カテゴリー: 岡村郁生(おかむらいくお)

  • 絶妙なバランス制御③

     

    ある禅師の語った言霊の響き、

    それが時を超えて伝わる。

     

    心について説明できる人はいるが、

    はっきり知っている人は稀である。

     

    はっきり知っている人はいるが、

    体験を通じて知っている人はさらに稀である。

     

     

    操体、操体法。

    そして、操体は進化してきた。

     

    今では、過去に法則と語ったものまで

    感覚し、体感できるようになった。

     

    「自然にうごく」はあっても、

    「自然に動かす」という自然はない。

     

    何故ならば、動かしているうちは、

    意識してやっている。

    故に不自然を感じることが出来る。

     

    「操体」も「操体法」として体感できる。

     

    読んだだけの耳学問では、

    操体を囓(かじ)ったとしても、

    丸ごとは味わっていない。

     

    橋本敬三師の放言。

    「ウソかホントかやってみればわかる」

    これが素晴らしい。

     

    全身体性で、ながれているもの、

    うごいているものを、感受してこその学問体系なのである。

     

    2024年秋季東京操体フォーラム | Tokyo Sotai Forum

    今日の一言:「欲のない人間、好奇心のない人間に用はない」

     

    2024年秋季東京操体フォーラムは11月23日(土)勤労感謝の日、、ルーテル市ヶ谷センターで開催致します。

    2024年秋季東京操体フォーラム | Tokyo Sotai Forum

    www.tokyo-sotai.com

  • 絶妙なバランス制御②

    漢方医学とは、中国医学とも東洋医学とも少し趣が異なる。

    日本で進化して独自の発展をしている医学体系のように考えている。

     

    ある漢方医学の鍼灸の達人は、深遠な世界観を詞的に記してくれた。

     

     

    一鍼(しん)成仏。

     

    一本の鍼を通して、国籍、人種、言葉、概念、理屈などの違いを超えた、

    患者と術者の命(いのち)の響(ひび)き合いを生んでいく。

     

    生きていること。

    それは、振動していることである。

     

    振動していなければ、

    生命現象も成立しない。

     

    呼吸・心鼓動・脳波も、

    それがフラットになったときに死を迎える。

     

    養生訓となる原則。

     

    息食動の調和は、

    「動」に「感動」も含まれている。

    (感動=想念)

     

    病巣が発する痛みの情報は、

    交感神経(自律神経)を介して

    皮膚に投射される。

     

    このような真髄まで書き記される

    業界の先師に心からの敬意を払いたい。

     

     

    今日の一言:「緑の指」とは、植物を育てるのが上手い人のこと。

    植物を生命のあるものだってわかっていて、その願っていることもわかる。

    自然に、あくまで自然とそういうことができる人のこと。

     

    2024年秋季東京操体フォーラムは11月23日(土)勤労感謝の日、、ルーテル市ヶ谷センターで開催致します。

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  • 絶妙なバランス制御①

    今週ブログ担当の岡村です。

    どうぞ一週間、よろしくお願いします。

     

    テーマは、今回もフリー(自由)となります。

     

    そこで、先人の残された素敵な言葉を紹介しながらブログを繋げてみます。

     

    昭和初期、古典派鍼灸師の治療室にて。

    施術を受けて満足し、質問する患者。

     

    「先生のところに来る人は、

      みんな治っていますね」

     

    質問を受け、微笑みながら先師は答える。

     

    「私は治る人だけ治療して、

    治らない人は治療しないことにしています」

     

    「だから、みんな治る者ばかりなんです」

     

    「我々は生命を預かる商売ではないから、

     来院した方で難しい人は、

     断ることができるんです」、と。

     

    このように、やれることがわかり、

    またはっきりと断ることができるのは、

    先人の知恵と経験だと思うんですよ。

     

    そして、間のとりかた。

    治療も指導も絶妙で、超一流だとわかる。

     

    なぜならば、

    来院して断った方がいたとしても、

    流れに寄り添うのは今ではない、と

    認識して指導しているからです。

     

    治療とは、その場で終わりじゃない。

    今だけ、手をかけることだけではない。

     

    そのフィールド(場)で、必要最小限。

    絶妙なタイミングで、

    適切なアプローチに導けること。

     

    治療者とは指導者になってこそ、養生までも

    超一流なのだ、そのように考えています。

     

     

    今日の一言 

    「好きだ」と「愛している」の違いは何か?

