバイ菌やウイルスが出現してきたのは、抗生物質を使い、消毒液を使うなどして結局のところ人間がこういうモンスターを造ったのである。

     

     研究熱心な感染症の学者たちの間でも、いずれどうしようもないような、つまり、抗生物質はもちろん効かない! 消毒液も効かない! そういうどうしようもない原因もわからないバイ菌やウイルスが出てくるであろうと予想していた。 消毒薬がくれば、その中で生き残れるような強い菌が生き残りながら、自分を消毒液に強いバイ菌やウイルスに変化させるのである。 こうして原因もわからなければ治療法もないというような病気がその予想どおり生まれてくることになる。

     

     そしてついにその前ぶれとして 環境ホルモン というのが出現した。 これは病気もせずに元気な身体を持っていたにもかかわらず、内分泌攪乱物質、すなわち、環境ホルモンのせいで体調不良になったり、からだの機能に不思議なことが起きてくる。 この環境ホルモンの代表例がダイオキシンと、PCBである。

     

     ここまで恐ろしい話ばかりしてきたが、昨日話した 宿主の感受性(病気にならないようにする) にはどのような暮らし方が必要なのか? まずその原因であるが、それは病原菌が繁殖しやすいような体質をヒトが作り上げてきた結果として、その宿主に病原菌が侵入すると、感染症として成立するわけである。 いわゆる伝染病としての種々の症状が発現してくる。 

     

     ところで、操体医学の立場から言うと、症状は健康への道しるべであり、症状疾患が現れたからと言って驚くほどのことではない。 症状は、操体臨床での問診や動診で意思表示するからだの感覚ととらえることができる。 このように考えて、病原菌が繁殖するような体質を作った日常生活の誤りとは何かを考え、それを正せば良いということになる。 もちろん、正すということは免疫力アップに直結している。

     

     この免疫力というものについて特筆すべきことがある。 それは日常生活において、ヒトは紛れもない動物であり、動くことで発汗が起こり、体内から水分・塩分・ビタミンCの恒常性三要素を失ってしまう。 水分不足は便秘や消化器官に潰瘍、他に尿毒症の原因となる。 塩分不足は消化器官の障害、神経炎、運動器障害、心臓、腎臓、血管障害を招くようになる。 そしてビタミンCの欠乏は皮下出血や壊血病の血管循環器系等の障害原因となる。

     

     これらの原因は病原菌に対する殺菌力や抵抗力を減退させ、そこに細菌やウイルスが侵入し、感染が成立して発病するに至る。 しかし、症状・疾患をからだの感覚ととらえて症状に応じた適切な処置で回復に向かわせることができる。 また予防策として、活動後の発汗の際には水分・塩分・ビタミンCの恒常性三要素を適切に補給しておくことが必須条件であり、感染症から免れることも可能である。

  • 感染症

     今回のリレーブログのテーマは この時代の暮らし方・私の免疫力アップ法 

     

     21世紀に生きる我々が健康に生活する上で 感染症 というものが重要な課題に挙がることに異議を唱える者はおそらくいないであろう。 感染症は人類の歴史において常に脅威の連続であった。 そんな中で人類は抗生物質や化学療法剤の発見とその研究開発、それに予防接種をはじめとする公衆衛生の進歩によって僅かながら感染症は制御されてきた。 医学の進歩や公衆衛生の徹底により、いずれ感染症は克服されるだろうと期待もされていた。 しかし現実には感染症はなくならなかったのである。

     

     従来からの感染症である結核等はいったん制圧できそうにも思われたが、今なお猛威をふるい続けており、人類の脅威となっている。 それどころか、エボラ出血熱等の新興感染症が登場し、新たな脅威となってしまった。 ほかにもSARSエイズといったまったく新しい病原体が登場してきた。 その病原体の源は動物であることが多く、家畜や野生動物で無症候性に維持されていた病原体が、何らかの経緯でヒトに伝播・感染したものであり、動物由来の感染症がほとんどである。 故に動物との安易な接触には注意が必要だ。

     

     また、既に存在していたインフルエンザウイルスが新しくヒトに対する病原性を増強した場合、「新型インフルエンザ」 という病原体にパワーアップしたものも登場してきた。 また、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌は不適切な抗菌薬剤によって耐性遺伝子を有する動く遺伝子を獲得し、医療の現場では治療において大変な問題となっている。 

     

     このようなヒトからヒトに伝播するタイプの特に新興感染症の特徴の一つに、パンデミック、すなわち世界的な大流行になりやすい点が挙げられる。 それは航空輸送の発達と人口増大が起因しているものと思われる。 また、昨今のパンデミックと言えば新型コロナウイルスであるが、2003SARSコロナウイルス(肺炎)が新型コロナウイルス(SARS-COV2)にパワーアップしたものに感染したことによって、SARS-COVID-19感染症となったものである。

     