    花が好きと言う場合、ただ花を摘むだろう。  

    だが花を愛していれば、世話をし、

    毎日水をやるだろう。

    これがわかる者は、生きることを知る。

     

    2024年秋季東京操体フォーラムは11月23日(土)勤労感謝の日、、ルーテル市ヶ谷センターで開催致します。

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  • It’s automatic.⑦

    近年の研究によれば、人間の脳は並外れて可塑性が高い事実を報告されている。

     

    通説に反して、ある種の脳細胞は失われても補充されることが明らかになった。

     

    人間の脳のうち、一番新しく進化した前頭前野は、新しい経験に反応し回路を作り直す作業を、なんと、死ぬまで続けることもわかってきた。

     

     

    環境適応した足趾を軽視しないこと。

     

    足の親趾にある流れを無視しないこと。

     

    情報を介し頭や思考、意識、理性は追求することをしても、却下照顧に欠ける。

     

    そんな哲学思想は、操体になりえない。

     

    足裏を介し一体化する全身体性力学。

     

    足底・母趾種子骨に母趾球はある。

     

    足底感覚は世界思想史を変えていく。

    また新しき創造を生むスイッチとなる。

     

    以上をもちまして今週のブログは終了になります、お付き合い頂き有難うございました。

     

    明日からは、滝澤副実行委員長の登場です。

    おたのしみに!

  • It’s automatic.⑥

    現代人はネオテニー(幼形成熟)の類人猿霊長類である、という説を支持したい。

     

    様々な未熟・成熟により、人間の脳は巨大化していったその理由とは何か。

     

    なぜ未成熟な状態で生まれるか。

    環境に適応するにはその方が有利だったからである。

     

    元を正せば足の親趾こそH OX遺伝子の鍵変化スイッチで、歩き走れる突然変異のせいだと思われる。

     

    人間の赤ん坊は全くと言っていいほど自分では何もできない。脳は小さく未発達で、腕や脚、手足の指は成熟した骨というより軟骨に近い。

     

    生まれた時はほとんど目が見えず、脳神経系も完全には程遠い。神経系は人生の3分の1をかけて成長を続けていく。

     

    頭蓋骨の継ぎ目は生後徐々に閉じるが、なかには30歳でも閉じない例もあり90歳を過ぎて閉じていな痛み例もわずかながら報告されている。

                 (続く)

  • It’s automatic.⑤

    H OX遺伝子は親趾スイッチであった。

     

    私たちの足にずんぐりした太い親趾が現れ、歩き走れる突然変異が促された。

     

    親趾以外の8本の趾は短くなり、踵は長く細くなり、小さな骨と土踏まずからなる複雑なシステムも作られる。

     

    前後左右に体重が移動するたびに、感覚システムが衝撃を吸収してくれる。

     

    やがて、全身の骨の数4分の1がくるぶしから下に位置するまで進化して、親趾も十分に発達し体重の40%を支えられるようになった。

     

    全身体性を支える骨も、合計141個の腱や筋肉や靭帯で繋ぎ合わされると、体重の20倍をはるかに超えた圧力を受けても捻挫しにくく耐えられる。

     

    からだの設計にミスは無い、と言えるようになったのも人間の足がこうした親趾の突然変異とも思える複雑な構造変化が生命に働いているからなのである。

                   (続く)

  • It’s automatic.④

    生まれて立ち上がり、歩いて話す。

     