     これらとは対照的に、かって存在した感染症で公衆衛生上ほとんど問題とならなかったものが、近年再び増加してきたもの、または将来的に再び問題となる可能性がある感染症を 「再興感染症」 とWHOは定義している。 我が国において主な再興感染症は、デング熱 ・ 風疹(@日本) ・ 麻疹(@日本) ・ 結核などである。 そして医療先進国といわれる日本の、その結核発症率は未だ中蔓延国のままである。

     

     しかし、こういった感染症が疾患として成立するには、

      微生物細菌・ウイルス・真菌・寄生虫・原虫・スピロヘータ・リケッチア等の病

       原体が存在すること

      その微生物に感受性のあるヒトが存在すること宿主の感受性

      そのヒトが微生物に十分に暴露する環境があること感染経路

      の3条件が揃う必要がある。

     

      なぜ、感染症成立の3条件が重要であるかといえば、感染症の予防には上記3条件のいずれかを防げばよいからだ。 感染を防ぐには、その相手である微生物をよく知ることが最も重要な事柄である。

     

     そしてその予防策として、以下のことが行われるべきだ。

      病原体  微生物をなくす

      宿主の感受性  感受性のあるヒトをなくす病気にならないようにする

      感染経路  感染経路を遮断する

     

     特に②宿主の感受性病気にならないようにするが、今回のテーマである この時代の暮らし方 のヒントになると思う。 こういった内容で明日からは日常生活での宿主(ヒト)の感受性について、具体的な内容に入っていこうと思う。 またそれに関連した 私の免疫力アップ法 についても触れてみたい。

  • 呼吸エクササイズにくいつく③

     知識を持たずに故障した機械をいじるより、それに干渉せず、悪い状態のままにしておいた方が何倍も望ましい。  これと同じように人体組織は非常に複雑にできていて、異なるリズムと異なる必要性を持つ多くの器官を内蔵し、しかもこれらの器官は相互に関連しているからである。  

     

     あらゆるものを変えるか、何も変えないか、そのいずれかでなければならず、そうでないと、改善ではなくて、害を与えることになるかも知れない。  正直に言うと、人為的呼吸は多くの病気の原因である。  たまたま例外的に、手遅れになる前に中止した場合にのみ、弊害を免れている。  長期間続ければ、その結果はいつも有害である。

     

     自分のからだについてワークするには、自分という機械のあらゆるネジ、あらゆる釘を知らなければならない。  そうすれば、どうするべきかがわかってくる。  少ししか知らない知識で試みると多くを失うかも知れない。  からだという機械は非常に複雑であるから危険が大きい。  簡単に壊れる非常に小さなネジがあり、強く押すと壊れてしまう。  しかもこういうネジはお店で買うことができない。

     

     呼吸制御は非常に慎重でなければならない。  もし、今、呼吸の実習をしている人がいたら、手遅れにならないうちに呼吸制御に 「くいつく」 のはやめた方が良い。  からだのすべての知識を知ったときは、また別の問題である。

     

     

    明日からは香実行委員に 「くいつく」 のバトンがわたります。  お愉しみに!

     

     

    2018年春季東京操体フォーラム

    4月30日(月)に開催致します。

    テーマは「スポーツ障害と操体」です

  • 呼吸エクササイズにくいつく②

     一般に行なわれているような人為的な呼吸制御を行なうと、からだは不調和を起こすと、昨日述べた。  従って、人為的な呼吸がもたらすかも知れない弊害を避けるには、他の食物を相応に変えなければならない。  

     

     そうするには、完全な知識があってのみ可能である。  たとえば、胃は一定量の食物を必要とするが、それは単に栄養摂取のためだけでなく、胃がそのように慣れているからである。  我々が必要以上に食べるのは、単に味覚のためや満足感のためと、胃が一定の圧力に慣れているためである。  胃の神経は、胃中の圧力がなくなると、この神経が胃の筋肉を刺激し、空腹感を与える。

     

     からだの多くの器官は、我々の意識を伴わずに機械的に働くことができる。  これらの器官のそれぞれが独自のリズムを持ち、異なる器官のリズムが相互に一定の関係を保っているのである。

     

     たとえば、呼吸を変えれば肺のリズムが変わるが、あらゆるものが関連しているので、他のリズムも次第に変わってゆくことになる。  人為的呼吸を長期間続けると、すべての器官のリズムが変わるかも知れない。  

     

     もし、胃のリズムが変わることになれば、食物を消化する時間も変わってしまう。  食物が胃中に3時間とどまる必要がある場合、胃のリズムが変われば、食物が速く通過してしまい、胃が食物からすべての必要なものを摂取する時間を失ってしまうことになる。  胃はそれ自体の習慣をもっている。  別の器官ではこれと逆のことが起こるかも知れない。

     

     

     

    明日につづく

     

     