    母趾の所作が、具象の世界から思想的形而上的な世界へ、一瞬に飛躍していく様を、「からだ」で解き明かしてみたい。

     

    その狙いは、初めに働きとして足の親指があったことを、進化論での根拠と感覚の根拠から解き明かすこと。

     

    まさしく、足趾の意識は手指の意識に繋がり、脳=言語の成立を可能にした。

     

    足を軽視してはならない。

    足を無視してはいけない。

     

    情報を介し頭や思考、意識、理性は追求することをしても、却下照顧に欠ける。

     

                   (続く)

  • It’s automatic.③

    足の臨床医学。

     

    足でできることは運動だけでなく、触感温感、冷感などの情報も入っている。

     

    故に、足底の皮膚を意識して生きていたい。

    生かされているのだから、休むことなく、常にセンサーとしてのメカノレセプターを使う。

     

    重力場としての空間、からだの間。

     

    皮膚から内臓からも伝わってくる。

     

    その人の生きる姿勢。からだまるごと。

     

    全体の姿形イメージを構成し、

    その人の表情や表現に果たす役割こそ、足の臨床医学に必要だと考えている。

             

                (続く)

  • It’s automatic.②

    人は生まれたときに既に反射のレベルで「歩く」動作に合致した足の動かし方を身に付けている。

     

    生まれて間もない赤ちゃんを脇の下を抱え、床に立たせるようにする。

    足裏を床に接触させ、体幹の軸を少しだけ前に傾けてやると、赤ちゃんは、ちょうど歩くように自然に足を動かしだす。

     

    この現象を、「オートマチックウォーキング」という。

     

    このことは、脳・脊髄の様々な進化や変化に、大きなつながりとなっている。

    ところが、自分で立って歩くようになるのに1年以上もかかる。

    そして、大人と同じように歩いたり走ったりするには更に何年もかかる。

     

    故に大脳新皮質は発達し、終生に渡って神経組織の成長を継続できる。

     

     脳脊髄液は循環し、老廃物を排出していれば新たな循環により、再生もする。

     

    循環させておくには、姿勢制御は自然でないと再生も滞りやすくなる。

     

    立つならば、律することが基本にある。

    自然の中に、自然体は成立し、立てば歩く。

     

                  (続く)

     

     

  • 心の振動⑦

    (続きです)

     

    脳外科医の先生は語り続けます。

     

    (※注:脳自体には「痛み」を感じる神経がありません。

     皮膚に局所麻酔して可能な「アタマ」への問いかけです)

     

     

    その脳手術行為の途中、

    何回も、何回も、患者に話しかけます。

     

    「痛みはありますか?」

    「話はできますか?」

    「昨日の夜、なにを食べたか覚えてますか?」

    「どこで生まれましたか?」

    「あなたはシンガーでしたよね、

     ちょっと歌を歌ってもらえますか?」

     

    このような問いかけの後、

    患者の症状が変動することは、ほぼ全例であります。

    (※注:高次脳機能障害が発生すること)

    それを、どう捉えたらいいんだろうと、毎回、自問します。

     

     

    この独白を感じとり、如何でしたでしょうか。

    脳外科医の先生が語られる事実は、「操体」の「想念」から考えて

    みると相当に興味深く、操体の「想念」にヒントを与えてくれます。

     

    「からだ」が、感覚で分離したケースにおいての「アタマ」主体では、

    「からだ」の意識・無意識を介した「心」

    には、響気にくい状態になりうる。

     

    「アタマ」で考えて、脳実質を介しての

    言葉にする使い方となる。

     

    いいとか悪いではない。

    物事の観点が変われば、感じ方、考え方、心の持ちようが変わる。

     

    「心」の持ちようが変われば、言葉の使い方も変わってくる。

     

    「心」の持ちようが変われば、「間」わりの現象も変わってくる。

     

    さて、今週のブログ「フリー」にお付き合い頂き、

    有難うございました。

     

    明日からは、瀧澤副実行委員長の登場です、

    お愉しみに。