    2018年春季東京操体フォーラム

    4月30日(月)に開催致します。

    テーマは「スポーツ障害と操体」です

  • 呼吸エクササイズにくいつく➀

     五日目からは、「労働にくいつく」 から 「呼吸エクササイズにくいつく」 に変わる。  私のまわりには○○ブレスセラピーなどという、呼吸エクササイズで夢中になっている人がたくさんいる。  しかし、そのような方法で呼吸を損なった人に、私はくいついた。  そして、この二、三年の間に別枠の治療収入を得ることができた。

     

     書店の棚には呼吸エクササイズについて多くの本が並んでおり、誰もがそれを他人に教えようとしている。  こういう人たちは、「たくさん呼吸するほど酸素の流入が増える」 などと言っているが、そのあげく、私のところへやって来る。  私は、そのような本の著者や、呼吸スクールの創設者、その他の呼吸エクササイズに関係した人たちに大いに感謝したい。

     

     空気は第二の種類の食物であり、化学や物理学で研究される現象などのあらゆることにおいて、正確な 「比率」 が必要とされる。  結晶作用は一定の対応があって初めて起こり、そうなったとき初めて、何か新しいものが得られる。

     

     あらゆる物質は一定の密度の振動をもっている。  正の物質と負の物質の振動の組み合わせが可能であれば、物質間の相互作用は、異なる物質の振動間の厳密な対応によって初めて起こる。  しかし、実際の振動が厳密に合致していないと、いかなる組み合わせも不可能であり、機械的混合を生じて、元の構成要素に分解できてしまうので、新しい物質にはならない。

     

     このように組み合わさる成分の量も、決定的な比率でなければならない。  ホットケーキの練り粉をつくるには一定量の粉に対し、一定量の水が必要である。  必要な量より少ない水ではまともな錬り粉はできない。

     

     通常の呼吸は機械的であり、必要な量の空気を機械的に摂取している。  空気が多すぎると、一定の密度に組み合わさらないから、正確な比率が必要である。  一般の本やスクールで行なわれているような方法で人為的に呼吸を制御すると、からだは不調和を引き起こすことになる。

     

    明日につづく

     

     

    2018年春季東京操体フォーラム

    4月30日(月)に開催致します。

    テーマは「スポーツ障害と操体」です

  • 正義⑦

    昨日のつづき

     

     最終日は、昨日に引き続いて、正義に関して最も核心部分である真と偽について述べてみる。  生における真と偽の相関関係を理解するためには、自己の内の虚偽を、また絶えず自分につき続けている嘘を理解しなければならない。  

     

     これらの嘘は自己の内にある緩衝システムがつくりだすものである。  無意識のうちに他者につく嘘とともに、自己の内部でつく嘘をも打ち壊すためには、緩衝システムを破壊しなければならない。  

     

     ところが人間は緩衝システムなしでは生きることができない。  自己の内にある緩衝システムは機械的に人間の動作、言葉、思考、感情をコントロールしているからである。  もし緩衝システムが破壊されれば、コントロールはまったく効かなくなってしまう。

     

     人間はコントロールなしでは、たとえそれがただの機械的なコントロールであっても、存在することはできない。  意志を、すなわち意識的コントロールをもっている人間だけが緩衝システムなしでも生きることができるのである。  この緩衝システムのない状態こそが正義なのである。

     

     したがって、自己の内の緩衝システムを壊し始めるなら、同時に意志を発達させなければならない。  ところが、意志は注文に応じて短期間に発達させることができないために、自分は、破壊された緩衝システムと、まだ十分に強くなっていない意志とともに置き去りにされることになるかも知れない。  

     

     最後に、この緩衝システムという言葉について、補足説明をしておきたい。  緩衝システムは人間の内部に自然によってできたものではなく、無意識的にとはいえ人間自身によってつくりだされたものである。

     

     それができた原因は、人間内部の多くの矛盾・・・・・・感情、共感、言葉、動作などの矛盾にある。  もし自分が生涯にわたって自己の内部のあらゆる矛盾を感じるとしたら、今そうしているように平静に生き、行動することはできないだろう。 人々は絶え間ない摩擦と不安をもつことになる。  

     

     我々は、自分の人格の中の異なった 「私」 がいかに矛盾し敵対し合っているかを見逃している。  もしこれらの矛盾をすべて感じたら、人は自分が本当は何者であるかを感じることだろう。  人々は自分が、気が狂っていると感じるに違いない。  誰しも自分が気違いだと感じるのは気持ちのよいことではない。

     

     それ以上に、このような考えは人から自身を奪い、自分のエネルギーを弱め、自尊心を奪い取る。  自分は何とかしてこの考えを消してしまわなければならない。  矛盾を打ち壊すか、矛盾を無視し、感じないようにしなければならないのである。  ただし、人間は矛盾を破壊することはできない。  

     

     そこで、もし緩衝システムが自分の内部につくられたら、矛盾を感じるのをやめることができ、相反した見解、矛盾した感情、言葉の衝突からくる衝撃などを感じないでもすむようになるからだ。

     

     

     明日からは香実行委員に 「正義」 のバトンがわたります。  お愉しみに!